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クワイエット・プレイス
2018年10月14日

T0023137p.jpg毎年、大みそかに日テレでやってる「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」の"笑ってはいけないシリーズ"。
今年のテーマはなにかな?

いや、そもそもやるんだろうかね?
マンネリうんぬん言われてるが、もしやらないんだったら今年がそのタイミングかも。
でも、やってほしいなあ。
あれを観んと、年を越せない感覚になってしまっているしなあ。

観てる時は自分も一緒になって笑うのを我慢しているが、もしケツをシバかれていたら、松っちゃん並に優に300回はシバかれて、ケツが赤福餅のようになっとるだろうね。

まあ、笑うのを我慢して、できなければケツがパーンとやられるぐらいならまだいい。

『音を立ててはいけない』 これはキツい。
人間、生活している以上は、何らかの音は出る。
もし、音を立てたら・・・
『死ぬ』
そんなバラエティ、放送でけへんやんけ。
そう。 バラエティではない。

製作費が1700万ドルの低予算作でありながら、全米で今年の4月に封切られたその映画は、大方の予想を覆して全米興収だけで1億8千万ドルを突破するという目玉ボーン級のギガヒット。
音に反応して襲ってくるという正体不明のクリーチャーによって、人類が存亡の危機にあるという状況の中、ある家族の決死のサバイバルを描く新感覚ホラー。
エミリー・ブラント主演、ジョン・クラシンスキーが監督と出演も兼ねての夫婦共演。


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89日前、メキシコに隕石が落ちた。
どうやら、その隕石とともに、「何か」がやって来たらしい。
一体や二体ではない。 かなりの数でやって来た。
その「何か」は人類を襲い始め、瞬く間に滅亡寸前にまで追いやった。

何か」は目が見えない。 いや、目がない。
その代わり、聴覚がことのほか敏感である。
何か」は音に反応し、どこにいようと、それに向かって凄まじいスピードで襲ってくる。
襲われたら一巻の終わり。
そうなりたくなければ、音を立ててはいけない。

とは言っても、例えば会話なら、ささやき声で交わす程度なら問題はない。
音を立てるにしても、きしむ音や、こする音、スイッチ音など、ほんの小さな音なら許容範囲だが、ある程度離れた距離にいる人が振り返るほどのそこそこの音ならまずアウトと言っていい。

クシャミとか、でかいオナラでもしようものなら。
♪ デデ~ン!
浜田ぁ、松本ぉ、アウト~

皿やコップを落としたり、割ったりしようものなら。
♪ デデ~ン!
遠藤ぉ、方正ぇ、アウト~

テレビやラジオ、目覚まし時計など論外。
♪ デデ~ン!
田中ぁ、タイキックぅ~

ケツをシバかれたり、蝶野さんにビンタされるぐらいなら全然マシ。
相手は恐ろしく凶暴な怪物なのである。


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【絶対に音を立ててはいけない家族生活】

荒廃した世界の数少ない生き残りのアボット・ファミリー。
父・リー(ジョン・クラシンスキー)
母・エヴリン(エミリー・ブラント)
長女・リーガン(ミリセント・シモンズ)
長男・マーカス(ノア・ジュプ)
次男・ボー(ケイド・ウッドワード)
ちなみに、リーガンは聴覚障碍者。 マーカスは喘息を患っている。

田舎の一軒家で細心の注意を払いながらひっそりと暮らしている彼らは、廃墟となったスーパーマーケットに時折足を運び、物質の調達をする。
道中は靴は履かない。 全員裸足だ。

この日も家族は例によってスーパーで日用品や薬などを確保したあと、そろそろと帰宅への道を歩いていた。
その時に悲劇は起きた。
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幼いボーがスペースシャトルのオモチャのスイッチを入れてしまったのだ。
オモチャは電飾の光を瞬かせ、甲高い電子音を響かせる。

このスペースシャトルのオモチャは、スーパーに行った時にボーが目ざとく見つけたもので、危険を感じた父のリーは、オモチャを置いていくように、やんわりとボーに言い聞かせたのだが。
弟を不憫に思った姉のリーガンは父が見てない時に、オモチャから電池を抜き取ってボーにこっそりと渡してあげた。
その優しさがアダとなった。
抜いた電池は、すぐそばのテーブルに置いたまま。 リーガンが目を離したすきにボーは電池を持ち出してしまったのだ。

状況を心底理解するには、ボーはまだ幼すぎたのだろうか。
静寂を破る、その無邪気な音は死を意味する。
先頭を歩いていたリーが、最後尾にいるボーを助けようとダッシュしたが・・・

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父親が息子に追いつく前に、木立から物凄い速さで飛び出した「何か」。
ボーの体が八つ裂きにされるまで、あっという間の出来事だった。

この3ヶ月間、懸命に力を合わせて生き延びてきたアボット一家だったが、皮肉にもささやかな思いやりが命取りになった。
家族の中で最も幼く弱い存在のボーは、あまりに短い生涯を終え、姉の心には深い後悔の傷が残った。

これがこの世界の過酷さ。
幼児でさえも口をつぐまねばならぬ。  玩具で遊ぶこともままならない。

それからさらに一年が過ぎた・・・

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エヴリンは妊娠していた。

こんな御時世に、なぜ子作り?
赤ん坊は生まれれば産声を上げるし、その後も泣くのが仕事のように泣く。 それが赤ん坊である。
このままでは、まもなくその時が訪れる。 音を立てずに子育てはまずできない。
なぜこの夫婦は4人目の子を作るという危険極まりない、浅はかなことをしたのか?と、映画を観る観客がいぶかしむのはもっともである。

個人的な考えとしては、ボーの死が一番のきっかけなのではないか。
音を立てないというルールのもとでサバイバルしている一家だが、少なくともこの夫婦はただ闇雲に恐れおののきながら身を潜めているのではない。
彼らは明らかに戦っているのだ。

リーは無線で他の生存者とのコンタクトを取ろうとSOSを発信し続けながら、クリーチャーの弱点を探り、そして耳の不自由な娘のために補聴器を作っている。
ボーを失った彼らは、現実的には無理だが、ボーを甦らせたかったのだ。 再び子供を作ることで。
喪失感から立ち直るためと同時に、新しい命を育むことでボーは今も生きているということ、自分たちは何も失ってはいないという勇気を鼓舞したかったのだ。
無理を承知の仮説ではあるが。

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だがリーガンは未だに失意から立ち直れていない。 それどころか父との溝は深まる一方だった。

自分のせいでボーが死んでしまったのだという後悔は一年経った今もリーガンを苦しめている。
また、聴覚障碍を患い、成長するにつれ、自分の存在が家族の足手まといになっているのではと自分を卑下していた彼女は、ボーの一件で父から愛されていないのではと思い込んでいた。

父から補聴器を勧められても、今のリーガンには「障碍を持った自分」を否定されているようにしか受け取れず、頑なに父の気持ちを拒む。

父のリーは、ボーのことで思い詰めるリーガンの心をほぐしてやりたいが、気持ちがうまく伝わらない。
娘のために作った補聴器も強く拒絶される。
障碍のことやボーのことで、要らぬ負い目を背負っている娘にどんな言葉をかけてやればいいのか、リーは迷っていた。

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リーは長男のマーカスと川へ釣りに出かけた。
釣り場のそばには滝が流れており、そこでなら会話は滝の音にかき消されるので安心だ。
リーマーカスにとって久しぶりの親子の会話だった。

父と姉の関係が良くないことに気を揉んでいたマーカスは言う。
「リーガンを愛してるんだったら、はっきりとそう伝えた方がいいよ」
「愛してる」の一言ほど難しい言葉はない。 だが・・・
父はいずれ、その言葉を意外な形で伝えることになる。

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釣りの帰り、リーマーカスは一人の老人とバッタリ出くわす。
そばには老人の妻と見られる女性の無惨な遺体が転がっている。 あの「何か」に殺されたのだろう。
絶望に打ちのめされた老人の顔は激しく歪んでいた。

この老人は今から自殺するのだとリーは瞬時に悟った。
すぐにここを離れなければ巻き添えを食う。
とっさに茂みの中に身を隠すリーマーカス

そして老人は、体の中にあるすべての悲しみを声にして吐き出した。
人生最後の渾身の叫び。
数秒後、ほとんど体当たりのように「何か」が老人を目がけて飛びかかる。
瞬間、老人は叫びどころか、もう一声も発せぬ骸となっていた。


リーガンがひとりでボーが亡くなった場所を訪れていたその頃、自宅に一人いたエヴリンは・・・
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まもなく赤ん坊が生まれようとしていた。
破水を起こしたエヴリンは地下室に急ぐ。
とりあえず、その時が来た時の準備はできている。

だが、地下室の階段を降りる際に突き出ていた釘を足の裏で踏んでしまい、声を出すのはかろうじて耐えたが、その拍子に写真立てが大きな音を立てて落ちた。

来る。 「何か」が来る。
アボット一家の恐怖の一夜が始まろうとしていた・・・・・・・

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この映画は未知の生物によるシチュエーション・ホラーという体裁を取っているが、その構成の裏にはささやかな社会風刺や批評が込められている。
もちろんシンプルにホラーとして楽しんでいいし、むしろ小難しいことは抜きにして、一緒になって息を潜めて多いに怖がって、作品をエンジョイするのが正解でもある。

「音を立ててはいけない」という生活の中の当たり前を抑制するルールが設定されてる、その異常さゆえのユニークさを生かし、クリーチャーの怖さと家族のサバイバルをサスペンスフルに描いていて、これはなかなかの秀作。
ストーリーも家族の成熟の過程という絆の姿を組み込みながら、展開を至ってシンプルにまとめてあるところが巧い。

確かに映画の上っ面だけを観ていればツッコミどころが気にならないでもない。
いろいろ解釈してみた前述の「4人目の子の妊娠」をはじめ、クリーチャーの危険度やサバイバル生活の細部もボヤけてる点が多々ある。
「もっとホラーを!」の人にはアテが外れる作品かもしれない。

だがこの映画はそんな懸念さえどうでもよくなるほど、恐怖の世界の片隅で生きるちっぽけな家族の描写の筆力が感動できるし、今、最も世界をざわつかせる国々の政治不信と社会への危惧のメッセージが刻まれてることの方にむしろ気が行く。

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この物語に秘められているのは、強大な権力になびいてしまう社会への強烈な皮肉と警告である。
たとえば国民に向ける「目を持たぬ」独裁者の収める国の民はまず自分の「声を発さない」。 発すれば命さえ危うい。
沈黙することがその国で生き残れる術となる。
だが誰も声を発さなくなった国は荒廃するのも早い。

一方で、堂々と人を差別して善人ぶる指導者を国民がこぞって持ち上げる大国も同様だ。
黒人も移民もLGBTも憎悪し、女性を蔑み障碍者を嘲笑い、地球温暖化にも興味がない、人間としてアウトなこの男にヤンヤヤンヤと拍手喝采して、選挙で投票する者が多いというこの異様な民度は寒気すら覚える。

声を発する者も大勢いる。
だがこの指導者は、この映画に出てくるクリーチャーのように「聴覚だけが肥大してる」らしい。 
いちいちヒステリックに反応してSNSに「嘘つきだ、フェイクだ」と書き込んでいる卑小な姿は国のトップに立つ人間のすることだろうか。
選挙で選ばれたのだから仕方がないもん、任期が終わるまでの辛抱だもんと黙っていたら、生き辛さを感じてる人にとっては、ますます安穏と暮らせるクワイエット・プレイス(静かな場所)はなくなっていくだろう。

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一国の指導者個人への批判ではなく、他者を拒む価値観に対して、見て見ぬふりをするばかりか、それに同調する社会への風刺でもある映画だが、健気な家族愛のストーリーを前面に持ってきたそこに希望が投影されている。

父親から疎まれてると思っている、聴覚障碍の少女がキーパーソンであるのも意義深く、目を持たぬ強者に対抗するのが、音の聞こえぬ女性なのだという点に、傲慢なマジョリティへの反発とも見て取れる。

耳の聞こえぬ少女が、父親から受け取る最期の言葉。
物言えぬ、音も発せぬ世界で示される、最も美しい「I LOVE YOU」が強烈な感動を呼び起こす。

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さて、音声反応エイリアンであるが、とにかく謎だらけ。
意図して地球にやって来たのか、たまたまなのか。
音に対してなぜ攻撃するのか。
人間を捕食する訳ではなく、侵略しようというほどの知能もないように見える。

聞こえない人のための補聴器こそが、聞こえすぎるエイリアンに対抗できる最大の武器とはコレいかに。
父親の形見が残した希望のハウリング。

もう沈黙はせぬ。
戦いに備える母がショットガンを握り、「ガチャリ」とポンプアクションの音が響いて宣戦布告。

「LOOPER/ルーパー」、「オール・ユー・ニード・イズ・キル」、「ボーダーライン」と、銃を持ったエミリー・ブラントにはなぜか萌える。
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「賢人のお言葉」
 
「愛されるだけでは物足りない。 愛の言葉もかけてほしい。 静寂の世界は、お墓の中十分に味わえるのだから」
 ジョージ・エリオット  
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他にもこれ観ました  ~9月編(下)
2018年10月07日

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「プーと大人になった僕」

羽生君は、もうこの映画を観たんだろうか。

それにしても、プーさんを実写化するとはディズニーも思いきったことを。
来年はティム・バートン監督の「ダンボ」や、9月には「ライオン・キング」の実写版の公開も控えておりまして、ディズニーの「実写にしてまえブーム」はしばらく続きそうです。
もう何年かすれば、あのネズミさんも実写化されたりして・・・ それはないかね。
しかしプーさんの実写化は、なかなかのチャレンジでしょう。

