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誰もがそれを知っている
2019年06月16日

T0024023p.jpg人の噂というものは「広めろ」と、いちいち人から言われずとも自然に広まる。
「広めるな」というルールも「広めろ」というルールもないが、噂はイコール広まるものだ。

不思議なもので、「他人のいい評判」みたいな噂はそんなに早くは広まらないが、「悪い噂」は電光石火の速さで広まる。

しかも、噂になってる当人だけが「噂が広まってる」ことを知らないケースも珍しくない。
特に村社会ではよくあることだ。
他人のことでも、タブーは多くの人に知れ渡る。

タブーが人それぞれの胸の内に収まってるあいだはいい。
しかし。
誰かのエゴを通さねばならない時、人のタブーは易々と利用される。


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結婚式で集まった家族に降りかかる少女身代金誘拐事件。
警察に通報せずにコトの解決を図る人々のあいだに、それまで溜まっていた不満や邪念などの「腹に一物」が放たれる。
「どうせ・・・」 「もともと・・・」 「しょせん・・・」 “誰もがそれを知っている”公然の事実から生じる利己心のドタバタ劇。

「別離」(11)、「セールスマン」(16)で、アカデミー賞外国語映画賞に2度輝いたイランの名匠アスガー・ファルハディ監督最新作は、例によって例のごとく後味激悪のイヤミス・サスペンス。
ファルハディ作品には珍しくイラン人は一人も出てこず、舞台はこれまた珍しいスペイン。

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ラウラです。
アルゼンチンから実家のスペインに帰省してきたのよ。
妹のアナが結婚式を挙げるの。 娘のイレーネと息子のディエゴも連れてきました。


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イレーネです。 16歳です。
ママのラウラと一緒にスペインに来ました。
叔母さんの結婚式・・・というより、異国で羽伸ばし気分ね。


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アナです。 3人姉妹の末の妹です。
このたび結婚するのよ。 ウフフのフ。
アルゼンチンに住んでるラウラお姉ちゃんも式に駆け付けて来てくれました。


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ジョアンです。
アナという素晴らしい女性を妻に迎えることになった、幸せヤローです。
付け加えて、まあまあ裕福です。


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マリアナです。 3人姉妹の長女です。
二人の妹はみんな、いいところへ嫁いで羨ましいわね。
地元に残った私は貧乏くじよ。


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フェルナンドです。 マリアナのダンナです。
誰が貧乏くじだって?
そりゃホテル経営は今ひとつだけども・・・。


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ロシオです。 フェルナンドとマリアナの娘です。
幼い娘がいるけど、出稼ぎ中の夫とはもしかしたら別れるかも・・・。


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アントニオじゃ。 3人姉妹の父親なのじゃ。
ワシだってなあ、昔は村では一番の地主だったんじゃ。
ワシの大事な土地を村の奴らが根こそぎ奪いやがってよぉ。


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パコです。 ラウラの幼馴染です。
ラウラの一族から譲り受けた土地をぶどう農園にして、ワイナリー経営者として頑張っております。
いやあ、久しぶりだなあ、ラウラ。


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ベアです。 パコの妻です。
うちのダンナったらラウラが帰省してきたからって、鼻の下のばしちゃって。
そりゃそうね。 ただの幼馴染じゃないもんね。


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アレハンドロです。 ラウラの夫です。
義妹の結婚式には残念ながら出席できません。
アルゼンチンに残って、ちょいと野暮用を・・・。


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フェリペです。 パコさんの甥っ子です。
イレーネちゃんとは仲良しになりました。
イレーネちゃんから南米においでよって誘われてます。


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「ねえねえ、イレーネちゃん」
「なあに?」 
「きれいな人だよねぇ」
「いやあねえ、照れるじゃない」
「いや、君のことじゃなくて、お母さんのことだよ。 ぺネロペ・クルスそっくりで、きれいな人だなあって」
「ホホホホ、そうね、そうよね。 ホホホホ。 あとでシバくからな、おめえ」
「えっ、なに?」 「なんでもないわ」
「それよりか、イレーネちゃん。 君のお母さんと僕の叔父さんって、昔つきあってたって知ってた?」
「マジ? ママとパコさんが? ヤバいね、それ。 なんで、そんなレア情報知ってんの?」
「いや、レアでもなんでもないよ。 これ、村のみんなが知ってることだから」
「そうだったんだ・・・」
「うん。 『誰もがそれを知っている』のさ!」

「どうしたの、急に」

思春期まっさかり。 スペインに来るや否や、はしゃぎ倒すイレーネだったが、まさか自分が誘拐事件に巻き込まれるとは夢にも思ってはいなかった。


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お金の話ばかりする牧師のスピーチから始まった結婚式は滞りなく終わり、その夜、盛大なパーティーが行われた。

パーティーのさなか、突然停電が起き、同時に外は激しい雨が降り始める。
それでも宴は続く。
その時、ラウラは娘のイレーネの姿がどこにも見当たらない事に動揺していた。
気分が悪くなったとのことで、休んでいたはずの部屋にもイレーネはいなかった。

一体、娘はどこに行ったのかと気に病んでいるラウラの携帯にメールが届く。
『娘を誘拐した。警察に知らせたら殺す』

イレーネのベッドの上には、何年か前に起こった誘拐事件の新聞記事の切り抜きが置かれていた。
この事件の被害者の少女は犯人に殺されている。
“警察に知らせたら殺す”はどうやら本気らしい。
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パーティーの時の停電も犯人が電線を切断したことによるものだった。
用意周到に計画を実行していた犯人から、さらに身代金30万ユーロを要求するメールが送られてくる。

ラウラから相談を受けたパコは、警察に知らせることはひとまず控えることを提案し、その代わりにフェルナンドの友人である元警察官のホルヘが協力することになった。
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元おまわりのホルヘだよ。
犯人は内情に詳しい人物だな。 今もそばで様子を観察してるに違いない。
まずは身代金を用意するふりして時間稼ぎだ。



さて、その身代金だが。
30万ユーロ。 ¥ならば3600万ほどの大金である。
誰がお金を出すのかということに話が及ぶに至り、一同の空気がにわかにギクシャクし始める。

我が娘が誘拐されたと聞いて、アルゼンチンからラウラの夫アレハンドロがスペインまでスッ飛んで来た。
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ああ、イレーネ。 どうしてこんなことに。
誘拐だなんて一体どこのどいつがそんなことを。
娘にもしものことがあったらタダじゃおかないぞ。
なに?身代金? 30万ユーロくらい私のポケットマネーで・・・と言いたいところだか、あいにく幾らキバったところでそんなカネはひねり出せない。
私のことを『誰もがそれを知っている』裕福な資産家だと? フン。実はね、恥ずかしながら私は失業中なのだよ。
そうさ、私はプータローさ、ワッハッハッハ。いや、笑うところではないな。

アナの結婚式に出れず、アルゼンチンに残っていたのは会社の面接があったからさ。 もう、そんなどころではないがね。
しかし、お金をどうするか・・・?
せっかくスペインまで来ても私には何もできないこの歯がゆさ・・・


そこでラウラの元カレであるパコがお金を出そうかと言い始める。
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私が営むぶどう農園の土地を売れば・・・
元はラウラのお父さんの持っていた土地だ。
それを安い値で譲ってくれたのだ。
えっ? お父さんが借金で首が回らなくなった弱みにつけ込んで私が不当な安値で買い叩いたって? 『誰もがそれを知っている』? バカな。人聞きの悪いことを言わないでくれよ。


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村の奴らがわしの土地を奪いやがったんじゃ。
あのパコという奴もそうじゃ。
元々アイツの家族はわしの家の使用人だったのじゃ。
面倒を見てやったのに、あの恩知らずめが。
あそこはわしの土地じゃ。
それを儲かりもしねえ、ぶどう農園なんかにしくさってからに。
返せ! わしの土地を返しやがれ!


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パパったら、やめてよ。
元はと言えばパパが博打にうつつを抜かすからこうなったんでしょ。
土地まで取られるってね・・・。 なんでそうなる前に辞めなかったのよ。
パパの自業自得でしょ。
なのに村の人たちを泥棒みたいに言うなんて。
パコに土地を売ったのはね、よそ者に取られるくらいならって、買いやすい値段で彼に買い取ってもらったんじゃないの。 忘れたの?
『誰もがそれを知っている』わよ。
パコに逆恨みするなんてどうかしてるわ。


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またまた元おまわりのホルヘだよ。
疑い出すとキリがないが、それにしても怪しい奴が多い。
私が一番疑ったのは、ラウラの夫のアレハンドロだね。
教会に多額の寄付をするほど裕福な資産家だったが、2年前に会社が倒産して今の彼は無職だ。 2年もだよ。
しかも、彼は問題を起こすほどの大酒飲みであることも調べがついている。
16年間、断酒していると本人は言っていたがどうだかね。
奥さんと子供だけがスペインに里帰りしていて、アレハンドロはアルゼンチンに残っていたと言うがそれもどうだかな。 ひょっとしてこっそりスペインに来てたってことも有り得るよな。
だが・・・・アレハンドロが犯人という考え方もまた、なぜかしっくりこないんだがな。

ともかく犯人の計画性は注目に値するね。
なぜイレーネを狙ったのか? 他に5歳の子供もいたんだ。 16歳の子よりも5歳の子供をさらう方がやりやすいのに、なぜイレーネだったのかだ。
イレーネでなければならない理由があるからだ。



パコは身代金捻出のために土地を売ってもいいと言ったものの、踏ん切りがつかないでいた。
ラウラパコに申し訳ないと思いながらも、娘を救うために土地を売ることを頼むしかなかった。
さらにパコにその決心をさせるために、ある秘密を打ち明けるのだった。
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「イレーネを一刻も早く救い出すためにあなたの協力が必要なの」
「それしかないのは分かっているんだが、農園で働いている従業員はどうなる? それを考えるとなぁ・・・。 それにお父さんにあんな言われ方をされると・・・」
「パコ。 あなたに大事なことを打ち明けなければいけないわ」
「大事なこと?」
「イレーネはね、アレハンドロの子じゃないの。 パコ、あなたの子供よ」
「えぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「驚き方のクセが凄いわね」
「イレーネが俺の子供だって? アレハンドロはこのことを?」
「知ってるわ」
「えぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「落ちつきなさいよ」
「落ちつける訳ないだろ。 イレーネは?」
「あの子は何も知らないわ」

「なんということだ・・・」

パコは農園を売ることを決めた。
だが妻のベアにすれば「ハイそうですか」とはいかない。

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「あなたはまだラウラに未練があるんでしょ? そうなんでしょ?」
「そんなことはないよ」
「農園を手放して、その先はどうするのよ。 あなたがそこまでする義理があるの?」
「イレーネはね。 実は俺の子供なんだ」
「えぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「それ、俺の持ちギャグだぞ」
「は?」
「いや、なんでもない。 イレーネは俺とラウラが恋人同士だった時代にできた子なんだ」
「あなたはダマされてるのよ。 あの一家があなたにお金を出させようと仕組んだ嘘よ」
「いや、多分本当だ。 俺には分かる」
「誘拐のことだって狂言かもしれないわよ。 あなたから土地を奪い返すための」

「ベア、君の気持は分かるが、俺は決めたんだ。 本当にすまない」


パコがお金を出すと聞いたアレハンドロの心は穏やかではない。
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あいつのカネなんか受け取る訳にはいかん。
イレーネは私の娘だ。 どうするかは私が決める。
そりゃ妻は黙っちゃいない。
自尊心で娘を見殺しにするのかって、ラウラは鬼ギレしてたよ。
しかし、事実を知ったパコに恩を売ってしまったら、今後あいつがどういう態度に出るか。 そこが怖いんだ。
もちろん私に金の工面はできない。 そこが辛い。

誘拐犯は身代金を仮に私が払えなくても、パコが払うと踏んでいた。
パコとイレーネの関係を知っている者がいるのかと驚いたが、おめでたい奴は実は私だったのだ。
フェルナンドから聞かされたが、イレーネが私の娘ではない事は、村のみんながそう確信しているという。 今じゃ『誰もがそれを知っている』。
イレーネがパコの小さい頃によく似ているらしいのだ。
妻と二人だけの秘密がいつのまにやら、こんなことになってるとは。

村のみんなは私のことをどういう目で見ていたのだろう? パコとベアの夫妻をどういう目で見ていたのだろう?
田舎の小さな村の中だからこそ有り得なくもないゲスな話だよ、まったく。



【この先、ネタバレあり】
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結局のところ、パコが用立てた身代金によって、イレーネは衰弱していたものの無事に帰ってくる。
犯人は捕まらないのだが、それについてはのちほど。

この物語は誘拐事件そのものよりも、そこから派生するギスギスした人間模様のドラマがミソ。
『彼女が消えた浜辺』や『ある過去の行方』などのように、監督のアスガー・ファルハディは人間の心理の厭らしい部分をほじくり出すのを得意とする人で、今作でも好人物は一人たりとりとも出てこない。

結婚式で牧師がお金の話ばかりするのをフェルナンドパコだったかが揶揄するシーンは、あたかもこの先の展開を暗示しているかのようだ。
その通りにパコが一番、お金のことで頭を悩ますのだが。

イレーネが誘拐され、警察に通報しないと決め、では身代金は?という段階に入ると、アレヨアレヨというまに人物たちの抱えていたものが吐き出される。
パコラウラの一族とのあいだの土地をめぐるイザコザ。
田舎でくすぶっているマリアナの妹たちへの嫉妬。
パコの妻ベアが夫やラウラの一族に対して抱いている不信感。
さげちんバリバリのアレハンドロ。 ラウラパコの子を産み、アレハンドロは承知の上で娘を育てると決心した経緯がもっと詳しく語られれば男が上がるのだが。

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ラウラは娘を救いたい一心とはいえ、パコに農園を売ってくれと言い出すのも「どうせあの土地はうちのものなんだし」という圧力が見え隠れする。
パコイレーネがあなたの娘だという事実を告白するのも、身代金を目的とした誘拐犯並みの手段に出たも同然。
これを言えばパコは断らないと踏んでの計算だ。
パコがこの先どうなるとも考える余裕はないし、夫のアレハンドロに対しても何も期待はしていない。

パコにすれば、うまく先手を打たれたようなものだ。
さらわれたのが実の娘ならばカネを出さない訳にはいかない。
彼とて、妻のベアが言うようにラウラへの未練がないとも言えない。
このことをきっかけに、ラウラとの仲が・・・という観測も働いたのではないか。
農園の従業員のことなど二の次だ。

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結果的にはパコの英断でイレーネは救出されたが、パコは多くのものを失う。
イレーネが発見された時に、ラウラアレハンドロもよかったよかったと喜んでるそばで、パコひとりだけが浮かない顔をしている。
実の娘が助かったのだから、これでよかったのだろうと自分を納得させたいのだろうが、実際のところ彼には何も得る物はない。

身代金を出したのは自分なんだし、イレーネに向かって本当の父親であることを名乗り出そうなことをしそうな気もするが、おそらく彼はしないだろう。
ラウラがなぜパコの子を身ごもっていながら彼と別れ、アレハンドロとくっついたのかが映画の中では語られない。
この部分に、パコが身を引いたままでいるであろうと思わせる理由がありそうな気がする。

農園を売り払ってしまった上に、妻のベアも家を出て行ってしまった。
被害者のイレーネは別として、事件解決のために身を粉にしながら、関係者の中で最も傷を負ったのはパコである。
いたたまれない決着だ。

