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ティエリー・トグルドーの憂鬱
2016年09月28日

T0021086p.jpg 日本は今、景気がいいのだろうか?
ひと頃、5%台にまでなっていた失業率も、今は3%台にまで減少したが、これは「完全失業率」であって、仕事が見つからず求職活動を断念した人や、育児・介護などで仕事に就けない人は除かれている。
これらの事情の他、正社員になれず止む無く非正規雇用職に就いた人も加えた、「広義の失業率」というのを算出して 内閣府がこのほど発表した数字が8・4%。
リーマンショック一年後のアメリカと変わらない数字である。
「緩やかな回復基調」と毎回のように発表する政府の景気判断など悪質な冗談にすぎない。


しかし、日本はまだいい方だろうか。
オランド政権になって4年が経ったフランスは、ミッテラン以来の社会党から大統領が誕生したというのに、未だ経済は低迷しており、失業とは切っても切れない「オマンマ食い上げ国家」としてくすぶっている。
完全失業率は10%台で何年も高止まりしており、若年層失業率に至っては24%にも及ぶ。
一周回って「トレビア~ン」と言いたくなる。
この国で職にあぶれたら、人生を巻き返すのは困難と言えよう。

失業した中年の男の姿を描いた映画「ティエリー・トグルドーの優鬱」は、失業というのが誰にとっても身近な問題であるフランスで100万人の観客を動員する大ヒットを記録。
身につまされる、人ごとではない共感を呼び起こしてセンセーションを呼んだ重厚なドラマは、主演のヴァンサン・ランドンがカンヌ国際映画祭とセザール賞で共に主演男優賞を獲得している。
監督は「母の身終い」のステファヌ・ブリゼ。


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主人公はティエリー・トグルドー(ヴァンサン・ランドン)、51歳。
妻と知的障害を持つ高校生の息子がいる。
工作機械の操作員として勤めていた会社が大規模なリストラを敢行。
その対象となって、彼は職を失った。
◇◇◇
もうかれこれ1年半も求職活動の毎日が続いている。
それでもなかなか再就職先が決まらない。
この日もティエリーはハローワークで職員に不満をぶちまける。
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あんたが研修を勧めたんだろ?
だから私はクレーンの操縦士の資格を取ったんだ。
4ヶ月も研修に通ってな。
それで会社の面接に行ったら「経験者じゃなきゃ雇わない」ってきたもんだ。
バカにするにもほどがあるだろ。
現場経験のない者より、経験者が面接に来てくれるのを待った方がいいっていう雇う側の気持ちは私だって想像はつくよ。
あんただってそういう事情を知ってるはずだろ。
せっかく資格を取ったって、雇ってもくれないんだったら、4ヶ月も貴重な時間をつぶして研修に通うことに何の意味があるんだ?
そんな無意味な研修を勧めたのはあんただぞ。
4ヶ月を無駄にしたんだ。
あと9カ月したら失業保険が減額されるし、ローンを払ったらなんにもなしだ。
どうしろと? 死ねって言うのか?

◇◇◇
同じリストラの憂き目に遭った同僚たちは、会社を相手取って不当解雇の裁判を起こそうと躍起になっている。
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君らの熱い気持ちは分かるよ。 分かるけどね。
私はもうなんだかしんどいんだよ。
この自分が失業するなんて、もうそれだけで十分心がくじけてしまったんだ。
「会社から名誉と金を奪ってやろうぜ!」と、たいそう威勢がいいのはけっこうだが、そんなエネルギーがあるんだったら、再就職先を探すことにその情熱を費やしたらどうかね。
いや別に君らを批判する訳じゃない。 納得できないことに抵抗するのは正しいよ。
だが私には正直、求職活動と裁判を両立させるなんて、もうそんな気力もない。
それに時間もないしね。
会社がもう一度再雇用してくれるか? 一生食うに困らない慰謝料がもらえるのか? そんな訳はないだろ。
申し訳ないが私は抜けさせてもらう。
君らだけでかんばってくれ。

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妻は何の不満も口に出さない。
もともと物静かな女性だが、彼女なりの気遣いも私にはひたすらに重い。
息子は障害を持っていても普通校に通っていて、生物工学の専門学校に進みたいと希望している。
なぞなぞが大好きで、食卓の話題はいつも彼が出すなぞなぞだ。
家庭の事情が前とは違うことを息子なりに察しているようだが、勉強に身が入っているのかどうか心配になる。
息子に知らずの内にプレッシャーをかけてしまってはいないだろうか。
この子の道を閉ざしてはいけない。
妻の明るい顔がもう一度見たい。

