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幼な子われらに生まれ
2017年09月10日

T0021970p.jpgひと昔前に比べると、日本の離婚率は多少は下がっているという。
そもそも婚姻率自体が低いのだが。

2015年の統計だが、婚姻総数は63万5156件。
そのうち、夫妻ともに再婚、またはどちらか一方が再婚というケースは17万181件。
「割合」でいえば過去最高なのだそうである。

再婚にもいろんな事情やケースがあるだろうが、子連れの再婚も確実に増えているのであろう。
継親と継子。 血のつながらない家族の形がもたらす摩擦は避けては通れない。
万事うまくやっている家庭もあるのだろうが、絆というものが容易く継ぎはぎできるほど人間はシンプルではなく、価値観を共有することさえ難儀して当然なのだ。


直木賞作家、重松清が1996年に発表した小説「幼な子われらに生まれ」。
脚本家・荒井晴彦がこの傑作に惚れ込んで、早くからシナリオとして起こしてあったものが三島有紀子監督の手に託されて、ここに一本の珠玉作が完成。
家族であって家族でない欺瞞が生む軋轢。
傷つけ合っても、なお幸せの幻想を求める大人たちへのラプソディー。

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通販会社社員、田中信〈まこと〉(浅野忠信)は4年前に奈苗(田中麗奈)と結婚した。
二人、ともにバツイチでの再婚である。
 
の前妻は大学教授の助手をしている友佳(寺島しのぶ)。
年上で、バリバリ仕事に打ち込むキャリアウーマンの友佳は、結婚半年で最初に身ごもった子を、自分のキャリアに支障が出るとの理由で、に相談なく堕胎し、と口論になったことがある。
その後、一人娘の沙織をもうけたが、ほどなく離婚した。 土台、この二人は合わなかったのだ。

別れた友佳にはすでに江崎という新しい伴侶がいる。
友佳が引き取った娘の沙織はもう小学6年生で、は定期的に会っている。

一方、そんなの再婚相手の奈苗は前夫のDVにたまらず逃げ出して離婚したのだった。
二人の娘を抱えながら心細い母子生活に踏み出した矢先に田中信と知り合い、そして再婚することになった。
そして今、奈苗のお腹には新しい命が宿っている。

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上の娘の(南沙良)は奇しくもの実娘・沙織と同じ小学6年生。
前の父親の記憶がかすかに残っていることもあって、最初は小さかったわだかまりは年齢と共に大きくなっていく。
再婚した当初は「パパ」と言ってくれていたが、次第に言わなくなったばかりか、ますますを遠ざけるようになってきた。
「パパは一人でいいから」

奈苗と一緒になると決めた時、多少は継父の立場が辛くなるであろうことは、それなりに覚悟はしていたものの、今はロクに目も合わせてくれないの顔色を伺う毎日に疲れ切っていた。

もうすぐ赤ちゃんが生まれるということを、は娘たちになるだけ伏せておきたかった。
とこんな状態では言えるはずもない。
ましてや、つぎはぎだらけのこの家族に、もう一人新しい子供を加える必要があるのだろうかと悶もんとしていた矢先に、奈苗は悪びれることなく娘たちに妊娠のことを話してしまう。

それからますますの態度は硬くなっていった。 母親の前でさえも険悪な態度を隠そうともしない。
まだ幼稚園の年長さんである末娘の恵理子(新井美羽)はまだピンと来ないようだが、が今にも妹に「本当の娘でない自分たちは捨てられるんだ」みたいなことを言いそうでは不安が募る。
「恵理子に余計なことを言うなよ」
「命令する権利あんの? お父さんみたいじゃん」

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実の娘の沙織(鎌田らい樹)とは年4回の面会を許されており、その交流がはいつも楽しみにしている。
と同い年なので気がつけば比べてしまっている。
がああだからではないが、やはり実の娘は可愛いなと感じてしまう、そんな自分のフラフラした心境が不甲斐ない。

沙織は新しいパパとうまくやっているのだろうか?
のように家の中で孤立してはいないか?
円満にやってくれるに越したことはないが、それはそれで複雑なのだ。
多少、言葉に何か言いたそうな含みは感じ取れるが、それでも周りを気遣う賢い子でもある。
自分がこうしてパパと会っているのは、向こうの子に悪いのではないかというようなことも言う。

