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ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書
2018年04月16日

T0022613p.jpg我が国に限ったことではないかも知れぬが、森友学園問題の文書にせよ、自衛隊の日報にせよ、たかが紙切れでガタつく日本の政治って、なんなのかのぉ?

変な言い方になるが、隠しておかなきゃならん文書ならば、なぜちゃんと隠しておくことができんのだ?
最近騒いでる日報にしても、あるかないかさえトップが把握しておらず、一流大学を出た官僚が「探したら見つかりました」と、老眼鏡を置き忘れたジジイみたいなことを国会で答弁しとる。

いい仕事をすることも悪事を働くことも中途半端なんじゃのぉ。
だから書類ひとつでもナメてかかって管理しとるんじゃろ。 
どんだけ脇の甘い者が国を仕切っとるんだろうか? 我が国はマジで大丈夫か?
そのうち、もっとシャレにならんような文書が出てくるんじゃなかろうか。 それはそれで面白いが。


今から半世紀近くも前の1971年。
ベトナム戦争只中のアメリカでとんでもない文書が暴露された。
それは1967年に、当時の国防長官ロバート・マクナマラの指示により作成されたベトナム戦争の分析レポートである。

『アメリカ合衆国のベトナムにおける政策決定の歴史、1945-1968年』という、タイトルこそ何の変哲もないその文書には、ベトナム戦争に関して、政府がそれまで国民に説明してきた報告とは全く真逆の真実が記されていた。

1945年のトルーマンから63年以降のジョンソンまでの4政権がどのようにインドシナに介入し、勝算がないと分かっていながらさらに戦争を拡大させていった黒歴史が詳細に綴られており、これを執筆した何人かのうちの一人の内部告発によって、まずはニューヨーク・タイムズ、そしてワシントン・ポストがこの機密文書を暴露したのである。
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それまでアメリカの世論はベトナムへの軍事介入に肯定的だったし、早期の平和的解決を国民の多くが信じ込んでいた。
しかし、そんなお上の説明など真っ赤なウソだったと知った世間は騒然となり、反戦運動は膨れ上がる。
国家への反逆だとニクソン政権が激怒して新聞社を訴えるなど、この頃のアメリカの右往左往は尋常ではなかった。

国の機密を漏らすことは無論、国家反逆罪に問われて投獄である。
下手をすれば新聞社が潰れ、多くの従業員か路頭に迷うことは目に見えている。
る。
そんな危険も承知の上で国民に真実を届ける選択に踏み切った新聞社の信念と勇気に敬服する。

この機密文書の存在が発覚したことで、アメリカがベトナムから撤退する方向へと加速していく。
ベトナム戦争が「メディアが終わらせた戦争」と言われている所以でもある。

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「シンドラーのリスト」や「ミュンヘン」、「リンカーン」など歴史の変転にスポットを当ててきた巨匠スティーヴン・スピルバーグが今回描く波瀾万丈の実録ドラマは、これまであまり語られることのなかったペンタゴン文書告発報道の舞台裏である。

最初に文書を記事にしたのはニューヨーク・タイムズだが、この映画では、タイムズに続いて本格的に文書公開の記事を掲載したワシントン・ポスト誌の人物たちを描いている。
ワシントン・ポストの社主キャサリン・グラハム役にメリル・ストリープ。 編集局主幹ベン・ブラッドリーをトム・ハンクスが演じているが、ハリウッドきっての二代名優が初共演というのもこれまた意外。

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ことの発端はこの男、ダニエル・エルズバーグ(マシュー・リス)。
元海兵隊員でシンクタンク、「ランド研究所」の軍事アナリスト。 機密文書執筆者の一人である。

1966年当時アメリカ国務省に勤めていた彼はベトナムに派遣されていたが、政府の裏工作などや国民の知らない戦争の実態を目の当たりにして、ほとほと嫌気がさしていた。
ベトナム視察に来ていた国防長官マクナマラ(ブルース・グリーンウッド)がアメリカへ戻る専用機内でエルズバーグは、戦況がこれっぽっちも改善されておらず、むしろ悪化の一途を辿っていることをマクナマラに報告した。