◇◇◇
ティエリーはパソコンを通したSkypeで、ある会社の面接を受けた。
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これも時代だな。 「人と会わない面接」って、やってる方も変だと思わないんだろうか。
まあ、そんなことは言ってられないが・・・。
質疑応答をしてるうちに、面接官の歯切れも心なしか悪くなっている。 こりゃダメだな・・・。
面接官は「後日、合否を連絡する」と言ったがそれは「NO」ってことだ。 まあ、よくあることさ。
しかし、その後も面接官はなんとも"ありがたい"アドバイスを言ってくれやがる。
履歴書の書き方? 自己PR?
自己PRの欄は確かにあんまり大げさなことを書いても逆効果かなと思って適当に書いてしまったが、やはりそれがいけなかったか。
面接官は「あなたが見えてこない」と言う。
確かにそうかもしれないが、直に会わずにパソコンの画面でやりとりして紙切れ一枚の文字だけで、人間性が判断できるんだったらそりゃあんたは神様だよ。
最後に面接官はちょっぴり本音を言った。
「採用される確率は低いと思います。」 思いますじゃなくて、今ハッキリと不採用って言えよ。

◇◇◇
銀行の借り入れ相談に行ったティエリーはアパルトマンの売却を勧められるが・・・
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さすがは銀行員だ。 現実を見た上で真摯に話してくれるのはありがたいね。
だけど、あのアパルトマンはもうすぐローンが終わるんだ。 5年の辛抱だ。 
そりゃ売ってしまえば、生活は全然楽になるがね。
でも、あそこが唯一の財産なんだ。 売るのは最後の手段だ。 いや絶対に売りたくない。
お嬢さんは本当に心配してくれてるらしい。
「もしも、あなたが事故や病気で突然死ぬという最悪の事態を考えた時に・・・」ということをズバッと言ってくれる。
「残された家族が将来に不安を抱かずにすむのなら、ローンを払うよりも生命保険に加入する方が有益な支出ではないですか?」と。
なるほど。 御意見はありがたく承ります。
アパルトマンは売らないが・・・、よし決めた。
トレーラーハウスを売りに出そう。
これも愛着があって本当は手放したくないが、使う余裕のない無職の人間が持ってるのも間違いだしな。
ここんとこ掃除をしてないのできれいにした上で売りに出してみよう。

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トレーラーハウスを7000ユーロで売りに出したところ、さっそく反応があって買ってくれるという。
まずは物件を見たいと言うので、顧客の夫婦と会うことになったんだが・・・。
中をざっと見回ってたおやっさんは、「ちょっと古いな・・・。」と言い出した。
嫌な予感がしたが案の定、値切り交渉を始めやがった。
6000ユーロなら買うだと? バカも休み休み言え。 そんな二束三文で売りに出すか。
第一、最初に7000ユーロで買うって話がついてたじゃないか。 なのに、ここに来てなんでゴネるんだ?
この俺がそんなに生活に困ってるような顔をしているか? いくらでもいいからお金を工面したいような雰囲気でも感じてるのか?
だから、こんな強気な態度で足元を見れるようなことが言えるのか?
実際、少々値切られても手を打ちたい気持ちは正直あるが。
6700ならどうだと聞くと、6300だと返してくる。 よそで見たらこの程度の物件はそれぐらいの値段だったと言う。
おちょくってんのか、このオヤジは。 じゃあ、よそで買えばいいだろ。
お金を出す方が立場が上だと思うなよ。
あんたには知ったこっちゃないかもしれんが、人が使っていた愛着のある物を買う時は敬意を払え。
7000で買わないのならこの話はナシだ。

◇◇◇
ティエリーは就活セミナーの模擬面接のグループコーチングに参加することになった。
模擬面接のビデオを、集まったみんなで観て意見を出し合って参考にする会合である。
そこでティエリーの映像が流れて講師がみんなの意見を求める。
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お世辞を言われても参考にならないから、どしどしツッコミを入れてほしいのは山々だがこうもグサッとくるとはなあ。
「猫背で姿勢が悪い」 ああ、そういうクセはあるな。
「胸元があいてる。」 いやそれは模擬面接だから、本当の面接はちゃんとシャツのボタンぐらい留めるさ。
「笑顔がなく冷たい。」  マジメな自分は真剣に面接に臨んでますってアピールしたつもりなんだがな。
すると講師はアホみたいなことを言いやがった。
「面接では愛想のよさが求められます。 社交性は重要な決め手です。」
当たり前のことを言うなよ。
あんまりヘラヘラしてたらいかにも必死というか、あざといって感じに受け取られるだろ。 そう思わんか?
だったら何か? いきなり面接官の手を取って社交ダンスでも踊ったらいいのか? ええ?
・・・いかんいかん。 心がささくれ立ってる。 きちんとみんなの意見を受け止めよう。
「目つきがオドオドしてる。」 そういう目なんだよ。
「心ここにあらずって感じがする。」 それこそあんたの主観だろ。
「話すリズムに活気がない。」 一曲歌ってやろうか?
ただ、声の調子はいいとみんなが褒めてくれる。 それだけか・・・、まあいいが、と思ったら隣りの若造が・・・
「語尾が下がって聞き取れないよ。」 このガキ・・・
五十年生きてきた自分の何もかもが否定されたような気分になる。
これだけクソミソに言われるような自分なんか、どこの面接受けたってそりゃダメだわな。

