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おクジラさま ふたつの正義の物語
2017年10月22日

320_201710152150494dc.jpg和歌山県のほぼ南端にある町、太地町。
クジラ・イルカの追い込み漁で、すっかり有名になった町です。

日本の古式捕鯨発祥の地として知られる太地町のクジラ・イルカ漁は400年以上にわたってその伝統が受け継がれてきた文化です。

ところが2009年に公開された一本のアメリカ映画が太地町を揺るがせました。
クジラ・イルカ漁を批判したドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」。
この映画は公開されるやいなや大反響を巻き起こし、アカデミー賞最優秀長編ドキュメンタリー賞を受賞。
それ以来、外国の反捕鯨団体や環境活動家らが太地町にやってきては漁の妨害行為をするなどして、大きな問題となりました。
この太地町の騒動はいまだ続いており、動物保護と伝統文化の軋轢が大きな議論の的となっています。


「ハーブ&ドロシー」が好評だった元NHKのキャスターでもある映画監督、佐々木芽生が「ザ・コーヴ」の一方的な描写に疑問を抱いたことから製作に背中を押されたというドキュメンタリーが完成。
「おクジラさま ふたつの正義の物語」は、太地町だけの肩を持った単純な反論映画ではありません。
この問題の解決にお互いが歩み寄る糸口はないのかという観点に踏み込んだ、新鮮な視点をもたらしてくれる傑作です。

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あれ以来、太地町は相変わらずというより、さらにひどくなっているのだとか。
秋の追い込み漁の季節になると、欧米から活動家が来るわ来るわ。
大型バスで乗り付けての一大ツアーです。

浜を見下ろせる高台から漁を撮影し、漁師さんにもカメラを向けて、「イルカを殺さないでー」、「恥を知れー」などのシュプレヒコールを続ける青い目のニーサンネーサンがた。
漁師さんも、もういちいち挑発に乗らないようで、最近はこういうのには相手にしないようにしてるみたいです。
まあそれでも活動家だけでなく、メディアも国内外から多数来ますし、地元からは政治団体の街宣車がやってきてワイワイ言いますので、一触即発の状態。
警察や海上保安庁、さらには機動隊まで出動して警戒にあたります。

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そして環境保護団体といえば、これを抜きには語れないのが『シーシェパード』。
反捕鯨を叫ばせたら右に出る者はいません。
この、いかにもなキャラに仕上がっている御方、スコット・ウエストさん
シーシェパの代表者ポール・ワトソンから「おまえ、ちょっと行ってこいや」と言われて、全ての生活を捨てて観光ビザでこの太地町にやってまいりました。
学生である娘のエローラさんも一緒です。

目的はもちろん、イルカ漁を監視して、その実態を世界中に発信すること。
この人が呼び掛ければ、シーシェパのサポーターたちが、私財を投じて太地町にやってきます。

自分の国で他にやることないんかいと思いますが、彼らにとってイルカへの思いはそれほどのものなんでしょう。
やり方はともかくも、言ってることはシンプルですし、動物の命を尊ぶ気持ちは何も悪いことではありません。
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主に彼らが言うのは、クジラやイルカは絶滅の危機に瀕していて、人間との意思疎通も図れる非常に知能の高い生き物を捕まえて食べたり、水族館に売り飛ばしたりして奴隷のように扱う行為が野蛮なんだということなんでしょう。

どうしても奇異に映る過激な動物愛護運動家に対して、我々は「じゃあ牛や豚を殺すのは許すんかい」という定番の理屈を投げかけたくもなります。
佐々木芽生監督のインタビューの言葉を抜粋しますと・・・・
そもそも欧米では牛・豚・鶏などの「家畜」を命として意識していないのだとか。
人間がコントロールして再生産も容易にできる「食料資源」として割り切っているのが欧米人の感覚です。

