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他にもこれ観ました  ~9月編(上)
2017年09月18日

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「関ヶ原」

1600年9月15日、徳川家康率いる東軍と石田三成率いる西軍が激突した天下分け目の一大決戦「関ヶ原の戦い」。
日本の歴史上、最も有名なこの合戦を映画化した作品はこれまで皆無だったというのが不思議ですね。

「クライマーズ・ハイ」、「日本のいちばん長い日」などの名匠・原田眞人監督が司馬遼太郎の原作を基に撮り上げた歴史大作ですが、これはなかなかの本格的な作品です。
原作は未読なので想像していたのとは違いましたね。 もっと合戦そのものをガッツリ描いているのかと思いきや、合戦に至るまでのプロセスを濃密に描くことに時間をかけたドラマになっています。

まさか歴史には、まるで興味がないけど好きな俳優さんが出てるからという理由だけで観に行く方はいらっしゃらないとは思いますが、これはある程度、事前の勉強が必要ですね。
「関ヶ原の戦い」があったことは知ってるぐらいの予備知識でもしんどいでしょう。
なによりセリフの数も膨大ですし、他の批評でも言われてるようにセリフが少々聴き取り辛いシーンも目につくのは確かです。
なので、詳しくない人は「何がなにやら?」でしょうし、詳しければ詳しい人ほど入り込めると思います。

それでもですね。 歴史物はどこを切り口にするかが分かれ目。
原作のどこを端折ってどこを強調したかは分かりませんが、個人的には架空の人物の女忍者・初芽は原作に囚われずにバッサリ切ってもよかったんじゃ?と思うんですがね。
重要人物にもっと焦点を当てて欲しかったなと。
小早川秀秋の心情も曖昧ですし、上杉景勝や宇喜多秀家の扱いも極薄です。
その分、島左近や大谷刑部にウエイトがかかっていますが。
史実的にもいろんな思惑を持った人物が入り乱れるので、2時間半という時間でもやっぱり短いです。
ずいぶん昔、TBSで放送された「関ヶ原」は3日連続で6時間半。 やっぱりこれぐらいの時間が必要でしょう。映画じゃ無理ですけどね。
それだけやっぱり難しい題材だと痛感しますね。
        

無題 
「パターソン」

ジム・ジャームッシュが特に好きってわけじゃないです。
基本的にはストーリーで映画を選ぶことが多いので、ジムジャム先生のポエムでストーリーレスな映画には心から浸れることができないのです。
でも、観てるやんけ。 そうですねん。 なんでか観てしまいますねん。
この作品もね、バスの運転手をしている主人公の何気ない日常を淡々と綴っているだけで、これという起承転結もなく映画的な出来事が起こるわけじゃありません。
ずーっとね、淡々淡々淡々淡々淡々淡々淡々淡々淡々淡々淡々淡々ってな調子ですわ。
「おまえ、これのどこがおもろいんじゃ」っておっしゃる貴兄もおられるでしょう。
それもまた正しいと思います。
「あんた、これの良さが分かんないの?」と言える人がうらやまちぃのぉ。

何度かでもジムジャム先生の作品をご覧になった方ならガッテン承知でしょうがストーリーを追うのではなく、イメージを捉えるもの。
物語がどうなるかなどは気にせずに、キャラクターの物の考え方とかを観察していた方が入り込めるでしょう。

長野県の長野さんや宮崎県の宮崎さんがいるように、ニュージャージー州のパターソンという街でバスの運転手をしているパターソン君が主人公。 演じてるのがアダム・“ドライバー”って・・・。
午前6時に起きて歩いて出社。 バスの運転手をしつつ、街の景色や人の会話などから浮かんだ詩をノートに書き綴る。
帰宅したら奥さんと飯食って、ブルドッグのマーヴィン君と散歩。
途中でバーによって一杯ひっかけて帰って、奥さんの隣でご就寝。
そんな毎日を繰り返すパターソン君の日常徒然草。

で、何に感銘を受けるかと言うと、パターソン君の何かにつけてポエムにつなげる物の見方。
何も起こらない、変わり映えしない毎日。 でも昨日と同じ日はない。
ほんの些細な瞬間に感じる美しくも愛おしい時間。
「おっ、ここがポエムだな」と詩に書くパターソン君のセンスがおもしろい。
アッシも帰ってから、ポエムを感じ取ろうという感覚で周りを見てみました。
「なるほどな」って思いましたね。 もう、ずーっとそこにある物や全く変わらない風景の中に意外ときれいな詩が潜んでるものです。

ブルーチップのマッチ箱...グレートフォールズの滝...円形模様のカーテン...カップケーキ...双子...モノトーンのギター...アボットとコステロ...映画「獣人島」...などなどジムジャム先生の「これ好きやねん」がポツポツ放り込まれてます。
パターソン君が持参するサンドイッチ入りの弁当箱がツボでしたね。
奥さんが歌う、「♪ 線路は続く~よ ど~こまでも~ ♪」もウケました。
そしてラストの永瀬正敏。 「白紙のページに可能性が広がることもある」 おおっ、またしてもポエム。
        

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「新感染 ファイナル・エクスプレス」

ゾンビ物としては久々に面白かった韓国映画。
舞台となるのは韓国のソウル発プサン行きの特急列車KTX101。
総車両20、営業最高速度305キロ。
フランスのTGVの技術を採用したという高速鉄道車両で、そのまま在来線にも乗り入れているので、日本の新幹線のシステムとはまた違います。
この列車の中でゾンビが増殖するというパニック映画なのですが、前へ前へと襲ってくるゾンビの群れと後ろ後ろへと逃げ惑う人々の「直線レース」の構造になっているサバイバルがなんといっても面白いのです。

列車止めて外に逃げたらええやんって思うでしょうが、韓国の街中がゾンビパニック状態なので、外に出るのも地獄。
このゾンビ。無感染者の姿が見えなければそれ以上そこから探し回ってでも動こうとしない特性があります。 要するにトイレに隠れるのが一番。
それと列車がトンネルの中に入ってる間の暗闇になると五感が全く効かなくなるようで、そこにわずかながらのサバイバル・チャンスが訪れるのもミソ。

列車に乗り合わせた様々な人物の人間模様の側面も描かれており、ゾンビ並みに厄介な人間のエゴの恐ろしさも加わっていくカタストロフィは終始緊張の連続。
利己主義の塊のようなファンドマネージャーの男とその幼い娘。
身重の奥さんを連れたガテン系のポッチャリ親父。
野球部員の高校生と女子マネージャー。
仲のいい老姉妹。
小心者で抜け目のない会社役員。
ソウルから逃げてきたホームレスの男。

いろいろと人間性が試される場面がやってきて、意外な人物が意外な行動を取ることも。
大半の人物が残念な結果になりますが、それほどにこの地獄は容赦なし。
ラストはちょっぴりホロリとさせられます。

それにしても、このタイトルは・・・
インパクトを重視したと言ってますが、ダジャレでインパクトは生まれません。
座布団一枚もらえるとでも思ったか? 誰がやるか!
        

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「ナインイレブン 運命を分けた日」

2001年にアメリカを揺るがせた同時多発テロ、いわゆる「9.11」。
この時にマンハッタンのツインタワーのエレベーター内に閉じ込められた人々の脱出劇を描いたサスペンス映画です。
舞台劇「Elevator」を原案とした物で、実話ではありません。

チャーリー・シーン、ジーナ・ガーション、ウーピー・ゴールドバーグ、ルイス・ガスマンらのキャストの他、往年の名女優ジャクリーン・ビセットも健在なところを見せてくれます。
実業家のジェフリー(チャーリー・シーン)。 ジェフリーと離婚調停中の妻イヴ(ジーナ・ガーション)。 金持ちの恋人に別れを告げに来た女ティナ(オルガ・フォンダ)。 妻と3歳の娘がいるバイク・メッセンジャーのマイケル(ウッド・ハリス)。 ギャンブル好きのビルの保全管理者エディ(ルイス・ガスマン)。
この5人がノースタワー(最初に航空機が激突したビル)のエレベーターに乗り合わせます。
富裕層の白人、アフリカ系、ヒスパニック系と、もろにニューヨークの縮図のようなシチュエーションです。

テロによってエレベーターが38階あたりで停止したままウンともスンとも言わなくなります。
ケータイの電波も悪いし、何が起きてるのかさえ分からないけど、これはただの故障ではないことを悟った5人は何とか、エレベーターからの脱出の方法を探ります。 とは言っても、ほとんど何もできないんですがね。
かろうじてインターコムを通じて管理室のオペレーター、メッツィー(ウーピー・ゴールドバーグ)からのアドバイスを受けながら状況を把握していくのですが、外からの救助を待つしかない、いや、そもそも救助は来てくれるのかどうかという絶望的な現実が彼らを打ちのめしていきます。

ワンシチュエーションで展開されるドラマですが、これはもう少し何とかならんかったですかねえ。
右往左往するだけが現実だというのが、そこはリアルでいいでしょう。
だからあとは人物描写のドラマってことになりますが、あざとさばかりが目につきますね。 そこがリアルじゃないんですよなあ。
なんなの?このB級臭さは。
誰の演技がとか、演出がとかいうよりも、もう全体が臭い。
スーパーヒーローが出てくるわけじゃないので、何もできない状況は結局盛り上がらず、そこを無理して盛り上げようとする悪あがきが見えます。

本当かどうかの豆知識。 乗っているエレベーターのワイヤーが切れそうだという状況が迫り、落下して下に叩きつけられる!となった時は、床に寝そべること。
こうした方が助かる率が高いのだとか。 マジですか?
        

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「散歩する侵略者」

宇宙からの侵略者によって日常がジワジワと乗っ取られていく怪奇譚。
劇団「イキウメ」の人気舞台を「岸辺の旅」、「クリーピー 偽りの隣人」などの黒沢清が映画化したもので、これはなかなか面白いです。

ほとんど田舎と言っていい地方都市。
鳴海(長澤まさみ)のもとに、数日間行方不明だった夫の真治(松田龍平)がまるで別の人格になって戻ってくるところから物語は始まります。
真治は宇宙人に体を乗っ取られており、もちろん宇宙人の目的は地球の侵略。
真治を乗っ取った奴の他に、あと2人います。 天野(高杉真宙)という若者と、女子高生の立花あきら(恒松祐里)。 この二人も宇宙人。
彼らは侵略に先駆けて、まずは人間の持つ「概念」について調査しており、自分たちが興味を持った概念を相手から奪い取ってしまう能力を持っています。
これが怖いんですね。

私たちは、例えば「あなたにとって(※※)って何?」と質問されても言葉では説明しづらいものがあります。
「自由」、「家族」、「仕事」、「自分と他人」(・・・"の"という所有の概念)、そして「愛」。
他にもいろんな概念があるでしょうが、宇宙人から「それ、もらうよ」と言われて指差されたら、その人からその概念だけがすっぽりとなくなってしまう。
肉体的な健康に直接支障は出ないのですが、性格はやはりコロッと変わります。 それもまた概念によっては千差万別で、中には引きこもりだった青年が人生の素晴らしさに目覚めてハツラツとしたりするのはいいのですが、「仕事」の概念を奪われた社長さんはちょっと悲惨ですね。
これらを見てると、人間って悪く言うと惰性で生きてるんですね。
それでも、感覚的というか抽象的なものにすぎない概念でも、心の中から失われるのはやっぱり恐ろしいですね。

この映画は、「宇宙人の侵略だ! さあどうする人類!」っていうパニックものではなく、「侵略」はさておき、異星人が人間ってなんだろう?と学び歩く物語で、ある意味いろんなものに縛られている私たちの人生の善し悪しなところを考えさせてくれる、実にユニークな寓話です。

人間の概念をよく知らない宇宙人は行動がちょっと変なので、概念収集において人間の「ガイド」を雇います。(ガイドからは奪わない)
それが真治の妻・鳴海であったり、二人の若者と行動を共にするジャーナリストの桜井(長谷川博巳)なんですが、彼らは侵略者と過ごすことによって奇妙な絆が芽生えていくんですね。
もともと不仲だった鳴海と真治の夫婦が、初めて会った時からやり直すような関係になれば、国家権力に翻弄される桜井は以前から社会のつまはじき者だった孤独感を抱えていて、自分を必要としてくれる侵略者に奇妙なシンパシーを感じていきます。 この鳴海と桜井の変化も面白いですね。


「散歩する侵略者」というこのタイトルは「ウルトラセブン」が好きな人なら、少しはビビッときたでしょう。
事実、イキウメの前川知大氏もそのイメージは意識したとのこと。 やっぱり。 これは嬉しい。
        

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「裁き」

インド映画ですが、これまた「そうくるか」みたいな一本でしたね。
カンブレという歌手の爺さんが、「お前の歌で人が自殺したぞ」と、自殺ほう助の罪に問われて裁判にかけられる話なんです。
なんでも、「下水清掃人は排水溝に顔を突っ込んで死んでしまえ」みたいな歌を歌ったらしいんですね。爺さんは否定してますが。
すると下水清掃人の溺死体がムンバイのマンホールから発見されたんだと。 「それ、おまえのせいやで」ということで法廷に引っ張り出される爺さん。
で? 真相やいかにいっ!?ってな話なのかなと思うとさにあらず。
そもそもこの映画の主人公は爺さんではなく、むしろ弁護士や検事、裁判官の方でしょうか。
もっと広く言えばインドの社会の一面や法制を、ある意味ユーモラスな感覚で捉えた社会派ドラマです。


インドの下級裁判所にはそれこそ、扱わねばならない案件が山のようにあるようで、法廷に座ってる人たちは傍聴人なのかなと思ってたら、自分の裁判の順番を待っている人でして、「ハイ次ぃ~、ハイ次ぃ~」みたいな感じで裁判をやってます。
半袖で入廷したらダメなんですね。 初めて知りましたよ。

もう見ててイライラするほど、たどたどしいというか要領よく運べない弁護士。
大昔の前例をひっぱり出してきて「懲役20年」を主張してさっさと裁判を片づけたい女性検事。
とかく公正であろうとする裁判官。
いやいやいや。 爺さんが歌を歌っただけやで?
ああ、これはこのほど我が国でも可決された「共謀罪」で引っ張っていかれるということがこういうことなのかとも思いましたが。

弁護士さんは家に帰ると何かと口喧しいお母さんにヤイヤイ言われてる。
検事さんは良きお母さんであるけれど、家族で観に行く芝居は「他州出身者を追い出せ」みたいなヘイト演劇だったりする。
そして裁判官。 この法の番人も言語障害の親戚の子に占い師を紹介したりする普通の人。
そして親戚が集まってのパーティーで疲れてベンチで寝てたら、子供にイタズラされてマジギレしたりするのであります。
こういう法に携わってる人の私生活までも淡々と描写し、我々のあまり知らないインドの側面をも見せるこの映画はかなり斬新な語り口でユニークですね。
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ワンダーウーマン
2017年09月16日

T0021386p.jpg先日のフロイド・メイウェザーJr.とコナー・マクレガーの世紀の一戦。
だいたいの予想通りだったわな。
ラウンドが長引いたらマクレガーに勝機なし。
5ラウンドくらいからガス欠になったマクレガーをメイウェザーが適当に遊んでやりながらジワジワと料理していく。
ここらへんはさすがの百戦錬磨だね。
で、10R・TKO。 レフェリーちょっと早いかとも思ったけど、マクレガーも全然両腕が上がらんかったしね。


そんな世紀の一戦が行われた同じ日。
南の島のワイハーでアツアツの結婚式を挙げたのがUFCのロンダ・ラウジーである。
いいカレシがいるらしいとは聞いていたが、遂にロンダ嬢も人のヨメハンになってしまった。
いや、喜ばしいことではあるが。
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一昨年遂に初の敗北を喫し、一年休養して臨んだ復帰戦もアマンダ・ヌネスに完敗。
ほとんど何もできずに棒立ちのままTKOをくらってしまった不甲斐ない負け方は正直もう彼女の時代は終わったかのような寂しさを覚える。
やっぱり、恋の影響なのかねえ・・・・ こういう考え方は古いんだろうけど。

それでは今、世界最強の女は誰だろうか?
イェンジェイチックか、ギャビ・ガルシアか。 他にももっと凄い女がいるのだろうか。

[この先からフィクション]
よし、決めた。 世界最強の女を探し求める旅に出よう。
私はそのスジ、あのスジ、このスジ、裏スジを駆使して、有力な情報をつかんだ。
どうやら地中海の西方に広がるバレアレス海に肉食女子がウジャウジャ暮らすという島が存在するという。
女がウジャウジャ・・・・
これは行くしかない。 迷わず行けよ行けば分かるさと男の本能が唸り声を上げていた。