◇◇◇
だが・・・
やがてティエリーは大型スーパーマーケットの監視員の職を得た。
警備室のモニターを見ながら万引きをチェックしたり、直接売り場を巡回する仕事である。
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やっと仕事にありつけた。
まあ以前のような収入ではないが、生活もあるし、これで良しとしなければ。
妻も安心してくれたのか、笑顔も多くなった。
ここから、ちょっとずつやり直していこう。
「誰でも疑ってかかれ」というこの監視の仕事は確かに精神的にもきつい。
そうか・・・。
無職の時の私が面接に回った会社の担当者はみんなそういう目で見ていたんだろうな。
「この人の良いところは?」というのを観察するのではなく、「こいつのどこかに欠点はないか?」という目で面接をしてたのだろう。
人のプラス面には目もくれずに、マイナス面だけを探す「人を見たら泥棒と思え」はリスク管理の基本だが、そういう目線で見ることを雇用の基準にしてりゃ、一旦離職した人間はリスタートのラインにも立てないってことだ。
そりゃ失業率も下がりゃしないよ。

◇◇◇
万引きを犯した者を確保すると、一旦スーパーの裏手にある一室にまで連れていって事情を聴く。
ティエリーはその部屋で、"やらかした"人間を何人も目の当たりにする。
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なんだこのガキは。
素直に謝って料金を払えば済むことだろうに。
ケータイの充電器? おまえの脳みそこそ充電不足だろが。
まあよくも、そんな強気で開き直れるな。
自分がやったことを認めないその自信はどこからくる?
どういう教育を受けてきたんだ?
言っとくが社会をなめるなよ。
今は「すいません」で済むかもしれんが、おまえのような奴はいずれはまたどこかで人に迷惑をかけて、でかい態度で人をコケにすることを繰り返すんだ。
そんな奴は社会で生きていけないことを思い知るがいい。
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この爺さんは豚肉のパックを万引きした。
「勝手に手が動いてしまった。」だと? 病院で診てもらえ。
せめて年の功を感じさせるぐらいの言い訳をしろよ。
しかも、財布の中はカラッケツだ。
盗んだもののお金を払えないと言う。
生鮮品は棚に返す訳にはいかないんだ。
一旦他人の衣服やカバンの中に入って店外に出てしまった生鮮品は売り物にならない。
爺さんには身寄りがない。 近所に友人もいないと言う。
お金を払えないのなら警察に通報せねばならない。
その年でなんでそんなことをやらかしてしまったんだ。
これはあの若造の将来の姿か、それとも一歩間違えればこうなっていた自分の姿か?

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息子が通ってる高校に行って、親子3人で進路相談した。
息子は障害児でも普通の高校に通っていて、我が子ながら彼は本当にガンバリ屋さんだと思う。
しかし担任の先生から、3年生になってから成績が下がり始めたと聞かされる。
このままでは志望校には行けないと。
今まであんなに頑張ってきたのに。
どうしたんだ? この子に余計な心配をかけてしまった私の責任なのかもしれない。
障害児でも普通校で頑張ってきたという、そこらへんを汲んでくれなどと言うつもりはないが、どうせ障害児だからと、健常者の子よりもチャンスを与えられないと感じるのはうがち過ぎだろうか。
この社会は失業者にも障害児にも不平等だ。

