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ラブレス
2018年05月04日

T0022722p.jpg子を持つ親が離婚する時、互いに親権を争う話はよく聞く。
しかし、それとは逆に両方の親が「子供は要らない」と親権を放棄して、子供を相手に押し付け合うというケースも珍しくない。

離婚するからには新しい人生の計画があるのだろう。
もうすでに違うパートナーがいるのなら、その者にとって子供の存在は哀しいかな"お荷物"だ。
夫婦生活を続けることができない不幸から脱却して新たな人生で幸せになりたい。 それはそれでけっこうだが、自分の子供なのに邪魔だ、足手まといだという唯一無二の愛さえ持てない者が、人生をやり直せるとでも言うのだろうか。


「父、帰る」、「裁かれるは善人のみ」のロシアの鬼才アンドレイ・ズビャギンツェフが描く家族の崩壊の物語。
互いに激しくいがみ合う離婚協議中の夫婦。
両親から愛されない12歳の一人息子が突然失踪する。 その時、二人は・・・

カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞し、第90回アカデミー賞で外国語映画賞にノミネートされた、愛の喪失の悲劇。


2012年、秋のモスクワ。
現在、ある二人の夫婦が離婚協議中。
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夫は一流企業に勤めるボリス(アレクセイ・ロズウィン)。
妻は高級美容サロンのマネジメントをしているジェーニャ(マルヤーナ・スピヴァク)。

夫婦仲はとっくの昔に冷え切っている。
無関心、不干渉といった感じならまだいいが、この夫婦はそうはいかない。
顔を合わせればドロドロの罵り合いがおっぱじまる。

聞くに堪えない罵詈雑言が果てしなく飛び交う口喧嘩。
その下品なディスり合いの中身は決まって、子供のことなのである。
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彼らには、アレクセイ(マトヴェイ・ノヴィコフ)という12歳になる一人息子がいる。
彼ら夫婦にとって離婚協議の一番の焦点は我が子。
どちらが引き取るのか? いや、引き取らずに済むのか?が二人の争いの種だった。

ボリスジェーニャも息子を引き取るのが嫌なのである。
彼らは自分だけが幸せになることが大事で、そのためには我が子の存在はただ邪魔なだけだった。

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ボリスの勤め先は広い社員食堂のある大きな会社であるが、社長は”ヒゲオヤジ“とみんなから呼ばれている。
厄介なのはそのヒゲオヤジがゴリゴリのカトリック教徒だということ。 なので、人の離婚さえ許容しない。
離婚した社員は即クビという理不尽な社内ルールがまかり通っている中、もちろんボリスは穏やかではない。

彼にはすでにマーニャ(マリーナ・ヴァシーリエヴァ)という新しい恋人がいる。 しかも妊娠中だ。
なので、会社に離婚がバレてクビになる訳にはいかないのだ。

こっそり離婚してこっそり再婚する。 できるだけすみやかに。
もちろん息子はジェーニャに引き取らせて。

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 一方のジェーニャにも新しい恋人がいる。
留学中の娘を持つ、ちょいと年上のアントン(アンドリス・ケイシス)という男だ。
頭髪が後退した、まあまあのオッサンであるが、金は持っている。
郊外に大きな邸宅を持っているリッチマンだ。

愛してもいないボリスとはさっさと離婚して、85平米のマンションも売っぱらい、裕福な再婚生活を送りたい。
もちろん、息子はボリスに引き取らせて。

それにしてもこの彼女・・・スマホいじりがハンパない。
世間的には珍しくない程度かもしれないが、個人的な感覚としては、この依存度は気色悪ささえ覚える。
メシ食ってる時も、恋人といる時も、人が大事な話をしている時も。 やたらにスマホをいじり倒すジェーニャがこれ見よがしに描写されている。
スマホを1時間取り上げたら、この人、心臓か停まるんじゃなかろうか?

