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ハクソー・リッジ
2017年07月29日

T0021638p.jpg 戦争映画でよく「衛生兵ー!」って叫んでいるシーンがある。
戦場には手当て専門の兵士がいるという知識を戦争映画から得た人も少なからずいるだろう。

衛生兵は負傷した兵士の応急処置などを行い、野戦病院への搬送を受け持つのが任務である。
もちろん「今日はヒマだなあ」なんてことはない。 当然大忙し。
相当量の医療品を携えているので、武器は拳銃一丁ぐらいしか持てない。 というより、必要以上の武装をしてはいけないという国際条約上の決まりでもある。

衛生兵は「敵対行為をしない」という存在として定義されているために、「赤十字のマークを付けた兵士を攻撃してはいけない」というルールもあるにはある。
ただ現実には、衛生兵を殺してしまえば敵のせん滅を早めれるのには違いないので、誤射を装って衛生兵を真っ先に狙うということもあれば、逆に赤十字のマークを付けて相手を油断させる手も使ったのではないかという憶測も立つ。


衛生兵という仕事は複雑だ。 単純に戦場のバックアッパーとは割り切れない。
仲間は命を危険にさらして戦っているのに、自身は必要な時以外ほとんど戦闘に参加することはない。
また、ある意味、命が粗末にされる戦場の中で、命を尊ぶ仕事をするという矛盾。
戦争は元々矛盾だらけで、衛生兵が直面する葛藤という名の戦いに尚のこと答えは出せない。
出せるとすれば、これが運命であると享受し、為すべきことにブレない信念に誇りを持てる者以外にない。
そんな男がいた。

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デズモンド・T・ドス (1919~2006)

米・バージニア州出身。
子供の頃から人助けが好きだった。
ラジオで事故のニュースを聴き、輸血が必要だという女性がいることを知ると、5キロ先の病院までスッ飛んでいったという。
造船所の家具職人だった彼は兵役を延ばすこともできたが、「命を奪うのではなく救いたい」と軍に入る。
信仰上の理由で、入隊しても一貫して武器を手にせず、戦闘行為さえ拒否した。
当然、同寮や上官からは辛く当られたものの、結果彼は第77歩兵師団の衛生兵として配属され、第二次世界大戦で目覚ましい活躍をして多くの兵士の命を救ったのである。
とりわけ、沖縄戦で激しい攻防となった「前田高地」での戦闘では、銃弾の雨が降り注ぐ中、75人もの負傷兵の救助を成功させている。

当人の信仰や良心に基づく信念から兵役や戦闘を拒否する者を「良心的兵役拒否者」と言うが、彼は史上初めて名誉勲章を受章した良心的兵役拒否者となった。
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武器に触ることなく、当然敵兵を一人も殺すことなく、戦場で多くの味方兵士を救った衛生兵デズモンド・ドスの実話を、10年振りにメガホンを取ったメル・ギブソンが映画化し、「沈黙 -サイレンス-」のアンドリュー・ガーフィールドがデズモンド・ドスを好演している。
アカデミー賞6部門にノミネートされ、編集賞、録音賞の2部門を受賞した感動作。 信念が奇跡を呼ぶ熱き物語をここに紹介しよう。


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武器を手にすることも戦闘行為も強く拒絶するデズモンドの強いポリシーは、セブンスデー・アドベンチスト教会を信仰していた母親バーサ(レイチェル・グリフィス)の影響でもある。

だが、それ以前に幼い頃のデズモンドの心にトラウマとして残ったのは、危うく弟のハロルドを殺しかけた苦い経験だった。
他愛もない兄弟喧嘩だったのだが、デズモンドはそばに落ちていたレンガで思わず弟の頭を殴ってしまい、弟は一時意識不明になるほどのケガを負ってしまうのである。
弟は回復して事なきを得たが、そのショック以来、デズモンドは『汝、殺すなかれ』の教えを大切にしてきた。

また、青年期の頃に車に足を挟まれた修理工の男性を救出し、「命の恩人」と感謝されたことに、人の命を救う歓びを感じるのである。
その男性を救出するため、車を持ち上げるのに使ったのが「レンガ」だった。

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大工の父トム(ヒューゴ・ウィーヴィング)は、第一時世界大戦に従軍していたが、戦友を亡くした悲惨な体験で心に深い傷を負っていた。
時折、親友の眠る墓地を訪れてはブツブツと、とりとめのない愚痴をこぼしている。
帰還後は酒に溺れ、妻にも暴力を振るうようになるほど、父の落ちぶれ様はデズモンドの心を痛める。

