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デス・レース2000年
2017年10月15日

a128b80c7c15da37.jpgB級映画・C級映画を次々と量産するハリウッド稀代のならず者、ロジャー・コーマン。
御歳91を迎えたばかりながら、血のめぐりが良すぎるのか、相も変わらずカクシャクとしている絶倫翁である。

これまで製作した映画の数が500本を超えるコーマンの映画作りのポリシーは、とにかく金をかけないこと。
ボンビーなのではない。 あえてリーズナブルに映画を撮るのがコーマン流。
大金さえブッ込んだらオモロい映画が作れるという「お金ズム」に染まり倒したハリウッドに反旗を翻し、徹底して"安くてもうまい"映画作りに邁進しておられる御方なのだ。
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もちろん、コーマン映画は金のかかったハリウッド大作と比べたら、クオリティは格段に下がる。
グダグダのプロット。 やっつけ感満載の特撮。
突っこみだしたらキリがないほどの無茶が網羅された作品ばかりである。
それでも、安上がりなりに創意工夫と努力が随所に垣間見れるところが微笑ましく、その分、不思議な味わいが出る。

まともに作れそうなシーンでも、あえてハズした演出に振り切って、B級映画を中途半端にAB級映画にしないのがコーマンの「俺道」でもある。
観ていて腰骨が砕けそうになっても、そのバカさを粋に楽しむのがB級映画鑑賞の鉄則だ。

さて、そんなB級映画の永世皇帝ロジャー・コーマンが1975年に製作したのが「デス・レース2000年」。
近未来のアメリカを舞台に、人を殺す数を競い合うカーレースの凄絶な死闘を描く、伝説のカルト・ムービーである。
日本公開40周年を記念して、このたび限定リバイバル。
これは観たことがなかったので、アッシは颯爽と劇場へと殴り込んだ。

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時は西暦2000年の近未来。 いや、近過去。
あれだけ気をもんだ「2000年問題」は愛想もクソもないまま通り過ぎ、めでたく「プレステ2」が発売され、シドニー五輪でヤワラちゃんが金メダルを獲ってニッポンが大いに沸いていた頃。
アメリカでは、どえらいことになっていた。

ユナイテッド・プロビンセズ・オブ・アメリカと名称を変えた「アメリカ連邦」は、大統領の独裁国家となっており、国民の思想を完全統制していた。
国民の唯一の娯楽が年一回開催される、全米大陸横断カーレース「デス・レース」。
殺人兵器にカスタマイズした車にレーサーと性別の異なるナビゲーターが同乗した5組のチーム。
その5台の車が東から西へ疾走しながら、3日間でどれだけの人を殺せるかをポイント制で争うというもの。

とにかく人を殺してナンボのゲーム。 殺す対象によってポイントも変動。
人ひとりにつき10点。
40歳なら得点は3倍。 女性ならプラス10点。 12歳以下の子供は70点。
75歳以上の老人の息の根をすみやかに止めれば100点のボーナスが与えられる。
つまり弱者であればあるほど高得点。
まさに畜生道ここに極まれりを地で行く、非人道的なルールがまかり通るゲームなのだ。

2000年で開催20回目を迎える本レース。
エントリーしたのは次の5組。

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★フランケンシュタイン(デヴィッド・キャラダイン)
パッと見てショッカーの戦闘員かと思うがそうではない。
前回の優勝者にして、絶大な人気を誇るスーパースター。
過去のレースで片腕、片足がもげ、顔の半分がベロンチョになってしまったために、全身を黒のレザーで覆っている。
義手となった腕で繰り出すギアチェンジの速さは自称0.05秒。 多分ウソだろう。 次元大介の早撃ちより速いのか?

ナビゲーターは初コンビとなるアニー・スミス(シモーヌ・グリフィス)。

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『ザ・モンスター号』
なにかの怪獣がコンセプトなのか、フロントから剥きだした牙がいかにもイキり倒しているデザイン。

     

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★マシンガン・ジョー・ビテルボ(シルベスター・スタローン)
何度も優勝していながら、自分よりも人気が高いフランケンシュタインを目の敵にしている。
やたらに血の気が多く、常に何かを怒っており、些細なことでも女に手をあげる。 そのくせケンカは弱いという激安クソ野郎である。

そんな野郎に苦労させられているナビゲーターのレディーはマイラちゃん。

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『ピースメイカー号』 
フロント中央に巨大なナイフ。 サイドにドラムマガジンのトンプソン・サブマシンガンを装着し、刺す・撃つ・轢くという三面攻撃を実現させたアホ丸出しのデザイン。

     