◇◇◇
ある日、スーパー裏手の例の部屋に連れてこられたのは、このスーパーで勤続20年のベテラン、アンセルミ夫人だった。
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クーポン券の着服だなんて、なんでまたそんなことをやっちまったんだよ、あんた。
麻薬中毒の息子がいて苦労してたのはみんなが知ってる。
その息子に金を渡すためだったのか?
あんたはこの前、定年退職する人のために自分から音頭を取って、ささやかな送別会を開いてやった。
そんな優しさがあって、同僚からの信頼も厚いのに。
本当に残念だよ。
「私は働き者です。私を信じてください。」
そうだな。 あんたは働き者だよ。 それは私も認める。
私も同じようなことを色んな会社の面接官に対してハッキリと言葉にした訳じゃないが、雇ってくれたらマジメに働くことを訴えても、一度社会のレールから外れた人間はそういう目では見てくれないんだ。

◇◇◇
アンセルミはその日のうちに解雇になり、ほどなくして職場で自らの命を断つ。
彼女の葬儀に出席したティエリーの心はざわついていた。
無題 
人事部長は青い顔をしてたなあ。
「退職後の自殺なので、皆さんには責任はありません。」
そんなこと誰も知りたがっちゃいないよ。 何が言いたいんだ?
第一、彼女がやった不正に対して会社が取った態度はなんにも間違っちゃいない。
会社に損害を与えた者は解雇される。 そんなことは世の中では当たり前だ。
長年マジメに働いてきても、雇用主を裏切ったら一発アウトなんだよ。
彼女だってそれぐらいは分かってたはずだ。
きっかけが何であれ、自殺は単なる結果だ。 誰の責任でもない。
・・・それでもだ。 なぜ彼女の心は砕けてしまったのだろうか。
自分は会社の中で最も働き者で、最も貢献している人間だという妙な自負でもあったのだろうか。
ちょっとした出来心でやらかした不正も、素直に非を認めて謝れば、普段から働き者の自分を会社が簡単にクビを切るはずがないとでも?
今まで積み上げてきて、自分では信頼を得ていると思っていたら、鼻もひっかけてくれなかったことが絶望のきっかけだったのだろうか。
この私も、前の会社で一生懸命働いてきても、突然上司に呼ばれて一言でハイ、サイナラだ。
次の仕事なんかすぐに見つかると思ってたら、これまで積み上げてきた「働き者の自分」という取り柄なんぞ誰も見てはくれない。
プライドなんて、ただの思いあがりだと気づかされるんだ。


◇◇◇
しばらく経った日、レジ係の女が部屋に呼ばれた。
自分のポイントカードをスキャンさせていたことが発覚したからだ。
ティエリーもしっかりと目撃した。
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アンセルミの一件があってからそんなに経ってないのに、どういうつもりだ?
ポイント10倍の日? だからなんだ?
今の御時世、生活が苦しい人は珍しくないし、そもそも裕福な人間はこのスーパーのレジ係で働きには来ない。
毎日生きるのに必死な人は世の中にゴマンといる。
だからと言って、泥棒はダメだ。
生活に困ったからと言って、別の人を困らせていい訳がないだろ。
また、アンセルミの時のような光景を見なきゃならんのか。
クーポン券と言い、ポイントカードと言い、たかだかそんなもんで人生棒に振ってどうする?
何人かが彼女を取り囲んでいたが、やがて部屋の中は私と彼女だけになった。
彼女は私に言った。
「あなたでも上司に報告するの?」
やめろ。 やめろ、そんな言い方は。
そうだ、それが今の私の仕事だ。
人のことを泥棒だという目で見て、疑って観察して、社会の掟に沿うことのできないものをつまみ出す面接官だよ。
どうして私はこうなってしまったんだろうか?・・・
◇◇◇
かねてから抱いていた疑問に対して様々な答えが胸の中に溢れだす・・・。
「あなたでも上司に報告するの?」という言葉を聞いたティエリーは、ある行動に出るのだった。
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凡作だろうか? そうは思わない。 むしろ深遠際立つ秀作だ。
確かにこの映画で描かれてるのは、さして特別なドラマではない。
失業したティエリーが味わう侮辱や、再就職先で目の当たりにする無慈悲な光景は、どこの国でも日本の社会にだって当たり前のように転がってる構図だ。
それらをほとんど定点に近いほど据え置いたカメラの長回しで淡々と眺めながら映画は進んでいく。
ハリウッド的な展開もなく、どこにでもあるような風景が最初から最後までドキュメンタリーのように綴られ、一見、登場人物に対しての同情や批判を求めてるかのように感じられるが、本質はそこにはないと思う。

