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ビニー/信じる男
2017年08月12日

T0021839p1.jpgアスリートというのは競技そのものが人生である。
体力の限界を感じようと、重い故障に見舞われようと、おいそれと“人生”を終わりにすることはできない。

世間から「もうその辺でいいのでは」と語るような視線を投げかけられるところまで来ている人でも、当のアスリート自身が納得できる引き際のこちら側とあちら側の境界線など本人以外誰にも分からない。 いや本人にも分からないのかも知れない。

スポーツに対して「麻薬のような中毒性があるのでは」と一瞬思うが、その表現も少々失礼ではある。
やはり、その人にしか得ることのできない宝物のようなアナザーライフなのだろうか。
その分、辞めた時に人生が変わることの方が恐怖なのだ。
だから、ボロボロになっても続ける人もいるのだ。

漫画の話で恐縮だが、かつては「巨人の星」では星飛雄馬が左腕がダメになるのを承知で大リーグボール3号を投げ続け、「侍ジャイアンツ」の原作では番場蛮は分身魔球を投げまくって最後はマウンドで立ったまま死ぬ。
「あしたのジョー」の矢吹丈も生死はともかくも、最期は真っ白な灰になって燃え尽きた。

先日でもイチローが「引退する時は死ぬ時」と語ったように、鍛え抜いた肉体と磨き上げた技で勝負の世界を渡ってきた人間の一意専心は、我々トーシローとの感覚とはまるで違う次元なのだろう。

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そういう意味では、ビニー・パジェンサというボクサーも、アスリートという“人生”をあきらめない男だった。
特に彼の場合は、ボクシングを続ければ命に関わるであろうほどの試練にさらされながらも、それでもリングに立った、不屈のボクサージャンキーとしてその名を知られている。

ビニー・パジェンサは1962年、アメリカのロードアイランド出身。
1983年にプロデビューし、2004年に引退するまで、IBF世界ライト級とWBA世界スーパーウェルター級のメジャータイトル2階級制覇している。
戦績は60戦50勝(30KO)10敗0分け。

マイナー団体でも王者のタイトルを4回獲っているとはいっても、取り立てて凄い戦歴を残した訳ではない。
2階級制覇するまで3度失敗してるし、3階級目も2回挑戦して結局実らなかった。
ロベルト・デュランと2回やって2回とも判定勝ちしている点は「へえっ」と思うが、チャベスにメッタ打ちにされてたグレグ・ホーゲンと好勝負してたぐらいだから、だいたいそのあたりのボクサーである。
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では、こうして映画化されるほどのビニーのボクサー人生の凄さとは一体・・・
1991年。 当時30戦無敗のフランス人ボクサー、ジルベール・デュレを最終ラウンドTKOで下して念願の2階級制覇を成し遂げた、わずか1ヶ月後の11月21日。

彼は友人の運転するカマロの助手席に乗り、ウェストウォリックのポストロードを走っていた。
しかし、対向車が突然反対車線を外れてきたかと思うと、あっという間に正面衝突。
友人の方は軽傷で済んだが、ビニーは首の骨を折る重傷を負う。
椎骨の数か所が骨折または脱臼しているという状態でこれはかなり重い状態だった。

医師からは脊椎の固定手術を勧められるが、この場合だと椎骨を直接インプラントで固定するために術後は首の動きは多少制限されることになる。 日常生活は問題ないが、ボクシングは二度とできない。
「命が助かっただけでもめっけ物。 折れた首が治るのならボクシング以外の人生もあるさ」・・・と思うのは周囲の人間だけだった。
ビニーは固定手術を拒否し、ハローベストによる骨の癒合を選択するのである。
ボクシングを辞めることなど彼はこれっぽっちも考えてはいなかったのだ。
無題
かつては北斗昌もプロレス中に首の骨を折り、このハローベストを付けて療養していた。 
頭蓋骨に4ヶ所穴をあけてボルトでリングをはめ、4本の支柱で固定。
これで骨がくっつくまでは首はピクリとも動かせない。
ただし、車に乗り込む時など天井の低い場所に支柱がコツンと当たろうものなら、ボルトのはまった頭蓋骨に地獄のような痛みが来る。

