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ライオン 25年目のただいま
2017年05月09日

T0021637p.jpg「Googleマップ」。 これを最初に見た時の衝撃・・・。
ストリートビューなんかはもはや「地図」とは言わない。
"目"だけの『どこでもドア』である。


「Googleマップ」を初めて使ってみた時のテンションの上がり方は、おそらくみんな同じではないだろうか。
まずは自分の住んでるところを見てみた人は多いかも。
そして世界各地の観光地。 自分と同じ目線で見れて、名所の周りをぐるっと周ったり、テレビ番組なんかでは「そこから撮らないでしょう」みたいな場所から見るのも面白い。
現地の人がリアルな感じで映り込んでるのも見どころの一つ。

2005年のほぼ同時期にサービスが始まった「Google Earth」は「マップ」よりかはデキるんだろうけど、現状は「マップ」で十分楽しめる。
もちろん「Google Earth」や「マップ」が我々ヒマ人のための「退屈しのぎアイテム」の用途だけにあるのではなく、それを使って大切なものを探す人だってもちろんいるのだ。


アッと驚くニュースが世界中を駆け巡ったのは2012年のこと。
5歳の時にインドで迷子になったまま、家に帰ることができず孤児院に保護されたのち、養子としてオーストラリアで育った青年サルー・ブライアリー
時が流れて25年後。
彼がGoogle Earthを使って、記憶のなかった実家を探し出し、25年振りの帰還を果たしたという嘘のような本当の話。

この奇跡の実話を映画化した「ライオン 25年目のただいま」。
TVドラマ「トップ・オブ・ザ・レイク ~消えた少女~」の新鋭ガース・デイヴィスがメガホンを取った本作はアカデミー賞でも作品賞など6部門にノミネート。
距離も歳月も乗り越える絆のたくましさが爆泣きを誘う屈指の感動作だ。


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インドの西部カンドワにある小さな村で暮らす5歳のサルー(サニー・パワール)。
サルーをはじめ4人の子供を養うシングルマザーの母カムラは採石場で石を集める仕事をしている。 だが生活は苦しく、子供たちを学校にやるお金もない。
サルーは時々長い距離を走っては、母親の仕事場まで行って、果物の差し入れなどを健気にも届ける。

サルー自身も幼いなりに生活のために役立ちたいという気持ちのある子なのである。
兄のグドゥ(アビシェーク・バラト)と一緒に走ってる貨物列車に飛び乗っては石炭をくすねて市場で食糧と交換することもやっている。

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グドゥは仕事のために夜から家を出ることもある。
その日。 兄の役に立ちたいサルーはどうしても一緒に行きたいとダダをこねる。
「重い物を運ぶ仕事なのだからおまえには無理だ」と言っても聞かない。

仕方なくグドゥサルーを連れていくのだが、途中でサルーが眠いと言ってぐずり出す。
困り果てたグドゥはブルハンプル駅のホームのベンチにサルーを寝かせ、「戻ってくるまで絶対そこにいるんだぞ」と言い聞かせるのだった。
「お兄ちゃん、揚げ菓子買ってきて」 「わかった」
この会話がよもや最後になるとは・・・・・

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ベンチで寝込んでしまったサルーはやがて目を覚ます。
この時、サルーにはおそらく時間がずいぶんと経過してしまってるように感じたのかもしれない。
夜の駅のプラットホームには誰もいない。 静かな世界にポツンと取り残されたサルーは不安で不安で仕方がなかった。
ジッと我慢して兄を待っていれば良かったのだろうが、彼は兄を探してそこらへんを歩き回ったのち、ホームに入ってきた回送列車に何も知らずに乗り込んでしまうのである。
兄が乗っているかもしれないと思ったのだろうか。

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サルーが乗り込んだ時点では列車はしばらくの間、ブルハンプルで停まっていた。
サルーはそこで兄を待とうと思ったのか、気を抜いて列車の座席で再び眠り込んでしまう。
気がつけば列車は動き出していた。
サルー自身も大変なことになったのは分かっているがどうしようもできない。
「降ろしてー! 誰か助けてー!」と、誰にも届かぬ叫びを上げ続ける。