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さて、誘拐事件の犯人であるが、ラウラの姉マリアナの娘であるロシオ
そういや、いたなというキャラであるが、正確にはロシオの夫のガブリエルとの共犯である。
実行犯はドイツへ出稼ぎに行っていることを装っていた夫なのであろうが。

その実行犯のガブリエルは、真相が分かるシーンのそれまでずっと出てこないキャラクターなので、ミステリーの手法的にはズルいのだが、それだけ誘拐事件そのものは物語に重要ではないということ。

娘の靴の汚れ方を見て、母のマリアナは真相にいち早く感づく。
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ラストシーンでは事件に娘が関わっていることを確信したマリアナが夫のフェルナンド「話があるの」と呼びとめる所で終わる。

まさかこの母親は娘を警察に売りはしないだろう。 親子愛とかいうのではない。 あくまでも損得の話だ。
誘拐事件は関係者のあいだだけで処理されている。
マリアナの考えたことはもっとゲスい。

下の二人の妹は裕福なところへ嫁ぎ、自分だけが貧乏くじだと思っている。
加えて、夫が営むホテルは経営難だ。
マリアナがどう出るかは想像に難くない。
夫と何を相談したか。 ゆすると言うと聞こえが悪いが、大金を手にした娘夫婦にどうやって話を持ち掛けるか・・・・。
ゾッとする話だ。

誘拐事件という大ごとを単なるきっかけとして設定し、人と人との間で渦を巻くマイナス感情を突つく物語を練り上げていくファルハディの十八番は健在。
ただ、夫婦共演となるぺネロペ・クルス&ハビエル・バルデムというスター俳優の器用に走ったのが、逆に物語のパワーを削いではいないか。
イランが舞台ではダメだったのか? イランの社会と設定に無理が生じるのなら仕方がないかも。


それと、ビジュアル的に似ている人物がいて、少々混乱しそうになったのも事実。
F3632727.jpg パコと、Todos-lo-saben-7.jpg アレハンドロだ。
並べたら違うのだろうが、かわるがわる出てこられると、けっこうややこしいもんである。

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「私が大スターのハビエル・バルデムだ」
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「いやちがう。 私がハビエル・バルデムだ」
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「嘘をつくな。 おまえはリカルド・ダリンだろ。 プライドがないのか、アホ」
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「フン、それを言う前に、せめてヒゲをそれ。 ややこしいんじゃ、ボケ」
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「お前の方がヒゲをそれ。 おまえなんかどう見ても市村正親だろ。 篠原涼子のダンナの。 それも『屋根の上のヴァイオリン弾き』をやってた時の市村正親だ」
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「おまえこそ、ヒゲをはやしたバナナマンの日村だろ。 どうだ、これで引き分けだぞ」
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「何の基準だ。 そもそも張り合うオマエがおかしい」

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「ワシもまぜてくれ」
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「オマエは出てくるな」


それと。
DcwVvFAV4AA-z2l.jpg ラウラと、todos-lo-saben-1 dfs ロシオもややこしかった。

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「私がスター女優のぺネロペ・クルスよ」
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「いいえ、私がぺネロペ・クルスよ」
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「何を言ってるの。 あなたはサラ・サラモでしょ」
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「そんなシャンプーみたいな名前じゃないわ。 私はハビエル・バルデムの女房よ」 
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「経歴までウソぶっこいてどうするの。 怖いわよ、あなた」
todos-lo-saben-1 dfs 
「フン、あなたはぺネロペじゃないわ。 芸能人に例えるなら・・・」
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「・・・・・。」
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「・・・・・。」
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「・・・・・。」
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「出てこないわ」
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「しぼり出せや!」


「賢人のお言葉」
 
「私が知っているのは、私は何も知らないということだ」
 ソクラテス
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ある少年の告白
2019年06月10日

T0023767p.jpg昔のことを思えばLGBTに対しての世間の理解は随分と深まった。
日本を例にとっても、オネエタレントが“市民権”を得て、ボーイズラブの漫画やTVドラマが受けるくらいである。

拒否反応を見せる人もまだまだ多いのだろうが、メディアを通しての地道な啓発運動の積み重ねの成果は少しずつだが出てきている。
世界的に見てもLGBTの権利は向上してきているし、「LGBT」という言葉が浸透したのが大きな進歩の証明である。

だが、その立場でない者の目からはそう映るだけなのかもしれない。
我々の気づかぬ、根の深い所ではまだまだ差別は蔓延っているのだろう。

この「ある少年の告白」という映画は、ゲイの少年が同性愛を矯正する施設に入れらた体験談の実話の映画化である。
アッシはこの映画を観賞する際、あまり予備知識を入れることなく、てっきりこれは50年代から60年代の話なのだろうと無意識に決めつけて映画を観はじめた。
ところが。
映画が始まり、街の様子や走っている車、さらには携帯電話まで出てくるとさすがに驚いた。

数十年前のアメリカでは同性愛が病気だと当たり前のように信じられていたから、そんな矯正施設があっても、さもありなんだが、この物語の舞台は21世紀である。
性的指向を変えさせる治療を行う施設が、今でもあるということが信じ難い話だ。

無論、治療法として効果がある科学的証拠などなく、そればかりか当事者に深刻なトラウマをもたらすことが指摘され、2015年にオバマ大統領が矯正治療を止めるように呼びかける声明を発表している。


500px-US_states_banning_conversion_therapy_for_minors_svg.jpg 
これはアメリカ合衆国の州の中で、矯正治療を禁じている州と地区、禁じていない州と地区に色分けしたもので、青く塗られた18の州とワシントンD.C.で矯正治療を禁じる法が成立している。
それ以外のグレーの32の州では、いまだに矯正治療を禁じておらず、これまで約70万人ものLGBTの成人が矯正治療を経験したと言われている。

なるほど。 ()はニューメキシコ、コロラドなどの例外はあるものの、だいたいはワシントンやカリフォルニア、イリノイ、ニューヨークなどの都会の州に集中している。
対して()はテキサスやミシシッピ、ケンタッキーなどの昔気質的な田舎の州が大半を占めている。

なんだかんだでキリスト教の国である。
聖書のレビ記18章22節には「女と寝るみたいに男と寝たらダメじゃ」と書かれている。
イエスがモーセを呼びつけて「ソレやったら即炎上だぜ」と釘を刺しているのだ。
信者にとって同性愛は神に背く行為という考え方が、固い信念としてキリスト教大国に深く根をおろしている。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

さて、映画はガラルド・コンリー原作のノンフィクションで、コンリーが19歳の時に経験した矯正治療プログラムの実態を赤裸々に綴った回想録をもとに、俳優としても活躍しているジョエル・エドガートンがメガホンを取って映画化した衝撃の人間ドラマである。
エドガートンにとっては、好評を博したスリラー映画「ザ・ギフト」に次ぐ長編2作目の監督作。


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アーカンソー州在住のジャレッド・イーモンズ(ルーカス・ヘッジズ)の"それ"までは順風満帆な学生生活だった。

バプテストの牧師である父のマーシャル(ラッセル・クロウ)と美容師の母ナンシー(ニコール・キッドマン)の一人息子であるジャレッド
両親との関係は至って良好だった。
父は、かつては自動車ディーラーとして成功したビジネスマンで、ジャレッドの誕生日にフォードをプレゼントしたこともある。

高校はテキサスの学校へ通ったジャレッドにはガールフレンドもできたが長続きはしなかった。
カノジョと初めてキスを交わした時の違和感に彼はまだ気づいていなかった。

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大学では寮生活のジャレッド。
ルームメイトのヘンリー(ジョー・アルウィン)とは、すぐに打ち解けて、良き友人となった。

だがある日。
ベッドで寝ていたジャレッドは突然ヘンリーから関係を迫られ、無理矢理乱暴されそうになる。

ヘンリーは自分が同性愛者だと告白し、泣きながら「このことは秘密にしてくれ」と懇願する。
自分が通う教会の少年にも同じことをしているというヘンリーは、どうしても衝動が抑えきれないのだという。
だが、ジャレッドもまた心の中に、今まで気づかなかった本当の自分がいることを確信していた。

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ジャレッドは学生アートの展示会でゼイヴィア(セオドア・ペレリン)という青年と出会い、彼の部屋に招かれる。
ジャレッドは自分の気持ちをいっぺんに吐き出していた。 それくらい心を開けるほどにゼイヴィアは自分と同じ陰を抱えて静かな青春を送っていた。

「神と悪魔が僕をめぐって賭けをしている。 僕を試すため、辛い思いをさせるんだ」
「神は僕たちの中にいる」ゼイヴィアは言った。
自分の心のままに。 求める心こそ真実。

「何もしないから一緒にいてほしい」
2人は手を握り合って、ベッドに横たわる・・・・

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ジャレッドは、ヘンリーとの一件以来、彼とは距離を取っていた。
しかし、ある日。 カウンセラーを名乗る男から電話がかかってきた。
応対した父マーシャルは、明らかにうろたえていた。

「男が言ったことは本当か? おまえは同性愛者なのか?」
父から詰問されながらも、ジャレッドは電話の主がヘンリーだと気づいていた。
「秘密にしてくれ」と頼む一方で、ジャレッドを信用しきれなかったヘンリーは通報される前に先手を打ったのだ。

こういうケースはよく有るらしい。
関係を迫ってきた側の者が保身のためにチクったから矯正施設に入れられた人は珍しくない。
いわば「売られた」のだ。

「僕に関する話は本当だ。 男のことを考えてしまう。 理由は分からない。 ごめんなさい」
ジャレッドの告白に両親は言葉が出ない。

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マーシャルの牧師仲間たちも集まり、話し合いがもたれる。
マーシャルは息子を部屋に呼び、結論を告げた。

「お母さんと私は認められない。 この先も、我々の信念に反し、神に逆らうのなら」

牧師の家庭から同性愛者が出たということだけでも、由々しき事態だというのはジャレッドにも分かっていた。
父が誇りを持っている仕事を否定できない。 母の辛そうな顔を見てるだけで申し訳なさが募る。

「ひとつ聞こう。 変わりたいと願うか?」
ジャレッドは頷く。

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こうしてジャレッドは福音派キリスト教徒が運営する「LIA」(ラブ・イン・アクション)の同性愛矯正施設に入所することになった。

期間は12日間。 全寮制の完全隔離というわけではない。
母のナンシーは近くのホテルに泊まり、毎日夕方5時に迎えに来ることになっている。
だがそれまでは、施設内にいる以上は厳しい管理下に置かれる。

『飲酒や喫煙は禁止』
『読書・映画・テレビ禁止』
『日記を書くのは禁止』
『自慰禁止』
『トイレは職員の監視付きでする』
『入所者同士の接触禁止』
『昼休みは指定された場所にいること』
『携帯電話及び財布他の私物は受付で保管』
『携帯に登録された連絡先の中から無作為に職員が電話をかける』
『治療内容はすべて内密にする』


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矯正プログラムへようこそ。
私がここの施設長、ヴィクター・サイクスだ。

諸君、罪深き今の自分を変えたいか?
そうだろう、変わりたいだろう。
だから諸君はここにやってきた。
ああ、それからな。 返事はアーメンでいい。

神に背いた諸君でも、もちろん変わるチャンスはある。
イエスは諸君を見捨てたりはなさらない。
いつも共にあらせられるイエスが諸君の本来の自分を取り戻してくださるのだ。

同性愛者に生まれると言うがそれは違う。 同性愛者になるのは行動と選択の結果なのだ。
生まれつきではない。 後天的な要因があって諸君は罪を犯すに至ったのだ。
生まれた環境。 家族。 学校。 人生に累を及ぼすものはいくらでもある。
自分の意志ではままならない状況下で、諸君は誤った選択と行動をしたために、人に失望を与えたのだ。

行動の原因を探るのだ。 行動の原因を知り、それを断ち切れば烙印を押されない。
1ドル札はクシャクシャになっても価値は変わらない。
しかし、クシャクシャのままの諸君の価値は1ドルの値打ちもない。

我々は諸君を10ドルや100ドルにしようなどとは思っていない。
諸君の心のシワを伸ばすだけだ。

それではこの12日間、私の手伝いをしてくれる頼もしい指導員を紹介しよう。
ブランドン君だ。

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よろしく。 言っておくが、ここでは甘えは通用しないぞ。
私はビシビシやるからな。

私は神を深く信じるが、以前は違ったのだ。
どういうことかというと、私も諸君と同じだったのだ。
私もここの矯正プログラムを受けて、自分を取り戻すことができたのだ。
おかげで神に感謝する毎日だ。

いいか諸君。 男なら男らしく。 これは基本中の基本だ。
これからの12日間は徹底的に男らしさをその身に叩き込んでもらう。
できないとか考えるなよ。
できるまで“フリ”をしろ。 別人になれ!


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おお、なんと心強い。
さすがはブランドン君だ。
彼に指導してもらえる諸君は幸運だぞ。

諸君には家系図を書いてもらおう。
何世代前であろうと、分かる限り、親族の名前を書くのだ。
そして、その親族の中に問題を抱えた人物がいるか、よ~く思い出してほしい。
前科者、精神疾患者、ポルノ愛好家、同性愛者、博打好き、アル中、ヤク中、DV・・・
そんな人物がいたら、それが諸君の罪の元凶だ。
彼らが諸君を作ったのだ。


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君は確か・・・ジャレッド・イーモンズ君だな。
父上は牧師か。
それは一家にとっては辛い問題だ。
これは君だけの罪ではない。 ご両親の罪でもある。
そのことを肝に銘じて、君は自分自身とご両親の罪をも救うのだ。

「心の清算」というのをやってもらおう。
ノートに自分の罪を一覧として記し、神に赦しを求めるのだ。
そのノートを読みながら、これまでの問題とされる行為をみんなの前で話して懺悔する。 それが心の清算だ。
いいか、すべてを話すのだ。
治療に成功するのは正直な人だけだ。

ああ、それからな。 くれぐれも言っておくぞ。
治療内容を外でしゃべるなよ。 よろしく。



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人間の性的指向を矯正するという考え方。 及びそれが行われている施設が実在するという、このおぞましさ。
正直なところ、具体的に一体どんなことをするのかという興味が先に立つ。
もちろん、そんな矯正ができる特効薬など有るはずがないし、結局は洗脳に近い「根性叩き直しブートキャンプ」が行われるだけだ。

まずはとにかく「自分はダメ人間です」という自己否定を徹底的に植え付ける。
自分がやってきたことをすべて吐き出し、それが罪だと認め、誘惑に負ける弱い人間だということを自覚させる。
そこで入所者はゼロの状態となり、そこに吹き込まれるのが「信仰」だ。

自分を治してくれるのはイエス・キリストだけと認識させ、すべてをキリストに委ねてお願いする。
依存する対象を「信仰」にすり替えるのは、同じキリスト教系のアルコール依存症セラピー「アルコホーリクス・アノニマス」でも見られるやり方で、これを同性愛矯正にトレースするのは無理がある。

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性的指向は「指向」であって、酒やタバコや甘いものと同じの「嗜好」ではない。
性的指向は、そもそも治すものではないし、治そうとするのはただの人格破壊である。

治ったとされるケースは、それは矯正という拷問から逃れるために「治ったフリ」をしていたに過ぎず、この映画の中では自殺者も出るように、コンバージョン・セラピーは大変なトラウマを与えるだけだという危険性は以前から強く指摘されている。
それでもこの施設は未だに存続し、頼る人もいる。