やがて、エスカレートする父の暴力に我慢の限界を超えたデズモンドは気がつくと父に銃を突きつけていた。
父は「撃てよ・・・」と力なくつぶやき、そばで母は泣いていた。
自分の行動を後悔したデズモンドは、二度と武器を使うまいと心に決めたのだった。

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月日は流れ、開戦して間もない第二次世界大戦が徐々に激化の様相を呈し始めた頃、デズモンドは病院でひと目惚れした看護士のドロシー・シュッテ(テリーサ・パーマー)と交際を始め、幸せな日々を送っていた。
だが、周囲の友人や弟が志願して出征していく中で、デズモンドの心も穏やかではいられなかった。
自分と同じ世代の若者が次々と戦地へ行って戦っているのに、自分は一体何をしているのだろうか。

デズモンドの人助けの血が騒ぐ。
だが、武器を手にして人を殺さねばならない戦争に参加することなどデズモンドには有り得ない選択である。
それでも、間もなく彼が陸軍に志願入隊したのは「衛生兵」という選択肢があったからだ。
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弟のハロルドに続き、デズモンドまでもが志願して出征することを聞かされた父のトムは、荒れていた昔のようにくどくどと憤懣をぶつけだした。
「親友は軍服がよく似合う奴だった。 しかしな、敵の銃弾でハチの巣になって死んだ時、内臓がぶちまけられた軍服は台無しときたもんだ。 おまえたちはせめて一発で死ねよ」

息子2人が戦地へやられる。
従軍時代の心の傷から未だに立ち直っていない父親が、(どうか考え直してくれ)という素直な気持ちを口に出せず、不器用な言葉で自分たちを罵る痛々しい姿がデズモンドには心苦しかった。
それでも分かってもらいたかった。
「みんなが戦ってる」
「みんなはみんなだ。 息子の墓参りなんか俺は御免だぞ」

「人は殺さない。 衛生兵でも国に尽くすことができる」

「おまえが何を信じていようが、戦争では通用しないぞ」

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1942年4月1日。 デズモンド・ドスはバージニアのリー駐屯地で兵役に就いた。
これから訓練を共にする新入隊の仲間たちと共に、直上官のハウエル軍曹(ヴィンス・ヴォーン)から一人一人ルックスをいじられ、欲しくもないアダ名を頂戴する。
「アホたれども、俺をサーと呼ぶな。 サージェント(軍曹)だ、分かったか!」 「イエス、サージェン!」

タイミング悪く全裸姿のまま整列されたミルトは「おまえのアダ名はハリウッドだ!」 「イエス、サージェン!」
足の甲にナイフをブスリと落としてしまったスミティ(ルーク・ブレイシー)は「おまえは大バカ2等兵だ!」 「イエス、サージェン!」
ポーランド人だと言っても信じてもらえない、見た目が先住民っぽいキルジンスキーは、インディアンの「アワワワ」の雄叫びのマネをさせられたあげく「おまえはチーフだ!」 「イエス、サージェン!」
ちなみにデズモンドは・・・「おまえはトウモロコシの茎だ!」 「イエス、サ・・(ええっ!もっとカッコいいのを・・・)」

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訓練ではデズモンドはメンバー中、一二を争うほどの身体能力を発揮した。
ただ、ロープの「もやい結び」は苦手で、「貴様、ブラジャーでも作ってるのか!」と軍曹からドヤされる。
だが、それぐらいはまだよかった。

問題は銃の取り扱いの教練になった時だった。
当然、誰もが銃を手にする。
しかし、デズモンドだけは銃に指一本触れようとしない。
ハウエル軍曹から鬼の様な形相で問い詰められても、彼はニコニコとしながら、さも当たり前のように「銃を持てないんです」と言う。