苦虫を噛み潰したような顔をしていたマクナマラはその後、降り立った空港でさっそく作り笑顔でメディアの質問に答えた。
「戦況は飛躍的に進展している」
カメラとマイクを前に平然と嘘をつくマクナマラエルズバーグは失望した。
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リンドン・B・ジョンソン大統領経由でマクナマラからベトナム戦争の調査報告書の執筆を支持されていた彼は、「ペンタゴン・ペーパーズ」を作成した後、国務省を辞職。
やがてエルズバーグは文書を暴露することを決意する。

「ランド研究所」に保管されていた「ペンタゴン・ペーパーズ」を毎日一枚ずつ持ち出しては同僚のガールフレンドのオフィスで、約2年かけて7000ページ以上もの全文をコピーした。
そのコピーは1971年3月、エルズバーグからニューヨーク・タイムズの記者ニール・シーハン(ジャスティン・スウェイン)に渡る。


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ワシントン・ポストの社主キャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)。

キャサリンの父親で投資家だったユージン・メイヤーが1933年にワシントン・ポストを買収して以降はグラハム家の同族経営が続いている。
1946年から社主となったキャサリンの夫フィル・グラハムが、うつ病を患った末に63年に自殺してしまい、未亡人のキャサリンが会社を引き継ぐことになってから数年が経とうとしていた。
経営者として経験が浅いキャサリンにとっては、この時期はまだ足元を固めている段階である。

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ワシントン・ポスト編集局・編集主幹、ベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)。
キャサリンがニューズウィークから引き抜いてきた敏腕の記者である。

ポストに来てまだ数年だが、最初は編集長代理として雇われた彼はみるみるうちに出世して編集主幹となり、デキる記者たちを雇いいれて取材の采配を振るっている。
記者としての誇りは人一倍高いアツ男でもあり、ニューヨーク・タイムズに対するライバル意識をむき出しにする、武闘派のジャーナリストなのだ。
「報道の自由を守る方法は、報道することだ」


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現場の大黒柱ベンと経営の女将であるキャサリン
ワシントン・ポストのツートップである二人はお互い何でも言い合える仲である。
たまに朝食会なる場を設けてはディスカッション。

取締役会議の日の朝、キャサリンに政府側から直々に電話があり、ニクソン大統領の娘トリシア・ニクソンの結婚式の取材からワシントン・ポストの記者ジュディス・マーティンが名指しで出禁を通告されたという。

女性層の読者もこのところ減ってきているので、ホワイトハウスのソフトな話題もどんどん取り上げたいのである。
便宜を図ってもらえるようにとまでは言わないが、ニクソン叩きもちょっとは穏便に・・・と言うキャサリンベン「指図は辞めてくれ」とビシッ!

ベンも男性優位主義者という訳ではない。
「あんた、なめられてんだぜ。 もうちょいしっかりしなよ」という叱咤である。
政府が特定の記者を締め出す権利なんかない。 記者も社主も女だから、ちょっときつく言ったら大人しくなると思われてるんじゃないのか? そんなお上に遠慮なんざいりませんよとベンの世論斬りの気魂はブレないのである。

★ ★ ★
アメリカ人が読む新聞はUSトゥデイやウォールストリート・ジャーナルのような全国紙よりも、地方紙を好んで読む。 とはいってもニューヨーク・タイムズは全国紙なみにどこでも売っている。
この当時のワシントン・ポストはDCを拠点にしながらも、知名度の高い老舗のニューヨーク・タイムズに大きく水を開けられた二番手の地方紙だった。
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そのポスト紙もようやく株式公開である。 これで経営の幅も広がるというもの。 
しかし、社の取締役や株式引受人が集まる会議で説明するはずのキャサリンだったが、あれほど練習したというのに本番ではすっかり縮こまってしまった。
会議室は鬼瓦のような顔をしたオッサンばっかりがふんぞり返って、「さあ、このオバチャンは何を喋るのかのぉ」という“お手並み拝見オーラ”をプンプンさせている。
そんな空気にすっかり呑まれてしまったキャサリンは自信を失くして、結局会長のフリッツ・ビーブ(トレイシー・レッツ)が代わりに一人で喋ることに。

女性の社会進出など煙たがられていた男性優位社会の時代だった。
チラホラとそういう地位に就く女性はいたものの、世間からは「女に何ができる」という目で見られるのである。
ワシントン・ポストも株式公開を控えながら、女性が社主になって「大丈夫なのか?」と投資家たちは不安がる。
経営陣もキャサリンをサポートしながらも、お嬢様育ちの彼女は所詮“腫れもの”であって、過度の期待はしていない。
キャサリンもそんな空気をヒシヒシと感じつつ、先立った夫の名誉を守り抜く信念だけは強く持とうとするのだった。

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ベンはニューヨーク・タイムズの敏腕記者ニール・シーハンが最近記事を書いていないことが気にかかっていた。
やっこさん、どうやらスクープをモノにしたらしいなと 感づいたものの、さてそれは何なのか・・・?

