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マンチェスター・バイ・ザ・シー
2017年06月04日

T0021664p.jpg人によっては人生は時に、あまりに過酷な苦境に陥ることがある。
かつてない辛い経験が、心に深い傷となって残り、二度と立ち直れないほど打ちのめされた人たちの姿を、私たちはフィクションでも現実でも数多く見てきた。

それらに対して、励ましや慰めのメッセージが訴えかけられ、やがて当事者が立ちあがって再生していく姿に事実私たちは感動を覚える。

だが、どんなに苦しみ抜いても傷は癒えずに立ち直れない人々はいる。
現実はそうなのかもしれない。 人の心はそう簡単に元には戻らない。
乗り越えなくたっていい。
背を向けて、下を見て、じっと耐える人の心に寄り添えることのできる物語もまた美しい。


過去の重大な過ちから故郷を捨てた男が、兄の死をきっかけに二度と戻るはずのない故郷に再び帰ってくる。
予期せずして甥っ子の後見人になってしまった男は、いやがうえにも過去の悲劇と向き合わざるを得なくなる。
彼はなぜ町を捨てたのか。 なぜ心を閉ざすのか。
そして痛みを癒す希望は果たして見つかるのか・・・・・

監督作品はいずれも日本未公開だが、「アナライズ・ミー」や「ギャング・オブ・ニューヨーク」の脚本家として知られるケネス・ロナーガンの3本目の監督作。
第89回アカデミー賞で主要6部門にノミネートされ、主演男優賞と脚本賞を受賞した珠玉の人間ドラマである。


タイトルの「マンチェスター・バイ・ザ・シー」は"海辺のマンチェスター"と訳すのではなく、「バイ・ザ・シー」までを含めたアメリカの地名。
どちらかといえば、サッカー・ファンのみならず、先日悲惨なテロがあったイギリスのマンチェスターの方が有名だが、アメリカにも「マンチェスター」とつく場所は複数ある。
マサチューセッツ州のボストンから北へ40キロ上がった所にある港町の"マンチェスター・バイ・ザ・シー"は元々マンチェスターだけの地名だったが、何かと他のマンチェスターとややこしくなるので、1989年に「バイ・ザ・シー」を付けて現在のマンチェスター・バイ・ザ・シーにしたそうな。

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主人公はこの男。 リー・チャンドラー(ケイシー・アフレック)。
では、あとはよろしく。

俺が説明しろってか? まあいいが。 見ての通り、男だ。
職業は便利屋。 といっても自営でやってる訳じゃなくて、便利屋の会社員さ。

俺の担当区域は4棟のアパート。
そこでトイレの修理や浴室の水漏れ、ゴミ出し、蛍光灯の交換、ペンキ塗りなどをしている。
顧客から、もうちょっと愛想よくしたらどうだと言われる。
他人の家に俺が行くのは仕事をするためであって、あんたらとムダ話をするためじゃない。
ちょいとキツめに言い返したら、さっそくクレームを聴いた上司からチクチク言われた。 知らん。 どうでもいい。

仕事帰りにバーによる。
カウンターで飲んでたら、隣りに来た女がビールジョッキを持ったまま振り返って、わざと俺にぶつかりやがった。
「あら、ごめんなさい」じゃねえよ。 見え透いた逆ナンは辞めろ。
「名前はなんていうの?」 うるさい、あっちへいけ。
カウンターの向かい側を見ると、二人のサラリーマンが俺の方をチラチラ見ながらヒソヒソ話をしている。
酒がまずくなった。 ムカついたので殴りに行ってやった・・・・・


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マンチェスター・バイ・ザ・シーにいる兄のジョーが倒れたという報せを受けた。

元々心臓が悪かったんだ。 
数年前に医師から「うっ血性心不全」と診断され、心臓の機能が徐々に衰えていくらしく、余命が5年から10年だと聞かされていた。
俺もその場にいて、女性医師がこの世の終わりの様な顔で説明しているそばで兄貴は軽い冗談を言っていた。
見舞いに来ていた親父は溜め息ばかりをつき、元嫁のエリーズは緊張でいたたまれなくなって帰宅していった。

なんとかなるさ。 まだ若いんだし。 数年経ったら丁度その時にいい薬が開発されてるかも知れないじゃないか、と正直タカをくくっていた。
だって、あんなにピンピンしてるのに。 本人でさえ実感がないんだから。
そんな風に楽天的に考えていた・・・・・
「今からそっちへ行く。 1時間半で行けると思う」

