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淵に立つ
2016年10月29日

T0020965p.jpg 人はいつも耐えている。 踏ん張っている。
人は大抵なにかを忍んで暮らしている。
一歩踏み出したら、もう這い上がれない底なし沼の淵に立っている。

打ち明けることのない秘密や、暴発寸前でくすぶっている憎悪の念などを抱えた人は、不意に駆られる感情ひとつで、忍ぶことを捨てて本性をさらけ出す。
邪な物が沈んでいる底なし沼の水面に映る自分の顔はどんな顔なのかと淵から覗きこむ。
その顔が、こっちに来いとささやく。
いっそ沈んでしまえば今の苦しみから逃れられるぞとささやいてくる。
淵に立つ人はその時・・・


小さな町工場を営む家族のもとに突然現れた一人の男はそこで働き始めるが、やがてその家族に残酷な傷を残して姿を消す。
消えることのない後悔と憎悪を胸に耐えてきた夫婦は8年後に再び、闇の淵に立つことになる。
「歓待」、「さようなら」の深田晃司監督の最新作は、観る者の胸をえぐる衝撃の人間ドラマ。
第69回カンヌ国際映画祭、「ある視点」部門審査員賞受賞作。


【あらすじ】 (長文恐縮)
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郊外の住宅街にある、家族経営の小さな金属加工工場「鈴岡金属」。
鈴岡利雄(古館寛治)は、そりの合わなかった父親から10年前に工場を受け継いだ。
間もなく結婚し、章江(筒井真理子)という妻と、10歳になる娘、(篠川桃音)がいる。
夫婦の間には業務連絡以外の会話はほとんどないが、それでもどこにでもある平穏な家族だ。

利雄には結婚前から、家族も知らない秘密がある。
それを知ってるのは、たった一人の男。 今自分がこうして平和に家庭を築ける身であるのは、その男が秘密について口を閉ざしているからだ。

妻の章江は敬虔なプロテスタント信者である。
家の中に十字架などの、そういう類いの物はないが、不要な服を協会に寄付したり、食事の前には御祈りは欠かさない。
「天におられる神様、お名前を通してお祈りします。これからいただく朝食を・・・」
妻と娘が御祈りをしてても利雄はさっさと先に食べる。

章江にとって今一番の楽しみは、娘のが習っているオルガンの発表会がまもなくに迫っていることだ。
家にも小さなオルガンがあって、は毎日練習し、章江は発表会用のドレスを自分で作ることに夢中になっている。
ただは、オルガン教室の先生がすぐ怒るから恐くて、時々教室に行くのはサボるのだが。


ある日、工場の奥で作業をしていた利雄は、入口のそばに立っている一人の男に気づく。
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八坂草太郎(浅野忠信)は利雄の幼なじみだが、殺人を犯して刑務所に11年服役していた。
一ヶ月前に出所してきたばかりで、現在は県の施設で世話になっているのだと言う。
久しぶりの再会も、どことなくぎこちない利雄八坂
そんなにかしこまる間柄でもないのに、服役中のクセなのか、最初はついつい敬語で喋ってしまう八坂
いつ出たんだ?今何をしてる?家族は?と、恐るおそる探りを入れるかのように質問攻めする利雄

八坂「ちょっと相談があるんだけど。」と切り出す。・・・・・・
こうして八坂利雄の工場で住み込みで働くことになった。
突然のことに戸惑う章江だが、利雄「3週間だけだ。 もう決めたことだから。」とそっけない。

