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トイ・ストーリー4
2019年08月15日

T0017158p.jpgピクサーのアニメ映画は通常、前座の短編ムービーがあるのですが、今回それがないというのがもはやただごとではありません。

もうかれこれ9年も前になる前作の「3」でてっきり完結したと思っていましたが。

監督のジョシュ・クーリーは「すべてのエンディングは新しい始まりを意味する」と語ります。

確かに形の上では、オモチャたちがアンディの家からボニーの家に移っただけで、そこから再びいかなるドラマを展開していくのかは、相当にハードルが高いはずです。

オモチャに人格を持たせた設定で、子供に愛されることを生きがいや存在意義としながら暮らす彼らが、いずれは一方通行になる愛情に葛藤する姿が前3編を通じて描かれてきました。

ピクサーの作品は時に、「そこまで深く考えたことがなかった」というテーマに踏み込んでくることがあり、それを普通の人間ではなく、車であったり、魚であったり、モンスターであったり、スーパーヒーロー・ファミリーであったりと、多様なキャラクターに置き換えてアプローチしてきます。

その代表格が「トイ・ストーリー」のシリーズで、子供心の喪失や、無償の愛といった、理屈や善し悪しで計れない複雑な人間のサガに言及した物語なのが特徴。

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なんだかんだでオモチャに人格を与えた設定はズルいですね。

大人になってもオモチャを捨てるなとおっしゃいますのかい?
子供から大人になる成長過程で、得る物があれば失くしていく物があるのはやむを得ないんじゃないんですかい?

そもそもがオモチャが人格を持ってしまえば、それはもう「所有物」ではなくなり、ペットと同じくどう扱うか、面倒を見るかというところまで話が行くと、堂々巡りを繰り返すのは当然。

ウッディバズらは、すっかりオモチャ離れしたアンディから、これからオモチャを必要とするボニーに迎えられたものの、いずれは再び不要となる悲しい運命が待っているのです。
元々このシリーズは、人格を持ったものを所有物として描くあたりに批判とまではいかずとも疑問を呈する声もあったのは確かです。
少々お門違いな指摘のようにも思えますが、映画に出てくる“人格を持ったオモチャたち”は果たしてこのままでいいのか?という、かすかな引っ掛かりを持って「3」を観終えた人も少なくないでしょう。

それに応える形のストーリーが語られるのが今回の「トイ・ストーリー4」です。
あくまでも「トイ・ストーリー」の中でのオモチャたちの話であって、人間のために尽くすだけ尽くして捨てられる"人生"より、他にあるはずの幸せ、オモチャにとって本当の幸せを問う物語です。

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大学生になったアンディから、オモチャの大好きな女の子ボニーに譲られたオモチャたち。
そしてここでも月日は流れて、ボニーがいよいよ幼稚園へ行く歳になります。

しかし最近は、数あるオモチャの中でボニーが遊ぶ時、ウッディが選ばれることがめっきり減ってしまっています。
ウッディは寂しい気持ちもありながら、少しづつ成長へのステップを上がるボニーを親のように見守っている今日この頃。

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ボニーは幼稚園の体験入園にやってきますが、不安で不安で仕方がありません。
家を出る前から気が進まない様子だったボニーを見かねてウッディはリュックの中に入ってこっそりついていくのですが・・・。

教室の中で、他の子供たちに話しかけるタイミングもつかめないまま、ポツンとひとりぼっちのボニーは机にあった工作の材料と、プラスチックの先割れスプーンで、手作りのオモチャを作り始めます。

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ボニーは自分の手で作ったこのオモチャを「フォーキー」と名付けました。
このフォーキーを作ったおかげで、ボニーは体験入園を楽しく過ごせたのでした。

フォーキーにもまた命が宿り、リュックの中で対面したウッディですが、自分がゴミだと思い込んでいるフォーキーはただただパニくるばかり。

Toy-Story-4-trailer-castellano.jpg 
ボニーの家に帰ったあと、ウッディフォーキーをみんなに紹介するのですが、フォーキーはスキを見てはゴミ箱の中に入ろうとします。
そこが一番落ち着く場所なのでしょう。

「自分はオモチャなんかじゃない。 ごはんを食べ終わったら捨てられるゴミだ」
まだフォーキーは自分がボニーにとって大きな存在であり、オモチャとしての役割を理解できないようです。

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ウッディはもはやボニーのための自分の役目はそろそろ終わりに近づいてきていることを確信しています。
子供は成長しつつ、新しいもの、それまでとは違うものと接し触れ合うことで情操が育っていくのです。

