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他にもこれ観ました  ~5月編(下)
2017年06月08日

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「追憶」

「駅 STATION」、「鉄道員(ぽっぽや)」などの名作を手掛けてきた監督・降旗康男、撮影・木村大作の名コンビが2007年の「憑神」以来の再タッグを組んだヒューマン・サスペンス。
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富山県警刑事の四方篤(岡田准一)、輪島で土建屋を構えている田所啓太(小栗旬)、東京で倒産寸前のガラス店を営む川端悟(柄本佑)。
この3人は25年前、少年時代に親に捨てられた同じような境遇のもと、喫茶店を営む仁科涼子(安藤サクラ)と常連客の山形光男(吉岡秀隆)の世話になりながら家族のように過ごしてきた。
しかし、3人はある事件の秘密を守るためにあえて別れ別れになり、その25年後に思わぬ形で再会することになる。
悟は殺人事件の被害者となって発見され、刑事の篤はその事件の捜査にあたり、容疑者は啓太だった。
事件の前日、金策のために富山まで来ていた悟とラーメン屋でバッタリと会った篤は、悟がこれから啓太にお金を借りに行くことを聞いていたのだ。
片や刑事として、片や容疑者として25年振りの再会を果たした篤と啓太は、いやが上にも封印してきた過去と向き合わざるを得なくなる。
それぞれが長い間抱えて背負ってきた秘密と運命が交錯する時、やがて明るみになる真実とは・・・
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「グラスホッパー」の瀧本智行と青島武の共同脚本によるオリジナルストーリーでその内容自体は素晴らしい話です。
だからこそ、1時間39分というコンパクトさはあまりに短すぎます。 なんでこんなに短くまとめたのかが解せませんね。
実際、語りが不足している部分もあるし、そこは自由に想像してもいいのですが、たとえば喫茶店の女主人とヤクザのおっさんとの関係なんかもっと突っ込んでほしかったですね。 電気屋のおじさんも描写が足りてないように思います。
突然あっさりと解決してしまう殺人事件の扱い方も、終わってみれば時間を短くまとめるためなのかと思ってしまうぐらい拍子抜けでした。 
演出も前時代的とまでは言いませんが「昭和臭」が強いですね。 このくどさも気になりましたね。
話そのものはいいんだけどなあ・・・。 啓太と奥さんのエピソードなんかは感動するよね・・・。
        

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「ノー・エスケープ 自由への国境」

トランプ大統領が言ってた「メキシコに壁建てたるわい」って件はどうなんたんかね?
ドキュメンタリー「カルテル・ランド」でも描かれてたように、現在も実際にアメリカとメキシコの国境では退役軍人が個人あるいは集団で自警活動しており、時には無差別で発砲して射殺する行き過ぎた行為もあります。
この映画は、まさにそれをメキシコ移民側からの目線で描いた緊迫のサバイバル・サスペンスで、メキシコからアメリカへ不法入国を試みる移民たちが謎の襲撃者の銃弾の恐怖にさらされるという物語です。
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シカゴにいる息子に会うためにメキシコからアメリカに不法入国を試みるモイセス(ガエル・ガルシア・ベルナル)をはじめ15人の移民たち。
ところが車が途中でエンスト。 仕方なく徒歩で砂漠を歩いていく羽目になる。
ユルユルの有刺鉄線が張ってあるだけで持ち上げるだけでくぐれる国境に入った15人と2人のガイドだったが・・・。
一方、ジャーマンシェパードと一緒に狩りをしていた男サム(ジェフリー・ディーン・モーガン)は偶然にも不法入国者たちの一行を発見するやいなや持っていたライフルで銃撃を開始する。
逃げ場のない砂漠で次々と銃弾の餌食になっていく移民たち。
体力差で遅れを取っていて後ろを歩いていたモイセスら5人のグループは一時的に難を逃れるが、すぐにサムに感づかれてしまう。
素早くて獰猛な犬と銃弾の恐怖。 果たしてモイセスらは生き延びることができるのか・・・・・
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広大な荒れ野を舞台に、ひたすらスナイパーと移民の追いつ追われつのサバイバルが繰り広げられる映画です。
国境問題や人種差別などに対するメッセージの投げかけはほぼ皆無。
単純なチェイス・アクションであり、そこを何も考えず楽しめばいいんでしょうね。
クライマックスの岩の周りの隠れんぼは、まるでドリフのコントみたいで笑いそうになりましたが。