スペインへ飛び、バルセロナの港からそこら辺にあったボロっちいボートをかっぱらった私は沖に出た。
しばらくすると、霧が立ち込めてきた。
霧の摩周湖、布施明。 霧にむせぶ夜、黒木憲。 あと霧と言えば・・・と呑気なことを言ってる場合ではなかった。
いつの間にやらボートに穴がポッカリ。 アッとも言わないうちにボートはたちまち船上浸水。
カナヅチの私はボートを捨てて必死のステテコで泳いだ。
力尽きて、もはや海の藻屑と化すのも時間の問題と思われた時・・・・
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ここは一体・・・
なんと気がつけばJTBのコマーシャルに出てきそうな絶景の海岸が広がっていた。
サザンの歌を一曲吟じたくなる気分だ。 いや、そんなことよりも。
私の上にマウントポジションを取った美女が一人。
そこから顔面にしこたまパウンドを叩き込まれるのか、それともズボンを脱がされてサービスをしてくれるのか、天国と地獄の分かれ道だった。
すると美女が私に聞いてきた。
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「あなた・・・男?」

これはボケを振られてるのだろうか。
気のきいたツッコミを入れるにはもうひとボケほしいところだが。
ならばボケをかぶせてみようか。
「ええ、そうですの。 男ですのよ、オホホホ」
・・・スベッた。
美女の反応はイマイチ。 というよりも初めて男を見たようなマジ・リアクションである。

「私の名はオハラハン。 お嬢さん、ここはどこですか?」
「ここはセミッシラ島。 全能の神ゼウスが作った平和の楽園よ」
「お嬢さんは男を見たことがないようですが、まさかここが伝説の、女ウジャウジャの島なのでは?」
「おっしゃる通り。 ここには女性しか暮らしておりませんのよ。 私、男を初めて見ましたわ」
ビンゴ。 ここにきっといるはずだ。 地上最強の女性が。
「お嬢さんのお名前を伺っていませんでしたな」
「申し遅れました。 私の名はプリンセス・ダイアナ」
「プリンセス・ダイアナ?」

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「これですか?」
「ちがいますわ。 そちらはプリンセス・ダイアナ。 私の方はプリンセス・ダイアナ」
変なクスリでもやってるのか、この女。 まあいいだろう、話を合わせておくことにしよう。

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「おおっ! 女版「暴れん坊将軍」!」
「ご紹介しますわ。 私の叔母のアンティオペです」
「イワシの塩漬けですか」
「それはアンチョビですね。 叔母に聞こえたら殺されますわよ」
「ダイアナ。そちらのキモメンはどなたですか?」
「ずいぶんな言われようだな」
「こちらはオハラハンさん。 船の事故でこの島に辿り着かれたのだとか」
「男はオオカミなのよ。気をつけなさい」
「ピンクレディーの歌だな」
「叔母様。 この人は大丈夫だと思いますわ」
「甘いわよダイアナ。 ご覧なさい、その男の目つきを。 われわれの胸元や太ももの辺りばかり見てるじゃありませんか」
「ばれたか」
「我々誇り高きアマゾン族をエロい目で見ては困るわね」
「アマゾン?」

無題 amazon 
「これですか?」
「それは石ノ森プロ所属の者。 我々とは一切関係ないわ」
「ではネット通販業者ですか?と聞くのもあまりにベタだしなあ」
「さっきからどうも怪しいわね、この男。 ちょっくらツラ貸していただきましょうか。 場合によっては埋めるか沈めるかのどちらかね」
「アウトレイジっぽくなってきたぞ」


そして私は大きな建物の広間に連れてこられた。
やがて、いかにも偉い人っぽいオーラがプンプンのレディーが姿を現した。

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「ようこそセミッシラへ。 私はアマゾン族の女王ヒッポリタと申します」
「ヒッポリタ?」
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「これですか?」
「それはヒッポリト星人です。 私はウルトラ5兄弟と戦ったことなどありませんよ」
「そいつは残念」

「いきなり失礼千万な男ね。 手荒なマネはしたくありませんが仕方がないですね」
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「あらら。 あいにく私は縛りプレイの趣味はないんですがねえ」
「そのロープはヘスティアの縄と言うのです。 これで縛られると嘘がつけなくなって、聞かれることにはすべて真実を話すのです」
「私のアソコは標準以下です」
「そんなことは聞いていませんよ」
「すいません」
「この島へは何をしに来たのです?」
「この地球上で現在最も強い女性を探しております」
「なるほど。 確かに我がアマゾン族の戦士は皆、強い者ばかりですが探してどうしようというのです?」
「ぜひともUFCに参戦を。 なんでしたらRIZINでもいいのですが」
「言ってる意味がわかりませんね。 多分、格闘技団体のことを言ってるのでしょうが、あなた、今は西暦1918年だということをご存じかしら?」
「そんなアホな」

「アホはあなたですよ。 どうやらこの島に来た時にタイムスリップしたのでしょう。 ご愁傷様」

なんということだ。 これでは何の意味もないではないか。
しかも時代は第一次世界大戦真っ只中。
あ~帰りたい。 帰れないのならせめてアマゾン族のオネエサマたちとあんなことやこんなことをしたい。

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プリンセス・ダイアナは島を出て、外の世界で続いている戦争を終わらせたいのだという。

「また、大それたことを言いますねえ。 あなた一人でそんなことができるんですか?」
「ご存知ですか。 人間が戦争をするのは軍神アレスの仕業だということを」
「アレス? 『冬の稲妻』とか『チャンピオン』とかの?」
「それはアリスです。私が言っているのはオリュンポス十二神の一人のアレスです」
「あ~、ギリシャ神話に出てくる神様か」
「ちょっとあなた、アレスを見たことがあるのですか? どこにいるのです?教えなさい」
「いやいや。 あれは架空の話ですから」
「何を言っているのです。 アレスは本当にいるのですよ。 アレスが人類をそそのかしているから戦争が終わらないのです。 アレスを倒せば人々は目を覚まして戦争をやめるでしょう」
また、イタいことを言い出したぞ、この女。
「ハッハッハ。 プリンセス、どんな教育を受けたかは存じませんが、人類が戦争をする理由に神様は関係ありませんよ。 みんな自分の意思で戦争をやってるんですよ」
「ホホホホ。 あなたこそバカなことを言ってるとお里が知れるわよ。 アレスが人間の意志を操っているのです。 そうでなきゃ、誰が好んで自らの意思で戦争なんてバカげたことをするもんですか。 人類はそんなアホじゃないわ」
「プリンセス。 残念ながら人類はあなたが思うよりアホなんですよ」
「もういいわ。 あなたと喋ってたらそれこそアホがうつるわ。 母上に頼んで私は人間界に行かせてもらい、アレスを倒してみせるわ。 これはアマゾン族の使命でもあるのよ」
「プリンセスのお好きなように」


無題 zeus
なんでも全能の神ゼウスは自分に似せて人間という生命体を作りだしたという。
ゼウスの息子アレスは気に食わなかった。 「息子の俺に何か不満でもあるんけ?」
第一、「自分の姿に似せて」って発想がサブくね?と、もとより嫉妬深いアレスは、ゼウスがせっかく作った人間を勝手にカスタマイズした。
人間の心に闘争心や妬みといった気持ちを植え付けてしまったのである。
やがて神々との間で激しい争いが起こり、ゼウスの怒りをかったアレスはフルボッコにされて姿を消す。
死んだと思われていたが、実は密かに人間界に潜り込んで人間を堕落させているという。

そして今、第一次世界大戦を戦っているドイツ軍の将校、ルーデンドルフ総監を軍神アレスが操っているのでなんとかせねばならないというのがプリンセス・ダイアナ嬢の意見である。
おめでたい王女様だ。
なんでも神様のせいにできりゃ、それこそ人間はもっと堕落するし、とっくの昔に滅亡してるわいな。
まあ、どうしてもってんなら邪魔はしない。

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ヒッポリタ女王は娘に言った。
「人間の世界はあなたに値しない」
その通りだ。 救いの手を差し伸べる価値などない。
神の手にさえ余るほど、人間は自ら腐ったのだ。
神を頼るのは都合のいい時だけ。

それでもダイアナ嬢は言う。
「この島で何になれと? 誰も守らないのなら私が守る」
かくして、最終的に女王から快く送り出されたプリンセス・ダイアナは人間の世界へと旅立った。
もちろん私もついでに御供することになった。 というよりも、ついでに追い出されたのだが。

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長い船旅の末にやってきた、ここはロンドン。
ダイアナにとって人生初の人間界。

「天気悪いわねえ。 ゼウスがご機嫌ナナメなのかしら」
「関係ないと思いますがねえ」
「あら、あなた知らないの? ゼウスは天候を司る神でもあるのよ」
「単なる低気圧ですよ」
「あなたって人は本当に神をないがしろにするわね。 そのうち天罰がくだるわよ」
「それよりですね、プリンセス。 人間の世界に来たら来たで、できるだけ人間のフリをしていただきたいのですよ。 たとえば名前を考えないと」
「苦しゅうない。 そのままプリンセスと呼びたもれ」
「それがいかんっちゅうの。 特にこのイギリスで“プリンセス”などと軽々しく名乗ってはいけません」
「めんどくさいわねえ」
「こうしましょう。 ちょこっとイジってダイアナ・プリンス」
「プリンスはおかしくないかしら。 いくら苗字でも」

「まあまあ。気にしない気にしない」

こうして人間界に降臨したダイアナ・プリンス
神様かぶれの天然お姫様とナメていたが、次々と見せつけられるスペシャルな力に、私はアマゾネスの凄さを知ることになるのだ。


【やりすぎちゃうか、Amazonの姫】
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★ 「やりすぎな語学力」
なんと数百種もの言語をペラペラに話せる。
頭に翻訳アプリでもインストールされているかのようなマルチリンガルのキャパを持っているが、外の世界に出る機会ができたからいいようなものの、そうでなければまったく不必要な能力ということになるが・・・・

★ 「性知識の学習をやりすぎ」
男を知らないところで育ったとはいえ、まったくのネンネちゃんではない。
アマゾン族では異性とのあれやこれやについては本を読んで学ぶ。
その本とは『肉体的快楽論』。 それも全12巻。
それってつまり・・・エロ本ではないのか!
ダイアナは12巻全部を読破したとドヤ顔で言っていた。 よって「アレ」の知識はバッチリ。

★「やりすぎるブレスレット」
両腕に装着した腕輪は、クロスさせれば雷パワーを放射するだけでなく、銃弾を跳ね返す強度を誇る。
いや、それよりも彼女自身の銃弾の速さへの対応力が凄いのだが。
銃から発射される弾丸など、ピッチングマシンから放たれるボール程度の速さにしか見えないのだろう。

★ 「ギャップまでやりすぎ」
知らない場所に来たら当然、無知識によるズレを経験するのも無理もない。
「時計を知らない」・・・時間を気にする概念さえもない。
「回転ドアが苦手」・・・一般人でもたまにいらっしゃるが、銃弾に対応できるダイアナが回転ドアに四苦八苦する姿は微笑ましい。
「赤ちゃん」・・・初めて見た赤ちゃんでも、そこはさすがに女性らしく、目尻が下がって「まあかわいい!」とテンションが爆アゲになる。
「アイスクリーム」・・・初めて食べたアイスクリームに超感動。
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「なにこれ~! 超ヤバ~い! マジうめ~!」
「気に入ったようですな」
「これ、なんの肉?」
「肉じゃないですね」
「わかったわ。お野菜ね」
「野菜でもないよ」
「ええっ! じゃあ、なにでできてんの?」
「牛乳とか卵とか砂糖とかいろいろ混ぜて冷やしたんですよ」
「こんなの作って食ってんだ。 人間ヤバくね?」

「キャラが壊れかけてきたな。 アイスクリーム恐るべし」

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「さてと。 アイスクリームの食レポをするためにここまで来たんじゃないわ。 さあ仕事仕事」
「何回も言いますけど、仮にアレスがいたとしても、戦争の原因とは関係ないですよ」
「だまらっしゃい。 やると言ったらやるの。 私にはね、神をも殺せる武器、ゴッドキラーがあるのよ」
「そのまんまの名前ですな」
「いちいちカンにさわるわね。 邪魔をするんだったら消えてちょうだい」
「いや、お供しましょう。 本当にそれでこの世から戦争がなくなるのなら、それはそれで歴史的なこと。 この目で見届けよう」
「そうこなくっちゃね。 では行くわよ。 ワンダーウーマン参上!」


そしてダイアナは知るのだった。 戦争が人間の本能であることを。


そうなんだよダイアナ。 この世界はね、初めて出会った人同士が自然に友達になったりすることもあれば、その逆に考え方の違いで憎み合ったり争ったりすることは普通のことなんだよ。
人間はね、自分というものを知る時、どうしても他者と比較する。
そこで自分に足りない物や不満に思うことがあれば、それを解消するために様々な努力をする。
お金持ちになりたいとか、美しくなりたいとか、スポーツがうまくなりたいとか。
それこそが「争い」の原点なんだよ。

人間はね、争いながら成長していくんだ。 そういう生き物なんだ。
その中で人と人との間に差ができる。 勝者と敗者が生まれるんだ。
そうすると、自ずと世界は価値観が多様化していく。
政治思想や宗教など、細分化された様々な形の社会を選択しながら人類はそれぞれの民族や国家を作っていったんだ。
そして尚も国家は、よその国よりも「もっと、もっと」と争おうとして衝突が生まれる。

戦争は確かによくない。 でも踏み外してこそ、自分の歩んでいた道の確かさを知って成長したということで言えば、ある意味、戦争をしたことで人類は多くのことを学べて歴史の糧にした部分も否定はできない。
人間はこれからも、また学ぶため、成長するために戦争をするよ。 悲しいかな、そういうものなんだ。
そうさ、アホなんだよ。 アホだからそこまでしないと分からないんだ。

君が言うように神が何か細工をしたのか、そこまでは知る由もないよ。
でも人間の心はね、最初から天使も悪魔も同居している不確実で不完全なシロモノなんだ。 神が操れるほど作りこまれて仕上がったものではないから、間違いでも承知の上で行動してしまう。
神が干渉できる隙間なんかない。 それが人間の意思というものさ。


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母が言った通りに、この世界は救うに値しないのか。
だが、ここにやってきたことには必ず何らかの意味があるはず。
戦争が人類にとっての全てではない。
国に帰りたいと願う兵士の声が聞こえる。
息子を奪わないでくれと叫ぶ母親の嘆きが聞こえる。
戦争を憎み、平和を愛する人々が君を待っている。
ゆけ、ワンダーウーマン。
神をも凌駕する愛の力を今こそ解き放つのだ。


★★★★★★★★★★★★★★
ここで、ようやく目が覚めた。 なんだ、夢だったのか。
100年前の世界から帰ってこれないのかと一時はあきらめたがヤレヤレだ。
世界最強の女に出会った夢。 なかなか面白かったが。
おや? 写真が落ちているがこれは?
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★★★★★★★★★★★★★★

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70年代に日本でも放送されていた「ワンダーウーマン」。

40年も前のテレビ番組であるから、今観ればアクションなんかはヌルヌルなのであろう。
だが、ワンダーウーマンダイアナ・プリンスを演じたリンダ・カーターのお色気ムンムンが全てを相殺した。 いや、こっちがチップを払いたいぐらい、目の保養になったのは確かだ。

ストーリーもバリエーションに富んでてまったく飽きさせなかった。
このヒロイン、強いのは強いのだが、たまに出てくるチンケな小悪党に意外に苦戦したりするところもある。
そんなご愛嬌も魅力の一つだった。

ダイアナの妹ドルシラ(ワンダーガール)を演じていたのがデブラ・ウィンガーだと後で知ってブッたまげ。


DCコミックではスーパーマンやバットマンは何度も映画化。
グリーン・ランタンやVフォー・ヴェンデッタまで映画化されてるというのに、なぜか「ワンダーウーマン」だけは手つかずだった。
いや、手はついていたのだが、企画が上がっては消え、上がっては消えというハリウッドあるあるの諸事情により、映画化がなかなか実現しなかった。

ある時には当時50代のキム・ベイシンガー主演で企画が進行しているというニュースが耳に入って「そんなアホな」と思ったが、歳を取って成熟したワンダーウーマンという設定だったらしく、そんな企画はポシャって正解だ。

