ヘレディタリー/継承
2018年12月23日
先祖代々受け継ぐモノというのがある。
たとえば誰にでも当てはまることでいうと「名字」がその内に入るが、それなりの家に生まれ育てば、だいたいは土地や家、宝飾品、家業などが例に挙げられる。
そんな有形のモノの他にも、信仰や仕来たりといった無形の遺産もある。
実はこれが一番厄介なもので、「受け継ぐ」というよりは「受け継がねばならない」ものであって、時には本人の尊厳よりも優先する。
「そんなもんいらねえよ」で済まないどころか、人生を差し出さねばならない禍々しいモノであろうとも、それを継承する運命からは逃れられない。
◆ ◆ ◆ ◆
家長の祖母が亡くなった時から身近に起こる不可解な現象に翻弄される家族。
やがてとてつもない悲劇が降りかかる中、さらにおぞましい運命が家族を襲う・・・・
想像を絶する恐怖で全米を凍りつかせ、批評家から絶賛されたトラウマ級ホラーの衝撃がいよいよ日本人にも継承される。
グラハム家の面々
アニー・グラハム(トニ・コレット)
グラハム家の妻。
ドールハウスやミニチュアを自宅で製作しているアーティストで、近々自身の個展開催が迫っている。
スティーヴン・グラハム(ガブリエル・バーン)
アニーの夫。
郊外で精神療法施設を経営する心理療法士。
ピーター・グラハム(アレックス・ウォルフ)
無気力な高校生の長男。
これという目標もなく、授業の合間に同級生とマリファナを吹かしている。
チャーリー・グラハム(ミリー・シャピロ)
対人恐怖症を患っており、特別支援クラスに通っている物静かな長女。
口の中で舌を使って「コッ」と音を鳴らすのが癖。
ナッツ・アレルギー体質。
祖母から「男の子になって」と言われたことがある。
仲がいいかというとそうでもない。 いがみ合ってるわけでもない。
夫も妻も自分のことで忙しい。 息子は何事にも関心を示さず、下の娘は何かと難しい。
ドールハウスの中のパーツのような無味乾燥の住人たちだ。
このグラハム家の家長であったエレン・リー・グラハムが天寿を終えた。 78歳。
アニーは母のエレンに対し、愛憎入り混じった複雑な感情を抱いており、生前は決して良好な関係ではなかった。
エレンは解離性同一障害を発症していたことがあり、父も兄のチャールズも精神を患い、父は餓死、兄は自殺していた。
16歳で首つり自殺したチャールズは『母さんが僕の中に何かを招き入れようとした』と遺書を残している。
エレン・リーの葬儀は粛々と執り行われたが、アニーはなんとも言いようのない喪失感にとらわれていた。
秘密主義で内向的だった母の遺品からは『私を憎まないで どうか許して 犠牲は恩恵のためにある』と記された手紙が見つかった。
やがて一家の周りで奇妙な現象が起き始める。
部屋の中を不思議な光の輪がスーッと走っていく・・・
誰かの話し声が聞こえる・・・
暗闇の中に誰かがいたような気配がする・・・
アニーはそれらの出来事は、母が生前に行っていた行為と関係があるのではと疑っていた。
さらには霊園から連絡があり、埋葬したばかりの祖母の墓が荒らされたという。
学校ではチャーリーが、窓ガラスに激突して死んだハトの首をハサミで切り落としていた・・・
そんな中、悲劇は突然訪れる。
ピーターは友人から誘われていたパーティーに出たかった。
母に車を貸してほしいと頼むと、チャーリーも連れていくのならという条件を出された。
アレルギー持ちで暗い顔をしている妹を友人宅に連れていくのは気が引けたが仕方がない。
面倒を見るといっても大人しいので、手はかからないだろうとピーターは軽い気持ちでいた。
しかし、チャーリーはパーティーで出されたケーキを食べた途端、体調に異変を来す。
成分にナッツが含まれていたのだろう。
喉が腫れあがった感じだと言って苦しんでいる。
妹を車に乗せ、病院へと夜道を急ぐ。 後部席のチャーリーの苦しみ方が激しくなっていく。
呼吸がうまく出来ずにチャーリーは窓を開けて顔を出した。
ピーターは焦る。 アクセルをさらに踏む。
すると突然、ヘッドライトの先に現れた、道路に横たわる動物の死骸に驚いたピーターは思わずハンドルを切った。
車は猛スピードのまま路肩に寄れた。
そこに電柱があった。 窓から顔を出していたチャーリーは・・・。
ゴンッ!という嫌な音をピーターは聞いた。
車を停めたが、後ろを振り返る勇気がなかった。
錯乱した彼はそのまま帰宅し、ベッドに入った。
一睡も出来ずにそのまま朝を迎えたピーターは、家の外で母が半狂乱で泣き叫ぶ声をベッドの中で聞いていた。
車を使おうとしたアニーが車中に見つけたチャーリーの遺体は頭がなかった。
グラハム家を襲った修復不可能な悲劇。
アニーとピーターの関係は険悪なものになった。
不運な事故ではあるが、口に出すまいとしていた互いの責任や後悔を遂にはぶちまけ、激しいなじり合いに発展することもあった。