無論、息子が何をしていようと関心などない。 スマホの画面に注意を払う方が彼女には重要なのだろう。


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12歳になる息子のアレクセイは劇中、セリフらしいセリフを口にしない。
それでも両親から愛されていないことを感じすぎるくらいに感じており、静かに反抗的な態度で気持ちを発する。 

両親が別れる。 それだけでも辛い。
だがそれ以上に自分が両親から邪魔者扱いされてる現状が彼の心を叩きのめす。
親が自分のことをめぐって醜く言い争う。 子供に聞こえるかもしれないことなど気にもかけない、この親の程度が知れる。
おそらく毎晩のように心が張り裂けそうな雑音をこの子は聞かされてきたのだろう。

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ボリスが帰宅すると、例によってジェーニャはソファでスマホをいじっている。
「いい身分だな」などと言えば、さっそく口喧嘩のスタート。

離婚することが会社にバレないか、ここにきてビクついているボリスは気分がへこんでいる。
ボリスの会社のヒゲオヤジのことを知っているジェーニャはそれが面白くて、この日の喧嘩は彼女の圧倒的優勢。
「クビになったら笑えるわ」

両方ともに経済能力がなくなれば、思うつぼなのだろう。
ジェーニャアレクセイを寄宿学校に入れたがっている。
「無責任だ」ボリスは言う。(←それはおまえもだろう)
「義母にも断られたんだから、あなたが引き取ればいいでしょ」
「どうしてそうなる。普通は母親が引き取るもんだろ」
「12歳の子には男親の方がいいのよ
(←どこの情報だ?)

我が子の面倒を見たがらないバカ親同士の罵り合いはどんどんヒートアップ。
互いに自分の人生が一番大事みたいなことを主張して怒号を浴びせ合う二人。
部屋の外で我が子が聞いているとも知らずに。
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親が子供を泣かす時とは、叱ったり手をあげたりする時だけかと思っていたが、こういう親がいれば直接顔を合わせずとも、子供の心など容易く引き裂いてしまえるのだ。
アレクセイは、これまでひたすら耐えていたのだろう。
だが、彼も遂に限界を超えてしまう。

翌朝、朝食もまともに摂らずにマンションを出たアレクセイは、学校に登校する・・・はずだったが。
彼は忽然と姿を消した。
自宅を出てから、学校へ向かうことなく、ぷっつりと消息を絶ってしまったのだ。

我が子が行方不明になったとジェーニャが気づいたのは2日経ってからだった。
アントンの家でベッドを共にし、「子供を産みたいとは思わなかった。堕すのも産むの怖かった。なんて失敗をしたのかと、あの子の顔を見るたびに思う」などと愚痴って、朝帰りしたジェーニャのスマホに学校から着信が入る。

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ジェーニャからボリスに電話がかかる。
アレクセイが行方不明なのだと。 学校から2日間も登校していないと電話があったのだと言う。
電話の向こうでジェーニャがあからさまに焦っている。

夕べ、アレクセイを見た?・・・・・・俺は昨日はマンションによってない・・・・・・いなくなったの。どこに行ったか知らない?・・・・・・知ってるわけないだろ・・・・・・どうしよう・・・・・・いついなくなったんだ?・・・・・・だから2日前だってことでしょ?・・・・・・2日間も気がつかなかったのか?・・・・・・そんなこと言われても・・・・・・子供が家にいたかどうかも分からないのか?・・・・・ずっと部屋にいると思ってたし・・・・・・それで俺にどうしろと?・・・・・・

おまえら、そのバカ会話を一生やってろ。

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ジェーニャは警察に相談する。
しかし、やってきた警官はのんびりと構え、型通りの質疑をし、書類にチョロチョロ書きこんでいるだけである。