また、あの町に行くのか・・・・・
もう二度と戻ることはないと思っていたのに。


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病院に着くと医師と共に兄貴の仕事仲間のジョージが待っていた。
1時間前に兄貴は息を引き取ったらしい。
担当医いわく、「弱っていた心臓が力尽きたのだろう」
10年もつんじゃなかったのかよ、この心臓のクソッタレめが。
いや、違う・・・ デキの悪い弟が苦労さえかけなかったら、もう少し長く生きれたはずなんだ。
俺の様なクソッタレこそ、とっとと野垂れ死にゃあいいのに、おめおめ生き抜いて、マジメにやってきた兄貴がなんで丈夫な心臓にも恵まれずに若くして逝かなきゃならない?



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ジョーの息子のパトリックはもう高校生だ。
数年前までは、ちっちゃかったのに早いもんだ。

よく俺は兄貴とパトリックとの3人で船を出して、釣りを楽しんだものだ。
パトリックが8.2キロのスズキを釣り上げて盛り上がったのを昨日のように思い出す。

まだ父の死を知らず、ホッケーの練習をしているパトリックを迎えに練習場まで行った。
この町は小さい。 今どきの若い者も、俺のことを知っているらしい。
遠巻きに噂話をしているのがなんとなく分かる。

病院で父と対面したパトリックは一瞬見ただけで安置室を出て行った。
そういうもんなんだろう。 親の死に顔など長々と見ていたくない気持ちはそれはそれで分かる。
帰宅するなり、カノジョのシルヴィーを呼んで部屋に連れ込むとはな。
紛らわせたいことがそれで済むなら好きにすればいい。


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翌日、兄貴の遺言を聞くために、弁護士の所へ行った。
とんでもない遺言を残してくれたもんだよ兄貴は。
後見人? 俺が? あの子の?
そのことを俺が知らなかったのを弁護士は不思議そうだった。

養育費も準備され、家も船もローンは完済している。
そして引っ越し費用も用意されていると・・・・
つまり、このマンチェスター・バイ・ザ・シーに移り住んでほしいのだと。

この町に戻りたくない俺の気持ちを兄貴は知っているはずなのに。
たかだか40キロ先のボストンに逃げただけだから、嫌でもこの町で起こした過ちの苦しみなど振り切れる訳じゃない。
もっと遠くへ逃げたいが逃げずに向き合えと心が言う。
だけど向き合えれるなら最初から逃げたりはしない。
この町で暮らしていた頃の、あの日の夜のことは一生忘れられない。



無題 
マンチェスター・バイ・ザ・シーに住んでいた頃、俺には妻のランディと幼い二人の娘、そして生まれたばかりの長男がいた。
幸せな家庭だった。 その幸せを俺は自らぶち壊したのだ。

真冬の日の夜だった。
俺は自宅に仲間を集めて酒を飲みながらバカ騒ぎをしていた。 ドラッグも少々やっていた。
午前2時をまわっていた。
産後で体調がおもわしくないランディが「バカ連中を追いだして!」と怒る。

やっと会はお開きになり、仲間たちが帰って行ったあと、子供たちが寝ている2階へ行くとやけに冷え込んでいた。
夫婦の寝室は1階でランディはそこで寝ていたが、彼女は暖房による乾燥を嫌がるので、暖炉に火を入れ、薪を2~3本くべておいた。
俺は家を出て、歩いて20分ほどの所にあるコンビニにビールを買いに行った。
本当に寒い夜だった。 帰り道は雪道に足を取られて転んだのを覚えている。

もうすぐ家に着こうという時、サイレンの音が鳴り響いていた。
家が燃えている。 家全体が巨大な炎に包まれていた。
消防士の消火活動など、もはや意味をなさないほど手をつけられない状態だった。

そばで妻が消防士に抱きかかえられながら泣き叫んでいる。
「家の中に子供がいるの!」

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妻は煙を吸って病院へ搬送されて行った。
子供たちが密かに家から脱出していて、どこかに避難していてくれないだろうかという、心のどこかでほんのわずかな希望を持っていた。 無駄だと分かっていても。

