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聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア
2018年04月07日

T0022635p.jpgギリシャの映画監督と言えばちょっと前ならテオ・アンゲロプロスだが、もうこの巨匠は残念ながらお亡くなりになったので、今はと言うとこの御方。

ヨルゴス・ランティモス 。
恐竜の名前のようなこの44歳の新鋭監督の作風はかなりラリッてる。

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日本で最初にお目にかかったランティモスの映画は2012年に公開された『籠の中の乙女』。
裕福なある家で、3人の子供を全く家の外から出さずに育てている両親。
会話も行動もムチャクチャすぎる変な5人家族の情景を描きながら、外の世界に興味を持った長女が脱出を図るが、彼女が隠れた車のトランクをじっと映しただけのラストがなんかキショイい。
この映画はアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされている。

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もう一本は2015年公開作の『ロブスター』。
独身は罪という近未来。 独身者は拘束されてホテルに集められ、45日以内に伴侶を見つけないと動物に変えられてしまうという「えっ?なんですか?もう一回言ってください」と言いたくなるスーパー・シュールな設定の不条理コメディ。 いや、コメディというのは設定だけで語り口はかなりクソマジメ。
進行と共に物語はどんどんラリっていく。 個人的にはハマらなかった映画。
ラストもモヤモヤ。 絶対逃げたな、あの主人公。

この監督は、シチュエーションや展開に整合性を持たせないし、締めくくり方も「まだ話の途中でしょうが」みたいなことをする。
いや、そんな映画は今まで一杯あるが、大抵は謎解き心をくすぐられるエンタメ性の味付けは要所にあり、面白い作品だってかなりある。
だけど、この監督はキッつい。

それを踏まえてのヨルゴス・ランティモス監督の新作である。
『籠の中の乙女』の原題が「Dogtooth(犬歯)」という。 『ロブスター』はそのまんまのオマール海老。
で、今度は「鹿」ときたもんだ。 霞流一か!とツッコミたくなる、この動物づくし。 
もちろんこの映画、鹿など一頭も出てこない。
これは、とある心臓外科医の男とその家族に襲いかかる恐怖と悲劇を描く不条理ホラーである。

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アメリカのオハイオ州で大豪邸に暮らす4人一家。
大病院に勤務する心臓外科医のスティーブン・マーフィー(コリン・ファレル)。
医師としての腕は確かで、地位もある。
食事では、好きなものは先に食べるというタイプ。
腕時計のバンドは革よりも金属派。
家庭のルールにうるさい。

無題
スティーブンの妻アナ(ニコール・キッドマン)。
眼科の開業医。
ただいま医院を改装中。
夫とちがって子供には少々親バカ寄り。

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長女のキム(ラフィー・キャシディ)。14歳。
作文や音楽の才能に長けたアート少女。
音楽プレーヤーをよく無くす。
家では犬の散歩担当。

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長男のボブ(サニー・スリッチ)。
なぜか髪の毛を伸ばしっ放しにして、父親から切れと言われているが切る気はなし。
将来医者になりたいが志望は母と同じ眼科医。
家の手伝いは庭の水やり。

この4人の家族が、ある一人の少年に関わったばっかりに、とんでもない災難が降りかかる話なのである。
その災難の元凶となるのがこの少年。
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マーティン(バリー・コーガン)。 16歳。
2年前に父親を自動車事故で亡くし、母親と二人暮らし。
この歳にして中毒気味のタバコ常習者。(オハイオでも違法だぞ)
どこかイッてる気味の目つきと、粘着質な性格はパーソナリティ障害を疑わせるが、この少年の本当の恐ろしさは常識の遥か上を行く。

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父親の事故の際に心臓の開胸手術を行った医師がスティーブンである。

そうなんだよねえ。
手は尽くしたけど助けてあげられなかったんだよ。


そんな彼は亡くなった男の息子マーティンと会っている。

お父さんが亡くなってお母さんと二人暮らしっていうじゃないか。
そんな不憫な彼をどうしても元気づけてやりたくてね。


彼はマーティンに腕時計をプレゼントした。

なかなか値が張る高級な時計だよ。 まあ私にできることと言ったらこんなことぐらいしかないけどね。
えっ? バンドを交換する? まあ・・・君の好きにすればいいさ。


スティーブンはその後もマーティンを自宅に招待してディナーを振る舞ったりする。

歳も近いせいか長女のキムとはすぐに打ち解けてたみたいだが、ボブはちょっと警戒している。
クセの強い青年だからな。

 
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それ以来、マーティンは頻繁に病院にまでやって来てはスティーブンに会いたがる。