古いものに興味が薄れていくのは悪いことではありません。
子供は新しいものに目を向けることで子供なりの見識を広めていくのです。
ウッディはそれを分かっています。

今度は自分の代わりに、フォーキーボニーの支えとなり、成長の友となっていかねばならないのですが、当のフォーキーはとにかくスキあらば逃げ出そうとします。
今、フォーキーがいなくなればボニーは傷つきます。
ウッディボニーのためにフォーキーの面倒を見ようとするのですが・・・。

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ボニーとその両親はキャンピングカーで旅行に出かけます。 もちろんオモチャたちも一緒なのですが、ウッディがちょっと目を離したすきにフォーキーが逃げ出してしまいます。

バズやジェシーたちにあとは任せ、車から飛び降りて跡を追ったウッディフォーキーを発見。
「ボニーを笑顔にできるのは君だけだ」
自分がどれだけボニーにとって大切なのかを説得されたフォーキーボニーのそばにいようと決心します。

二人が辿り着いたある町のアンティークショップでウッディは見覚えのある子供用ランプスタンドを見つけます。
それは11年前にある事情で離れ離れになっていたボー・ピープのセットの土台のランプ。
アンティークショップにボーがいると確信したウッディは店の中へ。

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一方、キャンピングカーに残った他のオモチャたち。
なかなかウッディらが帰ってこないことを心配したバズは単身で車外に飛び出して救いに行こうとします。

胸のボタンを押せば〔内なる声〕が。
〔ソラをトベ ムゲンのカナタへ サア、イクゾー!〕

しかし、着地に失敗した場所は移動遊園地。 射的ゲームの店主に拾われて景品の陳列用ネットに縛り付けられてしまいます。
そこで出会ったぬいぐるみのダッキーとバニーの協力を得て脱出したバズ

しかし、ウッディはいずこに。
ところがこの移動遊園地の裏手にあるのがウッディフォーキーが入っていったアンティークショップだという、まさにバズの〔内なる声〕のささやかなミラクル。

toy-story-4.jpg  
ボー・ピープを捜してアンティークショップへと入ったウッディが出会ったのはギャビーギャビーという女の子人形。
50年代製の値打ち物のはずが、おしゃべり機能で声が出るはずのスピーカーが壊れているために収集家にも嫌われ、ずっとキャビネットの中にいました。

ギャビーギャビーウッディの中に入っているボイスボックスを狙っており、手下である腹話術の人形たちにウッディを捕えさせようとします。
なんとか逃げ出したウッディですがフォーキーが人質に。

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ウッディはやがてボー・ピープと再会。
「トイ・ストーリー2」に登場しながら、なぜ「3」にはボーが登場しなかったのかが、本作の冒頭で描かれてその謎が解けます。

ボー・ピープはアンディの妹のモリーが愛用していたランプスタンド付属の人形だったのですが、11年前、モリーがボーをいらなくなって、新しい引き取り手に譲られることになり、それ以来ウッディとは離れ離れに。

ボーは前の持ち主からアンティークショップに売られたものの、今は移動遊園地の中で、持ち主のないオモチャ人生を満喫しています。

ボーに助けられ、バズとも合流したウッディフォーキーを救いに向かうのですが・・・。

無題 ga
 
ギャビーギャビーもまた孤独なオモチャ。
元々壊れていた不良品だったために市場に出回らなかったことから、今まで一度も子供に愛されたことがありません。

声さえ出れば・・・。
ギャビーギャビーの願いは店のオーナーの孫娘ハーモニーに持ち主になってもらうこと。
ハーモニーは祖父から定期的に古いオモチャを分けてもらっており、おしゃべり機能さえ直り、声が出せればハーモニーに気に入ってもらえて持って帰ってもらえるのではないかとギャビーギャビーは望みを持っているのです。

愛されたことがない。 一度は愛されたい。
大切に扱われてきたウッディがうらやましく、わずかなチャンスに賭けようとするギャビーギャビーの切なる思いに、ウッディは自分のボイスボックスを譲ることを決意します。

こうして、おしゃべり機能が回復したギャビーギャビーは、果たしてハーモニーに気に入ってもらえるのか。
そしてウッディには、さらなる重大な決断の時が訪れます。
愛か。 仲間か。 自分にとっての幸せを・・・。
ウッディの〔内なる声〕が選択した道とは・・・・・
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これは賛否両論あるでしょうねえ。
観終わってもアッシはどうにも複雑です。
いや、映画は凄く良かったです。