瓦礫となった家の跡地で、現場検証を兄貴と共に見守っていた。
やがて消防士たちが布でくるんだ小さな"何か"を両手で大事そうに抱えて出てきた。
ひとつだけではなく、"何か"は3つあった。
黒こげになった3人の我が子の骸は本当に本当に小さかった。
ただただ俺は泣いていた。


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警察で状況を説明した。
暖炉に火を入れた後、家を出てコンビニへ行く途中、暖炉にファイヤー・スクリーンを置いたかどうかが気になったが、そのままにしてしまったのだ。
薪がはぜて床に転がり落ちてしまったのだろう。
警官は「君の過失は重大だが、誰でも犯すことだ。 スクリーンの立て忘れは犯罪じゃない」と言って、俺を釈放した。
重大な過失なんだろう? 俺のしでかしたことが罪じゃないって言うのか?
妻や、死んだ子供になんて詫びればいい?
なぜ俺を責めない? 誰か俺を裁いてくれ。 あとは自分一人で苦しめというのか?

取調室を出た時に、スキを突いて警官の銃を奪った。 こめかみを撃ち抜けば苦しみは終わる。
だが、あっけなく警官に取り押さえられた。


・・・・・・弁護士の言葉で我に帰った。
「リー、君の経験は想像を絶する。 本当に後見人になりたくないならかまわない。 君の自由だ。」

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兄貴の遺言を無下にはできない。
せめてもの供養になれば。
我が子をここまで育てられなかったこともあってか、血の繋がった少年の自立を見届けたい気持ちになったのかも知れない。

兄貴と、まだ小さかったパトリックの父子と一緒に釣りをした思い出の船はモーターが故障して使い物にならないらしい。 これはもう売ってしまった方が得策だろう。
だがパトリックは売らないと言う。
モーターを交換するのにどれだけ金がかかると思ってるんだ? 係留してるだけでも金は食われていくんだぞ。
それでもコイツは「売らない」の一点張りだ。 好きにしろ。

葬儀屋へ行った。
土が凍ってるために春になるまで埋葬できないので冷凍庫に保管すると言う。
パトリックはこれにも反対した。
しょうがないだろう、できないもんはできないんだから。 何が気に入らないんだ?
よそで埋葬したけりゃ、自分で手配しろ。


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パトリックはバンド活動もしている。
ドラマーがテンポキープできない奴で笑えるがな。
ヴォーカルはパトリックのカノジョのサンディーで、その子の家でいつも練習をしている。
・・・ちょっと待て。 じゃあこの前、部屋に連れてきたシルヴィーって子はなんなんだ?
二股か? あんな可愛らしいガキンチョだったオマエが女転がしになるとはな。 兄貴が今頃泣いてるぞ。
「地下ビジネスみたいな感じかな」 えらそうなことを言うな。

どうでもいいが、なぜ俺までサンディーの家についていかなきゃならない? そのたびにサンディーのお母さんがそれとなく俺を誘ってくるんだぞ。
申し訳ないが俺はその気にはなれないし。 おまえが変な気を回すんじゃない。

兄貴の葬式が終わったら、ボストンに引っ越すからな。
嫌だと言っても通用せんぞ。 俺はマンチェスター・バイ・ザ・シーなどに住む気はないからな。
「僕にはバンドや二人の彼女もいる。 友だちやホッケーやバスケもある。 叔父さんは便利屋だろ。 どこにでも住めるじゃないか」
住めない所もあるんだよ。


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マンチェスター・バイ・ザ・シーを去った日のことを思い出す。
兄貴と、幼いパトリックが引っ越しを手伝ってくれた。
弟はもう二度とこの町に帰ってくることはないのだろうという想いの中で、最後に抱きしめてくれた兄貴の腕の感触は今も残っている。

ボストンでの新しい住まいは半地下にある、薄暗くて狭い部屋。 兄貴は「これが部屋か?」と面食らっていた。
ただ寝るだけだから何もいらないと言って渋る俺を買い物に連れ出し、ソファや家具などを買ってくれた。
何から何まで・・・・
今もそのソファーベッドはボストンの部屋にある。 それに腰をうずめるたびに兄貴が見守ってくれてる気がしていたのに。


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ランディと別れて数年ほどだが、もっと随分たっているような気もする。
兄貴の葬式の前に連絡をもらい、参列したいと言ってきた。
断る理由がないが、正直会いたくはなかった。
彼女も同じ気持ちであるはずだが、そうすることでで彼女なりに過去のことに一区切りをつけれる気になれるかもしれないと思ったのだろうか。

