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葛城事件
2016年06月29日

T0020501p.jpg みんな仲良く幸せに暮らす理想の家族。
夫婦末永く円満。
子供は立派な大人への道を歩み、孫にも恵まれ家は代々栄えていく。

そんな理想の家族のための舵を取るのは大黒柱である一家の主の役割だろうか。
いや、家族は主だけの所有物ではない。
みんなそれぞれの価値観を共有し合って築かれていくもの。
しかし、家族の中に封建的思想が敷かれて上下関係が出来た時、一瞬にして理想は瓦解する。

妻や子の気持ちが離れても、自分が絶対だと疑わない家庭内の王様はどんなことがあろうとも人のせいにする。
「おまえは家にいて何をしてた」と妻を罵り、「おまえをそんな子に育てた覚えはないぞ」と子をなじる。
では王様は何をしてたのか・・・・。


劇団「THE SHAMPOO HAT」を主宰する赤堀雅秋。
高い評価を得た映画監督デビュー作「その夜の侍」(12)に続いて放つ第2作は、劇団で2013年に上演した同名の舞台の映画化である。
自分の理想を信じて家族を抑圧してきた父親。
静かに着実に家族は崩壊の一途を辿っているとも気づかずに・・・。
取り返しのつかない惨劇が引き起こされ、やがて家族はバラバラになって一人残された父親の取る行動とは・・・・・

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郊外の住宅地に建つ一軒家、『葛城家』。
壁には「人殺し」、「死ね」、「出てけ」、「呪 呪」、「死刑」などと誹謗中傷の文字が落書きされている。
「バラが咲いた」の歌を口ずさみながら、ゴシゴシと落書きを消す一人の男。
家の主、葛城清である。
「♪ バラが咲いた バラが咲いた 真っ赤なバラが~」

この葛城家の次男は、ある時、駅の構内でナイフを振り回して8人を殺傷した。
そして死刑の判決が出た。
残忍な悪魔を生んだこの家庭は、マスコミや世間からの集中砲火にさらされ、近所の鼻つまみ者になったは、一体何が間違っていたのかと自問しながら、昔の記憶を辿っていた・・・。

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葛城清(三浦友和) 金物屋の店主。

葛城伸子(南果歩) の妻。

葛城保(新井浩之) 長男。会社員。妻との間に2児がいる。

葛城稔(若葉竜也) 引きこもりがちの次男。

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葛城清には理想の家族像があった。
父親たる者、威厳が第一。 妻は黙って支えるもの。
信念をもって厳しく子供を育てて、将来の道を示してあげてこそ親の務め。

念願のマイホームを手に入れ、二人の男の子に恵まれたは庭にミカンの木を植えた。
実が成るほどにこの木が生長する頃には、二人の息子の人生にも明るい未来が実を結んでいるだろうと信じていた。

だが彼自身、偉そうに言えるほど社会でもまれてきた男ではない。
仕事は親から引き継いだ小さな金物屋を経営している。 日中、客などほとんど来ない。
自宅から自転車で少し走った所にあるその店で、のほほんと過ごして時間をつぶしているだけだ。

妻は元々考え足らずでドン臭いところがあったが、歳を重ねたせいか、行動の思慮の浅さに拍車がかかっていることにはイラつかされている。
家事への気力も減退しており、何かと厳しいを怖れておどおどしている。

長男のはまあまあ名のある会社で働き、結婚もして子供も持ったというのに、次男は定職にも就かず家の中でブラブラしている。
せめてアルバイトぐらいしろと行かせても、こらえ性がなくすぐに辞めてしまい、そのことを責めると決まって喧嘩になってしまう。

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妻の伸子はただただ何も考えずにについてきた。
とにかく自身に満ち溢れていて、厳しさを前面に出す夫に黙ってついていけば間違いなのだろうと、元より自分に自信のない彼女は考えることなど、とうに放棄したのだ。
どうせ何かを言っても怒られるだけだと。
自分の考えが絶対であり、家の中で妻や息子をまるで会社の部下のようにアレコレと指図する夫に対してはもうとっくに冷めている。