待ちに待った甲斐があった。
本格的映画として産声を上げた今回の「ワンダーウーマン」は文句なし。
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主役に抜擢されたガル・ガドットは元ミス・イスラエルという経歴のほか兵役にも就いていたことがある女優さん。
「ワイルド・スピード」シリーズではハンの恋人ジゼルを演じていたが、さほどの印象を残してはいない。

「バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生」は正直、ワンダーウーマン初登場のシーンが一番の盛り上がり。
予想外に地味なコスチュームであるにもかかわらず、あの時ガル・ガドットの残した爪痕は、間もなく陽の目を見るであろう「ワンダーウーマン」の映画の成功を確信させるには十分だった。
リンダ・カーターよりはエスニック&ワイルドなテイストが加味されたガル・ガドットのキャスティングは花マルだ。

入念にダイアナのキャラクターを練り上げて、戦争に明け暮れる人間の本質をテーマの一つとして掲げながら、このヒロインの成長ストーリーを魅力あふれる筆致で描いている。
逆の意味で、この1本だけでは物足りないぐらい「もっと観たい」を刺激される面白さ。

「ジャスティス・リーグ」を経て、現代を舞台にしたワンダーウーマンの物語は、今後はどんなテーマで展開するのだろうか。
クリス・パイン演じるトレバー大尉は殉職してしまうが、テレビシリーズと同様に血縁者が何らかの形で登場したりして。
チーターやヴェロニカ・ケイルなども登場するだろうか? ワンダーガールは?
早くも続編が観たくてたまらない。

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ワンダーウーマン自体、フェミニズムの象徴として世界中で親しまれているキャラであるが、今回の映画でもジェームズ・キャメロンが物申して、監督のパティ・ジェンキンスが反論したりと、映画におけるフェミニズムの扱いについてワイワイと周囲がかしましい。

アッシはどうもそういうのが好きではない。 めんどくさい。
娯楽映画だぜ? 思想で批評しだしたらキリがないでしょうよ。
だいたい、男のキャメロンが文句言ったって、「しょせん貴方は女じゃない」って、そりゃ言われるよ。

いいじゃないの、いろんなキャラクターがあっても。
別に映画が「女はこうでなきゃね」って言ってねえし。

それにしても、鬼のような大ヒットになってますねえ。

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「賢人のお言葉」
 
「自分が世界を変えられると本気で信じてる人こそ、本当に世界を変えている」
 スティーブ・ジョブズ 

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幼な子われらに生まれ
2017年09月10日

T0021970p.jpgひと昔前に比べると、日本の離婚率は多少は下がっているという。
そもそも婚姻率自体が低いのだが。

2015年の統計だが、婚姻総数は63万5156件。
そのうち、夫妻ともに再婚、またはどちらか一方が再婚というケースは17万181件。
「割合」でいえば過去最高なのだそうである。

再婚にもいろんな事情やケースがあるだろうが、子連れの再婚も確実に増えているのであろう。
継親と継子。 血のつながらない家族の形がもたらす摩擦は避けては通れない。
万事うまくやっている家庭もあるのだろうが、絆というものが容易く継ぎはぎできるほど人間はシンプルではなく、価値観を共有することさえ難儀して当然なのだ。


直木賞作家、重松清が1996年に発表した小説「幼な子われらに生まれ」。
脚本家・荒井晴彦がこの傑作に惚れ込んで、早くからシナリオとして起こしてあったものが三島有紀子監督の手に託されて、ここに一本の珠玉作が完成。
家族であって家族でない欺瞞が生む軋轢。
傷つけ合っても、なお幸せの幻想を求める大人たちへのラプソディー。

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通販会社社員、田中信〈まこと〉(浅野忠信)は4年前に奈苗(田中麗奈)と結婚した。
二人、ともにバツイチでの再婚である。
 
の前妻は大学教授の助手をしている友佳(寺島しのぶ)。
年上で、バリバリ仕事に打ち込むキャリアウーマンの友佳は、結婚半年で最初に身ごもった子を、自分のキャリアに支障が出るとの理由で、に相談なく堕胎し、と口論になったことがある。
その後、一人娘の沙織をもうけたが、ほどなく離婚した。 土台、この二人は合わなかったのだ。

別れた友佳にはすでに江崎という新しい伴侶がいる。
友佳が引き取った娘の沙織はもう小学6年生で、は定期的に会っている。

一方、そんなの再婚相手の奈苗は前夫のDVにたまらず逃げ出して離婚したのだった。
二人の娘を抱えながら心細い母子生活に踏み出した矢先に田中信と知り合い、そして再婚することになった。
そして今、奈苗のお腹には新しい命が宿っている。

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上の娘の(南沙良)は奇しくもの実娘・沙織と同じ小学6年生。
前の父親の記憶がかすかに残っていることもあって、最初は小さかったわだかまりは年齢と共に大きくなっていく。
再婚した当初は「パパ」と言ってくれていたが、次第に言わなくなったばかりか、ますますを遠ざけるようになってきた。
「パパは一人でいいから」

奈苗と一緒になると決めた時、多少は継父の立場が辛くなるであろうことは、それなりに覚悟はしていたものの、今はロクに目も合わせてくれないの顔色を伺う毎日に疲れ切っていた。

もうすぐ赤ちゃんが生まれるということを、は娘たちになるだけ伏せておきたかった。
とこんな状態では言えるはずもない。
ましてや、つぎはぎだらけのこの家族に、もう一人新しい子供を加える必要があるのだろうかと悶もんとしていた矢先に、奈苗は悪びれることなく娘たちに妊娠のことを話してしまう。

それからますますの態度は硬くなっていった。 母親の前でさえも険悪な態度を隠そうともしない。
まだ幼稚園の年長さんである末娘の恵理子(新井美羽)はまだピンと来ないようだが、が今にも妹に「本当の娘でない自分たちは捨てられるんだ」みたいなことを言いそうでは不安が募る。
「恵理子に余計なことを言うなよ」
「命令する権利あんの? お父さんみたいじゃん」

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実の娘の沙織(鎌田らい樹)とは年4回の面会を許されており、その交流がはいつも楽しみにしている。
と同い年なので気がつけば比べてしまっている。
がああだからではないが、やはり実の娘は可愛いなと感じてしまう、そんな自分のフラフラした心境が不甲斐ない。

沙織は新しいパパとうまくやっているのだろうか?
のように家の中で孤立してはいないか?
円満にやってくれるに越したことはないが、それはそれで複雑なのだ。
多少、言葉に何か言いたそうな含みは感じ取れるが、それでも周りを気遣う賢い子でもある。
自分がこうしてパパと会っているのは、向こうの子に悪いのではないかというようなことも言う。

この子もこの子で、色々と疲れているのだろう。
できるだけ時間を作ってやりたいと思う反面、との関係を立て直す自身が萎えていくのを感じるだった。

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友佳から電話が入り、は久しぶりに元妻と会うことになった。
今の夫、江崎が末期ガンであるという。
せっかく再婚したと思ったら・・・
「あなたはいいお父さんになったわよね。 ガンにならないだけでも」

仕事仕事で一度は家庭を壊した彼女も人並みの家庭が欲しいのだろうか。
あの時、勝手に子供を堕ろした愚行は何だったのか。
は元来が他人の行動や考えてることには関知しない性分だった。
結婚した時から友佳のことを見てはいなかったのだ。 彼女の気持ちを少しでも思いやってみることなどしなかったのかもしれない。

「ダンナがガンで入院してるってのに、前のダンナと会ってるあたしの気持ちってどぉ? 興味ない?」
さあ・・・どうなんだろうねえ・・・
「昔っからよね。 理由は聞くくせに気持ちは聞かないのよ。 あなたって」

そうなのだ。
に対しても「なんでだ?なんでパパって呼んでくれないんだ?」とばかり聞く。
答えてくれたらそれで満足する訳でもなかろうに。

intro_img10.jpg  
以前は営業職だっただが、奈苗と知り合った時期ということもあり、休日出勤も残業も断り、飲み会にも顔を出さないほど奈苗母子と過ごすことに時間を裂いていた。
その付き合いの悪さがたたって、今は出向先の倉庫に飛ばされて、ピッキング業務を黙々とこなしている。

子供が小さい時期はできるだけ一緒に過ごしてやるのだと。 大きくなったら抱っこもできないし一緒に風呂にも入れないし・・・と、うそぶいてはいたものの、元から人とうまく付き合えない自分をごまかしていただけだった。
出向は一時的なものと思っていたらチャンチャラ甘い話で、要するに左遷であった。
朝礼では現場のリーダーから、他の人との作業実績を比較され、能率の悪い自分の仕事ぶりをネチネチといじられる。

なんでも軽く考えてしまう悪い癖だった。
会社の付き合いも、再婚も、娘との関係も。
台車を押しながら、棚番号を支持する機械音に従ってあっちへ行ったりこっちへ行ったり。
これからの家庭のこともどうしたらいいか支持してくれよ。 言われた通りに効率よくやってみるからさ。
それでも相変わらずオロオロして、何をやっても物事を進めることのできない自分はこのままどうなるのだろうとは不安に駆られる。
奈苗にはまだ何も言っていない。
が以前の営業職ではなく、倉庫仕事に回され、下手すればずっとそのままかもしれないということを奈苗は知らないままだった。

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との関係はギクシャクどころか、どんどんささくれだっていく。
「お父さんに会わせてよ。 本当のお父さんに」

会ってどうするというのだ。 
おまえは左遷されてきたんじゃない。 ここ以外に居場所などない。
なぜ現実と向き合ってくれない? なぜ自分の方を見てくれないのだ?

のイライラは次第に募っていく。

そんなの言うことも奈苗は意に介さない。
あの子が会いたいなどと言うはずがないのだと。
前夫の沢田(宮藤官九郎)という男は、DVの激しい男だった。
まだ恵理子が赤ん坊だった頃、夜泣きにキレた沢田は暴れ始めて奈苗を蹴りつける。
幼いながらも母を守ろうとしたにも沢田は容赦なく暴力を振るい、折れた歯が畳の上を転がった。

父親に歯を折られた記憶はあるはずなのだ。 それでも本当の父親という存在は大きいものなのか。
には分からない。 がそうしたいというならそうしてあげてもいいのだが。

家の中が修羅場になることが多くなった。
は恵理子にも手を出し、「お父さんだと思ってるこの人は本当のお父さんじゃないんだよ」とまで言いつけて恵理子を泣かせている。
奈苗もヒステリックになってとやりあっている。
「おかしくなっちゃいそう」
元々おかしいんだよ、こんな家族・・・

一度沢田に会うしかないと決心した沢田の居場所を突き止め、初めて対面した。
めんどくさそうな態度を隠そうともしない、我慢や辛抱とは無縁の厭世感がプンプンしている男だった。
あっさりと断られた。 「娘から会いたいなんて言われるような父親じゃないですよ」
奈苗が言ったことと似たようなことを言う。

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「このウチ嫌だ。 こんな人、家族じゃない。 他人なんだもん。嘘なんだもん」
は自分の部屋の鍵をつけてほしいと言いだす。
つけてどうするつもりなんだよ。 なぜそこまで・・・・
はどうしていいか分からない。 どうしていいかを考える気すら萎えかけている。

奈苗が病院の検診で妊娠高血圧症と診断されたことに「ねえ、どうしよう?どうしたらいいと思う?」と甘えるように聞いてくる。
それは俺が聞きたいよ。 のことはどうしたらいいんだよ。
奈苗は娘の反抗期などすぐに終わると思い込みたいのか、ギスギスしている家庭のことにも見ないフリをしている。
人の気もしらずに浮かれている奈苗の呑気さに信はキレた。
「そんなに不安だったら堕ろせば?堕ろすしかないでしょ。そうだ、そうしよう。それでいいじゃん。子供堕ろして俺たち別れようよ。別れるしかないでしょ。妊娠高血圧症?そんなの俺に分かる訳ないでしょ。医者じゃないんだから。 どうしろっての?俺分かんねえよ」

そしての部屋に鍵を取りつけ始める。
辞めてよと泣きすがる奈苗の手を払いのけ、はドライバーをカチャカチャ回す。
二段ベッドの上から見ているの冷ややかな視線が背中に突き刺さる。

これでいいんだろ。 ああしてくれ、こうしてくれという要求に応じるしか、俺にできることはもう思い浮かばないよ。
もう一度沢田と会って、と会ってくれと頼むしかない。
今度は土下座でもなんでもして引き下がるつもりはない。

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元々、人と目を合わせて喋る男ではないが相変わらずの態度だった。
競艇場でハズレた舟券をちぎり捨てながら、沢田「50万円でどうですか」と条件を突きつけてくる。
彼も娘に会いたくないのだ。 こう言えばあきらめるだろうというつもりで言っているのだろう。
「ギャンブルのために家族を捨てたんですか?」と問うと、「その逆ですよ」と返ってきた。
家族を捨てるためにギャンブルを・・・
「子供って、がんじがらめにされちゃうんだよなあ」
子供のせいじゃないだろう。 子供がまだ小さい頃のことしか知らない癖に子育てのベテランみたいなことがよく言えるもんだな。

は腹をくくった。 お金を渡すからと会ってくれ。
「自分が50万で売られたと知ったら、娘はどう思うだろうなあ」沢田はニヤニヤしながら言う。

なんにせよ約束は取り付けた。 2日後、デパートの屋上で待ち合わせ。
この男と会った時、の心はどうなるのだろう。
自分に再び心を開いてくれるだろうか。 この父親に失望したまま居場所を失い、途方に暮れるのだろうか。

沢田をとやかくは言えない。 50万円で家族の運命を賭けたのだ。

には沢田と会って約束を交わしたことを告げたが、本当に彼女は会うのだろうか。

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沙織の今の父親である江崎の命が消えようとしている。
沙織「悲しくないんだよね。 仲良しの近所のおじさんが死ぬような感じで・・・」と、自分を責めて悩んでいた。
しょうがないよ。 泣けなくたって。 本当のお父さんじゃないんだから。

危篤の報せが入り、も付き添って奈苗の運転する車で病院まで送ってもらう。
「あなたも一緒に行ってあげたら?」
そんな忖度ができる女だったのかと、が見た奈苗の横顔は今まで見たことのない大人の“母親”の顔だった。

友佳と共にベッドに寄り添い、まもなく臨終を迎えようとしている江崎の手を握る沙織
「悲しくなれない」と悩んでいた沙織が死にゆく継父に「お父さん、お父さん」と泣きながら声をかけていた。
の夢見た家族の在るべき姿だった。
妻と子に見守られ、手を握られながら生を終える瞬間を迎える幸せ。
江崎は自分など到底足元に及ばないほど、いい父親だったのだ。

はベッドに横たわる江崎に深々と頭を下げた。
「沙織をかわいがってくれて、ありがとうございました」

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沢田がデパートの屋上で会う日。
は恵理子を連れてこっそりと様子を見に行った。 

一瞬誰かと思った。
スーツにネクタイ・・・
3日前に競艇場で会った時のようなヤサグレ感など微塵もない。
娘の歯をへし折ったDV男と同一人物にはとても見えなかった。

約束の時間はとっくに過ぎているが、どうもは来ていないようだ。
キョロキョロして途方に暮れている沢田を見かねては声をかける。
どうやらはこのまま来ないつもりらしい。 無理もないが。

やっぱり自分は受け入れられてなかったのだというような所をに見られて、はにかんだような照れ笑いをする沢田
屋上遊園地の遊具で遊ぶ恵理子の姿に、「あんなに大きくなったんだ」と目を細める沢田の顔は立派な父親のそれだった。
のためにプレゼントを買って用意したのだが、「いやあ失敗しちゃったなあ・・・」と頭をかいている。
小学校6年生の女の子がどんな感じなのかがピンと来なくて、プレゼントがちょっとばかり幼稚なものになってしまったのだろう。

この男も自分と似たようなものなのだとは思う。
家族を築き上げていくことに不器用なのだ。
いい父親になれない。 そんなイラだちを暴力という形で妻子に向け、家族を築くことに失敗したことに今も密かに悔やんでいたのだ。
今さら元には戻れないことは分かっていても、少しでも父親らしいところを見せて償いたかったのか。

娘が許してくれないのは覚悟していたのかもしれないが、会わない方が良かったかのように沢田はホッとした表情を見せていた。
「お金は返します。 薫によろしくと」 沢田は帰っていった。
会わせてやりたかったが、もうこの先彼はとは自分からは会わないだろう。