この子もこの子で、色々と疲れているのだろう。
できるだけ時間を作ってやりたいと思う反面、との関係を立て直す自身が萎えていくのを感じるだった。

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友佳から電話が入り、は久しぶりに元妻と会うことになった。
今の夫、江崎が末期ガンであるという。
せっかく再婚したと思ったら・・・
「あなたはいいお父さんになったわよね。 ガンにならないだけでも」

仕事仕事で一度は家庭を壊した彼女も人並みの家庭が欲しいのだろうか。
あの時、勝手に子供を堕ろした愚行は何だったのか。
は元来が他人の行動や考えてることには関知しない性分だった。
結婚した時から友佳のことを見てはいなかったのだ。 彼女の気持ちを少しでも思いやってみることなどしなかったのかもしれない。

「ダンナがガンで入院してるってのに、前のダンナと会ってるあたしの気持ちってどぉ? 興味ない?」
さあ・・・どうなんだろうねえ・・・
「昔っからよね。 理由は聞くくせに気持ちは聞かないのよ。 あなたって」

そうなのだ。
に対しても「なんでだ?なんでパパって呼んでくれないんだ?」とばかり聞く。
答えてくれたらそれで満足する訳でもなかろうに。

intro_img10.jpg  
以前は営業職だっただが、奈苗と知り合った時期ということもあり、休日出勤も残業も断り、飲み会にも顔を出さないほど奈苗母子と過ごすことに時間を裂いていた。
その付き合いの悪さがたたって、今は出向先の倉庫に飛ばされて、ピッキング業務を黙々とこなしている。

子供が小さい時期はできるだけ一緒に過ごしてやるのだと。 大きくなったら抱っこもできないし一緒に風呂にも入れないし・・・と、うそぶいてはいたものの、元から人とうまく付き合えない自分をごまかしていただけだった。
出向は一時的なものと思っていたらチャンチャラ甘い話で、要するに左遷であった。
朝礼では現場のリーダーから、他の人との作業実績を比較され、能率の悪い自分の仕事ぶりをネチネチといじられる。

なんでも軽く考えてしまう悪い癖だった。
会社の付き合いも、再婚も、娘との関係も。
台車を押しながら、棚番号を支持する機械音に従ってあっちへ行ったりこっちへ行ったり。
これからの家庭のこともどうしたらいいか支持してくれよ。 言われた通りに効率よくやってみるからさ。
それでも相変わらずオロオロして、何をやっても物事を進めることのできない自分はこのままどうなるのだろうとは不安に駆られる。
奈苗にはまだ何も言っていない。
が以前の営業職ではなく、倉庫仕事に回され、下手すればずっとそのままかもしれないということを奈苗は知らないままだった。

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との関係はギクシャクどころか、どんどんささくれだっていく。
「お父さんに会わせてよ。 本当のお父さんに」

会ってどうするというのだ。 
おまえは左遷されてきたんじゃない。 ここ以外に居場所などない。
なぜ現実と向き合ってくれない? なぜ自分の方を見てくれないのだ?

のイライラは次第に募っていく。

そんなの言うことも奈苗は意に介さない。
あの子が会いたいなどと言うはずがないのだと。
前夫の沢田(宮藤官九郎)という男は、DVの激しい男だった。
まだ恵理子が赤ん坊だった頃、夜泣きにキレた沢田は暴れ始めて奈苗を蹴りつける。
幼いながらも母を守ろうとしたにも沢田は容赦なく暴力を振るい、折れた歯が畳の上を転がった。

父親に歯を折られた記憶はあるはずなのだ。 それでも本当の父親という存在は大きいものなのか。
には分からない。 がそうしたいというならそうしてあげてもいいのだが。

家の中が修羅場になることが多くなった。
は恵理子にも手を出し、「お父さんだと思ってるこの人は本当のお父さんじゃないんだよ」とまで言いつけて恵理子を泣かせている。
奈苗もヒステリックになってとやりあっている。
「おかしくなっちゃいそう」
元々おかしいんだよ、こんな家族・・・

