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スリー・ビルボード
2018年02月26日

T0022626p.jpg人は怒る。
心の痛みに倒れまいとエネルギーを怒りに変えて他者にぶつける。
しかし、怒りが新たな怒りを生むと世は荒び、人々の心は行き着く場所を見失う。
人は赦し合って自ら変わることができるのだろうか。
その希望を携えた天の啓示はどこから訪れるのか。


ミズーリ州の田舎町の道路沿いに突如掲げられた3枚の広告看板。
娘を何者かに殺された母親が、一向に捜査のはかどらない警察署に対して挑発するかのように発したメッセージだった。
署長を慕う人が多い町を敵に回しながらも決して信念を曲げない女の執念。
静かな町をざわつかせた看板は、それに関わった者たちにやがて大きな波紋を投げかけてゆく・・・・・

映画では「ヒットマンズ・レクイエム」や「セブン・サイコパス」などの小品があるが、むしろ舞台作家として名高いマーティン・マクドナー監督が描く人間の怒りと愛のサスペンス。
第90回アカデミー賞で作品賞ほか6部門にノミネートされている他、これまで数多くの映画賞を受賞している怒涛の傑作だ。


《 あらすじ、ほぼ全編です。時系列は少々変更。 結末にも触れてます》

ミズーリ州の小さな町エビング(架空の町)。
メインストリートに建つ雑居ビルの2階にある「エビング広告社」。
ヒマを持て余していた経営者レッド・ウェルビー(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)のもとに久々の来客が訪れる。
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最近雇った事務のパメラが可愛い。 雇って正解だ。
今度もうちょい、スカートの丈を短くしなさいって言ってみよう。
てなことを考えてたらお客さんが来た。
見たことのある顔だと思ったら、"あの事件"の女の子のお母さんだ。

7ヶ月前。 こんな小さな町で悲惨な殺人事件があった。
殺された少女は確かアンジェラ・ヘイズと言った。
レイプされた上に火をつけられたという惨いにも程がある殺され方だった。
犯人はまだ捕まっていない。
そして今、僕の目の前にアンジェラのお母さんがいるのだった。

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ミルドレッド・ヘイズ(フランシス・マクドーマンド)と彼女は名乗った。 そうだった。そんな名前だった。
テレビのニュースでインタビューを受けてる姿を何度か観たが、実物の彼女はゲッソリとしていた。
何の用だろうか?

ドリンクウォーター・ロードに建っている3枚の広告看板を1年契約したいのだと言う。
“迷った奴かボンクラしか通らない”あの道の看板か。
あそこの看板はもう86年以降あのままだった。
「文字だけでもいいの?」
それは一向にかまわないのだが。
月5000ドルかかるけど。

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看板に載せる文言を聞いて、ちょっとためらう。
通りの向かいにある警察署を窓から睨みつけている彼女の顔はマジのようだった。
あそこの署長さんはいい人だ。
いけ好かない警官が一人いるけれど。

でもいいのだろうか? そんな看板を出したら・・・
まあ、こちらも商売だから断る訳にはいかないし、彼女の力になれるのなら。
彼女は別れた夫の車を売り、まずはひと月分を払って看板に広告を出すことになった。


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町をパトロールしていたエビング署のディクソン巡査(サム・ロックウェル)は、道路沿いに並ぶ3枚の看板の文字に驚いた。

『犯人逮捕はまだ?(AND STILL NO ARRESTS?)
『どうして?ウィロビー署長(HOW COME,CHIFE WILLOUGHBY?)
『レイプされて死亡(RAPED WHILE DYING)


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警官でありながら露骨な差別主義を隠さないディクソンという男は町の人々の鼻つまみ者だった。
面白半分に人を侮辱し、ふてぶてしく振舞う彼は、ウィロビー署長だけは父のように慕っていた。

こんなふざけた看板を出しやがるのはどこのどいつだ。
まだ完成前のようで、呑気に作業をしている野郎どもに職質をかける。
相手はメキシコ人だった。
英語のヘタクソなタコス野郎に何を言っても無駄なようなので、まずはウィロビー署長に連絡を入れたあと、広告屋に向かった。