どうしたんだよ、こんな所まで来て。
いきなり来たって、ちょっと困るんだけどなあ。
お礼がしたい? そんなの気にしなくてもいいのに。

ちなみに右のアガサ博士のようなオッサンは同僚の麻酔科医マシュー(ビル・キャンプ)。
スティーブンの妻アナとのあいだにちょっとした秘密がある。

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マーティンスティーブンに対する付きまとい方は、まるまるストーカーなのである。

今度は何の用だ? 胸が痛い? タバコの吸いすぎだろ。
体の具合がよくないなら病院に行けよ。 あっ、ここが病院か。こりゃ失敬。
しょうがないな、特別だぞ。


別にどこも悪くはないのだ。
ただ彼はスティーブンに会いたい。 そして一回でいいから家に来てくれと言う。

そう言われてもなあ。
私も忙しいんだよ。 まあそのうちに。
それと、何の連絡もなしにいきなり病院に来るのはよくないな。 私がいつでもいるとは限らないからね。


と、言われて御了承するようなマーティンではない。

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えっ? ワキ毛を見せてくれ?

自分は人と比べてワキ毛の生え方か遅いのではないかとマーティンは言う。

そんなことを気にしてるのか?
ワキ毛の生え方なんて人それぞれだよ。
君の歳なら少なくたって何もおかしくはないよ。
私のワキ毛なんか見たって何の参考になる?
なんで人に自分のワキ毛を見せなくちゃなんないんだ。 イヤに決まってるだろ。
ダメダメ、どんなに頼まれたって、これだけは。
いやいやいや。 恥ずかしいとかじゃなくてだな。 「人として」的な問題なんだよ。
「ワキ毛見せてください」と言われて「どうぞ」って見せる変態がどこにいる。 私のワキ毛のどこがいいんだ?
そんな顔をするんじゃないよ。 ホントしつこいな君も。

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ほらよ。 (見せるんかい)
「父はその3倍はありましたよ」
なに比べてんだよ。

スティーブンは、いい加減ウンザリだった。
毎日のように病院にやってきては、取るに足らない話題を無駄に広げて延々と時間を消費したがるマーティンの異常な粘着ぶりに、スティーブンのイラつきは日に日に膨らんでいく。

ある時、こんなことがあった。
私にも意地悪心がちょっと出たんだろうな。 居留守を使うために少し時間をずらして病院に行ったんだ。
車で駐車場に入ったら、私の車の停める位置の所に誰かがいたような気がしたんだ。
ほんの一瞬、サッと影が横切ったんだよ。
気のせいかと思ったが、後日、麻酔科医のマシューがマーティンを駐車場で見たと言ってた。
やっぱりか・・・。


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マーティンが、あまりにしつこく言うので、仕方なくスティーブンは彼の自宅にお呼ばれした。

これでマーティンの気が済むのならいいが。
彼の母親(アリシア・シルバーストーン)と一緒に3人で食事をした後、マーティンの父親が好きだった映画を観ようという流れになった。
早く帰りたいんだがな・・・。

映画は「恋はデジャ・ブ」。 ああ、あれはいい映画だ。 ハロルド・ライミス監督の傑作だ。 ビル・マーレイがなかなかいい味を出してるんだよな。
いや、そんなことよりもだ。
隣りに座った母親の妙な圧が気にかかる。 (今夜お泊りになるでしょ?)みたいな“お誘いオーラ”が私の横顔に突き刺さる。
いいかげんにしてくれよ、まったく。
私が妻帯者だって知ってるだろ、アンタ。
しかもマーティンには、母親と私を“いい関係”にさせようとする意図が見える。 このクソガキ、どういうつもりだ。

・・・・・ついウトウトしてしまった。 気がついたら母親が私の指をしゃぶろうとしていた。
「きれいな手をなさってるのね」 なさってるのねじゃねーよ、オメエ。
これはもう怒っていいよな。 そうだよな。 怒るところだよな。