だが電話の向こうで彼女は言いにくそうにしていたが、やがてもうすでに新しい伴侶がいるのだと告白した。 しかももう妊娠しているのだと。
そうか。 君はこの町に留まりながらも、新しい人生へと踏み出したのか。
亡くした3人の子供のことは・・・? 忘れるような君ではないことは分かっているが。
いや・・・、君から何もかも奪った俺がとやかくは言えない。

少しづつでも忘れていかなければ辛いばかりだもんな。 耐えられなかったんだよな。
その苦しみを引き受けてくれるいい人が見つかって良かったと思うよ。


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父親が亡くなっても気丈に振る舞い、青春を満喫しているように見えたパトリックだが、ある晩、冷蔵庫の前でメソメソと泣いていた。
冷凍食品を見て、父親を思い出したらしい。
「父さんを冷凍したくない」
まだそのことを引きずっていたのか。
かと思えば。

別れた母親から電話がかかってきて、偶然出た俺が変にパニくって思わず切ってしまったら、メチャクチャ怒りやがった。
「人生をぶち壊す最悪の後見人だよ、あんた。 僕は母さんと暮らす」 ああそうかい。

後日パトリックは母エリーズの家を訪ねたそうな。
エリーズにはフィアンセがいて、そいつがまたゴリゴリのクリスチャンらしい。
それよりも、母親がえらく緊張してしまって、一緒にしていた食事も途中で退席したという。
その晩、フィアンセから「彼女に母親を求めるのはまだ早い」というメールが届いた。
そう落ち込むな。 お母さんだって、元夫の死もショックだし、その息子が家に転がり込んでくると、色々と心の整理ができないんだ。 新しい人と婚約したばっかりだしな。

兄貴の遺品の銃を売って船のモーターを買い換えよう。
そんでもってカノジョも呼んでクルージングしようじゃないか。


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パトリックとサンディーが自宅でデートしてる間、俺は町ん中をブラッと歩くことにした。
すると・・・。 どうしてこうもタイミングが悪いのか。
ベビーカーを押して歩いていたランディとバッタリ会ってしまった。

俺のことを気遣ってくれる言葉が余計にのしかかる。
「俺は大丈夫だから。 君こそ幸せになれ」
「地獄に堕ちても仕方がないような、ひどいことをあなたに言ってしまったわ」
「俺はなんとも思っちゃいないよ」

そうじゃないんだ。 謝られたら逆に俺はどうしていいか分からなくなる。
地獄に堕ちなければならないのは俺の方なんだから。
話をさえぎって逃げるように別れた後、ヤケ酒をひっかけにバーに立ち寄る。
客の一人に因縁をふっかけて、お決まりのケンカ沙汰。
俺は一体何をしているのだろうか。


ジョージ夫妻と話し合いを持ち、パトリックを養子にもらってくれることになった。
後見人は俺のままだが、兄貴が残したお金はすべてジョージに渡す。
俺は決めた。
7月にはボストンに帰り、再び便利屋として暮らす。
これでいいんだ。 俺は疲れたよ。 
さらばだ、マンチェスター・バイ・ザ・シー。


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誰にとっても故郷には良い思い出も悪い思い出もあって当たり前。
なんであろうと自分の人生の起点である場所は大切にしたいホームタウンのはずだが、故郷を捨てて尚且つ帰れない、帰りたくないという人も少なくはない。

主人公リー・チャンドラー(ケイシー・アフレック)は重大な過ちを犯し、とてつもない悲劇に見舞われたその苦しみに耐えかねて故郷を捨てた。
それでも移り住んだ町は故郷から車で1時間半程度のボストンで、遥か遠くでもなければ目と鼻の先という訳でもない、非常に微妙な距離の場所であることから、彼の複雑な心情が見て取れる。