「すぐに外せ」と言うと「法的には何の問題もないはず」と開き直る。
いつからそんなに偉くなった? 名前が「赤」のクセに。
警察を敵に回すとはいい度胸だよ。 キューバのホモ野郎はいつか殺されるぜ。


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ディクソン巡査から看板の報告を受けたウィロビー署長(ウディ・ハレルソン)は気が重くてならなかった。
「どうやら戦争になりそうだ」

気乗りはしないがミルドレッドの自宅へ出向いて話をせねばならない。
ジャンプスーツを着て、化粧っ気ひとつない彼女は相変わらず態度は無愛想だった。
旦那とは別れたと聞いている。 今は息子と二人暮らしということか。

「君の気持ちは分かるが、あの広告はフェアじゃない」
「仕事をすれば? スケボー乗りのガキなんか追い回してないで」
「努力はしてるさ」
「町の8歳以上の男全員の血液を調べれば済むことじゃない」
「人権的に問題があるんだよ」

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無理もない。 娘があんな殺され方をすれば。
こんな小さな何にもない町だ。 わざわざこんなところまで来て女を襲いに来るアホはいないはずで、おそらくは地元の奴だろう。
それを思えば捜査はしやすいのだから、母親がヤイノヤイノと言う気持ちは分からなくもない。
しかし本当にこれという手掛かりがないのだ。
それに私にはもう時間が残されていない。

「私はガンなんだよ。 膵臓ガンなんだ。末期のね」
「知ってるわよ。 町中の人が知ってることよ」
「知っててあの看板を?」
「死んでからじゃ意味ないでしょ」

たいした覚悟なのだと逆に感心した。
自分は残りわずかな時間を家族のために費やしたいが、ミルドレッドにはもう娘と過ごす時間さえないのだ。
そんな彼女の心を押し潰そうとしている「怒り」を鎮めるのが警察官である自分の最後の責務でもある。

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ミルドレッドの息子ロビー(ルーカス・ヘッジズ)は母の行動に戸惑い苦しんでいた。
事件のことを一刻も早く忘れることが、姉を失った絶望から立ち直れるすべなのに、母の運転する車で学校の送り迎えをしてもらう道にはあの看板があるのだった。

こんなことをして何になるのだろう?
警察だって一所懸命やっているはず。
あそこの署長さんは僕だってよく知ってるし、町のみんなから慕われている。
署長を責めたって始まらないのに。
あの3枚の看板の真っ赤な色を見るたびに忌々しくなる。
母さんは辛くないのか?

そして学校に行けば母さんのやっていることに対するみんなの怒りが僕に向けられるのだ。
母さんだって町中からどんな仕打ちを受けているやら。


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モンゴメリー神父(ニック・サーシー)が訪ねてきた。
母さんはあれ以来、もう教会には足を運ばなくなった。
それでも、今度の件は神父さんも心配してくれている。

「アンジェラのことでは全員賛成だが広告は反対だ」

神父さんだろうと大統領だろうと、誰に何を言われたって今の母さんならどう言い返すかは予想はつく。 いや、予想以上だった。
「ギャングが犯罪を犯したら仲間の一員も罪に問われるのよ。 何もしてないのに寝てただけでもね」
神父さんをギャング呼ばわりとは、僕もさすがに引いた。
これは以前あった、カトリック聖職者による信者の少年少女への性的虐待事件のことを言ってるのだろう。
見て見ぬふりをしてるだけで同罪だと。
それとこれとは・・・・  神父さんは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「広告に説教をする権利はないわ」

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歯医者がミルドレッドを訴えてきた。
歯医者の方が患者を訴えたのか?  妙な時代になったな。
町中を敵に回している彼女ならどこに行っても何かをされそうだ。 それに対して黙ってるような女じゃない。
おそらく歯医者は私のことを思って、治療に来たミルドレッドに悪さをしようとしたんだろう。
そこで返り討ちにあったと。
歯医者の右手親指の爪に穴があいてた。
商売道具のドリルをそんな所に突き刺されたんだから、あれはかなり痛いだろう。
当分歯医者は仕事ができないな。 まあ、あまり腕のいい歯医者じゃなかったからいいが。