子供の頃になにで観たんだろうか?
キャラクターの印象だけが強くて「くまのプーさん」自体の物語は全く覚えてないですね。
クリストファー・ロビンという子供のキャラクターがいたのも知りませんでしたな。

予告編の時から「思ったより、ちっちゃ!」、「色、薄っ!」、「ハスキーな声!」、「ぬいぐるみ感、全開!」な、プーさんのビジュアルに少し戸惑いましたが、まあ観ているうちになれてくるもんで。

この、ぬいぐるみテイストもどうなんだろうかと思ったものの、これはなんだか、「おまえは子供心を忘れたのかぁ!」みたいなのを試されてるみたいです。
実際、撮影では最初にぬいぐるみを作って、それらを写真撮影したあとにデジタルエフェクトしているらしく、「使い古されたぬいぐるみ感」は最初から監督の狙いだったそうです。

原題が「クリストファー・ロビン」であるように、本作はどうやら大人向けに近い作品。
子供から大人に成長し、100エーカーの森を去って、今や一児のパパであるクリストファー・ロビン。
仕事と家庭の板挟みに悩む彼とプーが突然の再会を果たして自分の人生を見つめなおしていく物語。

「仕事と家庭と、どっちが大事なのよぉー!」と妻子にブーたれられるのは、世のご主人方の永遠の悩み。
彼の会社の上司は言う。 「沈みかけた船に乗ったら、君は何もしないのか?それとも泳ぐのか?」  泳ぐよなあ。
ロビンは自分を納得させるかのように口にする。 「夢はタダじゃない。 何もしないと何も生まれない」 正論だね。
でもプーさんは言う。
「何もしないのは最高の何かにつながる」 ・・・そうなのか? いやまあ、そうありたいけどさあ・・・。
仕事を辞めて毎日ボーッとして暮せと言ってるわけじゃござんせん。
アレもしなきゃ、コレもしなきゃに追われてると本当に大切なものが見えなくなるんですと。 それは非常に不幸なこと。
何かをするのを一旦忘れてみれば大切なものに気づけるのだと。

もうひとつ、プーさんの最高のお言葉。
「君が100歳まで生きるのなら、僕は100歳マイナス1日生きたいな。 そうすれば君なしの1日を過ごさなくてもいいから」
泣!
        

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「ザ・プレデター」

思えば1作目が一番面白かったよなあ、と言うのは野暮。
あれからアッという間に30年が過ぎた。
その1作目で最初に殺される、シモネタ大好き野郎のホーキンスを演じていたシェーン・ブラック。
「リーサル・ウェポン」の脚本家として知られ、「キスキス,バンバン」などの監督もしている彼が、1作目の御縁もあってかプレデター・シリーズ最新作の監督&共同脚本を務めております。

プレデターと相対することになる人間側はどこか病んだヤローばかりが出てくるのはシリーズのお約束のような設定。
ホーキンスのオマージュのようなべシャリも出てきます。
これらの勇敢なヤローたちのドラマの方に少々ウェイトがかかっているために、本来主役であっていいプレデターは今回はあまりインパクトが足りませんね。
スプラッタ描写はいいのですが。

"フュージティブ・プレデター"と"アサシン・プレデター"という2体のプレデターが出てくるのですが、彼らがなぜ地球にやって来たのかは、どうやら込み入った事情があるのが徐々に分かってきます。
フュージティブアサシンに言わせると「裏切り者」らしく、そのフュージティブはアッサリとアサシンに殺されてしまう展開も驚き。

しかもこのラスト・・・。
プレデターに支配階級と被支配階級があるのは「プレデターズ」で明らかにされていますが、地球を植民地にしようという考えの種族に対して、それに反対している種族が地球人に武器を与えにやって来たことが判明。
その武器というのが・・・・・ 
いやあ、なんだかプレデターの存在が安くなってしまったように思えるのですが。
        


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「スカイスクレイパー」

「ジュマンジ ウェルカム・トゥ・ジャングル」、「ランペイジ 巨獣大乱闘」と、今年も大暴れなさった我らがロック様ことドウェイン・ジョンソンの今年最後のお祭りアクション。
香港の超超超高層ビルを舞台にテロリストたちをほぼ一人でキャンといわせるロック様の大活躍。
さすがはレジェンダリー・ピクチャーズ。 やり過ぎなサービス精神がここでもキレッキレ。 「有り得ねえアクション」の数々でスカッとしていただきましょう。

「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」でトム・クルーズが超絶スタントを見せたドバイのブルジュ・ハリファが高さ800メートルで206階建て。
香港のベイサイドに建つ「ザ・パール」というビルはなんと1000メートル、240階建て。 いや、もちろん架空のビルだけども、そこまで高いとSF。
てっぺんに展望台の球体があり、パッと見は「ロード・オブ・ザ・リング」に出てきたサウロンの要塞「バラド=ドゥーア」を思い出させます。

ロック様の役どころは危機管理コンサルタント、ウィル・ソーヤー。 元はFBIの人質救出部隊のリーダーで、ある事件の失敗で犠牲者を出し、自らも片足を失った男で、つまりは義足の設定。
そして彼は「ザ・パール」の98階に妻子と暮らしながら、同時にこのビルのセキュリティも担当していたのですが、そこへテロリストが襲撃してくるというお話。
テロリストの目的がビルを乗っ取って火をつけてまですることかなとは思いますが、火事は起きるわ、悪党が銃を振り回すわ、妻子は逃げ遅れるわという一大事にロック様が駆けつけて"ジョン・マクレーンしちゃいますよ"みたいな大活躍をなさるわけですよ。

確かに色々と酷評されるのもうなづけるほど、インテリジェンスに欠けた映画ではありますが、この手の映画は大抵がそうですから今さら言っても詮無いわけでして、気楽に楽しみましょうや。

それにしても、ダクトテープのポテンシャルがハンパない。 根性ある人は、あのシーンを一回試してみては?(ダメだぞ!)

「システムのトラブルの9割は再起動で解決する」 それはその通りだ。
        


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「死霊館のシスター」

YouTubeを開くと広告動画が出ます。 うっとおしいなあとは思いますが、今年8月にこの映画のプロモーション動画が先付け広告としてアップされていたのですが、「こわすぎるわ!」と苦情が殺到してYouTubeが削除するという騒動がありました。
音量マークが最初に出てくるやつね。 ものの数秒とはいえ、あれはタチが悪いよね。

そんなこともあったこの映画。 「死霊館」シリーズの最新作で、「死霊館エンフィールド事件」(16)に登場した尼僧姿の悪霊の正体と言いますか、その原点を描いております。
1952年のルーマニアが舞台。
ある修道院で一人のシスターが神の教えに背いて自殺。
不可解な事件の謎を探るために教皇庁から派遣されてきた神父と修道女見習いの若きシスターが、恐怖の元凶である悪魔のシスター"ヴァラク"と対峙することになるという話ですが・・・申し訳ないがシリーズ中、断トツでコワくありませんな。

むしろバーク神父(デミアン・ビチル)とシスター・アイリーン(タイッサ・ファーミガ)のコンビが強いのか弱いのかという、変なドタバタ感が気になる。
肝心な時に男はどこに行っとるんじゃ!はお約束。 チョロい神父さんが棺桶に閉じ込められるシーンはトホホすぎる。
シスターも、わざわざ何か起きそうな所にフラフラと足を運ぶという、それは鈍いのか、根性があるのかどっち?
ヴァラクも「どうだ、コワいだろう!」みたいなモンスター感を出し過ぎじゃ。
        


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「かごの中の瞳」

目の不自由な妻が手術によって視力を取り戻したことから、夫と気持ちがすれ違っていくという実に皮肉で残酷な映画。 ってかコレ、けっこう怖い映画ですわ。

幼い時の交通事故で両親を亡くし、同時に視力も失った女性ジーナ(ブレイク・ライブリー)。
目の見えない彼女を愛してくれた保険会社勤務の夫ジェームズ(ジェイソン・クラーク)と赴任先のタイのバンコクで暮らしていたのですが、角膜の移植手術が叶い、右目の視力がめでたく0.4に回復します。
本当にめでたいこと?

目が見えるようになった奥さん。 初めて見た夫の顔は・・・ああ、なんかビミョー。 「いい意味で想像と違ってたわ」という、その言い繕い方が下手。
住んでた部屋も趣味と違う・・・。
ちょっとずつ気持ちがすれ違い出す夫婦。 やだやだ、こういう話。 でもオモロイ。

このダンナさんはチャラチャラしたことが嫌いなのか、クラブで踊るのも嫌がるし、妻の姉夫婦たちと歓楽街へ行って、みんながノリで入った"のぞき部屋"も、一人だけ外で待ってるという、「マジメか!」な野暮オヤジであります。
だもんで、服も派手になり出し、髪もパツキンに染め、不動産屋で新しい家を探している妻に対して穏やか気持ちではいられないのです。
まだ、目が見えてない頃の妻の方が良かったなあ・・・・ということで、このダンナ、とんでもない行動に出ます。

目が治ったけれども定期的に医師から処方された目薬を点眼しているジーナですが、ある時から再び、目の不調が・・・・・
実は夫が目薬を・・・・ こわっ! こわいわっ!

奥さんは奥さんで、ダンナが想像と違ってたので、フラフラと不倫はするし。 なんだか、もう・・・。


監督は「プーと大人になった僕」のマーク・フォースターでして、本作自体はアメリカでは2年前に公開済みの映画。
プーさんの映画の前の作品とはいえ、本当に同じ監督が撮ったのかと思うほど、イメージショットが多用されたアーティスティックな作風になっています。

結局、そうなってしまうのかという話ですが、元から合うはずのない二人だったんでしょう。
妻も夫も見たくないお互いの本心を見てしまった。 目に映るもの以外のものも見えるようになったことは、二人にとって幸だったのか不幸だったのか。

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愛しのアイリーン
2018年10月04日

T0023191p.jpg監督・吉田恵輔の“芸風”はこの作品で確立されたか。

初長編作の「純喫茶磯辺」(08)から「銀の匙 Silver  Spoon」(14)に至るまでの作品はまだ、行儀のよろしいハートフルな作風だった。

ところが2016年の「ヒメアノ~ル」では突然の新境地を開拓。
前半のコミカルなトーンから突然、手加減なしのバイオレンスな展開に激変する斬新な作品で我々の度肝を抜き、続く「犬猿」(18)では兄弟と姉妹の壮絶な憎しみ合いを描き、骨肉同士ならではの凄まじき怨念の撒き散らしを見せつけた。

「犬猿」は監督のオリジナル脚本でもあり、元々こういう破滅系のダークな物語が感性にハマるのだろうか。
まだ「犬猿」から半年ほどと間がないが、早くも登場する吉田恵輔の最新作はビッグコミックスピリッツにて95~96年にかけて連載されていた新井英樹の同名コミックの映画化。

とある地方の山村で親と暮らす42歳の独身の男がフィリピン女性と結婚したことから、運命の歯車が狂い出す愛憎劇。
ほとんどのシーンを新潟県長岡市でロケ。 夏と冬で全く違う顔を見せる長岡を舞台に男と女と母が愛のために狂い行く衝撃のラブストーリー。

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宍戸岩男(安田顕)。
少子高齢化が進むこの寒村に生まれ育って42年。 カノジョいない歴も42年。
一人っ子。もちろん独身。
年老いた両親とともに実家で暮らし、パチンコ店で働いている。

嫁をあてがおうと口を開けば縁談や何やらと小うるさい母親。
ボケ出してきた父・源造(品川徹)がなぜかノコギリを探し回る。
家には猟銃があるので、危なっかしいったらありゃしない。

岩男に嫁をもらう気はあるかというと、ないこともない。
ただ・・・ヤリたいのだ。 まずはセックスがしたい。
だが愛のないものは嫌なのだ。 パチンコ店の事務員である中年女性の良江(山野海)とは酔った勢いでヤッてしまったことを岩男は今も後悔している。
岩男は愛する人と一緒にちゃんとしたセックスがしたいのだ。

良江岩男の誕生日祝いのプレゼントを渡したついでに分かりやすく御誘いの顔を向けてくる。
このアホタレがと思いながら岩男はプレゼントを受け取り、テキトーにやり過ごす。
プレゼントの中身を見てみると、小さなサルのぬいぐるみだった。
いつまでも親元から離れられない自分をバカにされてるような気分だった。


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岩男の母、ツル(木野花)にとって他人はみんな敵。
普段から挑発的なツルを余計にイライラさせるのは、ボケた夫の聞き分けのない行動ももちろんだが、もっと気が気でならないのは息子の将来だ。 心配で心配で仕方がないのだ。
もう42歳にもなる息子に、いつになれば嫁がくるのかということばかりを考える。

里子に出されて本家の宍戸家に嫁いだツルは3人の子供を死産あるいは早死という悲劇に見舞われていた。
それを乗り越えて元気に育て上げた4人目の子である岩男は、ツルにとって何物にも代えがたい存在である。
あとは理想のお嫁さんをもらって孫の顔さえ見れればツルは本望なのであった。

今まで岩男にカノジョができたような様子は感じたこともなく、それほどに息子が女性に対して奥手なのだろうとツルは思う。
毎夜、岩男が自室でAVを観ながらオナニーにふけっているのを、ふすまに開けた穴から見ているツル
そんな岩男の姿を不憫に思うあまりにツルの「息子愛」のボルテージは上がる。

岩男の嫁に来る女には、まともな家柄で清楚で奥ゆかしい古風な女性こそがふさわしい。
どこの馬の骨とも分からぬような派手で軽薄で、家事の一つもできなさそうな女などツルに言わせれば「ゴミ」なのであった。
そんな女が岩男に近づくのは絶対に阻止する。 そしてちゃんとした女性を岩男にあてがう。
そのためにはどんな手でも使うのだと、ツルは心の中の刃を研ぎ澄ます。