それにしてもサムという男。 ハッキリとした素性は描かれませんが、多分に退役軍人であり、射撃の腕もピカイチ。 あの一発必中のマークスマンシップはメダリスト級。 なのに・・・・主人公にはなかなか当たりませんが。
この男もヤバいですが、もっと恐いのがトラッカーという名のワンちゃん。
よく訓練されてること・・・。
デコボコ岩だらけの坂道もパパパーッと走るし、ガブッ!とやられた人間はまずアウト。
でも発煙筒で殺されちゃうシーンは可哀そうだなあ。
        

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「八重子のハミング」

四度のガン手術から生還した夫が、アルツハイマーの妻を看護した4000日の記録の純愛小説を同名映画化した人間ドラマ。
著者・陽信孝氏をモデルとした主人公・石崎を升毅、妻の八重子を久しぶりの映画出演の高橋洋子が演じております。
山口県の萩市を舞台に、元教師だった妻が病気を発症する所から、夫の献身的な介護の日々を丁寧に描いていますが、良くも悪くも想像の範囲を超えるストーリーではありません。 観る前から誰もが思う通りの話です。
でも、一介のお涙頂戴の難病苦労話ではないのです。
かねてから、そろそろこういう題材の話の映画を観たいと思っていたアッシにはタイムリーかつ、またひとつ勉強になる映画でした。

実際にはモデルの夫婦は理不尽な想いをされたことも多々あるでしょうが、映画の中では誰もかれもみんないい人ばっかり出てきます。
一見は絵空事の美談に映るかもしれませんが、ここの部分が大事なのだと思わされました。
旅館の女将さんの粋な計らいや、公衆トイレでハンカチをくれた見ず知らずの女性など、胸が熱くなるエピソードが連ねられてますが、認知症の介護やケアには周囲の人々の理解も不可欠なのだという事を痛感します。
病気そのものは改善せずに、悪くなるのは避けられないので、介護する家族の負担が苦にならないぐらい、人の心も含めた環境の協力があれば、真の成熟した社会と言えるでしょう。

感傷的なくどさがない訳ではありません。 時折挿入される講演会のシーンは必要ないように思えましたが。
それはそれとして、この映画はなかなか出資が集まらずに製作に相当苦労されたようで、ほぼ自主製作映画と言ってもいい作品です。
確かに集客面で大手の映画会社さんも二の足を踏む内容でしょうが、高齢化社会への啓発として世に出さねばならない意義を汲んでいただきたかったものですね。
        

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「パーソナル・ショッパー」

セレブは忙しい。 買い物に行くヒマもない。 行ったら行ったでキャーキャー周囲に騒がれる。 あの女優さんがあの店であの服を買ってたわよナンタラカンタラ言われる。
あ~もう、うっとおしい!とお悩みのセレブのために"パーソナル・ショッパー"という仕事があるのです。
本人に代わって服やアクセサリーを買い付ける買い物代行業であります。
ただし、ファッションセンスは不可欠。 自分の好みではなく、雇い主のセレブ本人の趣味に沿ったセンスのいいモノを選ぶというスタイリストの役割もしなければなりません。
お金を預かるし、家の合い鍵も持つことを許される、なかなか特殊な職業です。
へ~っ、知らなんだのぉと思ったら、日本の百貨店でもそういうサービスをやってるらしいのですな。