そして半年近くものハロー生活を送り、その間にトレーニングをしたりするなど本気でボクサーへの復帰を目指していたビニー・パジェンサは遂に事故から約1年後。
のちにWBC世界スーパーウェルター級王者となるルイス・サンタナと対戦し、3-0で判定勝ちして奇跡の復活を遂げるのである。

最初は誰もが懸念し、ビニーのカムバックなど半分も信じてはいなかった。
それほど無謀なことだった。
医者はもちろんのこと家族の反対さえも押し切り、明日を信じた男ビニー・パジェンサ
ヘタをすればボクサー生命どころか、本当の命さえ危うい挑戦に彼を邁進させたものは何なのだろうか。


「セッション」で鬼気迫る演技を見せたマイルズ・テラーがビニー・パジェンサを演じる、伝説的ボクサーの衝撃の実話。
この映画で描かれる、狂気ともいえる男の生きざまは、まことに興味深い。 狂気の裏側にこそ金言があるものだ。

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物語は1988年、WB世界スーパーライト級王者ロジャー・メイウェザーとの対戦を前に、ビニーが公開計量に臨むシーンから始まる。
グレグ・ホーゲンに敗れ、IBF世界ライト級王座の防衛に失敗して間もない頃であったビニーにとっての初の2階級挑戦である。

ボクサーは自尊心のかたまりであってナンボとはいえ、プロモーターからも「そろそろこいつ頭打ちだぜ」みたいに見られてるビニーの強気な振る舞いはただの自惚れ屋にしか映らない。
減量に手間取り、リミットぎりぎりに会場に現れながら、メイウェザーとの舌戦にも舌がよく回る。
しかし、シーザースパレスで行われたタイトルマッチでは一方的に打たれまくって、結局3-0の判定負けを喫する。

"ブラック・マンバ"の異名を取ったロジャー・メイウェザーは、半年後にチャベスに倒されるとは言っても、この頃がピークでもあり、さすがに相手が強かったかもしれない。
そういえば、ロジャーの甥っ子であるフロイド・メイウェザー・ジュニアは近々総合格闘技のコナー・マクレガーとボクシングルールで対決するらしいが果たして・・・?

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ビニーという男は、いい意味であきらめの悪い男である。
カジノのシーンでも、どうやらギャンブル自体は病みつきというほどではないが、とにかく勝つまでは辞めないのだ。
財布が続く以上はギブアップしないのがポリシーなのか、周りから「もう辞めといた方が・・」と仄めかされても、イケイケで張り続ける。
ギャンブル的にはヤバい傾向だが、彼にとっては負けたまま勝負の場を放棄するのが気持ち悪いのだ。
あきらめない。 途中で投げ出さない。 それがビニーという男である。

家には試合を録画したビデオテープがあり、彼はそれを観ながらノートを取る。
自惚れ屋のイメージとはほど遠い、実に研究熱心な男なのであった。
勝負事には一味違ったストイックなところがある。
勝負なのだから負けることもあるだろうと受け入れながら、負けたままで終わりにしないという強固な意志を持っている男だ。
決して、向う見ずの単細胞ではない。

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ビニーを語る上で欠かせない人物の一人でもある父親のアンジェロ(キアラン・ハインズ)。
イタリア移民らしいアクの強さで、マフィアの親玉のようなビジュアルの彼は、実際地元意識も高く、「人を見たら泥棒と思え」を絵に描いたようによそ者を嫌う。 それと、やたらに声がでかい。
信心深くて気弱な妻ルイーズと娘のドリーン、そのフィアンセのジョン。 そしてビニーを加えた家族はいつもきちっと揃って夕食を囲むようにその絆は厚い。

ボクシングの才能がある息子のために、みずからセコンドのライセンスも取り、ジムまで設立した。
ジムの名は「ファーザー&サン・ジム」。
「父と息子のジム」というサブいネーミングを臆面もなくつけるオヤジであるから、ビニーに対してのステージパパならぬリングパパぶりもなかなかのものだ。
人にはとやかく言わせないぞというオーラが、白髪のオールバック・ヘアから滲み出ているようである。

アンジェロビニーのこれまでの人生に出張ってきたのであろうというのは想像に難くない。
この気質のオヤジである。 初めて設けた息子に「俺の言う通りにしてりゃいい」とあれやこれやと口を挟む教育をしてきて、ビニーもその通りにしてきたのだろう。