一度沢田に会うしかないと決心した沢田の居場所を突き止め、初めて対面した。
めんどくさそうな態度を隠そうともしない、我慢や辛抱とは無縁の厭世感がプンプンしている男だった。
あっさりと断られた。 「娘から会いたいなんて言われるような父親じゃないですよ」
奈苗が言ったことと似たようなことを言う。

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「このウチ嫌だ。 こんな人、家族じゃない。 他人なんだもん。嘘なんだもん」
は自分の部屋の鍵をつけてほしいと言いだす。
つけてどうするつもりなんだよ。 なぜそこまで・・・・
はどうしていいか分からない。 どうしていいかを考える気すら萎えかけている。

奈苗が病院の検診で妊娠高血圧症と診断されたことに「ねえ、どうしよう?どうしたらいいと思う?」と甘えるように聞いてくる。
それは俺が聞きたいよ。 のことはどうしたらいいんだよ。
奈苗は娘の反抗期などすぐに終わると思い込みたいのか、ギスギスしている家庭のことにも見ないフリをしている。
人の気もしらずに浮かれている奈苗の呑気さに信はキレた。
「そんなに不安だったら堕ろせば?堕ろすしかないでしょ。そうだ、そうしよう。それでいいじゃん。子供堕ろして俺たち別れようよ。別れるしかないでしょ。妊娠高血圧症?そんなの俺に分かる訳ないでしょ。医者じゃないんだから。 どうしろっての?俺分かんねえよ」

そしての部屋に鍵を取りつけ始める。
辞めてよと泣きすがる奈苗の手を払いのけ、はドライバーをカチャカチャ回す。
二段ベッドの上から見ているの冷ややかな視線が背中に突き刺さる。

これでいいんだろ。 ああしてくれ、こうしてくれという要求に応じるしか、俺にできることはもう思い浮かばないよ。
もう一度沢田と会って、と会ってくれと頼むしかない。
今度は土下座でもなんでもして引き下がるつもりはない。

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元々、人と目を合わせて喋る男ではないが相変わらずの態度だった。
競艇場でハズレた舟券をちぎり捨てながら、沢田「50万円でどうですか」と条件を突きつけてくる。
彼も娘に会いたくないのだ。 こう言えばあきらめるだろうというつもりで言っているのだろう。
「ギャンブルのために家族を捨てたんですか?」と問うと、「その逆ですよ」と返ってきた。
家族を捨てるためにギャンブルを・・・
「子供って、がんじがらめにされちゃうんだよなあ」
子供のせいじゃないだろう。 子供がまだ小さい頃のことしか知らない癖に子育てのベテランみたいなことがよく言えるもんだな。

は腹をくくった。 お金を渡すからと会ってくれ。
「自分が50万で売られたと知ったら、娘はどう思うだろうなあ」沢田はニヤニヤしながら言う。

なんにせよ約束は取り付けた。 2日後、デパートの屋上で待ち合わせ。
この男と会った時、の心はどうなるのだろう。
自分に再び心を開いてくれるだろうか。 この父親に失望したまま居場所を失い、途方に暮れるのだろうか。

沢田をとやかくは言えない。 50万円で家族の運命を賭けたのだ。

には沢田と会って約束を交わしたことを告げたが、本当に彼女は会うのだろうか。

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沙織の今の父親である江崎の命が消えようとしている。
沙織「悲しくないんだよね。 仲良しの近所のおじさんが死ぬような感じで・・・」と、自分を責めて悩んでいた。
しょうがないよ。 泣けなくたって。 本当のお父さんじゃないんだから。

危篤の報せが入り、も付き添って奈苗の運転する車で病院まで送ってもらう。
「あなたも一緒に行ってあげたら?」
そんな忖度ができる女だったのかと、が見た奈苗の横顔は今まで見たことのない大人の“母親”の顔だった。

友佳と共にベッドに寄り添い、まもなく臨終を迎えようとしている江崎の手を握る沙織
「悲しくなれない」と悩んでいた沙織が死にゆく継父に「お父さん、お父さん」と泣きながら声をかけていた。
の夢見た家族の在るべき姿だった。
妻と子に見守られ、手を握られながら生を終える瞬間を迎える幸せ。
江崎は自分など到底足元に及ばないほど、いい父親だったのだ。

はベッドに横たわる江崎に深々と頭を下げた。
「沙織をかわいがってくれて、ありがとうございました」

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沢田がデパートの屋上で会う日。
は恵理子を連れてこっそりと様子を見に行った。 