チャーリーの死からなかなか立ち直れないアニーは、身近な人を亡くした者たちが集まって語り合うグループカウンセリングへと向かい、そこでジョーン(アン・ダウド)と知り合う。
ジョーンが暮らすアパートの玄関マットを見たアニーは、自宅で使っているマットとよく似ているような気がしたが、あまり気にはかけなかった。
ジョーンは息子と孫を同時に亡くした悲劇に見舞われていた。
落ち込むアニーを自分のことのように心配してくれ、親身に話を聞いてくれるジョーンに対し、アニーは好感を抱く。
しばらくたったある日、ホームセンターの駐車場でアニーはジョーンとばったり会う。
挨拶もそこそこにジョーンが切りだした話は、ある人に教わったという降霊術が凄いのだという。
アニーは少しばかりジョーンに幻滅した。 何かの勧誘だろうか。
それでもジョーンに押し切られて、渋々彼女の自宅で降霊術を見たアニーはすっかり考えを変えた。
孫のルイスの霊を呼び出すジョーンの降霊術はどう見ても本物としか思えなかった。
事件以来、ピーターは悪夢に悩まされ、死んだはずのチャーリーの気配まで感じて怯えていた。
ある夜、アニーが突然、寝ているピーターやスティーヴンを起こし、ジョーンに習った降霊を行うという。
チャーリーを呼び出すのに協力してほしいと興奮しているアニーに、スティーヴンもピーターも戸惑うしかなく、やむを得ず彼女に付き合う。
すると・・・。
キャンドルがススッと動き、バーナーのような炎を吹き上げる。
あの世のチャーリーと通じ合えたことに狂気するアニーに対し、ピーターは恐怖のあまり部屋を出ていった。 夫のスティーヴンは茫然とするしかない。
グラハム家に襲いかかる本格的な恐怖が一気に加速する。
ピーターの身に明かな悪意が忍び寄っていた。
そしてアニーは自宅の天井裏で頭部を切断された母エレンの遺体を発見する。
一体何が起きているのか。
チャーリーのスケッチブック・・・ 母の遺品の本と昔の写真・・・ 壁に書かれた意味不明な言葉・・・
やがてアニーは、母の遺したおぞましい運命を継承せねばならない真相に恐怖することになる。
【悪魔のネタバレ】
その頃、悪魔の世界ではべバルとアラバムという二人の悪魔がヒマを持て余していた。
「もうすぐクリスマスかあ。 楽しみやなぁ」
「そやね。 ってか、悪魔がクリスマス楽しみにしたらまずいんとちゃうかな」
「ええって、ええって。 そんなもん気にしてられんわ」
「まあ実際、わしも気にしてないけどな」
「早くサタンに、いやサンタに会いたいのぉ」
そこへやって来たのはトナカイにに乗ったサンタではなく、ラクダに乗った地獄の王ペイモン。
「これはこれは御二方。 お仕事絶賛サボリ中ですね」
「ペイモン様、今度のクリスマス。 プレゼントを期待しております」
「何もあげませんよ」
「ニンテンドースイッチを希望しまんにゃわ」
「私が欲しいくらいですよ」
「しゃあない。 じゃあ現金で手を打ちます」 「おいおい・・・」
「いいでしょう」 「ええんかい」
【ペイモン】 またはパイモンとも言う。
ソロモンの72柱の9番目に序列される悪魔であり、堕天使の軍勢200を率いる地獄の王。
女性の顔をした男性の姿で、頭に王冠をかぶり、ひとこぶラクダに乗って現れるという。
べバルとアラバムはその臣下で、ペイモンを召喚すると彼らもセットで登場するらしい。
「ペイモン様、なんだか御機嫌がよろしいようで」
「欲しかった人間の肉体がやっと手に入りましたのでね」
「やっとですな」
「アニーの兄のチャールズの時は失敗に終わりましたからね。 エレン・リーの血筋を引く男性であるピーターという絶好の肉体が見つかってよかったです」
「アニーの母のエレン・リーというのはガチガチの悪魔崇拝者でカルト教団の長でやんしたね」
「それはもう筋金入りでしたね。 私のためなら自分の家族など屁とも思ってませんからね。 夫も息子も精神的に追い詰めて死に追いやったぐらいです」
「“犠牲は恩恵のためにある”という、アニーに遺してた言葉の意味がそれやな」
「アニーは早くから母のやってることに気がついていましてね。 ピーターが生まれた時、不干渉ルールを作ってエレンを近づけないように努力してました」
「麗しき母の愛でおますな」
「その代わりにアニーは後に生まれたチャーリーをエレンに差し出したのです」
「それでも母親か、畜生めが」 「どないやねん」
「チャーリーの中には生まれる前から私が入り込んでおりました。 生まれても泣かなかったとアニーは言ってましたが、そりゃそうです。 地獄の王である私がオンギャオンギャと泣きわめくような、はしたない真似などできませんよ」
「生まれた女の子に“チャーリー”なんていう男の名前を付けたのも祖母さんなんやろな。 自分が授乳したいって言いだすくらい溺愛しとったんじゃろ?」