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理由は聞かない。  この子もまた不器用なのだ。
いや、不器用というには気の毒か。

本当のお父さんが家の中にいなくて、お父さんと呼ばなければならない他人が家の中にいる。
そしてまもなく父親を異にする幼な子が生まれて家の中に加わろうとしているのだ。
自分は一体誰の子で、誰がお父さんで、本当にこの先愛されるのだろうか、また理不尽な暴力が襲いかからないかと不安になるのも無理はない。

自分を抑えて無理をしてでも家族仲良くやっていこうと押しつけるのはあまりに酷なのだ。
いつかは実の父を許し、今そばにいる人の手を取って「お父さん」と呼んでくれるその日はやがてくる。
血のつながりだけが家族ではなく、つながりたいという気持ちが家族を育んでいく。
その日を信じて歩んでいくしかない。
たちの住むマンションの斜行エレベーター脇の階段を一歩一歩上がるように。
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「離婚大国」までは言われ過ぎのようにも思えるが、家族の形態が多様化した現代日本では、こんな家庭の話は吐いて捨てるほどあるのかもしれない。
この映画もそんな今どきの当たり前を淡々と綴ってはいるが、一筋縄ではいかない家族問題に併行して人物一人一人の心理に真摯に寄り添った演出で形にし、そこから生まれる感想もまた複雑な余韻を与えてくれる。

家族って、なんだろうかとあらためて考えさせられる。
「血のつながっている人たちの集合体」 それ以外は家族ではないのだろうか。
元々最初は他人の男女から始まる。
理屈を言えば父と母は血がつながっていないのだから他人ということになってしまう。
でも家族なのだ。 家族になろうと誓い合った時から家族が誕生する。
生まれた子も兄弟姉妹も孫も曾孫もまた他人の誰かと愛し合って"家族"の枝葉が広がっていく。
血のつながりだけでくくらないと家族になれないほど人は不寛容ではないはずだと思うが。
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しかし。 子にとって父親や母親が二人も三人もいたりすれば、実親と継親への感情に差がつくのは当然。
継親への愛情を無理強いするのも酷というもので、一方の継親にとっても実の子でない継子を無理に愛せよというのまた酷なのだ。
憎しみあうところまで行かずとも、全部は受け入れられない。 それほどに「血」はやはり重くて、そのハードルは高い。
そこをいかに乗り越えられるか。 現実として時間は必要だろう。
愛がなければ家族になれないというのではなく、家族として重ねた時間から必ずや愛が生まれるという希望は信じたいものだ。
『住めば都』というのがあるように、『住めば家族』というのもあるのではないか。

「義理の親」、「義理の子」・・・
日本語とは面白いもので、“義理の・・・”とはよく言ったものだ。
誰にとっての義理だろうか。 『人として守るべき筋道』。
血縁の壁を乗り越え、義理を通している人が家族を育んでいる。
そう思えばそんな家族って気高く映るように見えないだろうか。

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家族という形に翻弄される主人公の。 嫌なことに目背けて陽気に振る舞う奈苗。 壊れた家族を嫌悪して自らを追い込んでいく。 いい父親になれずに逃げた沢田。 独断で愛の結晶を捨てた友佳
家族を育んでいくことに不器用な人物のオンパレードなのは無理からぬこと。
こういうシチュエーションでうまく人生をやりくりできない状況は一人だけの責任ではないからだ。

田中信友佳奈苗と結婚した時、本人への愛情が無かったとまでは言わないが、まず何よりも子供が欲しいことの方が優先していたと思える。 家族というステータスが欲しくて仕方がなかったのだ。
それが彼の価値観なのだ。 出世のための社会的地位ではなく、ただ自分の気持ちだけの問題である。 だから人の気持ちなどおもんばかることができない。
ゆえに会社でも浮いて左遷され、妻に子にも「自分はこうしたい」という我欲を基準にするためにズレが激しくなっていく。
元から家族を持つ資格が足りなかったとも言える。
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このままではいけないと思いながらもがくは、その過程で周りもまた苦しんでいることを悟る。 みんな自分と同じように不器用なのだと。
奈苗の前夫である沢田という男は、にとってまかり間違えばもしかしたらああなっていたかもしれない人物である。
子供を欲しがりながらも、子供ってなんでこんなにめんどくさいのだと思いだした矢先に沢田と会い、は自分のことを知り、周りのことも見えてくる。

結局本当の親子ではないのだから、その一線は破壊できるものではないし、“義理”の間の愛は一両日中には生まれない。
あえて血のつながりを超越してみせてこそ、形は違えど本当に健全な家族ができるかもしれない光をは見出す。

だが万事がうまく収まって終わる訳ではない。
は母方の実家に引っ越すことになるのだし、これからは妹の恵理子が大きくなって、どう受け止めていくかも不透明だ。
だがいい方向に向くのではないか。 もうは温かい家族のもとへ向かう階段を踏み外すことはない父親になっていることを願う。

浅野忠信の巧さは今さら驚くものではないが、この難役を事もなげにこなしていくポテンシャルは何を食ったら生まれるのか。
しかも、この映画は荒井晴彦の脚本は一応あるものの、三島有紀子監督の意向で多くはエチュード手法(即興)で演出されている。
エチュードだからこそナチュラルなのだろうが、それでもあの巧さは驚異だ。
沢田役のクドカンも強烈な印象を残す。 というよりもキャスティングの勝利だ。

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比較的出番は限られているが、奈苗役の田中麗奈にも感服する。
「葛城事件」で演じた妙に熱い弁護士役というか、ああいうズレキャラをやらせれば彼女の真骨頂が見れるのだと、本作の母親役で再認識。

奈苗はノーテンキで依存心が強くて、人にも自分にも甘い人間である。
家族がギスギスしている状況を直視しようとせず、とにかく明るく振る舞えばごまかせると思っている。
自分の意見を持たず、男の意思に沿って生きてきた今までのポジションから動こうとしない。
イラつかせる“ぶら下がり系女子”の典型だ。
この役は本当に難しいはず。 田中麗奈、恐るべしだ。

それでも。 空気の読めないウザいママと思っていたら、後半からはどことなく一皮むけた、いや半皮ほどむけた大人な面を出す。
奈苗もたくさん溜めこんできたのだということが伺える一人カラオケのシーンは微笑ましい。 奇しくもとやってることが同じ。 しかも同じ歌。
エレファントカシマシの「悲しみの果て」。

悲しみの果てに 何があるかなんて・・・ Oh yeah
悲しみの果ては 素晴らしい日々を
送っていこうぜ Oh baby


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「賢人のお言葉」
 
「家族とは、「ある」ものではなく、手をかけて「育む」ものです」
 聖路加国際病院名誉院長・日野原重明 

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他にもこれ観ました  ~8月編(下)
2017年09月04日

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「ローサは密告された」

2016年、フィリピンの大統領に就任したロドリゴ・ドゥテルテ。
凄まじい暴言を吐くことでも知られているこの大統領が特に目を血走らせているのが麻薬撲滅。
とにかく自分の国から麻薬を一掃したくてたまらないようで、ヤクの組織や売人、または中毒者に至るまで「一人残らず殺してやる」と言うほど躍起になっている。
ある意味、有言実行と言うのか、麻薬に関わる者は警察や自警団によって合法的に殺されまくっているという。

ドゥテルテ政権誕生から一年の間に警察の手で殺された麻薬関連死者は1800人を超え、ビビって自首する者が後を絶たず刑務所がパンクしているのだとか。
ドゥテルテのやり方もやり方だろうけど、ムショが満員御礼になるほどだから、フィリピンという国の麻薬汚染がそれだけハンパではなかったということ。
そりゃ、これぐらいの荒療治をしなきゃいけないと考えるのもむべなるかな。
しかし、警察をはじめとした権力者側が、殺してもいいというほどの強権を与えられると、新たな腐敗がそこに生まれる。

この映画は、麻薬の売買で逮捕された雑貨屋の夫婦が、警察の恐ろしい横暴の中でもがく衝撃のドラマである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
フィリピンのとあるスラム街でサリサリストアを営むローサ・レイエス。
夫のネストールと4人の子供がいる。
サリサリストアとはちっちゃなコンビニのようなものだが、スーパーで仕入れてバラ売りをすることで単価を上げる店。 だからタバコなんかは1本からでも買える。
なんでも売ってるということは当然ヤクの方も扱っている。
ローサが街を歩いていると、「アイスはあるかい?」、「アイスを売ってよ」という声が頻繁にかかる。 どうやら"アイス"というのが“それ”を示すらしい。
ローサの店でも家計を助けるために少量ながら麻薬を扱っていた。

ところがある日、店に突如警察が押し入り、ローサとネストールは逮捕される。 誰かに密告されたらしい。
最初は取り調べに対してしらばっくれていたが、かと言って簡単に帰してもらえる雰囲気ではない。
「ブタ箱に入るか売人の名前を言え」と脅されたローサは遂に売人のジョマールを売ってしまう。
密告された側が、今度は密告するというこの皮肉。

だがそれだけでは終わらない。
ジョマールから押収したカネを巡査たちがポケットに入れていく。
上級警部にメールしようとしたジョマールを巡査たちが半殺しにする。
目の前で繰り広げられる光景に慄くローサに巡査は拳銃を突きつけ、「警察にチクッたら殺すぞ」と脅すのである。 言ってることがムチャクチャだ。 架空請求の市議会議員など可愛く見える「警察内無法地帯」。
そしてローサたちには「20万ペソ(約45万)で手を打ってやる」と“見逃し料”が要求される。
そんなカネなどあるはずもない。 しかし、巡査たちもローサたちを法的に処理するよりもなんとかしてカネを作らせようとする圧をかけてくる。

子供たちに頼むしかない。 子供と言ってもそのうち3人はほぼ大人に近い歳であるが。
映画の後半からは子供たちが金策に方々をかけずり回るシークエンスとなる。
テレビや家具を売ったり、果ては次男が男娼という行動に出たりする。
両親のためならエンヤコラ。 このあたりの家族の絆が伺えるシーンはいいといえばいいのだが。
麻薬の売買をしていたのがそりゃもちろん悪いのだろうが、警察の荒れ方は普通ではない。
犯罪者をしょっ引いたら、さあて、そこからどうやってカネにしてやろうかという欲望を露骨に見せるのである。
署内には明らかに子供みたいな奴が関係者のような顔をしてゲームをしていたり、たまにパシリをさせられたりしていたが、あれは何者なのか?

終始、手持ちのカメラが人物の周囲を追うドキュメンタリータッチ。 いや、これはもうドキュメントと言っても遜色ない、力強い感触がびんびん来る。
嫌なことばかりのシーンの中に、ちょっとした希望もある。 あのローサの涙と汗にまみれた顔で団子をほおばる表情がたまらない。
        

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「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」

1993年に放送された岩井俊二監督のテレビドラマをアニメ化。
「バクマン。」の大根仁が脚本を執筆、「魔法少女まどか☆マギカ」の新房昭之が総監督を務めた青春ファンタジー。
ぶっちゃけ「君の名は。」の後追い感は否めないですね。
アレと公開の順が逆になってたらどうでしょうかね?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
打ち上げ花火は下から見るのと横から見るのとでは形が違うのか? 横から見たら平べったいのか、それともどこから見ようとも丸いのか?
なるほど。 考えたこともないけど、どっちゃでもええわいな。・・・ということで盛り上がった茂下町の中学生男子たち5人。
それを確かめに花火大会の夜に、丁度横から見える茂下灯台に向かうことに。
だがそのうちの一人、島田典道はクラスメイトのなずなに思いを寄せていたが、なずなが母の再婚で転校することを知る。
転校したくないなずなから駆け落ちを持ちかけられた典道は、なずなが海で拾った不思議な玉によって時間が巻き戻る経験を繰り返す。
町を出ることを決意した典道となずな。 二人に待ち受ける運命は・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まずは何より映像が神。 神的に美しい。
実写では難しい角度を多用した、アニメならではのアプローチが空気の感覚までも錯覚させます。
「今のシーン、もう一回見せて!」と言いたくなるような神ヴィジュアルがてんこ盛り。
さてストーリーの方はというと。 イマイチ自分の中では盛り上がってこないですねえ。
結局、あの玉はナニ?っていうのはもう別にいいけど。
典道もなずなも共に中一離れしすぎてませんかね。
キャラクター上の演出だからでしょうか、菅田将暉と広瀬すずの抑え過ぎ感のある吹き替えも居座りがよくないような・・・。
すずちゃんの松田聖子の歌は良かったけどね。
なずなのお母さんの乱暴さがスッゲーしゃくに触りました。 なんじゃ、あのオカンは。
        

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「ダイバージェント FINAL」

人類がたった一度の性格診断によって【無欲】【平和】【高潔】【勇敢】【博学】の5つの派閥に分けて管理されている近未来の社会体制。
主人公のトリス(シャイリーン・ウッドリー)は全ての派閥の特性を持った【異端者】(ダイバージェント)。
数奇な運命に翻弄されながら体制の裏側に潜む陰謀に立ち向かっていくトリスの戦いを描くシリーズ3作目です。

1作目では体制支配を目論む【博学】のジェニーン(ケイト・ウィンスレット)のクーデターに立ち向かい、2作目の「ダイバージェント NEO」では人類の秘密が隠された謎の"箱"の封印を解くことができる異端者としてジェニーンに狙われるトリスが最強のダイバージェントとして覚醒。
遂には派閥の管理体制が崩壊するのですが、まだまだトリスの戦いは終わりません。

【無派閥】の勢力が台頭し、抵抗勢力【忠誠者】(アリージェント)と内戦状態にある街を捨て、トリスと仲間たちは150年前の最終戦争以来、封鎖されていたフェンスの向こうの世界を目指すのですが・・・
ずっと街を監視していたという「遺伝子繁栄推進局」に迎えられたトリスは自分が【異端者】として生まれた本当の理由を知って衝撃を受けながらも、やがて恐ろしい陰謀を画策する推進局に立ち向かっていくのです。

それにしても、3作通じてやたらに「実験」が出てきますね。
全ては人類のためながら、結局は争いと陰謀がまかり通ることに。
人間はナニやらしてもダメヒューマン。
このシリーズはVFXが実に凝っていて、なかなかカッチョいいんですよね。
ツッコミどころも逆に面白いのですが、やっぱりというか本国での評価は決して芳しくありません。
邦題のタイトルは「FINAL」になってますが、実は最終章の原作を2部作で映画化すると早くから発表されてるので、本当は最後にもう一作あるのです。 だから、あんな終わり方なのね。

しかし、本作の興行成績がパッとしなかったので、最終作となる4作目をTV映画として製作する動きもあるようで・・・・
これを知ったシャイリーン・ウッドリーは「TV映画に出るために契約したんじゃない」とコメントして、最悪降板の可能性も。
どうなるんでしょうかねえ。
        

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「ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦」

ナチス政権のナンバー3と言われたラインハルト・ハイドリヒ。
ナチス親衛隊大将としてユダヤ人の大虐殺に血道を上げたその残虐性から「金髪の野獣」と恐れられた男ですが、チェコ亡命政府の二人の軍人によって1942年に暗殺されています。
このハイドリヒ暗殺事件に関わった二人の若者の戦いを描くサスペンス映画。
一応チェコの話なんですがキリアン・マーフィーとジェイミー・ドーナンが二人の主人公を演じることもあってか、全編ほぼ英語劇です。
でもチェコのアカデミー賞「チェコ・ライオン」で14部門にノミネート。(受賞はゼロでしたが)

ヨゼフ・ガブチーク(キリアン・マーフィー)とヤン・クビシュ(ジェイミー・ドーナン)。 イギリス政府とチェコ亡命政府の指令を受けパラシュートでプラハに潜入した二人の軍人。
彼らの任務はナチス親衛隊大将ラインハルト・ハイドリヒの暗殺。 コードネーム「エンスラポイド(類人猿)作戦」。
レジスタンス組織の協力を仰ぐのですが、詳しいことを聞かされていなかった幹部のヴァネックは猛反対。
そんな重要人物を殺せば、ヒトラーがどんな手に出るやら。
あとあとのことを考えたらそれはあまりに無謀だと反対するのですが、ヨゼフもヤンも「愛国者なら覚悟が必要」と反論。
しかし、作戦のための下調べを着々と進める中で次第に二人にも葛藤が芽生えていきます。
そして1942年5月27日。
出勤のためにハイドリヒが毎朝車に乗って通る道路の角で待ち伏せしていたヨゼフとヤンが襲撃。
重傷を負ったハイドリヒはその1週間後の6月4日に死亡しますが、もちろんここでメデタシメデタシとなる訳がありません。