見事にビニーは世界チャンピオンになった。 そこは自慢である。
だがアンジェロ自身ももう息子の限界を感じてはいる。
金の亡者のようなプロモーター親子もそう言うが、オヤジは反して「やかましいわい、ボケ」と聞く耳もたず。
だからビニー自身が望んだトレーナーを雇うことも受け入れた。

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そうしてビニーのトレーナーに雇われたのがケビン・ルーニー(アーロン・エッカート)である。
マイク・タイソンのもとでトレーナーを勤めていたが、突然解雇され、そのタイミングでビニーから声をかけられた。

今でもケビン・ルーニーがクビにならなければタイソンはダグラスに負けることはなかったのではということも考える。
カス・ダマトが世を去った時点で終わってたのかもしれないが。 一番の癌はドン・キングだがね。

ケビンビニーのパンチ力ならもう少し上の階級でも通用するのではと、スーパーライトから1階級飛ばした2階級上のスーパーウェルター級への挑戦を勧める。
だが「攻撃こそが防御だ」と言うビニーにはきっちり釘を刺す。
「おまえは打たれ弱い。 無理はするな。 この階級ではボクシングをしろ」

WBA世界スーパーウェルター級への挑戦が決まる。
相手王者は30戦無敗(1分け)、目下2回防衛中で売り出し中のジルベール・デュレ。
プロモーターもデュレのいい噛ませ犬ができたと喜ぶ。
少々無茶が過ぎる挑戦に、アンジェロ「勝手なことすんじゃねえ」とキレるがビニーが説得。
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1991年10月1日。 地元ロードアイランドのプロヴィデンス・シヴィック・センターで行われたWBA世界スーパーウェルター級タイトルマッチ。
映画ではかなり早いラウンドに決着がついてるようだが、実際は12ラウンドのTKO。

圧倒的不利の下馬評を覆して2階級制覇を成し遂げたビニー
リング上でのインタビューに「シリアルの外箱に載る気分だよ!」
面白いことを言う。
世界戦に勝つということは、アメリカ中の人に覚えてもらえるような気分になるということだろうか。

そして、この歓喜から1ヶ月後にビニーは事故に見舞われる。

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生死の境をさまよったあげく、ようやく目を覚ましたビニーは自分に何が起こったかを知らされ、状況を受け入れる。
そして医師に対して尋ねた最初の言葉は「いつまた戦える?」

父をはじめ家族やケビンも、ビニーがジョークを言ってるのだと思った。
それとも、怪我を治して本気でボクシングを続けるつもりなのかと父は驚く半面、もうすべて終わったのだと息子に言い聞かせようとする。

やがてビニーが冗談を言ってる訳ではないことを周囲は知る。
脊椎固定手術を拒否した彼は、ハロー器具の装着を希望。
固定手術は即ボクサー生命の終わりを意味する。
首が少々不自由になるが、寝て起きて普通に食って、ジムのトレーナーでもやって余生を過ごすぐらいならなんら支障はない。
だがビニーはそんな人生はまっぴら御免だった。

何よりも途中で投げ出すことが死ぬよりも嫌いな男である。
しかもボクサーとしての自分の人生はまだ12ラウンドを戦い抜いてはいない。
トータルして勝ったか負けたかの結果がまだ出ていないのだ。
ここで辞めるぐらいなら、いっそのこと人生も辞める。 それぐらいの悲愴感を胸に、ビニーはボクシングへの道に戻ることを決意するのだ。
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病院から退院する時、待ち構えてるマスコミを避け、車椅子に乗って裏の駐車場に出て車に乗り込む。
目にする物や聞こえてくることの何もかもが耐え難かった。
もうボクサーとしての自分が死んだように周りは騒ぐ。
車椅子に身を預けた自分が後ろから押されている、生ける屍のようなこの扱い・・・

自宅に着いて車から降りる時には思わず声を荒げる。
「俺は障害者じゃない。 車椅子になんか乗るか」

家族は努めて明るく振る舞おうとする。
食卓を囲むみんながビニーを気遣いながら、大丈夫大丈夫これから明るいことはいくらでも待っているとビニーにも自身にも言い聞かせてるような家族の憐憫の顔がビニーには苦痛でならない。
「一週間前ならこんなに優しくしてくれたか? みんなが俺を死んだように言う。 ふざけるな。俺はまだ戦う」