「3」でボー・ピープを出さなかったのは「4」を作る目的のためだったのではと思います。
今回のエンディングを描きたいがために。

やっぱり「3」で終わっとけばいいじゃないかという反面、これはこれで有りじゃないかと納得している気持ちもあります。
作り手がここまで物語を掘っていこうとするのは、オモチャに人格を与えたことへの責任感を全うしようという気持ちの表れだと思うと、このエンディングに到達するのは必然だったと思いますね。

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本作で象徴的に描かれているのが、自分の人生のために行動するスピリットです。

ボニーはおそらく人見知りなところもあって、幼稚園に入園するための体験入園で心細い思いにさらされます。
リュックの中で見守るウッディにもこればっかりはどうすることもできません。

この時、ボニーは机にあった材料で、自らオモチャを作り始めます。
これはボニーにとって非常に大きな前進であり、感動のポイントでもあります。
彼女は自ら行動するのです。
自分の“友だち”でもある、家のオモチャは、いわば人から与えられたものです。
しかし、自分の手で、精一杯の想像力を駆使して作り上げたオモチャであるフォーキーが、彼女に勇気をもたらし、一番の友だちになるのは当然です。

幼稚園に行きたくないということが通らないことはボニーも理解しています。 誰もが歩む同じ道を通ることの重要さを分かっています。
そのためには、しばしの支えになってくれる友だちをその手で作り上げ、自ら名前まで付けたボニーの行動力が発動するシーンは何気なく描かれてますが素晴らしいの一語です。

他のオモチャに比べれば、へんてこなビジュアルのチャチなフォーキーですが、ボニーにとっては自分で行動して得た、何物にも代えがたい「愛する存在」ですから、またすぐにでも作ろうと思えばできそうな物であっても、あの心細い思いをした時に誕生したフォーキーこそが大切です。
フォーキーがいなくなってしまった時の、あの落ち込み様も納得ですね。

この、自分で行動して愛するものを得るということが本作の重要な主眼であることは明白です。

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ギャビーギャビーは愛されたことがなく、それでいて何よりも愛を欲する切ないキャラクターです。
彼女もまた愛を得るために暴力的ですがハッキリとした行動に出ます。
望みを叶えるためにはどんなことだって厭わない。 人生を決してあきらめず、小さな可能性にも賭ける意志の力。 その点は立派といえば立派です。

彼女が欲しいのは「声」。
ビジュアルだけでは見向きもされないということを認めてしまっているところが切ないのですが、元から壊れてしまっている、おしゃべり機能という付加価値さえ復活して「声さえ出せれば」ということに望みをかけます。
声が欲しい、そんなギャビーギャビーですが、彼女の手下たちが腹話術の人形だというのも意味深ですね。

ボニーが想像力でもって愛するものを得たことに対し、ギャビーギャビーは直接語りかけるアプローチで愛をつかもうとするのですが・・・。
〔ワタシとトモダチになって〕
ハーモニーからあっさりと「いらない」と捨てられてしまうシーンは現実的で残酷で、選ばれなければアイデンティティさえないオモチャの悲哀と一方通行の愛に、虚しく切ない気持ちで胸一杯。

ギャビーギャビーは最初は不気味な感じでしたが、「3」のロッツォ・ハグベアのような哀れなヴィランで終わらないという展開になり、まさかの涙腺バッツン感動が待っていようとは・・・。
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ボニーなら可愛がってくれるはずだと、ウッディに誘われて行こうとするギャビーギャビーは、遊園地で迷子になって泣いている女の子を見つけて居ても立ってもいられなくなります。
自分の姿とダブったのでしょう。 行くあてのない迷子だった自分と、迷子になっている女の子。

女の子の目につきそうなところまで移動したギャビーギャビー。 ここでも彼女は行動を起こします。
女の子もまた、捨てられているかのような迷子に見えたその人形を放ってはおけませんでした。
〔ワタシとトモダチになって〕
「私が助けてあげる」
互いの愛が通い合う、ジーンとくるシーンです。

お母さんが見つかった女の子に抱かれて去っていく時のギャビーギャビーの幸せそうな表情。
救われますねえ。

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そしてウッディ
薄々そんな感じはしてました。

何よりも、この映画の冒頭にボー・ピープと別れることになるエピソードを持ってきたことがその伏線です。
(別れ際にボーウッディの帽子の位置を直してあげるシーンにキュン死!)

