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シャトーブリアンからの手紙
2014年11月30日

T0019348p.jpg 「ブリキの太鼓」の名匠フォルカー・シュレンドルフ監督が、戦争の残酷な一面を切り取った問題作。
シュレンドルフ作品の長編映画としては実に13年振りの日本公開作であります。

1941年、ナチス占領下のフランス。
一人の将校が暗殺された報復として、ナチスが大勢の罪なきフランス人を処刑したシャトーブリアンの悲劇。
その犠牲者の中には、まだ17歳という少年がいました。
彼の名はギィ・モケ
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ギィ・モケ Guy Moquet(1924~1941)

シャトーブリアンでの事件はおろか、ギィ・モケさえ知りませんでしたね。
まあ、ほとんどの日本人は御存じないと思いますが、フランスではギィ・モケは殊のほか有名だそうです。
処刑される直前、両親と弟に宛てて書いた手紙も有名で、神格化された彼の名はパリ17区の地下鉄の駅名にもなっています。
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2007年には当時のサルコジ大統領が、モケの命日である10月22日には毎年、彼の有名な別れの手紙を全国の高校で生徒に読ませるようにというお触れを出しました。
サルコジも中道右派とは言え、共産主義者だったモケを政治利用しようとしたこの発案は世間で大きな批判を浴びたそうです。
他意がなかったかもしれないけど、少々不節操でしたかね。


その時一体何が起きていたのか・・・・・
映画は将校暗殺事件の前日から、処刑実行の日までの4日間が描かれています。
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ブルターニュ半島の南東部にナントという町があります。(ダジャレじゃないよ)
パリからおよそ300キロ西下した所にある港町で早朝、事件が発生。
1941年10月20日。
青年共産党員のジルベール・ブルストラン(22歳)とマルセル・ブールダリア(17歳)の二人が道を歩いていたドイツ軍司令官カール・ホッツを背後から射殺して逃亡。

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事件の一報はもちろん駐仏軍政司令部にも届く。
オットー・フォン・シュテュルプナーゲル将軍
ハンス・シュパイデル大佐
エルンスト・ユンガー大尉
3人とも実は反ナチ。 ヒトラーのことを毛嫌いしており、シュパイデル大佐はのちにヒトラー暗殺計画にも加わった人物でもある。
「早く犯人を逮捕しないと、ベルリンは過度の報復を要求してくるぞ。」と、シュテュルプナーゲル将軍は焦る。

駐仏ドイツ大使オットー・アベッツが司令部にやってくる。
「私より先にベルリンが事件のことを知っているとはどういうことだ。」
大ごとにならないうちに、内々でコトを収拾しようとする将軍たちに蚊帳の外にされた大使は機嫌が悪い。

大使は言う。
「総統は正午までに報復案を求めておられる。 総統の望みはフランス人150人の処刑だ。」
こういう理屈だ。 ドイツ人が1人殺されたら、引き換えに共産主義者3人を殺す。 将校クラスだったらフランス人150人だ、と。
ポイントカードじゃあるまいし。

将軍は憤慨する。
「私は殺し屋じゃないぞ!」
「即刻150人殺せ」という命令に対し、なんとか3日に分けて50人ずつの執行に先延ばしにするというのが精一杯。

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そうこうしてる内に、シャトーブリアン郡庁舎のベルナール・ルコルヌ副知事に対し人質のリスト作成が要請される。
副知事は一旦は拒否したもののクリストゥカト司令官から「“良いフランス人”を犠牲にするのか。」と問われて、政治犯や共産主義者を多数収容しているショワゼル収容所から人質を選択する。

かつては共産党員だったくせに今は占領軍の飼い犬に成り下がったジョルジュ・シャサーニュはルンルン気分で“報復リスト”を作成する。
パリに承認されたリストをルコルヌ副知事が目を通したところ、その中に釈放予定の青年クロード・ラレや、まだ子供と言えるギィ・モケの名前があることに驚き、クリストゥカ司令官に修正を要求するのだが・・・・
「ならば代わりの3人を君が選べ。」