悲劇に打ちのめされたのは、もちろんリーだけではなく、別れた元妻のランディ(ミシェル・ウィリアムズ)はマンチェスター・バイ・ザ・シーに残り、心臓の悪い兄のジョー(カイル・チャンドラー)も息子と暮らしている。
リーだけが逃げたように映るのも致し方ないが、過去に向き合うか目を背けるかで揺れる心がマンチェスター・バイ・ザ・シー⇔ボストンの距離差になっている。
まともに陽の当らない半地下の狭い部屋で身を隠すように暮らしていることや、直接的に人の役に立てる便利屋という職業に就いているのも、十字架を背負った彼ならではである。
想像を絶する悔恨の苦しみの中で、自分の気持ちの落とし処を求めているのだ。
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幼い子が3人と、体調のすぐれない妻が寝ている夜中に、仲間を呼んで酒やドラッグをやりながらバカ騒ぎをし、あげく火を使う道具をおろそかにしたことで、3人の子供が焼け死ぬことになる。
1階で寝ていたランディは出火時に煙を吸って気絶していたところを消防士に助けられるのだが、火の回りが早くて2階はすでに手の施しようがなかったのだ。

明らかに自分に非があるのに、警察をはじめ、誰からも責められないという宙ぶらりんの状態にリーは苦しむことになる。
妻からは相当にひどい言葉でなじられたようだが、いっそその方が楽なのに、まともな償いさえもできないまま放置されたことが傷を深くしてしまったのだ。
刑務所にでもブチ込まれていれば、もう少し早く彼は自分を許していたことだろう。

これまでのこういう類いの人生ドラマの大半は、主人公がやがて立ち直って再生の道を歩み出すというポジティヴな方向へと振れるのだから、映画を観ながら勝手にそういう展開を誰もが予想はする。
しかし、部外者の決めつけはいとも簡単に弾かれ、リーの心はすでに完膚なきまでに打ち砕かれていて、決して元には戻らないという傷を負っていることを思い知らされることになる。
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パトリック(ルーカス・ヘッジズ)をジョージ(C・J・ウィルソン)の養子にし、彼の生活を維持させて後見人の務めを果たしたリーは再びボストンに戻ることを決める。
その際にパトリックから一緒に暮らそうと提案されるのだが、その時に彼の口から絞り出された言葉はあまりに突き刺さる。
「乗り越えられない。 辛すぎるんだ」

ドラマのセリフや歌の歌詞の様な励ましをかけられても、それだけで立ち上がれるのは現実には容易いことではない。
人にはどんなに耐えようとも乗り越えられない苦しみだってあるのだ。
それは弱さではない。 乗り越えられなくたって、それはそれでいいのだ。
その苦しみの中に身を置くことで贖罪にもなるし、率直な心情を言葉に出した瞬間にリーは多少なりとも救われて、自分を許す道筋の灯りを見つけたように思われる。

ボストンで新しい新居を探すリー「予備の部屋が必要だ」とつぶやく。
「何のために?」と聞くパトリック
「おまえが遊びに来る」

リーが新しい一歩を踏み出すために故郷を捨てることこそ、現実に沿った希望の選択。
これからも過去が彼の心を苛むことは避け難く、ハッピーエンドとは言えないが、それでもほんのわずかな光をそっと射し込ませた余韻に包まれる。
痛みある人生の、リアルなハートの手触りが感じれる人間ドラマの一大傑作である。

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ケイシー・アフレックの演じる役どころは決して饒舌ではない。
となると、見るべきはやはり「目」ということになる。
事実、彼の目線の動きは感情を力強く語っている。
しかも、終始死んだ目をしているキャラクターの背景上のハンデをものともとせず、エモーショルな熱感を放っている演技は神級とも言わざるを得ない。

マット・デイモンがなぜケイシー・アフレックに役を譲ったのかと、なんやかんや言われていたが、結果論だろうけどもこの役はアフレックだからこそではないか。
ベン・アフレックの弟ということを周囲がさほどあげつらわないのは、「ジェシー・ジェームズの暗殺」などで早くから演技力が認められていたからで、むしろ兄貴の方が焦っているかもしれない。

アカデミー賞の授賞式では「おまえはノストラダムスか」みたいなヒゲヅラで出てきたが、ふと見れば兄貴までノストラダムス化していて笑ってしまったが。

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また出番はさほど多くはないが、リーの元妻ランディを演じたミシェル・ウィリアムズもかなりの印象を残した。
後半、道端で出くわしたリーに涙ながらに過去の態度を謝罪するシーンには、こっちまでリーになったような気分にさせられて胸が熱くなる。
この人もオスカーは今回で4回目のノミネートだがまだ受賞はない。
いつかは何らかの作品で獲るだろうとは思う。 素晴らしい女優だ。


「賢人のお言葉」
 
「逃げた者はもう一度戦える」
 デモステネス
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