最初は気づまりだった章江だが、黙々と仕事をこなし、食事の後片付けをするなど礼儀正しい八坂の態度に徐々に打ち解けていく。
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楽器もできる八坂にもオルガンを教えてあげ、信仰に打ち込む章江にも理解を示し、夫の利雄以上に章江と距離が狭まった八坂はある時、自分がムショ帰りであることを章江に打ち明ける。
人を殺めて11年いました・・・・
私は独善的な人間でした・・・・
私は間違えないという、私自身の正しさを頑なに信じていました・・・・
私の歪んだ価値観を根拠に人を殺めてしまいました・・・・
反省とかではなく、逃げも隠れもしないという男らしさへの子供じみた憧れから刑務所に入ることを覚悟し、何もかも包み隠さずに法廷で話し、死刑になる覚悟もありました・・・・
私は正しいことをしている。 正義の光の中にいる。 そういった自信に満ちていたので、正しさの中で潔く死んでいこうと考えました・・・・
しかし・・・・・・
御遺族から罵声を浴びることも覚悟していましたが、傍聴席の母親は能面のような表情で自分で自分の顔を2度3度と右手で打ちつけたのです・・・・
なぜ彼女が自分の顔を打ったのか、今でも本当のことは分かりませんが、その時私はなんて取り返しのつかないことをしてしまったのかと本気で悔いたのです・・・・
一人の人間の命を奪うということの重大さを、私は被害者と残された者の絶望の深さを思い、実感したのです・・・・
私は本当は死刑になるべきでした。 しかし生かされました・・・・
私のこれからの人生は御遺族の方に預けられたものだと思っています・・・・

八坂の長い長い独白に涙を流して聞き入っていた章江は、その晩、居間で利雄に問い詰めた。
「八坂さんのこと聞きました。 どうして教えてくださらなかったんですか。」
「別に言う理由もなかったから。」
「私がいやがると思ったんですか。」
「まあ、そうだな。」
「見くびらないでください。 彼のような人こそ、神に愛されなくてはならないのに。」



週末、鈴岡家の3人と、古株の従業員・設楽(三浦貴大)、そして八坂も誘われて、5人は車で庄内の山あいの川まで遊びに出かけた。
こんな時でも八坂はワイシャツ姿だ
の帽子が川に流され、それを探しに行って二人っきりになった利雄八坂
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「おまえのことは話してないよ、何も。」
「うん、そうか、ありがとう。」
すると突然振り向いた八坂の顔は静かに怒気をたたえ、ドスの効いた声で利雄に食ってかかる。
「おまえ、本当にちいせえ奴だな。 そんなに怖いか、俺が?」
「いや・・・。」
「言わねえよ、あの時、おまえもいたとか。一度も言ったこともねえよ。 なのにおまえはなぁ、俺がクソみてえな場所でクソみてえな奴らの相手してる時に、女作ってセックスしてガキこさえて。 やりたい放題だよな、本当。」
「・・・・。」
「時々思うよ。 ああ、おまえの家でさ、なんでこの生活は俺じゃなくて、おまえなんだってな。 ぶち壊してやろうかって、全部。」
「・・・すまん。」
「なんてな。冗談だよ、冗談。 おまえが考えてそうなことを言ってみただけ。 俺は、昔のことはどうでもいい。 ただ静かに生きたいだけなんだから。」

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八坂章江は二人でふらっと河原を散策し、キチジョウソウの花が咲く崖裾に来た。
しばらく華を見つめた二人。
八坂章江にそっとキスをする。
もう一度キスをする。
章江は拒むことなく、八坂は背中に手を回し、二人はしばらく抱きしめ合う・・・。


翌日、の発表会用のドレスが出来上がり、試着した「友だちに見せてくる!」とはしゃいで外に飛び出していった。
利雄は工場の機械にスイッチを入れ、八坂は部屋で章江にキスをしている・・・。
その日の午後・・・
昼どき、八坂は土手でパンをかじっている。 草むらでアベックがイチャついている。
次第に息づかいが荒くなる八坂は工場へと戻る道すがら、がオルガンで練習していたスコットランド民謡「美しい牧場の堤」を口ずさむ。
「なつかし丘辺よ、清らの花咲き匂う、小鳥の歌楽しく・・・」

作業場を抜けてそのまま自宅へと入った八坂は、ひとり家事をしている章江に抱きつきキスをする。
そのまま押し倒してズボンを脱ごうとする八坂に、章江はとっさに抵抗し、思わず八坂を足で蹴り飛ばしていた。
八坂はそのまま家を飛び出した。
そこへが手を振りながら駆けてくる。 八坂も手を振り返した・・・・・