同性愛は後天的なものだとする考えから出発し、キリスト教原理主義の聖書絶対優先のプライドはテコでも動かない。
しかも、施設側の人間には純粋な善意でやってる者ばかりで、悪気はコレっぽっちもないのが厄介だ。
しかし、この映画を見た限りではの話だが、"治療"と称する行為は中身がまるで幼稚くさい。
困った時には悪魔払いみたいなことまでやらかす程度のエセ自己啓発で、人のセクシャリティを変えれると思ってるのだから、おめでたい話である

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この映画はコンバージョン・セラピーの実態を告発したものであるが、同時に主人公ジャレッドとその両親の葛藤と脱皮を描く、家族にとっての矯正の物語でもある。

父親のマーシャルは牧師という立場が重くのしかかる。
彼もヘタをすれば施設の指導員になってたかもしれない人物だ。
息子がゲイだと知って、うろたえるあまりに彼は自分が人の父親だということすら失念する。
神に仕える身としては、我が息子の問題でも家族の中で収められない。

まずは牧師仲間を呼ぶ。 息子に席を外させる。
息子の意見よりも他人の意見を乞い、その後、息子を呼びつけてストレートに「受け入れられない」と拒絶する。
モンスターにしか見えない息子に彼自身どう接していいのか分からないのも無理はなかろう。
聖書に気の効いたアドバイスなど書かれてはいない。 人類の罪を赦しても息子は赦せず、父として為すべきことを放棄し、他者に丸投げしてしまう。
宗教的原理主義のもろい一面だ。

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対照的に母親のナンシーは当初は戸惑いながらも、信仰からは一歩引いてジャレッドの問題と向き合う。
息子にとって善かれと夫に従うが、「あれもダメ、これもダメ」を並べ立てる矯正施設に抱いた最初の違和感が、彼女に賢明さを維持させた。

ナンシーという女性の第一印象は、牧師夫人にしては少々身なりが派手だということ。
彼女は聖職の家庭などに気を遣ってはいない。
真っ赤なマニキュアもするし、パーマもかけるし、スタッズでデコった服も着てるし、この辺りから若い頃は厳しい親にとんがりまくってたのだろうかと憶測を働かせる。
夫が牧師だろうと自分の感性を重んじる気質を持ってるのだ。

マーシャルが「父」である自分を忘れてしまうのに対し、彼女は「母」を保ち続けた。
「子供には苦痛が必要というけど、何かが違うと感じる」

ジャレッドが助けを求めるとソッコーで駆け付けて、サイクス「ニセモノ、恥知らず」と罵りながら息子を取り戻すオトコマエな母親は"クシャクシャになった1ドル札"の価値を理解していた。

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もちろんジャレッド自身も自分の価値をギリギリまで捨てなかった。

ジョン(グザヴィエ・ドラン)という青年はサイクスのいうことを信じて、頑なに男との接触を拒み、ゲイリー(トロイ・シヴァン)は「ここを出たきゃ、治ったフリをするんだ」と忠告する。

だがジャレッドは声を上げる。 矯正されるいわれなどない自分の本質を守る。
「僕はあなたを憎んでる。 こんなのが何の役に立つんだ」

地元を離れて暮らすことになったジャレッドに、父親は言葉をしぼり出す。
「大事なのはおまえの道がうまくいくことだ。最高の人生を送ってほしい。 孫を抱けない事を愚かにも恨んだ。 自分の信念でおまえを失うことになるかもしれない。 でもそれは嫌だ」

ジャレッドも勇気を出して伝える。
「僕はゲイで父さんの息子だ。 それだけは変わらない。 僕を失いたくないなら父さんが変わらなきゃ」

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劇中でジャレッドが母の運転する車に乗って、助手席の窓から手を出すシーンがある。
これを母が「危ないから辞めて」と注意するのだが、ジャレッドはこれをするのがお気に入りのようだ。

ラストでも彼が自分で運転しながら車の窓から手を出す。
このシーンで映画は終わるのだが、ジャレッドが閉じ込められていた殻を破るのを象徴する意味合いがハッキリと浮かび上がっている。
その車は元々、父が買い与えた車であるし、その中から突き出た彼の手が自由の風を感じ取っているその心地よさはヒシヒシと伝わる。

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監督のジョエル・エドガートン自身が好演したヴィクター・サイクスジョン・スミッドという人物がモデルになっている。
LIAの治療師を20年間勤めたスミッド自身も元はゲイで、LIAの創始者フランク・ワーセン(彼も元ゲイ)の指導のもとで「更生」したとされていた。

この物語の原作者ガラルド・コンリーが矯正施設を辞めた年から4年後の2008年に、ジョン・スミッドは突然LIAを脱退する。
「20年もこの仕事やってきたけど、同性愛矯正治療なんて何の効果もないよ。 なんでって僕自身、今も同性愛者だからね。 今まで何千人という少年少女を傷つけてきたことに関しては謝罪したい」

現在、ジョン・スミッドは“夫”と幸せに暮らしている。
映画の最後に出るテロップには衝撃というか、ずっこけるしかない。

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信仰偏重やアメリカのコンサバティブ批判の映画かと聞かれれば、そうだと言い切ってしまってもいい。

矯正されるべきは、「同性愛を“治す”、“治せる”」と信じ込んでる、特にアメリカ保守層やキリスト教関係者の思想である。
カトリック、プロテスタントの違いなどどうでもいいが、そもそもキリスト教は同性愛ばかりか「中絶NO」、「尊厳死NO」、「離婚NO」、「自殺はNO」(それは正しい)など、禁止ごとの多い「ノーノー教」である。

いや、イスラム教なども含め、だいたいが宗教は「アレをすな、コレをすな」が教えの基本で、「それさえ守らせとけば人様に迷惑かけないでいいじゃん」という安全パイの超守備的ライフ指向が隠れている。
宗教なんてのはたかがそんなもんだ。

何を信じようと、何を頼ろうと自由だが、人様の人間性まで破壊して作り直す権限を持った神などいないと断言しておこう。


「指向」と「嗜好」は違うが、仮に「嗜好」までとやかく言われるとしたら、こんなゾッとすることはない。
「おまえは映画ばっかり観て、けしからん奴だ。 そんなしょうもない嗜好は矯正してやる。 映画鑑賞から足を洗って神に赦しを乞え」

じゃかましい!


「賢人のお言葉」
 「我々の罪を赦すのは司祭ではなく、告解の行為そのものだ」
 オスカー・ワイルド 
(「ドリアン・グレイの肖像」)

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シャザム!&他にもこれ観ました
2019年06月03日

T0023716p.jpgマーベル・ムービーの本気を見せつけられたらDCも頑張らにゃあいけませんな。

DCエクステンデッド・ユニバースの第7作目として登場する「シャザム!」。
スーパーマンやバットマン、ワンダーウーマンに比べると、お戯れが過ぎるヒーローで、マーベルでいえば「デッドプール」的な位置。

14歳の少年ビリー・バットソンが、おもいっきり怪しい魔術師から一方的に魔法の勇者の後継者に指名され、スーパーヒーロー、シャザムになる能力を与えられる。
精神はクソガキのままでありながら、見た目は筋骨隆々のボディスーツ&マントのオッサンという「逆コナン状態」であるが、能力はマジ。

手からサンダーボルトをビーッ!
アホほどの怪力とアホほどのスピードを兼備したスーパーヒーロー。
ガキンチョがそんな能力を手にして、大いなる力がナンタラ、大いなる責任がナンタラと冷静にいられるはずがなく、いかにもアルアルなドタバタを繰り広げる。

七つの大罪の邪悪な力を手にしたゲーハーのオッサンとの壮絶な戦いが展開し、意外にも家族愛や友情というテーマにシフトするという、ちょっと意外な感動をもたらせてくれる。


ぶっちゃけ聞いたこともない、まったくノー知識のヒーローだった。
「シャザム」と最初に聞いた時、「シャザーンのことか?」と思ったくらいである。

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そうそう、これこれ。 『大魔王シャザーン』。
子供の頃、テレビでは「トムとジェリー」とか「チキチキマシン猛レース」、「スーパースリー」など洋モノのアニメがけっこう放送されていた。
『大魔王シャザーン』もその一本。

主人公の男女がウルトラマンエースの北斗と南みたいに、それぞれの指輪を合体させて「出てこい、シャザーン!」と叫ぶと、「アイアイサー、ご主人様」とシャザーンが現れる。
「パパラパー!」と呪文を唱える魔法で問題解決してくれる、エスニック満載のヒーローだった。

まもなく公開される「アラジン」のジニーとカブりまくっているが。

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「ちょっとちょっと。 そんなことはどうでもいいから。 僕の話はどうしたの?」
 そうだったな。
「そんなことやってっから、ブログが進まないのよ」
 へいへい。
「観た映画のこと書かなきゃいけないんでしょうが」
 これから書くんだよ。
「じゃあ、まずは僕の映画から」
 さっき書いただろ。
「もっともっと」
 ちょっと聞くけど、オッサンの体になったらアッチの方も大きくなるのかな?
「知らない。 見たことがないんだよね」
 なんで? 一番気になる所だろ、フツー。
「だからあ、そんなことより感想、感想」
 主人公の少年ビリーと悪役のシヴァナ。 どちらも親の愛に恵まれなかったことで共通するが、正義と悪の分岐点になるのが、血のつながりを越えた愛情や連帯感なのだね。
「ふんふん」

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 シヴァナがパワーをすべて我がものにしようとするのに対し、ビリー少年はみんなでシェアするというところも、社会が試されてる部分を表している。
「ほおほお」
 ビリーは遊園地で母親に捨てられたんだけど、シヴァナとの最終決戦の場が遊園地になる所も深い。 この映画は確かにオフザケが大半なんだけど、さりげなく絆の重みといったテーマを潜り込ませてるよね。 DCはネアカの映画でもキチンとストーリーを描けることを証明したね。
「ありがとうございます」
 こんなところでいいかね。 「アベンジャーズ/エンドゲーム」の記事で半月近くも要したので、ここからは溜まってる映画を高速でレビューしていくぞ。
「アイアイサー、ご主人様」

 急にシャザーンになったな。

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「希望の灯り」

東西統一された旧東ドイツの巨大スーパーマーケットで働く青年と周囲の人々の孤独と希望を描いたヒューマンドラマ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
首のあたりにタトゥーがちらりとのぞく、内気で無口なクリスティアンはライプツィヒ近郊の巨大スーパーマーケットで在庫管理担当として働き始めた。
飲料担当のブルーノが親身になって仕事を教えてくれ、クリスティアンはやがてフォークリフトの免許まで取得するまでになった。
お菓子担当の謎めいた女性マリオンに惹かれていくクリスティアンだが、マリオンは既婚者である。
それでも彼女と職場で一緒にいられる時間はクリスティアンにとって何よりの安らぎだった。
だがマリオンはぷっつりと職場に姿を見せなくなった。
居ても立っても居られないクリスティアンは彼女の家にこっそり忍び込んだりするが憂鬱は治まらない。
そんなクリスティアンを心配したブルーノは自宅に彼を招くが、ブルーノ自身も問題を抱えていたことをクリスティアンは知る。
まもなくしてマリオンは出勤してくるが、やがて思いがけない悲劇が起きる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ベルリンの壁が崩れて、東西ドイツが統一されたと言っても、実際のところは西による東の併合。
“統一”が特に旧東ドイツの人にとってはいいことばかりでなく、社会の変革に置き去りにされて孤独感や閉塞感を募らせている人々は多い。
この映画はそういった人々を一歩引いた視線で見守りながら、絶望に負ける者や希望を見出す者の淡々とした日常を描いている。
スーパーマーケットの倉庫内は、物が溢れてる社会のメタファーで、それでも満たされない孤独が、作業をする人たちの姿に投影されている。
どこかアキ・カウリスマキっぽいタッチながら、ドイツ統一の負の部分を考えさせられる作品。
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「リーチリフトって座って運転するタイプもあるんだね」
 アッシも初めて見た。 外国では主流らしい。
        


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「ザ・フォーリナー/復讐者」

ジャッキー・チェンの主演による、娘を爆弾テロで失った男の復讐劇。

ロンドンでレストランを営むクワン(ジャッキー・チェン)は、高校生の娘と二人だけの家族だった。
だがその娘が無差別爆弾テロの犠牲になってしまう。
クワンは犯人の名前だけでも知りたいと警察に日参するが叶わず、ある手掛かりから北アイルランド副首相ヘネシー(ピアース・ブロスナン)に探りを入れていく。
ヘネシーはかつて過激なテロを行っていた時期があり、今回の爆弾テロも彼が所属していた急進派「UDI」の仕業だった。
イギリス政府から犯人の特定を命じられて頭を悩ますヘネシーに対して、娘の復讐に駆られたクワンもまたテロリストの名前を明かすことを要求。
元特殊部隊の経歴を持つクワンは、ヘネシーの行くところ、爆弾を仕掛けては圧力をかけていく。
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ニコリともしないジャッキー・チェン。 今後、こういう役の割合が多くなっていくのだろう。
新境地というには大げさだけど、娘の理不尽な死にメンタルも少々壊れかけで、暴走と言っていいほど犯人探しと復讐に駆られる男を演じるジャッキーの鬼気迫る感じも見応えあり。
ピアース・ブロスナン演じる元過激派の現副首相が、昔の仲間とイギリス政府との板挟みになる微妙な立ち位置に設定してあるのも物語の面白さ。
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「でも、なんだかんだで申し訳程度にカンフーのシーンもあるよね」
 複雑だな。 余計だと思う半分、ジャッキーのカンフーが見れると嬉しくもある。
        


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「ドント・ウォーリー」

自動車事故により、半身不随で車椅子生活を送りながら、辛辣なユーモアを決して失わず、"世界で一番皮肉な風刺漫画家"といわれたジョン・キャラハンの実話を映画化。
今は亡き名優ロビン・ウィリアムスが映画化を熱望していた企画をガス・ヴァン・サントがその遺志を継いだ。

酒びたりの生活を送るジョン・キャラハン(ホアキン・フェニックス)はその日もパーティーに出て陽気な酒飲みのデクスター(ジャック・ブラック)と知り合い、泥酔した彼の運転する車に乗って事故に遭った。
命は取り留めたものの、胸から下が麻痺して車椅子での生活。
セラピストのアヌー(ルーニー・マーラ)との交流で笑顔とユーモアを取り戻していくが、介護人に頼るしかない生活は生易しいものではなく、次第に自暴自棄になっていく。
そんな時、禁酒会の主催者ドニー(ジョナ・ヒル)との出会いをきっかけに自分を憐れむのを辞めたキャラハンは、やがてイラストを描くことに目覚め、風刺漫画家になっていく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
良くも悪くもガス・ヴァン・サントかなと。
時間軸は飛びすぎるし、やや自己啓発的な点も気になるといえば気になる。
それでも観終わってみれば不思議と気分はホッコリ。
障害を持つ身になったことはないけれど、ジョン・キャラハンが自身で状況に向き合い、人を赦し自分も赦していく感情にどこか共感してしまう。
ホアキン・フェニックスが上手い! そこに引きずられてるのも確か。
まあ、周りの人がみんな素敵すぎるけどね。 そうでなければ、ジョン・キャラハンはそんなにちゃんとした人にはなれんかったかも。 特にジョナ・ヒル演じるドニーさんは素晴らしい人。
車を運転していたが、かすり傷程度で済んだデクスターと対面するシーンがウルウルもの。
無題 x 
「僕もママのことを恨んじゃいない。 ママの今の人生を祝福したい」
 大人になったなあ。いや、もうなってるのか。 いや、子供か? ややこしいな。
        


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「ハイ・ライフ」

死刑囚たちだけを乗せた宇宙船内で行われる禁断の実験を通して、人間の怒りや欲望をサスペンスフルに描くSFスリラー。

太陽系から遥か離れた宇宙空間を進む宇宙船"7"の中で、モンテ(ロバート・パティンソン)はまだ赤ん坊の娘ウィローと二人だけで孤独に暮らしていた。
"7"には出発した時には9人の乗組員がいた。
全員が死刑囚もしくは無期懲役の重罪人だが、ある科学実験に参加することを条件に刑を免除されたのだ。
その実験とは宇宙での生殖。
放射線などの影響で宇宙での生殖の可能性確率は非常に小さいが、医師のディプス(ジュリエット・ピノシュ)は執拗に実験を繰り返していた。
そしてもう一つの実験の目的地であるブラックホールに接近するうち、彼らを悲劇が襲う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
SF映画ってたまに観念的なストーリーの作品があるよね。
期待していたシチュエーション・スリラーとはほど遠く、さりとて作家主義というほどの重さもない。
ともかく、先読みする気すら沸いてこない、お経を読んでるようなストーリーを追うだけで苦行。

地球から遥か上空での生活、“ハイ・ライフ”。
宇宙空間の、それも宇宙船内の密室の中で性のタブーが取っ払われ、生存競争に散っていくように乗組員が退場していく。
残された父という男と、娘という女。 二人が行き着くブラックホールの先には・・・
これって、宇宙船が精子で、ブラックホールが女性の膣っていうメタファー?