「あの婆さんなら干しブドウみたいなオッパイでもミルクが出そうじゃの」
「しかもチャーリーに『男の子になってほしい』なんて無理難題を直接リクエストしたらしいのぉ」
「我々が言うのもなんやが、婆さんカンペキに逝っとるのぉ」
「チャーリーの部屋の壁に『Satony』とか『Zasas』という言葉が書かれてました。 これは私を召喚するためにエレンが書いた呪文です」
「ババア、必死やのぉ。 悪魔のわしらでも引くわ」
「ペイモン様はチャーリーの中に宿っていながら、やっぱり男の体の方が欲しかったのですか?」
「そうです。 女性の体はダメです。 私には合いません。 一時的ならいいですが、私の本来の力が発揮できません。 エレン・リーの家系の血筋を引く男性が望ましいのです」
「アニーの夫のスティーヴンでもあきまへんのやな」
「あれは娘婿ですから赤の他人です。 ですからグラハム家の長男ピーターしか私を召喚できる肉体はないのです」
「チャーリーが口の中で舌を使って「コッ」って音を出してたのは?」
「ああ、舌べらクリッカーですね。 あれは私のくせでしてね。 ちょっと行儀が悪いですが」
「ひょっとしてペイモン様って元ヤンキーでっか?」
「違いますよ」
「ハトの首をちょん切ってキショい工作やってましたな」
「あれも楽しいもんですよ。 ハトが“平和の象徴”なのは日本だけではありません。 キリスト教でも創世記の『ノアの方舟』の逸話からハトは“平和の象徴”とされています。 その首をバッツン切り落とすなんて他意満々でしょ?」
「チャーリーちゃんは残念なことになってしもうたけど」
「あなた。 あれが偶然の事故だとでも?」
「ちゃいまんのか?」
「当たり前でしょう。 あれは私を崇拝する信者がかけた呪いですよ。 車の窓から顔を出していたチャーリーが激突する電柱には私の紋章が彫られていたのをお気づきになりませんでしたか?」
「お気づきにならんかったのぉ」
「紋章といえばエレン・リーもアニーもそんなペンダントをしとったのぉ」
「なんにしても、ピーターという最高の受け皿を見逃す訳にはいきません。 あの事故の呪いはアニーがピーターを守ろうとする心を砕く目的でもあるのです。 ピーターの肉体を狙えるメドがたてばチャーリーみたいな小娘など用なしです」
「あんた・・・・鬼やな」
「私は鬼じゃなくて悪魔ですよ」
「なんだかんだでチャーリーが死んでまうと母親はどんどんおかしくなっていったわな」
「カルト教団の仲間だったジョーンには今回はよく働いてもらいました。 心の弱ってるアニーにうまく近づいて、見事に私を召喚するお膳立てを整えていただきました」
「降霊術みたいなことをやってましたな」
「あれは死者の霊を呼ぶなどというショボいもんではありません。 それに見せかけて実はチャーリーの肉体から解放された私を召喚するための手続きです。 ジョーンにだまされたアニーは自分の家でそれをやってしまい、まんまと私を召喚させてしまったのです」
「それに気がついてもあとの祭り。 降霊に使ったチャーリーのスケッチブックを燃やそうとするけれど燃えたのはダンナの方」
「あったかそうやのぉ」
「このことで完全に正気を失ったアニーを操るなど容易いものです」
「スパイダーマンみたいになっとったもんなあ」
「ヘッドバンキングもヤバすぎ」
「ピーターを追っかける足の速いこと」
「そんでもって自分で自分の首をギ~コギコ」
「私を召喚する際には、グラハム家の女性全員の首を捧げなければなりません。 信者がエレンの墓を掘り起こして、こちらの首をいただき、そしてアニーの首もチャーリーの首も。 計3人分の首。 感謝申し上げます」
「ピーターを殺して魂を肉体から追い出し、めでたくペイモン様が降臨」
「グラハム家の伝統の継承が滞りなく完了したことを祝して乾杯でもしまっか?」
「いいですね」
「では私、ベバルが音頭を」 「いよっ、ベバルちゃん!」
「ペイモン王の、これからのますますのご健勝とご多幸をお祈りしまして・・・」 「ええぞええぞ」
「メリークリスマス」 「やめんかい」
「気になったのはアニーの趣味というか仕事というか、ドールハウスやミニチュアの製作にのめり込む様子があまりにこれ見よがしでやんすね」
「あれはテキトーな設定ではありません。 グラハム家に起こるすべての出来事が偶然ではなく、第三者による意志と手が加わっている箱庭ごっこであるメタファーなのです。 家族一人一人が「運命」というミニチュアの家の中で誰かの手によって動かされてる。 それをアニーは意識してるところもあるでしょうが、おそらくほとんど無意識のうちに“操られてる家族”を表現してるのです」
「すんげえ顔しとるぞ」
「ATMがなかった時代、郵便局行ったら閉まってた時に、こんな顔をしてるオバハンを見たことがあるぞ。 いわゆる『郵便局しまってるぅフェイス』やな」