いくつかの駅で途中停車はするのだが、サルーの乗った車両は鍵がかかってるのか、中から外へは出れなくなってしまっている。
駅で停まった時に通行人に助けを求めても、子供がふざけてるようにしか見えないのか、誰ひとりとしてサルーに気を留めようともしないのだった。

結局なんとサルーはこの列車に数日間も揺られることになる。
着いた先は、ブルハンプルから東へ1600キロ彼方の大都市コルカタ。 以前はカルカッタと呼ばれていた都市だ。
四半世紀前でも交通事情は大差はないはずだが、通常の列車なら丸1日の距離のはず。
回送列車のためか、停車駅で半日ぐらい停まるからなのかは不明だが、サルーがようやくコルカタのハウラー駅で列車から降りることができたのは兄とはぐれてから数日が経過していたのだ。

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ハウラー駅をさまよいながら、切符売り場を見つけたサルーだが、もちろんお金など持ってはいない。
それでも必死に「ガネストレイ!」と自分の住んでた村の名前を売り場のおじさんに言うのだが通じない。
サルーが住んでた地区はヒンズー語だが、コルカタはベンガル語なのだ。
「邪魔だ、あっちへ行け!」と追い払われたサルーは駅の構内をうろつく。

駅の通路で壁に寄り添って座りこんでいるホームレスの子供たちに混じって一夜を明かすサルー
だが翌朝、どこからともなくやってきた大人たちの集団が子供たちを追いかけては捕まえてさらっていく。
地べたに敷くための段ボールを一枚、サルーに貸してくれた少年もさらわれてしまった。

一体何が起きているのか分からないまま、サルーは必死に逃げながら、大人が誰しも、子供に優しくしてくれる訳ではないことを薄々と学ぶ。
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一人なんとか逃げ切ったサルーは、通りがかりの女性に保護され、彼女の自宅に招かれる。
女性はヌーレと名乗った。
食事も食べさせてもらい、シャワーも浴びさせてもらったサルーは彼女の親切に一縷の望みを託すつもりだったが・・・。

その後、ラーマという男がやってくる。
ヌーレからサルーを紹介されたラーマという男は、サルーの体を一通り触ったあと、「これなら合格だ」とつぶやく。
(ここにいてはいけない)というカンが働いたサルーはヌーレの元から逃げ出した。


インドのホームレスの数は1億人いると聞くが、そのうちストレートチルドレンは50万人いると言われている。
段ボールを敷いて子供たちが身を寄せ合って寝転がっている光景はなんとも言葉がない。
またインドでは毎年8万人の子供が行方不明になっている。
駅で子供をさらう男たちや、サルーを救うふりをして何やら品定めしていた男と女は、突っ込んでは描かれないが、どうやら臓器目的の人身売買であろうと思われる。
幼いサルーの目には、このインドの陰がどういう風に映り、どういう風に感じたのだろうか。

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レストランの窓際の席で食事をしていた男性が、外の路上で座りこんで食べる真似をするサルーに気づいて声をかける。
ベンガル語を喋れないので、警察へ連れて行ってもらったサルー
「ガネストレイ」という所に住んでいたと言っても、そんな場所はないと警察の人間も首をひねるしかなかった。

そうしてサルーは結局孤児院に引き取られる。
3ヶ月間、サルーの写真入りの広告が新聞に載るも何の音沙汰も無し。
そしてサルーにとって大きな転機が訪れる。

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オーストラリアのタスマニアに暮らすジョン(デヴィッド・ウェンハム)とスー(ニコール・キッドマン)のブライアリー夫妻に養子にもらわれることになったサルー