なんにしても、眠気のあまり、途中数分間ほど意識がワープ。 それくらいに入り込めなかった、お手上げの一本。

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「行きたいなあ、ブラックホール。 パチスロファンなら新台入替は逃せないね」
 そのホールじゃない。 行ったら帰れないぞ。
        


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「轢き逃げ -最高の最悪な日-」

水谷豊の監督デビュー作「TAP -THE LAST SHOW-」に続く2作目は、自身の初脚本による完全オリジナルのサスペンスドラマ。

大手ゼネコンのエリート社員・宗方秀一(中山麻聖)は3日後に副社長の一人娘・早苗(小林涼子)との結婚を控えていた。
式を挙げるホテルでの打ち合わせの日。 ホテルへ向かうために車を運転していた秀一は少し焦っていた。
司会を務める予定の同僚で親友の森田輝(石田法嗣)も同乗していたが、彼が所用で遅れてきたために、早苗が待っているホテルでの約束の時間には間に合いそうもない。
そこで幹線道路から住宅街に入って抜け道を走っていた秀一だが、喫茶店の角を曲がった時、若い一人の女性を撥ねてしまう。
「人生が終わった」と呆然とする秀一に、輝は動揺しながらも「誰も見ていない」と逃げることを懇願する。
こうして現場から立ち去った二人はホテルで打ち合わせを済ましたが、いつかバレるのではと怯える日々を過ごす。
結婚式を終え、なんとかあの日のことをなかったことのように考えてやり過ごそうとする秀一と輝のもとに、事故のことを知っているらしい何者かの脅迫文が来る。
生きた心地のしない日々を送る二人に遂に警察の捜査の手が・・・・

一人娘の望を轢き逃げ事件で失った時山光央(水谷豊)と妻の千鶴子(檀ふみ)は二人の容疑者が逮捕されたと聞いても、特に憔悴しきった時山はなかなか日常を取り戻せないでいる。
準抗告で釈放された輝に事故直後の娘の様子を聞こうと詰め寄ったり、娘と仲が良かった友人たちの元を訪ねては、事故の日になぜ娘があの場所にいたのかを時山は知りたがった。
やがて警察から娘の遺品が返され、「携帯電話が見当たらない」と聞いた時山はわずかな違和感を覚え、再び娘の足取りを探る。
そして事件は予想だにしなかった意外な素顔を覗かせ始めるのだが・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
事件が急にサイコ・サスペンスな方向に転がり出すのは、一筋縄ではいかない意外性を作品に与えた点では面白いと言えば面白いけど、轢き逃げをした秀一の罪は結局変わらないしね。
あのサイコネタを付け加えなくても、轢き逃げを犯した加害者と同乗者、被害者とその家族という関係性の心理ドラマをもっと掘っていったら、言葉も出ないような凄い映画ができてたと思う。

いや、これはこれで十分にササる。
気丈な態度で夫を支えてきた妻が堰を切ったように慟哭するシーンは、やり切れなさで涙腺がヤバい。
このシーンやラストシーンも含めて妻・千鶴子役を演じた檀ふみは見事の一語。
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「悲惨な事故が多い。 今やどこでもかしこでも車が突っ込んでくる」
 高齢化社会だから、もちろん高齢ドライバーが多くなるのは当然で事故の割合も多くなるわな。 それと、「ながらスマホ」で車を運転するボケナスがどれだけ多いことか。 車という凶器を持ってる人間の質が落ちてる、恐い世の中だ。 なんとかせんとのぉ。
         


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「オーヴァーロード」

ナチスドイツは実際に非人間的な人体実験を数多くやってきた。 だもんで、イジられ半分で映画のネタにされるのもやむを得ない。
なんでもやってみたがるナチスが、まるで「冷やし中華はじめました」のごとく、「ゾンビを造ってみました」というB級風情が炸裂しまくるサバイバルホラー。
製作はJ.J.エイブラムス。

1944年6月。 第二次世界大戦末期。
連合軍はノルマンディー上陸作戦(暗号名オーヴァーロード作戦)を決行。
同時にドイツ軍の電波塔を破壊するため落下傘部隊を降下させる。
敵機の攻撃で仲間が次々と命を落とし、兵士たちはバラバラに。
二等兵のボイス、リーダー代わりのフォード伍長、狙撃の名手ティベット、カメラマンのチェイスら4人は森で出会った女性クロエの案内で村に辿り着く。
彼らはクロエの家でひとまず身を潜めるが、突然我が物顔で家にやってきた親衛隊将校ワフナーを拘束したのを機に電波塔破壊の任務を早める。
しかし、ボイスたちが迷い込んだある教会では恐ろしい人体実験が行われていた・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ゾンビを扱えばそれだけでB級のカテゴリーに振り分けられる。
それを見越して開き直ったかのように、B級映画はこうでしょ!みたいな面白さを存分に追及。
史実の戦争を舞台にトンデモな設定。 男ばかりじゃ面白くないので、「とりあえずヒロインは一人いれとけ」みたいな色付けも実行。
人体破壊も遠慮なく、ラスボス的な分かりやすい悪役と、いじられキャラの二等兵の成長や兵士たちの暑苦しい男気もちゃんと描かれる。
傑作というにはどうかと思うが、退屈はしない真っ当なB級娯楽作。
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「勘弁しろよ。 マジふざけんなよ、ナチスのアホ~。 ゾンビなんか造りやがってよ~」
 そんなに恐いのか。
        


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「ラ・ヨローナ ~泣く女~」

ラ・ヨローナとはメキシコの伝わる女の妖怪で、日本で紹介される場合は"泣き女"と翻訳される。
子供を亡くしてしまった母親が死後に妖怪となり、泣き声と共に出没して子供たちをさらうと言われている。
メキシコでは子供に対して「言うことを聞かないと、ラ・ヨローナが来るよ」と、しつけをするのだそうだ。

そのラ・ヨローナに祟られたシングルマザーの恐怖を描くホラー映画。 製作は「死霊館」シリーズのジェームズ・ワン。

1970年代のロサンゼルス。
警官だった夫を亡くし、二人の子供を育てているアンナ(リンダ・カーデリーニ)。
ソーシャルワーカーである彼女は、パトリシアという母親が息子たちを虐待してると思い、子供たちを保護する。
だがその子供たちは川で溺死し、パトリシアは"ラ・ヨローナ"の呪いを防ごうとしたのにアンナが邪魔したのだと彼女を恨む。
ほどなくして女の泣き声を聞いたアンナと彼女の子供たちは次々と恐ろしい現象に襲われる。
プールやバスタブ、トイレであろうが水のある所に出現する泣く女ラ・ヨローナ。
追いつめられたアンナは神父の助言でメキシコ出身の呪術医ラファエルに助けを求める。
果たしてアンナと子供たちはラ・ヨローナの恐怖から逃れられるのか・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最近、ホラー映画を観る時は「さあ、恐がらせれるもんなら恐がらせてみんかい」という上からの態度で構えて観る。
近年のホラーは本当に恐くなくなったし、オバケ屋敷方式の演出が目に余るので、どうしても「恐がらせ方」を審査するように観てしまう。
この映画の場合、どんな手を使うのかと観ていたが、まあまあ以外に正攻法が多い。
こう見せかけて、こう来ますみたいなものは少なく、けっこう真っ当に恐怖を仕掛けてくる。 
泣き声が聞こえてきたら「出ますよ」の合図だから良心的。 でも予想がつく分、恐さは「こんなもんですか」で終始する。
ラ・ヨローナ自体、手に負えないほどの悪霊でもないしね。 ヒロインが余計なことをしなけりゃ、20分で話が終わってたのでは?
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「ゾンビの次は妖怪? へへへへへ。 水があるところに出るの? 別にトイレ行かなきゃいいじゃん。 へへへへへ。 たいしたことないね。 へへへへへへへへへへへへ」
 恐さのあまり壊れたか。
        


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「レプリカズ」

キアヌ・リーブスが禁断の実験に挑む暴走科学者に扮する近未来SFアクション。
クローン技術がいよいよここまで来たかとなれば、家族を失った科学者もそりゃ倫理を超えたくもなりますわな。

プエルトリコのカリブ海に面した街アレシボ。
医療開発企業の研究施設に勤務する神経学者ウィリアム・フォスター(キアヌ・リーブス)は、人間の意識をコンピューターに移植する研究をしているが、実験はもう少しのところで失敗続きだった。
片腕の主任科学者エドは落胆を隠せず、上司のジョーンズは結果を出さなければ研究を中止すると通告する。
気分転換のため、ウィリアムは妻モナ(アリス・イブ)と三人の子供たちを連れて休暇に出発する。
だが悪天候の夜道で事故に遭い、家族は全員亡くなった。
悲観に暮れるウィリアムは、エドに遺体を運ぶのを手伝わせ、倫理と道徳の一線を踏み越えた計画を実行する。
死んだ家族をクローン化し、その体に生前の意識を埋め込もうというのだ。
実験は成功するが、やがて思わぬ事態が待っていた・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
記憶や意識を抽出する作業として眼球に針をブシュッと刺す、キワなシーンがいかにも作り手の「これがやりたかった」という意図がアリアリ。
監督をはじめとしたスタッフのクセの強さは侮れんぞと観ていたら、その通りにキアヌ・リーブス演じる科学者は相当にヤバいキャラで、コメディ半分くらいの気持ちで観た方が丁度いいくらいのイロモノ映画。

死んだ家族は4人で、クローンを造るポッドが3つしかなく、誰をあきらめるかを決めるのに、紙に名前を書いてドラフト会議のくじ引きみたいなことをするシーンはちょっと引いてしまうが。 めそめそ泣くんだったら、そこで引き返せ。
だいたいこの手のクローンもののSFは、クローン自体になんらかの欠陥が出てきて問題を起こすのだが、この映画の場合はノープロブレム。
そりゃ、こんな完璧な技術だったら、家族がいっぺんに死んだ科学者はその気になってもおかしくはない。
しかもラストが・・・。
え~っ! いいの? それでいいの? クローンだよ? "器"は大事じゃなくて、意識は本人だから割り切れるの? そういうものなの?
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「なんか所どころプロットが破綻してる映画だよね。 魔法じゃあるまいしさ」
 魔法のことを君が言っちゃいかんだろ。
         


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「ガルヴェストン」

組織に切り捨てられた殺し屋と、生きるために身を売るしかなかった少女の逃避行を描くクライム・スリラー。
監督は「イングロリアス・バスターズ」や「複製された男」などの女優メラニー・ロランで、これが長編監督作5本目。
ガルヴェストンとはテキサス州東部の島内都市。 ハリケーンに何度も見舞われる地域でもある。

故郷を捨て、裏社会で生きてきたロイ(ベン・フォスター)はボスの勧めで行った病院で肺に影の映ったレントゲン写真を見せられ、命の終わりが近いことを悟る。
あきらめを滲ませながらも、死の恐怖に怯えるロイ。
だがその夜。 ボスの命令で行った仕事先で彼は何者かに襲われる。
自分が切り捨てられたのだと知ったロイはとっさに相手を射殺し、その場に囚われていた若い女ロッキー(エル・ファニング)を連れて逃亡する。
体を売って生きてきた彼女を、ロイはなぜか見捨てられず、孤独な二人の危険な逃避行が始まる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
原作はニック・ピゾラットの「逃亡のガルヴェストン」で、ピゾラット自身が本作の脚色を担当したが、メラニー・ロランが脚本をいじったために、クレジットを拒否。
本作の脚本は『ジム・ハメット』という架空の人物名でクレジットされている。

脚本に手を加えられてなかったらどうだったかは、原作を読んでないので何とも言えないが、少なくとも悪い映画にはなっていない。
終末感を引きずる、明日のない二人の逃避行は、自らの生の証を刻み込もうとするタフなきらめきがある。
ロイがロッキーに感じ取っているのは捨てた故郷の母親の面影だろうかとも思ったが。
やがてこの逃避行は予想外の痛ましい悲劇を迎えるが、その先はハリウッド映画に有りがちな復讐譚に走らずに、意外な感動を持ってくる。
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「僕だって一人ぼっちじゃない。 今は大切な家族がいて幸せさ」
 きれいにまとめたな。
        


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「おつかれ~。 電気マッサージしてあげようか?」
 絶対いらないよ。
「映画ばっかり観てたらバカになるぞ」
 その逆だ。 勉強になるぞ。 そういえば君、宿題は済んだのか?
「あっ、いけね。 そうだ、二人のイジメっ子どもにやらせよう。 文句を言ったらケツの穴から稲妻注入だ」
 こいつ、だんだんツケあがってきたな。 ヒーローにあるまじき奴だ。
「僕、まだ子供だから分かんないよ、毛利のおっちゃん」
 誰が毛利のおっちゃんだ。
「えっ?じゃあ蘭ねーちゃん?」
 ねーちゃんでもない。 おまえ、どっちのキャラだ?
「フッフッフ。さあて、どちらかな? 真実はいつもひとつ!」
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アベンジャーズ/エンドゲーム (其の弐)
2019年05月27日

dd2i22b-d8019e41-be30-4b9f-86c3-983d60454936.jpg永らくお待たせいたしました。
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面白いの一語に尽きる。

ヒーロー映画の最終到達点を見せられたと言っても過言ではない。

上映時間は3時間。
大挙登場するキャラクターの数や、群像劇仕立てから、アンサンブルの魅力が炸裂するクライマックスまでのドラマの展開を思えば、3時間“程度”で収めた構成力は神がかっているほどに美しい。

(行ったことはないが)高級寿司屋のおまかせのように次から次へとお馴染みのキャラが投入され、感動や迫力、ユーモアなど多岐にわたるシークエンスがたたみ掛けるアトラクション的プロット。
これだけの顔ぶれとスケールの大きいドラマに見事なまでにバランスをもたらして、緻密に統制されている娯楽映画は記憶にない。

