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他にもこれ観ました  ~3月編(上)
2018年03月22日

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「blunk13」

俳優・斎藤工が、写真家やコラムニストなどのクリエーター活動をする際には「齊藤工」の名義を使うんだそうですね。 初めて知りましたよ。
その齊藤工監督が初めて手掛けた長編映画です。
「めちゃイケ」や「やりすぎコージー」などを担当していた放送作家・はしもとこうじの実体験をもとに描く、ある家族の物語。
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13年前に多額の借金を残して蒸発していた父・松田雅人(リリー・フランキー)が亡くなった。
長男・ヨシユキ(斎藤工)と次男・コウジ(高橋一生)は簡素な集会所で父の葬儀を上げた。 そこには二人の母で雅人の妻である洋子(神野三鈴)の姿はない。
コウジは13年前を思い出す・・・

ギャンブル好きで毎日のように雀荘に入り浸る父・雅人。
あげくに借金を作り、家族が暮らすアパートには取り立て屋が押し掛けてドアの外でわめき散らす。
そのたびに家族4人は部屋の電気を消し、息を殺してじっと耐えるのだった。
ある日、「ちょっとタバコ買いに行ってくる」と出かけた父はそっれきり帰ってこなかった。
それ以来、母は新聞配達や水商売、内職など寝る間もなく働き、ヨシユキもコウジも母を手伝い、死に物狂いで借金を返す。
父のようにはなりたくないと一生懸命勉強したヨシユキは大手の広告代理店に勤め、コウジは現金輸送車の警備員として働いていた。

父が亡くなる3ヶ月前。
ヨシユキが父の消息をつかんで知らせてきた。 入院しているという。 胃がんで余命3ヶ月なのだと。
だが、ヨシユキも母・洋子も見舞いに行くのを拒んだ。
無理もないが、毎日キャッチボールをして優しかった父を知っているコウジは病院を訪ねる。
ぎこちない会話がしばらく続いた後、着信が鳴ったケータイで話しながら父が金の工面をし出したのを見て、コウジは幻滅してその場を去ってしまうのだった。
そして3ヶ月後。
葬儀場には数人程度の参列者がいた。
僧侶の読経が終わり、それぞれ一人ずつ挨拶を促されるという展開に。
参列者たちの口から発せられる生前の父の意外な素顔・・・
父との13年間のブランクは埋まるのだろうか・・・・・
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ある家族の地獄のような生活苦労話。 卑屈極まる父親の情けない姿。
重々しい愛憎劇の前半とは打って変わって、参列者が故人の思い出を語り出す後半からはコメディとまではいかずとも、それぐらいの転調で観る者の度肝を抜きます。 この展開は巧みですね。
佐藤二朗の「うんうんうん、まあまあまあ・・・」の独特の節でもって場を回し出す、奇妙な"思い出発表会"が父親の13年間をあぶり出し、コミカルなのに予想外の感動をもたらします。

金に困ってる人を放っておけなかった父。
カラオケでテレサ・テンを歌っていた父。
スポーツ紙のエロコーナーをスクラップしていた父。
マジックの練習をしていた父。
コウジの作文を大切に持っていた父・・・・・・・・・・
終始、無表情に近い高橋一生が最後に声を震わせるスピーチにこちらの涙腺も切れます。
ベランダで母親が「つぐない」を口ずさむ。 これにもやられましたね。
        

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「ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ」

アメリカで5スクリーンの限定公開で始まり、1ヶ月後には2600スクリーンに拡大公開。
製作費500万ドルの低予算ながら北米興行収入が4000万ドルの大ヒットを記録し、第90回アカデミー賞で脚本賞にノミネートされたハートフルなラブストーリー。
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パキスタン出身、シカゴ在住のクメイル(クメイル・ナンジアニ)は親から弁護士になれと言われているがコメディアンへの道を捨てきれない。
ある日、ステージ中に客席からタイミングの悪い声援を飛ばした女性と知り合ったクメイル。
その女性、アメリカ人大学院生のエミリー(ゾーイ・カザン)と今、クメイルは付き合っている。
しかし、ゴリゴリのイスラム教徒である両親はパキスタン人との結婚しか認めない。
それも親の決める結婚相手である。
クメイルのいとこは白人と結婚して親戚中から縁を切られた。
パキスタンの古いしきたりに疑問を抱きながらも、いとこのようにはなりたくないクメイルは、母のミエミエのやらせで家に訪問してきた女性と見合いを何度も続けるのだった。
自分にはすでに恋人がいる。 それもアメリカ白人の・・・などとは口が裂けても言えない。
エミリーにも、何度もお見合いばかりしていることは言っていない。 が、それが遂にエミリーに知られ、激怒した彼女と別れる羽目に。