白人を見るのは初めてだっただろう。 オーストラリアと言われてもピンとは来なかったはずだ。
おそらくは母や兄の元には帰れないのだろうという悲しい想いと、自分を守ってくれて一緒に暮らそうと言ってくれる優しい大人と出会った安心感のあいだで揺れながら、サルーは運命に身を委ねることを幼い心に言い聞かせるのだった。

ジョンスーからは愛情たっぷりに育てられ、英語も学んでいくサルー
やがて夫妻がもう一人の養子として引き取ってきたマントッシュという男の子も家族に加わった。
だがマントッシュは常に情緒不安定で、嫌なことがあったら自分で自分の頭を激しく叩いたりする発作を起こして夫妻を困らせる。

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苦しむ義弟と途方に暮れる義父母を見ながら、サルーマントッシュを想いやりつつ、自分も今頃は母や兄をどれだけ心配させているのだろうかと想いを馳せる。
そして自分がマントッシュの兄だという自覚を持ち、自分を我が子のように愛してくれる義父母に頼るばかりでなく、逆に自分が少しでも支えになろうと思うサルーだった。


そして20年以上の歳月が過ぎた2008年・・・・・・・・・・・


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25歳のサルーは大学生。 ホテル経営を学んでいる。
タスマニアを離れてメルボルンに単身暮らしており、以前から気になっていたクラスメイトのルーシー(ルーニー・マーラ)と付き合っている。

義父母はというと、スーは最近体調がおもわしくない。
マントッシュは子供の頃よりはマシになったといえ、ちょっとしたことで感情が爆発しそうな危ういところを未だに抱えている。
マントッシュが家を出たことを聞いたサルーは、人けの少ない海岸近くのログハウスに住んでいる彼を訪ねる。
「ママを心配させるな」
「だから家を出たんだ」

血が繋がっていなくても、こうしてせっかく家族になったのだから、離れ離れになる思いはしたくない、義母を悲しませたくないサルーは常に心を砕いている。

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ある日、友人のホームパーティーに招かれたサルーは偶然にも、キッチンでシャレビという揚げ菓子を発見する。
幼い頃、いつも兄にねだっていた思い出の菓子。
生き別れになった夜、「揚げ菓子を買ってきて」と兄に投げかけた最後の言葉。

今でも兄は夢の中に出てくる。
買った揚げ菓子を手にしながら、いなくなった弟を今も探し続けているかもしれない兄。
自分はすでにジョンスーという"両親"とマントッシュという"弟"がいる。
だからもう会える望みの少ない、生まれ故郷の母や兄のことを忘れようなどと思った訳ではないのだが、新しい生活に馴染んで20年も経ったこの時に、生き別れた兄との思い出をつなぐ揚げ菓子が目の前にあることにサルーは動揺を隠せなかった。

自分から他人に生い立ちのことを話したことはない。
様子を心配したルーシーや友人たちにサルーは、自分が迷子であることを打ち明ける。
住んでいた村の名前もうろ覚え。 自分の名字も母親の名前も覚えていない。
記憶にあるのは、兄とはぐれた駅のベンチから見えていた「給水塔」だ。
給水塔がそばにある駅。 手掛かりはそれしかない。

ここで友人の一人が提案する。
Google Earthなら調べられるのではないかと。
当時の列車の「速さ」と、列車に乗っていた「時間」から、ハウラー駅までの「距離」が割り出せるはずだと。
「速さ×時間=距離」。 なるほど。
ハウラー駅を起点にした距離の長さを半径とする円周の範囲にサルーの故郷があるかもしれない。
しかし、インドの列車は遅い。 よく長時間停まる。 よく遅れる。 そう簡単な計算ではない。
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何よりもサルーの心にトゲを刺すのは、自分をここまで育ててくれた養父母のことである。
もちろん、その恩を裏切る訳ではないが、自分が生母を探すことをスーはどう思うだろうか。
彼女を傷つけることなどできない。 絶対に彼女を裏切ってはならない。
それでも。 それでもサルーは20年以上も見ていない故郷がすぐ目の前にあるという光が射した状況に心が揺れる。