バラ色のような夫婦生活は最初の方だけだった。
息子が生まれて成長し、兄と弟同士、多方面で差がつきだし、個性が出てきた頃。
思ったようにいかずにブレる息子の将来を案じてイラつくが、家の中の暴君とまではいかずとも、家庭を圧制したがる振る舞いはエスカレートし、伸子の精神も一杯一杯になっていく。

口数も減り、動きも愚鈍さが増した。
家事もだんだん疎かになり、自分の食事はコンビニ弁当で済ましている。
やがて思い詰めた彼女はと共に家を出るのだが・・・。

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長男のは結婚して、とうに家を出て自立している。
最近2人目の子が生まれたばかりだ。
しかし・・・
会社では営業職をしていただが、ある日、上司に呼ばれて突然リストラを告げられた。
無職になってしまったことを未だには妻にも実家にも話せない。

本来、他人とコミュニケーションを取るのがは大の苦手だった。 
なのになぜ営業マンの仕事などを選んだのか定かではないが、ノルマに届かず固定給だけもらってるだけでは早晩クビになるのは当然である。
転職を探して面接を受けると、名前さえもまともに口から出てこない。
それほど他人に対して臆病になるのは、幼い頃からプレッシャーをかけ続けられた弊害のように思える。

ある時、彼は父親が営んでいる金物屋にブラッと立ち寄った。
人通りが少ないために客はめったに来ない。
人と接するのが苦手なにとっては理想郷に見えた。
「俺、この店、継ごうかなぁ。」
父親は「ダメだよ。 なに言ってんだよ。」

毎朝、妻の見送りもそこそこにマンションを出て、公園で缶コーヒーを飲みながら、クロスワード・パズル雑誌を片手に時間をつぶすのがの日課だ。
ある日、珍しく上の子に「バイバイ。」と手を振って見送られて、いつものように公園へ行ったあと、は自らの手で人生を終える決断をする。
コンビニのレシートの裏に「申し訳ない」と“遺書”を書いて。

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はコンプレックスのかたまりである半面、「俺だってその気になりゃ」という中二病気質で自分をごまかしている。
おそらく想像では、が大卒で、が高卒ではないだろうか。
兄は定職に就き嫁と子をもうけたが、それに比べればは無精な男だ。
多分、最初の正社員職も「自分には合わない。もっと違う人生があるはずだ」という、いかにも辛抱や我慢を知らない人間の有りがちな言い訳でケツを割ったのだろう。

親からうるさく言われアルバイトに行っても、どれもすぐ辞める。
こらえ性のなさを棚に上げ、一応はちゃんと社会に適応している兄に対して小バカにするような態度を取る。
その時、決まって彼は言う。 「そのうち一発逆転してやるよ。」

“逆転”という言葉が出るということは、自分が今は負けていることを自覚している。
その悔しさをバネに自分のことを見つめようとせず、甥っ子に平然と怪我させたり、町内のゴミ置き場に火をつけたりと、鬱憤を外に向けるところに彼の危ないところがあった。

彼にもささやかながら母親思いの一面はある。 許されないことだが、ゴミ置き場に放火をしたのも母親の悪口を言う近所の老婦への意趣返しなのだろう。
父に愛想を尽かし、母親と共にアパートへ隠れるように移り住むのだが、ほどなくして父に居場所を知られて修羅場となる。
告げ口をしたのが兄だということも薄々分かっていたはずだ。

その後、宛に通販で購入したサバイバル・ナイフが送られてきた。
彼はそれを持って駅へと向かった。

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次男は無差別殺傷事件を起こして死刑囚となり、長男は自殺、妻は精神を病んで施設に入っている。
残されたのは理想の家族をかたくなに追い求めていた父親ひとり。

実際、若者による凶悪犯罪が起きた時、犯人はどんな環境で育ち、親からどう育てられたのかをメディアは根掘り葉掘り探ろうとする。
確かに家庭環境も犯罪を生む側面はあるが、親の教育にいちいち言及されては、しつけなど怖くてできなくなってしまう。
甘やかすよりは、この葛城清のように厳しくする方がマシなのだろうが、さりとてこの封建オヤジは何ひとつ間違ってないとも言い難い。