一方の収容所では・・・
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ロワール=アトランティック県のシャトーブリアン郡にあるショワゼル収容所。
ここではドイツの占領に反対する行動を取った者や共産主義者、政治犯が多く収容されていた。

ギィ・モケは仏共産党主義青年同盟の一員として、占領批判のビラをまいて逮捕され、収容所に入って丁度一年。
めっちゃ足が速かったというギィは、収容所内で催される競争に出れば、いつも1着、グリコポーズでゴールイン。
時折、詩も書いていた文才のある少年だったそうです。

ギィの収容所内での親友はクロード・ラレ、21歳。
共産主義学生同盟のリーダー格であり、凱旋門での反ナチのデモに参加して逮捕され、彼もまた収容所生活が1年近くになる。
釈放日が迫っており、彼の妻もシャトーブリアンにやってきている。

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収容所の隣りはこれまた女性収容所で、ギィは板壁を挟んでオデットという女性と毎日束の間の“デート”を重ねる。
オデット・ネリスは占領反対の抗議活動を行ったとして逮捕されて収容された少女で、ギィとは同い年の17歳。

10月21日。 ルコルヌ副知事が収容所を訪れルシアン・トゥーヤ所長に人質の処刑を命じる。
所長は一旦は拒否の姿勢を示すものの、受け入れざるを得ない。

収容所内で人望の厚い元労働組合の書記ジャン=ピエール・タンボーはその夜、聴いていたラジオを所長にいきなり没収されたことを不審に思い、フランス兵から「暗殺事件の報復でおまえたちは殺されるんだ。」ということを聞き出す。
その会話をギィは立ち聞きしていた。
事態を知った仲間たちの間に動揺が広がり、ギィも恐怖に涙する。
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10月22日。
昼食が中止になり、全員それぞれの棟に戻るように指示が出る。
いよいよその時かと、緊張が走る。
トゥーヤ所長がやってきて、「名前を呼ばれた者は6号棟へ。」
次々と名前が呼ばれて、クロード・ラレも呼ばれた。
「何かの間違いだ。 僕は今日釈放なのに。」
「リストに名前がある。」
最後にギィ・モケの名前が呼ばれる。
「この子は一番若い。まだ子供だぞ!」という抗議の声が上がるが、ギィは静かに進み出る。
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ルコルヌ副知事「君たちは1時間後に銃殺される。 私には何もできない。」と告げ、家族への手紙を預かることを約束する。
ラレは最期に10分間だけ妻との面会を許された。
やっと夫が釈放される日が来たと浮き立っていた妻は、ラレの只ならぬ表情に笑顔が凍りつく。
「なにかあったの・・・?」と問う妻をラレは抱きしめる。

みんなが一心不乱に手紙を書く。
ギィは字の書けない人の分まで代筆をしていた。
この最期の時のために呼ばれた一人の神父に手紙は託される。

選ばれた27名の人質が護送のトラックに乗せられる。
女性収容所の女たちが様子を見守りながら泣き叫び、残された多くの人質仲間がドイツ兵たちと小競り合いをする異様な空気。
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ギィはトラックに乗せられる寸前に、オデット宛てにもう一度手紙を走り書きする。
その手紙はのちにフランス兵を通じて彼女に手渡された。
10月22日。 シャトーブリアンで27人。 ナントで16人。 パリで5人。 計48人が銃殺された・・・。


