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ザ・ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK -The Touring Years
2016年10月09日

T0020836p.jpg ザ・ビートルズが解散したのは、もうかれこれ40年以上も昔の1970年のこと。
アッシが中坊の頃にはもちろんすでにビートルズは解散していたが、学校では休み時間になるとビートルズの話で盛り上がってる男子女子のグループがいた。

ちなみにアッシは、みんながワッと群がるようなものにはわざと距離を置く天の邪鬼だったので、ビートルズに対して何も知らんくせに「ケッ!アイドルバンドの音楽なんざ、どこがええんじゃい。」などと冷ややかに見ていた。
もちろんビートルズの歌も一切知らない人間だった。

洋楽はハードロックからポップスまで浅く広く聴きあさっているにもかかわらず、「ふん、ビートルズ?どこの野球チームですかのぉ?」などとサブい塩対応をすると、三度のエロ本よりビートルズが好きなM君は、絶妙なくらいの驚きと怒りの中間リアクションをとった。
「おまえ、ビートルズを知らんのかぁ!?」
まるで「おまえ、サンタクロースを知らんのか」と言われてるようなテンションである。

次の日、M君は学校に一枚のLPレコードを持ってきて「これを聴け!」とアッシに貸してくれた。
それが「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」だった。
今思えば「ビートルズ初体験」が「サージェント・ペパーズ・・」とは贅沢な話であるが。
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2曲目の「With a Little Help From My Friends」から早くもアッシは改宗していた。
神よ、お許しください。
アイドルバンドだなんて揶揄していた罪深き己を恥じるともに、ビートルズにひれ伏して洗礼を受けたアッシの毎月の小遣いはビートルズへのお布施(レコード代)に消えた。
M君から借りたレコードはそのまま借りパクッてやろうかと思ったが、1週間後にはM君の顔が引きつり出したので大人しく返却した。
・・・という思い出話はさておいて。

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ザ・ビートルズ
60年代を代表する文化のアイコンというよりも、音楽史のみならず人類史に燦然と輝く偉大な遺産である。
なんで世界無形文化遺産に登録されんのか不思議ですな。
今も世界中のカルチャーに大きな影響を与え続ける偉大なバンドであるが、そう言えば彼らが演奏をして歌っている映像をあまり観ていないことに気づいた。 あれだけの凄いグループなのにだ。

エド・サリバンショーや来日した時の武道館、またはアップルビルの屋上のゲリラライブあたりはテレビの何かの番組で映像の一部が流れ、それを観たことはあるし、NHKでも色々と特番を放送している。
YouTubeにもビートルズのライブ映像がよりどりみどりあがっているので、いつだって観ようと思えば観れるのだが、何が足りないかというと、やはり「臨場感」なのである。
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死んだ子の年を数えてもしょうがないのだが、その時その場にそこにいたというナマ体験に勝るものはない。
「ザ・ビートルズ」をリアルに実体験した人が今さらながらにうらやましい。

そこへ突如公開されたこのドキュメンタリー映画。 ロン・ハワードが監督ですって?
はて? 今年はビートルズの何かの何周年なのだろうか?
結成でも解散でもないし、しいて言うなら66年のサンフランシスコ、キャンドルスティック・パークでの最後の公演から丁度50周年ということになるけれど。
この映画は63年に始まった15ヶ国90都市166公演におよぶツアーの映像を中心に、メンバーの素顔や、デビューから解散に至るまでの推移を、未公開のフィルムや写真などをふんだんに盛り込み、「ビートルズがいた時代」を見つめた、価値のあるドキュメンタリーである。

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1962年に「ラヴ・ミー・ドゥ」でデビューし、1年も経たずにその人気爆発ぶりは驚異的なリミットレス状態。
人類の歴史に突如降臨した「ザ・ビートルズ」は社会現象を軽く超越した世界的現象となっていく。
要因としては、優れた音楽性は言うまでもないが、デビュー以来から精力的なライブ活動を行ってきた下地も否定できない。
リヴァプールから出てきた4人の若者たちの一挙手一投足が何もかも新しかったのだ。

小難しさがなく、いい意味で余計な知性を必要としない音楽と、インタビューの受け答えなどで彼らの発散させる“やんちゃ”を誰もが新しく感じ、驚いて、愛されていった。
映画では、最初のスタートが“アイドル・バンド”だったのは否定できなような、それこそちょっと異常な過熱ぶりが描かれていて、「ザ・ビートルズ」のゆくところ常に持たされた熱病の光景が映像と写真で紹介される。
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これはバーゲン初売りの押しくらまんじゅうでもなければ、代表チームが負けて暴徒化したフーリガンでもない。
ビートルズの乗った車が沿道を通ろうものなら、このパニック。
女子の突進力を侮ってはならない。 おまわりさんは命の危険にさらされる。 ご苦労様です。