しかし数日後、エミリーが原因不明の病気で入院することに。
黄色ブドウ球菌の感染が疑われ、胸腔穿刺(きょうくうせんし)処置のため、人為的な昏睡状態にしなければならないという。
やがてクメイルは病院でエミリーの両親と対面する。
娘を傷つけたクメイルに最初は辛く当っていた両親だが、ある出来事をきっかけに心を通わせ始める。
だが様々な治療が施されてもエミリーの状態は一向に回復しない。
両親と共に昏睡状態のエミリーを見守るクメイルは、彼女がいかに大切な存在だったかを知る。
果たしてエミリーは目ざめるのか。 そしてパキスタン人以外の結婚しか許さない両親になんと言う?
コメディアンとしてもニューヨークの舞台に立てる大きなチャンスが巡ってきたクメイルに決断を下す時が訪れる。
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主人公を演じている俳優クメイル・ナンジアニ自身の実話なんですが、これまたよくできた話です。 めっちゃ面白い映画でした。

伝統と家族を大切にしたいが、真の愛との板挟みになるクメイル。
さらにはコメディアンとしてのサクセスロード・・・ エミリーの両親との交流・・・
そしてエミリーがかかった病気の謎など、ストーリーは盛り沢山。
それでいて語り口は軽妙。 人種問題や異文化の葛藤などの社会性を匂わせながらも気を張らずに観れて感動できます。

劇中、主人公はほとんど受け身に近く、彼を取り巻く人物がストーリーを回していると言ってもいいぐらい。
特にエミリーの両親を演じたホリー・ハンターとレイ・ロマノが抜群にいい味を出しています。

それにしても「成人スティル病」って・・・ 世の中にはいろんな病気があるもんですね。
体内に侵入したウィルスなどを排除する際に働く免疫系に何らかの異常が起き、誤って自分の体の臓器などを攻撃してしまうという、原因が未だ分かっていない病気です。
        


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「しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス」

タイトルが長すぎるわい。 「しあわせの絵の具」か「「愛を描く人」か、どっちかにしなさいよ。
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モード・ルイスはカナダを代表する素朴派の女性画家。
1903年に生まれ、子供の頃からリウマチを患い、生涯にわたって足の痛みを抱えながら筆を取り続け、風景や動物などの自然の姿を温かみのあるシンプルなタッチで描いた絵が多くの人に愛されました。

カナダ東部のノバスコシア州ディグビーで魚売りの夫エベレット・ルイスと、なんと4メートル四方の小さな家で暮らしていました。
1970年に67歳で亡くなるまで、生涯のほとんどが貧乏生活で、描いた絵を売って生活の足しにしていたようです。
絵の評判を聞きつけ、アメリカのニクソン大統領からも注文の手紙が来たのですが「先にお金を送ってください」と返信したというエピソードが伝えられています。

ググったら彼女の作品の画像がたくさん出てきます。 世界観は一貫してますが、描かれてるものすべてが彼女の愛した光景なんでしょう。
自分の暮らす場所や動物や四季の風景が大好きだったようです。
原色の使い方も絶妙で、自由に配色していい部分には赤や黄色を使うのが特徴ですね。

この映画はモードと夫エベレットとの暮らしを中心にした物語で、彼女が亡くなるまでが描かれています。
叔母の家で厄介者扱いされてたモードが自立しようと、家政婦を募集していた魚売りのエベレットの家に行き、二人の暮らしが始まります。
武骨で何かとモードに辛く当っていたエベレットですが、彼女が絵を描きだしてから徐々に心を開き、やがて夫婦に。
気持ちを伝えるのに不器用な二人のふれあいと語り合いがじんわりと来るのです。
網戸を取り付けるシーンが微笑ましいですね。

モードは昔、妊娠し子供を死産した過去があるのですが、このことで意外な事実が明らかになります。 兄貴の野郎はクズですね。

今もっとも「キター!」な女優のサリー・ホーキンス。 憑依感がハンパない。
エベレットを演じたイーサン・ホークもシブい!
        