その時に限って銃が故障するハラハラの暗殺シーンや、作戦の準備がサスペンスフルに描かれると同時に、暗殺を決行したそのあとの報復に恐れを抱く抵抗組織の人物らの葛藤が整然と描かれています。
しかし、この物語は暗殺のそのあとがメイン。 ともかくナチスの報復が凄まじいこと。
史実でも語られていますが、軍人をかくまったとされる村では男200人がその場で殺され、女子供は収容所行き。
他にも二つの村が壊滅させられるなど、暗殺への報復で殺された人数は1万3千人を超します。 「やり返さなきゃ気が済まん・根性」が強烈です。

やがて教会に潜伏していたヨゼフとヤンら暗殺部隊の同志は親衛隊部隊に包囲されて水責めに遭い、自決の道を辿ることになります。
結局、この暗殺は正解だったのかはなんとも言えないところですが、多くの一般人がトバッチリを食って殺されたことは「これも戦争だから」では割り切れない恐怖と悲哀が込み上げてきます。
        

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「ベイビー・ドライバー」

「ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!」などの鬼才エドガー・ライト監督待望の最新作。
カーチェイス&ミュージックのキレッキレ・フュージョンに思わず夢精がほとばしる痛快アクションです。
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主人公の名は“ベイビー”(アンセル・エルゴート)。
本名ではなく、コードネームのようなもの。
タモリさん風グラサンをかけ、iPodのイヤホンを耳に突っ込んだオコチャマフェイスの青年ベイビーは、子供の頃に遭った交通事故の後遺症からずっと耳鳴りが止まない。
だがiPodで音楽を聞いていればそれを忘れられるだけでなく、運転テクニックも神の領域に達する。
泣く子も道を譲る天才ドライバーとなるベイビーは大物犯罪者のドク(ケヴィン・スペイシー)が計画する強盗の“逃がせ屋”としてしばしば雇われる。
かつてドクに大損をさせたことがあり、その借りを返すために逃走専門の運ちゃんをやってきたが、あと1回で借りもチャラになるところまできていた。
そんな時、ベイビーはダイナーのウェイトレス、デボラ(リリー・ジェームズ)に恋をした。
最後のミッションをやり遂げて自由の身となり、これからいくらでもデボラちゃんと青春の1ページ2ページ3ページとお楽しみの毎日が送れると思いきや、悪党のしつこさはタチが悪かった。
ドクから「おまえは幸運のお守りだ」と縁起物扱いされたベイビーにまた仕事が。 「断ればかわいこちゃんがケガするよ」と脅されたベイビーは八方ふさがり。
どうするベイビーくん!
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車! スバルWRX、三菱ギャラン、シボレー・アバランチなど登場する車は多士済々。
ギャンギャン唸りながらの四輪ドリフトが炸裂しまくるカーアクションは思わず笑ってしまうぐらいサーカス的。
音楽! 主人公は今これを聴いてますというコンセプトであり、全編に渡って元気ハツラツなナンバーがかかりまくります。
他にもベイビーくんは人の会話を勝手に録音して、それをサンプリングしてミックステープを作るという趣味がある。
♪“トロかったか?”♪
おそらく役者が喋るセリフよりも音楽が流れる時間の方が勝っているのではとさえ思うほどのMTVノリのクセが凄いんじゃ。
ストーリーはまったくシンプルなので、なんにも考えずにひたすら楽しめるアクションです。
         

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「ボブという名の猫 幸せのハイタッチ」

ロンドン在住のジェームズ・ボーエンが自身の実体験を綴ったベストセラー「ボブという名のストリート・キャット」が映画化。
一匹の猫との出会いをきっかけに、どん底人生から這い上がった男性の奇跡の実話。
癒されまくること必至の「猫の恩返し」。
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ストリート・ミュージシャンのジェームズ(ルーク・トレッダウェイ)。
ホームレスでほとんど文なしの彼はゴミ箱を漁るほど食べ物にも困っている有り様。
それに加えてヘロイン中毒の更生プログラムを実施中。
だがホームレス仲間に誘われて出来心でヘロインに手を出してぶっ倒れてしまう。
これが本当に最後のチャンスだと更生担当の女性ヴァルから住居を与えてもらっての生活が始まるが、ある日どこから迷い込んだのか茶トラの猫が家にいた。
飼い主も見つかりそうになく、ボブと名付けたその猫との共同生活が始まる。

ケガをしていたボブを診療が無料の動物病院に連れていくものの、薬は有料。
ポケットからなけなしの金をはたいて薬を買うが、その金は街でバッタリ再会した父(アンソニー・ヘッド)から施された金だった。
幼い頃に両親が離婚して以来、そのトラウマを引きずったまま彼はやがて若くしてドラッグに手を出すようになったのだ。
父親にはすでに新しい家族がいる。 クリスマスには帰りたいと言ったが義母からは邪険にされ、父は済まなさそうにお金を渡したのだった。
父から見捨てられた気持ちに苛まれているジェームズにとっては傷ついた迷い猫でさえも自分の姿のように思えて放っておけなかった。

どうせ誰も聴いてくれないだろうが、路上でのギターの弾き語りをしようと、いつものようにコヴェントガーデンへ向かうがボブがどうしてもついてきてしまう。
仕方なくボブをそばにチョコンと座らせて演奏しだしたら、たちまち人だかりができた。
人寄せパンダならぬ人寄せ猫ではあったが、それでも人の笑顔が自分を取り囲む、この幸福感がジェームズに勇気を与えていく。

隣りの部屋に住む女性ベティ(ルタ・ゲドミンタス)は動物アレルギーなのに動物の扱いにも詳しく何かと力になってくれる。
彼女は最愛の兄を薬物の過剰摂取で亡くしている。 今住んでいる部屋が兄が住んでいた部屋で、あえてそこで暮らしながら立ち直れない自分を慰めていたのだ。
今もドラッグ依存症の人間には嫌悪感を抱くというベティに、更生中のジェームズは本当のことを言い出せなかった。

ボブと一緒の路上ライブはSNSでも話題になるほど好評で、一時は嫌がらせの客ともめて誤認逮捕されたり、ボブが2,3日行方不明になったりしたが、ジェームズは確かに変わろうとしていた。
知らぬ間に帰宅していたボブと共に必死の思いで依存症から脱したジェームズ。
そしていつものようにボブをそばに置いてギターを弾くジェームズに出版社の女性から本を出さないかと声がかかる・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ボブがいなけりゃ、ジェームズの人生はマジでヤバかったかも。
自分の食いぶちを潰してでもボブのためにエサを買ったり薬を買う彼に、ボブもまたジェームズを見捨てなかったね。
猫は自立心が強いのだけど、こんなにもジェームズのそばを離れない姿にはこっちも愛おしくなります。
時には肩の上にチョコンと乗るボブの可愛さがたまりませんねえ。

ジェームズは一人ではありません。 ボブがいるだけではなかったですね。
ジェームズがお父さんに会いに行って「見捨てたことを恨んでいないよ」と言うと、お父さんが財布の中にいつも入れていた幼い頃のジェームズの写真を見せて「見捨てたことなんてない」と言い、二人が和解するシーンは泣けましたねえ。
更生のサポートをしてくれたヴァルさんや、隣人のベティ・・・・ 人がどん底から這い上がるその背中を支えてくれる人の心の温もりがジーンときます。

薬物依存やホームレスの問題もストレートに描いた社会性も併せ持った作品です。
それにしても猫がますます好きになりますねえ。
        

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「スターシップ9」

スペイン=コロンビア合作のSF映画。

近未来、大気汚染の進行により、近い将来滅びゆく地球の代わりに棲める星を目指すスペースシップ。
乗っているのはエレナという女性が一人だけ。 彼女はこのシップの中で生まれて育った。
地球をあとにして20年が経過し、両親は残りの酸素を考慮してエレナだけを生かすべく、船を捨てて人生を終える決断をしたらしい・・・というビデオを観たエレナに両親との別れの記憶はない。
ある日、シップの給気系統が故障し、送った救難信号によって近くのスペースシップが駆けつけてドッキングする。
乗り込んできたのはアレックスというエンジニア。
他人を見るのが初めてのエレナと、どこか物憂げに彼女を気遣うアレックスは互いに恋に落ちる。
まもなく故障は直り、アレックスは帰っていく。
エレナの宇宙の旅は続く・・・・・と思いきや。

映画はまだ中盤にも差し掛かっていない所で、ビックリの急展開を迎えます。
いや確かに男の着ていた宇宙服があまりにショボいので変だなとは思ったんですが。
突然のM・ナイト・シャマラン趣向に変調し「ええーっ!」となりますが、こんなに早くネタばらししてもいいの?と戸惑います。
なるほど、この先からのストーリーが肝心なのねと期待して見守っていましたが。
・・・・ありきたりですな。 結局は「極秘実験」モノでしたか。
主人公の男女が安易にベッドインしたところや、クローンのネタを放り込んできた所から安いなあとは思いましたし、ブレ気味のキャラがその後のストーリー展開を軟弱にしています。
構成の組み換え一つで少しは違ったかも。
        

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「エル ELLE」

ポール・ヴァーホーヴェンがまた挑発的な映画を撮りましたねえ。
ちょっとヤバいんでないかい?という病的なオバハンが周囲をブンブン振り回す、悪女世にはばかる物語。
イザベル・ユペールは本作での演技が絶賛され多くの賞を受賞しています。
"ELLE"とはフランス語で「彼女」の意味。

ミシェル(イザベル・ユペール)はパリ郊外の高級住宅に一人で暮らしているゲーム会社の社長。 バツイチ。
その彼女がある日、家に押し入った覆面姿の男に襲われてレイプされる。
とこが・・・ 男が去った後、むっくりと起きあがった彼女は、まず床に落ちて割れた花瓶の破片を淡々と掃除する。
そして風呂に入ってシャワーで体を洗い流す。 訪問してきた息子とディナー。
警察には通報しない。 翌日には普通に会社に出勤。 ゲームデザイナーにダメだしする。
おかしな人である。

ミシェルの父親は大量殺人を犯して終身刑で服役中。
事件当時は幼かったミシェルまでもが事件の関与を疑われ、それ以来警察には不信感しか持っていない。
簡単な防犯グッズを買っただけで自力で犯人探しを始めるミシェル。

会社の共同経営者である親友の夫と肉体関係を持ちながら、若いツバメと仲良くしてる年老いた母親には暴言を浴びせる。
妊娠中の息子の恋人を、どうせ自分のお金が目当てだろうという目で見る。
別れても友だち付き合いしている元夫の車をなに食わぬ顔でバンパーを破壊。 その元夫と親しくしている女性にもさりげなく嫌がらせする。
お向いさんの奥さんは敬虔なキリスト教徒だが、そのダンナさんがちょっぴりセクシーなので色仕掛け。

万事がこんな嫌な女なのである。
肝心のレイプ犯の正体も判明するにはするが、もうそんなのよりはこの変態オバチャンのイケイケドンドンに勝るものなし。
自分のことを棚に上げ、人のやることなすことをディスり、サディスティックな欲求だけにひたすら突っ走るミシェルを渾身の力で演じたイザベル・ユペール64歳。 凄すぎやしないかい?

ただ映画としてこれは何の話? まあこういうキャラクター映画ってのはあるにはありますけど、これぞポール・ヴァーホーヴェン。

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スパイダーマン:ホームカミング
2017年08月30日

T0020954p.jpg メディアの世界に“大人の事情”は付き物とはいえ、『アメイジング・スパイダーマン』は何だったんじゃ?という思いがいまだに強い。

「1」、「2」を通じて確かに興行成績はサム・ライミ版と比べると今ひとつだった。 ここらへんはスタジオの思惑とは違ったのだろう。
ストーリーが弱いことも言われていたけど、そんなことはないとアッシは思うが。

それでも元々4作まで企画され、「3」はマーク・ウェブの監督続投が発表されていたし、アンドリュー・ガーフィールドもやる気パンパンだったのだ。
殊のほか契約社会であるアメリカならば、決めたことは最後までやりそうなもんだが、そこはやっぱりハリウッドである。

何と言ってもスパイダーマンの映画化権を単独で持っていたソニー・ピクチャーズがマーベル・スタジオと提携することになったことが大きい。
これにより、マーベルが展開していた「マーベル・シネマティック・ユニバース」の世界観を共有してスパイダーマンを描くことが可能になった訳だから、「アメイジング」でサム・ライミ版を超えるほどのストーリー展開に限界を感じたソニーがこれに飛びつくのは当然。

ソニーの映画であることはそのままで、スパイダーマンアイアンマンキャプテン・アメリカを登場させることも可能になった。 こんなウマい話はない。
かくして、近年よく見かける「内容は予告なく中止・変更されることがございますのでご了承ください」の断り書きをそのまんま実行するがごとく、「アメイジング」のシリーズ続行は白紙になるという、ハリウッドの“大人の事情”がシビアに発動されたのだ。
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そして昨年の「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」でさっそくゲストで登場。
これを下敷きにし、ピーター・パーカーが能力を身につけた経緯やベンおじさんの描写などを完全に端折った構成で始まる、新たなスパイダーマン・シリーズの第1弾。
ピーター・パーカー役には「白鯨との闘い」のイギリス俳優トム・ホランドが抜擢された。
正直、第一印象としては「線が細くないか?」と感じたが、まあ慣れてはくるだろう。
だが彼は意外なことに脱いだらスゴいマッスル・ボーイ。 運動神経バツグン芸人でもある。

そんな新生スパイダーマンだが、基本はピーターがヒーローとしての自覚に目覚めていくオリジン・ストーリーに忠実。
サブタイトルの「ホームカミング」とはアメリカの高校や大学で年一回、卒業生も招かれて行われるパーティーで同窓会のようなもの。
直訳すれば「帰郷」だが、これはスパイダーマンがマーベル・シネマティック・ユニバースに帰ってきたことと、ピーター・パーカーがヒーローとして生きていく場所に辿り着く物語であることを示唆している。

Tom-Holland-Spider-Man-Homecoming.jpg
「ふ~ん、そうなんだってさ、ピーター。 ねえ聞いてる?」
「えっ、聞いてる聞いてる。 ブルゾンちえみがマラソン走ってんだろ?」
「ちげえよ。 全然聞いてねえじゃんよ。 おまえの映画のこと言ってんだぞ」
「ご好評をいただいているようで、感謝申し上げます」
「ところでさあ、スパイダーマンって、手首からクモの糸出せるんじゃなかったっけ? なんか今度は違うよね?」
「あれはサム・ライミ版だけの設定さ。 “アメイジング”もそうだったけど原作通りにスパイダー・ウェブは複数の薬品を混ぜて作る自家製の液体接着剤なのさ」
「俺もあんなカッコいい武器を出してえなあ」
「出せるよ。 チンチンこすってごらんよ。 白いのがピュッと出るから」
「やめろよ、そんなシモネタ言うのはよぉ」
「そういうこと言いたくなる時もあるってこと」
「ああそうか、リズとの恋は叶わなかったからな。 でもミシェルがいるじゃん。 おまえ、ほんとモテモテだなあ」
「彼女、自分で“MJって呼ばれてる”って言ってたよな。」
「そうそう。 俺もあれはちょっと引っかかった。 MJってメリー・ジェーンだよな、前までは。 今度からミシェル・ジョーンズをMJの設定にするってこと?」
「あれはオマージュみたいな遊び心じゃないのかな。 僕にも分かんねえよ」
「ミシェルもリズもアフリカ系、それに俺はアジア系で、今回のキャスティングは人種の多様性が見られたよね。 これって凄いことじゃね?」
「そうだね。 コミックではね、戦死したピーター・パーカーの遺志を継いだ黒人少年マイルズ・モラレスがスパイダーマンになるパラレルワールドがあるんだけど、映画ではそのマイルズ少年のおじさんであるアーロン・デイヴィスというキャラクターを中盤でチラッと登場させているね」
「今なにかともめている白人至上主義への物言いなのかなあ?」
「偶然だけどちょっとタイムリーではあるね。 いずれにしても“親愛なる隣人”であるスパイダーマンは人種を分け隔てることはしない。 この作品はアンチ・レイシズムを宣言してると言ってもいいね」