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岩男には想う人がいる。
パチンコ店の同僚、吉岡愛子(河井青葉)である。
シングルマザーだが、岩男はそんなことは気にしない。
おしとやかで、人当たりのいい愛子は、岩男にとってはまぶしすぎる理想の人だ。

しかし女性経験のない岩男は上手に誘うこともできないし、それなりに愛想良くすることも下手である。 だから家でオナニーをするのが関の山。
だがある日、岩男愛子から食事に誘われた。 夢のような展開だった。
その席で誕生日のプレゼントを愛子からもらった。
サルのぬいぐるみ・・・・ 良江がくれたものと全く同じの・・・・
でも、岩男にとっては「愛子がくれたもの」は何でも宝物。

岩男は舞い上がった。
これはもしかしたら・・・ いけるのかも・・・
だが同僚の斎藤(古賀シュウ)から、吉岡愛子の乱れた男性関係を聞かされる。
イメージとは裏腹に、誰とでも寝るヤリマンなのだという愛子の素顔を知った岩男は荒れた。

居ても立ってもいられず愛子の自宅の前まで来た岩男
そこで鉢合わせした愛子に向って「好きでしたぁ!」と半泣きで叫ぶ。
愛子は困ったようにつぶやく。 「本気になられると困るんだわ」

そして岩男は村から姿を消した。


ツルは半狂乱になって岩男を探す。
パチンコ屋はもちろん、会う人会う人に「岩男みてねえか?」と聞きまくる。
だが岩男は見つからないまま2週間が過ぎた。

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ぽっくりと逝った源蔵の葬式が行われていた時、岩男は帰って来た。
葬儀に出ていたみんなが驚いたが、それよりもさらに驚いたのは岩男と一緒にいる女性が挨拶をした時だった。

「イワオサンノ、オヨネサンニ、ナリマシタ。 アイリーン・・・デスッ!」

愛子との件があってから、岩男は貯金の300万円をつぎ込み、フィリピンまで飛んで国際結婚のお見合いツアーに参加したのだった。
30人ほどの女性と、まるで取り調べのような機械的なお見合いが続く。
「ハロー。 アイム、イワオ」を何度も繰り返す岩男

ほとんどヤケになっていた岩男は、何の考えもなくアイリーン・ゴンザレスという18歳の女性との結婚を決めたのだった。

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最初は茫然としていたツルだったが、源造が亡くなる直前に作った揺り椅子を壊してしまったアイリーンにブチ切れた。
猟銃を持ち出してアイリーンに突きつける。 本当に撃ち殺しかねない剣幕だった。

「ナンデ、オコッテルノー!?」
アイリーンにしては何が何だか分からないが、ツルにとってはこんな女が岩男の妻になるなどとは到底許し難いことだった。
外国人なんてのは論外。 人に挨拶に来る格好とは思えない、目の痛くなるようなピンクのパーカーを羽織ってアッケラカンとした口調がツルの逆鱗に触れたのだった。

岩男が必死になだめて、その場は収まったものの、二人とも実家には帰れなくなった。

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アイリーン(ナッツ・シトイ)は、貧しい漁村に次女として生まれた。
タガログ語のほかに英語も喋れる彼女は人懐っこくて、よく笑う。 
父親が病気で入院し、幼い弟たちもいる家族の生活を支えるためにアイリーンは日本人とのお見合い結婚を決意したのだ。
日本人と結婚して裕福になった同じ村人を知っていたのも決め手だった。

300万円を受け取り、毎月家族に仕送りもできる。
自分がお金で買われたということは分かっている。
それは何よりも家族のため。

結婚式では母親が親戚から「カネで娘を売ったのか」となじられていたが、愛も魂も売り捨てたのではないという自負と、必ず幸せになる決意を支えに、アイリーンは日本人の妻になった。 

無題 sty
結婚したとはいえ、アイリーン岩男に体を許さない。
せっかく大金を払ったのに、一度もアイリーンと交わることなくお預けをくらう岩男のイライラは募る。
時にはアイリーンを追っかけまわしてセックスを迫るのだが、アイリーンは頑なに拒み続けた。

岩男にとっては、やはり「カネで買ったフィリピンの女」である。
絶対に抱きたいという愛情まではないし、惚れたから結婚したわけではない女に拒絶されても、さほど腹も立たない。
だが、そんな自分の将来が見えてこないことに岩男は不安でもあり、自分が取った行動は早まったことなのかと葛藤していた。

それでもアイリーンという女を見ていると、不思議な愛おしさが湧いてくるのも岩男は実感していた。
家族のために国を捨て、右も左も分からぬ異国の地に来て、よく知りもしない男と一つ屋根の下に暮らすその不安は岩男にも十分理解できる。
心から愛する人と暮らす幸せをあきらめて、日本語を勉強し、少しずつこの国に馴染んで、どこかにあるかも知れない幸せを探しているアイリーン

それは自身も心から愛する人と結ばれる幸せをあきらめた岩男にも響く物があった。
岩男もまた、肉体だけを求めて愛もないはずのアイリーンを愛せるようになるのではと思い始めていた。

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ツルは何がなんでも岩男アイリーンの結婚は認められなかった。
まずは和解するフリをして二人を家に呼び戻した。
女はともかくも、岩男だけは目の届くところに置いておかないと、色々と計画も立てにくい。

ツルは縁談を持ってきてくれる知人から、ある一人の女性を紹介された。
真嶋琴美(桜まゆみ)という、漬物工場で働く27歳。 果樹園を経営する家の次女だった。
会ってみると、とにかく生真面目で穏やかな性格をしており、何よりも古風な言動がツルに新鮮な感動をもたらした。 若い女性にもこんなのがいるのかと。
もうこれはぜひとも岩男とくっつけねばならないとツルは決め、この二人が"お見合い"をしてるようなシチュエーションに持っていこうと画策する。

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アイリーンとは真逆の世間ずれをしている女、真嶋琴美
平安時代から抜け出してきたのか、それとも親の育て方が徹底していたのか、バカ丁寧の角度が少々イビツでもあるキャラの女。
おそらく、いや間違いなく男を知るまい。
そう思うと岩男は妙にコーフンした。

車で送ってやる途中で居眠りを始めた琴美を見ながら、岩男はチャックを下ろして自分のモノをしごく。
やがて目を覚ました琴美。 目の前では岩男の“ショー”が絶賛公開中。
今まで生きてきた中で出したこともないような悲鳴をあげて琴美は全速力で逃げていった。

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一方、ツルのもとを一人の男が訪ねてくる。
外国人女性の人身売買ビジネスに手を染めているヤクザの塩崎裕次郎(伊勢谷友介)。

彼自身の母親もフィリピン人であり、屈折した過去を持つ塩崎は外国人の女を買う日本人を憎悪する。
それでいながら女衒の元締めのような没義道に彼は堕ちた。
セックス目当てでアイリーンを買った岩男にも父親の影を見る塩崎は、早くからアイリーンを奪うことに執着していた。

ある意味、お金で幸せは買えないことを一番理解している男である。
塩崎はそのことをアイリーンにも教えようとしている。

ツルと取引をした塩崎アイリーンを連れ去る。
アイリーンをさらった塩崎の乗る車を追う岩男
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カーチェイスの上に塩崎を追いつめたものの、逆に激しく痛めつけられる岩男
塩崎の言うように、自分もまた異国の女性を食い物にする薄汚い日本人の顔をしているのか?・・・・いや違うのだと岩男は思う。
ハッキリと言えるのだ。 アイリーンを愛しているのだと自分は言える。

岩男は必死だった。
アイリーンを守りたかった。
気がつくと、持ってきていた猟銃の引き金を引いていた。
目の前には血に染まった塩崎が倒れていた。

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「イワオさん、ダイジョウブ。 私ガ、守ルカラ」

返り血にまみれた岩男アイリーンは抱き合いながら、互いの絆を確かめ合っていた。
アイリーンはもう、岩男に買われた女ではない。
岩男はもう、アイリーンを買った男ではない。

幸せになりたい。 少しでいいから。 岩男と一緒に幸せになりたいとアイリーンは思う。
自分を守るという女がいる。 その女こそ守らねばと岩男は思う。
その女。 愛しのアイリーン・・・・

そして二人は、初めて体を重ねた。

しかし、塩崎を殺してしまった岩男の身辺に少しずつ不穏な影が忍び寄っていた。
やがて岩男は腹をくくる。 アイリーンを守るために。

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ここまでのあらすじは、3分の2程度。
ようやく身も心も結ばれた岩男アイリーンだが、さらなる波瀾万丈が待ち受ける。
しかも、主人公がストーリーからまさかの途中退場という意外な展開。

岩男の視点からアイリーンの視点へ。 そしてツルの視点へと変わるクライマックス。
それでも始めから終わりまで、終始一貫したトーンで映画は突っ走る。
バイオレンス、エログロ、屈折した人間たち。
人と人が求め、求められる末の修羅道が濃密に描かれ、面白いものの、観るこちらも、かなりのエネルギーが要求される。

しかし、終わってみて本作を俯瞰してみれば、そこには、幸せになりたい、幸せにしてあげたいがゆえの愛情の数々が散らばっている。
それらが迷路の中を追いかけ合ったり衝突したりしながら、希望と絶望が浮かび上がる人間模様に圧倒させられずにはいられない。

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ただただ普通の恋と結婚がしたかった岩男
それは息子の幸せを願う母親のツルとて同じ。 その母親の過度な干渉が息子を追い詰めていく。
カネで「妻を買った男」と、カネのために「妻として買われた女」。
「幸せになりたい岩男」と「幸せになりたいアイリーン」の、もつれ合ったり、ほどけたりしながら、やがてはしっかりとした結び目を作る絆へと昇華していく。

アイリーンをフィリピンへ帰してやるために、あえて荒れる岩男
アイリーンの相談相手になっていた寺の坊主・正宗(福士誠治)をボコる。
今までのことがウソだったかのように愛子の体にむさぼりつく。
気持ちとは裏腹にアイリーンを傷つける一方で、岩男はある目的のために夜な夜な森の中へと入っていく。

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毒親を地で行くツルの、岩男に対する愛情の裏にある悲劇が語られ、またしてもこの母は子供に先立たれる絶望に打ちのめされることになる。
坊主の正宗アイリーンに、かつて日本にあった「うば捨て」の文化を話していたのだが、クライマックスに来て、そこにつながるのかと合点がいく、ツルの悲壮な決意の"うば捨て行"。

しかし、その時にアイリーンの口から告げられる温かな希望とは・・・・・


人は愛する人のために何ができるのか。 何を残してあげられるのか。

ツルの夫の源造は痴呆が進行し、家中ノコギリを探し回る。
痴呆老人の意味不明な危なっかしい言動かと思いきや、彼はせっせとツルのために揺り椅子を組み立てていたのだ。
そしてツルを椅子に座らせて、熱海の新婚旅行のことを話し出した途端にポックリと逝ってしまう。

ノコギリを使ってツルに揺り椅子を残し、熱海の思い出をよみがえらせた源造
では、岩男アイリーンに何を残したか。
ノコギリのように大きくはない、小さなナイフを持って、毎晩のように岩男は森の中へと消えてゆく。

そこで彼がアイリーンのために残したもの・・・・・
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いや、その時の彼は自分の運命を知らないのであるが、塩崎の行方を捜すヤクザたちにつけ狙われ始めた頃から、ある程度の覚悟はできてたのであろうし、アイリーンをフィリピンに帰してあげれる頃には、彼女と生きて会えることが叶わぬことを、虫の知らせのようなもので感じていたのかもしれない。

あれほど「おまんこぉぉぉーっ!」を連呼しまくっていた男が、愛する人の名前を口に出すのを憚るその分の"叫び"を刻み込む。
愛しきその名前を。

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参りましたとしか言いようのない、感情描写のエネルギーがほとばしる映画。
これぞ吉田節とも言うべき、愛と暴力の円舞曲。
人を思うことの喜びと悲しみが運命を転がしていくその物語は、狂喜のあとにもたらされる意外な感動が、これまた意外に心地いい。
不思議で凄い映画だ。

安田顕の野暮ったさ全開の岩男ぶりは、さすがであるが、それを上回るモンスター演技だったのが木野花である。
名脇役というよりかは、当たり障りなく、いつのまにやら出演してましたね、という印象を残す人、それが木野花。
ホワ~ンとしたキャラクターの彼女の、想像を超える毒っ気を発散しての鬼婆演技は、今シーズンの邦画最大の事件であるといっても過言ではない。
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「賢人のお言葉」
 
「愛すること、愛されること、それだけだ。 それが掟だ。 そのために我々は存在する。 愛に慰められた者は、物もを人をも恐れない」
 フランソワ=ボンサール

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アントマン&ワスプ
2018年09月27日

T0023010p.jpg2015年、マーベル・シネマティック・ユニバースに新たに加わったヒーロー、アントマン
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どうもっす。

優秀なエンジニアでありながら盗っ人に落ちぶれたダメ親父スコット・ラングが、科学者ピム博士にリクルートされ、身体のサイズを縮小させる特殊なスーツを着用し、1.5センチのヒーロー、アントマンとなって悪徳社長をキャンといわしたその第1作から早や3年。

アントマンの相方となる新たなヒーロー、ワスプが加わっての待望の続編が登場。
今回は30年前に地球の危機を救うために量子世界に姿を消してしまった先代ワスプことピム博士の女房ジャネットを救いだそうという「母を訪ねて量子世界」の物語が基軸。