ミルドレッドを呼びだして事情を聞くが彼女は「何もしてない」の一点張り。
歯医者の奴が麻酔なしで歯を抜こうとしたから君は抵抗したんだろ? 正直に言ってくれれば罪には問わないよ。
だが被害届けが出ている以上は・・・


直後ウィロビーは吐血する。
目の前にいたために、まともに顔面にウィロビーの吐いた血を浴びて動揺しているミルドレッド「もういいから」と帰らせる。
"その時"が刻々と迫る役立たずの体を呪いながら、ウィロビーには一つの考えが浮かんでいた・・・


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ミルドレッドの元夫チャーリー(ジョン・ホークス)もまた、この町の怒れる民である。
新しい恋人ペネロープ(サマラ・ウィーヴィング)を伴って、久しぶりに元ヨメの家を訪ねたのは、あの看板への忠告が目的だった。

随分やつれた顔になったな。
いっぺんに十は老けたか?
動物園くさい? ペネロープのことか? もうアイツは動物園の仕事は辞めたよ。
病人みてえな顔してるが口だけは元気だな。

「連中はな、捜査なんかよりお前を潰すのに必死だぞ」
元ダンナ様からの御忠告だ。 ありがたく思え。
それよりもあの看板だ。 ああいうことをして惨めにならないか?
「広告を出したって、あの子は生き返らないぞ」
「19歳の小娘と寝たら生き返るの?」
なんだこのアマ。 へらず口がきけねえように喉をバッサリやってやろうか、ええ?

「あの子が殺される一週間前にな、『パパと一緒に暮らしたい』って相談されたんだ。 俺が『ママといろ』と言わなければあの子は死なずに済んだ」

チャーリーもまた苦しみ、後悔し、そして遣りどころのない怒りをたぎらせていた。

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ミルドレッドはあの日のことを激しく後悔していた。
常日頃から娘のアンジェラ(キャスリン・ニュートン)の素行の悪さにはうんざりさせられていたのだ。

その日も、あの子は友だちと遊びに行くから車を貸してほしいと言うので私はピシャリと断った。
「歩けばいいでしょ」

「暗い道を歩いててレイプされたらどうすんのよ」
「いいじゃないの、レイプされれば」
このやりとりは息子のロビーも聞いていた。

母親の私よりもあの浮気野郎の方が好きなんでしょ。 私と一緒に住みたくないんでしょ。 それぐらい気づくわよ。
だからそんなことへの腹いせのつもりだったのかもしれない。
どうせ車を貸したらジコるんでしょ。 車がへこむぐらいならまだしも、人を怪我させたらシャレにならないわよ。
そして外出したアンジェラは戻ってこなかった。

「レイプされればいいじゃない」なんてもちろん本気で言った訳じゃない。
なのに、死神が物陰から聞き耳を立ててたかのような惨い仕打ちが本当に起こるなんて・・・
なんであんなことを言ってしまったのか・・・


ミルドレッドの心は自分への怒りと犯人への怒りで満ち溢れた。
そして捜査の進まぬ警察へ怒りを向け、ミルドレッドを批判して怒る人にも逆に怒りをぶつけた。
中西部の田舎町は怒りで満たされていた。

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その間にもディクソンは執拗にミルドレッドを追い込んだ。
彼女の友人のデニス(アマンダ・ウォーレン)を、マリファナ所持をでっちあげて逮捕したのだ。

私じゃなくて周りの人間を狙うとは、こすっからい男だね。
それでも公僕かい? 恥を知りな。
どうせママの入れ知恵でしょうが。 このマザコンが。
「相変わらず黒人を殴って楽しんでるのかい?」
「最近は黒人じゃなくて有色人種と言い換えてるんだ。 ちなみに言っとくが俺は誰も殴っちゃいねえぜ」

結局デニスの釈放要求は受け入れられなかった。
こんなことで私が観念すると思う? 冗談じゃないわ、これからよ。
だけど、もう早くも、ひと月が経つ。 広告を出せる金がない。
しかし、ある日どこかの匿名の誰かが私に5000ドルを恵んでくれたらしい。
誰なのだろう? 看板を設置したメキシコ人の職人だろうか?
私を応援してくれる人がこの町に?