一瞬誰かと思った。
スーツにネクタイ・・・
3日前に競艇場で会った時のようなヤサグレ感など微塵もない。
娘の歯をへし折ったDV男と同一人物にはとても見えなかった。

約束の時間はとっくに過ぎているが、どうもは来ていないようだ。
キョロキョロして途方に暮れている沢田を見かねては声をかける。
どうやらはこのまま来ないつもりらしい。 無理もないが。

やっぱり自分は受け入れられてなかったのだというような所をに見られて、はにかんだような照れ笑いをする沢田
屋上遊園地の遊具で遊ぶ恵理子の姿に、「あんなに大きくなったんだ」と目を細める沢田の顔は立派な父親のそれだった。
のためにプレゼントを買って用意したのだが、「いやあ失敗しちゃったなあ・・・」と頭をかいている。
小学校6年生の女の子がどんな感じなのかがピンと来なくて、プレゼントがちょっとばかり幼稚なものになってしまったのだろう。

この男も自分と似たようなものなのだとは思う。
家族を築き上げていくことに不器用なのだ。
いい父親になれない。 そんなイラだちを暴力という形で妻子に向け、家族を築くことに失敗したことに今も密かに悔やんでいたのだ。
今さら元には戻れないことは分かっていても、少しでも父親らしいところを見せて償いたかったのか。

娘が許してくれないのは覚悟していたのかもしれないが、会わない方が良かったかのように沢田はホッとした表情を見せていた。
「お金は返します。 薫によろしくと」 沢田は帰っていった。
会わせてやりたかったが、もうこの先彼はとは自分からは会わないだろう。

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理由は聞かない。  この子もまた不器用なのだ。
いや、不器用というには気の毒か。

本当のお父さんが家の中にいなくて、お父さんと呼ばなければならない他人が家の中にいる。
そしてまもなく父親を異にする幼な子が生まれて家の中に加わろうとしているのだ。
自分は一体誰の子で、誰がお父さんで、本当にこの先愛されるのだろうか、また理不尽な暴力が襲いかからないかと不安になるのも無理はない。

自分を抑えて無理をしてでも家族仲良くやっていこうと押しつけるのはあまりに酷なのだ。
いつかは実の父を許し、今そばにいる人の手を取って「お父さん」と呼んでくれるその日はやがてくる。
血のつながりだけが家族ではなく、つながりたいという気持ちが家族を育んでいく。
その日を信じて歩んでいくしかない。
たちの住むマンションの斜行エレベーター脇の階段を一歩一歩上がるように。
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「離婚大国」までは言われ過ぎのようにも思えるが、家族の形態が多様化した現代日本では、こんな家庭の話は吐いて捨てるほどあるのかもしれない。
この映画もそんな今どきの当たり前を淡々と綴ってはいるが、一筋縄ではいかない家族問題に併行して人物一人一人の心理に真摯に寄り添った演出で形にし、そこから生まれる感想もまた複雑な余韻を与えてくれる。

家族って、なんだろうかとあらためて考えさせられる。
「血のつながっている人たちの集合体」 それ以外は家族ではないのだろうか。
元々最初は他人の男女から始まる。
理屈を言えば父と母は血がつながっていないのだから他人ということになってしまう。
でも家族なのだ。 家族になろうと誓い合った時から家族が誕生する。
生まれた子も兄弟姉妹も孫も曾孫もまた他人の誰かと愛し合って"家族"の枝葉が広がっていく。
血のつながりだけでくくらないと家族になれないほど人は不寛容ではないはずだと思うが。
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しかし。 子にとって父親や母親が二人も三人もいたりすれば、実親と継親への感情に差がつくのは当然。
継親への愛情を無理強いするのも酷というもので、一方の継親にとっても実の子でない継子を無理に愛せよというのまた酷なのだ。
憎しみあうところまで行かずとも、全部は受け入れられない。 それほどに「血」はやはり重くて、そのハードルは高い。
そこをいかに乗り越えられるか。 現実として時間は必要だろう。
愛がなければ家族になれないというのではなく、家族として重ねた時間から必ずや愛が生まれるという希望は信じたいものだ。
『住めば都』というのがあるように、『住めば家族』というのもあるのではないか。