そこにピム博士の技術を奪おうとする謎のキャラクターやチンケな闇商人までもが乱入し、くんずほぐれつのドンチャンバトルが展開される、にぎにぎしいエンタテインメントである。


さて、マーベル・ムービーのタイトルに女性ヒーローがの名前がつくのは初のこと。
前作のミッドクレジットでワスプスーツのプロトタイプが登場したが、ホープ・ヴァン・ダインがそのコスチュームを装着する。
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ワスプとはスズメバチの意。

ピム粒子が仕込まれた特殊なスーツによって身体のサイズを変えることができるのはアントマンと同じだが、透明ファイバーによるバイオウイングという羽がついているのがスペシャルな特典。
アントマンのように羽アリさんと友だちにならなくても自力で空を飛べるのは大きい。
それも時速200キロ。
また手首には相手に衝撃を与えるブラストを発射する装置と、物質に投げつけることで巨大化・縮小化させるピムディスク発射装置もある。

マーベルファン待望のアントマンワスプのコンビネーション・ストーリー。
二人がいかなる活躍を見せるか、乞うご期待。


物語は「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」のあとの設定。
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「おいら、昔からキャップのファンなんです。 キャップのためなら火の中、水の中っす!」
「ありがとう。君がいれば百人力だ。 力を合わせてアイアンマンたちの偏屈どもをギャフンと言わせてやろうじゃないか」
「キャップはヒーローの中のヒーローだ。 キャップと一緒にオツトメできるなんてもうサイコーっすよ!」
「なかなか頼もしいテンションだ。 ただ、一つだけいいかな?」
「なんでござんしょ?」
「さっきからキャップキャップと呼んでるが、初対面なのに少々馴れ馴れしくないか?」
「ああ、なんだ。 だったら、おいらのこと「スコっちぃ」って呼んでくれっていいっすよ」
「死んでも呼ばん」
「サインとかいただけたらなあ」
「死んでもやらん」
「サインの時は“キャップ”じゃなくて、ちゃんと“キャプテン・アメリカ”と。 ネットで売る時に高値がつくんで」

「おい、誰だ、こいつを連れてきたのは? こいつをあとでフクロにするぞ」

シビル・ウォーに参加したアントマンことスコット・ラング(ポール・ラッド)は【ソコヴィア協定】に背いたキャプテン・アメリカに加担したことで逮捕・投獄されていた。
だが司法取引をし、自宅で刑期を務めることに。
それでもピム博士(マイケル・ダグラス)やアベンジャーズに連絡を取ったり、一歩でも家の外に出たら再逮捕されて数十年はムショ暮らしになってしまう状況にある。


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「パパってばさあ、何回ムショに入りゃあ気がすむのさ。 臭いめしオタクか何か?」
「好きでブチ込まれてるわけじゃないんだよ。 色々と事情があるのさ。 それにさ、ソコヴィアの件にしてもキャップのたってのお願いを断る訳にはいかないし」
「はい出た。 キャップ教の教祖。 そんなにアベンジャーズと絡んでないのにフレンドリー感だして“キャップ”って呼ぶのは止した方がいいよ」
なんでだよ、みんなそう呼んでるじゃんかよ」
「呼んでいいのはファンか、なじみの間柄のキャラだけ。 パパはもうちょっと遠慮しなきゃ」
「パパだってファンの一人なんだぞ。 じゃあなんて呼ぶんだよ? “HEY,スティーヴ!”の方がいいか?」
「親族か! よけい怒られるわ!」
「まあ、どっちみちアベンジャーズのメンバーにはしばらく会えないしな」
「おうちで大人しくしててよね。 また引っ張っていかれたら、アタシの将来の進学とか就職にも影響が出るし」

「そっちの心配かよ」

もちろん大人しくしてたらストーリーが進まない。
もうあと少し、自宅で刑期を務めれば自由の身だという時にピム博士の娘ホープ(エヴァンジェン・リリー)が接触してくる。
およそ2年ぶりの再会。 車に連れ込まれたスコット
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「ほげぇ~~っ!」
「うるっさいわね、この男は」
「いや、だってアレ! 目玉おやじじゃね?」

「水木プロダクションのキャラはこの映画には出てこないわよ」

スコットが見た物とは?
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「おい鬼太郎」 ではなくて。

監視の目を欺くために縮小化された車に乗っているので、外を走ればちょっとした「ジュラシック・パーク」状態になる。
外から見ると、こう。
無題 gggg
「ホロッホー。 豆くれ~ 豆くれよぉ~」
「ホロッホー。 おめえら、いい車乗ってんじゃんかよー」
「ホロッホー。 ちょっと降りろ、コラ。 豆鉄砲くらった顔してんじゃねえぞ」
「ホロッホー。 『鳩サブレ』はな、『鳩サブレー』って語尾を伸ばすんだぞ、このヤロー」
「えっ、そうなの?」 「知らねえのかよ、おめえ」 「知らねえよ」 
「豊島屋さんに申し訳ないぞ」

30年前に量子世界に入ったまま出てこれなくなった先代ワスプのジャネット(ミシェル・ファイファー)を救い出せる目処がついたピムホープの父娘は、ジャネットと精神リンクを感じ取っていたスコットに協力を求める。 というよりも強制する。
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「ご無沙汰してます、ピム博士。 お元気にされてましたか?」
「妻と再会するまでは病気なんぞしておられんよ。 おまえの方は腹立たしいくらいピンピンしてるな」
「その節はご迷惑をおかけしました」
「おまえが勝手なことをしてくれたおかげで、わしらも当局から目をつけられて、妻を救い出す計画が大幅に遅れたわい」
「できる限り協力しますんで」
「当たり前だ。 もしキョヒったらケツの穴に縮小化したスカイツリーをブチ込んでやる」
「そのあとは、まさか・・・」
「そうだ。 スカイツリーを元の大きさに戻しておまえの肛門を破壊してやる」
「肛門がというより確実に死ぬな」
「それよりもな。 おまえまた、わしの可愛い娘にちょっかいを出してんじゃなかろうな?」
「いやあ、ホープからもすっかり嫌われちゃって」
「だろうな。 もしもそんなことをしてたら、おまえのアソコだけを部分的に縮小化させる技術を開発してやる。 おまえの大事なムスコは亜原子サイズにまで縮むのだ。 想像しただけでおもろいな」
「なんで下半身ばっかり・・・」


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「それでおいらは何をすりゃいいのかな?」
「私と父は量子世界にアクセスする技術を研究し、もうまもなく「量子トンネル」を開発できるところまで来てるの。 そのためにはまだ部品が足りなくて、誰かさんのせいで公には活動できないし、このたび闇商人から部品を手に入れることにしたのよ」
「ご苦労をおかけしますね」
「あんたのせいでね。 もし母を救い出せなかったら、あんたのケツの穴に縮小化したスカイツリーをブチ込んでその瞬間、元の大きさに戻してやるわ」
「すごい。 これぞ似たもの親子だ」
「なんのことかしら?」
「いえ、なんでも。 しかし、その闇商人って奴を相手に取引するのは危険じゃないですかね?」
「そうなのよ。 すんなりカネとブツを交換してハイサイナラってなればいいけど、そう簡単にはいかないでしょうね」
「じゃあ、もしもの時はサポートを?」
「そういうこと。 足を引っ張ったらタダじゃおかないわよ。 あんたの肛門は風前の灯火だということを忘れないで」
「へ~い」


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闇商人、ソニー・バーチ(ウォルトン・ゴギンズ)からのコメント。

おらぁよぉ、この道でなげぇことメシ食ってっけどよぉ。
今度の取引ほどおもしれえことはねえべやな。
おらぁな、FBIの一部の奴とネンゴロになっとるさけえのぉ。 いろんな情報が入ってくるべや。
ピム博士の研究技術をこっちのものにして、それを高く売った方が大儲けできるに決まっとるがや。
おらぁ、ほんっとに頭ええべやな。
技術さえパクったら、あとはあの親子にゃぁくたばってもらうさけえ。 へっへっへ。


ところが、ここにもう一人の闖入者が登場し、三つ巴の戦いになる。
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ゴーストことエイヴァ・スター(ハンナ・ジョン・カメン)のコメント。

私の父は昔、ピム博士の助手だったの。
だけど博士に追放された父はその後、量子実験に失敗して母とともに亡くなったの。
私は父が身を挺してくれたおかげで一命を取り留めたけど、細胞が物凄い速さでくっついたり分離したりする特殊な身体になっちゃったわ。
それによって、私の体は幽霊のように物質をすり抜ける能力を身につけたのよ。
とにかく細胞が結合と分解を繰り返してる時は物凄い痛みが絶え間なく続いてて、もう耐えられないわ。
この問題を解決するにはピム博士の開発した量子トンネルの技術が必要なのよ。
申し訳ないけど量子技術は私が頂くわ。


てなわけで、ジャネット救出作戦に挑むアントマンワスプピムであるが、ゴーストソニー・バーチ、さらにはFBIまでもが追ってくるという、あっちもこっちも敵だらけ。
果たしてスコットたちは量子世界からジャネットを救い出せるのか?

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「ワザ~!」 (昔アメリカで流行ったバドワイザーのCMのフレーズ)

そうそう、コイツを忘れてはいけない。
スコットの刑務所時代からの悪友ルイス(マイケル・ペーニャ)。
泥棒稼業も卒業し、本作では警備会社を経営しているという悪い冗談を地で行く「手のひら返し人生」にチャレンジ。

前作では少々不完全燃焼なところもあったキャラだが、今回はガッツリと爪痕を残してくれる。
肝心な説明をする時に、前置きばかりが長くてなかなか本題に入らないという、彼は元々そういうところがあったのだが、そのタチの悪い癖がアクセル全開になるシーンがケッサク。

闇商人バーチからスコットの居所を問い詰められたルイスは、バーチの部下から自白剤を打たれる。 部下は「自白剤と一緒にしないでくれ。 これはもっと凄いクスリだぜ」と言う。 結局は自白剤なのだが。

で、自白剤を打たれたルイスは、「俺がそんなもんで喋ると思ってんのか」と言いながら喋る喋る。
それもスコットの居所だけを言えばいいのに、刑務所でスコットと最初に出会った時のことから、現在に至るまでの友情エピソードを延々とそれもラップ調で喋り倒してバーチを脱力させる。

マイケル・ペーニャの映画史に残る「息継ぎゼロ級」の爆笑マシンガントークに萌えるべし。


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重っ苦しいストーリーのヒーロー映画もそれはそれでいいが、この「アントマン」のシリーズは全然ライトなノリで、時には本筋から脱線してでも笑いを取りにいく、エンタメ精神を貫いているところがいい。

「アントマン」は前作のイエロージャケットもヘボかったし、今回も含めてガチで悪くてなお強いというヴィランが出てこない。
主人公のスコット・ラングもバツイチで何をやってもうまくいかないダメ親父という親近感のわくキャラである。
そこに加えて、キャラや物質が小さくなったりデカくなったりという描写の数々は、どうしても笑いを誘うものになってしまう。
そこでいっそのこと、コメディに分類されてもおかしくないくらいにユーモアの要素を増量して、これまでのマーベルムービーとは一線を画したものにした英断は今のところ吉と出たと言っていい。

前作はスコットが初めて縮小された時のパニックや、機関車トーマスのプラレールのシークエンスは秀逸で、「デカくした」面白さはアリのシーンだけだったが、今回はその巨大化ネタもふんだんに出てくる。


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「オホホホ~、私が天下のキティちゃんよ~。 『レディ・プレイヤー1』に続いてハリウッド映画に出演よ~。 サンリオピューロランドではただいまハロウィン・イベント絶賛開催中~。 クルマを売るならユーポスよ~、オーホッホッホ」
 
 残念だが、おまえはキティちゃんではない。
 キティちゃんの姿をしたペッツ・ディスペンサーだ!

antman-wasp-hello-kitty-pez s 「え?」

このシーンのアイデアはポール・ラッドが考えたんだそうな。
それにしてもコレ、中身のキャンディーが入ってるのだろうか?
一粒でもなめ切るのに、おそらく一日かかるだろう。

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♪ ハイディハイディフレハイディホー ハイディハイディフレホッホー ♪ 大きくなれよ~

なつかしき、丸大ハンバーグのCMの謎の歌を思い出す、身長24メートルのジャイアントマン

ウルトラマンほどではないにせよ、実際にこんなのが目の前に出てきたらションベンちびるほどに怖いと思う。
「進撃の巨人」で言うなら、15メートルのエレンよりも大きいと思えばまあまあイカツい。
調査兵団でも苦戦必至。

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なんでも小さくできてしまうピム粒子にかかれば、ビルディングさえも持ち運び可能なサイズに縮小。
最初に小さくした時にハンドルとキャスターを付けておくと、建物だってキャリーバッグ化して移動できるという、これぞドラえもんの世界。

ただし、ご覧のように斜めにしてしまってガラガラ動かしたら、ビルの中の机やら棚やらがシッチャカメッチャカになってしまってると思うが・・・・

でもこういうのを見ると、実際にこんな技術が開発されたら、人類の暮らしの可能性は強烈な飛躍を遂げるであろうし、考えれば考えるほどワクワクする。
マット・デイモン主演の映画「ダウンサイズ」でも描かれていたが、まず食料をはじめとした資源の問題などアッサリと解決する。
車が持ち運べるのならばもう駐車場なんて必要ないだろうし、大きい物や重い物が小さくなれば物流業界では革命的。
旅行のスタイルだって一変するだろう。

ただ、物価が上がるか、つぶれる商売が一杯出てくるか・・・。 それとやっぱり犯罪に悪用されるのが一番厄介。


そして、アントマンスーツ“Marc 3.0”の調子がイマイチのために、スコットの体が中途半端なサイズのまま戻らなくなってしまうシーンもウケる。
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「フフフフ。 かわいいオチビちゃんだこと」
「やだーっ! 元に戻してー!」
「フン。 チンケな器のおまえにはそれくらいがお似合いだ」
「元はといえば、あんたが不良品のアントマンスーツを作ったからだろう! 責任取れ、このヤロー!」
「サイズ的には、あの有名な『捕まった宇宙人』くらいかしら?」
「そんなところだな。 よし。 二人でコイツの両手を持って、あの写真のような記念写真を撮ろう」
「いい考えだわ。 そうしてインスタに投稿しましょ。 “捕まった宇宙人”にハッシュタグをつけて」

「なに考えてんだ、このバカ親子ー!」

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さてさて、30年間も量子世界に閉じ込められていたジャネットさん
めでたく感動の親子再会と相成るわけだが、30年ものあいだ食事とかどうしてたんだろうか?