の結婚が決まり、向こうの両親も交えて家族同士で中華レストランで食事をするシーンがある。
まあまあ高そうなレストランである。
はウエイターに対して、「麻婆豆腐が辛いんだよ!」と、どうでもいいようなクレームを延々とまくし立てる。
向こうの両親を含めて同席しているみんなが、オレサマ風を吹かせてるに辟易して、通夜のような空気になっているのも一向におかまいなしだ。
「俺はこの店に20年も通ってんだ。 なんで麻婆豆腐の味がこんなに変わるんだよ! おまえじゃ話にならん、オーナーを呼んでこい!」

高級レストランに20年も通った俺。
味が分かるグルメな俺。
気に入らないことは遠慮なくバシッと言える、妥協しない俺。
本当は麻婆豆腐の味などどうでもいいのだ。
向こうの父親は小ぎれいなジャケットを着ていたが、普段着のポロシャツでブラッと出てくるほどTPOなど分からないにはただただ、先方の親に「俺って凄いだろ」を誇示することに酔っている。

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人の気持ちなど考えてはいない。
自分の威厳を見せたいだけなのだ。
レストランのシーンでも、庭に植えたミカンの木を近所の人間に自慢するシーンでも、人から一目置かれるような自分、尊敬のまなざしを注がれる自分に酔いしれて、人が持つ謙虚さの良き部分などに心を留めようともしない。

世間から、デキた人物として見られるには、家族も彼にとってはファッションアイテム。
理想の家族さえ作れば、「人もうらやむ幸せな家庭の御主人」として、町の“ランウェイ”を歩ける。
多分に彼は学生の頃からコンプレックスのかたまりだったのだろう。 そう、次男ののようにだ。
勉強もできなかったし、就職も思い通りに行かなかったのだ。
先代の父親が遺してくれた金物屋の店。
そこに乗っかりながら、親の遺産でマイホームを建てた、それだけのことだ。

「この店、継ごうかなあ。」と言った時の、が妙に虚を突かれたようなリアクションを取ったのは、おんなじセリフを自分が口にしたことがあるからだろう。
家族を物として揃えようとして、その家族のパーツがバラバラになった時、にはなんの取り柄も残されていない。

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一人の人物が、この家族の物語に介入してくる。
星野順子(田中麗奈)は、死刑制度廃止運動に携わる団体の人間だ。
「死刑は絶望の証しです!」

彼女は獄中結婚までして、何度も刑務所を訪れてと面会する。
「私はあなたを愛します!」

口を突くお題目は立派だが、死刑廃止運動家のよくやる手だ。
死刑確定後は面会が制限されるため、支援者が親族となって面会を容易にするために、獄中結婚という手段に出る。
センセーショナルな事件の死刑囚ほど、運動のための格好の“広告”にもなるし、同情を引きやすくして問題提起をする土壌が築ける。

星野の場合は運動をすることに酔っている面もあるが、それよりほかにも自身のもつれた事情があって、その孤独を埋めるように死刑囚の青年と接しようとしている。
おそらく最近、望まぬ離婚をしたのではと見たがどうだろうか。 彼女も家族を失ったのだ。

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葛城稔と面会するたびに、暴言を浴びせられ、同情を拒否するような態度を取られるが、それでも彼女を突き動かすのは、世間から認められたいことや、自分から離れていった者に対する負けん気のようなモチべーションが垣間見える。
葛城清と表裏一体のようなキャラクターだ。
自分の理想の世界に人を引きずりこもうとしている人間が、アクリル板の向こうで熱弁を振るっている。 は父親に似た陰を星野順子に見たのだ。
だから終始ああいう態度なのだろう。
の辛辣な言葉の数々は星野ではなく、父親に向かって言ってるようにも取れる。

また、星野から「俺の家族になってくれ。」と強引に迫られるのも、が彼女に自分と同じ側面を感じたからだ。

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家族はバラバラになり、一人残されたは、庭に出てミカンの木の枝に、掃除機から引っこ抜いた電気コードを結わえる。
「♪ バラが咲いた バラが咲いた 真っ赤なバラが~」