そして1971年6月13日の日曜日のニューヨーク・タイムズの見出しには『ベトナム戦争に関する公文書:30年に及ぶアメリカ政府の関与をペンタゴン・ペーパーズが解明』というタイトルが踊っていた。

ベトナム戦争に関する調査報告書の一部が掲載され、トルーマン、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソンら4人の大統領がベトナム戦争に関する嘘をつき、当時の国防長官マクナマラは6年前の1965年にはこの戦争がアメリカの負け戦であることを知っていたという驚天動地の記事である。

内容はもちろん衝撃だが、ニューヨーク・タイムズのの英断にベンは嫉妬した。
法律的に分が悪く、おそらくタイムズ社内でも賛否分かれて相当もめたであろうことは想像に難くない。
政府が修正第一条に触れるのを承知の上で法的な報復をしてくるリスクもある。
だが、そんなことをかえりみずに政府の嘘を暴く選択に踏み切ったジャーナリズムの熱がベンにはうらやましかった。

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もちろんニクソン政権はすぐさまニューヨーク・タイムズに対する記事の差し止め命令を連邦裁判所に要求し、なんとこれが通るのである。
アメリカの誇る合衆国拳法修正第一条はどうした? 報道の自由を制限する法律を制定してはいけないのではないのか?
共和制になってから初めてのお上の暴挙だった。
「建国の父が泣くぞ」

だが、我々だってそんなことで尻込みするような、やわい根性でブンヤなどやっていない。
タイムズに続け。 いや、タイムズよりデカい花火を。
ベン・ブラッドリーの記者魂に火がついた。
ニール・シーハンが接触した情報源を探し出すのだ。

ワラの中の針を見つけ出すような難事であるが、その“情報源”に心当たりを持つ男がいた。
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編集局次長ベン・バグディキアン(ボブ・オデンカーク)。 
彼はアメリカのシンクタンク「ランド研究所」に勤めていた経歴を持ち、ダニエル・エルズバーグと同僚だった時期があるのだ。

国務省の役人としてベトナムに派遣され、マクナマラの最も近くにいて戦争を見てきたエルズバーグという男。 彼の真っ直ぐさをよく知るバグディキアンは、エルズバーグこそが“情報源”だと当たりをつけた。

片っぱしから電話を掛けまくり、ようやくエルズバーグに辿り着き、盗聴を警戒して表の公衆電話で遂にアポを取ることに成功する。
エルズバーグと再会したバグディキアンは凄いものを見てしまう。
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7000ページ以上にも及ぶ書類の山。
そこには紛れもなく、国の汚点が記されていた。

手が後ろに回るどころか、暗殺されるかもしれない恐怖を払いのけ、正義感の元に動いたエルズバーグが暗い部屋の中でも輝いているようにバグディキアンには見えた。
彼の勇気がなければ今頃アメリカはと思うとゾッとする。

「ペンタゴン・ペーパーズ」を前にしたバグディキアンは、自分が新聞記者になった意味をここで見出した。 
友人の勇気に応えねば、記者としてだけではなくアメリカ国民としての沽券に関わる。
「必ず掲載すると約束してくれ」 「誓うよ」

ファイルにして47冊。 帰りの飛行機では隣りの席に置いたでかい箱にアテンダントが気を使ってバグディキアンに声をかける。
「大切なお荷物なんですか?」
「これ? ただの機密文書だよ」

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一方では記者としてのベン・ブラッドリーの立場と経営者としてのキャサリン・グラハムの立場がすれ違いを見せていた。
 
キャサリンにしては辛いところである。
せっかく株式公開にこぎつけたというのに投資家に何と説明する?
会社の成長どころか潰れる危険さえ孕んでいるのだ。
それは株がどうのと言うより、多くの従業員を抱えるトップの人間として辛い状況だった。