亜原子サイズになったらお腹は空かないのか? 空くよね?
あっ!そうか、量子世界では時間の流れ方が違うのか。 いや、ジャネットさん、それ相応に老けられてますしな。
「時間の渦」がどうたらこうたらとか言ってたような・・・。

うーん・・・わからんのぉ。

しかし。 せっかくこちらの世界に戻ってこられたのに、塵となって消えてしまうとはまことにお気の毒。
いや、彼女だけでななく、ピム博士ホープも消滅してしまう。
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この物語は「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」と時間の進行を共有しており、サノスが指パッチンで全宇宙の生命を半分にしてしまった、あの衝撃の現象がここでも発生してしまうのが、ミッドクレジットで描かれる。
量子トンネルを使ってエイヴァの体の治療に使う量子エネルギー採取のために量子世界に行ってたアントマンは難を逃れるが、その代わりどうやら自力では戻って来れないようである。

「アベンジャーズ4」(仮題)で、量子世界から「時間の渦」を使ってアントマンがこの危機をどうにかしてくれる伏線なのだろうか? それとも何もできないままか?
来年の公開が待ち遠しいねえ。 ああ、その前に「キャプテン・マーベル」か。

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「賢人のお言葉
 
「世界は原子でできているのではない。 物語でできているのだ」
 ミュリエル・ルーカイザー

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他にもこれ観ました  ~9月編(上)
2018年09月22日

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樹木希林さんの突然の訃報にはビックリ。
数年前の日本アカデミー賞授賞式のスピーチで「私、全身ガンなんです」と告白。
これまた冗談めかしておっしゃるもんだから、元来ああいう人ですし、どう受け取っていいものやら・・・

あの場であんな冗談は言わないだろうし、歳も歳だから、そりゃ体のどこかが悪くても不思議ではないわけで。
でもゲッソリ痩せた感じでもないし、変わりなく頑張ってらっしゃるなあと思ってたんですがね。

映画などに出てくる希林さんを見てますと、希林さんそのままの飄々とした役どころが多いですよね。
キャスティングする側も希林さんにこの役を演じてもらおうというよりも、希林さん本人がそのまま芝居の中に入ってほしいというつもりで起用しているのでしょう。
それほど、この方の「のらりくらり感」の魅力的なキャラクターが愛されてきたのだと思います。

それにこの方は号泣したり、激怒したり、ハイテンションだったりといような芝居をしたことはほとんど見たことがありません。
そして演じてきた役柄自体がそうなのでしょうが、本心を見せないというか、本音を読み取りにくい人物をナチュラルに演じてしまうのが凄いのですね。
よくしゃべる。 でも感情の起伏を抑えている。 それでいて存在感を感じさせる。
不思議な人です。 こんな女優さんは他にいません。

ただただ残念ですね。 ご冥福をお祈りします。


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「寝ても覚めても」

芥川賞作家・柴崎友香が2010年に発表した恋愛小説の映画化。
これ、世間では評価が高いようですが。
・・・いやいやいやいや。 無いわ。 これは無いって。

ざっくり申しますとね。
まずは大阪の町で男と女が恋に落ちるんですわ。
女が道を歩いてて、遊んでた子供たちの鳴らした爆竹の音に振り返ると、そこに立ってた男と目が合って、お互いに「惚れました」ってなるんですわ。
もうそこからアッシはダメでやんす。 「そんなアホな」と思ってしまったら、もうその先はそんな見方しかできませんねん。
まあ、恋の始まりにも色々あるわいなと寛大な気持ちで見守ってみるのですが。

男の方は"不思議ちゃん"の男版みたいな奴でして、その女と付き合いだしてまもなくすると忽然と姿を消してしまいよるんですわ。全く連絡もつかず行方不明。
そして2年後。 東京にて女は失踪した男と瓜二つの男と出会って恋に落ちます。 なんでって、昔好きだった人の顔がそこにありますもん。 そうでっか。男は顔ですもんな。
女は昔の事とかはもちろん話さないまま、そっくり君と付き合いだして結婚手前まで行くんですが。
でもね。 失踪した元カレはなんと現在、モデルとして成功していることを女は知ります。

やがて女とモデルの元カレが再会。 ってか、男の方から「やあ元気?」みたいな感じで突然訪ねてきてね。 あのシーンはホラーでしたな。
女は結婚が決まったイマカレがおるのに、元カレ出現に心がざわつきます。 
そして女はイマカレを捨てて、元カレのもとへ走ります。
やっぱ同じ顔なら最初の男の方がよろしおますわな。 しょせんイマカレは「元カレに似てたから」好きになっただけですからのぉ。 バカ女でやんしょ?

でもバカ女もそこで冷静になってみて、やっぱりこんなことはいけないと考えたんでしょうね。 「私やっぱりあなたとは一緒に行けないわ」
"不思議ちゃん"の男はそう言われて、「わかった。 じゃあね」とアッサリ、朗らかに別れる。 なんじゃコイツら?

で、女はイマカレのもとに帰ってくるんですが、一旦元カレと駆け落ちみたいなマネをした女を許すほどその男もアホではありません。
「おまえ、アタマおかしいんか!?」と罵るシーンには劇場内、小さな笑いが起きました。
でも結局・・・ 許しよるんですわ、その男。 惚れた女にゃ、かないませんってことですわ。

人を好きなるって、なんなんでしょうな?
あんまりマトモな感覚では観れん話ですが、一にも二にも半分トチ狂ったヒロインを受け付けれるかでしょうね。 この入り口でダメなら最後までダメ。
この女、相当計算高いぞ。 人を傷つけるよりまず自分が傷つかないことを優先して人をわざと傷つける腹黒さを、悲劇のヒロイン的感情にスリ替える能力を持っておる。

映画の作り方としては良い部分も多くあるけれど、末期なキャラと無理なストーリーに降参。
        


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「皇帝ペンギン ただいま」

「なあ、お父ちゃん。 13年前に『皇帝ペンギン』っていう僕らのドキュメンタリー映画あったやん?」
「そやな。 あの映画は評判良かったらしいな」
「僕は観に行ったで。 貴様は?」
「キサマ!?」
「でも、またペンギンの映画やるんやて。 続編? 焼き直し?」
「さあのぉ。 前はな、16ミリカメラだけで撮影してたやん。 今度はデジタル4Kカメラとかドローンとか使うてるし、水中撮影とかもあってな、もうスゴいらしいで」
「ほなまた、あれやな。 お父ちゃんの子育て奮闘記が描かれるわけや」
「そやな。 飲まず食わずで120日間、クソ寒い中で他のオスたちと体を寄せ合って卵を温めなあかん、あの時だけはホンマ地獄やぞ」
「僕がこうして元気に育ったのもお父ちゃんのおかげですわ」
「な、なんじゃい急に。 照れるやないけ」
「お父ちゃんは素晴らしいペンギンや。 ペンギンの中のペンギンや。 皇帝ペンギンのカガミやで」
「・・・・・息子よ」
「へい」
「こづかいのアップはナシや。 現状のまま据え置きってことで」
「なんやそれ! 言うて損したわい」
「家計が苦しいんじゃ、ボケ! カネ目当てで親にゴマをする昭和の手口なんか使うなや!」
「あ~あ。 フンボルト・ペンギンかイワトビペンギンの家庭に生まれたかったなあ」
「おーい、上空にいるカモメさ~ん。 ここにおいしそうなペンギンのヒナが一匹おりまっせー」
「お父ちゃん、僕が悪うございました」
「まったく、誰に似たんやろか・・・。 それよりも、オマエそろそろ泳ぎを覚えなアカンぞ」
「水、めっちゃ冷たいんとちゃうの?」
「熱くはないわな」
「心臓マヒ起こしたらどないしてくれますのん」
「ひ弱か! ペンギンのポテンシャルを信じて海に飛び込んだらんかい」
「あ~、大人になりたないわ。 一生ヒナのままでみんなに「かわいいかわいい」って言われたい」

「オマエはペンギンに生まれてくるべきやなかったのぉ」


皇帝ペンギンに生まれなくて良かった思えるほど、ハードのほどが過ぎるペンギン・ライフ。
前作ほどのインパクトはないけれど、それでも「命をかけて一つの命を守る」、まさに命がけの子孫愛育には改めて頭が下がる思い。
        


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「ヒトラーと戦った22日間」

第二次世界大戦下。 ナチスがアウシュヴィッツをはじめとした絶滅収容所を建設したのは計6ヶ所。
そのうちのひとつであるソビボル絶滅収容所において、1943年10月14日に起きた収容者による大規模な反乱および大脱走。
この実際に起きた脱出劇の一部始終を描いた、ロシア映画にしては珍しいナチス物。

ナチス映画はこれまで色々ありますが、サディスティックの度合いとしてはけっこう高め。
免疫のない方には正視に耐え難いシーンもあれば、本当にこんな蛮行が行われてたのかと目を疑うようなシーンが多々あります。
人間って、いくらタガが外れてもこんなに残酷になれるもんでしょうか?
人が苦しむ姿に心が動かず、人を殺してアハハと笑う畜生どもには愕然とするしかありません。
そりゃこんな地獄を味わう収容所の囚人たちにすれば、どうせ殺されるんだったら脱走したるわいってなりますわね。

で、どうする?
「大脱走」みたいに穴を掘る?
いやいや、そんな悠長なことは言ってられません。 なにぶん彼らには時間がない。

収容所では手に職を持っている者は、施設内の仕事を与えられています。 それ以外はガス室送りなんですが。
仕事をしてる者はある程度、自由が利くので計画立案の話し合いやそれなりの準備はできます。
彼らが取った手段はガチの強硬手段。
将校たち一人一人を口実をつけて誘い出して、殺してしまうのです。
「いいコートが手に入りましたよ」とか「靴を磨きますよ」とか言って、仕事場にノコノコとやってきた憎き将校をナイフでブッスー!奪った銃でズドン!
このくだりは緊迫感がほとばしるサスペンスで耳目が釘付け。
人間の生き抜こうとする意志が一気に噴き出すクライマックスに圧倒されます。
600人もの収容者たちが脱走を図りますが、本編終了後の字幕で説明される生き延びた人の数の少なさには虚しい限り。


さて近頃、ナチス映画にはやたらに「ヒトラー」という単語がつけられることが気になるのはアッシだけではありますまい。
この「ヒトラーと戦った22日間」でも、「いや、ヒトラーと戦ったわけじゃねえし」と誰もがツッコミなさるでしょう。

「ヒトラー ~最期の十二日間~」「帰って来たヒトラー」はまだよろしい。 ヒトラーが出てきますからね。
「ヒトラーの忘れもの」  「ヒトラーへの285枚の葉書」  「顔のないヒトラーたち」  「ヒトラーを欺いた黄色い星」  「ヒトラーの贋札」  ヒトラー最終兵器」  「ヒトラーに屈しなかった国王」・・・・・・

あのぉ・・・配給会社の御方。 タイトルに「ヒトラー」をつけたら人の興味を引くと思ってなさるのでしょうかね?

