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他にもこれ観ました  ~2月編(下)
2017年03月08日

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もう1週間以上経ってますが、第89回アカデミー賞はビックリしましたねえ。
あんなことが起こるんですねえ。

あのハプニングで初めて知りましたが、用心に備えて同じ封筒が2つ用意されていたとは。
用心がアダになったという、アホみたいな話。
それにしても素早い切り替えを見せた「ラ・ラ・ランド」のプロデューサー、ジョーダン・ホロヴィッツの対応もさすが。
「ムーンライト」の関係者に向かって「受賞したのは君たちだよ~!」

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プレゼンターがウォーレン・ベイティとフェイ・ダナウェイの「俺たちに明日はない」のコンビだという感動も半減。
ベイティは「あれ?」と思ったらしいが、ダナウェイは読み上げてしまった。
 
いやいや、二人に非は無い。 なんにも悪くない。
二人に恥をかかせた「PwC」(アカデミー賞の投票集計をしている会社)がボンクラすぎるのだ。

プレゼンターといえば【美術賞】ではジェイミー・ドーナンとダコタ・ジョンソンの「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」のコンビが登場。
おたくら、仲悪かったんじゃないの? そんなことなかったんならいいけどね。

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司会者のジミー・キンメルが「過大評価されてる女優」とトランプ大統領にディスられたメリル・ストリープをさっそくイジる。
「それを受けるには値しないけど、みなさん盛大な拍手を!」
この時のスタンディング・オベーションはちょっと感動。
 
で・・・ジミー・キンメルといえば、マット・デイモン。
「宿敵同士」という“設定”で昔からずーっとヤリあってる二人。
【脚本賞】のプレゼンターとしてベン・アフレックと一緒に壇上に上がったデイモン。 アフレックと交互に喋るのだが、デイモンが喋る時になると大音量でオーケストラが演奏し出すというイヤがらせ。
指揮者はキンメル。 場内バカ受け。
この日はキンメルに軍配。 っていうか、そろそろ飽きないのかね、お二人さん。

「ラ・ラ・ランド」が意外に部門数が伸びなかったとはいえ、最多6部門受賞。
作品賞をかっさらった「ムーンライト」も日本での公開が1ヶ月早く前倒し。 これも楽しみですねえ。



そして、これまたビックリしたのが、先日授賞式があった第40回日本アカデミー賞。
まさか「シン・ゴジラ」とは。 最優秀作品賞はじめ最多7部門受賞。
いいね、いいね! でもどういう風の吹きまわし?
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決まった瞬間、市川実日子が口をパッカーンと開けたまんま固まってたのが印象的でした。
長谷川博巳も「みなさん引いてる感じがしたんですけど、大丈夫ですか?」とコメント。
出演者でさえ、そんな風になるんだから、これは日本アカデミー賞にしたら画期的な結果。
ともかく、おめでとうごじらます。 いや、ございます。


アカデミー賞のことばっかり書きすぎましたな。
ちゃっちゃといきましょう。
本題、【他にもこれ観ました】です。

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「ナイスガイズ!」

ラッセル・クロウとライアン・ゴズリング共演のアクション・コメディー。
クロウはなんでも腕っ節でモメごとを片付けるDQNな示談屋ヒーリー。
ゴズリングは妻に先立たれて酒に溺れ、娘からは"一生幸せになれない男"と烙印を押されている探偵マーチ。
どっちもロクでもないこの二人が、ひょんなことからコンビを組み、図らずも自動車業界と政府との癒着という大ごとに首を突っ込んでドタバタやらかす話です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アメリアという女性から、探偵に付きまとわれてるのでなんとかしてちょうだいという依頼で、探偵のマーチをシメに行くヒーリー。
そのマーチは不可解な死を遂げたポルノ女優を調べるうちに、アメリアという女性の存在を突きとめて身辺を探っていたところだった。
そんな訳でヒーリーにボコられる。
その後、何者かに命を狙われたヒーリーは、アメリアという女に何か裏があると見て、急遽マーチを“相棒”に指名し、姿を消したアメリアを探すうちに、巨大な陰謀に巻き込まれていく・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
時代設定が1977年。
この当時の音楽やファッション、車などのポップカルチャーをはじめとした世相の再現が素晴しいですね。
ノワール的なサスペンスである本筋はまあまあなデキで、思ったほどコメディではないです。
それよりも、すっかり土俵入り目前の体形になり、「グラディエーター」時代と比べて見る影もなくなったラッセル・クロウ。
しかし観てるうちにこの劣化ぶりもなんだか可愛らしくなってくる。
ハ? 役作り? またまたぁ~。 減量した時にそう言いなさいよ。