第一彼女は記者の経験もないので、ジャーナリズム云々の感覚までは正直持ち合わせていない。
ニューヨーク・タイムズが政府から受けた仕打ちを目にしているだけあって、犠牲もやむなしの報道は本意ではない。
何よりも父や夫が大事に築き上げてきた会社である。
夫が死んで後継者の話になった時には周囲から反対されたが、それを押し切って経営者の道を進むことを決意したのだ。

だが新聞が圧力に負けて口を閉じ、報道することを辞めたら国民に対する義務を裏切っているというのはキャサリンも重々理解している。
自分も女性として男社会の前線に出てきて、不快な思いを嫌というほどしてきた。
報道に携わる者の存在を否定されて、闘いの場から逃げだすようなことは、男社会にもまれてきたキャサリンには受け入れがたい抑圧だった。

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ベン・ブラッドリーにとっては報道は命である。
ペンを折られたら記者をやってる意味などない。
モチベーションはシンプルなのだ。

彼とてキャサリンの立場が分からないではない。
キャサリンの夫である前社長のフィルは政界との付き合いも多かったため、彼女自身も従兄の大学の同級生だったというマクナマラと親交が深い。
友人を自らの報道によって貶めたくはない、その葛藤は分かるがペンタゴン・ペーパーズの報道は新聞としての義務であり、マクナマラも批判されてしかるべき人物なのだ。
だがキャサリンベンに言葉を返した。
「あなただってケネディを批判していない」

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ベン・ブラッドリーとジョン・F・ケネディは双方の夫人も交えた家族ぐるみの付き合いだった。
ゆえにピッグス湾での失態や女性スキャンダルなど、ベンのケネディに対する記事は甘々なものだったようである。
ベンは少なくともケネディ家とはガチの友人だと思っていたが・・・

1963年にケネディが暗殺される。
司法解剖のために遺体が移送されたベセスダ海軍病院に駆け付けたベンは、血まみれのピンクのシャネルスーツを着替えることなく待っているジャクリーン夫人と会う。
この時、彼女は言ったのだそうだ。
「このことは何一つ書いてはならない」

権力者を持ち上げるも落とすもジャーナリスト次第。 ジャーナリストも権力者のしくじりで飯を食う。
そんな間柄に真の友情などない。 友だちになってはいけないのだ。
このことを痛感したベンは考えを改めた。
60年代までは政治家と新聞記者がナアナアでやってきて、そうして新聞社も大きくなっていったのだ。
しかし、もうそんな時代ではないのだ。
「古い時代は終わるべきだ」

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ベン・バグディキアンエルズバーグから入手して持ち帰ったペンタゴン・ペーパーズ。
さすがに世に出るとヤバめの文書だけあって、エルズバーグも用心深くそれなりの自己セキュリティを施してある。
キチンとまとめられてる訳ではなく、全ページばらばら。 
ページの下部に印字されていた「TOP SECRET」の部分と一緒にページナンバーを切り取ったためである。

全部で7000ページ。 順番が分からないこれらを文章が繋がるようにまとめねばならない。
ベンの自宅に社員集合。 残り10時間に迫った入稿時間に間に合わせようというのである。
ほぼインポッシブルなミッション。 だが、そんなことは言ってられない。 アメリカの自由がかかっているのだ。

さあ、みんながんばれえー!
ベンの10歳の娘マリーナちゃん特製のレモネードで元気ハツラツだ! 一杯25セント(金とるんかい)。
途中からパパが「50セントにしろ」 ええっ!


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一方ではキャサリン・グラハムが今や世界銀行の総裁となったロバート・マクナマラの自宅に来ていた。
筋を通すためである。

国民をだました権力者は、たとえ友人であろうと遠慮はいらないのだが、だがキャサリンとしては"友人の"マクナマラの言葉が聞きたかった。
まだ友人であるなら助けてほしいと。
「私はあなたに助言を求めに来たのよ。 許可ではないわ」

フォード自動車の社長からケネディに抜擢されて政界に入り、そのケネディと苦楽を共にした。
高飛車な威張り屋だったリンドン・B・ジョンソンについて行けずに途中でケツを割ったので、ニクソンのことなどよく知らないはずのマクナマラでも、あの金まみれのエゴイストへの雑言は止まらない。

「記事が掲載されたら奴は君らを全力で潰しに来るぞ」
トルーマンもアイゼンハワーもケネディもジョンソンもみんな高潔な大統領だったなんてことは言わない。 そんな善人はいないがニクソンはもっとタチが悪いとマクナマラは口角泡を飛ばして絶叫する。
「ニクソンはクソだ!」