チケットを買い求める行列は2キロの長さに及んだこともある。 京都時代祭の行列とタメである。
どこのコンサート会場でも中はもちろん、外でもファンがヒステリックに金切り声をあげる現象が起き、その熱狂ぶりは"ビートルマニア"という言葉まで生まれた。
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「キャーッ!ポールが今、私のことを見たわよーっ!」
見てねえって。

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夜道で痴漢や幽霊に出くわしても、こんな顔はしないだろう。
買い物をした後に、何日も経たないうちに同じ品物が値下げされてた時にアッシはこういう顔をしているかもしれない。

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なぜか、ひざまづいて拝んでる人もいる。 モスラでも呼んでいるのだろうか?
♪ モスラ~やっ、モスラ~ ♪

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「フェ~ン・・、リンゴ~。 私のリンゴ~」
お嬢ちゃん、そんなにリンゴ・スターが好きなのかい?
「ううん。 おやつに食べようと思ってた林檎を落としちゃったの~」
そっちかい!

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もうワケわからん状態ですな。
君ら、歌聴いてる? 聴いてないでしょ絶対。
不思議に思ったけど、女の子はどうして両手を顔に持ってくるのだろうか?
外国人だけのリアクションかね?

ビートルズのライブにはこういう黄色い声を張り上げて、中には失神までするという異常な興奮を見せるファンの姿はお約束だった。
歌の歌詞も最初の頃は、恋の初々しさのようなことを手軽に語った内容が多かったし、アイドル的扱いになるのも止むを得ない。
それでも、彼らがこのままアイドルに収まらなかったのは、スウィンギング・ロンドンなる刺激的な若者文化が花開いていた時代の中、身近な存在でありながら洗練されたインテリジェンスと自由なスタイルという他にはないスぺシャリティを備えていたことの賜物ではなかろうか。

最初はまだアメリカでは火がついていなかったが、シングル「抱きしめたい」がチャート1位となり、64年に初渡米。
その時、空港に降り立ったビートルズのことを伝えるレポーターの一言がウケた。
「ごらん下さい。 手を振っています。」
なんじゃい、それ! エイリアンが地球に訪問してきたかのような"未知との遭遇"リポート。

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エド・サリバンショーの出演を皮切りに、ワシントン・コロシアムで初のアメリカ公演。
ウーピー・ゴールドバーグは「日曜の夜は何があろうとテレビにかぶりついていた。」と少女のようにはしゃぎながらコメントし、シガニー・ウィーバーはワシントンでのコンサートを後ろの方の席で観ていたらしく、「ジョンに恋をしていたのよ。」と語る。

映画「ビートルズがやってくるヤァ!ヤァ!ヤァ!」のヒットで世界席巻に拍車がかかるのだが、監督したリチャード・レスターは「ユナイト映画から"夏の終わりにはブームが去るから低予算で急いで映画を作れ"と言われた。」と明かす。
確かにあれだけの熱狂ぶりは、一歩引いて見てる大人にとってブームにしか映らないのは当然。
誰も一つの時代が訪れたなどとは思わなかった。

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あるインタビューの一幕。
なんとジョージ・ハリスンがインタビュー中にタバコをくわえだす。
こういうのはこの時代のアーティストには当たり前だったのか、それともビートルズだけだろうか?
いずれにしても、今の時代なら炎上モノである。 張本さんも「喝だぁ!」と怒るでしょう。
でも、なんか・・・おもしろいね。
こいうのが絵になるのはジョージか、勝新太郎ぐらいである。

記者の質問も失礼千万。
「ブームが終わったら、君らはどうする?」
ジョン・レノンが半笑いで返す。
「大笑いするさ。」

彼らは訪米した際に、黒人差別に対しても公然と批判し、人種隔離を行っているジャクソンビルなどの地域での公演を拒否している。
よそ様の国でも間違っていることはバシッと言えるのだから大したものだ。
これの発言も大きな影響を与え、コンサート会場では差別が消えた。
コンサートに足を運んだことがある歴史家の黒人女性キティ・オリヴァーは「違う人々と一緒にいる」という初めての経験に感動したと言う。


デンマークやオランダ、香港、オーストラリアなどの世界ツアーを挟んだ後に2回に分けて行われた全米ツアーは短期間で何十ヶ所もの都市を回る苛酷なもの。
中途半端な大きさの会場では、外にあぶれたファンを整理するのに大変だということで警察が異例の要望を出す。
「5千人程度しか入らない所でコンサートはしないでくれ。」
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・・・というわけで、音楽史上初めての野外球場コンサートが開催されたのが1965年8月15日のニューヨーク、シェイ・スタジアム。
現在は取り壊されてなくなっているが、かつてはニューヨーク・メッツの本拠地でもあった球場で、5万5千600人もの観客を集めた最大規模のコンサートは、もちろん当時の世界最大の観客数を動員。