銀行から戻ってきた利雄
ぐったりとソファーに寝そべる章江
「ちょっと疲れちゃった。 蛍、見なかった?」 「いや・・・。」

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帰ってこないを心配して利雄は探しに出かけた。
そして、ひと気のない高架下の空き地で頭から血を流して倒れているを発見する。 意識がなくピクリともしない。 
そばには八坂が立ちつくしていた。 微笑んでいるのか、泣きそうになっているのか分からない顔をしていた。

「八坂、おまえ何をした!」 八坂は答えない。
「蛍!蛍!」 やがて章江も駆けつける。
「救急車!章江ー! 救急車呼べー!」
八坂が逃げ出し、利雄はあとを追ったが見失ってしまう。


8年後
利雄は興信所からの報告を聞いている。
また今度も手掛かりは無しだったようだ。
8年間なんの成果もない。
章江から「もう辞めようよ。十分やったでしょ、私たち。」と諭される。
「見つけてどうすんの? 死んでるかもしれないし。 私たち興信所の、体のいい金づるじゃない。」
「俺はただ知りたいんだよ。 何があったのか。」
「それで何が変わるの?」


設楽が親の農業を継ぐことになって工場を辞めることになり、代わりに若い青年が入ってきた。
名前は山上孝司(太賀)。 まもなく21歳になる。
設楽の最後の日に、みんなで記念写真を撮ろうということになる。
利雄から「せっかくなんだし、設楽も最後だから。」と促された章江が奥から車椅子に乗せたを連れてきた。
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18歳になって、すっかり成長しただが、肉体以外の彼女の時間は停まったままだ。
口をポカンと開け、見ているのか見ていないのか分からないようなボンヤリとした目つきで天井を見上げている。
左手だけが窮屈に曲げた形のまま硬直している。
その姿のまま、車椅子の上で微動だにしない
あの日の出来事で、脳に重い障害が残ったは、確かに生きてはいるものの、今はまるで抜け殻のような植物状態だった。

章江はかいがいしくを世話するが、極度の潔癖症に陥っていた。
に触れる可能性のあるものは入念に洗ったり拭いたりする。
もちろん自分の手も。 自分専用の石鹸でごしごしと、「1・・、2・・、3・・、4・・」と数を数えながら、手が荒れるほど洗うのである。
どんな微小なものでさえも、に近づけまいと決心したかのように。

利雄は、八坂の行方を突きとめるために興信所を雇ったことを、あれこれと妻に言われても、そういうおまえはどうなんだと思う。
消毒依存になったおまえこそ、自分のことを許せないでいるんじゃないのか。

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新人の孝司は熱心に仕事を覚えようとするマジメな青年で、絵を描くのが趣味だ。両親はいないらしい。
神経過剰なまでの介護をする章江を見ながら、孝司は微力でも何か力になろうと、にイヤリングをプレゼントしたりするのだが、それさえも章江は袋ごと洗面台で洗い出す。
「ごめんね。自分でもおかしいって分かってるんだけど。」
自分の母親もそういうところがあったのを思いだす孝司

ある日、利雄は作業中に孝司から、あることを尋ねられて衝撃を受ける。
「昔、八坂って人、働いてませんでした?」
「え?なに?」
「多分、8年ぐらい前にここでちょっとだけ働いてたと思うんですけど。」
「・・・いや・・・いたけど。 なに、知り合い?」
「あの、父親なんです。」
「・・・ああ、そう。」
「お袋が死んで遺品を整理してたら親父からの手紙がいくつか出てきて、そこの住所がここだったんです。」
「お父さん、今どこにいるの?」
「いや、全然分からないんですけど。」
「え? でもそれでここに来たの?」 「変ですかね?」 「いや、どうだろう。」
「親父とは一度も会ったこともないんですよ。だから思い入れとかなくて。 ちょうど仕事探してて、鈴岡金属ってどっかで見た名前だなって思ったら親父の手紙で、これも何かの運命かなって。」
「誰にも言うなよ。 章江にもだ。」
「え?でも・・・」
「なんでもだ!」
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なんという運命のいたずらか。
利雄は正直半分はあきらめていたのだが。
今、目の前に自分の娘を不具の身にした男の息子がいる。 娘と二つしか違わない。 
我が子に一度も会ったことがない八坂でも、奥さんとの手紙のやり取りでと同じぐらいの子供がいることは知っていたはず。
なぜ人の子に手にかけたのだ。 なんの罪もないを。
てめえの子はこうしてピンピンとして、前途有望でございってツラをしているのに、うちのは歩くこともできない、自分でご飯も食べれない、笑うことも泣くこともできない。
・・・利雄の心にどす黒いモヤがかかりだしていた。