「義理の親」、「義理の子」・・・
日本語とは面白いもので、“義理の・・・”とはよく言ったものだ。
誰にとっての義理だろうか。 『人として守るべき筋道』。
血縁の壁を乗り越え、義理を通している人が家族を育んでいる。
そう思えばそんな家族って気高く映るように見えないだろうか。

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家族という形に翻弄される主人公の。 嫌なことに目背けて陽気に振る舞う奈苗。 壊れた家族を嫌悪して自らを追い込んでいく。 いい父親になれずに逃げた沢田。 独断で愛の結晶を捨てた友佳
家族を育んでいくことに不器用な人物のオンパレードなのは無理からぬこと。
こういうシチュエーションでうまく人生をやりくりできない状況は一人だけの責任ではないからだ。

田中信友佳奈苗と結婚した時、本人への愛情が無かったとまでは言わないが、まず何よりも子供が欲しいことの方が優先していたと思える。 家族というステータスが欲しくて仕方がなかったのだ。
それが彼の価値観なのだ。 出世のための社会的地位ではなく、ただ自分の気持ちだけの問題である。 だから人の気持ちなどおもんばかることができない。
ゆえに会社でも浮いて左遷され、妻に子にも「自分はこうしたい」という我欲を基準にするためにズレが激しくなっていく。
元から家族を持つ資格が足りなかったとも言える。
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このままではいけないと思いながらもがくは、その過程で周りもまた苦しんでいることを悟る。 みんな自分と同じように不器用なのだと。
奈苗の前夫である沢田という男は、にとってまかり間違えばもしかしたらああなっていたかもしれない人物である。
子供を欲しがりながらも、子供ってなんでこんなにめんどくさいのだと思いだした矢先に沢田と会い、は自分のことを知り、周りのことも見えてくる。

結局本当の親子ではないのだから、その一線は破壊できるものではないし、“義理”の間の愛は一両日中には生まれない。
あえて血のつながりを超越してみせてこそ、形は違えど本当に健全な家族ができるかもしれない光をは見出す。

だが万事がうまく収まって終わる訳ではない。
は母方の実家に引っ越すことになるのだし、これからは妹の恵理子が大きくなって、どう受け止めていくかも不透明だ。
だがいい方向に向くのではないか。 もうは温かい家族のもとへ向かう階段を踏み外すことはない父親になっていることを願う。

浅野忠信の巧さは今さら驚くものではないが、この難役を事もなげにこなしていくポテンシャルは何を食ったら生まれるのか。
しかも、この映画は荒井晴彦の脚本は一応あるものの、三島有紀子監督の意向で多くはエチュード手法(即興)で演出されている。
エチュードだからこそナチュラルなのだろうが、それでもあの巧さは驚異だ。
沢田役のクドカンも強烈な印象を残す。 というよりもキャスティングの勝利だ。

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比較的出番は限られているが、奈苗役の田中麗奈にも感服する。
「葛城事件」で演じた妙に熱い弁護士役というか、ああいうズレキャラをやらせれば彼女の真骨頂が見れるのだと、本作の母親役で再認識。

奈苗はノーテンキで依存心が強くて、人にも自分にも甘い人間である。
家族がギスギスしている状況を直視しようとせず、とにかく明るく振る舞えばごまかせると思っている。
自分の意見を持たず、男の意思に沿って生きてきた今までのポジションから動こうとしない。
イラつかせる“ぶら下がり系女子”の典型だ。
この役は本当に難しいはず。 田中麗奈、恐るべしだ。

それでも。 空気の読めないウザいママと思っていたら、後半からはどことなく一皮むけた、いや半皮ほどむけた大人な面を出す。
奈苗もたくさん溜めこんできたのだということが伺える一人カラオケのシーンは微笑ましい。 奇しくもとやってることが同じ。 しかも同じ歌。
エレファントカシマシの「悲しみの果て」。

悲しみの果てに 何があるかなんて・・・ Oh yeah
悲しみの果ては 素晴らしい日々を
送っていこうぜ Oh baby


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「賢人のお言葉」
 
「家族とは、「ある」ものではなく、手をかけて「育む」ものです」
 聖路加国際病院名誉院長・日野原重明 
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