軍隊に志願して入っておきながら、銃はおろかナイフの一本さえ手にするのも拒むという酔狂な新兵はたちまち隊の中で奇異な存在となった。
「人を殺せないだけ」というデズモンドに、第77歩兵師団を率いるジャック・グローヴァー大尉(サム・ワーシントン)が「戦争は人を殺すことだ」と当たり前のことを諭しても、デズモンドの意思は固い。
そればかりか「土曜は礼拝で休みたい」とまで言う。
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スミティにとっては、戦闘を拒むデズモンドが鼻もちならない。
体力訓練でいつも彼としのぎを削っていただけに尚更なのかもしれない。
ましてや、戦場へ赴くからにはそれ相応の覚悟はできているし、殺さなければ自分が殺される仕事なのである。
なのに、自分たちの覚悟を否定するかのように、一人だけ戦う気のない奴がいる。
まるで、おまえらが死んだらいつでもお祈りをしてあげるよと言わんばかりに、聖書を肌身離さず持っているのも気にくわない。

必然的にスミティは怒りをあからさまにデズモンドにぶつけた。
聖書を強引に取り上げ、問答無用にデズモンドの頬を殴る。
嫌がらせと受け取られようが知ったことではない。
「攻撃されたらどうする? 左の頬を殴らせるか? おまえは臆病なだけだ」

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全員に休暇が与えられる日、デズモンドだけは許可が下りなかった。
ライフル訓練を修了していないからだという、本部のサングストン大佐の今さらながらの難癖だった。

その日は出征前にドロシーと約束していた、結婚式を挙げる日でもあり、デズモンドとしては是が非でも帰りたかったが、武器を取れと言われて従う訳にはいかない。
命令拒否ということで軍法会議にかけられるため、デズモンドは投獄されてしまう。

心配して駆け付けたドロシー「プライドが邪魔してるのよ」と指摘するが、デズモンドにはむしろ、プライドこそが最も大事なのだった。
「信念を曲げたら生きていけない」

軍法会議が開かれ、「僕は助けたい」と訴えてもデズモンドの敗訴は決まろうとしていた。
しかし、デズモンドの苦境を救い出したのは意外な人物だった。
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軍法会議に乱入してきた父トム・ドスは一通の書簡を携えていた。
彼は第一次世界大戦を共に戦ったマスグローブ准将と会い、息子の窮状を訴えるなど必死で尽力していたのだ。

従軍していた時の軍服を身にまとった彼は、自分自身の気持ちにも折り合いをつけようとしていた。
惨たらしい死に方をした親友を前にして何もできずに、自分だけがおめおめと生き残ったことを悔いていた彼は、戦場で一人でも命を救おうとする息子の志こそが、自らのやり残したことだと悟ったのだ。
そして再び軍服に袖を通した父は息子を“救う”のである。

手紙には「戦場では武器を持たないことも許される」マスグローブ准将の一筆が記されていた。
裁判官は判決を下す。
「一人ぐらい助ける者がいてもいい」

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1945年4月。
グローヴァー大尉率いる第77歩兵師団は沖縄に入った。
既にグアムやレイテ島で衛生兵の任務をこなしていたデズモンドももちろん参加している。

500549790.jpg彼らの任務は「前田高地」の制圧。
崖の形状が弓ノコ(Hacksaw)の歯の様にギザギザであることから米軍が「ハクソー・リッジ(弓鋸尾根)」と名付けた高地である。

浦添城址の南東にあり、高さ150メートルの崖を登れば、そこはさすがに日本軍の最終防衛ライン。
いくつもの地下陣地が作られ、そこに潜んでいる多数の日本兵からの銃弾や手榴弾が四方八方から飛んでくる、過酷な戦場である。

先発隊が6回登り、なんと6回すべて撃退されて壊滅した。
戦争自体は佳境に差し掛かっており、日本の敗色は濃厚だったが、それでもなおもあきらめない日本軍の粘りと執念は、いささかも衰えてはいなかった。


ここを突破しなければ沖縄を手中にするのは困難になる。
難攻不落の前田高地を落とすための決戦に赴く部隊。
崖を登ったデズモンドらを待ち受けていたのは想像を絶する地獄の戦場だった・・・・

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前半はデズモンド・ドスという人物をきめ細かく描きながら、彼が待つ独特の信念を観客が理解するためのドラマとなっている。
彼の個性やポリシーを十二分に頭に叩き込んだあとの後半から観客は70年前の戦地へと耳目が誘われていく。

なんだかんだでこれは戦争映画なのだ。
米軍も日本軍もバタバタと兵士が死んでいく、そのペースの速さとあっけなさは、戦場の当たり前の恐怖が伝わる。
メル・ギブソンの映画というと残酷描写のおまけつきというイメージがあるが、本作に限っては戦争映画ならば直接的なのも当たり前。
むしろ残酷に表現できなければ、デズモンドが活躍するシークエンスも生きてはこない。