感情をあらわにしたスティーブンマーティンに、もう会わない、電話もするなということを強く言い放って辞去したのだった。
マーティンとの付き合いはこれで切れた・・・という訳にはいかなかった。

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息子のボブが突然歩けなくなってしまう。

朝、いつまでたっても起きてこないので部屋に行ったら、ボブはベッドに腰かけていた。
「足の感覚がない」と言う。
慌てて病院に連れて行った。
精密検査をしても原因がまったくつかめなかった。
心因性のものだろうと神経内科の医師は言う。
検査が終わる頃には何事もなかったかのようにボブの足は動いていた。
なんだ? 宿題をし忘れたから学校に行きたくなかっただけか?
まあ、別にいいが。


しかし病院から帰ろうとする時、またしても足が麻痺してバッタリ倒れて動けなくなったボブはそのまま緊急入院する。

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やがてマーティンが病院にやってきてスティーブンは会うことにした。
マーティンは少し前とは違って、なんともふてぶてしい態度だった。
そんな彼の口から出た言葉にスティーブンは戦慄と同時に怒りを覚える。

このガキ、何を言ってる?
私が君の家族を殺しただと? お父さんのことを言ってるのか?
だから・・・誰か一人を殺さねばならないんだと彼は言う。
私が彼のお父さんを殺したから、見返りとして誰かを殺さなきゃならんのか?
前からスッとぼけたガキだったが、とうとう本格的にイカれたか?
「今に最悪の瞬間が訪れる」と彼は言う。 寝言はママの膝の上で言え。
あまり人をバカにしてると、最悪の瞬間が訪れるのは君の方だぞ。


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マーティンの言うことは、こうである。

スティーブンの心臓手術によってマーティンの父親は死んだ。
だからスティーブンの手で、彼自身の家族の一人を殺す必要があるのだという。

【ステージ1】 足の麻痺...手は使えるが足はまったく効かなくなる。
【ステージ2】 食欲の喪失...体が飲食を受け付けなくなる。
【ステージ3】 目から出血...これが起こると数時間後に死亡する。


このマーティンの告白から数日以内に、スティーブンは家族の誰か一人を選んで殺さねばならない。
妻のアナか。 娘のキムか。 息子のボブか。
数日以内に実行しないと家族が3人とも病気で死ぬことになる。 スティーブンだけは助かるらしい。

バカバカしい。 そんな冗談に付き合ってる余裕なんか今の私にはないぞ。
だいたい何だ? お父さんを殺しただなんて逆恨みにもほどがある。
だから代わりにうちの家族の誰かを殺せとはどういう理屈だ? マフィアか、おまえは。
足が動かなくなるのも飯が食えなくなるのも、挙げ句に目から血が出て死ぬのも全部おまえの力てどうにかできるのか?
何者なんだ? 超能力者だとでもいうのか?
まったくもってくだらん。 中二病の小僧めが。ジョークを言うのならもっと笑えるネタを考えてこい。 
おい、警備員、こいつをつまみ出せ。


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しかしボブの病状はますます悪化していく。
マーティンの言うように、ボブは食事を摂らなくなった。 【ステージ2】である。

嘘だろ、おい。
なんでアイツの言った通りになるんだ。
こんなことがあっていいはずがない。
ひょっとして、奴が変な薬でも盛ったとか?
いや、検査では何の異常もないしな。
病院はあらゆる手を尽くして診てくれているのに皆目原因が分からずお手上げ状態。
アイツ、一体なにをしたんだ・・・?


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悪夢はエスカレートする。
今度はキムの足が動かなくなった。
姉弟揃って同じ病室に。
やがてキムまでも食べることができなくなってしまう。

妻は目に見えてうろたえていた。
というよりは、この状況に恐怖していた。

キムはマーティンと仲がいいのだが、ある日、キムのスマホにマーティンから着信があり、キムはベッドから起き上がって病室の窓際まで歩き、外を見ながら話してたという。
通話が終わって、再びベッドに戻ると、また歩けない体に逆戻りしたというのだ。

The Killing of a Sacred Deer 3

ここまで来ると、スティーブンマーティンが言ったことをタワゴトと片付けれなくなった。
このままだと二人の子供は死ぬ。 いずれは妻にも同じことが待っているのだろうか。
誰か一人の命を差し出さないと終わらないのか。
その時は誰を・・・? そんな不穏な考えがよぎったスティーブンは自分自身に慄く。  