という訳で、この映画はパーソナル・ショッパーのヒロインを主人公にしたサスペンス映画でして、目の付けどころと言い、これは面白そうだなあと思うでしょ? そこがアマ茶の花祭り。
監督はオリヴィエ・アサイヤス。 ある意味自由な人なのでかえって厄介。
あまり予備知識を入れずに観に行ったら、これがなんとオカルト映画。 しかも正直つかみ辛い内容。
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パリでパーソナル・ショッパーとして働くモウリーン(クリステン・スチュワート)はわがままなクライアントの女優キーラに苦労しながらも完璧に仕事をこなしている。
3ヶ月前に双子の兄を亡くして悲しみから立ち直れずにいたモウリーンのスマホに、ある日、差出人不明の奇妙なメッセージが届く。
それはまるでモウリーンを監視しているかのようで、居場所や行動が完全に相手に把握されていた。
やがて送信者はモウリーンの心にある願望を暴き、うまくそそのかされた彼女はキーラのために買ったドレスを着用して外出し、高級ホテルの部屋を取って、そこで自撮りしたりする。
そしてキーラの家に戻ってきたモウリーンが発見したのは変わり果てたキーラの死体だった。
モウリーンの周囲で何が起きているのか。 謎のメッセージの正体は・・・・
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カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したものの、観客からは激しいブーイングを浴びたのもうなづけるほど、取り留めのない怪作。
出演しているクリステン・スチュワートでさえも「この映画、変わってるわよ」とコメントしてるぐらいなので、観る人間にも完全に把握することはできません。
殺人事件そのものはさほど重要ではありません。 黒沢清の作風を思い起こさせるアーティスティックな幽霊譚といったところでしょうか。
死んだ兄とのつながりを求める妹の再出発の物語で、兄の幽霊が出てきてはいい方向へと導いてやってるのかなあ?みたいな感じなんですが、それもどうも判然としないんですね。
なんといっても、ヒロインがしょっちゅう幽霊とLINEのやり取りをするのが全然興ざめ。
コントですやん。 時代は変わったのぉ。
        

無題  
「スプリット」

一時期迷走していたが、ようやく前作の「ヴィジット」で、らしさが戻ったM・ナイト・シャマラン監督の待望の最新作。
本作のテーマというものをあえて挙げるなら「多重人格」。
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女子高生3人、ケイシー、クレア、マルシアが謎の男に突然拉致される。
気がつくとそこは殺風景な密室。
やがて彼女たちを拉致したスキンヘッドの男ケビン(ジェームズ・マカヴォイ)が姿を現すのだが、なんと彼は多重人格者。
女性たちを監禁してる部屋に出たり入ったりするたびに彼の人格はころころ変わる。
神経質で潔癖症のデニスという男だったり、パトリシアというエレガントな女性だったり、社交的で人懐っこいバリー、9歳の無邪気な少年ヘドウィグなど、実に異様な変貌を次々と繰り返すのである。
女子高生たちはなんとか知恵を絞って部屋から脱出を試みるが、ことごとく失敗に終わり、ケビンが自分たちをどうしようとしているのも見当がつかなかった。

一方、精神科医としてケビンを数年もの間診察してきた女医カレン・フレッチャーは、ケビンが23人もの人格を持った“解離性同一性障害”であることを突きとめていたが、週一回のセラピーに訪れる彼の様子がおかしいことに疑問を抱く。

ケイシーは最も年齢の低いヘドウィグになる時のケビンを説得して、脱出の手助けをさせようと目論むが、ケビンの恐るべき“24番目”の人格が目覚めようとしていた・・・・・
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【ちょっとネタバレです】
女子高生たちが監禁されてる場所はどこなのか?のオチは「ヴィレッジ」に近いパターンです。 ケビンの中にいるデニスやパトリシア、ヘドウィグという人格の名前にも関連していますが、それはさほど大したサプライズではありません。
このケビン・ウェンデル・クラムという男の解離性同一性障害は、人格の変化と共に体質も変化するという特異性を秘めていたこと。
24番目の人格である“ビースト”になったケビンは、ルフィのギア4みたいに肉体がボーンとなって、まさに野獣級にフィジカルがアップ。 ショットガンも効きません。
人を食いたくてたまらなくなる怖ろしい人格なのですが、自分と同じように虐待を受けていた過去がある者は大目に見てくれるようです。

シャマランというと、どうしても「衝撃のラスト!」みたいなのを期待されてしまいますが、観る我々もいいかげんその先入観は捨てなきゃなりません。 配給会社も悪いんですがね。
ある程度は方向性の見えている一つのシチュエーションの中に、幾多の要素を散りばめながら予想を裏切る展開に持って行く所がシャマランの真骨頂で、本作もいかんなくその魅力に溢れていて面白かったです。
ただし、16年前の作品である「アンブレイカブル」を観たことがない人には、あのラストシーンはチンプンカンプンだったでしょ?
映画館を出る時の他のお客さんの会話の中に、それっぽい不満を言ってらした人がいましたね。 ぜひとも「アンブレイカブル」をレンタルで御覧になって下さい。