3時間は長い? いやいや。
全編に渡り、見逃し厳禁のキーポイントや見せ場が満載。 これほど贅沢な3時間はあるまい。
途中でトイレに立つなど大損必至の愚行。
膀胱がSOS状態でもしのぎ切れ。


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【尋常ではないオールスター・キャスト】

近年では「エクスペンダブルズ」シリーズや「オーシャンズ」シリーズなど、オールスター・キャスト映画というのはさほど珍しくなくなったとはいえ、この映画のスター大集結はえげつないほどの本気度が溢れている。

かつて「史上最大の作戦」(62)という、これもオールスター・キャストのスケールが目ん玉飛び出るほどケタ違いの戦争超大作があった。
同じく戦争映画の「遠すぎた橋」(77)も、よだれが出るくらいの豪華な顔ぶれが揃っており、これと「史上最大の作戦」はオールスター・キャスト映画の代表格の両巨頭として永らく君臨していたが、「アベンジャーズ/エンドゲーム」はこれをアッサリ凌駕してしまった。

MCUの個々の作品で活躍するヒーローたちが一堂に集結するそのお祭りムードは元から「アベンジャーズ」シリーズの売りではあったが、前作の「インフィニティ・ウォー」では、その前の「エイジ・オブ・ウルトロン」の時にはいなかったキャラ(スパイダーマンドクター・ストレンジブラックパンサー、ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー)が大挙加わり、凄いことになり過ぎていた。

「エンドゲーム」もキャプテン・マーベルアントマンが加わり、さらには「どうせ前作で死んだキャラたちが復活するんでしょ」ということになれば、どう収拾がつくのかと恐くもあったが、本作はその予想の遥か上をいく、「犬も歩けばスターに当たる状態」の大感謝祭になっていた。

単体作品で死亡したか、本筋からオミットされて、もうお目にかかることはないだろうと思われていたキャラクターもワンサカ出てくるというのは、まさにタイムトラベルさまさまである。
ナタリー・ポートマン、ロバート・レッドフォード、トム・ヒドルストン、ヘイリー・アトウェル、ティルダ・スウィントン、レネ・ルッソ、マリサ・トメイ、ミシェル・ファイファー、マイケル・ダグラス、リンダ・カーデリーニ・・・・

主要ヒーローだけでなく、脇キャラでも今回のストーリーに欠かせぬキャラなら、遠慮なくスクリーンにつぎ込む大盤振る舞いは只事ではない。
ワンカットだけとか、セリフなしの人も出てきて当然。
ラストの葬儀のシーンなんかは、いかにも「この映画のために」という、携わった人たちの結束感が滲み出ている。


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【“そう来るか”の連打で見せる娯楽の極み】

しょっぱなのサノスの首チョンパで「ええっ!?」と観客をのけぞらせるのを皮切りに、次々と想定を美しく裏切る展開や、観客に楽しんでもらうためのサービス精神が随所に溢れている。

なんといってもタイムトラベルでトニースティーヴスコットブルースの4人が2012年の「アベンジャーズ」のニューヨーク・バトルの現場に戻って来た時は、思わず変な声が出そうになるほどシビれる。

キャップアイアンマンソーら6人の周りをカメラがグルッと周る、お馴染みのスピン・アラウンド・ショットが転用され、まさに「アベンジャーズ」はここから始まったのだよなあという感慨深さが押し寄せるのだ。

3チームに分かれてタイムトラベルしてストーンを集めてくるシークエンスでの、想像だにしなかった「ド感動」。
ソーと母。 トニーと父。 スティーヴとペギー。 ネビュラとガモーラ。 そしてナターシャクリント
それぞれのドラマの中に、多くのものを捨てたか、あるいは奪われたかの、あらゆる未練を残してきたヒーローたちの人生が浮き彫りになる。

そして前回で死んだキャラたちの一斉復活シーンの鳥肌MAXカタルシス。
おそらくは、これをやりたいがために、あえて前作であれだけの犠牲者をこしらえたのだろうと思う。 前作の敗北感と今回の高揚感の反動の振り幅の大きさが感動につながっている。

サノス強すぎ大ピーンチ!という所へ、ちょいと待ったぁーっ!とばかりに、ドクター・ストレンジのスリングリングによって開かれたゲートウェイからヒーローたちが次々と現れるシーンは、「形勢逆転」という醍醐味を味わえるヒーロー映画の極致。
他にもキャプテン・アメリカのあのシーン。 アイアンマンのあのシーン。
何回でも観たいシーンが多すぎる。

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【結局、タイムトラベルって・・・】

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「カレー食べたい」 「どんなカレー?」
「う~ん・・」 「野菜がコロコロ入ってるやつとか?」
「え~」 「トロッとしてるカレー?」
「う~ん」 「まあ、おいしいけどね」
「もっとちょうだい」 「ビリビリってやつは?」 「え~」
「シャバシャバな感じ」 「シャバシャバ? へへっ、ナニそれ?」 
「え、わかんないわかんない」 「えっ、じゃあそのまま調べてみる?」 「そのまま?」
「『近くの』・・・」 「うん」 「『シャバシャバな』・・・『カレー』」
「出てくるね」 「えっ、めちゃ多くない?意外とあるよ」
「こういうのとか?」 「アハハ、これ。 これがいいよ」
「これで」 「あってますか?」 「あってます」 「シャバシャバだ」
「あ~、それからさ」 「なに?」
「『アベンジャーズ/エンドゲーム』でさ、ストーンを集めに行くのにタイムトラベルするじゃん?」
「話の飛び方がシャバシャバだね」
「あれさ、過去を変えても現在の状況は変わらないってブルースが言ってたよね」
「実際そうだったよね。 現在のネビュラが過去のネビュラを殺してもなんともなかったし」
「いいの?それでいいの?」
「いいんじゃない?」
「それだと今までのさあ、タイムトラベルものの映画とかが間違ってるってこと?」
「間違いだってハッキリ言ってたよね。 そこが凄いよね。 他の映画を劇中で全否定するってだけでこの映画は前代未聞だよ」
「でもショックだなあ。 『ある日どこかで』とかいい映画なんだけどなあ」
『ビルとテッドの大冒険』とか。 キアヌ・リーブスがペーペーだった頃の」
「それ知らな~い」 「グーグルで調べる?」 「いや、いい」 「いいのかよ」
「結局『親殺しのタイムパラドックス』は起きないってことだね」
「今や量子力学的にはそっちの方が定説になりつつあるからね。 宇宙は並行なの」
「そんなもんなんだ」
「ただし、ストーンを同時刻に持ち帰って、みんなを生き返らせたら、ストーンは元の場所に戻さないと並行宇宙が増えすぎてえらいことになるからね」
「坊さんが言ってたね」
「ってか、シャバシャバなカレーは?」 「あっ、忘れてた。 今から行こうか」
「アベンジャーズのアライグマもカレー食べるのかな?」 「グーグルで調べる?」
「いや、載ってないっしょ。 まあ、アライグマは雑食だから何でも食べるよ」
「シャバシャバなカレーでも?」
「シャバシャバでも食べるんじゃない?」
「てか、アライグマって言ったら怒られるんだって」 
「いいじゃ~ん、アライグマでぇ」

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「その辺にしとかねえと、シャバシャバな血の雨が降ることになるぜ」

本作のタイムトラベルの件に関しては賛否両論が行き交っている。
過去と未来を行き来するSFネタは古今東西ツッコミが絶えず、かの名作「バック・トゥ・ザ・フューチャー」も学者の間では誤りだと指摘する人も多い。

この映画では「過去を変えても現在には影響がない」ことが大前提で、ローディ「サノスが赤ん坊の頃に行って殺しちゃえばいいじゃないか」と言うと、ブルースに即座に否定されるように、「過去に行ったとしても、それはその人の未来でしかなく、これまでいた現在は過去でしかない」ということ。
ネビュラネビュラを殺そうが、ロキがスペースストーンを持って逃げて行ってしまおうが、未来が変わることなどないのだ。
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タイムマシンで10年前に行き、「10年前の自分」を殺しても、「タイムマシンに乗る10年後の自分」が存在していないと「10年前の自分」を殺すことができないので、"自分"にとっては「タイムマシンに乗った」ことが過去となり、「タイムトラベルした」ことが未来という時間の流れができてしまう以上、“10年前の現在”で何をしようと、その前に居た“10年後の過去”には何ら干渉できないってこと・・・かね?
???
なんか・・・自信がなくなってきた。

だいたい、誰もタイムトラベルなんてやったことがないんだから、何が正解かは分からんわい。(開き直った)
とにかく過去の出来事をどうこうしてもダメなんだから、アベンジャーズが行うのは、メンバーの誰かとストーンが同じ場所同じ時期に存在していた時代に行ってストーンを持って、同じ時間に帰ってくること。 それが重要。


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【大切な人との過去】

2012年のニューヨークへタイムトラベルし、ロキをとっ捕まえるドサクサからパワーストーンをちょろまかそうという作戦が不発に終わり、急遽ストーンとピム粒子が同時に存在していた1970年の陸軍研究施設へと飛ぶ。

そこでトニーキャップはそれぞれ自身の運命と切っても切れぬ人との出会いを果たす。

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1970年。 トニーの父ハワード・スタークはこの時すでにS.H.I.E.L.D.の設立者として世界平和のための研究に勤しんでいた。
彼の妻マリアは出産を間近に控えている。
これから生まれてくる子供こそがトニーである。

トニーは研究施設からスペースストーンを盗み出せばさっさとズラかるつもりだったが、タイミング悪く父ハワードと遭遇してしまう。
ハワードは特に怪しんでる様子もなく、トニーのことを新米の職員だと思っているようで、不思議というか、やはりというか自然と会話へと入っていく。
この、トニーが自分が生まれる前の父親としばらく語り合うシーンは実に感動的で、その後のトニーの世界を救う行動にも深く関わっているのだ。

ハワードトニーが二十歳の頃に死んだ。
それまでは家庭を顧みない仕事人間の父とトニーとの親子関係は良好なものではなかった。
キャプテン・アメリカの話ばかりする父に反発し、トニーは女遊びに呆け、そんな息子に父親は余計に厳しくあたった。
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だがトニーにとっては今や尊敬してやまない父ハワードである。
仕事のことしか頭にないカタブツだとばかり思っていた父は、まもなく生まれる子供のことを気にしていたのがトニーには驚きだった。
「君、結婚はしてるのか?」
「ええ。 娘が一人います」
「子供が生まれる時ってのはどんな気分なんだ? こういう時は男は何もできないな」


世界のために働いている勇敢な父は、自分が人の親になることに初々しく動揺し、子供の名前は何にしようかと悩んでいる。
自分の知らない父親の一面がトニーには意外でもあり、新鮮でもあった。

「大義のために個人の幸せをあきらめる必要はない」と父は言う。
そういう想いでいながら、何よりも自分を犠牲にしてきたのは父ではなかったか。
「カネで時間は一秒も買えない」
その通りだなとトニーは思う。

「世界平和のために尽くしてくれてありがとう」 心からの感謝の言葉がトニーの口からあふれる。
こうして父と抱擁したことなど記憶にない。 買えなかった時間の優しさに包まれながら、世界のために戦うトニーの心は一段上の高みに上ろうとしていた。

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ピム粒子を奪ったスティーヴは、とっさに隠れた部屋からブラインド越しにペギー・カーターを見た。
スティーヴが唯一心から愛した女性である。

スーパーソルジャー計画が縁で出会い、互いに心を開き合える仲になり、デートの約束をした矢先に無情の運命が二人を引き裂いた。
冷凍状態から目が覚めれば70年もの歳月が流れ、次にスティーヴが会ったペギーは認知症を患い、老人ホームで寝たきりで過ごしており、やがて亡くなった。

スティーヴにとって、失われた70年間はあまりに重い。
自分をずっと待ち続けてくれた愛する人を幸せにしてやれなかった悔恨は、スティーヴの頭から離れなかったことは一度もない。

今いる時代は、自分が消えて二十数年後。 もっとオバサンになっているかと思ったペギーは70年前に別れた時とさほど変わらぬ美しい人だった。
ガラス一枚隔てられてても、今、小さな空間で二人きりになっているこの時間。
あの時代は、こんなささやかな幸せさえ叶わなかった。
自分がキャプテン・アメリカになったからこその出会い。 キャプテン・アメリカだったからこその悲恋。
苦い運命を噛みしめながら、スティーヴの心には“あったかもしれない”違う人生の想像が広がっていた。
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ダークエルフに襲われる前のアスガルドに行ったソーが母と再会し、自分が行くべき道を見出すように、トニースティーヴも、もう会えることのなかったはずの大切な人との再会がひとつの殻を破る重要な時間となる。

ヒーローのみならず、誰にとっても時間とは本当に貴重なものだ。
過ぎ去ってみて初めて、そのかけがえのなさに気づくこともある。
だが、今回のアベンジャーズは一時的に取り戻した時間から大きな力を得たのだ。


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【ナターシャの決断】

まさか、ここでこういう展開になるとは思わなかった。

クリントナターシャはソウルストーンを手に入れるため、惑星ヴォーミアに向かう。
このストーンはある種の意志を持っており、手に入れようとする者には犠牲を求め、「愛する者を失うこと」という条件を実行せねばストーンは手に入らない。

前作でサノスは義理の娘ガモーラを崖から突き落としてソウルストーンを手にした。
サノスが来る前の時間にやってきたクリントナターシャ。 もちろん、この場には彼ら二人しかいない。
どちらかが死を選ぶしかない状況で、クリントナターシャも自分が犠牲になることを譲ろうとしない。

「何を犠牲にしても・・・」
「君は困った奴だな」

家族のないナターシャにとってアベンジャーズこそが家族。
その温か味を尊ぶ彼女にとって、家族を失う事は耐えがたい悲しみ。
もしクリントを死なせてしまおうものなら・・・。 クリントがいないアベンジャーズを想像するだけでもナターシャは辛かったのだ。
ならば私が・・・・

荒みきったクリントと東京で再会した時。 悲しい目をした彼の表情をまのあたりにした時。
この時からナターシャは、絶対に彼の家族を元に戻してやらねばと決意したのだ。

「いかせて。 お願い」
「よすんだ。 頼む」

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いつも自分の気持ちに真っすぐで、時々どこか寂しげで、恋多き女だったナターシャ・ロマノフ
ブルースクリントの心を癒し、トニースティーヴの間でワンクッションの役目となり、アベンジャーズをいつも陰で支えていた。

特殊な力のない、それも女性の身でありながら、臆することなく敵に立ち向かっていった彼女の最期の闘いは、"家族"のために愛を貫くことだった。
「いかせて」と言った時の彼女の、どこかホッとしたような表情が鮮烈だ。
ここで私たち観客は確信する。
彼女の死が報われないはずがないと。


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【手から手へ】

アベンジャーズの映画は毎回「チーム力」の素晴らしさが描かれる。
例えるなら、音色の異なる多種の楽器と奏者が揃ったオーケストラによる美しきアンサンブル。
能力も違えば考え方も違う個性的なヒーローが一堂に会しながら、一つの目的のもとに力を合わせるという結束力の協奏曲なのだ。