「なるほど。 わしには『たんすの角に足の小指をぶつけたフェイス』やな」
「二人とも、なんの話ですか?」
「いやあ、トニコレさんの顔芸をついイジリたくて」
「これなんかも↓」
「こりゃまた、ひどい顔やな」
「お題としては考えがいがあるぞ」
「『床を這ってるゴキブリをうっかり足でプチッと踏んでしまったことに気付いたフェイス』かな」
「う~ん。 ケースとしてはちょっとレアですかね?」
「夫の愛人から『ご主人と別れてください』と言われた時の本妻の顔ってのはどうでっか?」
「ハハァン。 いわゆる『この泥棒猫が!フェイス』ですね」
「ペイモン様も何か考えてください」
「そうですね・・・。 『キャベツの千切りをしてたら指をザックリやってもうたフェイス』ですかね」
「ペイモン様らしいな」
祝賀気分の悪魔たちの盛り上がりはまだまだ続くのであった・・・・・
この映画、一応宣伝面の便宜上、「ホラー映画」として謳っている。
確かにホラーといっても差し支えないが、一般的にイメージする「ビビらせ系の恐怖映画」とは全く趣が違う。
椅子から飛び上がるような、思わず目を覆いたくなるような、「驚かせとけば良し」の演出に終始する一介のスクリーム・ムービーを期待したら、肩すかしどころではないほどに戸惑うだろう。
本作の恐怖どころは、あのシーンが、このシーンがという一つ一つの個所ではなく、得体の知れない出来事が着実に進行しているストーリー全体を指している。
よこしまな存在を受け継ぐ一族の運命が家族をじっくりと破壊していく惨劇であり、居座りの悪いムードで包みこむ異常なタッチを特色とした、昔ながらのオカルト映画をも彷彿とさせる。
観客は観る前から「これは怖い映画だ」と心の準備をするが、この時点で「お化け屋敷の代用」を期待する観客はお呼びでなくなる。
この家族は一体何を抱えてるのか・・・・ 祖母の死から始まる物語は、滑り出しから明らかに不穏な何かを醸し出しているのだ。
この家族をじっくりと観てみることだ。 母と幼い娘はすでに変である。 夫と長男は目を背けるように関わろうとしない。
そして着々と恐怖は進行していく。
何が起きているのか? この家族を狙う“何か”の目的は何なのか?
怖さよりも、その謎に関して、目を凝らし耳をすませたくなる。
観終わって感じたことだが、この映画は2回観た方がいい。
2回目の方が味が出る。
感性に届かなかった部分が確実にハマる。 そういう風にできている映画だ。
ほとんどのシーンがオチのための伏線になっている。
それらを踏まえてリピートすれば、グラハム家に降りかかる運命のあまりの救い難さが、より恐怖を帯びてくる仕掛けだ。
実にいやらしいが、2回観てもらうことを前提としている風な構成であるとも言える。
どんより顔がハンパない子役ミリー・シャピロも素晴らしいが、トニ・コレットの、感情を100%顔面に表出させる狂気的演技は圧巻。
ちょっと宝塚っぽい男前な顔をしているオージー女優であるが、この人のヴィジュアルから入る役作りは毎回面白い。
「ミュリエルの結婚」(94)で20キロも体重を増やして演じたABBA好きのダメ女が、“トニコレ・アプローチ”の原点でもある。
「アンロック/陰謀のコード」(17))で演じた、ベリーショートのエージェント役のキョーレツな存在感は記憶に新しく、最近観た「マダムのおかしな晩餐会」のセレブ奥様のケバい心根をチラチラさせる顔芸もお見事。
その顔芸が今回に生かされてるのか、おそらく鏡を何度も見て研究したんではなかろうかと思うほどの絶叫顔を披露してくださる。
夕食の席で息子にブチ切れてわめきまくるシーンも凄い見せ場だ。
“ヘレディタリー”とは『遺伝性』という意味である。
人は自ら生まれる場所を選べないし、運命というのは、ある程度生まれた家柄で決まるということもある。
それが自分の望む人生でなければ、己の努力次第で運命は多少修正できるものだ。
だが、その運命が絶対に避けられない生来的なものだとしたら、これほど恐ろしいことはない。
嫌だといっても、もはや遺伝性運命は確実なのだ。
自分の命が、自分の人生が自分の物ではない、生まれてきた意味が無になる恐怖というのは我が身で想像もつかないほど恐い。
なぜ、よその国が自分の国に空爆をするのかと考えるヒマもなく死んでいく子供が多数いる。
ある国は余った食べ物をゴミのように捨てて、ある国の子供はゴミを漁るほど飢えている。
幸福も不幸も、力ある国の王様次第。
“地獄の王”は現実にもいて、我々はすでに彼らの作ったドールハウスで動かされてるだけなのかも。
「賢人のお言葉」
「人間は歴史を作る。 しかし、自由に自らの好みで作るのではない。 直接与えられた、あり合わせの過去から受け継いで作るにすぎない。 死んだ世代のあらゆる伝統が、生きている人間の頭の上に悪魔のようにのしかかるのである」
カール・マルクス