とにもかくにも、最後にいきなりブルース・ウィリス登場に面食らったかと思えば、本編終了後に『「アンブレイカブル」と「スプリット」の世界が激突する!』と題して、2つの作品が地続きとなっている続編が2019年公開予定だという宣伝がブッ込まれます。
シャマランは自分でマーベル・ムービーみたいなのをやりたいのだろうか?
        

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「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス」

「よぉよぉ、皆の衆ごきげんさん。 続編もアホほど大ヒットしちゃってよ。 あつく御礼申し上げちゃうぜ」
「アイム、グルート」
「まだ観てない不届き者は今すぐ観に行け。 もう観たって奴はもう一度観に行け。 でもって俺らのギャラの出来高に貢献してくれ」
「アイム、グルート」
「それにしても前作も面白かったが、今度のもサイコーじゃねえか。 なあ相棒」
「アイム、グルート」
「オマエがE.L.O.の曲に合わせて踊るワンカットのオープニング・タイトルが素晴らしいのなんの」
「アイム、グルート」
「親子愛ありーの、姉妹愛ありーの、仲間の友情ありーの、ユーモア満載なのはもちろんのこと、ホロリとさせてもくれるストーリーがしっかりとまとまってて言う事無し」
「アイム、グルート」
「音楽性はちょっと大人度が上がってて、ジェームズ・ダンのマニアぶりがエグイな。 エンディングのチープトリックの『サレンダー』はツボだったけどな」
「アイム、グルート」
「・・・・なあ、相棒よ」
「アイム、グルート?」
「ここはひとつ臨機応変にいこうじゃねえか」
「アイム、グルート?」
「俺ばっかり喋っててやりにくいぜ。 そりゃオマエは『アイム、グルート』ってしか喋れない設定だけども、せめてここだけでも融通きかせてもいいってもんだろ?」
「わかったよ、アライグマ」
「第一声が悪口か! アライグマだけは言うな!」
「わかったよ、ゴミパンダ」
「この野郎・・・削ってワリバシにしてやろうか」

「第一、今度のお話にしたって、アンタが惑星ソヴリンからアニュラックス電池をパクらなきゃ、なんにも起こらんかったんじゃないのさ」
「それを言われるとなあ」
「それに今回はヨンドゥに美味しいとこ、かなり持っていかれてたよね」
「そこはしょうがねえ。 オマエの子守りに忙しかったしな」
「それは御世話になりました。 ベイビータイプの僕も人気上々。 次の続編もこのままでいようかなあ。 そしたらアンタはますます出番なし」
「そんなこたぁねえよ。 俺の人気もまだまだ捨てたもんじゃねえ」
「ケケケ。 自分ってもんが分かってないよね。 ただ単に二足歩行して喋るアライグマってだけじゃん」
「オマエこそ、棒っきれに目と口を書いただけだろうが」
「おやおや。 はらわたエグってハク製にして秘宝館で飾ってやりましょうか?」
「さっきはワリバシって言ったが、もっと細かくして爪楊枝ってのも有りだな」
「アイム、グル~ト怒怒怒怒怒!!!!!」  「フングォ~怒怒怒怒怒!!!!!」

        

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「娘よ」

日本で初めて公開されるパキスタンの映画。
部族の長老と強制結婚させられる幼い娘を守るために、母は逃避行を決意する・・・・
しきたりによる年の差結婚はアフリカの一部の国ではたまにあるケースですが、この映画もパキスタンで実際に起こった実話をもとにしています。
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国境に近いカラコルム山脈の麓には多くの部族があり、衝突が絶えない状態が続いていたのですが、だんだんとエスカレートして殺し合いにまで発展。
やり過ぎてしまった側の部族長のドーラットが紛争相手の部族長トール・グルに手打ちを申し込むのです。
手打ちの条件として「じゃあ、おまえんとこの娘を俺の嫁にちょうだい」となった訳です。
部族長のトール・グル。どこからどう見てもジジイです。 ドーラットの娘ザイナブはまだ10歳。
「嫁にくれ」と言い出す方が恥ずかしいと思うのですがね。
このことを知ったをドーラットの奥さんアッララキ。彼女もまた15歳の時に当時まあまあのオッサンだったドーラットのもとに嫁がされているのです。
我が娘にそんな人生は送らせまいと、アッララキはザイナブを連れて村を脱出するのです。