映画は本編そのものは109分なのだが、上映劇場限定でシェイ・スタジアムのライブの30分編集版が追加上映。
実際のランニングタイムは50分だが、それでも30分を通しで観れるなんて実に嬉しい。 顔のニヤケが止まらん。
しかし。 観客の喚声が凄まじいどころではなく、演奏する彼らにとっては大変だったのではないだろうか。
メンバーに聞こえる楽器の音はアンプのみで、それも観客の絶叫でまともに聴きとれず音程やテンポの取り方などが難しかったはずだ。
今でこそイヤモニなどのPAシステムが確立されているけれども、そんな物がない時代の、しかもスタジアム内での演奏&歌唱というテクは神技に近い。
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その後もアトランタやシカゴ、ミネソタなどのスタジアムでコンサートが行われたが、やはり演奏の難しさや観客との距離感などはメンバーたちに疑問を抱かせる結果となる。
これまでライブを重視してきた彼らにとって、周囲の受け取り方はあまりにもかけ離れていた。
彼らが大人になってきたこともそうなのだが、音楽を作って演奏をするという基本的な理念は自分たちが人気者になればなるほどに遠ざかっていくことを実感せざるを得ない。

最後のコンサートになったサンフランシスコのキャンドルスティック・パークでは公演終了後に装甲車のような車に乗せられて脱出。
車内の床が滑り、車が曲がるたびにメンバーは転げまわっていた。
ジョンはうんざりしていた。 「もう、これっきりだ!」
そしてビートルズは二度と観客の前に立つことはなくなり、レコーディングに専念していく。

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その前にも、ジョン・レノンの「ビートルズは今やキリストよりも人気がある。」という発言が物議を醸した騒動もきっかけのひとつだった。
別に蔑視などした訳ではないことなど、深く考えずとも分かるはずなのに凡衆はヒステリーを起こす。
さすがのジョンも「悪質な質問にいい答えは言えない。」とキレていた。
その後に謝罪はしたが、自分たちがもたらす影響の計り知れなさに、表立った行動の限界を感じてしまっていたのだ。

その頃と並行して、メンバー同士のバランスが崩れ始めていた。
"育ての親"だったマネージャーのブライアン・エプスタインが死去したことも大きかった。
インド音楽に傾倒していくジョージ。 オノ・ヨーコとの活動に手を広げるジョン。 映画俳優の道を切り開いていたリンゴ。
ポール・マッカートニーはメンバーを束ねようとするが上手くいかなかった。

4人の音楽性の方向が違ってきたこともあり、レコーディングには全員揃わないことも珍しくなくなってしまい、ジョンとポールとの軋轢も深まっていく。
1969年1月30日に行われたアップルビルでのループトップ・コンサートも映画の中に登場。
大きな画面で観るとまた違う感慨深さがある。
寒いだろうなと思うが、あんまり感じさせないね。
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解散も時間の問題と言われていた9月に12枚目のアルバム「アビイ・ロード」を発表し、その7ヶ月後にポールが脱退を発表して1970年にザ・ビートルズの歴史が幕を閉じることになる。


この映画はただストレートにビートルズの足跡を辿っている内容ではなく、ビートルズがもたらした大小様々な影響の光景を赤裸々に見せることで、あらためてビートルズという存在の偉大さを抽出したものである。
絶叫するファン。 大人たちの戸惑い。 発言に対するインパクト。 "前代未聞"に彩られたライブ。
優れた才能がこれほどまでに世界を変えるものなのかということを目の当たりにさせられる140分である。

「ビートルズに前例はない。」という言葉が出てくるが、まさに「歴史に残ること」というのは至極シンプルな構造なのだ。 誰もやらなかったことをすればいいのである。
とは言っても、「誰もやらなかった」ことをやるのは簡単なようで難しい。
どれほどルックスが良くて音楽の才能があったとしても、みんながみんな大スターになれる訳ではないし、奇をてらえばいいってものでもない。
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ただ、間違いなくザ・ビートルズの音楽は、世界を変えれるのに十分なほどに前例のない、誰にでも響く"啓示"のようなものがあった。
人類の歴史が始まって以来、様々な音楽が生まれたが、世界的な見地で一世を風靡したという音楽は限りなく少ない。
日本のコマーシャルでも頻繁に使用されるのはクラシック音楽かビートルズぐらいなものだと誰もが気づくはず。
困った時にはそれに頼っとけとばかりにビートルズが使われるのは、それほど誰もの感覚に印象を残すことができる音楽であって宣伝効果が見込めるからなのだ。
偉大すぎるにもほどがある。

メンバーのうち、すでに二人がこの世を去ったというのは実に悲しいが、ビートルズの音楽は永久不滅。
ALL YOU NEED IS LOVE
ALL YOU NEED IS BEATLES

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「賢人のお言葉」
 
「世界中の誰もが絶対的な知性を手にすれば、絶対的な愛が生まれて、すべての問題は解決する。」
 ジョージ・ハリスン
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