今回は、前作のマイナス状況から元に戻すためのプロジェクトである。
サノスが宇宙の均衡のためにストーンを集めたのを、今度はアベンジャーズが実行する形だ。

その分、今まで以上にアベンジャーズがとチームとしてひとつになり、信頼し合い助け合う、人間味あふれたエモーショナルなドラマの色が濃い。

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象徴的に強調されてるのは『手』。
誰かが何かを手にし、それはまた誰かへと託される。
手から手へ。 世界の希望があらゆる形で、あらゆる手を渡り、繋がれていく。

「世界はこの手の中にある」というスティーヴが言うように、希望とは自身が手放さない限りは決して潰えることがない、世界を変える力なのだと語られる。

★こじつけるなら、キャプテン・マーベルトニーの乗った宇宙船べネター号を「素手」で持って帰ってくるところが始まり。

キャプテン・アメリカの盾がトニーの「手」からスティーヴの「手」へ。

クリントナターシャの「手」が離れた時、クリントの「手」の中にはまるでナターシャの化身であるかのようにソウルストーンが握られていた。

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そもそもインフィニティ・ガントレットが「手」の形をしているのも象徴的だった。

みんなの「手」で集めてきたストーンによってガントレットが完成するが、これを使えるのは肉体的にもハルクしかいない。 そのことはナターシャも知っていたはず。
それでも危険ではあるがブルースは必ずやってくれるだろうとナターシャは希望を託したのだ。
「彼女のためにもやらなければ。 これは僕の役目だ」
ハルクナターシャの想いの詰まったガントレットをその「手」にはめる・・・・


そして、アベンジャーズの計画を察知して過去から現世界にやってきたサノスの急襲。
アイアンマンキャプテン・アメリカソーらが束になって立ち向かうが、サノスのシャレにならぬ強さは相変わらず。
ソー絶体絶命という時に、ここでまたしても大きな力をその「手」にする者が現れる。
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ソーの武器であるハンマー「ムジョルニア」がキャプテン・アメリカの「手」に飛び込んでくるシーンは思わず腰が浮きそうになるほどの興奮だ。
ムジョルニアはウルという超金属でできており、高潔な心の持ち主でなければ持ち上げることはできない。
アーサー王の聖剣エクスカリバーのようなものである。

かつてこれを地球でソー以外が持ったのはヴィジョンだけ。
スティーヴは床に置かれたムジョルニアをコンマ何ミリか動かしたことがある。 それを見ていたソー(もしや)と思っていた。
そこにきてムジョルニアを手にしたキャップの覚醒。
ソースティーヴという人間の正義の心のポテンシャルに興奮する。
「やっぱりな」

純正の正義が服を着たような男キャプテン・アメリカのヒーロー魂が一段階進化。
彼はヒーローのコスチュームに身を包んだスティーヴ・ロジャースではない。
これが真のキャプテン・アメリカなのだ。

そしてさらに、もう一人の男が真のヒーローへと覚醒する。 が、その前に。


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【団結こそ最終兵器。 超興奮の総力一大決戦】

ハルクのフィンガースナップによってすでに世界は元に戻っていたが、ここぞというタイミングで登場するのがヒーローたるもの。
最初に現れたのはブラックパンサー
そして次々と、前作で消滅していたヒーローたちがドクター・ストレンジのスリングリングから姿を現す。
オオッ!オオッ!の連続ながら、ピーター・パーカーが飛び出して来た時にはどこかホッとする。

「アベンジャーズ、アッセンブル!」

キャプテン・アメリカのこのセリフはコミックなどではお馴染みのフレーズで、映画では今までそれをキャップが発したことがなく、ここにきて遂に発動。
この作品のために寝かせておいたのだろう。 にくすぎるぜ、マーベル。

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ヒーロー大軍団vsサノス軍の激突。
「なんも言えねえ」とはこのこと。
いや、本当は席から立ち上がって「いったれぇー!」と絶叫したいくらいだった。

それほどまでに脳が高揚し、テンションが上がったヒーロー映画はかつてない。
これまでの「アベンジャーズ」のシリーズでは群を抜いたスペクタクルが、躍動的なカメラワークで展開される。
ヒーロー全員集めましただけではこうはいかない。
すべては「アッセンブル!」のために、そこから逆算して「エンドゲーム」が作られているのは明白。

物語が始まって、「どうなる、どうなる」から「まだか、まだか」、「いよいよか」へと引っ張っていく演出と構成が小憎らしいほどに練り込まれているので、アッセンブルの「キター!感」と全員一斉突撃のカタルシスは、「インフィニティ・ウォー」の絶望感を帳消しにするどころか、あっという間にお腹いっぱいのハイリターン。

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映画では「ガール・パワー・シーン」とも呼ばれている、女子編成チームの活躍が熱い。
キャプテン・マーベルレスキュー(ペッパー・ポッツ)ワンダ・マキシモフ、ワスプ、マンティス、ヴァルキリー、オコエ、シュリ。
う~ん・・・囲まれたい!
「こういうこともやったら楽しいよね」という作り手のサービス精神が神!

これはやっぱりアレだろうか。
以前、ハリウッドを中心に巻き起こった「MeToo運動」の暗喩だろうか。
ではサノスがハーヴェイ・ワインスタインってこと? そういえば似てる気もする。

クリントブラックパンサー、スパイダーマンらの手から手へと渡ったガントレットがキャプテン・マーベルへ。
やがてそれは一人の男のもとへと辿り着く。


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【I am Ironman】

戻ってきたドクター・ストレンジトニー・スタークが聞く。
「おまえの言ってた1400万分の1はこれか?」
いや。 まだその時ではないのだ。
「今、明かしたら実現しない」
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そしてインフィニティ・ガントレットがトニーの目の前に転がってくる。
ストレンジが人差し指を立てた。
これだと。 今なのだと。  自分が見た未来はコレだと。

トニーも“タイム泥棒”の作戦の頃から、薄々腹をくくっていたのだろう。
ガントレットが誰にでも使える伸縮性のフリーサイズにしてあったことや、ビデオメッセージまで残してあったのは、ヒーローとして天命を全うする覚悟ができてたからだろう。

「私は絶対なのだ」サノスがうそぶく。
サノス(Thanos)」の名はギリシャ神話の死の神タナトスを由来にしている。
そのサノスが自分を「Inevitable(“避けられない”、または“必然”)」の存在だと言う。

死の神からは絶対に逃れられないのか。 そうではない。 
おまえが絶対なのなら、ヒーローも絶対に負けない。 ヒーローは絶対に勝つ。
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「それなら私はアイアンマンだ」

キャプテン・アメリカがムジョルニアを振り回せる神に近づくほど、一人の人間から真のヒーローへと覚醒したように、トニー・スタークもまた、「パワードスーツをまとったトニー」ではなく、真のヒーローである「アイアンマン」に昇華したのだ。

しかし、このあと、10年に渡ってその活躍を観てきた私たちはトニー・スターク=アイアンマンを見送らねばならない悲しい時を迎える。
何度でも観たいシーンの多い映画だが、このシーンはできればあまり観たくない。 

愛弟子ピーター・パーカー「勝ったよ、スタークさん。 あなたが勝ったんです」という言葉は届いただろうか。
疲れただろう。 だがもう終わったのだ。
「ゆっくり眠って」
ペッパー・ポッツ
の手のぬくもりを最後に感じながらトニーは逝く。

壮絶なるヒーローの最期を見届けた私たちには、ただただ感謝の言葉しかない。
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無題 tony iron_man_2_660 kjh 220px-Robert_Downey_Jr__as_Iron_Man_in_Avengers_Infinity_War.jpg
女好きでナニ様な武器商人から始まり、やがて平和の尊さに目覚めたトニー・スタークアイアンマンの道を歩み始めたと同時に私たちの、彼と共に行く道は始まった。

命を守るにも争いは必要か。
平和のために犠牲はやむなしか。
世界はヒーローを求めてるのか。

彼と共に考え、彼の戦いに声援を送った10年間を私たちは忘れはしまい。
幾多の葛藤にぶち当たりながら、愛する人や仲間のために正義のハートを燃やし続けてきた鉄の男の長い旅がここで終わった。

「3000回、愛してる」
愛娘モーガンちゃんに贈られる「I Love You」にこちらの胸も熱くなるのだが、葬儀の時のモーガンちゃんがハッピー・ホーガンから「何が食べたい?」と聞かれて「チーズバーガー」と答えた時は3000回泣きそうになった。
フツー言えるかなあ? 抱きしめてやりたいよ。
無題 vfe
これは「アイアンマン」(08)で、テロリストのもとから脱出したあとに「チーズバーガーが食べたい」と漏らしたトニー・スタークのセリフのオマージが当てはめられたもの。
映画を観終わった後、チーズバーガーが食べたいと思った人はアッシだけではあるまい。

「3000回、愛してる」をはじめ名セリフが雨アラレと降り注ぐこの映画だが、モーガンちゃんの「チーズバーガー」はもはや神のお言葉。


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【キャプテン・アメリカの生前退位】

戦いが終わり、トニーの葬儀が終わり、残っているのはインフィニティ・ストーンを元の場所に戻す作業。
スティーヴは6個のストーンを持って量子トンネルから過去へと飛ぶ。 こちらの世界の時間では、ものの数秒の作業である。
親友のサムバッキーが見送る。

「俺がいない間、バカはするなよ」
「バカをするなら、バカがいないとできないだろ?」
バッキーは薄々分かっていたのではないか。 スティーヴが帰ってこない事を。
・・・・・・・
まさに衝撃と言えば衝撃のシーンである。
トニー・スタークはヒーローのままで死ぬことを選択したが、スティーヴ・ロジャースは違う道を選択したのだ。

「成功か失敗か、どっちの顔だ?」
「自分の人生を生きてみたくなった」
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これに関しては、無責任ではないのかとの声も聞かれる。
だが、アッシはこの時に思った。
現上皇陛下が天皇在位時に表明された「生前退位」を。

その命尽きるまで務めを果たさねばならぬ立ち場があるというのは分かる。
だが、それ以外の人生を選べるチャンスがあるなら、そうすべきではないか。
お疲れ様、もう充分ですから次の人生を歩んでくださいという気持ちの方がアッシは強い。

ワンダ・マキシモフサノスに向かって「おまえは私からすべてを奪った」と言う。
両親と弟とヴィジョンを失ったワンダのように、他のヒーローも恩人なり家族なり、誰かを失い、その無念を糧としてヒーローへと成長していった。
両親を亡くしたトニーも、恋人を亡くしたスティーヴも、母や兄を亡くしたソーも、ナターシャを失ったブルースも、キャプテン・マーベルスパイダーマンアントマンも、ヒーローというのは喪失という土壌の上で育つ。

それでもなお傷つきながらヒーローは戦わねばならない。
だが、一人くらいは我々観客も一緒になって開放してやってもいいヒーローがいていいはずだ。
だから、ヒーロー映画としては画期的と言ってもいいこんな締めくくりがあってもいいではないか。
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世のため人のため。 その揺るぎない信念のために我が身を投げ打ち、ひたすら正義のために邁進してきた男、キャプテン・アメリカ=スティーヴ・ロジャース
一歩も引かない理念と行動で、アベンジャーズを束ねてきたヒーローの大黒柱。
友情を重んじ、愛する人を一途に想う彼の生きざまは、令和を迎える我々に昭和の男気を思い起こさせてくれた。
ありがとう、我らがキャップ
 
そしてキャプテン・アメリカの盾はサムの手に。
おお、これもまた「手から手へ」。
「ベストを尽くすよ」
「だから君に託す」

果たせなかったペギー・カーターとの約束のために。
待ち続けるペギーのもとへ。 
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『It's Been A Long Long Time』

 ♪ 私に一度キスして それから私に二回キスして
  それからもう一回キスして
  それはそれは長い、長い時間
  こんなこと感じなかったでしょ、あなたは
  私が覚えていられないくらい時が経ったの
  それはそれは長い、長い時間だった 
 
by Harry James and Kitty Kallen


エンドロールが終わると小さな金属音が鳴っていたね・・・・・
トニーアイアンマンのマーク1を作っている音ですな。

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さて、今後のMCUがどのように展開していくかは定かでないが、何よりも心配なのは、この映画以上の作品などおそらく作れないだろうという危惧である。
無理じゃないのかね。

アメコミヒーロー映画史にその名を刻む永久不滅の傑作。
見事に最期を飾ったマーベルの一時代。
新たな新章は果たしてどんな感動をもたらしてくれるのか。


「賢人のお言葉」
 「私に必要なのは行動すること。 一日一日を偉大な英雄の魂のように不滅のものに私はしたい」
 ミハイル・レールモントフ

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アベンジャーズ/エンドゲーム (其の壱)
2019年05月17日

bb1dec302d34db04.jpgあらためて。
30年に渡った平成の世が終わった。

「笑っていいとも!」や「めちゃイケ」が終わり、「こち亀」の連載も終了。
SMAPが解散し、安室奈美恵が引退し、イチローが現役生活に別れを告げた。

数々の「ひとつの時代」が去って行った中、平成と令和をまたいだ晩春にさらに我々は偉大なる「ひとつの時代」とサヨナラせねばならない。

2008年にスタートし、血湧き肉踊らせ、夢と希望の世界へ誘ったヒーローたちの一大大河、「マーベル・シネマティック・ユニバース」(MCU)もまた、本作「アベンジャーズ/エンドゲーム」をもって、ひとまず区切りが付けられることになる。

アメコミ・ヒーロー。
我々日本人にとっては洋モノのコミックが生んだヒーローとなると、それまではスーパーマンとバットマンというDCの二大巨頭の方になじみがあり、マーベルではせいぜいスパイダーマンくらいしか知名度で勝負できるヒーローはいなかった。

そこに来て、2008年。 日本では「インクレディブル・ハルク」の次に公開された「アイアンマン」という魅力たっぷりのヒーローの出現によって、我々はマーベルの世界に片足を突っ込むことになる。
このアイアンマンの存在という功績は、その後のMCUの展開に取ってかなり大きいものになった。

「マイティ・ソー」、「キャプテン・アメリカ」、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」、「アントマン」、「ドクター・ストレンジ」、「スパイダーマン」、「ブラックパンサー」、「キャプテン・マーベル」・・・・・
正義に燃え、等身大の悩みに葛藤しながら全力で戦うヒーロー。
ヒーローの魅力に国境がないことを改めて知った我々は、次から次へと登場するアメコミヒーローに喝采を贈った。

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そして2012年。 ヒーローたちが一同に介して敵と戦うオールスター映画「アベンジャーズ」の登場が歴史の一歩を刻む。

互いの垣根を越えて団結する心と姿が輝きを放つアンサンブルは、ヒーロー映画にひとつの可能性を示したエンタテインメントの極地ともいえる傑作だった。
もちろんヒーローたちは浅はかな仲良しこよしのまま、汗と涙と血を流してきたわけではない。
敗北の恐怖から間違った道を選択したり、守るべき優先順位と大義の狭間で揺れ動く彼らの間には時として軋轢が生まれ、アイアンマンキャプテン・アメリカは袂を分かつまでに至った。

それでも、そんな彼らだからこそグッと来たのだ。
誰もが何かを犠牲にしてきた。 貴重な“授業料”を払って彼らはヒーローになり、正解のない戦いを続けてきた。
葛藤と決断を繰り返しながら巨悪に立ち向かっていく、人間より人間らしくあったヒーローたち。
そんな彼らの伝説が遂に終わる。