これでキャサリンの腹が決まったかというと、まだそこまではいかないのである。

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いくら編集の大将ベン・ブラッドリーがどれだけ「やったるでぇー!」とイキっても、もちろん彼一人でコトは運ばない。
なんだかんだで社主キャサリン・グラハムの鶴の一声にかかっている。

フリッツ・ビーブやアーサー・パーソンズ(ブラッドリー・ウィットフォード)ら取締役連中にしては「ちょっとタンマ」である。
会社が潰されては元も子もない。 もうすでにニューヨーク・タイムズがやってるし、差し止め食らってるし、危ない橋なのはミエミエなのだ。
テレビ放映の免許も取られる。 テレビの収入はでかいのだ。

ベンにとっては意地と言うより、報道の自由への闘いなのであった。
新聞社の将来ではなく、ここで屈したらアメリカの自由は死ぬ。

「政府の顔色を見ろというなら、ワシントン・ポストは消滅したと同じだ!」
「テレビ? テレビなど知るか!」
「報道の自由の問題だ。 我々も自由も負け、ニクソンが勝つ。 報道の自由を守るのは報道しかないんだ!」


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原稿の活版は出来上がった。 あとは輪転機にかけるだけ。
キャサリンの決断待ちの状態となった。

キャサリンフリッツ・ビーブに問う。 あなたならどうするかと。
「私なら掲載しない」
君とビジネスと投資家のため、そして従業員のためとフリッツは答える。

今までのキャサリンなら、お嬢様気質のまま会社を引き継いだがゆえに、判断に迷うと男連中に頼り、それに従ってきた。
いつも何かとフリッツに寄りかかる自分は弱かったのだと彼女は自省する。
父と夫が大切に育ててきた会社を守らねばという思いが強すぎたのか、彼らの目指した新聞のあるべき道を見失っていたのだ。
あなたの父上とフィルが遺した大事な遺産を失うぞと周りは言うけれど、この国が失ってはならない物の方が遥かに重いのだ。

「遺産の話は結構よ。 もう父の会社でも夫の会社でもない。 私の会社よ」
イングランドの文学者サミュエル・ジョンソンは言った。
「説教する女は後ろ足だけで歩く犬だ」
女性だから出来るはずがないと思っていたことをやって見せ、古い時代を終わらせる楔を打ち込む。
後ろ足で歩く犬にしては美しく凛とした強い女の姿がそこにあった。

「私はもう寝るわ」
女帝は堂々と去っていく。

そして翌日の6月18日の朝。
ワシントン・ポストの一面には自由が宿っていた。

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前作の「BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント」がまるでシックリこなかったので、「どうした?スピルバーグ」と思っていたが、さすがに実話を撮らせたらこの巨匠は神である。
そこに来てメリル・ストリープとトム・ハンクスというグレートな役者二人をいっぺんに揃えたら、鬼に金棒、マジンガーZにジェットスクランダー、ウルトラマンジャックにウルトラブレスレットという万能のタッグであり、名作ができなきゃ嘘である。

スピルバーグがトム・ハンクスと組むのは5度目を数えるが、メリル・ストリープは「A.I.」で妖精の声の吹き替えをしただけに留まっていて、この作品がストリープにとって本格的にスピルバーグと絡む作品となる。

ストリープとハンクスの共演だけでも見ものだが、この映画はとにかく「さすがスピルバーグ」と唸らせる見どころが溢れまくっているのだ。

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【人物造形】

スピルバーグの映画は、早い時間内に主要人物のキャラクターを簡潔なのに深く描くのが巧い。
観客は安心してストーリーに入りこめる。
この作品でもベンキャサリンの朝食シーンの数分間をワンカットで撮っていて、これだけでこの二人に関係性がユニークな味付けでもって伝わってくる仕組みになっている。

受話器をあてるのに邪魔になるぐらいのイヤリングをしているキャサリンのビジネス慣れしていない一面や、オフィスの机にデンと足をのせるベンのカウボーイのようなプライド高き職人気質を浮き彫りにする。

人物描写を優先させながら、あとからストーリーがついてくる形にするのがスピルバーグ流でもある。

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【娯楽精神】

結末が分かってしまっている史実物は、最後までどう物語を語っていくのかが重要。
「ドキュメンタリーでええやんけ」と言われるほど、ただ単に事象を並べただけでは意味がない。