確かにザッと観ただけでは、ティエリーに対して応援したい気持ちになる観客や、一方では被害者意識だけが先走ってるような甘い考えのティエリーに疑問を持つ観客も多いはずだ。
ましてや、クーポン券を着服してクビになって自殺してしまう女性に対して、憐憫の情を持つ人は少なくて当然だろう。
犯罪者を解雇するのは企業として普通でもあるし、ラストで職場放棄して去ってしまうティエリーに感情移入などできるはずがない。
では、この映画の中で起きている「憂鬱」な事態とはなんだろうか。
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この映画の原題は「市場の法則」と言う。
「市場」はもちろん需要と供給が、物やサービスをお金でやり取りする所だが、この映画の中で背景となっている「市場」(社会)で取引されるのは、ズバリ「人」そのものである。

人は基本、働かなければ生きていけない。 生きていくにはお金を得ねばならない。
そうして「雇う」・「雇われる」という関係が生まれた時、「市場」は何を基準にして「人」を判断するかだ。
「雇う」という"投資"に見合う、見合わない人間の見極めを「市場」が下すことで、カヤの外に出される人も出る。
「市場」は人間ひとりひとりの生活や、「やる気」、「意気込み」、「情熱」などを査定はしない。
「経験」と「実績」がすべてで、一度雇用関係を解消したり、雇用者を裏切るようなことをした「傷モノ」に"投資される"チャンスは皆無と言っていい。

経験者しか雇われないのに、資格講習を勧めるハローワーク。 直接会うことなく、パソコンの画面越しで面接する会社など、職にあぶれた人が軽く扱われたり、再就職先のスーパーでティエリーが垣間見る、自分の合わせ鏡のような人間や、冷徹なオフィス・プロセスは、全部当たり前の「市場の法則」なのだ。
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ティエリーにとっては初めての失業であり、初めての再就職探しである。
その過程で彼は自分の価値が「市場」の判断基準から遠いばかりか、チャンスを与えられてる状況にさえないということを痛感する。
(十分とは言えないが)彼がどんなに自分をアピールしても「市場」の意欲を刺激できない。
中途採用とはこれほどまでに厳しいのかとくじけそうになる一方で、売りに出したトレーラーハウスを安く買い叩こうとする、値切ってナンボな取引でグイグイくるオヤジの、ある意味「市場」のやり方に嫌悪する。

ハローワークも、面接官も、銀行員も、トーレーラーハウスの値段交渉をしたオヤジも、模擬面接も、みんなティエリーに対して「あなたのために」という名目で彼を品定めする。
どこに行っても自分が観察されて、値段付けされる息苦しさを乗り越えて、ようやくつかんだ再就職。
しかし、監視員として人を疑うのが仕事であることに、ティエリーはさらなる息苦しさに見舞われてしまう。
今まで品定めされてきた彼は、逆に品定めする側として、人を「市場」から排除する人間になったことに気づきだし、心が少しずつ砕けていってしまうのだ。
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これは社会の批判ではない。
会社が人の生活を握ってる市場原理は否定できないし、冷徹に映る幾多の描写も社会の構造上は止むを得ないのだ。
この映画は、その「市場の法則」に生じる歪みの両極をタイミング悪く行き来してしまったために、結局また道を見失ってしまう男の悲劇なのだ。
ラストの主人公の行動は、社会の掟を無視して人間性を取ったかのように勇ましく映るが、これはそれ以外方法がなくて逃げるしかなかった男の地団太に過ぎない。
彼はこの後、また仕事探しの日々に逆戻りしてしまうということだから、ただただ虚しい。
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劇中、ティエリーと妻がダンス教室に通い、ティエリーがなかなかうまく踊れずに四苦八苦しながらステップを踏むシーンが延々と流れる。
講師が見かねて直接指導したりするが、ティエリーは顔をまっすぐ前に向けれず最後まで足元ばかりを気にして、たどたどしいダンスに終始する。
この不器用な男のダンスのシーンは、社会の掟のリズムに合わそうとしても合わず、「踊らされる」ことを無意識に拒みつつも、さりとて敷かれた社会システムのレールからはみ出さないように足元を気にしているそぶりに、ティエリーという男の迷いが暗示されている。


人は泥棒に見られる所からスタートして、社会に入り、自らも人を泥棒と思う法則を以って社会の構造に組み込まれていく。
そこで一度負け犬になった者は、ずっと泥棒のレッテルを貼られたまま、困難極まりない道へと歩を進めていかねばならない。
どんなに自分が泥棒ではない、マジメな働き者だと訴えても、「心」を見てくれる目など持ってはくれないのが社会の掟。
そんな憂鬱をもって生きていかねばならない社会とはまことに窮屈なものだ。
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「賢人のお言葉」
 
「人間をよく理解する方法は、たった一つしかない。 それは、彼らを判断するのに決して急がないことだ。」
 サント・ブーヴ
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