たとえば誰にでも当てはまることでいうと「名字」がその内に入るが、それなりの家に生まれ育てば、だいたいは土地や家、宝飾品、家業などが例に挙げられる。
そんな有形のモノの他にも、信仰や仕来たりといった無形の遺産もある。
実はこれが一番厄介なもので、「受け継ぐ」というよりは「受け継がねばならない」ものであって、時には本人の尊厳よりも優先する。
「そんなもんいらねえよ」で済まないどころか、人生を差し出さねばならない禍々しいモノであろうとも、それを継承する運命からは逃れられない。
◆ ◆ ◆ ◆
家長の祖母が亡くなった時から身近に起こる不可解な現象に翻弄される家族。
やがてとてつもない悲劇が降りかかる中、さらにおぞましい運命が家族を襲う・・・・
想像を絶する恐怖で全米を凍りつかせ、批評家から絶賛されたトラウマ級ホラーの衝撃がいよいよ日本人にも継承される。
グラハム家の面々
アニー・グラハム(トニ・コレット)
グラハム家の妻。
ドールハウスやミニチュアを自宅で製作しているアーティストで、近々自身の個展開催が迫っている。
スティーヴン・グラハム(ガブリエル・バーン)
アニーの夫。
郊外で精神療法施設を経営する心理療法士。
ピーター・グラハム(アレックス・ウォルフ)
無気力な高校生の長男。
これという目標もなく、授業の合間に同級生とマリファナを吹かしている。
チャーリー・グラハム(ミリー・シャピロ)
対人恐怖症を患っており、特別支援クラスに通っている物静かな長女。
口の中で舌を使って「コッ」と音を鳴らすのが癖。
ナッツ・アレルギー体質。
祖母から「男の子になって」と言われたことがある。
仲がいいかというとそうでもない。 いがみ合ってるわけでもない。
夫も妻も自分のことで忙しい。 息子は何事にも関心を示さず、下の娘は何かと難しい。
ドールハウスの中のパーツのような無味乾燥の住人たちだ。
このグラハム家の家長であったエレン・リー・グラハムが天寿を終えた。 78歳。
アニーは母のエレンに対し、愛憎入り混じった複雑な感情を抱いており、生前は決して良好な関係ではなかった。
エレンは解離性同一障害を発症していたことがあり、父も兄のチャールズも精神を患い、父は餓死、兄は自殺していた。
16歳で首つり自殺したチャールズは『母さんが僕の中に何かを招き入れようとした』と遺書を残している。
エレン・リーの葬儀は粛々と執り行われたが、アニーはなんとも言いようのない喪失感にとらわれていた。
秘密主義で内向的だった母の遺品からは『私を憎まないで どうか許して 犠牲は恩恵のためにある』と記された手紙が見つかった。
やがて一家の周りで奇妙な現象が起き始める。
部屋の中を不思議な光の輪がスーッと走っていく・・・
誰かの話し声が聞こえる・・・
暗闇の中に誰かがいたような気配がする・・・
アニーはそれらの出来事は、母が生前に行っていた行為と関係があるのではと疑っていた。
さらには霊園から連絡があり、埋葬したばかりの祖母の墓が荒らされたという。
学校ではチャーリーが、窓ガラスに激突して死んだハトの首をハサミで切り落としていた・・・
そんな中、悲劇は突然訪れる。
ピーターは友人から誘われていたパーティーに出たかった。
母に車を貸してほしいと頼むと、チャーリーも連れていくのならという条件を出された。
アレルギー持ちで暗い顔をしている妹を友人宅に連れていくのは気が引けたが仕方がない。
面倒を見るといっても大人しいので、手はかからないだろうとピーターは軽い気持ちでいた。
しかし、チャーリーはパーティーで出されたケーキを食べた途端、体調に異変を来す。
成分にナッツが含まれていたのだろう。
喉が腫れあがった感じだと言って苦しんでいる。
妹を車に乗せ、病院へと夜道を急ぐ。 後部席のチャーリーの苦しみ方が激しくなっていく。
呼吸がうまく出来ずにチャーリーは窓を開けて顔を出した。
ピーターは焦る。 アクセルをさらに踏む。
すると突然、ヘッドライトの先に現れた、道路に横たわる動物の死骸に驚いたピーターは思わずハンドルを切った。
車は猛スピードのまま路肩に寄れた。
そこに電柱があった。 窓から顔を出していたチャーリーは・・・。
ゴンッ!という嫌な音をピーターは聞いた。
車を停めたが、後ろを振り返る勇気がなかった。
錯乱した彼はそのまま帰宅し、ベッドに入った。
一睡も出来ずにそのまま朝を迎えたピーターは、家の外で母が半狂乱で泣き叫ぶ声をベッドの中で聞いていた。
車を使おうとしたアニーが車中に見つけたチャーリーの遺体は頭がなかった。
グラハム家を襲った修復不可能な悲劇。
アニーとピーターの関係は険悪なものになった。
不運な事故ではあるが、口に出すまいとしていた互いの責任や後悔を遂にはぶちまけ、激しいなじり合いに発展することもあった。