「犯罪性はないですね。 殺人か誘拐の可能性が見つかれば捜索します。 反抗期だから10日もすれば帰ってくるでしょ。 統計的に大丈夫ですよ」

「じゃあ何もしてくれないの? あなた、自分の子供だったらそんな呑気にしてられないでしょ」ジェーニャは食い下がる。
そう言われて警官もだんだんとイラつきだす。

「子供を殺した親がカモフラージュに警察に届ける場合もあるからね」などと失礼千万なことを口走る。
「私は時間を無駄にしたくないだけだ。 そんなに心配ならボランティアに頼め。 そうすりゃアンタのバカ息子は見つかるさ」
随分な言い草だが、この警官はこの母親の浅さを見抜いているフシがある。

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そこで夫婦はボランティア団体を頼ることになるのだが、何を聞かれても捜索の手掛かりになるような情報さえ提供できない。
今までまともに子供と接してこなかったから当然だ。
 
ボランティア団体「ヴェラ」のコーディネーターはアレクセイの身長体重、着ていた服、最後に交わした言葉、親しい友達の数や名前、行きそうな場所、思い出の場所や好きな場所など、あらゆる事を聞く。
それにジェーニャは答えるも、自信なさげに「○○だと思う」「××だと思う」を繰り返すばかり。

コーディネーターもため息をつきながら「また"思う"ですか・・・」と顔を曇らせる。
まあ、そんなもんかもしれない。
どんな親でも我が子のことを一から十まで事細かく把握してはいないだろうし、「・・・だと思う」が多くなるのも無理からぬことか。
それでも、彼らは息子のことを知らなさすぎた。

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あれほど息子のことなど無関心で、引き取り手の押し付け合いまでしていたこの両親は、なぜか人並みの親らしく我が子の安否を気遣う。
誘拐されたにせよ、事故に遭ったにせよ、死なれていては困るからだ。

子供が消えても2日も気づかないほど、親の務めを放棄したあげくに子供を死なせた彼らを世間は容赦なく断罪するだろう。
離婚したと思ったら双方ともに即再婚するとなると尚更である。
こういった子供が行方不明になるセンセーショナルな事件ほど世間の口は言いたい放題になっていく。

子供が邪魔になったから殺したんじゃないのか?と、あらぬ噂を立てられるかも知れぬし、そうでなくても子供をないがしろにしてきた彼らの素行をマスコミは面白がるだろう。
そうなったら二人にとっては再婚どころではない。

また、アレクセイの生死はともかくも、このまま見つからないというケースも、それはそれでこの夫婦には難しい状況と言える。
捜索を打ち切るタイミングが厄介だし、どっちが子供を引き取ったというのは関係なしに、行方不明のままでは彼らは離婚もできないのだ。

だから心配なのだ。 自分の子供が? いや違う。 自分のこの先の人生が。

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この映画に出てくるボランティア団体「ヴェラ」は、実際にロシアにある組織「リーザ・アラート」をモデルにしている。
2010年に設立され、ロシアの各地に支部を持つNPO団体で、"リーザ"とは1日見つけ出すのが遅くて命を落とした5歳の少女リーザ・フォンキナから取られている。
行方不明者の捜索を全くの無償で行っていて、これまでに多くの成果を上げている団体だ。

この映画でも描かれているように、「いくらボランティア団体でもそこまでする?」と思うほどにやけに献身的かつ気合満々で捜索活動をする姿は日本人の感覚からしたら異質かもしれないが、実際そうなのだそうだ。 とにかく本格的な団体らしい。

ロシアではそういう事件が多いからということもあるし、劇中に出てきた無礼な警官も大げさな表現ではなく、本当におざなりな対応しかしないらしい。
だからあんな熱心なボランティア団体ができるという、ロシアという国の背景でもある。

そして対比されるのは、自分の子供でもないのに必死になってアレクセイの行方を捜すボランティアと、一応一緒になって捜しはするが「他人の子をそこまで心配できるもんだな」とでも言いたそうな目でボランティアを見ているボリスジェーニャの表情だ。
しょせん彼らの心配するポイントは違う所にある。

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何日経っても成果はあがらず、ジェーニャボリスは捜索隊を伴って、車でジェーニャの母の家へと向かった。
まさか母がかくまっている訳はないだろうが、それでも可能性に賭けたジェーニャだったが、ものの見事に期待は裏切られた。

