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他にもこれ観ました  ~12月編(上)
2016年12月19日

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「シークレット・オブ・モンスター」

ヒトラー、スターリン、ムッソリーニ、毛沢東、カダフィー、ポル・ポト、金正恩etc・・・
独裁者はいかにして生まれるのか。
教育などの環境か、それとも持って生まれた天賦の才か。
“怪物”が目を覚ます要因に迫るミステリー。・・・といっても、この映画、少々クセモノ。
監督は「マーサ、あるいはマーシー・メイ」などの俳優ブラディ・コーベット。
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第一次世界大戦が終結したばかりの1918年。
少年の名はプレスコット(トム・スウィート)。 国務次官補である父(リアム・カニンガム)の仕事の関係でアメリカからフランスのパリにやってきた。
母親(ベレニス・べジョ)は4ヶ国語ペラペラのフランス人で、敬虔なカトリック信者。

さて、このプレスコット君。 めっちゃ悪い!
なんや、この子は! シャレにならんクソガキやで。
教会で降誕劇の稽古を終えた彼は外に出て石ころを拾い集める。
何をするのかと思いきや、教会の屋上に上がって、教会から出てくる村人めがけて石を投げつけるのだ。
母親は「なんであんなことをするの。」と叱ると、プレスコット君は「僕よりもみんなの方が好きなの?」と問い返す。
もしもし。 なんであんなことをするのかと聞いとるんですがのぉ。
翌日、神父さんのもとへ謝りに行かせても、「この人に何かしたわけじゃない。」と謝罪を拒否。 ええ根性しとるのぉプレスコット君。

とにかく扱いづらいというか、難しい子なのである。
多分に自己顕示欲が異常に強いのだろう。 しかし不幸にも彼を取り巻く環境がその欲求を発散できる状況でないばかりか、彼の神経を余計に逆なでする事柄が多いのだ。
若き女性家庭教師が父親と親密にしているところを見てしまった彼は元々嫌いだった父親に対してますます反抗的に。
そしてある日、家庭教師の胸にタッチする。 で、怒られる。 手をぺシッと叩かれる。 当たり前じゃ。

髪型のせいか、女の子にたびたび間違われ、その都度かんしゃくを起こす。 めんどくさいのぉ。
じゃ、髪切れよと思うが、頑として髪型を変えないのである。
自宅に大勢の客が来て会議が開かれ、例によって客から「お嬢ちゃん」に間違われたプレスコット君は、裸にガウンを羽織った格好でみんなの前に現れて父親はブチギレる。
自分の部屋に閉じこもってしまったプレスコット君に、母親は「服を着て出てくるまで食事を与えないように。」とメイドに命じる。
だが、少年が唯一心を開いていたメイドは情が移って食事を与えていたが、それがバレてクビになってしまう。
プレスコット君の中にある“魔”が覚醒寸前。
そして晩さん会の席で、少年の“魔”が解き放たれるのである。
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ヒトラーもムッソリーニも幼少の頃から大人が手に負えないほどの問題児だったというが、このプレスコット少年もバリバリの素質を見せる。
映画は4つの章で構成されていて、「第一のかんしゃく」・「第二のかんしゃく」・「第三のかんしゃく」での少年時代を積み上げた次の最終章「新しい時代」で、いきなり大人になったプレスコットが登場。
彼の乗った車を沿道の大衆が拍手を送る。 軍服姿で、しかもあれだけこだわっていた髪をバッサリどころかスキンヘッドにした彼のカリスマオーラがハンパない。
一応は架空の国家で、そこの独裁者となって堂々としている風貌があの少年時代とはあまりにかけ離れていて、ちょっと恐い。
あまりにも一足飛びに時間が飛ぶので面食らうし、その時間と時間のプロセスに説明がないので、「なぜ彼が独裁者になったのか?」という謎の答えはしっくりしないままに終わってしまう。
確かに救い難いクソガキぶりのあれこれや、「ライオンとネズミ」の童話など、多くのヒントはあるのだけども、今ひとつ説得力に欠ける。
聴いてるだけで不安になってくるような音楽が異様な迫力。
        