いずれにせよ、あとひと月は広告はあのままということ。


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だがここで衝撃的な事件が起きる。
ウィロビー署長が自殺してしまうのだ。

妻のアン(アビー・コーニッシュ)と二人の幼い娘と川へピクニックに出かけて最後の思い出を作ったその日の晩。
『袋を外してはいけない』と書いた紙を貼った袋を頭にかぶり、 納屋の中で拳銃自殺したのだった。

ここまでがまだ物語の前半。
ウィロビー署長の死を機に、物語はこれまでとは違う空気の張り詰め方をしながら、意外な展開を見せ始める。

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署長の自殺を知ったディクソンはキレた。

警察署を飛び出し、向かいのビルのドアのガラスを叩き割って2階に上がる。
広告屋の事務所に押し入って、レッドに暴行を加えた上に2階の窓から放り投げた。
悲鳴を上げてる事務の女の顔面を殴って、もう一度外に出て、倒れてるレッドをさらにこれでもかというほど痛めつける。

白昼堂々、衆人環視などお構いなしだった。
署長を死に追いやった奴など半殺しにしたって文句はあるまいとばかりにディクソンは己を見失った。
そんな様子をウィロビーの後任署長であるアバークロンビー(クラーク・ピーターズ)がしっかりと見ていた。
ディクソンは解雇された。

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看板が設置されなければ署長はもう少し長く生きられたはずだという風評が町に漂う。
人々のミルドレッドに対する風当たりはますます強くなった。

ある日、ミルドレッドの働くギフトショップにどう見ても客ではない一人の男(ブレンダン・セクストン三世)が訪れ、「もしかしたら、俺があんたの娘をレイプしたかもな」と挑発し、売り物の小物を壊して出ていった。

そして夜。 ミルドレッドロビーは看板が3枚とも燃えてるのを発見する。
「危ないから」ロビーが止めるのも聞かずにミルドレッドは 懸命に火を消そうとする。
火を見ると娘が苦しんでる姿を想像してしまうのだ。
看板が燃えてる光景は余計に耐えがたかった。
だが消火器の一本や二本ではどうすることもできず、看板はすべて燃え尽きてしまった。

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目には目を。
ある真夜中。 ミルドレッドは警察署の向かいのビルの2階に上がった。
今は経営者のレッドが入院中の広告屋の事務所に忍びこむ。
ミルドレッドの手には火炎瓶が握られている。

窓の向こうに見える警察署。 広告屋の窓から火炎瓶を投げつけてやるというのは、ディクソンに大けがをさせられたレッドの敵打ちのつもりも兼ねていた。
火炎瓶を一本・・・、二本・・・
瞬く間に警察署は火の海になった。

警察署は無人だったはずだが、その中から火に包まれて飛び出してきたのはディクソンだった。

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そこへ、ミルドレッドの友人であるジェームズ(ピーター・ディンクレイジ)が偶然通りかかり、ディクソンを救出する。
ディクソンは大事そうに一冊のファイルのようなものを抱えていた。

雑居ビルから出てきたミルドレッドを見るなり、ジェームズは彼女が放火犯だと悟った。
警察の事情聴取には、ミルドレッドはずっと自分と一緒にいて、二人揃って偶然この現場を通りかかったのだと嘘をつく。

ジェームズにとって、小人症の自分のことを嘲笑っていたサイテーなクズ警官などはどうでもいいのだった。
見殺しにしてもいいとか、人間として救おうという慈悲でもない。
ジェームズが救いたいのはミルドレッドなのだ。
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愛か・・・。 愛なのだろうな。
まあ、見ての通りの自分だ。
高望みはしていないさ。
ミルドレッドが苦しんでいる姿を自分はずっと見てきた。
彼女の支えになれるだけでいい。 それだけなのだ。
人から何を言われようと関係ない。
俺は彼女しか見ていないし、だから人に怒りはしない。