人里離れた僻地に建つ家は鍵がかかっており、夜だというのに部屋は真っ暗で灯りもついていない。
だがこの母親。 居留守を使っていたのだ。
しつこく家の周りを検める捜索隊に辛抱切らした母は仕方なくジェーニャ達を家に招き入れるが、さっそく我が娘に罵声を叩きつける。

「このアバズレ」 開口一番これである。
「謝りに来たって許さないよ。 妊娠した時、別れて中絶しろとアタシは忠告したのにこのザマだよ」
あの娘にしてこの母親ありである。 ジェーニャの口喧嘩の強さはこの母親の遺伝だろう。
「冷静になれって言ったアタシにおまえは『くたばれ』と答えたね」(←言いたくなるだろうな)

取りつく島もない。 もちろん家の中にはアレクセイの姿はなかった。

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帰りの車の中で、ジェーニャはそれまで溜め込んでいた思いを吐き出す。
隣りで運転しているボリスはじっと聞き続ける。

本当は愛してもいなかった。
あの母から逃げたい一心だった。
あなたは『大丈夫だ、幸せにする』って言ったけど。
やっぱり間違ってた。 母の言うように中絶していれば良かった。
あなたのせいで人生台無しよ。


「車から降りろ」 ボリスはキレた。
田舎の道にジェ-ニャを車から放り出したボリスは、ジェーニャの母親と同じことを言い放つ。
「失せろ、アバズレ!」

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結局のところ、アレクセイが一体どこへ行ってしまったのか、生死さえも不明なまま映画は終わる。

マンションの外には何ヶ所か防犯カメラが備え付けられている。
通常の行動ならば映っているはずのカメラの映像にアレクセイの姿がない。
コーディネーターは「まるでカメラに映るのを避けてるかのようだ」と首をひねる。

アレクセイのパソコンを調べた結果、クラスメイトと共にある廃墟を“秘密基地”として遊んでいたことが判明する。
クラスメイトから話を聞いて、森の中にある廃墟ビルへ向かうが、見つかったのはアレクセイが最後に来ていた上着だけ。

相当な数を刷ったビラを街の至る所に貼って情報提供を呼びかけ、四方の森林地帯をローラー作戦などで大掛かりに捜したものの、何の手がかりもない。

家出して、どこかで暮らしているという線は、所持金のない12歳の少年からすると現実味が薄い。
事件や事故ならば生きている可能性もほぼ絶望的なものになる。

だがこの映画は、アレクセイの消息の真相は重要ではなく、愛さなければならない存在を自分の幸せのために愛さなかった報いとして、人生が空虚なものなってしまう悲劇を描いている。

無題
この映画に衝撃的な印象を与えるのは、身元不明の少年の遺体があるという報せを受けた夫婦が身元確認をするシーンである。

ストレッチャーに乗った遺体にかぶせられたシーツがはがされ、“それ”を見たジェーニャは顔を覆って嗚咽する。 ボリスは肩を落として小刻みに体を震わせる。
アレクセイなのか? それとも違うのか? 観客は固唾を飲むのだが、夫婦は「アレクセイじゃない」と口を揃える。

だが、彼らのリアクションに少々のわだかまりが残る。
警察が「DNA鑑定に協力を」という依頼に、ジェーニャは拒否する。
映画では、遺体は横からの角度のほんの一瞬映るだけ。
DNA鑑定と言うからには、シーツをめくってチラッと見ただけでは判別しにくいほど遺体が損傷しているのだろう。 だから警察としてはDNAを・・・と言いたいのだが。
「だから必要ないって言ってるでしょう! あの子の胸にはほくろがあるけどそれがないのよ、それで十分でしょう!」
ジェーニャが声を荒げ、隣りのボリス「そうだ、ほくろがない」とうつむいたまま同意する。

このシーンに観客の多くは戸惑い、不穏な想像をした人も少なくないのではないか。
その遺体は実はアレクセイだったのではないのか?