自分の二人の子供がほぼ同時に不随の体になってしまったら、ただの病気じゃないことぐらい、どんなに親でも気が付く。
マーティンが関与していることを確信した妻は、何が起きてるのかを私に問い質した。
一通りの説明を聞いた妻がどんな顔をしてたのかは、目を合わせないようにしていたので分からない。 強烈な視線だけは感じる。

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アナは疑問を重ねながら次第に確信に近く。
なぜそんな報いを受けねばならないのか。 あなたがマーティンの父親を殺したというのはどういう意味なのか。 その人を手術したのは確かあなたではないのか。 その時に何かあったのか・・・・・・
スティーブンにとっては耳の痛い話だった。
彼はあの時、いや、あの当時のスティーブンはアルコール依存症に悩まされていた。
その事はアナも知っている。
たが問題は、マーティンの父親の心臓手術をした時・・・

あなたは酒を呑んで酔ってたのではないかと妻は責める。
本当のところ何も覚えていないんだ。 呑んだ可能性はあるよ。
でもたとえ呑んでても、メスを持つ手がおぼつかなくなるほど酔ってないはずだ。 周りだって止めるだろう。
私が殺しただなんて言われるのは心外だ。
それを言うんだったら麻酔の方で何か問題があったかもしれないだろ。 ・・・ああ、なんてことを言うんだ俺は。 最低だな。


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アナは夫の言ったことを確認するために当時手術室に居合わせた麻酔医のマシューを訪ねた。
「う~ん、そうだなあ。 この前、君が僕にしてくれなかったことをやってくれるんなら話してもいいけどね」

してくれなかったこと?
ああ、いつぞや夫の目を盗んで私に言い寄ってきたことがあるわね。
分かったわ。 嘘偽りなく洗いざらい喋ってくれるんなら、こんなことやあんなことぐらいしてあげるわよ。

・・・・・
車の中でするの? ああ・・・「手こき」ね。 手でするだけでいいの?
あら、そう。
変態オヤジのお粗末なナニをこすってやるぐらいお安いご用よ。


“本懐を遂げた”マシューはアッサリと友人を売った。
確かにあの日の朝、スティーブンはウィスキーを2杯呑んだのだと。 そして手術はするべきではなかったと。

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アナマーティンの家を訪ねた。
彼の父親が死んだことと因果関係はないのかもしれないが、夫が医師にあるまじき行為に及んだことに疑いの余地はない。
許しを乞うて、どうなるとも期待はしていない。 かと言って、このまま黙って彼の“呪い”のような報いを受けるのも納得がいかない。

なぜ子供がこんな目に遭わなきゃならないの。
子供は関係ないでしょ。
そりゃ夫は最低よ。 あなたのお父様には気の毒な事をしたわ。
でも、どうしてその罪をうちの子が償わなきゃならないのか分からない。
あなたに、どういう力があるのかは知らないけど、神様でもこんな天罰は下さないわ。


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マーティンアナと差し向かいに座りながら黙々とパスタをむさぼる。
皿に盛られたナポリタンは、まあまあの大盛りである。
それを全力で食らうマーティン。 異様な勢いである。
一口の量が多い。 あふれんばかりの量を口に運び、猛獣が獲物を噛み殺してるかのような荒々しい咀嚼でパスタをたいらげていく。

彼の目線はアナの方をずっと向いている。
食べ物を口にできなくなった我が子の苦しみを見ている母親をいたぶるかのように。
「食べ方が父親と同じだって言われます」
そして彼はポツリと言う。
「正義に近づいていることは確かです」


二人の子供たちは、打つ手がなくなった病院を出て家に戻った。
だがスティーブンは居ても立ってもいられず行動に出る。
マーティンを拉致し地下室に監禁。 椅子に縛りつけたマーティンに暴力を振るう。
それしか彼にはできることがなかった。 いや、たったひとつ、すべてを終わらせる方法があるのだが・・・。

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まもなくしてボブの目から血が流れ出す。
【ステージ3】が始まったのだ。
このままではこの子はまもなく死を迎えることになる。

スティーブン
は決断を迫られていた。
家族の誰か一人の命を生け贄に差し出すことを。 誰を・・・?