チャーリーの死からなかなか立ち直れないアニーは、身近な人を亡くした者たちが集まって語り合うグループカウンセリングへと向かい、そこでジョーン(アン・ダウド)と知り合う。
ジョーンが暮らすアパートの玄関マットを見たアニーは、自宅で使っているマットとよく似ているような気がしたが、あまり気にはかけなかった。
ジョーンは息子と孫を同時に亡くした悲劇に見舞われていた。
落ち込むアニーを自分のことのように心配してくれ、親身に話を聞いてくれるジョーンに対し、アニーは好感を抱く。
しばらくたったある日、ホームセンターの駐車場でアニーはジョーンとばったり会う。
挨拶もそこそこにジョーンが切りだした話は、ある人に教わったという降霊術が凄いのだという。
アニーは少しばかりジョーンに幻滅した。 何かの勧誘だろうか。
それでもジョーンに押し切られて、渋々彼女の自宅で降霊術を見たアニーはすっかり考えを変えた。
孫のルイスの霊を呼び出すジョーンの降霊術はどう見ても本物としか思えなかった。
事件以来、ピーターは悪夢に悩まされ、死んだはずのチャーリーの気配まで感じて怯えていた。
ある夜、アニーが突然、寝ているピーターやスティーヴンを起こし、ジョーンに習った降霊を行うという。
チャーリーを呼び出すのに協力してほしいと興奮しているアニーに、スティーヴンもピーターも戸惑うしかなく、やむを得ず彼女に付き合う。
すると・・・。
キャンドルがススッと動き、バーナーのような炎を吹き上げる。
あの世のチャーリーと通じ合えたことに狂気するアニーに対し、ピーターは恐怖のあまり部屋を出ていった。 夫のスティーヴンは茫然とするしかない。
グラハム家に襲いかかる本格的な恐怖が一気に加速する。
ピーターの身に明かな悪意が忍び寄っていた。
そしてアニーは自宅の天井裏で頭部を切断された母エレンの遺体を発見する。
一体何が起きているのか。
チャーリーのスケッチブック・・・ 母の遺品の本と昔の写真・・・ 壁に書かれた意味不明な言葉・・・
やがてアニーは、母の遺したおぞましい運命を継承せねばならない真相に恐怖することになる。
【悪魔のネタバレ】
その頃、悪魔の世界ではべバルとアラバムという二人の悪魔がヒマを持て余していた。
「もうすぐクリスマスかあ。 楽しみやなぁ」
「そやね。 ってか、悪魔がクリスマス楽しみにしたらまずいんとちゃうかな」
「ええって、ええって。 そんなもん気にしてられんわ」
「まあ実際、わしも気にしてないけどな」
「早くサタンに、いやサンタに会いたいのぉ」
そこへやって来たのはトナカイにに乗ったサンタではなく、ラクダに乗った地獄の王ペイモン。
「これはこれは御二方。 お仕事絶賛サボリ中ですね」
「ペイモン様、今度のクリスマス。 プレゼントを期待しております」
「何もあげませんよ」
「ニンテンドースイッチを希望しまんにゃわ」
「私が欲しいくらいですよ」
「しゃあない。 じゃあ現金で手を打ちます」 「おいおい・・・」
「いいでしょう」 「ええんかい」
【ペイモン】 またはパイモンとも言う。
ソロモンの72柱の9番目に序列される悪魔であり、堕天使の軍勢200を率いる地獄の王。
女性の顔をした男性の姿で、頭に王冠をかぶり、ひとこぶラクダに乗って現れるという。
べバルとアラバムはその臣下で、ペイモンを召喚すると彼らもセットで登場するらしい。
「ペイモン様、なんだか御機嫌がよろしいようで」
「欲しかった人間の肉体がやっと手に入りましたのでね」
「やっとですな」
「アニーの兄のチャールズの時は失敗に終わりましたからね。 エレン・リーの血筋を引く男性であるピーターという絶好の肉体が見つかってよかったです」
「アニーの母のエレン・リーというのはガチガチの悪魔崇拝者でカルト教団の長でやんしたね」
「それはもう筋金入りでしたね。 私のためなら自分の家族など屁とも思ってませんからね。 夫も息子も精神的に追い詰めて死に追いやったぐらいです」
「“犠牲は恩恵のためにある”という、アニーに遺してた言葉の意味がそれやな」
「アニーは早くから母のやってることに気がついていましてね。 ピーターが生まれた時、不干渉ルールを作ってエレンを近づけないように努力してました」
「麗しき母の愛でおますな」
「その代わりにアニーは後に生まれたチャーリーをエレンに差し出したのです」
「それでも母親か、畜生めが」 「どないやねん」
「チャーリーの中には生まれる前から私が入り込んでおりました。 生まれても泣かなかったとアニーは言ってましたが、そりゃそうです。 地獄の王である私がオンギャオンギャと泣きわめくような、はしたない真似などできませんよ」
「生まれた女の子に“チャーリー”なんていう男の名前を付けたのも祖母さんなんやろな。 自分が授乳したいって言いだすくらい溺愛しとったんじゃろ?」
「あの婆さんなら干しブドウみたいなオッパイでもミルクが出そうじゃの」