家畜はそれぞれの国が扱いを管理しているのだから口出しはしないし、陸上動物に関しても同じ。
しかし、イルカやクジラは領海とか関係なく、世界中の海を自由に泳ぎ回るので、人類共有の財産とみなされています。
日本の領海に入ってきたからといって勝手に殺さないでくれというのが彼らの言い分だと佐々木監督は述べられてます。

なるほど。 家畜は家畜。
イルカやクジラは寿命の長い動物であるがゆえに、一度に多くの子供を出産しませんからね。
数が減りだすとコントロールが効きません。
イルカやクジラが人間に近い賢さを持ってることから愛着が沸くのも分からないではないですが。

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さて一方の太地町の漁師のみなさん。
前述したように、「ザ・コーヴ」の時の騒動の時のように、活動家たちに目くじらを立ててやり合ったりするようなことは今はないようです。
活動家たちも以前のようにウェットスーツを着て入江に入り、漁を妨害するような強行手段に出ることは今はないみたいですね。

ただ、ずっとこの太地町に居座ってる彼らは、町中で漁業関係者を取り囲んで勝手にカメラを向けたり、あちらこちらでプラカードを持って立ちながら、やいのやいのと野次るなどの口撃は相変わらず。

そして最近で最も顕著な彼らのやり方はSNS。
漁の現場を勝手に撮影してはそれをSNSで拡散させて世界中にこのイルカ漁のことを広めて、日本バッシングをとことん煽っていこうというもの。
これはタチが悪いですね。
太地町にやってくる外国人が以前よりもむしろ多くなっているのはそのせいでしょう。

ある意味、活動家たちが距離を取り始めたことから、漁師さんもいちいち気にしないというか、感情的になるのを控えることにしたようです。
挑発に乗ってたらキリがありません。 放っておくのが一番の策。・・・で済まないのがSNSの怖さなんですがね。

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外国人が動物愛護を言うならば、こちらは日本の食文化だという主張がぶつかり合うのはずっと変わりません。
よその国じゃ猿とか犬だって食べます。 猿も犬も知能は高いのではないですか。
その国には何も言わないくせに、日本という島国の小さな町に長く息づいてる食の文化だけが批判されるいわれはないでしょう。

動物の命を奪うことは誰だってしのびない。
しかし、太地町のクジラ・イルカ漁はそれとこれとは違います。
町の暮らしと歴史を築いてきた資源です。
命は命だけれど、牛・豚・鶏を食べてきた世界基準と同等の食文化です。

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太地町の町長・三軒さんおっしゃるところによると・・・・・
「我々の町は本州の最南近くに位置して、交通の便の非常に悪いところですよね。 水も少なく、そのために野菜をもとれない、コメもできない、非常に住民が暮らしにくい。 ただ、たまたま鯨の通り道にあるわけですよね。 生きなければならないがために、その鯨に400年以上も前に挑んだ町です」

古い文献によると、1606年の徳川の時代には、すでに太地町で捕鯨が組織化された事業として行われていました。
太地町が古式捕鯨発祥の地と言われるゆえんです。
欧米の捕鯨は鯨油さえとれれば、あとの肉は海に沈めてしまいます。
日本人はクジラの肉、全ての部位を食べるなり、工芸品などに利用してきました。
「戦後食料難の時代、鯨肉を食べることで飢えをしのいで戦後を生き抜いてきた人々の中には、クジラに命を助けられたという感謝の念を持っている人が多いのですよ」と町長さんはおっしゃいました。

町の至る所にはクジラのモニュメントのようなものが見受けられますし、毎年秋にはクジラの供養祭や太地浦くじら祭りも催され、クジラに感謝の念が捧げられています。
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「ザ・コーヴ」の時から気になった方もおられるでしょうが、太地町の追い込み漁で獲られているのは紛れもなく「イルカ」ですが、漁師さんをはじめ漁業関係者の方は「イルカ」と言いません。 必ず「クジラ」です。
これは知らない人からすれば、「イルカを殺している罪悪感から、言い方を“クジラ”で通すことで自分の気持ちをごまかしてるんじゃないの?」と思ってしまうでしょう。
 