3枚の看板3通の手紙
『3枚の看板はなぜわざわざ「3枚」なのか?』
『看板のメッセージはなぜ抽象的な文体なのか?』

これには現実的でリアルな解釈はいらず、映画的趣向として仕掛けられたレトリックな意匠と受け止める。

3枚の看板はすべてウィロビー署長に向けられたものだが、人生の幕切れを迎えた彼自身が救うべき人物も3人であり、簡素な3つのメッセージに対するウィロビーの応えも3つある。

3枚の看板が町に怒りをもたらし、3通の手紙が赦しへの啓示をもたらす。
ウィロビー署長は命を絶つ前に手紙をしたためていた。
1通は妻アンに。 1通はミルドレッドに。 1通はディクソンに。
この手紙が負のスパイラルに終止符を打ち、それぞれの者たちにこの世界で生きている意味を見出させるのだ。


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【“どうして?ウィロビー署長”への応え】

ウィロビーは小さな町の治安を守り、決して権力を振りかざさず、誰からも慕われる人格者であり続け、愛をもって人々に寄り添ってきた。
何よりも彼が苦痛だったのは、ガンのために公私ともに周りの重荷になっていて、苦しまなくてもいい人の苦しみをどうにもしてやれないことだった。

ミルドレッドの怒り、ディクソンの葛藤、アンのこれからの人生・・・
ウィロビーが彼らにしてやれることは、愛というものを伝えること。
彼は身をもって、数少ないこの世の善を信じることを手紙に残して人生を終える。

アンには、病気の自分を看病し続けるだけの苦痛に満ちた人生を送らせたくない心情を吐露する。
病気のために君を苦しめる自分が許せないのだと。
自分が亡き後は幸せな人生を見つけてほしいと。


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【“犯人逮捕はまだ?”への応え】

ウィロビーが書き遺したミルドレッドへの手紙は、未亡人となったアンによって直接届けられる。

『自分が自殺するのと広告は関係ない。 君の気持は分かるが、どうしても手掛かりの出てこない事件が警察にはあるということを分かってほしい。 だがたまに、どこかのバーで犯人が自慢話のように犯行を喋ったりすることもあるので望みはある。 だから憎しみだけで生きないでほしい』
『口では広告のことを否定したが、実は名案だと思っていた。 維持費として5000ドルを贈るよ』


元々は自分自身に対する怒りから始まったのだ。
警察をはじめ、人々に対して理不尽に怒りをぶちまけてどうにかなる訳でもないと感じながらも、それで自分を赦そうとしていたことが立ち直るための道を見失わせていた。
だが意外に近くに彼女を支えてくれた者がいたのだ。 それも何人もだ。
ウィロビーも、レッドも、ジェームズも、デニスも、ロビーも。 そしてもっと意外な人物の一言が彼女を救うのだが・・・

己の罪を赦して隣人の罪を赦す。 そんな強い人の強い生き方が必ずしも報われるとは限らないが、怒りだけでは何も解決はしないし、怒りは憎しみ以外の何も生み出さないことは人生を重ねた人なら理解すべき真理である。

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放火のことで自分をかばってくれたジェームズの希望を呑んでレストランで食事。
「そんなつもりじゃない」ようなことを言いながらデートのテンション満々でジェームズはビシッとスーツでキメてきたが、ミルドレッドは普段のジャンプスーツという、単なるツレメシのテンションである。
もちろん会話など一向に弾まない。

また悪いタイミングで、元夫のチャーリーとカノジョのペネロープもそのレストランに来ていたのである。
「おまえ、そんな奴が趣味だったのか?」とヘラヘラしながらテーブルに近づいてきたチャーリーが、これまたある事について意外な告白をする。
それを聞かされたミルドレッドは不機嫌になってジェームズに八つ当たりのような態度を取ってしまうのだ。