スーには黙ったまま、サルーは毎日黙々とパソコンと向き合い、Google Earthを動かし続ける。
だが、いくら探しても「ガネストレイ」という場所は見つからない。
「給水塔がそばにある駅」も手掛かりひとつない。

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取り憑かれたようにのめり込んでいくサルールーシーには心配でならない。
「物ごとは時とともに変わる。 もし世界が変わっていたら・・・?」
「それでも探す」

家族がもう誰も存命でなかったら。 引っ越していたら。 生家がもうなかったら。
あまりに長い時間の経過が生み出す残酷な現実がサルーを打ちのめしてしまうのではないかとルーシーは怖れる。
その時にサルーは今まで通りに義父母と接することができるのか。
あまりに大きいリスクを案じて自省を求めるルーシーサルーは感情を露わにする。
「生母を探すのはママへの裏切りだ。 でも兄さんが毎日、僕の名を呼んでるんだ。 その気持ちが分かるか!」
サルーは一旦ルーシーから距離を取ることにする。

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その瞬間は突然訪れる。
何の気なしにGoogle Earthをいじっていたサルーは偶然にも母が働いていた山らしき地形を発見するのだ。
汗を流している母に果物を届けようといつも走っていた道のりがディスプレイの中に映し出されていた。
サルーの目と心は、少年の日に戻ってカンドワを疾走する。

そして。 Google Earthの中に忘れもしない「給水塔」をようやく見つけたのだ。
兄を最後に見たブルハンプルの駅がある。 25年前の目を得たサルーの記憶の旅はようやく終わりを迎えようとしていた。
小さな高架をくぐる・・・・ 林を抜ける・・・・
そこに住んでた村がある。
「ガネストレイ」だとばかり思っていた名前は「ガネッシュ・タライ」。
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やっと見つかった。 やっと帰って来たという気持ちが熱い涙となって込み上げる。
あとは本当に帰るだけだ。
だが、スーはなんと言うだろうか。
しかし伝えねばならない。 裏切る訳じゃない。
いつまでも、あなたの子供だと伝えて、次の一歩を踏み出すのだとサルーの心は決まった。

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「子供が産めない訳じゃないのよ」スーは言う。
「世界は人であふれてるわ。 子供を産んで世界がよくなるかしら? 私にとっては不運な子供たちを助ける方が意義があるわ」

母親になりたいというのではない。 自分の気持ちを満たしたかったのでもないのだ。
家族のない、帰る場所のない子供を一人でも幸せにするために、この女性は自分を救い出してくれたのだとサルーは痛いほど感じ入るのだった。

世の中には養子をもらっておきながら途中で養育を放棄する里親もいる。
だがサルースーがそんな母親ではないことを、マントッシュを通じて知っている。
マントッシュが暴れるほど言う事を聞かなくても、使いこなせないオモチャを交換するようなことはしない。 根気強く接しながら、マントッシュの心が満たされるには何が最善なのかといつも悩んでいた彼女をサルーは知っている。

そして今、サルーが失った、自分自身を満たすための大切なカケラが見つかったのだ。
会いに行くことを拒む親などいない。
「お母様に見せたいわ。 立派になった息子を」


そしてサルーはインドへと渡った。
彼は今、自分自身の足でしっかりとEarthを踏みしめて歩いている。
25年間言えなかった「ただいま」の言葉を言う、その時へとサルーは一歩一歩近づいていくのだった。
無題


久々に涙腺がスパークする映画。
サルーがインドの故郷カンドワを訪れ、村の中へと入って行くくだりから、流れるようなピアノの旋律とともに観客は目を皿のようにしながら一部始終を見届けることになる、そのクライマックスは誰しもソワソワせずにはいられない。
いや、Google Earthで給水塔を発見するシーンからすでに、(これは涙腺がやばいことになりそうだ)という覚悟を決めた人は多いはず。