ざっくり言うとイルカとクジラは同じです。 単なる大きさの違いで呼び方が変わるのです。
生物学上では同じ鯨類に属しているイルカとクジラは、成体が4メートル以下のものを「イルカ」、それより大きくなると「クジラ」と呼びます。
国によっては基準が少し変わる所もありますが、日本ではそうやってイルカとクジラを分けるのが慣習です。
でも獲られているのはイルカなのに「クジラ」で通されているのは、この町が昔からクジラの漁で存続してきた歴史がる為の、ある意味リスペクトを込めて「クジラ」を忘れまいとする意志なのではないでしょうか。

ちなみに、太地町で獲られている鯨類はマゴンドウやバンドウイルカなどの7種類で、これらは絶滅危惧種ではありません。

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確かにイルカは可愛いです。 人間にもなつきますしね。
外国人から見れば、そりゃ追い込み漁の光景は残酷に映るでしょう。
日本人でも抵抗を覚える人だっていても当然です。
我々が犬を食べてる国に嫌悪感を覚えるのと同じなのかも知れませんが、少なくとも私たちの国は犬を食べる国に行って「犬を殺すな」と喚き散らすことはしません。
よその国の文化に踏み込んでいく方がよっぽど野蛮でしょう。

外国人から言われたくないという主権と命の尊厳という価値観がぶつかり合って、これは少々のことでは解り合えません。

最近では屠殺の現場をブルーシートで隠すようになり、これに対して活動家は「自分たちがやっていることを恥じているからだ」と非難する。
太地町漁業協同組合の〆谷さんは・・・
「牛や豚、殺すとこオープンですか? 生き物を殺すシーンを隠して何が悪い? 普通そうやって人目にさらすものじゃないでしょ? そういうことで金もうけしている外人の方が、よっぽど生き物に対して失礼やと思います」

「いくら払えばイルカを解放するのか」と、シーシェパードが漁師たちに寄付金を提供する提案を出したことに対し、漁師の三好さんは・・・
「彼らが働いて、汗水たらして、その金だったら納得いきますけどね。 寄付金から来た金でそんな話が成り立つと思いますか? それが一回で済むならいいけど、僕らはもう年いって引退する立場やから、だけど若い子らはこの生活を受け継いでいかねばあかんわけよ」

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そして劇中に登場する一人のオジサンのインパクトがまた強烈。
「日本世直し会」の中平敦さん
「僕たちのこと皆、右翼団体と思ってるのよ。(えっ、ちがうの?) 考え方は真ん中。 だから右翼とか左翼とか関係ないのよ。古いのよそれは。 最初はシーシェパード来たからびっくりしたのよ。 なんだよ、あいつはって思ったけれど、今は違うね。 考え方は違うけど尊敬してる。 話し合いすればいいのよ」

毎日街宣車に乗って、太地町を訪れる外国人に英語で呼びかけます。 「みなさん、話し合いましょう」
この人、どこの出身かな? 少なくとも関西人じゃないよね。
まあそれはいいんだけれど、やたらに熱血なテンションを放出している人で、ちょっと胡散臭さがありますが、この町の騒動が互いにネチネチジメジメしたような空気になっている現状では、雰囲気に流されずに元気よく喝を入れる人は必要かもしれません。
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考え方は違うけど尊敬してるなんて言える懐の広さはたいしたもんです。
「話し合いましょうよ」という正論中の正論でもって太地町問題にぶつかっていく。 シンプルでまっすぐな姿勢には好感が持てます。
実際、この人の呼びかけで、太地町と外国人活動家との対話集会が実現しちゃうんだもの。 あっぱれですな。

集会場の外に群がって関係者にインタビューしようとするマスコミに、「どけどけー!コラァー!道あけろー!」と、"素を出した"中平さんの怒声がこだまする。
対話集会と言っても、お互いが言いたいことを簡潔に述べただけ。 他にもっとあったかもしれないけどカットしてるのかは定かでないが、それでもさほど実りのある話し合いではなかったみたいです。
でもやっぱり、きっちりと話し合わないといけないというのは痛切に感じますね。