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「お帰りパーター・ピーカー、学校は楽しかったかな?」
「ピーター・パーカーですけど」
「どっちでもいいだろ」
「いいこたないですけど」
「その後はどうだ? ニューヨークの犯罪撲滅に精を出しているか? エロ動画見ながらパンツに漏らす精のことを言ってるんじゃないぞ」
「エグいシモネタは勘弁して下さいよ」
「まあくれぐれも無理はするなよ。 ヒーローの心構えはあくまでも人を守ること。 敵を倒す目的は二の次だ。 無関係な人々を巻き込むことほどクズなことはないぞ」
「分かってますって」
「いいかよく聞け、ピーカー・パーター」
「ピーター・パーカーですけど」
「どっちでもいいだろ」
「困りますって」
「私もアベンジャーズで嫌というほど、ヒーローに求められる覚悟についてずいぶん葛藤した経験があるからな。 だからこれだけ口を酸っぱくして言ってるのだ。 そこんとこを分かってくれよ」
「承知してます。 僕もヴァルチャーとの戦いでいい勉強になりました。 やっぱりスタークさんは最高の師匠です。 いや、むしろ父親だと思っています」
「おいおいおいおい。 私とメイおばさんとの間には何もないぞ。 なんだったらDNA鑑定してもいいぞ」
「なんにも言ってないじゃないっすか」
「冗談だよ、ピーパー・ターカー」
「ピーター・パーカーですけど」
「ややこしいな、君の名前は」
「初めて言われましたよ」
「それはそうと、アイアン・スパイダーのスーツは本当に君は要らないんだな?」
「はい、もちろん要りません」
「あれ作るのに100億ぐらいかかってんだけどなあ。 もったいないなあ」

「そう言われても。 うちにも置いておく場所がないし」
「ヤフオク出したらスゲー値がつくだろうな」
「マジッすか?」
「売ったらタダじゃおかんぞ」
「なんなんすか」


captain-america-spider-man-homecoming-987046.jpg 
「オイッス! キャプテン・アメリカだ。 今日も私と楽しく勉強しよう」
「キャプテンさんが出てる教材ビデオだな」
「やあピーター、元気そうだな」
「あれっ? 僕に話しかけてんの? どうなってんだ、このビデオ」
「深く考えるな、ピーター。 細かいことを気にしたらアメコミ映画の主役は務まらないぞ」
「キャプテンさんが言っちゃいけないと思うけどなあ」
「さっそく第1問」
「クイズ形式なの?」
「『スパイダーマン:ホームカミング』に登場したアイアンマンのパワードスーツのマークナンバーは?」
A[45] B[46] C[47] D[48]
「えーっと・・・」
「続いて第2問」
「えっ、まださっきの問題を・・・」
「ぐずぐずするな、第2問だ。 エンドクレジットの中盤のシーンでトゥームスが刑務所で再会したマック・ガーガンはのちに何というヴィランになるか?」
A[ハイドロマン] B[ミステリオ] C[ビートル] D[スコーピオン]
「これは知ってますよ。 確か・・・」
「第3問だ」 「はえ~よ」
「ダメージコントロール局のアン・マリー・ホーグ長官を演じたタイン・デイリー、現在71歳。 彼女が若き頃にクリント・イーストウッドと共演した映画はなにか?」
A[恐怖のメロディ] B[サンダーボルト] C[ダーティハリー3] D[アウトロー]
「どうせ考える間もなく4問目にいくんだろうな」
「第4問」 「ほらね」
「ピーター・パーカーの部屋にはニューヨーク・メッツのある選手が野球殿堂入りした際の記念ぺナントが飾られているが、それはなんという選手か?」
A[マイク・ピアッツァ] B[ドワイト・グッデン] C[ダリル・ストロベリー] D[ジョン・フランコ]
「これは僕の部屋だから簡単。 メッツ最高」
「お勉強は以上だ。 ピーター、これからもヒーロー道に精進するように」

「了解です」
「トニー・スタークみたいなエロ親父の言うことなど適当に聞き流せばいいぞ」
「またそんな・・・」
「若いからってマスをかき過ぎるなよ。 では、さらばだ」
「あれっ? 問題の答えは?」
「ネット見ろ」 「ワタベじゃあるまいし」

「1=C 2=D 3=C 4=Aだ。 では、ごきげんよう」

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突然、能力を身につけてスパイダーマンをやるようになってから、そんなに日が経ってないけど今回は色々と勉強になったよ。
憧れのアベンジャーズの仲間になるのが夢だったんだ。
平和のために戦うヒーローはそんなに甘いもんじゃないってことは重々承知してたけどね。
心の底では自分のことを過信してたんだね。 そのことがよく分かったよ。

普通の人にはない特別な力を持つということは神に近づくということじゃない。
むしろ悪魔に近づくと肝に銘じた方がいいね。
どんなヒーローも、自分が力を授かったことの意味を探ろうと葛藤して、責任の重さを痛感するんだ。
他人の行為に対して、自分の独断で善悪を判断していいのか?
力を行使する時、一時の感情や私情が入り込んでいないか?
敵対者に対して、「命を奪う」ことだけが解決策か?

普通の人と違う存在になると、迷いつつも結局は自分の行動や考えは間違っていないと自らをごまかしてしまうのさ。
元々心が弱かったんじゃない。 特別な力を持ってしまったがゆえに心が荒んでしまうんだ。
破壊したり、奪ったり、一度一線を越えたらやり直しは効かない。 
失敗は許されないのに、「なんとかなるだろう」とか、「仕方がなかった」で済まして、自分以外の一般人を軽い存在に位置付けてしまう。
そこが力を持った者の恐ろしいところさ。

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トゥームスが武器取引をするところを阻止しようとして、スタークさんにも報告せず独断で現場へ向かった僕は、スーツの機能を制限する「補助輪モード」を解除してフルパワーで戦おうとした。
でも、その結果、フェリーが真っ二つに引き裂かれて多くの人を危険にさらしてしまった。

僕がやらかしたことはただの戦争なんだ。
「どこそこの国が大量破壊兵器を作ってるぞ、武装勢力がテロを企んでるぞ」
「そいつはけしからん。 空爆をしてやれ」
「学校や病院にミサイルを落としてしまっても気にするな。 テロ国家を倒したら国際社会は文句を言わんだろう」

大いなる力を持った者の過信は戦争さえ正当化する。

フェリーには多くの人が乗っていたのを分かっていながらヴァルチャーに戦いを挑んでも、あんなことにならないと思っていたんだ。
つまりは過信以外何物でもないということさ。
しかも自分の勝手な行動の本当の理由は、スタークさんに自分の実力を認められたい、アベンジャーズに入りたいという私欲のため。
そりゃスタークさんは怒るよね。

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自分にはヒーローの資格などないと、スタークさんにスーツを没収されちゃったけど、まさかの展開が僕に大きなことを教えてくれたね。
スパイダーマンを離れて、少しぐらいは高校生らしく青春をエンジョイしようかと思ったら・・・
世間とは本当に狭いものだよ。
試練に立たされた僕は自分というものを見つめた。
スパイダーマンでない自分は身近な人ひとりさえも救うことができないのか。
我のためでなく、誰かのために体を張る行動こそが英雄。
その人の笑顔のために。 その人が笑顔でいられる世界のために。

目のところがミニオンみたいになってるホームメイドスーツでも、できることは大差ないけど、これは今一度初心に戻るということで言えば大きな意味があったね。
僕には分かった。
スパイダーマンは“親愛なる隣人”。 僕には世界は広すぎる。
自分がヒーローとして生きていく場所に僕は“帰郷”するんだ。
困っている身近な人に手を貸す友人のような存在でいいと思う。
今日も一人を救い、明日も一人を救い・・・ そこから世界は少しづつ変わっていくのさ。
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「賢人のお言葉」
 
「世界には、きみ以外には誰も歩むことのできない唯一の道がある。 その道はどこに行き着くのか、と問うてはならない。 ひたすら進め」
 フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ

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ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ
2017年08月26日

T0021995p.jpg最近めっきりマクドナルドには行かなくなった。
歳をくったせいなのか、アソコの食い物はやたらに塩辛いのである。
昔はもっと食いやすかったような気がするんだけどなあ。

アッシの人生初のマクドナルドは中学生の頃に大阪なんばの千日前にできた店に二人の従弟と行った時。
初めてのマクドナルドというより、初のハンバーガーだった。
日本初のハンバーガーショップは「ドムドム」の方が先だが、当時テレビCMなどの宣伝露出でいえば圧倒的にマクドナルドの方が上で、どこにできたとかの噂にも上らない「ドムドム」を飛び越えて、マクドナルドに足が向くのは必然のこと。

当時のハンバーガーの値段は80円。 現在の値段からすると案外高かったように思うが、当時はアンパンだってそれぐらいだったのだ。
いやそれよりも。 ハンバーガーという“黒船”の美味に屈した瞬間は今も脳裏にかすかにある。
うまし!
アメリカ人はこんな美味いもんを食ってるのかという驚きと同時に、注文するとそんなに待たずに出てくるのも衝撃だった。

ではここで問題。
【マクドナルドの創業者は誰か?】
そりゃあ、『マクドナルド』だから"マクドナルドさん"とかいう人じゃないの?と思うだろうが、それは正解でもあり、まちがいでもある。

1276634814_by_BartiMU_600.jpg 
1948年にカリフォルニア州のサンバーナディーノで兄のマック・マクドナルドと弟のディック・マクドナルドの兄弟が始めたハンバーガーのドライブインストアが原点であるのだが、彼らには当初自分たちの店を現在のような巨大チェーン店にしようなどとは全く思っていなかった。
ささやかな店でも地元の人に喜んでもらえるだけで十分だった。

ハンバーガー店の前は、小さな映画館やBBQレストラン、ホットドッグ屋などをやって、ことごとく失敗していた兄弟にとっては、ようやくつかんだ成功だったので大きな勝負に打って出るつもりはなかったのである。

つまり、マクドナルド兄弟が何もかもを仕切ったままなら、世界各地に『マクドナルド』の店が立ち並ぶような世の中にはなっていなかったと言える。
『マクドナルド』が世界最大のファーストフードチェーンにのし上がり、10億ドル規模の大企業に育っていった過程の中にマクドナルド兄弟は一切関わっていない。
ハンバーガー帝国誕生の立役者は全く別の人物なのである。

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レイ・クロック (1902~1984)
ある意味では彼こそが『マクドナルド』の創業者とも言える。

しがないセールスマンだったレイ・クロックは、1954年にカリフォルニアでマクドナルド兄弟が営むドライブイン・レストランに足を運び、合理的に簡素化された革新的なシステムに衝撃を受ける。
メニューはハンバーガー、ドリンク、ポテトの3種類だけながら、注文してから提供されるまでの尋常じゃない速さがレイを驚かせた。

これは全国的に展開すれば素晴らしいビジネスになると踏んだレイマクドナルド兄弟からフランチャイズ権を獲得。
だが次第に利益優先主義に走りだすレイマクドナルド兄弟との対立が表面化。
最終的にはレイは兄弟からすべての商権を買い取り、『マクドナルド』を「俺の物」にしてしまうのだ。
もちろん、その後は誰もが御存じの大成功。

しかしそれまでのあいだ、陰で繰り広げられていた知られざる仁義なき戦い。
「しあわせの隠れ場所」、「ウォルト・ディズニーの約束」のジョン・リー・ハンコック監督がマクドナルド誕生に隠された秘話のダークサイドを浮き彫りにした業界闇歴史ドラマ。
完全復活したマイケル・キートンがレイ・クロックを憎々しく怪演。



ある日、514dcbb9a4d5d foカーネルは、2037 foウェンディーの買い物に付き合わされていた。

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あ~、そういや腹減ったのぉ。
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どこか入る? フライドチキンの店ないかなあ。
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おまえね、わしが鶏肉きらいなのを知ってて言うとるの?
 
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そうだっけ? じゃあマックにしようか?
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「マック」やないで。 「マクド」やで。
 
2037 fo 35
ちがいます。 「マック」です。 パパってもしかして関西人?
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そうや。知らんかったんけ。 ええか、あらためて言うで。 マクドナルドは「マクド」やからな。
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いやいやいや。 なんで「ド」のところで切るの? 「マック」の方がおしゃれじゃん。 第一さ、「朝マック」の時はなんて言うのよ。
 
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じゃかましい。 朝っぱらからマクドなんか行くかい。 ほなナニかい? アップル社のパソコンはなんて言うんじゃい。
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「マック」よ。
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マクドナルドは?
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「マック」よ。
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一緒やないかーい!
 
2037 fo 35
うるっさいわねえ。 これだから関西人は嫌なのよ。 言っときますけどね、阪神タイガースは大阪のチームじゃないですからね。 兵庫県西宮市のチームですからね。
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なんや、その急な話のすり替えは? それを言うんやったらな、東京ディズニーランドは東京とちゃうからな。 千葉に足向けて寝るなよ。
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うっせえ、バカ親父。

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しばくぞ、アホ娘。 ってなことを言うとるまにマクドに着いたぞ。
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いらっしゃいませ。 店内でお召し上がりですか? ・・・あっ!阪神最強の助っ人外国人!
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ランディ・バースじゃねーよ! (道頓堀からよく見つかったなあ)
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新作アニメ、楽しみにしております。
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宮崎駿じゃねーよ!
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「あきらめたら、そこで試合終了ですよ」は名言ですね。
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安西先生じゃねーよ!

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いつまでやってんのよ!
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お客様、ただいまでしたらお得なスペシャルメニューがございますが。
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おっ、ええやんええやん。 で?何がスペシャルなん?
ronald_mcdonald 60 35
私どもマクドナルドの創業者のエピソードMOVIEが鑑賞できる大人向けハッピーセットでございます。
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えっ?映画観るの?今ここで? いいわよ別に、そんなの。 普通のメニューにするわ。
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こらこら、わしがかまへんって言うとんねん。 にーちゃん、それ頼むわ。 ビッグマックとポテトとコーラZEROで。
ronald_mcdonald 60 35
ありがとうございます。 それでは映画の始まり始まり~。


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やあどうも、レイ・クロックだ。
もちろん私はもう生きてはいないが、これが1954年当時の私だ。
この映画を観て、少しは人生の足しにしていただきたい。
いい話だぞ~。

こんな格好で失礼。
ちっちゃいR2-D2みたいな物を抱えているが、これはミキサーなのだ。
なんと、一度に5つのミルクシェイクが造れる業務用のマルチミキサーであり、私はこれを売り歩いているセールスマンである。
いやこれがもうバカ売れでって言いたいところだが、世の中は見る目のないアホばっかりだ。 あっ、こりゃ失礼。

「供給量を増やせば需要がついてくる。 ニワトリと卵の原理ですよ」
これが私のセールスフレーズ。 そこでお客に聞く。 「どうします?」
どうもされずに鼻で笑われて追い返されるがね。

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生活はなんとかカツカツでやってる。
ミキサーがドカンと当たればいいのだが。
女房のエセルは何も言わずについてきてくれる。
できた女房だ。 私にはもったいないくらいだ。
彼女に楽をさせてやるためにも、これからもっとがんばらないと。

私は『ポジティブの力』というレコードをよく聴く。 歌じゃないんだ。
過去の偉人の言葉を集めた自己啓発レコードなのだ。
この中には色んな人の言葉があるが、私のお気に入りは第30代大統領カルビン・クーリッジの演説だね。
『世の中根気に勝るものはない。 才能がありながら成功していない人間はそこらへんにゴロゴロいるし、天才が報われないという話もよく聞く。 根気と信念が全能の力を持つのだ』
ああ、思わずイッてしまいそうになるほど素晴らしい言葉だ。
その他にもジェームズ・アレンの『人は考えた通りの自分になる』もいいね。

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シカゴ界隈で仕事をしている私はある日、出先から会社に連絡を入れると、なんとカリフォルニアにあるドライブイン・レストランがミキサーを6台発注したと聞かされた。
一店舗で1台売れるのなら分かるが、6台も必要とするレストランなんてある訳がない。
何かの間違いだろう、でなきゃタチの悪い詐欺だと思いながら、そのレストランに確認の電話を入れてみた。
すると先方は、6台注文したけど、もう2台追加で8台頼むと言う。
さようですか、ではさっそく手配いたします、毎度ありぃ~・・・・・いやいやいやいや、売れるのありがたいが、そんなに大量にシェイクが売れるレストランってどんな店なんだ?