「しかもチャーリーに『男の子になってほしい』なんて無理難題を直接リクエストしたらしいのぉ」
「我々が言うのもなんやが、婆さんカンペキに逝っとるのぉ」
「チャーリーの部屋の壁に『Satony』とか『Zasas』という言葉が書かれてました。 これは私を召喚するためにエレンが書いた呪文です」
「ババア、必死やのぉ。 悪魔のわしらでも引くわ」
「ペイモン様はチャーリーの中に宿っていながら、やっぱり男の体の方が欲しかったのですか?」
「そうです。 女性の体はダメです。 私には合いません。 一時的ならいいですが、私の本来の力が発揮できません。 エレン・リーの家系の血筋を引く男性が望ましいのです」
「アニーの夫のスティーヴンでもあきまへんのやな」
「あれは娘婿ですから赤の他人です。 ですからグラハム家の長男ピーターしか私を召喚できる肉体はないのです」
「チャーリーが口の中で舌を使って「コッ」って音を出してたのは?」
「ああ、舌べらクリッカーですね。 あれは私のくせでしてね。 ちょっと行儀が悪いですが」
「ひょっとしてペイモン様って元ヤンキーでっか?」
「違いますよ」
「ハトの首をちょん切ってキショい工作やってましたな」
「あれも楽しいもんですよ。 ハトが“平和の象徴”なのは日本だけではありません。 キリスト教でも創世記の『ノアの方舟』の逸話からハトは“平和の象徴”とされています。 その首をバッツン切り落とすなんて他意満々でしょ?」
「チャーリーちゃんは残念なことになってしもうたけど」
「あなた。 あれが偶然の事故だとでも?」
「ちゃいまんのか?」
「当たり前でしょう。 あれは私を崇拝する信者がかけた呪いですよ。 車の窓から顔を出していたチャーリーが激突する電柱には私の紋章が彫られていたのをお気づきになりませんでしたか?」
「お気づきにならんかったのぉ」
「紋章といえばエレン・リーもアニーもそんなペンダントをしとったのぉ」
「なんにしても、ピーターという最高の受け皿を見逃す訳にはいきません。 あの事故の呪いはアニーがピーターを守ろうとする心を砕く目的でもあるのです。 ピーターの肉体を狙えるメドがたてばチャーリーみたいな小娘など用なしです」
「あんた・・・・鬼やな」
「私は鬼じゃなくて悪魔ですよ」
「なんだかんだでチャーリーが死んでまうと母親はどんどんおかしくなっていったわな」
「カルト教団の仲間だったジョーンには今回はよく働いてもらいました。 心の弱ってるアニーにうまく近づいて、見事に私を召喚するお膳立てを整えていただきました」
「降霊術みたいなことをやってましたな」
「あれは死者の霊を呼ぶなどというショボいもんではありません。 それに見せかけて実はチャーリーの肉体から解放された私を召喚するための手続きです。 ジョーンにだまされたアニーは自分の家でそれをやってしまい、まんまと私を召喚させてしまったのです」
「それに気がついてもあとの祭り。 降霊に使ったチャーリーのスケッチブックを燃やそうとするけれど燃えたのはダンナの方」
「あったかそうやのぉ」
「このことで完全に正気を失ったアニーを操るなど容易いものです」
「スパイダーマンみたいになっとったもんなあ」
「ヘッドバンキングもヤバすぎ」
「ピーターを追っかける足の速いこと」
「そんでもって自分で自分の首をギ~コギコ」
「私を召喚する際には、グラハム家の女性全員の首を捧げなければなりません。 信者がエレンの墓を掘り起こして、こちらの首をいただき、そしてアニーの首もチャーリーの首も。 計3人分の首。 感謝申し上げます」
「ピーターを殺して魂を肉体から追い出し、めでたくペイモン様が降臨」
「グラハム家の伝統の継承が滞りなく完了したことを祝して乾杯でもしまっか?」
「いいですね」
「では私、ベバルが音頭を」 「いよっ、ベバルちゃん!」
「ペイモン王の、これからのますますのご健勝とご多幸をお祈りしまして・・・」 「ええぞええぞ」
「メリークリスマス」 「やめんかい」
「気になったのはアニーの趣味というか仕事というか、ドールハウスやミニチュアの製作にのめり込む様子があまりにこれ見よがしでやんすね」
「あれはテキトーな設定ではありません。 グラハム家に起こるすべての出来事が偶然ではなく、第三者による意志と手が加わっている箱庭ごっこであるメタファーなのです。 家族一人一人が「運命」というミニチュアの家の中で誰かの手によって動かされてる。 それをアニーは意識してるところもあるでしょうが、おそらくほとんど無意識のうちに“操られてる家族”を表現してるのです」
「すんげえ顔しとるぞ」
「ATMがなかった時代、郵便局行ったら閉まってた時に、こんな顔をしてるオバハンを見たことがあるぞ。 いわゆる『郵便局しまってるぅフェイス』やな」
「なるほど。 わしには『たんすの角に足の小指をぶつけたフェイス』やな」
「二人とも、なんの話ですか?」