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ヨルゴス・ランティモスの映画にしては『ロブスター』よりはまだ分かりやすい。
とは言ってもだ。 何よりも観客を戸惑わせるのはスティーブンの子供たちに降りかかる死の病魔である。
スティーブンの医療ミスによって父か死んでしまったマーティンの復讐による仕業なのであるが、指一本触れてもいないのに何ゆえにあんなことが彼にできてしまうのか、そんな説明は一切語られない。

マーティンが悪魔なのか、超能力者なのかは定かでないが、「そんなことは気にするな」と言わんばかりに話は進む。
ともかくも主人公はひとつの命を奪った代償を支払わされるのであるが、この物語はまさに「ギブ・アンド・テイク」をモチーフとしたアリ地獄型のホラーなのだ。

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スティーブンの一家が被った災難はもちろんのこと、面白いことに劇中にはいくつもの「等価交換」の描写が垣間見られる。 正当な等価かどうかはともかくも。

スティーブンマーティンに腕時計をプレゼント。 スティーブンにすれば医療ミスの罪滅ぼしの「代償」のつもりかもしれないが、マーティンは金属のバンドを革に「交換」してしまう。
腕時計ひとつでは割に合わないことを宣言しているようでもあり、ここでは「交換」の交渉は不成立となっている。

マーティンは胸の検査をしてもらったあと、スティーブンのワキ毛をチェックする。

スティーブンマーティンを家に招待し、お返しにマーティンスティーブンを家に招待する。

マーティンキムと親密になった代わりにスティーブンには自分の母親をあてがおうとする。

スティーブン宅に招待されたマーティンアナからレモネードを振る舞われ、のちにマーティン宅にやってきたアナマーティンはレモネードを出そうとする。

マシュースティーブンの飲酒の証言の見返りにアナに手淫を要求する。

マーティンの母親がスティーブンの指をしゃぶろうとしたことと、アナマシューに手淫をしたことがシンクロしている。

マーティンスティーブンの腕に噛みついたあと、自ら自分の腕の皮膚を噛みちぎる。

家族の一人が犠牲にならなければならないと知った息子のボブは、あれほど切りたがらなかった髪を切って父にそれとなく媚びを売り、命と髪の「交換」を試みる。

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他に「交換」を暗示するものがいくつかある中で、マーティンという謎の少年がやたらに等価交換にこだわるキャラとして恐怖を盛り立てて、不条理極まりないホラーストーリーは進行していく。
フェアな取引きのひとコマひとコマがストーリーライン上に罠のように張り巡らされ、等価であるはずの関係が実はマーティンがすべてを支配してしまっているところが恐ろしい。

ギブ・アンド・テイクという状況は決して対等ではない。
与えてから奪う側が絶対的な支配者なのだ。
そこに報復が絡んでいる以上、等価交換など建て前であって、裏を向いてた「目には目を」が表の面にひっくり返る。
その時、等価交換の名を借りた「代償を払う」ことがとんでもなく恐ろしいことだと気づかされるのだ。

また、それに絡んで、スティーブンの家庭内においても支配と被支配の関係が崩れ出していき、それぞれが自分が助かりたいがために本性が顔を覗かせるというカオスに展開する。
ここがまたなんとも言い難い恐怖とユニークが混じった印象をもたらす。

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妻と子をバラバラに座らせて、頭に布をかぶせ、その輪の中心にライフルを持ったスティーブンが目が隠れるくらいニット帽を深くかぶってグルグル回る。
奇妙な人間ロシアンルーレット。

そして引き金を引かれて放たれた銃弾は誰を生け贄にするのか。
2発ほど逸れたのちに、次の銃弾はボブに命中する。

あれを見て思ったのだが、ボブが死ぬことになったのは本当に偶然だろうか。
あの時だけスティーブンは“見ていた”のではないか。
ボブを生け贄にすることを決めたのだろう。

マーティンから父親を奪ったスティーブンにできる等価交換は、父親として息子を殺すことでしか成立しないからだ。
・・・と、思うのだが。

362601_006.jpg
それにしても、この少年、一体何者?
パスタをモグモグ、グチャグチャと食らいまくるところや、あの偏執的なしゃべり方は、「この監督ひょっとして『ジョジョ』のファンかも?」と思ってしまったぐらい。
『ジョジョ』のキャラはあんな感じが多いので、観ている途中から強烈に"ジョジョ感"が襲ってくる。