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「ブレア・ウィッチ」

1999年に大ヒットしたホラー映画「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」。
POVホラーの先駆けとなった伝説の映画の正式な続編が登場。
監督はハリウッド版「デス・ノート」の監督を務めることでも話題のアダム・ウィンガード。
えっ?じゃあ2000年に公開された「ブレア・ウィッチ2」って何ですのん?
あれは"正式な"続編ではないらしいです。 道理でアホほどつまらんかったわけですな。
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前作から20年後という設定。
20年前に「ブレア・ウィッチ伝説」のドキュメンタリーを撮るためにブラック・ヒルの森に入って行き、その後消息を絶ってしまったヘザ―、ジョシュ、マイクの3人の大学生。
20年後、ヘザ―の弟ジェームズはYouTubeに投稿された動画の中に姉らしき姿を発見する。
今も姉の失踪の謎にこだわるジェームズは、居ても立ってもいられず現地へ向かうことを決心。
友人のピーター(♂)、リサ(♀)、アシュリー(♀)も同行。 特に映画科専攻のリサは大学の課題作として映像を記録しようとやる気満々で、耳かけ式のアクションカメラやドローンなどを持ちこんで準備万端。
ブラック・ヒルの森でビデオテープを発見し、それを投稿した張本人のレイン(♂)とカノジョのタリア(♀)も、テープの発見場所を案内するという条件で強引に参加。
かくしてヤロー3人とオナゴ3人の計6人はブラック・ヒルの森へと入って行く。
そして言わずもがな、6人はとんでもない目に遭うのであります。

テントで一夜を明かして外に出たら、木切れで作られた人形(スティックマン)がたくさん木に吊るされている。
朝起きたのに時計はなぜか午後2時。
これはやばいぞ、もう帰ろうと森の入口を目指してもテントを張ってた場所に戻ってきてしまう。
ケータイもつながらない。 ドローンも落っこちる。
たまに奇妙な声や物音が聞こえる。
森の中から出られなくなった一行。 やがてジェームズは動画に出てきた廃屋を発見して中へと入って行くのだが・・・・
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基本は前回と一緒。
カメラのせわしなさが気になった前と比べれば、アクションカメラのクオリティがいいのか映像的には断然観やすくなっております。
恐さも多少アップしていますが、いかんせん焼き直し。
前作のラストでマイクが壁に向かって立っていた、その理由が判明します。
"それ"と目を合わせたら襲われるんだとよ。 サルか! クマか!
        

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「ハンズ・オブ・ラヴ 手のひらの勇気」

2015年6月、アメリカ最高裁は『同性婚を含むすべてのアメリカ人の婚姻を保証する』という画期的な判決を下しました。
アカデミー賞を受賞した短編ドキュメンタリー「Freeheld」(07)で取り上げられたローレル・へスターとステイシー・アンドレの同性カップルによる平等の権利を得るまでの闘いが判決に影響を与えたと言われています。

ニュージャージーで20年以上警察官として仕事に励んでいた女性ローレル(ジュリアン・ムーア)はある日ステイシー(エレン・ペイジ)という女性と出会って、やがて愛を育み、一軒家を買って共に暮らし始めます。
しかしローレルが末期の肺がんを発症。
自分がいなくなっても、ステイシーが家を売らずに暮らせるように遺族年金を残そうとするローレル。
しかし郡政委員会がその申請を却下。
ローレルとステイシーは「ドメスティック・パートナーシップ制度」に登録はしているのですが、これは正式な「婚姻関係」が認められたものではありません。
法律上、「夫婦ではない」二人には遺族年金は認められないのです。
ローレルとステイシーは周囲の助けも得ながら委員会に何度も出向いて平等の権利を訴えます。
残された時間の中で愛する人を想い、すべてのマイノリティのために声を上げ続けるローレルの満身創痍には胸を打たれずにはおれません。