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ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男
2018年09月19日

T0023207p.jpgテニスの全米オープンで見事優勝を成し遂げた大坂なおみ。
日本人としては史上初のグランドスラム制覇。
この超快挙を讃えた沢松奈生子さんの「月面着陸と一緒ですよ!」の名言まで飛び出した。

二十歳の選手に対して、全て完璧を求めるのも酷だけど、やはり課題といわれていたメンタル面を克服したのが大きいよね。
だからこそ、セリーナ・ウィリアムズのほとんど自滅と言ってもいい負け方は、メンタルのコントロールの重要性をヒシヒシと感じさせるほどに大坂選手とは対照的だった。

しかし、グランドスラム優勝23回を誇るセリーナ・ウィリアムズでさえ、あんなに我を失うほどブチ切れるのである。
近年はマシになったとはいえ、彼女はこれまでに何度か審判への暴言で罰金をくらっているし、それを思うとテニスプレーヤーの資質と自己制御力は無関係なんだろうか。

ジョコビッチだってすぐキレるし、マレーはなんであんなにいつもイラついているんだろうかね。
かと思えばナダルなんかは紳士だし、今大会の全米OPでディエゴ・シュワルツマンが錦織に対して取ったスポーツマンシップの態度には感動すら覚える。

ともあれ、テニスというのは技術はもちろんだけども、感情や人間性がプレーを作るところがまた実に魅力的なスポーツとも言える。

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ビヨン・ボルグ
1956年スウェーデン生まれ。 言わずと知れたレジェンド・オブ・テニス。
実質のツアー活動期間は1972年から1982年の11年と競技生活自体は短いが、テニスの黄金時代を築いた『現代テニスの父』である。
強烈なトップスピンショットが武器。 そして今では主流となっている両手打ちのバックハンドは実は彼が元祖。

クレーコートでは無類の強さを誇り、1974年の全仏オープンを当時歴代最年少の18歳で優勝し、その後も全仏では前人未到の4連覇を含む6勝を7年間で成し遂げた。
ウィンブルドンでは76年に歴代最年少の20歳で優勝したのを皮切りにそこから5連覇の大偉業を達成。
全豪は1回出場のみ(3回戦敗退)。 全米は4度の準優勝止まりだが、グランドスラムのシングルスは全仏とウィンブルドンで計11勝。

常に冷静沈着であることから、ついた異名は"アイスマン"。
        

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ジョン・マッケンロー
1959年のドイツ生まれだがアメリカ国籍のテニス選手。
現役は1976年から1992年まで。
グランドスラムのシングルスはウィンブルドンの3回と全米4回の計7回の優勝。
84年の彼はシングルスの年間勝率が9割6分5厘(82勝3敗)という、これまた未だに破られていない驚愕の数字を叩き出すほどの黄金時代だった。

アグレッシブなテニス・スタイルで、サーブ&ボレーを得意とするネットプレーヤーだが、意外にラケットさばきが軽やかなテクニシャンでもある。
相手の裏をかくセンスは並み外れており、その意外性の高いテニスも彼の真骨頂だった。

だが、それ以上に彼の代名詞だったのがコート上での悪態の数々。
審判への暴言やラケット破壊は日常茶飯事。 ついたアダ名は「悪童」。
悲しいかな、コートでギャーギャーわめいている姿の方が印象深い。

当時、テニスに詳しくない映画ファンのあいだでマッケンローは、テイタム・オニールについた“悪い虫”として認知されていた。
        

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冷静沈着な氷の男ビヨン・ボルグ
怒れる炎の悪童ジョン・マッケンロー
この二人が初めてラケットを交えたのが1980年のウィンブルドン決勝。

大会5連覇がかかる静かなる王者ボルグに、ブレイクまもない野生児マッケンローが挑んだこの一戦はフルセットまでもつれこむ激戦となる。
特にタイブレークとなった第4セットは22分間にも及ぶ死闘となり、最終セットが終わった時、試合時間は4時間近くにもなっていた。
今も語り継がれる氷と炎が激突したセンターコートの戦い。


二人がその決戦の場に辿り着くまでの道のりと、テニスに人生を賭けてきたそれぞれの人間ドラマを描き上げた実録エンタテインメント。
アフガンに派遣されたデンマーク兵の姿を追ったドキュメンタリー「アルマジロ」のヤヌス・メッツ監督の初の長編劇映画である。
ボルグを演じたのは「ストックホルムでワルツを」のスベリル・グドナソン。 激似!
対するマッケンローには、"リアル悪童"とも言うべきハリウッドの問題児シャイア・ラブーフが熱演。 


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1980年。 ウィンブルドン5連覇という歴史的大記録がかかっているビヨン・ボルグは凄まじいプレッシャーと戦っていた・・・・・

どこに行っても人が私を見る。
「見て、ボルグよ」 「おい、あれボルグだぜ」
そんなに珍しい生き物に見えるか? ただ歩いてるだけだぞ。
ユニフォームを着てるわけでもないし、ラケットも握ってない、ただの男だ。
なのに、人の目が、ひそひそ声が、私の顔や背中に突き刺さってくる。

帽子なんて滅多にかぶらないが、大会が近い今、街に出る時にかぶってみることにした。
ちょっと見た目がダサい色合いの帽子をあえて選んだ。 
しかし効果なし。 どうしても顔バレてしまう。 
応援のひと声をかけたり、握手を求めてくる人もいる。
なんとか作り笑いで応じるが、本当はダッシュで逃げ去りたいくらいにうっとおしい。

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あるカフェに入った。 客は私ひとりだけ。
そこのマスターはどうも私のことを知らない人のようだった。 こんな人もいるのだ。
外に出て開放的な気分になったのは初めてと言っていい。
その店のコーヒーが美味しかったのはそういう理由だからだろうか。
ふと、財布を忘れてきたのに気がついた。
もちろんマスターはツケてくれるわけはなく、にこやかに「ひと働きするか?」と持ちかけてくれ、私は喜んで店を手伝った。


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プレッシャーは日増しに強くなっていく。
誰もが今度の5連覇を期待してるようなことを言うが、内心では私の敗戦を見たがっているのだ。
「おまえばっかりが勝つテニスなんか見飽きたよ」と顔に書いてある。
正直、今度ばかりは決勝まで行く自信はない。
記録を続けるというプラスの価値がついた勝利を求められる重圧がこれほど重苦しいとは・・・

自宅があるモナコの高層マンションのベランダから下を見下ろしてみた。
ああ、こんなに高かったか。 ここから飛び降りたら楽になるだろうな。
ベランダの手すりで体を支えながら両足を浮かせてみた。
体操で言うところのブランシェだ。 いいトレーニングになる。
バランスを崩したら真っ逆さまであの世行き。
生きるか死ぬか、そんなギリギリの状況は私のテニス人生そのもの。


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とにかくベストは尽くしたい。
周りの喧騒に心が先に折れて、それが元で負けるなんてのは絶対に嫌だ。
いつでもどんな試合でも誰が相手であろうと、私は全力で己のテニスを全うするだけだ。

人からすれば馬鹿げてるように映るかもしれないが、私には試合前のルーティーンワークがある。 いや、それはちょっとカッコをつけた言い方だ。
早い話が「ゲンかつぎ」だ。 
同じホテルの同じ部屋に泊まり、同じ椅子に座る。
ラケットを50本用意し、ガットをキッチキチに張って一本一本チェックする。
エアコンで部屋の温度を低くし、体温を下げて心拍数50台を保つ。
試合では同じウェアを着用。 タオルは同じものを2枚だけ用意。 そしてラインは絶対に踏まない。

完璧主義のプロ意識? そんな大層なものではない。臆病なだけだ。 
婚約者のマリアナから時間の感覚が麻痺していると指摘された時には自分でゾッとしたよ。


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私は一人のプレーヤーに注目していた。
ジョン・マッケンローという男だ。
彼は前年の全米オープンで初めてのグランドスラムを制していた。
ゲルレイティスを3-0で全く寄せ付けなかったテニスは大したものだ。
マッケンローのテニスは激しい。 よく動き回る男だ。 口もよく動くが。

もちろん今度のウィンブルドンにも出場しているマッケンロー。
1回戦はブッチ・ウォルツだ。
しかし、のっけからマッケンローは"彼らしさ"を出した。
試合中に早くも何やらモメている。
審判に対して一体何をキレているのかと思ったら「ハトがうるさい」のだそうだ。

一緒に観戦していたエージェントは「集中できてないな」と言っていたが。
いや、その逆だ。
彼は怒ることで集中しているのだ。
そんなマッケンローの姿を観ながら私は昔のことを思い出していた。


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みんなは私のことを“氷の男”と呼ぶ。
いつも冷静沈着で血管には氷が流れているのではないかと噂する。
確かに私はコート上ではクールに振舞うが、少年時代の私は今とは全く真逆の男だった。

家庭が貧しかったこともあってか、敵愾心が強く、勝負事に関しては無類の負けず嫌いだった。
地元のテニスクラブに入っていた私だが、とにかくキレやすい性格で、審判の微妙な判定には周りが引くほど激高したものだ。
マッケンローのような“悪童”だったのだ。

ジュニア時代はこの性格が災いして6ヶ月の出場停止処分を受けたこともある。
クラブのオーナーは私の母に退会を匂わせ、「息子さんはアイスホッケーの方がお似合いですよ」と言ったらしい。
なるほど。 暴れたいならホッケー選手になれと? それに私の両手で打つバックハンドがスラップショットを思わせるからだろう。


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すぐにキレる厄介者として、テニスをする場を奪われかけていた私に手を差し伸べてくれた一人の男性がいた。
レナート・ベルゲリン。
スウェーデンの国内では9つのタイトルを獲得した有名なテニス選手で、全仏の男子ダブルスでスウェーデン人初のグランドスラム優勝者となった偉大な人だ。
シングルスはベスト8止まりだが。

現役を退いてデビスカップの代表監督になっていた彼は、怒ってばかりの私のどこに才能を見出したのか、熱心に誘ってくれた。
そして喜怒哀楽の激しい私に色々なことを根気強く教えてくれた。
「感情を抑制し、キレないこと」
「過去や未来のことは考えないこと」
「次の1ポイントに集中すること」

セルフコントロールの重要性を叩きこまれたことが今の私のテニスの源流でもある。

私は内からこみ上げてくる怒りを抑え込むために、自ら厳しいルールを与えた。
試合を控えた我が身に常軌を逸したルーティーンを課すことで、私は「冷静なボルグ」を演じることにしたのだ。
元々が完璧主義の私だ。 世界で一番になるためなら、私は自分を殺してみせよう。

だが今、テニス界に現れたガキ大将は私とは違うやり方でセルフコントロールを実践していた。
「怒りを抑えきれない」のを、あえて演じている男。 それがジョン・マッケンローという男だった。
彼は今までに対戦したことのない強敵になる・・・・



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1980年。 ウィンブルドン4度目の出場となるジョン・マッケンローは例によって猛り狂っていた・・・・・

だからよぉ! さっきから言ってんだろうがよぉ!
ポッポポッポ、ハトがうるせえんだよ!
聞こえっだろうが! まともなジャッジも出来ねえ節穴の目は大目に見てやろうってえのに、耳までアウトか、このヘボ審判!
うるせえハトをなんとかしろよ!

なんだ? 今度はブーイングか?
俺はただ集中してプレーがしたいだけだぞ。
なんか間違ってるか、この俺が、ええ!
なんも分からねえド素人どもは黙って観てろ、ボケナス!


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TVショーのゲストに呼ばれた。
まともにテニスのことを語り合うことなんぞハナから期待しちゃいなかったが、それにしてもこのMCはヒドイな。
俺がコートでわめき散らす醜態のことをアーだコーだと突っ込みたいらしい。
そりゃ視聴者もその方が喜ぶんだろうけどな。

『アル・カポネ以来、アメリカの最悪の顔』
本人を前にして言うんじゃねえよ。 逆にカポネに申し訳ねえよ。
第一な、客のブーイングなんぞ気にしてたらやってられねえよ。
こっちはな、ワンプレーワンプレーに命張ってやってんだぜ。 寝ボケたジャッジする審判にちゃんと御指導してやるのは当たり前だぞ。

どうでもいい話だ。 かと思えば、ボルグの話ばっかりしやがる。 まさかサプライズでこのあと出てくるのか? な、ワケねえよな。
ボルグの5連覇の可能性? 知らねえよ。 本人を呼んで聞け。

「ブーイングを止めるには?」 またそれか。
「ボルグを倒せば誰もヤジらねえだろうよ」
まったく・・・  時間の無駄だ。


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共同記者会見は予想通りの空気になった。
マスコミってのは、マジでボンクラばっかりだな。
ボルグ、ボルグ、ボルグ、ボルグ、ボルグ、ボルグ、ボルグ・・・・・・・・
ボルグのことしか聞くことがねえのか。

ゲルレイティスが「まるでもう優勝者が決まってるみたいだな」とおどけて空気を柔らかくしようとしていたが、当のボルグが一番興味がなさそうだ。
「5連覇? 特に何も・・・」
トクニナニモか。 いつもながらのアイスマンのリアクションだな。
だがな、俺には分かるぜ。
あんたは今、心の中では激しく怒っている。
落ち着き払った氷の仮面の下には、憤怒の炎に包まれた鬼の顔があることを俺は気づいてるぜ。


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聞くところによると、ボルグの旦那は偏執的なルーティーンにこだわるらしい。
泊まるホテルは同じで、部屋も同じにしなきゃいけないとか、部屋の温度を下げて脈拍をコントロールするとか。
50本のラケットを床に並べて、ガットをきつめに張って一本一本チェックしていくという。
ウェアもタオルも同じだってよ。

さすがだな。
それで心の中に燃え盛っている怒りを抑え込み、テニスの試合でここぞという時のエネルギーに使うわけだ。
俺も見習わなきゃな。

俺にもルーティーンはあるぜ。
まずは泊まっているホテルの壁に特別に注文したベニヤの板を貼ってもらう。
そこに今大会のドロー表を書いてみるんだ。
そこから誰だれがどこまで勝ち上がっていくかというシミュレーションを書いていくんだが、もちろん俺は決勝まで残る。
相手は・・・そう、ボルグだ。
考えるだけでワクワクする。


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人は俺のことを辛抱の利かない悪ガキのように言う。
うまくいかないことがあったら、ダダをこねて、わめき散らして、審判に文句を言ってる、実に見苦しい男だと。
そしてテニスに品位を求める客の連中は俺を非難する。
お行儀のいい紳士だけしかやっちゃいけねえのか、テニスってのは。

確かに俺は言いたいことを我慢しない男だ。
ボルグのように右から左へ受け流せるような特技は持っちゃいねえさ。
それにスポーツはメンタルを乱したら不利になるのは百も承知だ。

だがな。 俺がそこらの凡庸なプレーヤーと違うのは、怒れば怒るほど落ち着くことができるのさ。
怒りはやっぱ、溜めちゃ体に悪いよな。
周りに迷惑かけて申し訳ないが、怒りを発散させると頭がすっきりして体も軽くなるのさ。

相手も俺がプレーに集中できないほど怒ってると思うだろうが、あいにくなことにその逆でね。
油断させて済まないが、怒って有利になってるのは実はこっちの方なのさ。
このやり方は、どっちかといえば自然に身についたとも言える。
ガキの頃の俺はこうじゃなかった・・・・・・