ライアン・ゴズリングはなんでもできますねえ。 まあまあスッとぼけた役ですよ、これ。
この調子だと、まだ当分はライアン・レイノルズと間違われ続けるのでは。
70年代のロスに不思議とマッチしている、この二人のコンビネーションが実によろしい。
        

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「たかが世界の終わり」

アッシが2015年の洋画ベスト1に選んだ「Mommy/マミー」のグザヴィエ・ドラン監督の最新作ということで、観る前からワクワク。
しかし。 観終わって正直「この監督のクセがすごい!」と気分は千鳥の状態。
一筋縄ではいかんなあ、この人の映画は・・・。

ほぼワン・シチュエーションの物語。
都会で作家として成功している青年ルイが12年振りに実家に帰省してきます。
実はこの青年、もうすぐ死ぬらしいのですよ。
「なんで?」 さあ・・・なんででしょうかねえ。 そのあたりは語られません。 おそらくは不治の病でしょう。
帰省したのは、家族にそのことを伝えるため。
母、兄、妹、兄嫁らが迎えるのですが、ルイはなかなかそのことを打ち明けられず、取り留めのない会話ばかりが続きます。
浮足立ってる母親と妹。
終始不機嫌で何かと突っかかる兄。
口ベタな兄嫁。
ちなみにルイはゲイです。 これは家族も周知。

なんせ12年振りですから、兄嫁なんかはもちろん初対面。 妹の場合、ルイには幼い頃の彼女しか知らない訳で、どことなく微妙な空気が漂ってます。
なんと言っても、兄貴のゴキゲンななめ振りはどうしたものか。
「俺たちを巻き込むのはやめろ。」と、何も言うな何も知りたくないと暗に迫ってるような態度で、ルイに打ち明け話の機会を与えません。
ますます過去に一体何があったかを知りたくなりますが、この映画は一連の情報を観客に一切与えないまま終わってしまうのです。
多分にルイがゲイであることが過去も今も家族の中に尾を引いてるのでしょうが、そういった実情はこの映画には重要ではないようです。

お互い腹を割って話したいことは本当は山のようにあるのに、素直になれない不器用な家族が最後の最後まですれ違っていく、切ない不協和音の光景が描かれています。
色々とお騒がせして家を出て、12年も帰らんかったら、まあこういう感じになるのでしょう。
でもこれ正味の所、1時間半かけて語る内容じゃないです。 冗長さだけが目につきます。
主人公を演じたギャスパー・ウリエルはじめ、ヴァンサン・カッセル、マリオン・コティヤール、レア・セドゥ、ナタリー・バイという、濃密なキャストですが、これは正直もったいない。
あるシーンで「恋のマイアヒ」をブッ込んだのはさすが。
        

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「セル」

スティーヴン・キング原作の世紀末ホラー。
ジョン・キューザック、サミュエル・L・ジャクソンという、これもキング原作の映画化「1408号室」で顔を合わせた二人が再び共演。

携帯電話で会話をしていた人が突然暴徒化しだして世界はシッチャカメッチャカ。
いや暴徒ってもんではないですな。 これはゾンビです。
原作本が刊行される前、正式なタイトルがつけられる直前の仮題が「携帯ゾンビ」だったそうですし。
携帯から発せられる謎のパルスを聴くと、やたらに人を襲いたがるゾンビとなってしまうんですから、おっそろしい話です。
当然アッという間に世界中に広がって、まともな人間は少数。
主人公はたまたまバッテリーが切れていて難を逃れたのだけれど、妻子を探しながら道中いろんな人と出会ってサバイバル行脚するという物語。

一応ロードムービーになっているゾンビ映画ですが、過去のゾンビものと比較すれば全然パワー不足。
携帯依存社会への揶揄とか警鐘のような深みも無し。
なんじゃいな、これ?
冒頭の空港のシーンだけがテンションが上がりますけど、そのあとがダラダラしてます。