私はどうしても気になり、シカゴからカリフォルニアまでの2千マイルを車でブッ飛ばした。
サンバーナディーノという田舎町のルート66沿いにその店はあった。
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『McDONALD'S HAMBURGERS』と看板にある。
ハンバーガー屋とは驚いた。 それもけっこう繁盛している。
行列の割には回転が速い。
メニューがハンバーガーとフライドポテトとドリンクの3種だけだからそんなものか。 いやそれにしても速い。
ああ、そうか。 注文だけして、またあとで取りに行くというやり方か?
さっそく私も列に並んで、注文することにした。
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信じられないかもしれないが、当時はハンバーガー屋でも、注文してから料理が目の前に来るのに30分ぐらいかかるのが普通だった。
誰もそれを遅いとは思わない。 そんな時代だったのだ。
だから私はビックリした。
ハンバーガーとミルクシェイクを注文したら店員が30秒で持ってきた。 「お待たせしました」と言われたのでからかってるのかと思ったが、どうやらマジである。
速すぎるにもほどがある。

しかもハンバーガー自体がちっちゃいのだ。 紙で包まれているそれは片手でつかんだまま食べれる。
皿やフォークが無いのも当然。
このまま車に戻って食うのもよし、そのあたりのベンチに座って食うのもよし。
食べ終わればゴミ箱にポイって訳か。
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いやはやこのシンプルさはどうだ。 目からウロコ、鼻からナマコ、口からタケノコが出そうなほどの衝撃だった。
これだけ簡素化されていれば、質が落ちても当然なところだがそうではなかった。
こんなマイウーなハンバーガーなんて今まで食ったことなどない。 う~ん素晴らしい。

接客した店員の態度も好感が持てた。 教育が行きとどいているようだ。
それにしても、こんな店は私の知る限りではどこにもない。
ここだけなのか? なぜ経営者はチェーン展開しないのだ。

一昔前なら車なんて誰もが買って乗れる時代ではなかった。
今じゃ若者でも車を乗り回す時代だ。
車社会の今なら、こういう店にこそニーズがある。
どこを走ってても気軽に立ち寄れて、注文すればサッと食べれる。
家族連れにも絶対ウケるはずなのだ。
そして、この店の名前は・・・・・
どうやら勝負の時だ。

経営者は二人の兄弟だった。
マック・マクドナルドと弟のディック・マクドナルドだ。
ともかく二人に挨拶して、厨房を見学させてもらった。

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もちろん厨房には昔カタギのガンコじじい一人がくわえタバコで作業などしてはいない。
ざっと見たところ12、3人だろうか。 若者たちが黙々と自分の作業をし、実にスピーディーで芸術的とさえ思えるほどの流れ作業が行われていた。
フライドポテトを揚げる時の温度や時間までも徹底的に管理されている。
パンズもパサついていない、パティの焼き方も温度と時間にこだわっていた。
そりゃ美味いものができるはずだ。

私はあらためて思った。
客は空腹を感じたから食い物屋にやってくる訳であって、注文してから、いかに速くメニューを提供できるかが売りになる。
何種類もの数多くのメニューにこだわるのならそれは不可能。
品数を限らせ、多人数で役割を細分化させて連携すれば、品質を落とさずに短時間でメニューを生産できる。
御大層な料理はいらない。
車でフラッと立ち寄って、注文すればサッと食べられる。
この「Fast」こそが客にとっての「First」なのだ。

この商売はもっと全国的に展開するべきだ。 絶対損はない。

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マクドナルド兄弟にフランチャイズの話を持ちかけたが、どうもあまり乗り気ではない。
タマゴヘッドの兄貴、マックはまだ話だけでも聞こうという気はあるが、四角い顔の弟のディックは終始口をへの字にして明らかな拒絶反応を示している。
どちらかというと、兄よりも弟の方が主導権を持っているようだ。

彼らもこれまで色んな商売に手を出しては苦労してきたらしい。
実際、今の店も彼らは独力でフランチャイズ化を試したらしいのだが、品質管理の点でうまくいかずに断念したという経緯がある。
「平凡な50店より、ここをベストにする方がいい」
パチパチパチパチ・・・・と拍手をしてやりたいお言葉だが、そういうローカル根性だから今まで失敗ばっかりしてきたんだろ?と言ってやりたい気分だった。
無題
私に任せてくれさえすれば最高の結果を約束しようじゃないか。
こんな素晴らしい店がカリフォルニアの片田舎に埋もれたままで終わるなんて、それこそ合衆国にとっての大きな損失だ。
そうさ、これはアメリカのためなんだよ。
どこの町にも教会はある。
日曜には家族揃って礼拝に通う。
そんな「日曜には家族で」という場所をもうひとつ作りたいのだ。
そう。 『マクドナルド』はアメリカの新しい教会になるのだ。

「アメリカのためにフランチャイズ化を!」
私の説得に兄弟もやっと折れた。
メニューは絶対に変えないこと。 店の内装もシステムも同じにすること。
まあ、色々と条件を出されたが、そりゃそうだろう。 私だってこの優れたアイデアの賜物のような店の何かをアレンジしようとは思わない。

兄弟と契約を交わした私はさっそくフランチャイズを推し進めた。
しかし、地元の資産家に加盟させたら、ロクでもないヤツに店を任しやがる。
勝手にメニューを増やすわ、店の前の掃除はしねえわと、想像以上に荒れた。
そこで現場の経験が豊富な自営業者や、中流階層の脱サラ組をリクルートしてフランチャイズ店のオーナーに据えた。

もうそこからはトントン拍子。
中東部を中心に店をどんどんオープンさせていき、フランチャイズは完全に波に乗った。
私の地元イリノイ州にはデスプレーンズに店を作った。
“私の”マクドナルド1号店さ。 言い方が変か? 変じゃないだろ?
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ビジネスであちこちを飛び回る中で人と会うと、めんどくさいので「私が創業者です」と名乗っている。
その中の一人であるロリー・スミスというレストラン経営者に会った時、彼の奥さんに一目ぼれしてしまった。
奥さんのジョアンは夫の店でピアノの弾き語りをしていたが、私も子供の頃から母親に習ったピアノの腕を振るってジョアンと急接近した。
大人の関係になるのにそんなに時間はかからなかった。

さてフランチャイズが大成功して、私のフトコロはウッハウハだと思うだろ?
実は私の手元にはほとんどと言っていほどロイヤリティは入ってこない。
なんともバカバカしい話だ。 開店のための資金をあれほど苦労しながら工面しているというのにだ。

しばらくも経たないうちに家計は火の車になった。
以前に銀行から借金した時、女房に内緒で家を担保にしているのだが、ヘタをすると家を出なければならないかもしれない。
そうなったらツノのはえた女房の顔が目に浮かぶ。
儲かってるのはマクドナルド兄弟だけだ。
私は「創業者」だというのに、なんでこんな苦労をしなきゃならない?
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とにかく、あの田舎兄弟との約束事がネックだった。
石橋を叩くどころか、その橋さえハナから渡る気はないのだ。
アレはするな、コレはするなとうるさいったらありゃあしない。
コカコーラとタイアップして、店先にちょいとロゴマークを出すぐらい、何が気に入らない?
私は「創業者」だぞ。 えっ、ちがう?
それではこの際ハッキリさせておこうか。

あの兄弟は西海岸の田舎で店を創業した。
だがそれ以上の未来を見ようという気はない。
成功を放棄する者など、真の創造主とは言えない。
私は勇気を持って創りだして見せよう。未来というものを。

コカコーラの発明者と創業者は違う。
それと同じようなものだ。
私はアメリカに『マクドナルド』という歴史を築く。
あの兄弟は自分たちだけの夢を満たしただけだ。
私は世界の誰もが知っている『マクドナルド』の「創業者」としてここに宣言しよう。
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一番の問題はシェイク用の大量のアイスクリームを保存する冷凍庫の電気代がバカにならないことだ。
このコストが予想以上にかさみ、店のオーナーも苦しんでいる。
私の悩みを聞いたジョアンが素晴らしい提案を持ってきてくれた。

粉末シェイク。
これなら冷凍庫などお呼びではない。 
マクドナルド兄弟も喜んでくれるだろう。 涙を流して感謝してくれるかと思ったら、泡を吹いて怒りやがった。
品質が低下? ハンバーガーを食いに来る客にミルクシェイクの品質差なんか分かるもんか。
こっちは電気代でキュウキュウしてるんだ。
コストカットは経営者が考えなきゃならん重要な問題だぞ。 おまえらも経営者ならなぜ考えない?
田舎者め。 利益を産まなきゃ経営じゃなかろうが。

知ったこっちゃない。 うちは勝手にやるさ。
確かにコストは削減できたが、借金はなかなか減らずに遂に家が差し押さえ。
その時の女房の顔と来たら・・・

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銀行まで頭を下げに行ったが、どうにもならん。
だが私の話をそばで聞いてたらしい男が銀行の外で名刺を渡してきた。
ハリー・ソナボーンというその男は金融コンサルタントだという。

『マクドナルド』の“創業者”である私を知っていて力を貸してくれるらしい。
うちの帳簿や契約書に目を通したハリーは「不動産を所有して支配力を強めるべきだ」とアドバイスしてくれた。
なるほど。 今までの私はまだまだ遠慮していたのだろう。
こうなったらマクドナルド兄弟を追い出してやる。

私はさっそく不動産会社を設立した。
投資家から資金を募り、土地を購入。
これをフランチャイズ契約者にリースするのだ。
これで安定した利益が残せる。

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ハリーのおかげで状況は一変、事業は右肩上がりで万々歳。
もう怖いものなどない。
私は妻のエセルに離婚を切りだした。
私にはもうすでに違う女性がいることも薄々知っていただろうし、関係はとうの昔に破綻していた。
今まで色々と苦労をかけたが、やるものはやる。
慰謝料と家だけだがな。

さてと・・・
あとはあの田舎っぺ兄弟だけだ。
粉末シェイクが加盟店で使用されてることを知った兄弟は案の定ガチャガチャ言ってきたが相手などしてられるか。(注:インスタミックス(粉末シェイクはその後まもなく廃止されている)
私の商売の邪魔をするなら逆に訴えて肥えだめに沈めてやるぞ。
私は自分で自分の会社を作った上で自分の仕事をしてるだけだ。

もういい。 うんざりだ。
あんたらとはオシマイ。 契約破棄だ。 どうだ嬉しいだろ? 「契約は心と同じ。壊れるものだ」
商売から手を引く? 誰が? 私が買った土地の上にある店だぞ。
『マクドナルド』は私の店だ。
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兄弟の兄貴の方は昔から糖尿病を患っていたが、どうも倒れたらしい。
気苦労続きで身がもたなかったようだ。
いい潮時だってことさ。
入院先に見舞いに行った。 私だって心配する気持ちは少しはあるんでね。
御見舞い品は、白紙の小切手。
好きな数字を書くがいいさ。
私に全部売れ。 『マクドナルド』のすべてを。
そんでもって、あんたらはそのまま田舎に引っ込んで、ちっちゃな屋台でも引っ張ってろ。

それとも裁判で争うか? 私という人間がよく分かっただろ?
裁判なんかやったって勝ち目はないってことも分かったはずだ。

270万ドル。 そんなもんでいいのか。 どこまでも慎ましいな。
1%のロイヤリティ? そんな約束は書面には残せない。 フランチャイズのオーナーが納得する訳がないし。
まあ、口約束だけならいくらでもしといてやるが。

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裁判所のトイレでディックと鉢合わせ。
ディックが私に聞いてくる。
同じやり方で自分の店を持てばよかったじゃないか、なぜなんだ?と。

不思議に思うのも無理はない。 では教えてやろう。
私が欲しかったのは『マクドナルド』という名前のブランドだ。
私の家系はチェコの移民でね。
クロックという、こんな時計屋みたいな名前の店など人が来ると思うかね?
『マクドナルド』というスペシャルな響きに気がつかないか?
“まぁくぅどなぁるど”という音の感じがいかにもアメリカっぽくて輝いている。 美しい響きなんだ。
名前というのは特にこの国でのビジネスには重要なのだよ。
実は私が初めてこの店に来た時、車の中から見た『McDonald』の看板を見て、この名前が欲しい、もらうと決めていたんだ。

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いかがだったかな、私の立身出世のビジネス・ムービー。
今度また『マクドナルド』に来店した時には色々と考えるだろう。
それとも起業でもしたくなったかな?
では私から一言申し上げておこう。

人は夢を持ってもなかなか挑戦しない。
チャレンジしない限り、決して成功はないのだ。
野心こそ人生の醍醐味。
なのに、チャンスをつかむのを恐れる人が多い。
実に残念なことだ。
あの田舎者の兄弟みたいな小心者には帝国は築けない。
未来を拓くのは君自身なのだ。
あきらめず頑張り通せば、夢は必ず叶うぞ。

それから、これはあの兄弟にも言ってやったことだが、この世界は食うか食われるかだ。 そんなことは当たり前だがな。
私はね、ライバルが溺れてたらホースを口に突っ込んでやる。そういう人間さ。
「君らにそれができるか?」って聞かれた兄弟の「こいつには負けた・・・」っていう顔は見ものだったぞ。

これからも『マクドナルド』に御ひいきのほどを。
俺の店『マクドナルド』バンザーイ!
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なにこれ? ケッタクソ悪い映画ね。
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まあ、成功をつかむ起業家がみんな同じことやっとる訳やないけどな。 基本の考え方はある意味立派やがな。
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確かに、夢を叶えるにはシビアに現実を見なきゃいけないってことも分かるけど・・・
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それにしても、単なる乗っ取りとは違う、いつのまにか立場がひっくり返ってしまう寝技には恐れ入るしかないな。
2037 fo 35
商売になるなら、人の名字まで乗っ取っちゃうんだもんね。 エグいよ、このオッサン。
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友人の女房まで寝取るんじゃからな。 欲しいものは盗んででも自分のものにする。 欲しがり屋がハンパない根気を持てばあっという間にひとつの帝国が誕生するっちゅう訳じゃ。
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自分の店の看板が外されるところを見ている兄弟の顔が切なかったわあ。

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まあ、面白いっちゃあ面白い映画やったけどな。 マイケル・キートンが凄い。
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目が笑っていないセールストークをするブキミさ全開のクセキャラはキートンにしかできないよね。 あとはマクドナルド兄弟を演じたジョン・キャロル・リンチとニック・オファーマンが味のある仕事ぶり。
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あ~食った食った。 そろそろ帰るべ。 にーちゃん、ごっそうさん。
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ありがとうございました。 またお越しくだ・・・あっ!「スター・ウォーズ」の監督! 
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ジョージ・ルーカスじゃねーよ!