部族間同士で締結された約束事は何であろうと絶対の掟ですので、これに逆らうという事は物凄い大ごとなのです。
逃げた母子を捕らえようと、部族が差し向けた追手が迫ります。 この追手のゴルザングという男がまた冷酷なヤツです。
一方、通りすがりのトラック運転手のソハイル(めっちゃイケメン!)に助けを求めたアッララキとザイナブ。
ソハイルも最初は迷惑そうだったのですが、一度かくまってしまった以上後戻りできなくなり、母子と共に決死の逃避行を繰り広げるのです。
果たしてアッララキとザイナブの自由への旅の結末は・・・・・
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これはコテコテの逃亡アクション劇です。 難しい描写は一切ありません。
パキスタンの宗教事情や、話の内容上、製作にはかなりのハードルがあっただろうというのは察せられますが、それにしてはなかなかの力作。
逃亡劇のハラハラドキドキもいいですが、娘のために奮闘する母親のエネルギーがグッと響きますね。
        

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「光」

すっかりカンヌ国際映画祭の常連になった河瀬直美監督。
本作もコンペティション部門に選出されまして、惜しくも受賞はならなかったのですが、これはなかなかいい映画です。
テーマというか、ストーリーの基盤になっているのは「音声ガイド」。
美術館などでもありますが、ここでの音声ガイドは目の不自由な方にも映画を楽しんでもらうためのバリアフリー上映用のガイドを言います。

水崎綾女が演じるヒロインの尾崎美佐子は音声ガイドの仕事をしているのですが、これが難しい仕事なんですね。
自分でガイドの文言を考えなきゃならないのですが、あまり説明しすぎると「邪魔」だし、行間の余韻を楽しんでもらうために黙っていると不安がられてしまいます。
本の朗読ならまだしも、目の不自由な方にも映画を「観て」もらうわけですから、音声ガイドの言葉の量とタイミングがなんと難しいことか。
障碍者の方が何人かモニターとしてチェックするのですが、当然感想はまちまちで、何度も修正を迫られてしまいます。

そんな美佐子が出会う弱視のカメラマン、中森(永瀬正敏)。
ある映画のモニターとして参加していた彼の無愛想な態度に最初のうちは苛立ちながらも、美佐子は中森の葛藤に触れるうちに、やがて彼女自身の中で何かが変わり始めます。

次第に完全に視力を失っていき、「心臓」とまで表現するほど大事にしていたカメラを捨てざるを得なくなる中森を演じる永瀬正敏の演技も圧巻ですが、水崎綾女も素晴らしいですね。
「HK 変態仮面/アブノーマル・クライシス」でエロい女教師の役をやってた彼女です。
ドアップを多用する河瀬監督の要求する表現は決して簡単ではないですから、それに見事に応えた彼女の仕事のクオリティと成長は感動もの。

人に何かを伝えるという事。
暗闇に光をもたらすために、想いが言葉で伝えられて届く、見事なまでに美しい物語です。
河瀬直美監督の映画は何本か観ましたが、正直とっつきにくいのです。 だから「あん」はスルーしたんですが、この映画は全然とっつきやすく、強烈に感動しました。
いい映画ですわ。
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コメント

いつも、楽しく読ませてもらっています😊
「あん」は、もっと、取っ付きやすいですよ‼大好きな作品です。是非観てほしいです‼

コメントの編集

Re: タイトルなし

サティーさん、コメントありがとうございます。

> 「あん」は、もっと、取っ付きやすいですよ‼
そうらしいですね。
「光」を観たあとで「あん」の方がストレートだというコラムか何かの記事を観ました(パンフだっけ?Yahooレビューかな?)

公開されてた当時は相当迷ったんですよ。 惜しいことしたなあ。

お薦め承りました。 近々必ず拝見させていただきます。

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