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「空海 -KU-KAI- 美しき王妃の謎」

「空海で~す」 「白楽天で~す」
「いやあ今日もね、がんばって漫才やっていこうと思うんですけどね」
「そうですね。頑張って行きましょう」
「ところで白楽天くん。 僕ね、もう日本に帰ったろうかなあって思うんですよ」
「どないしたんや空海くん。 遣唐使として密教の教えを授かりに、せっかく長安に来たんやないか」
「なんかな、色々うまいこといかへんねん」
「そうか。 大変やなあ」
「ケータイつながらんしなあ」 「ケータイ持っとんのかい」
「コンビニないしな」 「おまえの国にもないやろ」
「映画館もないし」 「そもそも映画ってもんがないわな」
「テレビもない。エアコンもない。ゲームもない。マクドナルドも吉野家もない」
「僧侶が言うことやないな」
「おまけに風俗行ってもブスばっかり出てきよるし」
「おまえ、何しに来たんじゃ! 修行しに来たんちゃうんかい」
「息抜きも必要やで」
「それしか考えてへんやないけ」
「そんなことより白楽天くん、近頃世間ではおかしなことが起こってるそうやないか」
「そうなんや。 陳雲樵っていう役人の奥さんに化け猫が取り憑いてな。 色んな災いごとを起こしてるんや」
「化け猫? 『妖怪ウォッチ』やな。 白楽天くんはメダル何枚持ってんの?」
「僕はね、まだ100枚ぐらいしか・・・そんな話ちゃうねん!」
「ちゃうの?」
「その陳雲樵のお父さんの陳玄礼っていう人は、あの玄宗皇帝に仕えた役人さんやったんや」
「玄宗皇帝って、楊貴妃をメッチャ可愛がりすぎてクーデターを起こされた人やな」
「陳玄礼はその時にクーデターの首謀者の安禄山に寝返って、皇帝に楊貴妃の命を要求したんやな」
「哀れやなあ、楊ねえさん」
「その化け猫がやな、元は玄宗皇帝に飼われてた猫なんや」
「マジか? なんでそんなこと知ってんねん? ウィキに載ってたんか?」
「ウィキちゃうわ! 猫が自分でそう言うたんや」
「猫が? 人間の言葉を? ハッハッハ。 白楽天くん、冗談は髪型だけにしとかな」
「やかましいわ! とにかくな、今いろんな災いが起きてるのは、楊貴妃の死になんらかの因縁が隠されてるんや。 それを調べて化け猫騒動を解決せなあかんのや。 頼むで空海くん」
「なんで僕がせなあかんねん? そんなもんゲゲゲの鬼太郎とかに言うたらええやん」
「鬼太郎がおらんから言うてんねやがな。 それに君は探偵みたいに推理するのが得意やん。 そこを見込んで頼んでんねん」
「お断りや。 そんなことやりません」
「かわいい女の子紹介するで」 「やります」 「早いのぉっ!」
「僕にまかせとき。 絶対この謎を解いたるで。 じっちゃんの名にかけて!」
「おまえ、誰やねん!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
総製作費150憶円という日中合作の超大作。
確かに玄宗皇帝と楊貴妃の「安史の乱」という史実をベースにしてはいますが、ストーリーは荒唐無稽な怪奇ファンタジー。
事前にチラッとそういう情報は聞いてたので、B級的な内容には驚かなかったんですが、何も知らずに空海の生涯とか遣唐使としての歴史ドラマを想像してた人は怒っても不思議ではないでしょう。 「なんじゃこれ?」って、そりゃそうなりますわ。
原作が夢枕獏ですからねえ。 そこに事前に気づいてれば違ってたかも。
タイトルも一考の余地あり。 「空海の事件簿:怪猫殺人事件」、「黒猫は見ていた!名探偵空海と楊貴妃の謎」 客が呼べんか・・・