「御両親、離婚したの? その・・・名字違うから。お父さんと。」
「いえ、離婚したというか、結婚してなかったみたいで。」
「そうか。連絡はないの?お父さんから。」
「特には。 お袋にはちょっと会ったみたいですけど。」
「いつ? 最後に会ったの。」
「多分だいぶ前っすよ。」 「だからそれいつ?」
「お袋から聞いた訳じゃないんで、分からないんですけど。」と言いながら、孝司はカバンから一枚の写真を取り出して見せた。
8年前の川遊びの時に、利雄章江八坂が河原で川の字に寝そべっている写真だった。
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「それ、送られてきたのが最後です。8年ぐらい前っすよ。」
「お父さんに会いたいの?」
「いや別に。 好奇心はあっても話すことないっすよ。」
言葉が途切れ、ノートに仕事を覚えるためのメモを続ける孝司の横顔を見つめてた利雄
そして利雄はいきなり孝司の頬をビンタした。
呆気にとられる孝司に、「いや、ごめん、なんでもないんだ。」とごまかしにもなっていない態度しかしようのない利雄
思わず手が出ていた。 彼に罪はないのは分かっているのに、どことなく八坂に面影が似たその顔を見てると勝手に手が出ていたのだ。

そしてふとしたことから、章江に写真が見つかってしまい、問い詰める彼女に孝司は、利雄にした同じ説明をする。
章江がショックで席を外しているあいだ、の様子が気になった孝司は顔を覗きこむ。
それをちょうど見た章江は烈火のごとく怒り、あまりの剣幕にひるんだ孝司はそのまま工場を飛びだして、もう二度と戻ることはなかった。

その夜に、利雄章江はお互いの胸の内をさらけ出す。
もとより夫婦の愛情などなかったのだ。
がああなったのもそんな二人への罰なのだと互いになじり合った二人は別れることを決心する。
その翌日。 興信所から八坂らしい人物を発見したという報告が入る。
庄内。 川遊びに行った、あの町だった。

利雄章江孝司を呼び出し、も同乗させての計4人で車を北へと飛ばす。
八坂を見つけたら彼を殺すのか、それとも八坂の目の前で孝司を殺して見せるのか。
何も決めてはいない。本当は何をしたいのかが分からない。
確かに言えることは、利雄章江は真っ暗な闇が向こうに広がる淵に立っているということだった。
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監督の深田晃司は、家族とは不条理なものだと言う。
映画で描きたいのは、家族の崩壊ではなく、あらかじめ崩壊している家族なのだと。
「本来人間は個々人それぞれがどうしようもない孤独を抱えた生き物で、母でも子でも妻でも夫でも、みんなバラバラに生まれ、歩き、考え、喜び、バラバラに死んでいく。 それなのに、たまたまそこに生まれたという理由で、家族という共同体が営まれる。みんな当たり前の顔をして毎日寝食を共にする。こんな不条理があるだろうかと私は思います。」
「私が描きたいのは、家族の崩壊ではなく、もともとバラバラである家族が、ああ、自分たちはバラバラで孤独だったんだなあ、ということを発見し、それでもなお隣りにいる誰かと生きていかなくてはいけない業のようなものです。」

なんとも寂しいことをおっしゃる方だ。
少々隔たった感覚かもしれないが、確かに理想として語られるような、「制度」という家族のあり方には欺瞞を覚えなくもない。
なんにせよ、この映画は、娘を不随にさせられた夫婦が耐え忍びながら犯人を追うというようなサスペンスではなく、心の通っていない仮初めの形で夫婦として業を積んできた二人に報いが降りかかる話である。