赤いフードをかぶった"張本人"の正体も目的も明かされませんが、まあそれはいいとして、観る人に答えを委ねるラストにしたのはいただけませんな。
        

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「レオナルド・ダ・ヴィンチ 美と知の迷宮」

世紀の天才レオナルド・ダ・ヴィンチの人物像に迫ったドキュメンタリー。
なんで今頃かというと、まもなく没後500年を迎えるからでしょう、多分。

いろんな作品について、描かれたことの背景などが、レオナルドゆかりの人たちを俳優が演じて語るという趣向。
ミラノを統治していた当主ルドヴィコ・スフォルツァ。 その愛人のガッレラーニ。
巨匠ラファエロ・サンツィオ。
レオナルドの弟子「サライ」ことジャン・ジャコモ・カプロッティなど。

作品の解説によって浮かび上がるダ・ヴィンチという人の特異な一面のあれこれが面白い。
色んなことに興味持ちすぎ! その分、飽きるのも早っ!
発想が先を行きすぎ! なんでもパイオニア!
ナレーションにもありますが、まさに生まれる時代が早すぎた人ですね。

昔は人物を描く時は真横か正面から描くのが通例だったのを、初めて斜めからの構図で描いたのがダ・ヴィンチなんだと。 ホントにぃ?
どこから見てもモデルの目線が合わない絵「ラ・ベル・フェロニエール」や「最後の晩餐」についての考察も面白かったですね。
でも個人的には、もっと「おおっ!」と言わされるようなネタを期待したんだけどなあ。
上映時間が82分。 つまらなくはなかったけど、お金を払って「世界・ふしぎ発見!」を観たような気分。
        

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「海は燃えている イタリア最南端の小さな島」

「ローマ環状線 めぐりゆく人生たち」のジャンフランコ・ロージ監督の最新ドキュメンタリー。
ロージ監督が今回選んだテーマはズバリ、「難民」。

イタリア半島の南、地中海に浮かぶシチリア島。その下にマルタ島。
さらにその下にあるのがランぺドゥーサ島。 イタリア最南端というより、ほとんどチュニジアに近いですけどね。
このランぺドゥーサ島は人口が約5500人。
この島にやってくる難民は年間5万人超。
キャパオーバーにもほどがある! それ以前に5万人という数の難民が出る状況が怖い。 なんなのそれ?
すぐ近くはリビアですし、無理もないのかもしれんけど。

そんなんだから、小さな島なのにでっかい無線施設があり、港には救助艇が停泊している。
冒頭から生々しい無線のやり取り。
「助けてください!」 「場所はどこですか?」 「助けてください!」 「何人が乗ってますか?」 「助けてください。 沈没しそうなんです!」 「落ち着いて。 現在地が分かりますか?」
ヘリコプターを出して救助活動へ・・・

多くの難民が押し寄せるので、この小さな島の住民たちは、さぞやてんてこまいなんだろうという内容のドキュメンタリーかと思うがさにあらず。
難民の乗った船の救助や、引き揚げられた人たちの様子などを捉える一方で、この島で暮らす人々の日常が淡々と映し出されています。
それはもうまったくの平穏。
12歳の少年サムエレ君は手作りのパチンコで友だちと一緒に鳥の巣を撃ってみたりしながら遊んでいる。
サムエレ君は左目が弱視と判明。 お医者さんの指導であえて右目を眼帯で塞いで、弱視の方の左目だけで見るようにして、弱ってる神経に活動を促すのだそうだ。
これは観客に対して、見ているようで見てなかった難民の現状を広い視野で見てほしいというメタファー。

ラジオにリクエストするおばさんとリクエスト曲を流す、島のDJさん。
そして、島のたった一人のお医者さん。
難民の妊婦さんのお腹をエコー検査で診ているパルトロというお医者さんの仕事の大半は難民の健康チェックや不幸にも命を落とした難民の死体を検視して死亡診断書を書くこと。
「こうした人々を救うのは、すべての人間の務めだ。」と医師は言う。

自分の国でさえも日常を送れなくなり、命がけで海を渡って亡くなる者もいる中、生き残って不安一杯な日々を過ごすことになる人たち。
片や、普通にベッドで寝起きして普通に美味しい食事をする、当たり前の日常を送る人。
この対比が強烈。
難民の問題は、どうやって受け入れましょうかとか、未だにその次元で考えててはいかんなと痛感します。
難民が生まれる根本を解決しなければ意味がありません。 なんとかならんのでしょうか。
「そこまで見せる?」とも思えるほど、ラストの地獄絵図は衝撃です。
平々凡々な毎日がどれだけ幸せなことか・・・。
        