こういう映画だと鑑賞前から知ってれば、意外にこれはこれで楽しめるもんで。
白龍の一途さには感動しちゃいましたよ。
そして西瓜売りのおじさんの正体にゾワッ。
        

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「ダウンサイズ」

世界の人口はこのままいけば数十年後には人口が100億を突破するのは確実です。
環境破壊、資源の枯渇・・・ これらの問題が何も解決されないまま人間だけが増えて地球はどんどん住みにくくなっていく。
ではどうするか? そうだ!人間が小っちゃっくなっちゃえばいいんだ!・・・というオハナシの映画。
「ファミリー・ツリー」、「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ物語」のアレクサンダー・ペイン監督が手掛けたコメディタッチのヒューマンドラマ。
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ちょっとした偶然から人間の体を細胞レベルで縮小できる方法が開発される。
人間を14分の1のサイズまで縮小、つまり180センチの人間なら13センチに小さくできてしまうのだ。
これならば資産は一気に82倍。 食費もかからないし排出されるゴミの量も断然少なくなる。
こうして、希望者を対象にした人類縮小計画は世界規模で広がっていく。
ただし、一度小さくなったらもう二度と元には戻れない。

ネブラスカの平凡なサラリーマン、ポール(マット・デイモン)は妻のオードリー(クリステン・ウィグ)のためにも裕福な生活を叶えてやりたいと思っていた。
そして二人は悩んだ挙句に縮小の人生を選択する。
だがその当日。 夫婦別々に縮小の処置が施されるのだが、ポールが小さくなってる間、オードリーは土壇場で逃げ出してしまう。
縮小された人々だけが暮らすコロニーの中でポールは虚しい生活を送る。 オードリーとは離婚した。
やがてお気楽な隣人のデシャン(クリストフ・ヴァルツ)や掃除婦のベトナム人ノク(ホン・チャウ)との出会いがポールに思いがない人生をもたらすことになる。
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大局的に見れば、ダウンサイジングするのはいいことなのかもしれないけど、それはやっぱり世界中の全人類が全員揃ってやらないと、本来の目的の意味がないのでは。
普通のままでいいという人と、縮小の人生を選択する人に分かれては、それは何かと不公平な問題も生じるでしょう。
バーで酔客が税金や選挙権についてポールたちに絡んでくる言い分が「なるほど」とも思いましたが、この映画はそういったSF的なドラマによく描かれる"便利は不便"のシニカルな洞察があまり活かされていませんね。
面白かったのは前半だけで、妻に逃げられ一人だけ縮小人生を余儀なくされるポールの物語が、後半から予想外な方向へと展開していくのですが、観たかったのはそういう話じゃない訳で・・・
確かにさ。 普通のままだろうが小さくなろうが、結局地球そのものが住めない環境になってしまっては何の意味もないですがね。 いや、そうじゃないんだよな。 この話、もっと面白くできただろうにと思うんですけどね。
ちょっとアレコレと詰め込み過ぎたきらいも。
        

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「ブラックパンサー」

マーベル・ヒーローの中では単独映画にするには少々地味なんじゃないかと思ってましたが、そんなことはないんですね。
本国では凄く人気があるんだと気づかされました。
世界興行収入も公開1ヶ月を待たずに10億ドルを突破するという熱狂ぶり。

マーベルムービーはストーリーの質の高さは保証できますが、この作品も社会性の高いテーマを孕んでおり、「自分の国さえよければいいのか?」という、まさにタイムリーなメッセージをぶつけてきます。
それもキャストのほとんどは黒人ですから、あらゆる角度から、トランプ政権にNOを突きつけている映画と言っていいでしょう。
「賢者は橋を架け、愚者は壁を築く」 クライマックスで主人公が口にするセリフはモロですね。