・・・・・・・・・・・・・
さて、この手の映画ならば通常は、主人公が処刑の場へ消えていくようなシーンや、銃殺ならば発砲の瞬間や銃声だけで死を暗示して映画は締めくくられそうなものです。
ナチスものとしては日本でも2006年に公開された「白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々」でも、主人公が断頭台にかけられ、ギロチンの刃が落ちてきてブラックアウトして終わった記憶があります。
ですが、この映画はその先からが違います。
まだやるのか・・・・。 これは観ていて非常に戸惑いましたし、衝撃でした。
恐ろしいシーンですが、同時にこれは目を背けてはいけないのだと異常な緊張に襲われます。
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ギィ・モケたち27人の人質は海岸沿いの処刑場へと連れて行かれるのですが、この銃殺刑のシーンが実に細かく描かれています。
そこではそれぞれの担当に分けられた兵士たちに、上官がやり方を一から十まで説明します。
◆27人を9人ずつ3回に分けて処刑。
◆杭に縛って目隠しをする。(27人全員が目隠しを拒否)
◆一人の処刑者につき発砲者は3人。うち一人の銃は空砲である。 つまり9人に向かって27人の兵士がズラリと並んで一斉に銃を撃つということ。
◆撃ち終わると、杭にもたれかかっている遺体を縛ったロープをほどいて地面に横たわらせる。
◆上官がピストルで1人ずつ頭に銃弾を撃ち込んでいく。
◆遺体の両手を持ち、引きずって運び、地面の血に砂をかける。

上官はとにかく「テンポだ!テンポが大事だぞ!」とやたらとテンポを強調。

9×3の銃殺シーンを省略することなく延々と機械的に描写。
もちろんギィ・モケもあくまで27人のうちの一人として、余計な感傷を挟ませる余裕も与えずに死へと突き落としてしまう寒々としたシーンには言葉もありません。
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観終わって感じるのは、この映画がギィ・モケを英雄化した話ではないということで、むしろ主題は、戦争中、生死という両極の選択しかない状況で、支配する側の思考停止の恐ろしい実態にテーマを当てています。

誰だって死にたかぁない。
戦時下とは言え、完全にポジションを握った占領してる側の中の人間も、独裁国家ゆえに命令に逆らったら即、殺される側になります。
人道的に「こんなやり方はひどい」、「あの指導者は最低だ」と思っていても、どうすることもできないのが現実で、今を生き抜いていくための選択は「命令に従う」ことしかないのです。
こんなバカげたことはいつかは終わるだろうと、それまではこういうことも仕方がないんだと自分に言い聞かせなければならず、ただただ歴史の歯車の一部として回転するだけの生き方を選ぶのです。

一人の将校が殺された腹いせに150人の人質を殺せというバカ殿の極みのような愚行に誰が賛同するでしょうか。
それでも実行するしかなかったのが当時のナチスの怖さです。
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シュテュルプナーゲル将軍は、この人殺し行為に対して憤りながらも、それに逆らうことも有り得ないので、ギリギリの回避策を練ろうとしますが、結局はヒトラーを納得させる処刑人数の調整に追われてしまいます。

ルコルヌ副知事も17歳のギィや釈放予定のラレの名前がリストにあることに困惑しますが、「代わりを選べ」と言われてはそこで考えることを辞めざるを得ません。
自分はこの行為に直接加わらなかったのだと自らを納得させたいのでしょう。
命令を右から左へ流しただけだと。

処刑場の上官も「テンポだ!」と連呼するのは、兵士にあれこれ考えさせるヒマを与えないためですが、それでも始まる前から怯えていたハインリッヒ(架空の人物)という若い兵士は1回目の処刑が終わるとパニックを起こしてダウンして交替させられます。
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自分と同じぐらいの年の少年が処刑場へ連行されるのを見てしまうハインリッヒと、対して処刑場で銃を撃つ側の中に自分と年の変わらない男がいるのを気づいてしまうギィ・モケの対面のシーンが怖いですね。