ジュリアン・ムーアが「アリスのままで」に続いて難病にかかった役を演じていますが、がんの進行でどんどんやつれていく姿がなかなかショッキング。
肺がんのためにしわがれた声を出し、抗がん剤による副作用のスキンヘッド姿にもなるジュリアン・ムーア。 さすがですねえ。
ローレルに気があった同僚警官のデーン(マイケル・シャノン)が彼女からカミングアウトされて傷つきながらも、病と闘い、法律とも闘うローレルを助けるために奔走する男気にも感動しました。
「あなた方次第だ!」を連呼するゲイの活動家を演じたスティーヴ・カレルも強烈に印象に残ります。
ストーリー的には予定調和で新鮮味はないのはしょうがない訳ですが、エンドロールに出てくる実際の人物のスナップ写真の一枚一枚が感動モノ。
それにしても役人ってのはホントに・・・。
        

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「アズミ・ハルコは行方不明」

山内マリコが2013年に発表した初長編小説を「私たちのハァハァ」の松井大悟監督が映画化した青春映画。
蒼井優と高畑充希の共演!(カラミは少ないが)でなければ観に行かなかったかもしれないけども、やっぱこの二人は素晴しい女優さんですね。
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安曇春子(蒼井優)。 地方都市に住む27歳。
認知症の祖母を抱える家族と同居し、零細企業の事務員を務め、社長と専務から「女は早く結婚するべきだ」などと言葉のセクハラを受ける毎日だ。 ああ、そうか自分は27歳だしな・・・いや、まだ27歳か、いやいや“もう27”か。
トイレットペーパーを買いにスーパーへ行くとレジを打っていたのは同級生の曽我雄二(石崎ひゅーい)だった。
その時はなんとなしに別れたが、ある夜、ここ最近巷を騒がしている男ばかりを狙う女子高生ギャング団が一人の男をボコってる現場に遭遇してしまう。
その男は曽我だった。 彼を自宅まで送り届けたその夜に、互いの寂しさを埋めるかのように二人は身体を重ねる。
それ以降、特別つき合ってる訳でもないが食事をしたり買い物をする仲になっていたが、しばらくして曽我からの連絡が途絶えた。
やがてある事実を知った春子は町から姿を消した・・・・・

木南愛奈(高畑充希)。 20歳になったばかりのフリーター。
キャバクラを辞めてネイリストになるため勉強中。
名古屋の大学を中退して地元に帰ってきた同級生の富樫ユキオ(太賀)と再会して、なんとなく遊んでなんとなくセックスする間柄に。
そんな時、二人はレンタルビデオ店でバイトをしている同級生の三橋学(葉山奨之)を発見。 引きこもりだった彼はなんとか立ち直って専門学校に行ったらしい。
ユキオと学はグラフィティ・アートのドキュメンタリー映画「イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ」(なつかしいな)のDVDに影響を受けて、“キルロイ”というチーム名でグラフィティ・アートを始める。
交番の掲示板にあった、安曇春子の行方を探している貼り紙をモチーフにしたアートを街中に拡散していくユキオと学。
その後、愛菜も加わりアズミ・ハルコのグラフィティ・アートがエスカレートしていくが、学が女子高生ギャング団に襲撃され・・・・
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時間軸がやたらにシャッフルされていますが、これはこれはこれでサスペンスフルな感じが盛り上がっていいとは思います。
この話を時系列通りに描いたら、なんの面白みもない普通の話で終わってしまいそうですし。
監督さんもそれを認めつつこの手法でいくことを選択されたようで、編集の段階までかなり苦労されたようです。
その甲斐あってか、ストーリーにけっこうエッジが効いてて不思議に引き込まれますね。 どこがどうという訳でもない話なのにも関わらず。
正直、人物への感情移入のことを思えば女性向けの映画でしょう。
男子には、春子も愛菜もなんだかイタイだけですしね。 そこがまた可愛いのかも。
蒼井優も良かったけど、今回は高畑充希に軍配ですね。
JKギャング団のリーダー役の花影香音の印象も濃度高し。
        