ここでその遺体がアレクセイだと認めることと、認めずに生死不明のままにしておくのとではどっちが有益なのかをこの夫婦は瞬時に判断したのではないか。
このほんのわずかな時間に、彼らは阿吽の呼吸で芝居を打ったのだ。

いや、もしや損得の判断ではなく、子供の不幸を招いたことを自身が認めたくなかった感情の末の嘘だったとも受け取れる。
世間から子供を愛さなかった親と思われずに、未だ子供を心配し続ける親であることを演じた方がいいのではという救い難い想像もできる。
いずれにしても、「遺体を確認してください」「違いました、別人です」というだけのシークエンスに、妙な空気感を演出して時間を割いているのには、どうしてもうがった見方をしてしまう。


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3年の月日が流れて、ボリスジェーニャはすでに離婚して互いの再婚相手と新しい生活を始めている。
だが、自分の望んだようなものではない。

もともとが自分の幸せしか眼中になかった者たちである。
パートナーが変わったからといって、人に愛情をたっぷりと注げる人間に易々と変われる訳はない。

今さらながらに自分がそんな人間だったのかと空虚さを覚えるボリスは、幼い我が子をベビーベッドにポイと捨てるように置く。
ぞんざいに扱われた子供の泣き声を背に部屋を去る彼の心の中にはアレクセイの亡霊が巣食っている。
新しい子がアレクセイに見えてしょうがないのだろう。


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一方のジェーニャも変わらない。
テレビのニュースで、政府が反体制派の抗議運動を鎮圧させたことを報じている。
この国はやっぱり変わらないのだとシラけながら席を立った彼女の着ているコスチュームはロシアのナショナルチームの公式ジャージであったりする。

あれほど“我が子”のように愛でていたスマホをポイと投げ捨てて、クソ寒い冬のベランダに出てランニングマシンで黙々と走り出す。
人を愛せない自分がこの先も変わることのない、そんな人生をいつまで走り続けるのか。
疲れ果て、血を吐いて倒れるまでか、それとも心からの愛を知って自分を許すことができれば終わるのか。

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映画の冒頭で、学校から下校したアレクセイが林道で拾った紅白のストライプのビニール紐を振り回しながら、最後は高い木の一番上の枝に紐を引っかけたままにして帰宅していく。
紐は風になびいて、いつまでも揺れている・・・・

そのビニール紐がラストシーンに再び挿入される。
3年経っても未だ木の上に引っ掛かったまま風にゆらゆらと揺れている紐・・・・
これには色んな解釈ができるし、紅白の紐があたかも語りかけるような動きに目を凝らしながら、各人各様の思いを抱くことになる。

ズビャギンツェフ監督作品は「父、帰る」でもそうだったが、観客の「そこんとこが知りたい」点を一切スルーする。
アレクセイの生死にも触れないまま、思わせぶりなビニール紐の描写は、当然アレクセイの"何か"を暗示しているのには違いないのだが・・・

なぜ彼は紐を木の上に引っかけたのだろうか?
いずれ自ら命を絶つことを覚悟しており、その木を自分の墓標と決めて飾り付けたのか?
彼の魂は今もそこにあって、何かを訴えているのだろうか?
鍵盤を狂ったように叩きつける、けたたましいピアノの旋律は彼の咆哮なのか?

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母に愛されず我が子も夫も愛せなかった女。
妻から愛されず、我が子を愛せない男。
そんな両親に愛されなかった子。
子供の失踪に興味のない警察官。
娘をボロカスになじる母親。

愛を引き換えにして幸せは手にできない。
これは見知らぬ世界の話ではない。
自分だけの幸せを追う者が幸せになれるとは限らぬ世の摂理を示した、世界のどこにでもある、愛を失くした迷い人の悲劇である。



「賢人のお言葉」
 
「誰からも愛されないのは、大きな苦痛だ。 誰をも愛することができないのは、生の中の死だ」
 オットー・グリュンベルグ
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