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「素晴らしきかな、人生」

「プラダを着た悪魔」や「ワン チャンス」のデヴィッド・フランケル監督のもと、オールスターキャストが集結して描かれる一人の男の人生再生ストーリー。
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広告代理店の経営者ハワードの成功の秘訣は「愛」と「時間」と「死」という3つの要素。
人は愛を求め、時間を惜しんで、死を恐れる。 ここにアイデアが生まれるのだという。
しかし3年後、6歳の娘を亡くしたハワードは別人のように変わり果てていた。
毎日泣きそうな顔をしてオフィスに来たら黙々とドミノを並べている。
CEOが完全に世捨て人状態となったせいで顧客は次々と離れて会社は倒産寸前。
運良く買収の話が来ても、筆頭株主のハワードはウンともスンとも言わない。
なんとかしなければと、ハワードの友人でもある3人の重役たちが一計を案じる。

ハワードはそれまで信じてきた「愛」と「時間」と「死」に裏切られたと憤り、3つの概念それぞれに怒りの手紙を出していた。 返事などもちろん来る訳ではないが。
これに目をつけた重役たちは3人の役者を雇い、「愛」と「時間」と「死」という役を演じてもらって、手紙の返事という設定でハワードに近づいて励ましてもらおうとするのだ。
これで立ち直ってくれればめっけもんだが、あくまでも彼に買収に応じさせるのが目的なのだが。

やがて「死」を名乗る老婆、「時間」を名乗る青年、「愛」を名乗る女性が次々とハワードの前に現れる。
果たしてハワードは娘を亡くした悲しみから立ち直れるのか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
予告編とか観ていたら、感動系のお話。 それもウィル・スミス、ヘレン・ミレン、ケイト・ウィンスレット、エドワード・ノートン、キーラ・ナイトレイ、マイケル・ペーニャというゴージャスなキャストともなれば期待が高まって当然。
しかしこの映画、アメリカではウンコちびるぐらい酷評されております。 おなじみのロッテントマトでは支持12%というゲロスベリ。 なぜに?
それに加えて今年のゴールデンラズベリー賞の「最低スクリーン・コンボ賞」にもノミネートされてるときたもんだ。
そういう情報も込みで観に行きました。 どこが気に入らんのん? それを確かめてやろうというスタンスで映画を観ることもあります。

・・・・・・で。
いい話ですよ。 ほぉ~っ、そう来ましたかってな仕掛けもありますしね。
人は確かに「愛」を渇望し、「時間」を惜しんで、「死」を恐れる。
だけど思うように愛に手が届かず、時間はいくらあっても足りず、死という恐怖と悲しみは回避できない。
それでもそれが当り前だと虚勢を張ったって、人生は面白くもなんともないぞ。
我慢は体に毒だ。 耐え続けてることから自分を解放する勇気を持って人生の一歩を踏み出せば、どんな試練も恐くはない。

・・・・・・と、いいように言ってみた後に手のひらを返すようで恐縮ですが。

確かにツッコミどころはあります。
これってコメディー? ちがいますよね? でもやってることはコントだよね。
会社の偉いさんを友人でもある側近が、ドッキリを使って失脚させるんですよ。
おまえのせいで会社が倒れたらかなわんわってことで、あまりにも手の込んだ方法でもって、CEOの心が病んでるように思わせ、筆頭株主の座から引きずり下ろすのです。
立ち直らせるのが目的でも、時間と金かけてまでこんなことする? つまりはテーマありきのムリからな設定がただただサブい。

ウィル・スミス演じるハワードは立ち直ってない訳じゃない。
会社に出てきてドミノ並べて遊んでるんだから、これはもう「かまってちゃん」以外何者でもない。
娘のことを語りたがらない部分の引っ張り方も不自然に長いですね。
娘の死は受け入れられないのに、死期の迫った同僚のサイモンにはまるで受け入れろと言わんばかり。 この人やっぱり早い時期から立ち直ってたのねと確信。

色々と細かいことを気にせずにスルーしときゃ、素晴らしきかな、この映画なんですけど。
あっ、そうそう。 この邦題もダメ。 「哉」を「かな」にしておこうという厭らしさがムリ。
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