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「マダム・フローレンス! 夢見るふたり」

飛び抜けた音痴にもかかわらず、1944年にはカーネギーホールでもリサイタルを行った伝説のオペラ歌手、フローレンス・フォスター・ジェンキンス(1868~1944)。
州議会議員だった父親の莫大な遺産を引き継いで社交界にデビューした彼女は歌を歌うのが大好きで、自身で創設したクラブでの音楽会をはじめ数多くのリサイタルに出演しました。
その歌声たるや、ひきつけを起こしたような叫声でもちろん音程など皆無。
どう聞いてもふざけてるか、嫌がらせのどちらかとしか思えない「歌唱テロ」を当の本人はまったく認識していないどころか、かなりイケてる歌手だと自認し、必死で笑いをこらえている社交界の人々のニヤケ顔をてっきり喜んでくれているものとばかり思っていたようです。

ところが不思議なことに彼女の歌は大いに好評を博し、事実たくさんのステージにも立ち、ラジオのリサイタル番組も持ってたそうで、もちろん彼女をバカにする声も無かった訳ではないのですが、必死で声を絞り出しながらドヤ顔で歌うその堂々たる様や、調子っぱずれでもどこか愛嬌のある響きが大衆を魅了したようです。
今もカーネギーホールのアーカイブの1番人気になっており、フローレンスが残したアルバムはデヴィッド・ボウイが生涯愛した名盤だとしても有名です。

このフローレンス・フォスター・ジェンキンスという人物にインスパイアされたフランス映画「偉大なるマルグリット」がありましたが、あれはあくまでも彼女をモデルとした別の物語でした。 あの映画も良かったですがね。
「偉大なるマルグリット」が日本でも公開された時期には、フローレンス・フォスター・ジェンキンスをメリル・ストリープが演じる映画もまもなく公開されるというニュースが届いていましたので楽しみにしていました。
監督は「クィーン」、「あなたを抱きしめる日まで」のスティーヴン・フリアーズ。
フローレンスの夫シンクレア・ベイフィールドを演じるのはヒュー・グラント。

とは言っても、「偉大なるマルグリット」とさほど変わらないストーリーです。
ただし史実に忠実に描かれているので、また違った興味深い面白さがあります。
ドギモを抜かれたのは浴槽いっぱいのポテトサラダ! どんだけ好きやねん! ジャガイモ何個やねん! ってか、浴槽をそんな風に使うかね! とにかくポテトサラダとサンドイッチが大好物だったらしいです。
ピアニストの面接の時に、応募者たちが待っている間に椅子に座ってて、シンクレアから「座るな」と言われますが、これは「著名人が死んだ時に座っていた椅子」をマダムがコレクションしたものだそうで、その趣味もキテレツですね。

メリル・ストリープは本来歌がうまいのですが、音痴に歌う特訓を積んで撮影に臨んでいます。
吹き替えではないんですね。 撮影初日の翌日の朝は声が出なかったそうです。 そりゃそうでしょうな。

ひどい音痴でもみんなから慕われたフローレンスの感動の物語ですが、それを引き立てた功労者はなんといってもヒュー・グラントでしょう。
近年は仕事をセーブしているグラントですが、本作で演じたシンクレア役は絶品で、さすがと思わせます。
愛人との二重生活を送りながらも、フローレンスとの絆はまた別格の感情を抱き合わせている複雑な役柄です。
印象に残っているのは愛人とバーで飲んでる時に、フローレンスのレコードを聞きながらバカにして笑っている客に文句を言うシーンですね。
愛人からは「今ここを離れたらあなたとは終わりよ。」と言われても、妻をバカにする客のもとへと突進していくシンクレアには思わず「それでいいんだぜ!」と感心。

悲劇的な締めくくりで終わりますが、やりたいことを極めた彼女は幸せな人生だったのではないでしょうか。
ピアニストのコズメ・マクムーン(サイモン・へルバーグ)にしてもそうですね。 カーネギーホールで演奏できた上に憧れだったボディビルダーにも転身できたんですから。
        