「いやあ、トニコレさんの顔芸をついイジリたくて」
「これなんかも↓」
「こりゃまた、ひどい顔やな」
「お題としては考えがいがあるぞ」
「『床を這ってるゴキブリをうっかり足でプチッと踏んでしまったことに気付いたフェイス』かな」
「う~ん。 ケースとしてはちょっとレアですかね?」
「夫の愛人から『ご主人と別れてください』と言われた時の本妻の顔ってのはどうでっか?」
「ハハァン。 いわゆる『この泥棒猫が!フェイス』ですね」
「ペイモン様も何か考えてください」
「そうですね・・・。 『キャベツの千切りをしてたら指をザックリやってもうたフェイス』ですかね」
「ペイモン様らしいな」
祝賀気分の悪魔たちの盛り上がりはまだまだ続くのであった・・・・・
この映画、一応宣伝面の便宜上、「ホラー映画」として謳っている。
確かにホラーといっても差し支えないが、一般的にイメージする「ビビらせ系の恐怖映画」とは全く趣が違う。
椅子から飛び上がるような、思わず目を覆いたくなるような、「驚かせとけば良し」の演出に終始する一介のスクリーム・ムービーを期待したら、肩すかしどころではないほどに戸惑うだろう。
本作の恐怖どころは、あのシーンが、このシーンがという一つ一つの個所ではなく、得体の知れない出来事が着実に進行しているストーリー全体を指している。
よこしまな存在を受け継ぐ一族の運命が家族をじっくりと破壊していく惨劇であり、居座りの悪いムードで包みこむ異常なタッチを特色とした、昔ながらのオカルト映画をも彷彿とさせる。
観客は観る前から「これは怖い映画だ」と心の準備をするが、この時点で「お化け屋敷の代用」を期待する観客はお呼びでなくなる。
この家族は一体何を抱えてるのか・・・・ 祖母の死から始まる物語は、滑り出しから明らかに不穏な何かを醸し出しているのだ。
この家族をじっくりと観てみることだ。 母と幼い娘はすでに変である。 夫と長男は目を背けるように関わろうとしない。
そして着々と恐怖は進行していく。
何が起きているのか? この家族を狙う“何か”の目的は何なのか?
怖さよりも、その謎に関して、目を凝らし耳をすませたくなる。
観終わって感じたことだが、この映画は2回観た方がいい。
2回目の方が味が出る。
感性に届かなかった部分が確実にハマる。 そういう風にできている映画だ。
ほとんどのシーンがオチのための伏線になっている。
それらを踏まえてリピートすれば、グラハム家に降りかかる運命のあまりの救い難さが、より恐怖を帯びてくる仕掛けだ。
実にいやらしいが、2回観てもらうことを前提としている風な構成であるとも言える。
どんより顔がハンパない子役ミリー・シャピロも素晴らしいが、トニ・コレットの、感情を100%顔面に表出させる狂気的演技は圧巻。
ちょっと宝塚っぽい男前な顔をしているオージー女優であるが、この人のヴィジュアルから入る役作りは毎回面白い。
「ミュリエルの結婚」(94)で20キロも体重を増やして演じたABBA好きのダメ女が、“トニコレ・アプローチ”の原点でもある。
「アンロック/陰謀のコード」(17))で演じた、ベリーショートのエージェント役のキョーレツな存在感は記憶に新しく、最近観た「マダムのおかしな晩餐会」のセレブ奥様のケバい心根をチラチラさせる顔芸もお見事。
その顔芸が今回に生かされてるのか、おそらく鏡を何度も見て研究したんではなかろうかと思うほどの絶叫顔を披露してくださる。
夕食の席で息子にブチ切れてわめきまくるシーンも凄い見せ場だ。
“ヘレディタリー”とは『遺伝性』という意味である。
人は自ら生まれる場所を選べないし、運命というのは、ある程度生まれた家柄で決まるということもある。
それが自分の望む人生でなければ、己の努力次第で運命は多少修正できるものだ。
だが、その運命が絶対に避けられない生来的なものだとしたら、これほど恐ろしいことはない。
嫌だといっても、もはや遺伝性運命は確実なのだ。
自分の命が、自分の人生が自分の物ではない、生まれてきた意味が無になる恐怖というのは我が身で想像もつかないほど恐い。
なぜ、よその国が自分の国に空爆をするのかと考えるヒマもなく死んでいく子供が多数いる。
ある国は余った食べ物をゴミのように捨てて、ある国の子供はゴミを漁るほど飢えている。
幸福も不幸も、力ある国の王様次第。
“地獄の王”は現実にもいて、我々はすでに彼らの作ったドールハウスで動かされてるだけなのかも。
「賢人のお言葉」
「人間は歴史を作る。 しかし、自由に自らの好みで作るのではない。 直接与えられた、あり合わせの過去から受け継いで作るにすぎない。 死んだ世代のあらゆる伝統が、生きている人間の頭の上に悪魔のようにのしかかるのである」
カール・マルクス
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