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息子がそんなことを言っても父は信じていなかった。
土台不可能だからだ。 それよりも人の親としてボクシングを続けることなど認める気などサラサラない。

そんな父親に助けを乞う気はない。 心配をかけたくもない。
ビニービニーで己の信念を貫く。
まだ首もくっついていないというのに、やれることはやりたいという欲求が抑えきれない。

事故前は苦もなく上げた数十キロ程度のベンチプレスが持ち上げられない。
体の中心に力が入らない。 首にも想像以上の負担がかかる。
ハローの支柱がバーにカツンと接触し、あまりの痛みに悶絶する。
まだまだ最初である。 ここで滅入る訳にはいかない。

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相談できるのは他でもない、ケビン・ルーニーだけだが、もちろん彼もそんな無謀な相談に乗れる訳がない。

「バカなことを言うな。 医者が命に関わると言っただろ」
「どんな命だ。 寝てるだけの命か」
「あきらめるんだ。 ボクシング以外の人生だってある」

「あきらめることぐらいなら知ってる。 あきらめることが簡単なのが恐いんだ」

そう。自分にはボクシングしかない。
他の人生とはなんだ。 違う生き方をしてきた他の人ならいざ知らず。 自分の人生に「他の」というものはない。
あきらめたら楽になれる。 それほど今は辛い。 それでも・・・
あきらめたあとの人生はもっと恐ろしい。
もう一度リングに立つ。 その希望を信じることがビニーの生きがいだった。

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かつてケビンは、前へ前へ出るだけのボクシングをするビニー「おまえは止まることを知らない。そこが恐い。 カジノとは違うんだぞ」と言った。
だが今は「これは人生最大のギャンブルなんだ」というビニーの言葉に突き動かされているケビンは彼に協力する腹を決める。
「俺がついててやらなきゃ、おまえは死んじまうしな」

ケビン・ルーニーも若き頃はタイトル戦には縁がなかったとはいえ、一応はボクサーのはしくれだった。
26戦して21勝。 ウェルター級でありながらさほどのハードパンチャーではなかったが、デビー・ムーアやアレクシス・アルゲリョに「おまえごときが」と言われながら果敢に立ち向かっていったことがある。
いずれもコテンパンにやられはしたが、それも若き頃に彼が挑んだ最大のギャンブルだった。
ケビンもまた、ビニーの復活を信じる男としてこの賭けにのる。

もちろんアンジェロには内緒。 とはいっても自宅の地下の物置き部屋でドッタンバッタンやっててはさすがにバレてブチ切れられる。
それでも彼はトレーニングを辞めることはなかった。

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そんなこんなで、ようやくハローを外せる日が来る。
半年前に着ける時こそ局部麻酔をしたが、もちろん外す時も麻酔をして当然なのだが、ビニーはそれを拒否する。
頭蓋骨にはめたボルトを抜くのに、麻酔はけっこうですという患者など前代未聞であり、医者にすればめんどくさい患者である。

ここまで自分を痛めつけて追い込む理由は何なのだろうか。
彼はこの時でさえ、楽をしたくなかったのだ。
楽をすれば簡単である。
それでは逃げているような気がしたのだ。
ギリギリまで試練の中に身を置く事で、以前の自分よりも強くなれる気がしたのだ。
たった4本のネジっころがなんだってんだ。 さあ先生、とっととやってくれ。


痛いなんてもんではない。
「逆に回してんじゃねーのか!?」
ボルトと骨の接着部分が石灰化してしまっているために、さらに骨を削っているような感じになる。
鬼も泣くほどの痛みに耐えながら、ボルトを外したビニーは本格的なトレーニングを始めるのだが・・・・

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スパーリング・パートナーがいない。 というより、誰もやりたがらない。
大勢つめかけたマスコミの前で、ちょっとした赤っ恥だった。

当たり前といえば当たり前。
もし、パンチがビニーの顔面に入れば首に衝撃が来る。
それで治った首が再びポキッとなってしまったら、ビニーは死ぬか半身不随になるかのどちらかだ。
こめかみに当てた銃の引き金を引いてやるような役回りなど誰も望むはずがない。
それよりも「あんたは恐くないのか?」とみんながビニーに対してドン引きしていた。