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★カラミティ・ジェーン(メアリー・ウォロノフ)
西部開拓時代に実在した女ガンマンの名を名乗る、カウガール風情の美人ドライバー。
「男運が良くなるとレース運が落ちるかも」というコメントに誰もが心の中で「知らんがな」と突っこむ。

ナビゲーターはなかなかのイケメンであるピート君。

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『雄牛号』
牛をイメージしたのは理解できるが、鼻輪まで表現する必要まであったのかどうか。

     

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★マチルダ・ザ・ハン(ロベルタ・コリンズ)
世間からひんしゅくを買うこと必至のコスチューム。
“ナチスの恋人”と自称するほどのナチス信奉者。
カラミティとはお猿とワンちゃんの仲で、顔を合わせれば所かまわず舌戦に突入する。

メガネ君ナビゲーターは"ドイツの狐"ことハーマン・ザ・ジャーマン。

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『誘導爆弾号』
ルーフに戦車の砲身がドッカと据えられた、お子様レベルのセンスが涙を誘うフォルム。

     

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★ネロ・ザ・ヒーロー(マーティン・コープ)
ローマ帝国第5代皇帝にして、母や妻でさえも殺した暴君として知られるネロを名乗る、見るからに暑苦しい男。
本名はレイ・ロニガン。

ローマ帝国をコンセプトにする世界観のこだわりだけはどのチームより強い。
ゆえにナビゲーターの女もクレオパトラを名乗る。
その彼女が巨乳であるのはロジャー・コーマンのこだわり。

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ライオン号』 
ローマ帝国では罪人を処罰する方法としてライオンの群れの中に罪人を放置したと言われる。
ライオンに見えなくもないけれど・・・

     
果たして優勝は誰の手に。
21世紀の幕が開けたアメリカで、地獄の娯楽の殺人競争が火ぶたを切る。
その裏では、反体制派の革命軍がレースを邪魔するためのテロを始めようとしていた。
そして、デス・レースのカリスマであるフランケンシュタインは、ある目的を秘めてレースに臨んでいた・・・・


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製作費が30万ドルと、コーマンの映画にしてはまあまあ金がかかってる方。
それ故にか、妙にすかした近未来感覚や、車の改造をはじめとした漫画チックな作り込みは、マジメとオチャラケの間の絶妙なバランスを生んでいる。
らしくないと言えばらしくないが、ここまで変にしっかりしているコーマンのB級映画も珍しい。

キャラクターも面白いし、倫理クソ食らえの殺人カーレースにおけるブラックユーモアもキレがいい。
想像していたほどグロさはなく、カラミティのナビゲーターがドタマをグシャッとやられるシーン以外、スプラッタな描写は皆無。
車でハネ殺したり、武器で突き刺したりするというのをガッツリ見せるとなると、スタントマンを雇う費用や、テイクの数も増えるので金と時間の無駄。
役者が「ワーッ」だの「ギャーッ」だのと叫んで、苦悶の表情のカットからバタリと倒れる演出で、観る者に脳内保管を促している。

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中でもユニークだったのは「安楽死デー」というのがあって、病院から入院中のジー様バー様が運び出され、公道上に放置されるシーンである。
不謹慎ながらも思わず笑ってしまう、なかなかのブラックスパイスが効いたシーンだ。
ここへフランケンシュタインの車がやってきて、さてどうするかと思いきや、医師や看護師が見守っている沿道へと突っこんでいき、はねられた人間が植え木の陰からピョンピョン飛び上がる、マンガのような演出が笑いを誘う。

こういったユーモアは随所に見られ、マチルダが革命軍のしょーもない罠にひっかかって死ぬシーンなんかは「そんなアホな」とのけぞること請け合い。
一人の間抜けなオッサンが闘牛士の恰好でカラミティの雄牛号に挑み、いとも簡単に逝きなさるシーンには「そらそうやろ」と声も出る。
フランケンシュタインのファンクラブの女子が、自らの身を犠牲にしてポイントに貢献するシーンには思わず目頭が熱くなると同時に、肛門の穴がゆるんでスカベが漏れる。
さらに休憩ポイントのホテルの部屋で、フランケンシュタインが黒のブリーフ一丁でアニーとダンスするシーンのシュールさは、筋弛緩剤でも打たれたかのような脱力感が襲ってくる。

一応は真面目にやってるのだろうが、その他にも笑える小ネタはチョビチョビと顔を出す。
もうみんな、おかしくなっているのだ。
いかに、この世界の人物たちがイカれてるかの表れである。
冷静に観ればバカ丸出しだが、これぞB級映画の真髄。 バカを見物するのがB級映画への正しきたしなみ方。