となると、マーティンはスタンド使いであって、あの能力はスタンドなのか?
相手を「足腰」・「食欲」・「目」の3段階で衰弱させて命を奪うスタンド。 ・・・そうか。 だからあんな長い原題をサブタイトルにわざわざくっつけたのか。
スタンド名は「キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」。 ゴゴゴゴゴ・・・・・
いやいや、これはちょっとタチの悪い脱線。

「ダンケルク」で民間船に乗り込む少年の役を演じていたバリー・コーガンが、鬼気迫るという表現では生ぬるいくらいの怪演を見せている。

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聴いてるだけで「明日イヤなことがありそう」と思ってしまうような不穏な音楽が時折流れ、霊が漂ってるかのような斜め上からのアングルで、カメラが対象人物をスススーッっと追いかけていくショットがさらに恐い。

この監督は『籠の中の乙女』も『ロブスター』もそうだが、イヤ~なことを暗示させたまま物語を途中でぶった切るような締め方をする。
本作はまだマシというべきか、とりあえず一段落はするものの、「まさかこのまま主人公が大人しくオドオド暮らす訳じゃあるまい?」と思わずにはいられない。


この映画のタイトルである「聖なる鹿殺し」とは『アウリスのイピゲネイア』というギリシャ悲劇から取られている。
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ギリシャ軍の英雄である総大将アガメムノンはトロイア戦争を前にテンションが上がっていた。
「さぁ~船を出すぜ~!」 だが海が凪いでいて出航できない。 帆に風が当たらねば船は二束三文である。
こりゃあ困ったちゃんですねと、アガメムノンは占い師にどうしようかと問うた。
占いの結果発表。 「娘のイピゲネイアを生け贄に差し出せ」

以前にアガメムノンは狩猟の女神アルテミスが可愛がっていた鹿を弓で殺してしまっており、それにブチ切れたアルテミスが風を止めたのだ。

「アガメムノン、私のかわいいバンビちゃんをよくも殺してくれたわね」
「はて? なんのことやら?」
「あららら、しらばっくれちゃうわけ?」
「刑事訴追の恐れがあるので証言を控えさせていただきます」
「誰のマネをしとるんじゃ! おまえが殺したんじゃろがい! その上に『弓矢の腕はアルテミスより俺の方が上』とか自慢したらしいじゃないの」
「まことにゴメンちゃい」
「ゴメンで済んだら証人喚問はいらないわよ。 で?どうすんの? 私のバンビちゃんを殺した落し前は?」
「丸焼きにしたら美味しいんじゃないっすかね」
「処理方法なんか聞いてないの! だからね。 おまえの娘を生け贄に捧げなさいって言ってんの!」
「いいんですか? うちの娘、ブサイクですぜ」
「人としてアウトね、おまえは」


というわけでアガメムノンは娘のイピゲネイアを生け贄に捧げるのだが、最期に祭壇の上で娘が鹿に入れ替わっておりイピゲネイアは助かるのである。
これはイピゲネイアに情が移ったアルテミスが牝鹿とすり替えたのだ。(おまえまで鹿を殺してどうすんねん)
イピゲネイアはスキュティアの国でアルテミス神殿の祭司となる。
そんなことは露知らず、アガメムノンは妻のクリュタイムネストラに恨まれて殺害されてしまうのだが。

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ファーストシーンでドックンドックンと脈打つ心臓こそが「聖なる鹿」。
それを殺してしまった、権威の衣を借りた男は神の怒りに触れる。
天罰から逃れるために思いあぐねた挙句、家族の長として一番守らねばならぬものをやむを得ず犠牲にしてしまう。
神の沙汰か、悪魔の所業か。 何事も公平な世界こそ、実は気を抜いてはいけない恐怖のバランスワールドなのである。


「賢人のお言葉」
 
「人間は運命に挑戦する。 一度はすべてを提供し、身を危険にさらさなければ、代償として、大きな幸福と大きな自由は得られない」
 アンリ・ド・モンテルラン
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