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この映画は単に、「ザ・コーヴ」への反論ではなく、活動家批判でもありません。
こちらが正義ならば、それに対するは悪ではなくて、もうひとつの正義だという見方で、今一度この太地町の問題を考察しているところがこの映画の秀逸な語りです。

シーシェパードという団体自体のやり方や、組織構造などは納得できないところはありますが、それは一旦置いといて、「可愛くて頭がよくて、人間の友だちにもなれるイルカを残酷に殺さないでくれよ」という人の感情も分からないではありません。
メディアの情報だけを見聞きして受け流さずに、何とかしなければと実際に行動を起こした姿勢は敬意を表しますし、感情的にならずにこの際じっくりと言い分に耳を傾けた方がいいのではと、この映画を観ていて、より感じました。

「長く続いているからといって、良い文化とは言えない」
特に日本では現実に即していないのに「昔からやってきたことだから」ということで続いている妙なしきたりもあります。 でもこの文化は慣習とは別ですよ。
「動物に敬意を持ってると言ってるがそうは見えない」
漁に敬意を求められても・・・とは思うなあ。
水族館に売るための捕まえ方に抵抗を覚えないことはないですね。 「奴隷売買だ」までは言いすぎじゃない?

でも食文化は、形ばかりが重んじられる冠婚葬祭とは違って、文化というよりも暮らしの糧ですからね。 やめれませんよ、おいそれとは。
ですが・・・・・・

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しかし現実としては、日本人のクジラの肉の消費量は悲しいほど少ない。
フリージャーナリストの佐久間淳子さんによると、「世論調査をすると日本人は多分7割以上の人が捕鯨に賛成しているのに、一人あたり年間30グラムしかクジラ肉を食べない」と言う。
多くの日本人が捕鯨に賛成する理由は、白人にイルカはかわいいから殺すなと言われることへの反発があるからだと佐久間さんは指摘されています。
敗戦国感情というのでしょうかねえ。 確かにそういう感情的になってるところはあるでしょう。

アッシもクジラは食べませんねえ。 っていうか、売ってませんからね。 クジラ料理の店は知ってますけども。
小学校の頃はたまにクジラの肉が出てきたんですよ。
これが固いのなんの。 まずくはないんですが、さりとてほっぺが落ちそうなほど美味でもありません。
噛んで噛んで噛んで噛んで噛んで・・・・飲み込めるまで時間がかかるもんだから、好きじゃありませんでした。
給食で出たのに、家に帰って「今日の晩御飯のおかずは?」って聞くと、「喜べ。クジラやで」と言われて一瞬魂が抜けたことが何回かありましたね。

昔は鯨肉は安かったのよね。
今は柔らかくて美味しい鯨肉なんでしょうが、昔は何かと言えばおかずがクジラだったもんなあ。

昔と違ってほとんどの日本人が鯨肉をあまり口にしなくなった昨今。それは年々減少傾向にあると言います。
クジラを獲る分化よりも先にクジラを食べる文化がなくなると、もはやそれは文化としては破綻してはいないか、無意味に続けてるそれは、守るべき良き文化と言えるのかという疑問もわいてきます。
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以前から指摘されている、鯨肉に含まれるメチル水銀の数値の高さも避けては通れません。
バカみたいに食べ過ぎなきゃいいですが、少なくとも妊婦の方は控えた方がいいとも言われています。
そんなこと言やあ、本マグロだって水銀値は高いからね。

太地町の追い込み漁で捕獲されたイルカの半数が海外の水族館向けに輸出されていますが、2015年、「WAZA(世界動物園水族館協会)」が、「動物に苦痛を与える方法」だとして、非人道的に映る追い込み漁に対して「JAZA(日本動物園水族館協会)」に警告をしました。
それに従い「JAZA」は追い込み漁で捕獲されたイルカの入手を行わないことを発表。