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「海賊とよばれた男」

ルフィの話ではなく、出光石油の創始者・出光佐三をモデルにした百田尚樹のベストセラー小説を「永遠のゼロ」の山崎貴監督、岡田准一主演で映画化した人間ドラマの大作。
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国岡鐵造(くにおか・てつぞう/岡田准一)は、門司の石油販売業、国岡商店の店主。
明治44年に創業するも、なかなか新規参入者には冷たい世界。
ある時彼は、これまで灯油が燃料の主だった漁船のエンジンに軽油が使えることに気づき、下関の海に伝馬船を出して直接漁船に石油を売りさばいていく。
下関を縄張りにする他業者の封鎖も突破し、大旗をかざしながら海を行くその姿に人々は鐵造のことを「海賊」と呼んだ。

この国岡鐡造、もう惚れ惚れするようなリーダーのかがみ。
確かに強引でワンマンな面もあるのだが、口を出すより自ら率先して行動。 社員は他にもいるであろうに、大変な仕事でも自分でできる範囲なら「俺に任せろ」なホットな男なのだ。
あきらめない、下を向かない、立ち止まらない。 粘りと突進力が服を着た男。
それでいて、どんなに経営が苦しくともリストラなど断じてやらない。
会社の宝である社員のことを誰よりも見ていて、信頼を寄せている。
だからこそ鐡造のもとには人が集まってくる。 鐵造にどこまでもついていく。
彼の掲げる『士魂商才』の精神が息づいているのだ。
会社がどんなに大きくなっても彼は自分のことを未だ「店主」と呼ばせるのは、己を曲げずにここまでやってきたプライドからであろう。
ただし、あまりの仕事人間ゆえに結婚生活は破綻してしまうのだが。

そういう男であるから当然敵だらけ。
戦後、国策会社である『石油配給統制会社(通称・石統)』の社長、島川(國村準)は、国岡の強引なやり方を苦々しく思っていて、「あんたとこには意地でも石油は回さんよ。」と小学生のようなことを言って国岡の石統加盟を拒否する。
石油販売事業ができなくなった国岡商店はラジオ修理から旧海軍備蓄タンク底の油をさらう仕事までやり、GHQの後押しでようやく石油配給公団の販売店に指定される。
そして翌年、石油メジャーの会社が業務提携を持ちかけてくるも、話を聞くと単なる「買収」。
そのメジャーのCEOは、かつて鐵造が満州鉄道の車軸油を売り込みに行き、満州の厳しい冬でも絶対凍らない油を開発した国岡商店によって走行テストで敗れて悔しがってた男である。
国内の大手石油会社の多くがアメリカの大手のメジャーの資本に組み込まれ、そうしないとGHQの完全管理下では単独で石油事業もままならない時代だったのだ。
だからといってハイそうでござんすかと引き下がる国岡鐡造ではない。
3年後には外航用大型タンカー「日承丸」を完成させた国岡商店は昭和28年に、当時経済封鎖されていたイランまで行って石油を輸入するという、ヘタすりゃ英国を敵に回すことになる大博打を打つのである。
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自分の商売のこともあろうが、なによりも特殊な状況の時代において、日本の誇りだけは守るのだという信念のもとに邁進する鐡造の男気ムンムンの一代記。
2時間25分のストーリーは、なんら間延びすることなく、数多くのエピソードが詰め込まれていて、いい意味で大河ドラマの総集編的な観やすさ分かりやすさが幅広い世代に受けるのではないでしょうか。
岡田准一の演じる主人公は、2~30代の頃と60代の老けた頃のパートに分かれているのですが、明らかに60代の頃を演じるシーンの方が多いはず。
両世代を演じ分けつつ、若い頃より少々パワーの落ちた鐡造を違和感無く演じ上げたのはなかなかのものです。
出てくる人は圧倒的に「いい人」が多いので、演出としては少々やり過ぎ感のあるシーンも目につきます。 突然、国岡商店の社歌をみんなが歌い出すシーンとか、イランの人が手を振って歓迎するシーンとか。 まあ気にするレベルでもないけど。
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