1ミリも恐怖心がないといえば嘘になるが、ようやくここまで来たのだ。
憶する理由などない。 ただ、やるだけだ。
「こうすると決めた。 しなきゃ後悔する」

そしてようやく復帰戦が決まった。
前述したように、映画ではいきなりロベルト・デュランと対戦したかのような描写になっているが、そこまで行くには初戦のルイス・サンタナ戦から1年半かかっている。
初戦も含めて6戦しており、中には"ラガマフィン・マン"の異名を取ったロイド・ハニガンをTKOで下すなど、生死の境をさまよった男とは思えないボクシングをした。

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パナマの英雄、ロベルト・デュランは"石のコブシ"のニックネームで知られる強打のファイター型ボクサーである。
戦績は119戦103勝(70KO)16敗。
ライト級、ウェルター級、スーパーウェルター級、ミドル級と4階級を制覇。
あのガッツ石松も対戦しており、OK牧場、いやTKOされている。

デュランといえば、勝った試合よりもトーマス・ハーンズに負けた時のえげつないブッ倒れ方が印象深い。
ビニー・パジェンサとやった時は正直ピークを過ぎていた頃ではあるが、本当に0-3の内容で判定負けしたのかと思うほどの迫力ある試合である。

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1994年6月25日。 MGMグランド・ガーデン・アリーナでのIBC世界スーパーミドル級タイトルマッチ。
デュランと互角に渡り合うビニー。 いよいよ最終ラウンドを迎える。

ケビンが吠える。
失いかけた人生を取り戻すために、すべてをぶつけてきたおまえの魂をみせてやれと吠える。
「おまえの意地を見せてみろ。 戦うさまを。 生きざまを。 おまえの生きる力を見せろ!」

リングの下では初めてセコンドに付くことを拒んだ父が観客席で見守っていた。
「おまえの傷つく姿を見たくない」
そう言って、久しぶりに父親としての顔を見せたアンジェロは、一観客として、たくましく戦う息子を誇らしくジッと見つめる。
カクテル光線の下では、汗と血しぶきを散らせながら、再び甦ることを信じた男の、命の力がこもるコブシがまばゆい光を放っていた。

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個人的にはハズレのボクシング映画は観たことがない。
コブシひとつで勝負に挑んでいく男の世界は、人生の真髄をそのまま語れる構造が出来上がっているものだ。
故に「ボクシングという人生」、あるいは「人生というボクシング」のドラマはいつも心震わせられる。

「こんな話はもう見飽きたよ」という意見もあるだろう。
まあ、こればっかりは好みの問題が大きいかも。
この映画にしても、過去のボクシング物のスポ根ストーリーとさほど変わりはしない。
それでも、「毎度おなじみの」と分かってはいても、地獄から這い上がる男の死に物狂いの生きざまほど、美しいものはない。
マイルズ・テラーの熱演は元より、アーロン・エッカートやキアラン・ハインズの達者な仕事も多いに光る。

ただしこれは、巷にあふれる「あきらめなければ夢は叶う」という類いの啓発のメッセージとはまた違う。
主人公はあまりにも極端だし、彼に共感する部分は少ない。
むしろ、肩の荷を下ろすことに恐怖し、戦いたい、勝ちたいということに飢えた男が、命の危険と引き換えにしてまで勝負の世界に生きようとする物語である。
「あきらめてはいけない」という天の声が聞こえそうな映画に見えて、実は究極のキャラクター映画なのだ。
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冒頭にも記したように、プロのアスリートがボロボロになってまで競技を続ける理由の一つがここにある。
肉体ひとつで勝負の世界で勝ち負けを競い、しのぎを削ってきたプロフェッショナルには、人に説教するほどの綺麗事などないということだ。
「なぜ辞めないのか?」と問われたら、「やりたいからだ」と答えるしかない。
だからこそ凄いのだ。

映画のラストではビニー・パジェンサ本人のインタビューのシーンが出てくる。
現実はウソであふれている。
真実はそう単純じゃないって言うだろ? そんなものは大ウソさ。
単純なんだよ。 勝つことがすべてさ。
勝てばいいんだ。 単純だよ。


その通りだろうね。 そういう答えしかない。 彼はアスリートだから。
首が折れようが、手足がちぎれようが、ウンコを漏らそうが、人生は何も難しくはない。
生きる意味なんてシンプルなものさ。
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「賢人のお言葉」
 「自分自身を信じてみるだけでいい。 きっと、生きる道が見えてくる」
 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
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