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フランケンシュタインを演じたデヴィッド・キャラダイン。
70年代のTVシリーズ「燃えよ!カンフー」の主役で人気を博した彼だが、ハーフのカンフーの使い手であるケインの役は元々原案を担当していたブルース・リー自ら演じることになっていた。
しかしリーがハーフに見えない(そりゃそうじゃ)という役柄上の不都合から、TVドラマの「シェーン」でジワジワ人気が出ていたキャラダインが抜擢された。 キャラダインもハーフには見えないが。

ある意味幸運をつかんだキャラダインだが、この「デス・レース2000年」の主役もラッキーチャンスが巡ってきた賜物である。
ロジャー・コーマンは当初ピーター・フォンダを望んだ。 「イージー・ライダー」のキャプテン・アメリカ役の反体制の象徴のイメージは、「デス・レース2000年」にも打ってつけだった。
だがフォンダは脚本を読んで「アホらしいわい」とオファーを蹴り飛ばした。
そこで白羽の矢が立ったのがデヴィッド・キャラダインだったのだ。
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テレビでは人気が出たものの、映画ではノンクレジットの時もあるほど、まともな役はもらえなかった。
テレビスターのイメージがつくことを恐れていたキャラダインにはまさに渡りに船ならぬ、渡りに殺人カーだった。
とはいっても、その後のキャラダインの作品は圧倒的にB級映画が多い。

だが、やはりなんといっても強烈な印象を残したのがタランティーノの傑作「キル・ビル」シリーズのビル役であろう。
「キル・ビル Vol.2 ザ・ラブ・ストーリー」に本格的に登場したDIVASの首領、ビルの近寄りがたきオーラぷんぷんの出で立ちは映画史上に残るインパクトだった。

2009年にタイのバンコクのホテルで不可解な死を遂げたキャラダイン。
一体なんだったのだろう。
ともかくも一時代を疾風のように駆け抜けたデヴィッド・キャラダインは忘れ難いスターである。

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「ロッキー」でブレイクする半年前のシルベスター・スタローンがマシンガン・ジョーを好演。 ガッツリと爪痕を残している。
40年も前だから当然と言えば当然だが、この油の乗りようというか、ピチピチしたスタローンは強烈な「売れたい臭」までもが感じられて初々しい。
役者としてなかなか芽が出ずにウルトラボンビーだったスタローンの力が入りすぎた演技も、これはこれでマシンガン・ジョーのキャラクターを存分に引き出す結果としてついてきている。

本作がカルト的な人気を博している一因は、若き頃のスタローンが出ているということもあるが、その他にも「へ~」いう人も出ている。
ネロを演じたマーティン・コープは、のちに「ベスト・キッド」シリーズの悪役のコブラ会のクリース師範役を務め、「ランボー 怒りの脱出」でもスタローンと再び顔を合わせている。
また、マシンガン・ジョーのナビゲーター・ガール、マイラを演じたルイザ・モリッツは「カッコーの巣の上で」でジャック・ニコルソンが病棟にこっそり招き入れる女友達の一人を演じていた人である。


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近年はミニシアターでの企画モノでしか、こういったB級映画は観られなくなった。
大抵はDVDスルーである。
と言いながらも、仮にメジャーの映画館でこの手の安もん映画が公開されてもアッシだって二の足を踏むのが正直なところ。

いい意味で、お金をかけて、CGを使ったり、いい役者を起用して、ちゃんと作った映画に我々は小慣れてしまったのだ。
だが、「B級映画」という概念さえあやふやだった時代は誰もが自由に好きな映画を撮っていた。
製作費がどうだの興行収入がどうだの、黒字がどうした赤字がどうしたなどと、お金のゼロの数の多さだけで、作り手も観る側も一喜一憂するようになった時代は、結局貧乏な映画人はいつまでも陽の目を見ないし、観る側もB級映画の裏側にある作り手の魂に気を留めなくなった。

それでも、レンタル屋の棚を見ていたら「なんじゃこれ?」みたいな映画は氾濫していると言えるほどにある。
そこから、あえてお金を出して観てもらえるチャンスは限りなく低い。
「楽しんでほしい」という精神は、どんな大作にもひけはとらないはずなのにだ。

この「デス・レース2000年」にはB級映画のエンタテインメント・スピリットがあふれている。
現代の感覚でいえばアホらしいところだらけだが、そのアホらしさの中にこそ、ものすごく自由なノリで、娯楽作りに勤しんだ、あの頃の息吹が感じられるのである。
B級映画はこう作れというお手本のような映画なのだ。
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「賢人のお言葉」
 
「あらゆるものの真価とは、それを獲得するための苦労と困難である」
 アダム・スミス
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