【鈴岡家】
利雄章江の関係が冷え切っているのは映画の冒頭から一目瞭然。
親の代からとはいえ、信仰を欠かさぬ章江に対し、利雄は冷ややかだ。
食事前の御祈りもスルーして先に食べだす利雄に対して何を言うわけでもなく、章江章江で勝手にやっている。
仲が悪いと言うわけではないのだが、お互いに干渉したくないのだ。
おそらくはが生まれた時から冷えていったのだろう。
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章江のことにべったりで、オルガンのお稽古ごとをさせたり、発表会用のドレスを徹夜で作ったりと、夫にかかずらうことを避けるために娘を利用してる部分がある。
彼女とて孤独であることを認識しながらも、利雄にはなんの期待もしていない。
ふらりとやってきた八坂が父親らしいことをしたりするその優しさにコロッとなってしまうのもうなづける。
実は娘のことが一番ではない。 自分を愛してくれて、孤独な心を癒してくれる“家族のような”存在を欲しているのだ。

利雄は自分の秘密を握っている八坂が刑務所にいて、気が気でない11年間を過ごしてきた。
いつか八坂が自分の前に現れるだろう。 それにビクビクしながらやってきた。
利雄章江の馴れ染めは定かでないが、利雄にすればそういう秘密を抱えながら一緒になった負い目もあって、あえて章江とは距離を取りたがっているのだろう。

娘のはオルガンが好きでも教室に行きたくないことを誰にも相談できない孤独を抱えている。
一見すれば、学校からの下校時に一緒に帰宅するような友だちもいないようだ。
帰宅すればオルガンの練習。 休日は信心深い母親の勧めで教会の日曜学校に行っている。

深田監督がここで描いている、あらかじめバラバラの家族の3人は、たまたま一つ屋根の下にいることを理由に、閉塞感を抱えながら「家族」とい形を維持している。
それが一人の羊の皮をかぶった他者が生活に加わったあげくに破壊してしまう。
フッと息を吹きかけるだけで崩れる状態のジェンガのごとき、支え合ってるようで支えられていない3人の孤独がむき出しにされるのだ。
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【利雄と章江の罰】
孝司が工場を出て行ってしまったあと、利雄章江が机を挟んで語り出す。
ここで遂にお互いに吐き出すものを吐きだすシーンが強烈に神経に来る。
利雄は足の爪を切る。 パッチンパッチンと音がする。
そんなさばけた態度の利雄とくたびれ切った表情の章江。・・・・

「八坂が人を殺した時ね、共犯者がいたんだって。 孝司君が言ってた。」
「ああ、そうか。」
「あなた、何か知ってるんじゃないの?」
「何かって、何を?」
「知らないけど。」
「・・・それは俺だよ。」
「え。」
「いたんだ俺も。」
「何それ。」
「別に。 つまんない話だよ。」
「聞かせて。 聞かせてよ。殺したの?あなたも。」
「ああ、まあ殺したというか、俺は足を押さえていただけだけどな。 首を締めたのはあいつだよ。」
「最低ね。」
「八坂はな、それをずっと黙っていたんだよ。 辛かったなあ。 何をしててもあいつの顔が浮かぶんだよな。」
「何言ってんの。」
「蛍は俺とおまえへの罰なんじゃないかって。」
「・・・・・。」
「おまえ、八坂とできてただろ。」
「何それ。」
「正直、俺は蛍があんなになって、どこかでホッとしたんだ。 なんでだろうな。」
突然、章江は自分で自分の頬をパシッ、パシッと叩きだす。
いつぞや八坂が言ってた、裁判の傍聴席で遺族の母親が自分の頬を何度も打ったように、「自分への罰」を章江もやり出す。

「蛍をあなたの罰とか私の罰とか、なんなの。 娘をなんだと思ってんのよ、蛍は生きてんのよ!」
「おまえだってそう思ってたんだろ。」
「思ってたわよ! だけど、あんたの言葉に吐き気がすんのよ!」