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Ernst Junger (1895~1998)
駐仏軍政司令部の中にいたエルンスト・ユンガー大尉は20年代から名の知れた作家で、明らかにその作風は反ナチの内容のものもあるそうですが、彼の戦記を読んで軍人として高く評価したヒトラーからは咎められることなく、第二次大戦時には大尉として召集され、私信検閲の仕事をしていました。
それでも思想的にはナチスとは距離を置いた考えを持ち、フランスの知識人と多く交流を持った人です。
この人物でもヒトラーの暴走を止められない、いや、ユンガーだからこそ止めようとせずに傍観者でいる微妙な心理が本作でも描かれています。
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ユンガーと付き合いのある歌手カミーユ(ユンガーの書物から創造された人物)との会話で、ヒトラー暗殺計画が進行している話題になります。
「あなたも計画に?」
「私は観察者がいい。 歴史を変えたいという誘惑を感じない。」
「占領によって変えてるわ。」
「私がしていることは軍服の名誉を傷つけないことと、周囲の不幸を忘れないことだ。 ユダヤ人の家族が連行されていくのを見た。 子供の泣き声が耐え難かったよ。」
「その軍服で救えなかったの?」

二律背反というのでしょうか。 面白い考え方を持った人物です。 
人が色々と行動を起こすことに対して、「それは素晴しいことだ」と評価しながら、自分はやろうとしない。
あくまでも成り行きを見守る傍観者であろうとする。 自分が今いる立場や従事している仕事を否定して投げ出すことも彼の美学には沿わないのでしょう。

行動を肯定し、尚それが出来る立場にいながらやらなかった。 極端な思考のユンガーは別としても・・・
みんな、「俺の立場ではどうしようもないから出来る人がやってくれよ」という考えの集合の結果がこの悲劇です。
かと言って、みんなが勇気を出して行動してれば、というのは容易くノーテンキかもしれません。
これは支配される側はもちろん支配する側も喉元にナイフを突き付けられていた状態での回避思考がもたらした、人間の心の終末の姿です。


「キリマンジャロの雪」、「ルアーブルの靴みがき」のジャン=ピエール・ダルッサンが、人質たちの手紙を預かるモヨン神父役で登場し、強烈な印象を残します。
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迎えたルコルヌ副知事がリスト作りに関わったことを知り、「君も加担していることになぜ気づかないのだ?」と叱責します。
「銃殺は暗殺を生み、暗殺は銃殺を生む。 報復の連鎖にしかならない。」
さらにドイツ兵に対して、「君は何に従う? 命令の奴隷になるな。 良心の声を聞きなさい。」と諭す。

「命令の奴隷になるな。」
おい、聞いてるか。 客のことよりマニュアルが大事な某コンビニの某店員君よ。
世界のいくつかにある独裁者国家の姿を見ても、言われたことだけに従うことが是とされて、その結果がもたらす悲劇や、「その先」を考えない心が悪のつけ入るスキを与えてしまう怖さを我々は知っています。
戦争という特殊な事態下でも「考える」人間の心は果たしてどこまで武器として通用するのでしょうか。

facsimilé-guy_moquet左はギィが連行される前に、両親と弟セルジュに宛てて書いた手紙です。

死ぬ覚悟ができているということや、両親に対して気をしっかり持ってほしいという気遣いがしたためられています。
何も後悔はしていない、自分の死が役に立てばということも書かれており、17歳の決心にしては胸が痛いですね。

残った皆さんは私たち死にゆく27人にふさわしい存在であり続けて下さいと締めくくられています。


戦場だけが恐ろしいのではない。
スネた子供のような指導者も怖いが、誰もが生きたい、傷つきたくはないという恐怖から逃げる当たり前の心が不条理な生贄を作ってしまう。
動かない心がもたらす悲劇を描いた、名匠シュレンドルフ健在を示す秀作です。


「賢人のお言葉」
 「人間が人間であるという証拠は何か? 「考える」ということです。 ただ言われた通り、何も考えず行動するのは、「仕事をしている」ではなく、「仕事を流している」にすぎません。」
 扇谷正造
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