「俺はデートのつもりだった。 確かに俺は理想の男じゃない。 でも今の君こそどうだ? しかめっ面をした広告女で人を非難してばかりいる。 俺は苦しんでる君を支えてあげたかっただけだ」
怒ったことのないジェームズは怒って帰ってしまう。
ミルドレッド、「やっちまった」である。

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ミルドレッドの気分を損ねたチャーリーの告白というのは、看板の放火である。
この男が酔った勢いで火をつけたのだ。
ワインの瓶とグラスを持って、チャーリーのテーブルに近づくミルドレッド
瓶の首の持ち方が危ない。 「今からこれで殴りますよ」という持ち方をしている。

するとチャーリーは言う。
「ペネロープが言ってた。 『怒りは怒りを来たす』ってな」
「彼女が“来たす”と?」
「そうだ。 『怒りは怒りを来たす』。 そうだよな?」

「本のしおりに書かれていたのを見かけたのよ」

この、いかにもオツムの弱そうな女が何ゆえにこういう箴言を覚えているのだろうか?
神は人を裁かない。 だが何もしない訳ではないのだろう。
いつぞやミルドレッドが看板のそばで見かけた鹿に語りかけた、犯人が裁かれないこの世界の無意味さと神の不在への嘆きに対する答えである。
『怒りは怒りを来たす』  
ミルドレッドが心に刻むべき啓示をこんな形でこんなタイミングでもたらすのだから神様は面白い。

看板に妙な広告を出す阿呆もいれば看板を燃やす阿呆もいる。
怒りに値せぬ世の中のおもろき哉。
ワインの瓶をテーブルに置いて去っていったミルドレッド。 やがて彼女の元にある人物から思いがけない報せが届く。


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【“レイプされて死亡”への応え】

ディクソン巡査は町の誰もが知る差別主義者である。
そんな彼の心の背景には自身がゲイだという負い目への怒りがあるからである。

彼がゲイであるのはABBAの曲を聴いているシーンが殊更に強調されているところから伺える。
曲が「チキチータ」だからというよりは、ABBA自体、「ダンシング・クィーン」、「ギミー!ギミー!ギミー!」などに代表されるようにゲイ・アンセムとして親しまれてるナンバーが多い。
また、ディクソンが後半で、ある人物と出会うことになるバーは薄暗い照明だけの、テーブルが衝立で囲まれた、いかにもな場所だ。

黒人や共産主義者、ゲイ、異邦人など、マイノリティを虐げる一面の裏側で、自分自身も 実はゲイであることをひた隠している。
そんな自分に対して激しく憎悪し、それを弱者に向けるディクソンのことをウィロビー署長はずっと案じていた。
無題
ディクソンウィロビーを異常に慕うのは特別な感情を持っているからなのだが、そこまで気づいていたかはともかくも、ウィロビーディクソンが自分を責めている真因にこそ自信を持てる決め手があるのだと説く手紙を送る。

『おまえが犯罪捜査の第一線で活躍したいと願っていることを知ってから、なんとか助けになってやりたいと思っていた。 しかし、病のためにそれも叶わなくなってしまった。 おまえの欠点はすぐにキレることだ。 刑事にとって必要なものは何だ? 嫌がっても言うぞ。 刑事に必要なものは愛だ。 そうすればもっといい刑事になれる。 おまえは変わることができる』
『愛は平静を導き、平静は思考を導く。 拳銃は要らない。 憎しみも要らない。 もしゲイだと言われたら同性愛差別で逮捕しろ』


警官をクビになったが、巡査部長の手引きでウィロビー署長の遺した手紙を警察署で読み込んだディクソンは変わる決心をするのだが、そこに何も知らないミルドレッドの投げ込んだ火炎瓶によって、彼は大火傷を負う。
燃える建物から脱出しようとする際、彼はミルドレッドの娘が殺された事件の捜査資料ファイルを持ち出すのをためらわなかった。
逃げ遅れるかもしれないが、ウィロビーのやり残した意志だけは守ろうとしたディクソンは、すでにクビとはいえ“いい刑事”に生まれ変わっていた。