シュッン!という空気の裂ける音が鳴ったと思ったら、兵士の身体を銃弾が貫く。
手榴弾が炸裂し、兵士の身体を引き裂く。
土埃と煙が視界を覆い、雄叫びを挙げて己を鼓舞する兵士の声と、身体の一部を失って苦しむ兵士の悲鳴が混ざり、銃声と爆音がかき消していく。
秒刻みで死体が積み重なっていくだけの、この世の出来事とは思えない地獄が展開される・・・・
Hacksaw Ridge-2016 -Movie- Official Trailer 
もちろん舞台が沖縄だけに、我々日本人はどうしても複雑な気分になる。
沖縄戦だけでも日本側は兵士・一般人を含めて18万人が亡くなっている悲惨な歴史がある。
日本兵への応援気分がまったく出ないわけにはいかず、少なくとも妙な気分に駆られたお客さんも多いのではないか。

それにしても日本兵のしたたかさ、しぶとさは驚異。
どれだけの数の日本兵が前田高地での戦いに臨んでいたのか、大規模な艦砲射撃を受けても、まるで効いていないように湧いて出てくるのである。
銃器だけでなく、ナイフを手に近接戦闘にまで持ち込んでの白兵戦にかけては日本軍はプロ中のプロ。
死ぬ覚悟の上の戦いならアメリカさんよりも一枚も二枚も上。

しかも、白旗を揚げて降参したフリをしながら近づいて、隠し持っていた手榴弾を投げつけるという、ちょいと小ずるい手も使う。 このなりふり構わぬスタイルで「殺し合い」に徹底する日本軍に、さすがの米軍も持ってる武器のボリュームだけでは太刀打ちできなくなってしまう。
少々、人間離れしている描写になっている日本兵だが、あながち大げさではないのかもしれない。

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一進一退の攻防、いやむしろ米軍の方が押され気味。
それほど日本兵の攻撃は凄まじすぎた。 当然、隊は負傷者が続出。
デズモンドは銃弾をかいくぐり、幾度も危険な目に遭いながらも、負傷者の手当てに奔走する。
もちろん、武器は無し。
同じく衛生兵として帯同している男から「正気なら銃を持て」と言われても「正気じゃなくていい」とまで彼は言う。

武器を持たず、人を殺すことなく、ただ普通に衛生兵としての仕事をこなしただけなら、勲章をもらうほど、歴史に名は残さなかったかもしれない。
この“ミスター衛生兵”が神がかった活躍を見せるクライマックスのシーンを目の当たりにする我々観客は、人の信念というものが不可能を可能にし、物事を動かすほどの力を秘めていることを知らされる。

この男、凄いことをするのだ。 「正気じゃなくていい」と確かに彼は言ったが、誰が見ても十分正気ではない。
正気ならできない。 やろうとは思わない。
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戦況が不利になり、再度艦砲射撃を要請・実施するために、隊は一時退却し、崖を降りることになった。
ところがデズモンドは独断で一人残るのだ。 なんのために? 救うためにだ。

倒れて動かない兵士の生死の確認までできる余裕はとてもない状況での撤退だったために、もしかしたらまだ生きているかも知れない兵士をデズモンドは放っておけなかった。
倒れてる兵士に駆け寄っては声をかけたり、息の有無を確認し、まだ生きていれば彼は迷わず行動した。
ロープを使い、兵士の体を縛って、崖の上から宙づりの状態でゆっくりと降ろしていく。
ハウエル軍曹から「ブラジャー」と言われた、ヘタな「もやい結び」がここに来て役に立つ。

シュワルツェネッガーかスタローンの映画ぐらいでしか見たことがないようなレスキューを彼はロープ一本と腕力だけで何度も何度も繰り返す。
手の皮がめくれて血が滲む。 それでも、一人降ろしては、また戦場へ戻り兵士を見つけてロープで縛ってまた崖から降ろす。

驚いたのは下で待機していた2人の兵士。
崖からロープにつながれた兵士がスルスル降りてくるので、一瞬、敵兵かと思ったらケガをしている自軍の兵士である。 誰かが崖の上から救出作業をしているということに2人は面食らいながらも、次々と降ろされる負傷兵を下で引き継ぐ。