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自分で言うのもなんだが、俺は俗に言う「お坊ちゃん育ち」だった。
裕福な家庭ではあったが、うちの両親の厳格さはなかなかのもんでね。
勉強に関してはメチャクチャうるさかったよ。

たとえば10の科目のうち9科目で100点を取っても、あと一つの科目が90点だったら、母親はまるでゴミを見るような目で俺の顔を見るんだ。
怒るでもなく嘆くでもなく、能面のような顔をして「あなたの努力はその程度?」みたいな言われ方をするんだから、子供心に参ったもんだよ。
あの教育ママの蔑んだ目つきは今も忘れられない。

父は父で、軍人上がりの弁護士でね。 それもかなりの著名な弁護士だった。
父は常に俺に完璧を求めたよ。
俺がテニスを好きだというのは知っていたが、そんなことよりも勉強はどうしたと言う、あのプレッシャーは血の気が引いた。
いつしか俺は両親の顔色をうかがっているばかりの、自分の意志に乏しい子供になっていた。


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でも変わらなかったのはテニスが好きだってことさ。
高校に行く頃にはもう親の目など気にしなかったね。
18歳にして混合ダブルスで全仏を優勝すりゃ、親はもう何も言わないさ。
大学にも一応は進んだが、途中で辞めた。 ここから本当の「ジョン・マッケンローの人生」が始まったのさ。

ビヨン・ボルグ。 人間としても興味深い選手だ。
「氷山」と言われてるが、噴火寸前の火山だということに気づいてるのは俺だけだろう。
怒りを抑えん込んで逆に力に変える男だが、対照的に俺は怒りを排泄することで自身のメンタルを代謝する。

自分の人生の前に立ちはだかってきた試練が生み出す怒り。
心を蝕む怒りと向き合いながらテニス道を極めてきたボルグと俺はいずれ戦う運命にある。
それがこのウィンブルドンで実現するならば、あいつの氷の仮面を俺の炎が焼き尽くしてくれよう・・・・


無題 v 
1980年7月5日。
その時はやってきた。
準決勝でブライアン・ゴットフリートを下して、いよいよウィンブルドン5連覇に王手をかけたビヨン・ボルグ
そして2度目の優勝を狙う元祖悪童のジミー・コナーズを破って初の決勝進出を果たしたジョン・マッケンロー
氷の男と炎の男の戦いが今、幕を開けようとしていた。


IF YOU CAN MEET WITH TRIUMPH AND DISTER
AND TREAT THOSE TWO IMPOSTORS JUST THE SAME

(栄光も挫折も 虚像として 等しく扱えるならば)

「ジャングルブック」の作者でも知られるジョセフ・ラドヤード・キップリングの詩「If」の一節は、選手の控室からセンターコートに続く通路の天井に掲げられている。
聖地に立った者に、もはや勝者と敗者の上下はない。
この戦いは、センターコートのかげろうに浮かびあがる真夏の夢のモーメント。

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凡人には理解の及ばぬ、ひとつの到達点よりもさらにそれを超えたカリスマ級のアスリートの内面に潜り込み、対照的な二人の人間ドラマとスポーツの実録スペクタクルを見事に融合させた力作。

我々が今まで抱いていたボルグマッケンローのイメージとはまた違う人間性が赤裸々に綴られている面白さ。
特に氷の男であるはずのボルグの少年時代が、マッケンローを思わせる悪童ぶりであったのは新鮮な驚きである。
胸の中に燃えるものが生まれても、それをエキセントリックなルーティーンにのめり込むことでクールダウンさせていくボルグの近寄りがたい“己みがき”の凄まじさ。
そして強くなり過ぎたが故の葛藤に苦しめられる王者の負の側面にも迫ってみせた「人間ボルグ」の物語は、彼の一挙手一投足に終始引き込まれる。

コワすぎるくらいに似ているスベリル・グドナソン。
やっぱり、これぐらい似ている人を持ってきてこそのドラマだと痛感する。
あの目。 やっぱりいい目をしているぞ。

無題 op
ジョン・マッケンローもまた彼は彼で、すぐにぶちキレる悪童の姿とは随分かけ離れた少年時代があり、親の顔色を気にして言いなりになっていたヘタレであったことが描かれる。
ボルグのパートと比べて、決して長い時間を割いてはいないが、少年時代の反動のように言いたいことを吠えまくる悪童のキャラクターが形成されるまでに至るマッケンローの裏歴史も実に興味深い。

感情を出さないボルグ。 感情を露わにするマッケンロー
ラケットのガットをきつく張るボルグ。 ゆるゆるに張るマッケンロー
ストロークのボルグ。 ボレーのマッケンロー

正反対に見えて実は似た者同士であることが浮かび上がってくる、二人の内面にフォーカスしたエピソードを観るにつけ、スポーツ、いやテニスというものはメンタルをいかにコンプリートするかで、一流のさらに一流へと辿り着くのだということが切々と響いてくる。

ヤンチャが過ぎて干され気味のシャイア・ラブーフは元来演技力は評価されていた男だ。
久々に躍動しているラブーフ。 見事にハマっているマッケンロー役だ。

無題 sd
本来テニス映画というのはジャンル的に珍しい。
つい最近も「バトル・オブ・セクシーズ」というテニス映画があったばかり。

テニスは終始引きで撮っても、各プレーヤーのカットバックをつないでも単調になりかねないが、本作はキレッキレの編集がモノをいい、1980年のウィンブルドンの熱気をものの見事に再現させている。

マッケンローにとってあとがなくなった第4セット。
ボルグのマッチポイントを7度もセーブしたマッケンローの不屈の精神力にも驚愕するが、第4セットをよもや落とすことになって嫌なムードを引きずってもおかしくないはずのボルグがファイナルセットに入って、いきなり事も無げに2ポイントを先取してしまう精神力も、もはやあれは神だ。

やっぱりそうなのだ。 テニスは究極のメンタルスポーツなのだ。

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惜しむらくは、ボルグの早い引退である。
1982年、ランキング上位のトッププレイヤーはグランドスラムとさらにマスターズの10大会の出場を義務付けられることになる。(翌年ルールは変更されたが)
ボルグは疲れていた。
過密スケジュールに正直彼はついていけなかった。
ルールに反抗する形でボルグはあっさりと1983年に26歳の若さで引退してしまう。

続けていたらグランドスラムの勝利数は軽く倍は勝ってたのではなかろうか。
今でもそうだが、この試合数の多すぎるツアーシステムはなんとかならんのか。

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「賢人のお言葉」
 
「自分で見つけないといけないよ。 誰も君のために見つけてはくれないからね」
 ビヨン・ボルグ  

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判決、ふたつの希望
2018年09月13日

T0022902p.jpgケンカとは大抵が些細でくだらない理由から始まる。
ガツンと言えば相手は引くだろうと、双方ともに同じことを思っているので、簡単に収まる訳はない。
冷静になって相手の立場を考えてみる余裕などサラサラなく、小さな諍いは当人たちの意図することなくどんどん泥沼にはまりこんでいく。

そこまでは望んでいなかったはずなのだ。
それでも双方ともに引くに引けなくなり、気がつけば生活に障るどころか人生が一変しかねない事態になっている。 些細なケンカだったのに。

しかしもっと最悪なのは、人のケンカに他人が参加してくることである。  
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地中海に面し、シリアとイスラエルに隣接している国レバノン。
岐阜県程度の小さな面積の国だが、「中東のスイス」とも称されるほど自然の風景や観光名所の多い美しい国である。

だが、どうしてもこの国は3度にわたるイスラエル軍の侵攻など「紛争」のイメージが付きまとう。
実際、政治家の暗殺や未遂事件も多いし、パレスチナ難民とのいざこざも絶えない。
そんなレバノンで製作された1本の映画が大反響を巻き起こし、今年のアカデミー賞でもレバノン映画史上初という外国語映画賞ノミネートの快挙を成し遂げた。


中東レバノンの町で、自動車修理工場を営む地元の男と、パレスチナ難民の労働者の男のあいだで起きたあるケンカ。
出身も宗教も異なる二人の些細なトラブルはやがて裁判沙汰となり、遂には国家を揺さぶる騒乱へと発展していく・・・・・
  


トニー・ハンナ
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レバノンの首都ベイルート。
トニー・ハンナ(アデル・カラム)は、妻のシリーン(リタ・ハーエク)と共に通りの一角にあるアパートで暮らしている。
妻のお腹の中には“娘”がいて、まもなく出産も近い。

「ベイルートは年中暑い」と妻が漏らす。
 また始まった・・・
暑さはベイルートほどではないダムールへの移住を希望する妻。
ダムールはトニーの故郷でもあるが、故郷だからこそ、彼はそこには帰りたくない理由があるのだった。
「もうその話は何度もしただろ」と半ギレになって会話を強引に締める。
怪訝な顔をするシリーン。 毎度のパターンだった。
 ダムールへは二度と・・・

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マロン派キリスト教徒のトニーは政党「レバノン軍団」の熱烈な支持者である。
町の広場で行われた演説イベントに出たトニーは、「パレスチナ人は出ていけ。 キリスト教徒の主権を守ろう」と熱弁を振るう党首に惜しみなく拍手を送る。

 ユダヤのよそ者が入り込んできてからというもの、この国は夜もおちおち眠れない国になっちまった。
 イスラエルに目の敵にされてる奴らのとばっちりは食うわ、仕事は奪うわ、治安は脅かすわ・・・

パレスチナ人のことがトニーは苦々しくてたまらない。

自分でも生粋の愛国者だとトニーは自負している。
自動車修理工場を営む彼は、作業場でもレバノン軍団党首の演説をラジオで大音量で鳴らしながら仕事をする。

あるディーラーの車を修理していたら、クラッチが摩耗していた原因は中国製の粗悪な部品のせいだった。
「純正を使え」 “よそ者”に金なんか出すな。

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それは7月2日のことだった。
トニーの住むアパートの外では朝から工事の音がしている。

バルコニーを水掃除してると、しばらくすると工事現場の監督らしき男が部屋に訪ねてきた。
バルコニーから水漏れがしているのでちょっと見せてほしいという。
話し方を聞いてパレスチナ人だと気付いたトニーは断った。
 おまえを部屋の中に入れるわけないだろ。

下の作業員に水がかかると言う男に「じゃあ、離れたところで作業しろ」と言い捨てた。
まもなくして工事の人間がバルコニーの外壁に排水管を取り付け始めたらしい。
 うちのバルコニーを勝手にいじりやがって、このパレ公どもが。
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トニーはハンマーを持ち出してきて、その排水管を叩き割った。
 余計なことをすんじゃねえ、アホども。

下を見下ろすと、さっきの現場監督が自分に向って「クズ野郎」とののしった。
 クズはお前の方だ。 パレスチナ人のくせに。

後日、トニーがたまたま不在の時に工事関係者がチョコレートの手土産を持参してお詫びにやってきた。
応対したシリーンは快くお詫びを受け入れたが、トニーは腹の虫が収まらなかった。
パレスチナ人から浴びせられた「クズ野郎」という言葉は到底許し難かったのだ。
 妻は騙せても俺はそうはいかないぞ。 ふざけたマネをしやがって。 謝るんなら俺に直接謝れ。

トニーは現場事務所に乗り込んでチョコレートを乱暴に突き返して去っていった。
次の日曜日。
現場監督の男とその上司がトニーのもとを訪ねてきた・・・・・


ヤーセル・サラーメ
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ヤーセル(カメル・エル=バシャ)はパレスチナ難民である。
レバノンに来て知り合ったキリスト教徒のマナール(クリスティーン・シュウェイリー)と知り合って結婚し、今は難民キャンプで共に暮らしている。

建設会社に雇われているが、もちろん正規のルートで就いた職ではない。
だが実直で仕事熱心な彼は現場監督を任され、その人柄から、下で働く作業員からも慕われている。
今、関わっている仕事は市の受注で、違法建築の補修工事だった。
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作業員と打ち合わせをしていると、突然頭上から水が降ってきた。
 おやまあ・・・
バルコニーの中で男が水をまいている。 バルコニーの外壁に小さなパイプが突き出していて、そこから垂れ流されているのだ。
 下に人がいたらということを考えないのか? そもそも大雨が降ったらあんな細いパイプだけで排水が追いつくのだろうか?

どうやら2階のその部屋だけのようで、その上の階には排水管が通っている。
 バルコニーから横枝管を取り付けた方がいいが、まずはあの部屋のバルコニーの中を見てみないと。

だが、その部屋の住民からは素気無く断られた。
下で作業してると水がかかると言うと、「じゃあ、離れたところで作業しろ」と言う。 取り付く島もない。
 なんでそんなにケンカ腰なんだ、この男は? 何が気に入らない?
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仕方なく、バルコニーの外壁に排水管を取り付けた。 どうせ違法建築の建物だし、強制的にやるだけである。
すると、さっきの男がバルコニーに姿を現し、せっかく取り付けた排水管をハンマーで叩き壊してしまった。
 なんのつもりだ・・・ 自分のやってることが分かってるのか。

これまで出くわしたレバノン人の中にはガキのような悪態をつく者がいることはヤーセルは経験上知っている。
この男もその一人なのだということは分かった。 自分がパレスチナ人だと分かったのか。
 だからなんだと言うんだ? 私はただ仕事をしただけだぞ。

我慢ならなかったヤーセルは思わず男に向かって言葉を投げつけた。
「クズ野郎」

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このトラブルをタラール所長に報告すると「ののしったのはマズい」と顔を雲らせる。
建設会社のナッサールという社長は市議会議員でもある。
住民とのトラブルはあってはならない。
 私が謝らないといけないのか?