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ひどい火傷で病院に担ぎ込まれたディクソンの病室で相部屋となったのは、広告屋のレッドだった。
ウィロビー署長が死んだ時に、怒りのあまりに我を忘れて、2階の窓から放り投げて大けがさせたレッドがいたのだ。
顔中が包帯に巻かれたディクソンに気づいていないレッドに、彼は勇気を出して懺悔する。
「窓から突き落として悪かった」

この映画の最高に鳥肌の立つシーンである。
多分に、観ている大多数の人は、動けないディクソンレッドに報復されるのではと穏やかならぬ気持ちで見守ることになる。
しかし、レッドは最初は驚いたものの、コップに注いだオレンジジュースをそっとディクソンに差し出す。 ストローを挿して。
そのストローがほんの少し横を向く。 そのストローをいい位置に直すレッド

聖職者でもなければ人道主義者でもない、一人の平凡な男の何気ない行動である。 
赦しが怒りを退ける、人間の持つ善のポテンシャルに圧倒されるこのシーンには、きれいごとであろうとも今一度「性善」なる夢を信じてみたくなる。
自分の正体が分かってもいいというディクソンの、レッドを信じた気持ちも凄いのであるが。

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ヒマを持て余しているディクソンは、ふと訪れたバーでミラクルに遭遇する。
衝立を挟んだ背中越しに、男の二人連れがビールを呑んでいる。
ディクソンの真後ろにいる男は、なにやら得意気に若い女をどうしたこうしたという自慢話をしているのだった。

思わずディクソンは聞き耳を立てた。
その男は、つい最近、若い女をレイプして、首を絞めて殺し、火をつけたのだというエピソードを連れの男に喋りまくっているのだった。
こいつか・・・?
ディクソンはひと芝居を打って、男に絡んでケンカし、ボコボコにされたものの、まんまとDNAを採取する。

ミルドレッド「希望を持て」と連絡を入れたものの、間もなくしてそのDNAの男はハズレだと判明する。
男はアンジェラの事件当時、イラクに従軍していて、アメリカにはいなかったのだ。

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それは残念ね。 ほんっっっと残念だわ。
でもありがとう、ディクソン。 十分よ。


そうかい。 でもな。 その男がイラクの女をレイプして殺しやがった変態野郎なのは変わりないぜ。
そいつがアイダホに住んでるってことは掴んでる。
これから俺はアイダホまで行って野郎のツラを拝んでやろうと思ってるんだがな。

それ・・・私も一緒に行くよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて出発するか。 長旅になるぜ。

ディクソン・・・、警察に火をつけたのは私だよ。

フフッ。 あんた以外に誰がいるよ。

・・・・・。 男に会ったら殺すのかい?

正直あまり気が乗らねえ。 まっ、道々決めりゃいいさ。


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世の中は善人ばかりでもなければ、悪人ばかりでもない。
それまで善人で生きてきた者が不意に道を踏み外すこともあれば、悪行を積んできた者がささやかな徳を為すこともあるのは、この世の中、珍しいことではない。

そもそも人間は善人あるいは悪人の性質を決定づけられて生まれて来るのではない。
人生の中で訪れる喜びや怒りや愛や憎しみが人の心に善と悪を生む。
ゆえに、いかなるルールや倫理の理を語ろうとも、世界の仕組みは結局、人の感情の集合体なのだ。
だからこそ、物語は尽きない。 映画は面白い。

この映画に出てくる人物は、かなりクセのあるキャラが多く、それが善悪で計れぬ位置でフワフワしている。
主人公のミルドレッドはもちろん、差別主義者の警官ディクソンジェームズチャーリーペネロープ、歯医者のオッサンもそうだし、強烈な印象を残すディクソンの母親もみんなどこかキツいのだ。
ウィロビー署長にしても、いいヒト過ぎる。 ガンの苦しみはそこまで追い込んでしまうのかもしれないが、いささかヒロイズムが先走ったキャラクターだ。
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主人公であるミルドレッドは子を失った被害者であるにも関わらず、怒りのメッセージを看板に出してまで、死期の近い人徳者の警察署長を糾弾して町の人の反感を買い、悪人のように扱われる。
短絡的で身勝手で、夫のことをとやかく言えるほど家族を愛さなかった女であり、事実生前の娘からは「一緒に住みたくない」とまで言われているほどの母親なのである。ミルドレッドという女は。