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いつ日本兵に見つかってもおかしくない。 見つかったらそれこそアウト。
そんなスキを見計らいながら、デズモンドは体が悲鳴を上げるほど疲弊してても、一人でも多くの命を救い続ける。
「もう、そろそろこの辺でいいのでは・・」と自分自身に妥協しない。 そればかりか。
「主よ、もう一人・・・」
自分が死んでは元も子もない客観的判断、死の恐怖、体力の限界・・・ 「もう辞めてもいい」と今にも聞こえてきそうな神の赦しさえにも抗い、逆に「もっともっと」と乞い訴える。

救い出した負傷者は75名。
グローヴァー大尉は野戦病院に担ぎ込まれた部下たちの数に驚愕する。
「これは・・・誰がやった?」
この時すでに、崖の上の救出者がデズモンドらしいということは広まっていた。
「あの臆病者のドスですよ」と教えられたその名前にグローヴァー大尉の心は大きく揺れる。
(あの男が?)と衝撃を受けつつ、(あの男なら)と納得し、彼の信念を疑っていた自分を恥じるのだった。
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「私の人生最大の勘違いだ」
グローヴァー大尉は戻ってきたデズモンドをねぎらい、謝罪した。
人を殺さずして戦争に貢献できることを証明するデズモンドの戦いが遂に報われたのだ。


明日は再びハクソー・リッジにアタックする。
もちろん、デズモンド・ドスがいなくては始まらない。
だがその日は土曜礼拝の安息日。
聖書を手に静かに祈るデズモンドをみんながじっと見守っていた。
何を祈り、何を悔い、何に感謝しているのか。
確かなのは、もう誰もデズモンドの信念を疑う者などいなかった。
まぎれもなく彼は英雄であった。

聖書を閉じて兵士の目になったデズモンドが再びハクソー・リッジを登る。
人を助けるために。
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あくまでも、違う形で戦争の英雄となった個人の歴史ドラマなので、反戦映画とは言い難いが、それでも人が殺し合う戦争の意味や人を助けるシンプルな衝動の重みを考えさせられる。
そこにはやはり我々の心を揺さぶらずにはいられないデズモンド・T・ドスの常識を超えた行動がある。

彼が一風変わっているのは、何も戦争という殺し合い自体を否定してはいないことである。
どうぞやってください、頑張ってくださいと一歩引きながら、彼は彼で、必ずやケガ人が出る現場で自分にしかできないことで貢献する気満々なのだ。

武器を手にすることを頑として拒否する姿は、やはり宗教が与える影響というものに、もはやドン引きに近い驚きさえ覚える。
奇しくも同じアンドリュー・ガーフィールドが主演した「沈黙 -サイレンス-」の、頑なにイエスの絵を踏まない信徒の姿にダブらなくもない。
形だけでも、嘘でもいいから、フリでやれば済むのに、心に嘘をつく行動ができない。
志願入隊しながら、武器に指一本触れようとしない。
上官や同僚からいじめられても、軍法会議にかけられても、彼は全くブレないのだ。

いや、訓練なんだから、その場しのぎにポーズでいいから、とりあえず銃を手に持てばいいじゃんって思うが、絶対にそこは譲らないのだ。
「信念を曲げたら生きていけない」とまで言うのだから、魂そのものがアンドロイドか野生動物のレベルにある。
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それほどの「信念モンスター」であるから、あそこまでの離れ業をやってのけることができたのだろうが、常に大きな矛盾は抱えていたはずだ。
『汝、殺すなかれ』の教えを胸に、殺し合いの中に参加し、殺し合ってる者たちの命を救う。
そこには戦争がどうだとかの倫理感はない。 ひたすら人助けのみに埋没する。
単純に究極の自己満足だけなのかと思われてもおかしくない。
負傷して動けない日本兵とバッタリ鉢合わせしながら、敵兵でさえも手当をするこの神対応は衛生兵のカガミ。 いやそれ以上に。 これぞ、まったく新しい形の英雄というのだろう。

戦後70年。 未だ迷える世界に投げかける「信念」の英雄譚の中に平和のためのヒントはないだろうか。
いや、難しいことではないのかもしれない。
命は大事。 それは誰もが持っているはずの信念。
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「賢人のお言葉」
 
「信念は人を強くする。 疑いは活力を麻痺させる。 信念は力である」
 フレデリック・ロバートソン
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