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丁度、昨年の今頃に公開された「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」。
宇宙の均衡を保つためには生命の半数を消滅させるべきという歪んだ信念に囚われた宇宙の暴君サノス
その無限の力を発揮できる6つのインフィニティ・ストーンをすべて奪おうとするサノスとそれを阻止するための戦いに挑んだアベンジャーズだったが、最終的には義理の娘の命さえも差し出す覚悟を見せたサノスに軍配が上がる。

ガントレットを装着したサノスの指パッチンひとつで、人類をはじめとするすべての生命の半分が消滅。
スパイダーマンドクター・ストレンジブラックパンサースターロードスカーレット・ウィッチファルコンウィンター・ソルジャーなどが次々と塵となって消え去って行く、その衝撃のエンディングはトラウマになるほどの絶望感を観客にもたらした。

これを観て、次作の完結編に興味を持たぬ者などいないであろう。
この1年間、ネット上で流出だのリークだのという余計なお世話の情報などには耳目を貸さず、早く観たいという渇望感にジッと耐え続けてきたた。

平成最後に鑑賞する映画をこれに決めて、迎えた4月30日。
退位礼正殿の儀のその日、アベンジャーズもまたひとつの“退位”となったその作品は、これまでのヒーロー映画の鑑賞で経験し得なかった、一つ上の次元の感動があった。

これより語るアベンジャーズ最大最後の激闘の記事『其の壱』。
ここから先の文章は、「もうみんな観たよね」と決めつけて書いていくのであしからず。


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まず、前作終了後、アベンジャーズが直面した未曾有の難局を打破するキーパーソンになるのは誰なのかというのが話題になった。

やはり、1400万605通りの未来を覗いてきたドクター・ストレンジが、トニー・スタークを救うためとはいえ、易々とタイムストーンをサノスに渡すはずがないだろうというのが大方の見方だった。
アッシもストレンジがタイムストーンに、時限的な何かが発動するような仕掛けを施した上で手放したと見ていたが どうやらそうではなかったようだ。

だが、“トニーを救うためにストーンを手放した”ことには重大な理由があったことに違いなく、「これしか道がなかった」というストレンジの選択は、“トニーが生きていなければならない未来”が大きく関わっていたのだと我々は知ることになる。

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その後、公開された「アントマン&ワスプ」では、悪役というほどの悪役が登場するでもなく、ハナからケツまで量子の言葉が飛び交うほど量子世界の関わりが大きく描かれた。

本編が終わり、ミッドクレジット・シーンで量子世界へ行くスコットに声をかけたジャネット・ヴァン・ダインのセリフには「時間の渦(タイム・ヴォルテックス)」の存在が明かされている。
その直後、ピム博士、ジャネット、ホープは塵となって消滅してしまうが、量子世界に行っていたスコットは閉じ込められたとはいえ、難を逃れた形となった。

そして、その後に解禁になった「アベンジャーズ/エンドゲーム」の予告編で、アベンジャーズの基地の監視カメラに語りかけるスコットの映像を見てキャップ「録画映像か?」と驚くシーンを見せられれば、『量子世界』こそが逆転の鍵ではないかと感じた方も多いだろう。
予告編の第2弾でも、アベンジャーズの生き残りメンバーが全員同じ白いアーマーを着て歩いているシーンも『みんなで量子世界へ行くため』という解釈が、ほぼ大方で一致する見方だった。

要するに、というか、結局のところ。 死んだ者を甦らせるためには「タイムトラベル」しか手がなかった訳だ。

ドクター・ストレンジアントマンの他に、アベンジャーズの反撃の鍵を握る人物がこれまでアレやコレやと考察されてきたが、映画を観終わってみると、ほとんどの人物がそれなりに大事な役割を果たしており、“タラレバ”ではなく、「○○が~したから」、「△△が~したので」という「カラノデ」が随所に見受けられる。
ヒーロー集合映画に絶妙なバランスを取った2012年のノウハウが、ここではさらに高いレベルで応用されているのだ。
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物語の大筋と流れを要約すると~~