そんな彼女が娘を失い、膨大な怒りが生まれる。 自分自身に対するものも含めて。
その怒りが町全体に伝播し、ここから善い人も、そうでもない人も、人物像が鮮やかにエッチングされ、内面がくっきりと表れてくる。 ここからストーリーはその先の展開の期待を込めて俄然魅力を増していく。

キーパーソンの死によって、シチュエーションが果たしてバッドエンドの方向に転がるのか、ハッピーエンドの方向に転がるのかを、いい緊張感で見守ることになるのだが、怒りに満ち満ちた世界が一歩一歩と赦しに包まれて、悪しき村社会が浄化されていく展開の語り口が巧みに過ぎる。
一種の寓話テイストで、一味違う角度から人間愛を引きずり出す異色のサスペンス。 ジャンルの枠にはまらない超傑作だ。


フランシス・マクドーマンドが演じたミルドレッドは彼女以外にできる役ではない。
元来マクドーマンドは、映画以外の公の場で見せる姿はもっと凛とした品のあるブロンド熟女である。
それがどうだ。 くたびれた老犬のような「嫌な奴オーラ」全開のオバハンを「普段もこんな感じですよ」みたいにサラッと演じてしまうのである。
凄すぎる女優だ。 だいたい、こういう役はうまい。

ウディ・ハレルソンはもちろん、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズのストローのシーン、ジョン・ホークスのちゃぶ台返し、ピーター・ディンクレイジのレストランのシーンや、ディクソン・ママを演じたサンディ・マーティンもワンダフル・ジョブだ。
しかし、特にえげつない神仕事したのはサム・ロックウェルをおいて他にない。
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サム・ロックウェルの作品選びはぶっちゃけバラバラで、ジャンルにこだわらない。
だから演技もできるのだろうけど。
「フロスト×ニクソン」のコラムニスト役や「月に囚われた男」の一人芝居など、凄いポテンシャルを見せつける一方、時には低予算のコメディや大作映画の小悪党なども飄々と楽しんで演じるカメレオン俳優である。

彼の演じたディクソン巡査は、自身のコンプレックスに怯えながら、その葛藤を差別として弱者に向けるゲスメンであるが、やがて劇的なできごとをきっかけに生まれ変わっていく。
変わりたい気持ちはあるが、変わるのが怖い。 本当の自分自身を許せないから。
だが、そんな男が変わる。
この男の中に燻っていた闇がよほど根深いものだと知ると同時に、この一筋縄でいかない難役をリアルに演じ切ったサム・ロックウェルのキャパが並でなかったことを改めて知る。

ワンカットで描かれる、広告屋社長を窓からポイの狂気のシーンも圧巻なのだが、眠っている母親の頭をそっと撫ぜるシーンは、ある種の美しさがあり、きれいごとかも知れぬが、人の本質が「善」だと信じてみたい希望が沸く。 だが・・・・

ミルドレッドディクソンがアイダホへ向かい、さてこの後はどうなるのだろうか?
彼らは男を殺すのだろうか? これは彼らが結局こういう人でしたという結論でシメているのではない。
怒りというものは誰の手にも余るもの。 彼らにもどうなるかは分からない。 このシメ方は最高だ。

「道々決めればいい」というセリフは、不寛容が蔓延しつつある世界に向けて、感情だけで他者の善悪を焦って判断するなかれという、目に見えないビルボードに書かれたメッセージなのだ。

ebbingdeer.jpg

「賢人のお言葉」
 
「怒りは他人にとって有害であるが、憤怒にかられている当人にとってはもっと有害である」
 レフ・トルストイ
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