スピルバーグは歴史から得られる教訓やテーマを前面に出し、あくまでもエンタテインメントを意識したストーリーテリングを心がけてるところに好感が持てる。
「報道の自由」、「女性の自立」といったテーマを説教臭くならずに下敷きにし、スクープ記事の掲載か否かの駆け引きをタイムリミット的なサスペンスのテイストで最後に持ってくるなど、結末の分かっている筋をグイグイ引っ張っていくための工夫が凄いのだ。

公衆電話の金具の部品に映り込む顔や、バグディキアンの持ち帰った書類の詰まった箱を開けるシーンなど、ヤヌス・カミンスキーのカメラワークは随所で味な所を見せてシーン一つ一つに熱を込めさせる。

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【象徴表現】

この映画で重要な役割を果たすのが「電話」である。
もちろんSNSなどなかった時代だし、顔の見えない相手の顔を想像しながら言葉を絞り出す人物たちの心情が実にスリリングに描かれる。
「電話」のシーンがすべて、ストーリーの歯車を回す重要なジョイントになっているのだ。

前述した、イヤリングを外して電話を受けるキャサリンのシーンはもちろん、バグディキアンエルズバーグとアポを取るために、焦りに焦って小銭を地面にばらまいてしまったりする緊迫感、さらにはキャサリンベンとパーソンズの内線電話を使った三つ巴の電話会談も凄まじいサスペンスを見せる。
そして一本の電話で輪転機を回すゴーサインが出され、最後はホワイトハウスで、電話の向こうの相手にキレまくっているニクソンの後ろ姿が映される。

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【配役妙味】

スピルバーグの映画でいつも感心するのは、脇役でも主役を食うほどの、いいキャラを供えた俳優を配して見せ場を作るところである。
こんないい俳優がいたのかと時たま驚かされる。
近年では「ブリッジ・オブ・スパイ」のマーク・ライランスや、昔で言うなら「シンドラーのリスト」のレイフ・ファインズである。

こちらの勉強不足ならびに、キャスティング・ディレクターのエレン・ルイスがいい仕事をしたのであろうが、ベン・バグディキアンを演じたボブ・オデンカークには「いい役者を見つけたな」と恐れ入谷の鬼子母神である。
まちがいなく本作の敢闘賞ものの好演を見せている。
顧問弁護士のクラークを演じた“金髪のマット・デイモン”みたいなジェシー・プレモンスも印象深い。

メリル・ストリープの21度目のオスカーノミネートは「数合わせか?」と勘繰ってもいたが、この映画を観れば納得だ。
やっぱり凄すぎる女優だ。

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男性優位社会の中で、一人の女性が成長していく物語であるが、同時に現政権への批判も含んだ報道の自由とその力を描いた傑作でもある。
報道は世界を動かすには十分な力がある。 戦争を終わらせられるんだぜ。

我が国の「週刊文春」もあれだけの取材力があるのだから、芸能人のどうでもいい下世話なネタなど追いかけてないで、森友問題とかをビシッと暴いて見せたれや。
以前は社会性の高いオヤジ雑誌だったのだが、いつからカストリ雑誌と変わらん三流誌に落ちぶれたのだろうか。
それに金を払って読んでる大衆の民度を思えばだ、そりゃ報道の質も政治の質も変わりゃあしませんわい。


どうでもいいことだが、ベン・ブラッドリーのオフィスでの品のない立ち居振る舞いが気になった人は多いのではないか。
あの行儀の悪さは、いくらエラいさんでも日本人の感覚ではイタい。
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机の上に腰かけて、椅子に土足を乗せる。
この男は家具の使用方法を知らないのか?
誰か教えたれ。

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おまえは番長か!
そんなポーズが似合うのは次元大介ぐらいなもんである。
もはや仕事をする格好ではない。

机に足を乗せるってアメリカ人はよくやるよなあ。 オバマ前大統領もよくやってたっけ。

以上、どうでもいいことでした。

362501_005.jpg
「ハリルホジッチが解任だってえ!」
「ほんまかいにん!?」


「賢人のお言葉」
 
「いつも完璧じゃなくても最高の記事を目指す。 それが仕事でしょ?」
 キャサリン・グラハム
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