生家自体はなぜか家畜小屋になってしまっていたが、いつか息子が帰ってくることを信じて疑わずに村を出なかった母カムラさんの、絆を信じる思いの強さには感服せざるを得ない。
彼女の事情を村人たちがみんな知っていて、息子との再会を取り囲んで祝福するところが感動に追い打ちをかける。

しかし。
お兄さんのグドゥサルーとはぐれたその日の夜に列車に轢かれて亡くなっている。
そのことを聞かされたサルーはただただ後悔の涙を流すしかない。
なぜあの日の夜、じっと兄を待っていることができなかったのだろうか。
弟を探すことに夢中になったあまりに事故に遭ってしまったのだろうか。

それでも、こうして母と再会を果たすことができたのだ。
無事で何よりだったと最も喜んでいるのはお兄さんに違いない。

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サルーは自分の生まれ育ったガネッシュ・タライを"ガネストレイ"と間違えて覚えていたのだが、実はもうひとつ、ずっと長いあいだ思い違いをしていたことがあるのだが、さてそれは・・・・?

この映画のタイトルは「ライオン」である。 だが劇中、ライオンなど一頭も出てこないし、セリフの中にも「ライオン」という言葉は一切出てこない。
本作を観ているうちに、すっかりタイトルのことなど忘れてしまっているのも無理からぬこと。
しかし、最後の最後になって、この「ライオン」というタイトルの意味が瞬時に判明するシーンには鳥肌が立つ。
そうきたか!

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この映画はただの美談ではない。
幼くして一人ぼっちで大都会に放り出されたサルーが目にする、帰る場所のない子供たちの残酷な末路や、自分の子供を産むよりも不運な子を救うことに意義を見出すスー夫人の慈愛。
これらのエピソードなどを観ていると、よその国や特定の宗教を排斥したりする不寛容な考えを当然のように主張する昨今の世界の風潮が滑稽に見える。
むやみやたらに自己犠牲を払ってまでみんな仲良くせえやとまでは言わんが、利己主義で何が悪いと言わんばかりの排他思想の看板を出すことを恥ずかしがらないその根性は、どんな育ち方をしたらそうなるのかと不思議に思う。

人助けさえも損得のそろばんを弾いてからでないとしないのか。
なるほど。 だからか。 子供でも路上で寝ているような国がある理由はそこか。
映画の内容から一番感動するべきポイントからずれるかもしれないが、ハウラー駅のストリートチルドレンの描写は個人的にはまあまあショッキングだった。
それ故に、逆に今一番世界に必要な寛容さが後退し、狭い視野でしか世界を見渡せない諸国のリーダーが嘆かわしい。
Google Earthのような広大な視野を持てというメッセージが本作にはあるのだ。
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デヴ・パテルは「スラムドッグ$ミリオネア」(08)の頃の印象からすれば、顔つき体つきはもちろんだが、俳優として目を見張るような右肩カーブを描いている。(「エアベンダー」は彼の責任ではないよ)
「奇蹟がくれた数式」も良かったしね。
まだ10年そこらのキャリアの20代だ。 今後も大いに楽しみだけれど、役柄が偏り気味なのが気の毒ではある。
オスカーにノミネートされたのはいいけど、なぜ「助演」?

本作で輝きを放ったニコール・キッドマン、納得の助演女優賞ノミネート。
久々に心を揺さぶられるキッドマンを観れた。
彼女もトム・クルーズと夫婦だった時代に2人の養子を設けている。
あの静かながら燃えたぎるような強い意志をにじませるスー役の演技は、彼女の人生観からもたらされていると言っても過言ではない。

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オーストラリアに到着した日のサルー
   
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スージョンのあいだで満面の笑みのサルー。 夕食会にて。

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サルーと2人の母。
産みの母カムラと養母スーがカンドワで初対面を果たす。



「賢人のお言葉」
 「非利己的な思考をめぐらしつつ、あらゆる人々に好意を抱き、あらゆる人々と楽しく接し、忍耐を持ってあらゆる人々の内部に良いものを探し続けることは、天国への王道である。」
 ジェームズ・アレン
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