アフリカの小さな国ワカンダ。 表向きはジャングルばかりの農業国として世界で認知されているこの小国は実は世界を滅ぼすことも可能なテクノロジーを誇っています。
その秘密を外国に流出させないために歴代国王はスパイを使ったりして、ワカンダの「自国ファースト」を守り続けてきました。
その弊害が元で、ワカンダに予期せぬ危機が訪れます。
先代国王が死去し、王座を継いだ息子のティ・チャラ(チャドウィック・ボーズマン)。
しかし、ワカンダに浅からぬ因縁を持つエリック・キルモンガー(マイケル・B・ジョーダン)の出現によってティ・チャラは大きな窮地に立たされます。
自分の国が持つ力を世界の平和のために役立てるか。 またはその力を誇示し、他国に脅威を与えてイニシアチブを独占するか。
この映画もまた「大いなる力が持つ責任」を問いかけています。

従来からよくある物語の、外部からの敵と戦うというのではなく、これは完全に内輪もめの話。 だからこそシェイクスピア的な要素も加わって面白いですね。

今をときめく若手の黒人スター総出演。 フォレスト・ウィテカーにアンジェラ・バセットも加わり、かと言ってブラックスプロイテーションのテイストがノリノリかと言うと意外とそうでもないんですね。
非常に洗練された、いい意味で「マジメか!」なところが好感を持てます。
        

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「北の桜守」

御婦人のお歳を言うのも失礼ですが、吉永小百合様は御歳73歳になられました。
信じられませんね。 何を召し上がられたら、この美貌を保っていられるのでしょう?
女優の道を歩み続けて60年。 日本アカデミー賞最優秀主演女賞は最多受賞記録の4度。
映画の出演数は今回の「北の桜守」にて120本。
まさしく、「小百合様を語らずして日本映画を語るなかれ」。

「北の零年」、「北のカナリア」に続く“北の三部作”最終章。
1945年、日本が終戦に向かう中、夫・徳次郎(阿部寛)を戦場に送り出して樺太で暮らす江蓮てつ(吉永小百合)はソ連軍の侵攻によって土地を追われ、息子二人を連れ命からがら網走へ。
そこで厳寒と貧困と戦いながら息子たちを育て上げる。
時は流れて1971年、渡米して成功した次男・修二郎(堺雅人)が帰国。
15年ぶりに年老いたてつと再会した修二郎は、家族の記憶をたどる旅に出る・・・・

樺太からの引き揚げがどれだけ過酷なものだったかという史実にも触れながら、親子がたどった、生きるための壮絶な苦闘。
終戦から高度経済成長期の70年代に至るまでのストーリーの中で、すっぽり抜け落ちた四半世紀の時間の中で江蓮親子に起きた悲劇が解き明かされます。
ヒロインのてつには二人の息子・長男の清太郎と次男の修二郎がいます。
次男の修二郎はのちにチェーン店の経営者として成功を収めるのですが、もう一人の長男の清太郎は70年代のパートからは姿を見せなくなります。
映画を観ている誰もが「あれ?清太郎は?」と思うのですが、ここが要するにてつの失われた悲劇の記憶だというのはだいたい察しがつきます。
老いと病のせいで過去と現実との区別がつかなくなりつつある母を気遣いながら修二郎が、果たして母に思い出させていいのかどうかと葛藤しつつ網走の旅に出る親子を観客は見守ることになります。

斬新なのは時折、ケラリーノ・サンドロヴィッチ演出の舞台劇が挿入されること。
これはかなり冒険した演出ですね。 これには違和感を持った人もいて不思議ではないでしょうが、個人的には面白かったですね。
吉永小百合様は舞台劇には出ない女優です。 今まで一切出たことがありません。
そんな小百合様の舞台演技はかなり貴重です。
この舞台劇がてつの心象風景の表現なのかと思いきや、ラストには堺雅人と篠原涼子が観客席でその舞台を観てるという、かなりのアクロバットなシチュエーションを持ってきます。
まあこれは自由に解釈する鑑賞後のオマケの楽しみです。

修二郎が日本1号店として出店するコンビニの先駆けのような「ミネソタ24」。 そろばんも売ってるよ。
店内のBGMが耳にこびりつきますのぉ。
♪ ミネソタにじゅう~よん ♪ フルコーラスで聴きたいね。
それと、小百合様の握るおにぎり、ぜひ食べたいですなあ。
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