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また始めやがったよ。
ronald_mcdonald 60 35
さいなら、さいなら、さいなら。
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淀川長治じゃねーよ!
ronald_mcdonald 60 35
古代、ヤマトに乗れ。
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沖田艦長じゃねーよ!
ronald_mcdonald 60 35
えーっと・・・ダメだ、出ない。 もう少し時間をください。

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仕事しろよ。
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逆に言えばハリセンボン春菜のネタをブッ込めばどうかな。 マイケル・ムーア監督とか、カンニング竹山とか。
ronald_mcdonald 60 35
なるほど。 一理ありますね。
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ねーよ。

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「賢人のお言葉」
 
「未熟でいるうちは成長できる。 成長した途端、腐敗が始まる」
 レイ・クロック

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他にもこれ観ました  ~8月編(上)
2017年08月19日

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「カーズ/クロスロード」

シリーズ第3弾。
天才レーサー、ライトニング・マックィーンが世代交代の波の中で、いかなる決断を下すのか。
人生の岐路というシビアなテーマで語られる本作は驚くほどの傑作になっています。

マックィーンの車種は10年ほど古いタイプ。
しかし今や、エンジンの性能は段違い、ボディも軽く、至る所にハイテク技術を応用した車が続々出てきてはレース界を席巻。
マックィーンの世代の仲間たちはみんな引退。
一時代を築いたマックィーンがなんとか奮闘していましたが、次世代のハイテクカー、ジャクソン・ストームにはどうしても勝てず、シーズン最後のレースで無理をしたマックィーンは大クラッシュを起こしてしまいます。
その後、新たなスポンサーがつき、再起をかけて最新テクノロジーを備えた施設でトレーニングをするのですが思うような成果が出ず。
それでもあきらめきれないマックィーンは担当トレーナーのクルーズ・ラミレスと猛特訓するのですが・・・。

「辞め時は若者が教えてくれる」
特にアスリートの世界では、第一線で頑張ってきた者がその限界を知るのは若い力を知るからこそ。
誰もが通る道であるとはいえ、この切なくも無情な選択を迫られた時、いかにして折り合いを付けるかというのは重いテーマです。
ピクサーは「トイ・ストーリー」で3作目にして一つの“終わり”を描きましたが、この「カーズ」も3作目にして、それまでの主役に対して、いい意味での引導を渡すのです。 「もういいんだよ」という風に。

この映画のチラシの絵には2台の車が後ろから描かれていました。 前方にはレース場へ行く方向と、マックィーンにとって縁の深い町ラジエーター・スプリングスの方向へと二股に分かれている道が描かれているという意味深なデザイン。
左の派手なペインティングの赤いのはマックィーンだと分かるのですが、右の黄色いボディは誰?と不思議に思っていましたが、映画を観終わって「なるほど」と唸りました。

黄色いボディは南米系女性キャラのCRSスポーツクーペ、クルーズ・ラミレス。
今回は親友のメーターが控えめで、その分ちょっとコミカルなクルーズがマックィーンをサポートする役なのかと思いきや・・・。 サポートどころか。
マックィーンが再びレースに復帰して、ジャクソン・ストームと競って最後は・・・・というクライマックスはきれいに意表を突かれます。 なるほどねえ・・。
第1作で師匠のドック・ハドソンが通った道をマックィーンが選択する展開はウルッときてしまいました。
「君にチャンスをあげられる最後のチャンスだ」

相も変わらず映像が抜群にきれい。
砂浜のシーンのクオリティもさすが。 いつまでも見ていたくなるようなシーンの連続です。
        

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「東京喰種 トーキョーグール」

知らなかったね。 人間の姿をしているけど、人間を捕食する亜人種がこの世界に紛れ込んでいるという。 マジか。
東京だけなの? ああ、一応は全世界にいるのね。 なるほどそういうことね。 じゃあ、大阪にもいるんだな。
人間以外の食べ物は食べれないんだと。 他の物は強烈にまずくて、無理して食ったら即ゲロ噴射で体調を壊すのだとか。
コーヒーと水はOK? ほぉ。 
するとだな。 やたらにスタバやドトールに通い詰めてて常連の範疇を超してるような奴は要注意だ。
寂れた場所にあるのに、つぶれるどころか繁盛している小さな喫茶店も怪しい。・・・あるな、近所に。
繁盛かどうかは知らんが、確かあそこは長くやっている。
行ったことはないが、あそこのマスター、いや、確かオバサンだったな。 この場合はママというのか。 どうでもいいが。
あのママはグールの可能性が高い。 一度行ってみてやろうか。 勇気がいるが。
蒼井優になら食べられても本望なのだがな。

“資料書籍”は随分と普及しているようだがこちらの手元にはなくて、一度も目を通したことはない。
そこで、松竹で製作されて一般有料公開されている“資料映像”を拝見した。 これはなかなか面白くてタメになる。
我々人間もおいそれと食われる訳にはいかないとは言っても、グールの皆さんの生活もなかなかギリギリのようで同情すら覚える。
なんとかいい方法はないものか。

それにしても、こういう非常に特殊な背景を見せつけられながらも、普段から命を食べて生きている私たちの足元を今一度見つめずにはいられなくなる。 そんなよくできた“資料映像”だった。
        

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「ウィッチ」

17世紀のニューイングランドを舞台にした魔女ホラー。
え~、魔女が出てくるの?ブレアウィッチみたいなやつかな~?どんな魔女かな~?いやだな~こわいな~。
確かに魔女はチラッとは出てくるのですが、怖いポイントはそこではないのです。
なるほど、そういことかと腑に落ちる異色のアプローチながら、「怖い映画」とは、まさにこの映画みたいなのを指すのだと納得。
全編、ずーっと薄暗いっ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1630年。 ある清教徒の一家がニューイングランドの森の近くの荒れ地に引っ越してくる。
彼らはかつて暮らしていた村で、聖書の解釈をめぐり宗教指導者と対立、裁判の末に村を追放されてきたという訳だ。
父のウィリアムは頑なな男で、追放と聞いて「おまえらの信仰こそニセモンじゃ。 言われなくても、こんな村、こっちから出ていったるわい」とタンカを切って妻と5人の子を引き連れて、今はニューイングランドの最果ての地で自給自足という状況。
そんな中、長女のトマシンがまだ生まれて間もない赤ん坊のサムをあやしている時のこと。 「いないいないバァ~」をしている、ほんの一瞬の間にサムは忽然と姿を消してしまう。
森に棲む魔女がさらっていったのか、それとも狼か。
悲しみに打ちひしがれ、魔女の恐怖に怯える家族は次第に疑心暗鬼に陥り、狂気の波に呑まれていく・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
赤ん坊を連れ去ったのは魔女の仕業なのだが、まさかこれも魔女の力なのかと思うほどに、家族がどんどん崩壊していく恐ろしさが最大のホラー。
赤ん坊がいなくなってからというもの、母親はひどく落ち込み、赤ん坊と一緒にいたトマシンに次第に辛く当たり出す。 大切にしていた銀のコップがなくなったことさえも娘を疑うが、実は父がこっそり盗んでいたのだ。
インディアンが持っているトラバサミ(狩猟用の罠)と交換したためで、娘が母になじられていても真実を知っている父と長男のケイレブは黙ってやり過ごす。

双子の次男次女はとにかく落ち着かず、世話を言いつけられてるトマシンは言うことを聞かせるために、自分は魔女と契約したのだと双子を恐がらせる嘘をつくのだが、これが後々取り返しのつかない波紋となって跳ね返るのだ。
狩りがうまくいかず、食料もままならない中、父親に認められたいケイレブは一人で森の中に入っていき行方不明になる。
しばらくして戻ってくるのだが、熱にうなされて明らかに普通ではないショック状態のまま明け方に発作を起こして死んでしまう。
その時、双子がトマシンは魔女だと騒ぎ出して両親はパニックになる。
母は半狂乱になり、話の分かりそうな父でさえも「本当のことを言え」と娘を問いつめるのだが、信仰に疑問を持ち始めていたトマシンもついに我慢の限界を超えた。

家族のことも顧みず、意地を張って村を捨て、何もない荒れ地まで来て、狩りもできない、農作物ひとつ作れやしない役立たずの父は、神に祈ってすべてをごまかす。 そんな風に家族を振り回す父を罵り倒す娘。
あれよあれよという間に崩壊の一途を辿る家族はやがて・・・・・
信仰の化けの皮がはがれる時、禍々しいものが誕生する。
この映画は、魔女が生まれるプロセスをあぶり出す、新感覚の恐怖サスペンス。 面白い!怖い!
        

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「トランスフォーマー/最後の騎士王」

思えば1作目は10年前。 それからだいたい2~3年周期で続編が作られています。
それぐらいのスパンが丁度いいのかもしれませんね。
今回も面白かったんですけど、考えてみれば毎度おなじみなんですよなあ。

1作ごとに場所を変えては世界のどこかでドッタンバッタンとケンカをおっぱじめる金属生命体。
「地球の危機だ!」は、これで何回目ですかな?
その危機を救ってくださるオートボットの皆様や、ちっぽけでも勇気を振り絞って戦火に飛び込む一般の人にも感謝せねばなりませんが、慣れというのは恐ろしいもので、5作目ともなりますとテンションは大興奮した10年前とは明らかに違います。
構成の「お約束」な印象が強くなってきますと、どうしても「また同じ話か」(同じじゃないけどね)みたいな感覚になってきます。
だから長く感じるのかな?
ストーリー自体は至極シンプルなんだけど、ムリからにプロットを引き延ばしてるような卑しさがハッキリと出てますね。
「中身の濃さ」と「ごちゃつき感」は紙一重ですなあ。

アッシは「トランスフォーマー」のオリジナルの世界観とか、好きな人たちのこだわりはよく知らないんですけど、そんなにメガトロンばっかり出さなきゃダメ?
一回ぐらい違う悪役とか出したら? ダメなの? メガトロンが出てこない「トランスフォーマー」はダメなの?
前作は逃げていったけど、倒されたけど生きてましたを繰り返すメガトロン。 もういいかげん降参せえよ。
そういや前作ではガルヴァトロンになったのにメガトロンに戻ってますけど? いいの?いいのか?いいのね?いいよいいよ伊代はまだ16だから。

だってやっぱ、相変わらずすっげえもん、この映像。
全編圧倒されるシーンの連続。 よくできとるのぉ・・・と何回思いながら観てたか。
迫力ある革命的なビジュアルだけでも素直に楽しんでいれば、本国でクソミソに叩かれてるほど悪いとは思えない娯楽のエンペラーでございます。
バンブルビーの地声が聴けたのもプチ感動。
C3-POっぽくて、時々小ボケをかましてくれるコグマンが気に入った。 スピンオフのコメディでも作ったら?

「おや?」と思ったのがエンドクレジット。
この手の映画になりますと、ビジュアルエフェクトの会社が多数参加してますので、くっそ長いエンドクレジットになりそうなもんです。
ところがこの映画。 従来の下から上に上がるクレジットではなく、複数のカットをパッパッパッとつないでいく見せ方。 しかもワンカットにつき名前が二列表示。 
ウディ・アレンの映画はこのパターンですね。
だもんでエンドクレジット終わるの「はやっ!」 君たちやっぱりプロミスだぁ!
        

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「少女ファニーと運命の旅」

ナチスドイツの占領下にあった1943年のフランスを舞台に、迫害を逃れるためスイスの国境を目指す旅に出た子供たちを率いた13歳の少女ファニーの壮絶なサバイバル。
現在86歳で、イスラエルに在住しているファニー・ベン=アミが執筆した自伝を基に映画化した実録感動作。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ナチスにとってのユダヤ人弾圧は子供でも関係なし。
親たちはせめて子供でも救おうと支援施設に預けるなどの手を打つのだが、そういった一般の人たちの協力だけではなかなか難しく、中には密告する者までいるので子供たちは気が休まる暇などなし。
13歳のファニーも親と別れ、最初は二人の妹と共にクルーズ県の施設に預けられていたが、密告により施設は閉鎖。
次に移ったムジェーヴの施設も戦況の変化によりドイツ兵が迫り、再びファニーら8人の子供たちは逃避行に出る。
支援者のマダムも協力者への引き継ぎのために先回りなどをしなければならないために付きっきりという訳にはいかず、年長のファニーにリーダー役を任せるのである。
「今からあなたがリーダーよ。 あなたは頑固だからやり遂げられるわ」

こうして8人の子供たちを導くことになった小さな指揮官ファニー。
しかし、どこに行っても危険だらけで緊迫の連続。
もとよりこの時代は敵はドイツ兵だけでなく、フランスの警察もナチスの飼い犬。
あっちに隠れてはまた逃げて、こっちに隠れたと思えばまた逃げなければならない状況ばかりが続き、次第にファニーたちは追いつめられていく。
果たして子供たちは無事にスイスの国境に辿り着くことができるのか・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
幼い子供たちが健気にも互いを励まし合い、時には衝突もありながら、生き延びるための逃避行に出るロードムービーですが、中身はサスペンス感たっぷり。
それほど、まったく気が抜けない綱渡り状態。
向こうから警官が来たら、林間学校に行くふりをして楽しそうに歌を歌ったり、小さな子供でも偽名を一所懸命に覚える練習をする。
なんて時代なんだろうか。
ユダヤ人だけど「自分はカトリックだ」と必死にお祈りを唱えてた少年の気持ちもどうだったのでしょうね。
警官に銃を向けられ、その銃口をつかんで自分の額に押し当て、「撃てよ!撃ってみろ!」と叫んでいたブロンドの髪の子供の行動は衝撃でしたね。
とにかく毎日・毎時間・毎分がギリギリ。
それだけに劇中滅多にない子供たちの笑顔が見れるシーンには救われますね。 サッカーのシーンや川遊びのシーンでは終始眉間にシワが寄ってるファニーの顔もほころびます。

この時代のナチスに逆らえないフランス人の大人たちの描写は少ない代わりに、子供たちを微力ながら助けた人々の姿が印象深いです。
貨物車両に乗ってるところを見つかったけど、「幸運を祈る」と見逃してくれたおじさん。
木の実を食べてお腹を壊してしまった子供達を助けてくれた農家のジャンというおじさんも忘れ難い。 あの人、あれからどうなったんだろうか。

そして思わず「がんばれ!」と声を出したくなるようなクライマックス。
対戦車バリケードまで走ればスイスの国境。 もうすぐドイツ兵がやってくる。
みんなで必死に走ったが一人だけが・・・
この時、意を決したファニーを風に舞う白い紙が導く。 エリーという青年から託された手紙だ。(白紙だったけど)
そういえば、撃たれそうになってもジグザグに走れば弾は当たらないと言ってたなあ。
とんだチキン野郎のエリー君と思ってたけど、彼がそこにいたのだなあ。

この時代は特殊だったかもしれないけど、なぜ子供までがこんな目に遭わねばならないのか。
戦争は本当に惨い。 こんな馬鹿げた蛮行は絶対に繰り返してはいかん。
        

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「夜明けの祈り」

ポーランドという国は第二次世界大戦が終わっても、敗走したナチスと入れ替わりに入ってきたソ連の支配下でした。
この物語はそんな背景の1945年に起きたソ連兵による修道院での性的暴行事件、及び身ごもった修道女たちに救いの手を差しのべたフランス人女性医師の実話の映画化であります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1945年。 フランス赤十字の医師としてポーランドに赴任し、負傷したフランス兵の治療と帰還任務に従事していたマチルド・ボリュー。
彼女のもとに一人のシスターが助けを求めてくる。
連れてこられた修道院には若い修道女が妊娠しており、その激しい苦痛に泣き叫んでいた。
妊娠と信仰が両立しないはずのカトリックの修道院だが、それよりも診察の結果、修道女は帝王切開の手術が必要な危険な状態だった。
このことを口外しないと修道院長と補佐役のシスター・マリアに約束して、赤ん坊を取りだしたマチルド。 やがて彼女はこの修道院で起きた忌まわしい事件を院長とマリアから聞かされる。
大戦末期のこと、ソ連兵が修道院に押し入り、数日間に渡って7人の修道女を暴行したのだ。
当然マチルドは助産婦などの外部の助けを呼ぶべきだと提案するが、これも神の意志であり、修道院には他の誰も立ち入らせる訳にはいかないと院長は言う。
マリアもまた、この恥を人に知られては修道院が閉鎖に追い込まれると頑なに拒絶する。

7人が同時期に暴行されたということは同時期に臨月を迎えるということである。
マチルドは赤十字での仕事の合間を縫っては修道院へ行き、身ごもったシスターたちを診察するのだが、他人に肌を見せたくない、触れさせたくない彼女たちの信仰と現実の狭間に苦悩する姿に葛藤を強いられるのだった。
そんなある日、敵兵の捜索名目で押し入ってきたソ連兵に対して、「チフスが流行っている」という嘘で追い払ったマチルドに修道女たちは心を開き始めるのだが、一方で院長は戒律を重んじるあまりに道を踏み外してしまう。
さらにマチルドは赤十字での任務終了に伴ってのポーランドからの撤退を上官から宣告される。
残された時間が少ないことを悟ったマチルドは思い切った行動を取るのだった。
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信仰心のシの字もない者にはどうしても修道女たちの偏った思考に理解が追いつかないし、生まれた命さえ否定する院長の暴挙には怒りすら覚えます。
この映画がカトリックへの批判ではないことは承知していても、本当に信仰というのは現実と折り合わないという面だけが印象に残ります。
観ているこちらもそこを乗り越えて、貞節にこだわる彼女たちの心情に寄り添わないと重要なことが見えてこないかもしれません。
自分が歩むと決めたその道で、ここは曲げねばならない、折り合いをつけねばならない局面は誰にでもある訳で、人の命を救う道を行くマチルドと、神の意志に委ねる道を行く修道女との中間にある「優先」を互いに探っていく物語は多くの示唆を投げかけてきます。

その時にその人がやらなければならないこと、するべきことをする人としての在り方が肝要である訳で、マチルドの同僚であるサミュエルが「俺はユダヤ人で男だけど何か?」みたいな感じで修道院へ乗り込んでいく男気と、医師としてのスピリットを譲らない姿がカッコ良かったですね。

ヒロインのマチルドのモデルはマドレーヌ・ポーリアックという実在の人で、演じるルー・ドゥ・ラージュと雰囲気がよく似てますね。
彼女もいいのですが、シスター・マリアを演じたアガタ・ブゼクという女優さんの巧さも光ってましたね。

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