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【母親を食う蜘蛛】
劇中、二度ほど、カバキコマチグモについての話題で、章江、または利雄がやり取りするシーンがある。
カバキコマチグモは、日本にしか生息していない蜘蛛で、生まれた子グモは母グモを食ってしまうのだそうだ。
正確には母グモが自分の体を子グモに食べさせてあげるという表現が正しいのだろうが、食われる母グモも自分が子供の頃に母親を食っているのだから、人間的に言えば「業」を背負ってきたそれと同じ報いを受けるという示唆が「利雄章江への罰」に当てはまる。

利雄八坂の11年間を食い、章江の10年間を食うと共に、不義を働く罪も犯す。
その罰が一人の男によって下される。

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【八坂という男】
八坂は自分で語るように、自分勝手な「正しいこと」の枠組みから脱け出せなかった男だ。
自分よりも豊かな人間を誰でもかれでも良しとしないきらいがある。
刑務所から出たての間は、十分に己を律しているのだが、家族を作ってヨロシクやってる利雄に対して、心穏やかでいる時間は少なくなっていく。 いや多分最初から企んでいたのかもしれない。
11年間、塀の中で沈黙してきた彼は、不安定でもろい鈴岡家の足元をちょっと払ってやりたくなった。
あくまでも章江を寝取ってやりたかっただけだが、を手にかけたのは付随の出来事にすぎない。
白いワイシャツ、白いツナギ。 その下から現れる真っ赤なTシャツは彼の中にある猛烈な破壊衝動の現れなのだろう。
ツナギの上半身をめくっての赤シャツ姿で外を歩いている八坂の顔に張り付いた狂気の表情が怖ろしい。
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もっとひねくれて考えれば、そもそも鈴岡家の前に現れた八坂は実体のある人間だったのだろうか。
誰にでも姿は見えるが、本当にこの世の者だったのだろうかと思う。
最初に姿を現した時に彼は手荷物ひとつさえ持っていないし、世話になってるという県の施設や、仕事の手伝いに呼ばれている山形の知り合いというのは、なぜ何も言ってこない?
崩壊した家族を黄泉の底から招きに出てきた異形のもの。 それも家族それぞれの想いが呼び出した魍魎ではないか。
最後の、橋の上に出現する八坂章江の脳内イメージではなく、そこに確かにいたのだろう。
うすら笑いを浮かべた死神が。

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【川の字】
鈴岡家が八坂も誘って出かけた庄内の川で、4人が川の字になって写真を取るシーンはラストシーンにも受け継がれる。
を道連れに橋から飛び降りる章江。 川へ飛び込んで救いにいく利雄孝司
最後に川の字に横たわっている面々には利雄はいない。 彼だけが締め出された。 この時も彼は孤独である。
川から引き揚げられた3人のうち誰か助かったのだろうか。
それとも3人とも死んでしまったのかは定かではない。
取り残された利雄だけが右往左往しながら映画は終わる。


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とんでもなく衝撃的な映画である。
役者全員が鬼気迫ってるのだ。
特に筒井真理子は凄すぎないか。 障害者を演じた真広佳奈には言葉もない。
そして不気味な浅野忠信。

とてつもなくクソ重いストーリーだが、その分、十分過ぎるほどに鋭利なナニかが胸をえぐってくる。
罪なき無垢な少女を、あの展開からは本来死なせるのがセオリーというものだろう。
だが、見るに堪えない残酷な姿で登場した時の衝撃度はかなりのものだ。
デフォルメされたディストピア家族の話かもしれないが、ここまで真に迫っていれば、どんな展開になろうとも作品そのものに身を任せるしかない。
映画の力に屈する久々の体験。 これぞ「神ってる」映画だ。



「賢人のお言葉」
 
「人間は深淵に架けられた一本の綱である。 渡るも危険、途上にあるも危険、後ろを振り返るも危険、身震いして立ち止まるも危険。」
 フリードリッヒ・ニーチェ 
(「ツァラトゥストらはかく語りき」)
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