アンディという存在がいても、同じように愛する存在だったボーと別れる悲しい経験をしたウッディには、オモチャにとって必ずしも持ち主のところにいるだけが幸せではないのではという、かすかな気持ちが心の底に芽生えていたのかもしれません。

ボニーに引き取られて9年が経ち、ウッディも男の子用のオモチャでもあることから、次第にボニーが成長と共に気持ちが離れ出していることをウッディもヒシヒシと感じています。
そこに来てフォーキーの出現です。
しかし、ウッディは嫉妬する訳でもなく、フォーキーにオモチャの心得を説き、自分の役割を託すことで、幼稚園通いや、多くの友達をこれから作っていくであろう、未知なる世界へ踏み出すボニーをサポートしようとします。

離れ出したボニーの気持ちがもう元には戻らないことをウッディは受け入れているのです。
そしてボーとの再会と、ギャビーギャビーの孤独に触れたウッディの〔内なる声〕が呼びかけます。
他の人生があってもいいんじゃないかと。
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今はギグス・マクディンプルズという小さい人形を相棒に、遊園地の中で持ち主のない自由な人生を送っているボー
片やウッディボニーの家に戻っても、果たして居場所はあるでしょうか。 いや、バズやジェシーやたくさんの仲間がいますが、オモチャの喜びや役割ということに関してはもう居場所はありません。

ボーも一緒にボニーの家に帰れば?とも思いますが、ランプスタンドのない単なる陶製の人形ではウッディと同じことです。
持ち主に愛されるオモチャでなければ帰る意味がないのです。
何よりもボーだって今の仲間を捨てる訳にはいきません。

もう必要とされない。 でも、自分が必要としているものは何なのかをウッディは自問自答します。
子供を笑顔にすることだけに捧げてきた人生から、いよいよ自分の幸せを考える分岐点に立つウッディ
ボニーのように、ギャビーギャビーのように、自ら愛するものを得るための行動を起こす時が来たのです。

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親友のバズも複雑だったでしょう。
「ボニーはもう心配いらない」
ウッディを解放し、背中を押してあげる一言ですが、内心では(行かないでくれ)という気持ちも少なからずあったと思います。

フォーキーの面倒を一生懸命見てあげるウッディの姿に、彼が心なしか迷っているのだなということをバズも察しています。
「ウッディ、心の声に従うんだ」ということを再三言うのも、ウッディが後々に決心の時を迎える様な事態がやってくるのではということを予期していたように思えます。

愛してくれる存在を見つけて“迷子”ではなくなったギャビーギャビーに対し、愛するボーと共に生き、持ち主のない“迷子”のオモチャの人生を選択したウッディ
いや、自ら見つけた自分の道があるのなら、それはもう迷子ではないと思います。

バズは言う。
「君はもう迷子なんかじゃない」 友情の名言だ!


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結局、最初に書いたことに話は戻ってしまいますが、オモチャに人格を与えて始まったこのシリーズは、いずれこういう一種の迷路にはまる運命にあったように思います。
子供の遊び道具という定義ではなくなり、犬や猫のようなペットと同じように、「捨てるなんて可哀そう」と言いだせば、もはやこれはオモチャの話ではありません。

人間はオモチャから幸せを与えてもらいますが、オモチャにもオモチャの幸せがあってもいいんじゃないかということを突き詰めたら、どうしたってきれいな結論は出ないでしょう。
じゃあバズやジェシーやフォーキーや他のオモチャたちはどうなるの? 彼らだってボニーが大人になれば用なしになるんですし、ギャビーギャビーも同じことが言えます。
「子供のためのオモチャ」という前提を否定してるわけではないでしょうが、それでも、もし今後シリーズが続くならオモチャの存在意義がブレるようであってはいけません。

まあ、でもこれはファンタジーですからね。
ウッディボーには幸せになってほしいなと思います。
バズとも絶対二度と会えないなんてわけじゃないしさ。
そうでしょ?デューク・カブーン
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「イエス、ウィ、キャナダ!」

こいつ面白いキャラだったな。 声はキアヌ・リーブスだそうで。
最後のピクサーのタイトルロゴのシーンにも出てきましたね。


無題 toy 

「賢人のお言葉」
 
「時代の風潮、自分を取り巻く環境、さまざまな価値観、それらを正しく見きわめ、自分の判断で行動できるのは、どこにも属さない「迷子」だけだ」
 夏目漱石
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