自宅まで謝罪に行けばたまたま本人は不在で、にこやかに対応してくれた奥さんにチョコレートを渡してきた。
「奥さん、チョコレートは好きかなあ?」
呑気なことを言ってた所長だが、後日主人の男が事務所に乗り込んできて、チョコレートの箱を叩きつけて帰って行った。

タラール所長に説得されたヤーセルは次の日曜日、相手の男が働いている自動車修理工場を訪ねた・・・

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日曜日。 他の従業員が休みでも一人黙々と仕事をしているトニー
この日もラジオから大音量で流れるレバノン軍団党首の演説を聞きながら、車の修理をしていた。

そこへやってきた二人の男は建設会社の所長と、自分を「クズ野郎」とののしった現場監督だった。
 やっと謝りに来たか。 どうせ腹の中じゃ反省などしてないんだろう。

やたらに腰の低いヒゲ面の男はペコペコしてるが、その男に促されているあの現場監督の男は不満そうな顔をこちらに向けて突っ立ったまんまだ。
 やっぱりパレスチナの連中はろくでもない奴らばっかりだな・・・
トニーの怒りの言葉が喉をせり上がってきていた・・・・・

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謝罪相手の男の働く自動車修理工場へ向かい、そこに近づくにつれてレバノンの政治家の大きな声が聞こえる。

生放送なのか、わざわざ録音したものを流しているのか、ラジオから流れる「パレスチナ人は出ていけ」という叫びはヤーセルの心の中にわずかにあった謝罪の気を萎えさせた。
 そうか。 この手の人間か。 そして私をパレスチナ人だと気づいたんだな。 だからこんな態度なのか。 だったら何を言っても無駄じゃないのか・・・?

形だけでも何か言わなければならないことは分かっていたが、ヤーセルはなかなか口を開けなかった。
すると・・・ トニーは激しく激高した。

「お前らはろくでなしだ。 人に謝罪すらできない。 だから評判が悪いんだ!」
 なんとでも言え。
ヤーセルは耐えながらもこの男に謝罪は無意味だとあきらめて背を向けた時だった。
ヤーセルの耳に飛び込んできた言葉は一瞬で彼の心をえぐった。

「おまえもシャロンに抹殺されてればな!」

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イスラエルの首相としてパレスチナに対して常に強行的で、イスラエル軍によるレバノン侵攻などを指揮し、多くのパレスチナ人を葬ったアリエル・シャロン。

シャロンに抹殺されてればな・・・・・ 
許し難い言葉だった。
カッと頭に血が上ったヤーセルは振り向きざまにトニーの脇腹を殴りつけて昏倒させてしまう。

ヤーセルに殴られ肋骨を2本折るという重傷を負ったトニーは告訴した。
だが身内はトニーの“身から出たサビ”だと知っている。
トニーの父親は「お前の言葉が原因だろ」と戒め、極右政治家にのぼせている夫がいつかこうなると思っていた妻のシリーン「あなたは変化を嫌う頑固者よ」と批判した。
だが、そんな言葉もトニーの耳に入らない。
「正義は俺にある」

訴状に従い出頭したヤーセルは逮捕され、最初の裁判が始まった。
弁護士も検事もいない、簡易裁判である。
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ヤーセルは自分が殴ったことは事実であり、全面的に非はこちらにあることを認めた。
トニーも多少被害者感情的な誇張はあったものの、概ね事実を証言し、金銭の保証も求めてはいない。 ただ誠意のある謝罪を要求している。
 
簡単に終わっていい裁判のはずだったが、裁判長もこのパレスチナ人とレバノン人の諍いにはもっと複雑なものがあるはずだと深読みしていたのだろう。
ヤーセルが暴力を振るうに至るまでの経緯の細かい所を確認する質問を重ねていく中で、これが単なる排水管をめぐるケンカではないことを裁判長は悟る。

「シャロンに抹殺されてればな」
ヤーセルが暴力を振るう直接の引き金になったこの言葉。
だが、ヤーセルトニーもこのことに関して口をつぐんだ。
裁判長も、トニーヤーセルを激怒させる言葉を言ったのだろうということまではたどり着いたが、それが何なのかを当の二人が語ろうとしない。
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ヤーセルトニーもこのことを言うと、事態がややこしくなるのは目に見えていた。
ヤーセルにとってもトニーにとっても怒らせる人間か増えて住みにくくなる。
トニーはこれから子供も生まれるというのに。 ヤーセルはヘタすれば職を失うことも有りうる。

頑として“その言葉”を言わない二人を突き放すかのごとく裁判長は判決を下す。
証拠不十分で「公訴棄却」。

トニーは憤慨し、「パレスチナ人が償うのは当然だろ!」と怒号を法廷に響かせた。
釈放され、帰りのバスの中で、これでいいのだろうかという釈然としない顔をするヤーセルに、妻のマナール「(裁判長には)殴った理由が分かったのよ」と諭すのだった。

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もちろんこれで収まる訳はなく、事態はこれからややこしくなっていく。

まだ肋骨が治りきっていないトニーは無理を押して作業をしたばかりに倒れてしまう。
意識のない夫を病院まで運ぶために、車に乗せようとして力を振り絞った妻のシリーンに突如陣痛が襲う。
結果・・・ シリーンは帝王切開で早産をし、生まれた子供は自発呼吸ができないほど生命の危険にさらされていた。

何もかも無茶苦茶になってしまったと、シリーンは誰彼となく怒りをぶちまける。
花束を持って見舞いに来たタラール所長にも、「チョコの次は花? バカにしないで!」とキレ、もとはと言えば差別主義のくだらない政治信条のめり込み、些細なことで怒って人を傷つけるような暴言を吐いて、今の状況を作った夫にも堪忍袋の緒が切れた。
「人を傷つけると後悔するわよ!」

それでもトニーは控訴審に踏み切った。
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トニーの控訴審の代理人を務めたのは、有名人でもあり、腕のいい弁護士のワジュディー・ワハビー(カミール・サラーメ)。
歳を食ったスーパーマリオのような風貌のワジュディーは右派の人物で、彼もまたパレスチナ難民の存在を疎ましがる思想の持ち主だった。
「侵略してるくせに被害者ヅラをする厄介者だ。 なのにちょっと怒ればリベラルや左翼などの周りが黙っておらずにヤイヤイ言ってくる。 ばかばかしい国になってしまったよ」

依頼したトニーよりも鼻息が荒い。
まるで、やっとこさ自分の主義主張を大っぴらにぶちまけれることにテンションが上がってるかのようだ。
ただトニーヤーセルから謝罪の言葉を聞きたいだけなのである。 パレスチナ難民全体を訴えてる訳ではない。
だが、この弁護士は難民排斥を世論に訴えたい目的をあからさまにして裁判の作戦を練る。 そこにトニーは大きな違和感を覚えるのだった。

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一方、ヤーセルの弁護士を自ら買って出たのはナディーン(ディヤマン・アブー・アッブード)という女性の人権派弁護士である。
なんとこの女性、トニーの代理人である弁護士のワジュディーの娘なのだ。

つまり、今回の裁判は『父 vs 娘』の思想対決でもある。
ワジュディー「お前が負ける姿を見たくない」と言えば、ナディーン「勝てると思ってるの?」とやり返す。
この保守パパとリベラル娘は昔からツノ突き合わせていたのだろう。

ヤーセルとしては穏便に収めたかった。 正直、蒸し返したくない。
この女性弁護士に「なぜ弁護を引き受けたのか?」と問うと、「難民の権利を守るため」と答えた。 ・・・私のためじゃないのか。

法廷でシリーンの早産を引き起こさせた心理的要因をヤーセルになすりつけようとするワジュデイーに対し、ナディーンはどこで調べたのか、シリーンには過去に2度の流産歴があることを暴露し、今度の早産も彼女の体質によるものだと反論する。
これには「やり過ぎたぞ」ヤーセルも抗議するがナディーン「正義のためよ」と言い放つ。

争点とは離れた原告の妻の早産まで持ち出してきた原告代理人も何をかいわんやだが、女性の触れられたくない過去の悲劇をほじくり返し、人前でさらす。それも同じ女性が、弁護士が。

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トニーヤーセルもこの裁判が自分の望むものとは違う方向へとひた走り、もはや引き返せぬ所まで来てしまっていることをヒシヒシと感じていた。

トニーヤーセルのちっぽけなケンカの裁判は、もはや当人だけの裁判ではなくなっていたのだ。
代理人同士が論点をずらしてレバノンとパレスチナの問題を扇情するかのような舌戦を展開。
傍聴席にいるお互いの関係者たち同士が勝手に罵り合いを始め、裁判はたびたび中断する。
異様な雰囲気になっている法廷の模様をマスコミはその部分だけを大仰に報じて火に油を注ぐ。

裁判の主役二人はすっかり蚊帳の外に置かれた。
「自分が言い過ぎたんだ」と漏らすトニー。 「殴ることはなかった」と省みるヤーセル
二人ともつくづく疲れていた。

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町では暴動も起き、レバノン人の主権とパレスチナ人の人権が衝突する国家問題へと発展。
遂には大統領までもが仲裁に出てくるまでになる。
そんな騒然とした世情の中で、ヤーセルは「リスクを避けたい」という会社の意向で仕事を解雇され、トニーのもとには脅迫電話や嫌がらせが相次ぐ。

誰も何かを得ることはなく、ただ傷つく者だけが残される。
出口の見えない不毛な争いに、果たして希望の道筋は開けるのか。
大詰めを迎えた控訴審は意外な急展開を迎え、やがて運命の判決が下る日がやってくる。
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誰だって日々穏やかに暮らしたい。
だが外に出れば腹の立つことがあちこちにゴロゴロ転がっている。
見過ごせないことも多々あるだろうが、ここで怒りをぶつけて他人とのあいだに波風を立てることが自分にとっても特にはならないことを大体の人は知っている。

取るに足らぬことで人と争うことがどれほどバカらしくて疲れることか。
この映画に出てくる二人の庶民は身をもってそれを知り、またその争いという蚊帳の外から客観視することで、人間の卑称さを思い知ることになる。

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このレバノンとパレスチナの問題だけではなく、世界中にある紛争のどれもが、過ぎ去った遺恨の蒸し返しや、国境、宗教観、またはイデオロギーの対立などである。
話し合おうが殺し合おうが、未来永劫ケリがつくはずもなく、共に相手が折れるまで争う醜いプライドのぶつかり合いに過ぎない。
妙な話、ケンカしている最中は面白いが、終わってみたら何も残らない、無内容のチキンレースである。
結局、底辺で血を流した庶民だけが損をし、国家は痛くもかゆくもない。

国と国との争いには、これといった正体がない。
だが個人と個人との単なるケンカは、れっきとした理由があって、解決への道もちゃんとある分だけ見苦しくはならない。

人のケンカ。 国のケンカ。
不思議なことに同じ争いでも、大きくなればなるほど、終わりにくくなり、傍からすればバカバカしいものにしか見えない。
世界は今もバカバカしい歴史だけを積み重ねていく。

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ちっぽけな諍いが、いつのまにやら国家間の問題にすり替えられて、当事者たちが置き去りにされていく、一種のコントのような悲劇は、同時にいつまでも不毛ないがみ合いを続ける、「怒れる人間」の姿をあざ笑う。

主人公であるレバノン人の修理工もパレスチナ人の労働者も、過去に悲しい傷を背負っており、その秘められた人生の一節をミステリーの題材として、後半のドラマティックな展開に応用。
法廷劇としてもお釣りがくるほどの十分な見応えで、最後の最後まで惹きつけてくれる。

中東の紛争問題を描く映画は多々あれど、些細な出来事を切り口にして、今までにない角度から迫るアイデアが実に秀逸。
しかも、ストーリー上では誰一人として死なないし、説得力のある希望の兆しをきちんと差し出しているところが美しい。

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この映画を観た誰もの心に突き刺さるシーンがある。
大統領官邸で話を終えたヤーセルトニーが外に出てきて、それぞれ自分の車に乗り込んで帰ろうとする。
そこまで一切会話はない。

その時。 まるで神様がイタズラを仕掛けたかのように、ヤーセルの車のエンジンがかからない。
それに気づいているのかいないのか、横に停まっていたトニーの車は先に出て走り去ってしまう。

尚もエンジンがかからないのでヤーセルは車を降りてトランクを開けた時、先ほど走り去ったトニーの車が戻ってくるのである。
そしてトニーヤーセル「乗ってろ」と言って車に乗らせてエンジンをサッと修理する。
「かけてみろ」
何事もなかったかのようにエンジンがかかる。
ほんの少し、視線を交わしただけで二人は別れるが、トニーヤーセルもお互い初めて何かが通じ合ったかのような顔をしていた。

この希望あふれるシーンに鳥肌が立つ。
あんなケンカさえしていなければ、なんてことはない人助けのシーンであるが、どんな対立でも故障した車を直すように関係が修復されれば言うことはない。
いや、可能なのだ。
人だから。 人と分かり合えないはずはないのだ。


今も揺れる中東の小さな国レバノンからやって来た大傑作。
冒頭で「ここに描く見解は監督と脚本家のものであり、レバノン政府の政策や立場を表すものではない」という字幕が映し出される。
そこまで気を回さなければならないほど、政治的メッセージが出ているわけではないが、年間7本程度しか映画が製作されないレバノンで、こんな傑作が出現するというのは、それだけでこの国の問題に関して明るい希望が見えているとは言えまいか。
無題 xb 


「賢人のお言葉」
 
「憎しみのあるところに愛を。 諍いのあるところに赦しを。 分裂のあるところに一致を。 疑惑のあるところに信仰を。 誤っているところに真理を。 絶望あるところに希望を。 闇に光を。 悲しみあるところに喜びを」
 アッシジの聖フランチェスコ
(「平和の祈り」)

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