「JAZA」からイルカを買い付けるなら退会してくれと言われた「太地町立くじらの博物館」は上等とばかりに退会。
他にも下関や新江ノ島の水族館も「JAZA」に反発して退会してます。
教えてほしいですな。 動物に優しい捕獲の仕方を。
「見世物にするから来てくれない?」と頼んで「わかりました」と自分から網の中に入る動物がいるか、バカモノ。
そもそも、かわいそうというなら捕獲をするんじゃない。
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「太地町立くじらの博物館」は年中無休。
大人:1500円  小中学生:800円
イルカ・クジラショーのイベントや、ふれあい体験もできますよ。


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日本に住んで20年という、元AP通信のジャーナリスト、ジェイ・アラバスターさん
太地町に越してきてまで長年この問題を見つめてきた彼が、劇中頻繁に登場し、中立の立場から多角的な視野を提示してくれます。

最初にこの町にやってきた時、活動家たちからは「危険を感じたら躊躇なく逃げろ」とアドバイスされたという。
そんなに危ない町なのかと構えたが実際はそうではなく、確かに外国人=反捕鯨という色眼鏡から距離を取られたものの、地道なコミュニケーションが実って、すっかり町の人とも打ち解けています。

「クジラやイルカが絶滅寸前だと議論をしているが、こんな小さな町こそ絶滅危機にある」
町が育てた文化。 その文化によって町が育てられていくこともあります。
しかし、その文化が大きな問題に直面し、存続さえ危ぶまれ、意義や矜持が揺さぶられています。
ひとつの町がどうなるやも知れぬ運命にあるのです。 外国からの銃も爆弾も使わぬ侵略によって。

漁師さんたちは活動家たちの声を無視して相手にしないことにしましたが、それこそが危険だとアラバスターさんは指摘します。
活動家たちが撮影した漁の様子はSNSで瞬く間に世界中に拡散。
これを放置しているから、圧倒的に一方の意見だけが世界基準として独り歩きしてしまっています。
太地町も意見をSNSなどで発信しなければとアラバスターさんに諭された漁師さんが戸惑った表情で固まってしまうシーンがなんとも言えませんね。

もはや事態は「VS保護団体」ではなく、「VS世界」になってしまっていますからね。
一方的に言われっ放しはダメだと分かってはいますが、何をどう発信して、世界に伝えたいことが伝わるのかと、あまりに大きくなりすぎた問題に泡を食うのも無理からぬこと。
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今や世界は「自国ファースト」がトレンディとなり、多様性を認めなくなっています。
人種も宗教も文化も国家元首の価値観ひとつで選別されます。
それで自分の国が発展すると思ってるのでしょうか。 非常に残念なことです。
自分の基準と合わない価値観は、排除ありきではなく、まずは知り合って理解し合うことの方が大事だと思います。

この太地町の問題も、活動家の一方的な価値観の押しつけの姿勢に抵抗するだけでなく、漁業関係者の方にも相手の主張する「正義」に耳目を傾けて見る必要性が問われています。 また"部外者"である我々も感情的なナショナリズムで安易な口撃をするのではなく、もうひとつの正義があるという観点で考えることが要求されています。


この映画のタイトルである「おクジラさま」は、徳川五代将軍綱吉が御触れを出した「生類憐みの令」の「お犬さま」に掛けてのもの。
人間以外の生き物も敬う。それはそれで好令です。
確かに大事で立派な姿勢ですが、強圧的な干渉が度を過ぎて、人間の生活を破壊してしまった悪令として歴史に残る結果になりました。
環境保護団体という名の"綱吉公"がかわいがる「おクジラさま」。
日本の民はどこへ向かえばいいか。 会話さえできれば、おクジラさまに聞くのが一番手っ取り早いのだが。

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「賢人のお言葉」 
 「君の立場になれば君が正しい。 僕の立場になれば僕が正しい」
 ボブ・ディラン
 「いつもの朝に(one too many mornings)」
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