が冒頭と最後の方で二度に渡って歌う、マイク眞木の往年のヒット曲「バラが咲いた」
「夜霧よ今夜も有難う」、「空に太陽がある限り」ほか数々の名曲を世に出した浜口庫之助の作詞作曲。
サン・テグジュペリの「星の王子さま」の一節をモチーフにした曲だそうだが、歌詞の「バラが咲いた」というのは子供が生まれたことを歌ったものだと言われている。
2番の歌詞では「バラが散った」で始まり、「ぼくの庭のバラは散ってしまったけれど 淋しかったぼくの心にバラが咲いた「いつまでも散らない まっかなバラが」と歌われる。
この2番は、子供が結婚して巣立った幸せを歌っているのだそうだ。

葛城清の家にもバラは咲いたのだ。 そしてバラは散った。
だがマイク眞木の歌の意味するものではない。
葛城清の心にもバラが散った。 いや、最初から彼の心にはバラなど咲いてなかったかもしれない。
彼の夢見た「バラが咲き、散っても心にバラが咲く」人生など最初から叶わぬ世迷言だったのだ。

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崩壊家族の目も当てられない悲劇。
以前からずっとバラバラだったが、そうなるまでは家族らしい期間はあったはず。
実は小さな敗残者である父親が勝者ヅラをして、個人の理想の檻へと家族を追いやったのがこういう惨事を招いてしまう。
この父親がこうでなければ。

伸子が家を出て、アパートに隠れるように住んでいる。
それを目撃してしまったは、父親に電話でそれを教えた後、アパートの部屋を訪ねる。
伸子はカップラーメンを食べていた。
の突然の訪問にも「あら、いらっしゃい」みたいなリアクションの母親は「あなたも食べる?」とカップラーメンを勧める。
こうして、ちゃぶ台を挟んだ母と2人の息子の3人のささやかな宴ができあがるシーンはなんとも言えない印象を残す。

「地球最後の日に何を食べるか」という最後の晩餐の話題で、自然と出来上がった普通の家族らしい光景が、ほんのりと明るくなったライティングの下で淡々と綴られていく。
あの父親がいなければ、こんなホノボノとした親子3人なのに。
その後にが乗り込んできて、また元に戻ってしまうのだが、自分が告げ口さえしなければという後悔が、の心を決壊させてしまう。
そこからの転落があまりにも急過ぎて悲惨この上ない。

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前作の「その夜の侍」で強烈に印象に残ったプッチンプリン。
本作でも、赤堀監督は食事のシーンの中に近寄りがたい鬼気を注ぎ込む。
ラストシーンで三浦友和が「とろろ蕎麦」をすするシーンの得も知れぬピリピリ感。
蕎麦をすするズズーッという音が、の心の中から発せられる唸り声のように聞こえるのだ。
蕎麦を食ってるだけで、あんなに殺伐としたムードが出るものだろうか。 すごい。

あと、これもかなり不気味だったのが、コンビニ弁当をモソモソと食べる南果歩のくたびれ感。
これもすごいというか、怖いのである。
この映画を観終わって、「とろろ蕎麦」を食べたくなる人が多いかもしれないが、一方でこの「コンビニ弁当」のシーンの「終わってる感」はお手上げ。
アレ観て、コンビニ弁当を食う気が出る人はまずいないのでは。


実際のいろんな事件がモチーフになっているのであろうが、絶対の権力者が人に理想を押し付けると、いとも簡単にその人の人間性が破壊されてしまい、形成されていたコミュニティーまでも崩壊するという悲劇を濃密な筆致で練り上げた力作。
つまりは、これから新しいリーダーが就くであろう米国と英国が、どんな理想を国民に掲げて見せるかという時事に繋がる。
理想を国民に押しつけて混乱を招いて、延いては国の本質が崩壊せぬようにと祈るのみ。
個人も家族も壊れるのも一家の主次第。 社会が壊れるのも国家の主次第。


「賢人のお言葉」
 「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである。」
 レフ・トルストイ
(アンナ・カレーニナ)
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コメント

No title

母と次男が食べていたのはカップめんではなく、ナポリタンでしたよ。長男にカップめんをすすめてはいましたが。

コメントの編集

Re: No title

羊さん、ご指摘ありがとうございます。
そうでしたか・・・ ナポリタンでしたかね・・・
お恥ずかしい限りでございます。

これからも何かお気づきがあればドシドシご指摘のほどを。



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