~ 家族と幸せに暮らしていたホークアイ=クリント・バートン、突然妻子の消滅に遭う
トニー地球に帰還 
~ アベンジャーズ、とある惑星の“農園”に向かってサノスを殺害 ・・・ストーンは破壊されて原子に戻ったとのこと
~~~ 5年経過
アントマンスコットが量子世界から帰還して合流 ・・・ 量子トンネルを使って過去へ行き、消えた人々を戻す計画を提案
バートンナターシャと再会し、計画に参加
~ すでに家族持ちのトニーは当初計画を拒否するも、後に翻意して、“タイム泥棒”作戦開始
~ インフィニティ・ストーン全6個の回収に成功
~ 過去のサノスがアベンジャーズの動きを察知して、ネビュラからピム粒子を奪う
ハルク=ブルースがガントレットを使って、人類復活のための指パッチン
~ ピム粒子で現代にタイムスリップしてきたサノスの軍勢、アベンジャーズ本部基地を襲撃
アイアンマンキャップソーらがサノスと再戦
~ 消滅していたメンバーたちが復帰しての一斉集結しての総力戦
 
アベンジャーズ・アッセンブル!

ポイントとなる個所はあまりに多い。
ストーリーの流れに関係なく、キャラクターごとにチャプターを立てて「アベンジャーズ/エンドゲーム」を説いていこう。

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【我こそは絶対なり。 野望一途の暴君、サノス】

あの手この手でインフィニティ・ストーンを集めて、生命の半分をリストラしてみせた恐怖のコストカッター。
地球での野望を果たしたあと、彼はとある惑星に行き、ストーンを破壊する目的でもう一度ガントレットを使用したらしい。
その後、また別の惑星に行き、自ら“農園”と呼んでいるそのまんまな長閑な場所で夢の田舎暮らしを満喫している。

ストーンをはめたガントレットを使うと強力なガンマ線によって肉体を蝕まれるため、2度も使ったサノスは歩くのがやっとのポンコツ状態。
そこへ居場所を嗅ぎつけた生き残りのアベンジャーズがアポなし訪問。
破壊されたストーンは原子に戻って、この世界にはないのだということを白状した途端、ソーによって首をぶった切られて絶命する。

映画が始まって30分経ったか経たないかの内にサノス死亡というビックリな展開。
しかし、ここからナンヤカンヤあって、アベンジャーズが過去にタイムトラベルしてストーン集めに奔走してることを知った(過去の)サノスが現代にやってきて、結局またオマエとやんのかいという、絶好の仕切り直しへとなだれ込むのだ。

「敗北に耐えられなかったか。 過去を知る限り、新しい世界を拒絶する者が現れる」


さて今一度、映画の冒頭部から。
無題
 前作、タイタン星でサノスと対峙したものの、そのあまりの強さに屈し、ストーンは奪われるわ、ストレンジスパイダーマンも消滅してしまい、ネビュラと二人っきりになってしまったアイアンマン=トニー・スタークは、航行不能の上、残りの酸素がわずかになったべネター号の船内で、あとは死を待つばかりの状態。

アイアンマンのヘルメットに向かって、ペッパー・ポッツに対して「死ぬ時は君の夢を見るよ。 でもSNSには上げるなよ」というメッセージを残すトニー

そんな、“もう、あきまへんわ状態”のトニーを誰がどうやって救出するのかも気になる重要案件だったが、適任者は「そりゃそうだよね」というか、当然彼女しかいない。
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【最強覚醒。 宇宙を救うトップガン、キャプテン・マーベル】

3月に公開された『キャプテン・マーベル』のミッドクレジット・シーンで初めてアベンジャーズの前に参上したマーベル嬢
彼女がいなければトニーはとっくに宇宙空間で即身成仏と化していた。

いや、突き詰めれば、ニック・フューリーが消え去る寸前に、マーベル嬢から渡されていたポケベルを送信したのが超ファインプレイだったかも。
地球で何が起きたかを知った彼女は、宇宙までひとっ飛びし、トニーの乗ったべネター号を軽々と地球まで“お持ち帰り”してくる。

能力はスーパーマン級で、既出のマーベル・ヒーローの中ではスピードもパワーもケタ違い。
地球と同じことが起きた別の惑星に出張してヒーロー活動。
その忙しさから一旦物語から退場するが、クライマックスのオイシイ所で再登場。
「私が手伝おうか? ピーター・パーカー」

出番は少ないが、十分に主役級の動きで貢献。
MCUのフェイズ4以降の主軸となる可能性は高い。


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【未踏領域の希望。 『BTTF』を地で行く専業主夫、アントマン】

『アントマン』(15)で量子世界に入ってしまったスコット・ラングは、とっさの判断で拡大ディスクを作動させて現実世界に帰ってきたが、『アントマン&ワスプ』の最後では拡大ディスクを持たずに量子世界に行ってしまっている。

では今回どうやって帰還できたのか? 確かに謎ではあるが、ちっちゃいことは気にしないワカチコな精神でスルーするのがエンタメ映画を楽しむための鉄則。
まあ、なんやかんやとやってたら帰ってこれたってことだろう。

現実世界に帰ってきたら5年経っていたという浦島さん状態で、愛娘のキャシーちゃんが助かっていたのが何より。 10歳から15歳になってたら全然変わるもんだね。 あたりまえか?

量子世界を使って、消えてしまった人たちを復活させる手立てを提案した言い出しっぺとして、彼もまた重要な貢献者。
「5年は5時間。 量子世界では時間の流れが違う」
トニーから「バック・トゥ・ザ・フューチャーを地で行くつもりか?」とダメ出しされるが・・・。

量子トンネルを使っての実験では赤ん坊になったり爺さんになったりのコメディパートもあるが、バトルでは巨大化ヴァージョンで大活躍。


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【愛か憎しみか。 孤高の暗殺者、ネビュラ】

サノスに忠誠を誓いながらも憎んでおり、ガモーラにも姉と認めながらも、やっぱり対決で勝てなかった憎しみを持っている。
好きと嫌いの感情がややこしくなっている、面倒くさい女だ。

「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のシリーズでは、どうもウザく感じて仕方がなかったヴィランだったが、本作の冒頭でトニーと即席のミニゲームをしており、たかがそれに負けたぐらいで、エサをもらえないゴリラのようにキレるキャラの相変わらずさは却って愛おしい。
そんな彼女がよもやのキーパーソンとなる。

野望を果たしたあとサノスがどこへ行くのかを再三聞いてた彼女はそれをリークし、いざサノスに再会した時、(自分には本当のことを言ってたんだな)という複雑な感情を覗かせる。
「お父様は嘘をつかない」

サノスがパワーストーンを手に入れたあとの過去の惑星モラグにローディと向かった時、その時代のネビュラと波長がシンクロしてしまい、サノスにアベンジャーズの作戦がバレてしまう。
しかも捕まってピム粒子を奪われてしまい、バトルへの引き金になるという、ある意味、話を面白い方向に持って行った“立役者”。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

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「最近ヒーローものの映画多くない?」 「あ、たくさんあるよね」
「なんだっけな?」 「飛ぶやついない?」
「まあ、だいたい飛ぶけどね」 「あ、確かに」
「めっちゃムキムキなのいるよね」 「人間?」
「人間だと思う」 「あとさあ、アライグマみたいなやつ」
「あ、それさあ、アベンジャーズじゃない?」 「なんか、新しいやつあるよ」
「え~?」 「調べてみる?」
「うん」 「グーグルでぇ、『アベンジャーズの・・・』」
「アベンジャーズの?」 「『新しいやつ』」 
「そのままだね」 「これじゃない?」 
「あーっ」 「エンドゲームぅ」 「いや、こっから見れるよ」 (カチッ)
「てかさあ、アライグマ、カッコ良くない?」 「うん」
「アライグマって呼ぶと怒るらしいよ」 「いいじゃ~ん、アライグマでぇ」
「へへへ~」

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「おめえら、そんなにハチの巣にされてえのか?」

【反逆の浣熊。 怒れる顔面ファー、ロケット・ラクーン】

「ケッ、近頃の地球は、くっだらねえCMばかりやってやがんな」
 すいませんねえ。
「腹の虫が収まらねえ。 BPOに言いつけてやろうか」
 いやJAROの方じゃないですかね? 
「どっちでもええわい!」
 アライグ・・いや、ロケットさん、今回も大活躍でしたね。
「そうかあ? ヒゲデブの子守りで精一杯だったぞ」
 それで十分。 神様の顔面を張り倒せるのはアライグ・・いやロケットさんだけ。
「俺の知らんうちにヒーローが増えたなあ。 ちっこくなるオヤジとか、光ってるネーチャンとか」
 マーベル嬢に『顔面ファー君』って言われてましたね。
「ベッピンの言葉責めは嫌いじゃねえ。 例の呼び方さえしなきゃな」
 ハードボイルドなマスコットとして、ちょっとの言動でも場をさらうアライグ・・・いや、ロケットさんのキャラクターは貴重ですよ。
「なあ、おまえ」
 はい
「さっきから“ア”と“ラ”と“イ”と“グ”と“マ”を言いたそうにしてるが、俺の気のせいか?」
 だと思いますよ。 
「宇宙船ぶっ飛ばして銃をぶっ放して、それでケモノ呼ばわりされちゃたまったもんじゃねえ。 ロクに宇宙に出たこともねえヒーローと比べりゃ俺様がどれだけカッコいいか」

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「俺の船で吐くなよ」


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【その力を誰がために。 救いを求める超人、ハルク】

自分の中にあるパワーと、本当の自分との間でこれほど葛藤してきたヒーローは他にいまい。
激しい怒りを糧に得る強大な肉体とパワーは、自分を見失うと共に愛する者さえ傷つけかねないリスクを負っている。

ヒーローとして求められながら力を制御できない自分を常に責めていたブルース・バナーだが、「マイティ・ソー バトルロイヤル」(17)の際には異星で暮らしていたせいか、ハルクの姿のままでも意思疎通能力が向上するまでに至っている。

そして「インフィニティ・ウォー」でサノスに惨敗を喫してから、変身しようにもハルクの人格が拒否してできない体になってしまっていたが、今回は肉体と脳の融合に成功。
ブルースの人格を失うことなく、ちょっと小さめのハルクになったままの状態になった。
字を読む時はメガネもかける。
子供たちとの写真撮影にも気軽に応じるなど、前作からのコメディパートを引きずっているのだが、今回のハルクは相当に重要な役割を果たしてみせるのだ。
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悩める彼をいつも慰め、勇気づけて支えたのがナターシャ・ロマノフであり、ソーでもある。
この二人とのつながりがブルース・バナーの中の使命感を動かす大きな要因ともなっていて、本作ではより深く、いくつかのヤマ場に関わっている。

「インフィニティ・ウォー」でサノスを倒し損ねたソーがその後、“農園”で死にかけのサノスを意味なく殺して、どうすることもできない無力感から隠匿してしまう。 そんなソーを今度はブルースが立ち直らせる。
「君に助けられた」

2012年のニューヨークで、ドクター・ストレンジの師匠エンシェント・ワンと直談判し、タイムストーンを持ち返ることにも成功するが、さらにブルース・バナーには大きな役目をこなす時がくる。 深い悲しみと共に。


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【なりたい己を求めて。 失意の雷神、ソー】

サノスを殺し損ねた失敗を悔い、やっと見つけたサノスのもとには既にストーンはナシ。
くたびれたサノスの首をはねても、これ以上事態をどうすることもできない虚無感に陥った彼は、港町でアスガルドの数少ない生き残りの民と共に隠匿生活に入ってしまった。

酒呑んで寝るだけの生活を5年も続け、ライザップもさじを投げるドスコイボディとなり、モップみたいなヒゲがボーボーという堕落のお手本ヴィジュアルと化した今回のソーはコメディ要素が強め。
神様なのにメンタル弱すぎじゃないかと思えるが、精神的にすんなりと処理しきれない憂い事が彼の場合多すぎるのだ。

アスガルドの王位継承者として国の全滅を防げなかったこと。
目の前で義弟ロキが殺されたこと。
両親や親友ヘイムダルの死。
元カノのジェーンを危険にさらしてしまい、別れてしまったことも未だに引きずっている。
サノスの頭さえ狙っていれば・・・というミステイクは想像以上にソーの心を折ってしまったのだ。
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劇場がざわつくほど激太りしたソー
グラサンをかけ、これにギターを持たせたら完全にZZトップである。
もちろんこれはクリス・ヘムズワースが“頑張った”のではなく、ファットスーツという特殊コスチュームだそうで、かなり重いらしい。

消えた人々を戻す手が残ってることを知ったソーは、ロケットと共に過去のアスガルドへとタイムトラベルし、亡くなる前の母フリッガと再会する。
「善き人、ヒーローとはありのままの自分を受け入れること。 あなたの望む自分になりなさい」

自分の弱さを知ることから前へ進む力が生まれる。
「俺はまだやれる」


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【選ぶべき道のために選ばれた。 雑草の弓世主、ホークアイ】

ホークアイ=クリント・バートンはアベンジャーズを離れ、家族と幸せに暮らしていた(形式上は自宅軟禁)。
しかしサノスの野望が実現した瞬間に、クリントひとりを残して家族は消滅してしまう。

傷心のクリントは『ローニン』と名を変えて、世界各地を周り、悪党たちを問答無用に殺しまくる日々に明け暮れていた。
ローニン来日東京訪問大歓迎。
いきなり真田広之登場。 ローニンに襲撃されるヤーさんの役らしい。 しかし出番はものの数分。

「なぜ、こんなことをするんだぁ!」
「オマエラミタイナクズガナゼ、イキノコッテルノカーッ」
大勢の人が死んだ。 クリントの家族も。 善人悪人関係なく消え去り、もちろん社会のクズも同じように死んだ者もいれば生き残った奴もいる。
クリントは、生き残った悪党どもをどうしても捨て置けない。
この手で悪党を片っぱしから葬らねば、何の罪もない家族が消え去った理不尽に対する気持ちの整理がつかない。

なぜ、「死ぬ方」と「残る方」に人々は選ばれたのか。 自分はなぜ、生き残ったのか。
死ぬべきクズどもを斬るために。 それが己の選ぶべき道。 その道を行くために自分は選ばれたのだとクリントは剣を振るう。
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こんなことをして何になるのかと虚しさだけが募り、どんなに悪党の屍をこしらえてもクリントの心は晴れない。
そこへ彼の行方を追ってやってきたのはブラック・ウィドウ=ナターシャ・ロマノフ

アベンジャーズ結成時からの腐れ縁である二人は共に特殊能力を持ってる訳でもなく、アイアンマンのようなスーパーウェポンもなく、鍛え抜かれた肉体とアナログながら研ぎ澄ました戦闘技術だけでヒーローと肩を並べて戦いに身を投じた。
そんな二人だからこそ、二人のあいだだけに通じ合える特別な共感がある。

それまで二人は意識しなかった。 その感情が愛であることを。
そして、その愛に気づいた瞬間に、どちらかが愛を捨てる道を選らばねばならない修羅場が訪れるのだ。
「お互い、考えてることが違うようだな・・・」


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【Avengers is Family。 殉愛の女傑、ブラック・ウィドウ】

アベンジャーズの紅一点、ブラック・ウィドウ=ナターシャ・ロマノフ。 彼女にとって身も心も拠り所にしているのはアベンジャーズを置いて他にない。
幼少期から数奇な運命を辿り、国家の隠密として諜報の世界で暗躍してきた。
S.H.I.E.L.D.のエージェントからアベンジャーズへ。 とかく戦いだけに費やされてきた彼女の人生。
仲間たちが大切な家族となっていったのも必然だった。

「あたしには何もなかった。 でも手に入れた、この家族を。 離れ離れになってもいい人間であり続けたい」

その家族を取り戻すためにナターシャは、まだあきらめない。
ふいに現れたスコット・ラングが希望をもたらし、「それでも全部は救えない」と言うキャップにナターシャは、あきらめの心の弱さをクールにたしなめてみせる。
「そう思わせたのなら、数少ない私の過ちのひとつ」
ここが現代の豪姫ナターシャ・ロマノフの凄さ。

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彼女は、アベンジャーズという家族の中の母であり、妻であり、姉であり、妹であった。
傷ついた男たちを支え、励まし、時に共に汗と血を流しながら、ナターシャは歓びを知った。

クリント・バートンブルース・バナーに女としての気持ちを抱きながら、アベンジャーズの戦士として、その愛のために殉じる覚悟はいつでもできていた。
孤独で過酷なブラック・ウィドウの戦いの人生は、一つの大いなる決断を持ってピリオドが打たれる。


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【英雄は退かず。 不屈の正義バカ一代、キャプテン・アメリカ】

敗北感に打ちのめされたヒーローたちは5年間もの間、心の傷に苦しんだ。
ソーは堕落し、クリントは殺戮に駆られ、トニー・スタークはヒーロー活動から身を引いた。

ヒーローの存在の意味も失われた世界で、キャップの心境にもさざ波が立つ。
彼は家族を失った人たちの心のケアを努めていた。
「進むしかないんだ。 世界はこの手の中にある。 僕らにしかできないことをする。 そこに生き残った意味がある」

進むしかないと言いながら、キャップ自身もどこへ進めばいいのか分からない。
サムバッキーもいない。 家族は元からいない。 生き残った意味さえもつかめない彼はこの世界で孤独を味わっていた。

同じく身寄りのないナターシャは未だアベンジャーズの活動にすがっている。
そんな彼女にキャップは、進む方向を変えるのも選択肢の一つではないかと聞いてみる。 答えは分かり切っていたが。
「新しい道を行くこともできるのでは?」
「お先にどうぞ」
だがこの会話が後々、意外な形で現実となるのだが。

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思えば70年前。 国にその身を捧げた彼は、いざヒーローへの道を歩みだした矢先に大きく運命が変わってしまった。

愛するペギー・カーターも親友バッキーもいない世界で70年の眠りから目覚めた彼は、その未練を断ち切ろうと戦いの場に自らを埋没させた。

アメリカの希望。 アメリカの理想。 そして、正義へと導くアメリカのキャプテン。
平和のためには寝る間も要らぬ。 孤独を脇に置き、ひたすらにヒーロー道を邁進し続ける。
それ以外は頭になく、少々青いところもあったんだなと、2012年にタイムトラベルでやって来たキャップは当時の自分と対決しながら複雑な思いに駆られていた。

おまえはひとりぼっちじゃないぞ、スティーヴ。 バッキーはまだ生きてるんだ。

「アメリカのケツか・・・」


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【3000の愛をこめて。 不滅の鉄のハート、アイアンマン】

サノスに敗れ、キャプテン・マーベルに助けられて地球に帰還したトニー・スターク
何もかも手遅れで打つ手なし。
スティーヴと幾度となく自衛論を交わしていたトニーの最も恐れていた事態だった。
「負けるときは一緒だと言ったよな? そして負けた。でも君はいなかった。 今やアベンジャーズは報復しかできない」
絶望したトニーはアベンジャーズから距離を取る決心をする。

5年後。 トニーは妻ペッパー・ポッツと幼い娘モーガンと共に幸せに暮らしていた。
量子世界から帰還してきたスコット・ラングからのタイムトラベルの提案を即座にダメ出し。
「プランク単位系を阻害し、ドイチェの定理を引き起こすぞ」
ふ~ん、なるほどなるほど・・・・・ いや、分からん!

彼は恐れていた。 もう、誰かを失うのは御免だ。
「トニー、立ち向かわなきゃ」
「その結果がこれだろ」

 それでもトニーの心にずっとトゲのように刺さっているのは、ピーター・パーカーのことだった。
自分があの坊やをこちらに引き込んでしまった負い目がある。
ピーターを失った家族や友人の心痛はいかばかりか。 
自分は今、のうのうと家族と平穏な生活を送っているというのに。

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人工知能「フライデー」のシミュレーションでタイムトラベルが可能であることを知ったトニーは再びアベンジャーズに戻ることを決意する。
「仲直りだ。 怒りは心を狂わせる」

「シビルウォー」の一件で「父が作った盾を君が持つ資格はない」トニーが預かっていたキャプテン・アメリカの盾が2年越しにスティーヴに返された。
君が必要なのだ、キャプテン・アメリカあってのアベンジャーズなのだという意志をトニーが示してみせた、このシーンはあまりにも新鮮だ。

元より最初の頃から今いちソリの合わなかった二人である。
ヒーローというものの立ち位置に対して幾度となく意見が衝突した。
自分たちを兵士と称するスティーヴトニーは公然と批判し、スティーヴトニーを自己中心的だと嫌悪感を示していたこともあった。

そんな反面、互いに認めっていた部分もあるのだが、「シビルウォー」での一件は決定的な遺恨を残した。
最後にスティーヴからトニーに送られた手紙にまだ救いがあったとはいえ。

両雄並び立たずを地で行く、二人の「ヒーロー観」をめぐる人間ドラマも「アベンジャーズ」シリーズの魅力でもあった。
トニーの父からスティーヴへ、スティーヴからトニーへと渡りゆく盾は再びスティーヴの手に帰る。
両雄は遂に並び立つ。

タイムトラベルしてのストーン奪還作戦が失敗した2012年のニューヨークで、トニースティーヴに秘策を持ち掛ける。
「私を信じるか?」
「もちろん」
男と男の和解は美しい。

無題 i 

今回の記事はここまで。

とにもかくにも、この映画、あまりにも書くことが多い。

あのシーンがどうだ、このシーンがああだと、誰彼となく語り合いたくなる、激押しハイライトシーンの数々を書き尽くす次の記事「其の弐」は近日UP。
しばし待たれい。

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平成のうちにこれ観ました Part2
2019年05月08日

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「ビューティフル・ボーイ」

芸能人が薬物で逮捕されるニュースを見ていて、いつも不思議に思う。
いや、芸能人に限ったことではないが、なぜあれほど手を出しちゃダメだと世間が言ってるモノに人はフラフラッとなるんだろうか。

健康を害するだけでなく、バレて手が後ろに回ったら、今まで築き上げてきたキャリアのすべてを失うのだ。 メリットなんか何にもない。
健康にも良くて安上がりなストレス解消法なんぞ山ほどあるはずだ。 なのに犯罪行為だと承知してて有害な異物を体に入れるというこの不思議。
興味を持つという要素が見当たらない。 それでも手を出す奴は手を出す。
どういう気持ちで「クスリをやりたい」と思い立つんだろうか? 
他人に迷惑をかけていないという意識と、辞めたくなったら辞めれるという自信がそうさせるのか?
ということは、「薬物ってこんなにも恐ろしい」という啓発が不足してるんじゃなかろうか?
ともかくクスリで人生をパーにする愚か者はもちろん、クスリを売るカスどもをこの世から根絶せねばならない。 令和の目標はコレだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
薬物に溺れていく息子。 なんとか立ち直らせようと心を砕く父親。
実在のジャーナリスト、デヴィッド・シェフとその息子ニック・シェフの、薬物依存との闘いの実話を映画化した愛と再生の物語。
父デヴィッドにスティーヴ・カレル、息子ニックにティモシー・シャラメ。

治療施設に入っては脱け出しを繰り返し、父親の愛を乞いながらも、誘惑に抗えずに苦悶する息子。
なぜこうなったのか?どうすればいいのか?を自分にも周りにも問いかけながら、徐々に道を見失っていく父親。
お互いの想いは同じなのだが、手立てが見えてこないために、時には自ら相手を突き放してしまう。

原作者が薬物を克服したのは承知であるがゆえに、いかに父と子の絆を語れるかだが、「すべて」という言葉を繰り返して儀式のようにハグする二人の姿と、ジョン・レノンの歌などを通して、十分に感動できる下地はある。
ただ、ドラッグに手を出したこともないし、近しい者にもそんな人はいないので、この父子のドラマに感情移入できるほど追いつけないのは確か。 悪い映画ではない。 薬物と闘うアメリカ社会の目線からすれば良作だと思う。 
だが、個人的にはむしろ薬物依存の恐さの方がずーっと頭に残る。

この映画を観て、「薬物って、やっぱりその気になれば克服できるんだな」なんて思われては困る。
手を出したら終わりでっせ。
        

 
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「ハロウィン」

40年前の我が国は「ハロウィンってなあに?」と言うぐらい誠に平和な国でした。
アメリカの季節行事のことではなく、どちらかというと「ハロウィン」=「ホラー映画」というイメージがつく方が先だったのではないでしょうか。
それが1978年のジョン・カーペンター監督作「ハロウィン」であります。

スリラー映画の異端児カーペンターが創造したマスクの殺人鬼マイケル・マイヤーズがバッタバッタと人を殺しまくるスラッシャー映画はその後、亜流やリブートなどを含めて9本のシリーズ作が作られ、近作はロブ・ゾンビの監督による2009年の「ハロウィンII」が最後となっていました。

それから10年、まさかの11本目。 「まだやんのかい」というお叱りの言葉もなく、カーペンターが製作総指揮を務め、さらにはシリーズのミューズでもあるジェイミー・リー・カーティスがローリー役で復帰しての新作ですが、予想以上に良かったと思います。

シリーズ2作目以降はなかったことにするという「ハリウッド忖度」によって、これが1作目からの正当な続編。
残虐描写を抑えていた1作目を踏襲して、殺すシーンでも“そのもの”をまともに描写しないという手法を本作も取っていますね。
その分、多少ビックリ箱的なやり口が目立つとはいっても、それでも恐さはホラー映画らしからぬほどの控えめ仕様になっております。

クライマックスはホラー映画だということを忘れたかのように「マイケルvsローリー」の因縁バトルへと展開。
40年前はピーピー泣きながら逃げ回るだけだったローリー嬢が「いつでもこいや」みたいな戦闘モードバッキバキでマイケルを迎え撃ちます。
この時代を経ての変わり方が萌え。
 
ジェイミー・リー・カーティス本人はもう髪真っ白ですが、ここではあえてブロンドにしてくれました。(ウイッグでしょうかね?)
彼女は還暦ですが、スッと立った姿勢が美しいですね。 しかも、出るところ出てますしなあ、グヒヒヒヒ。 あ、いや失礼。
かっこいいオバチャンって、たまんねえぜ!
        


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「愛がなんだ」

角田光代が2003年に発表した恋愛小説の映画化。

28歳のOL山田テルコ(岸井ゆきの)。
マモル(成田凌)に一目惚れした5ヶ月前からテルコの生活はマモル中心となってしまった。
仕事中、真夜中とどんな状況でもマモルが最優先。
 仕事を失いかけても、友だちから冷ややかな目で見られても、とにかくマモル一筋の生活を送っていた。
しかし、そんなテルコの熱い想いとは裏腹に、マモルはテルコにまったく恋愛感情はなく、マモルにとってテルコは単なる都合のいい女でしかなかった。
テルコがマモルの部屋に泊まったことをきっかけに、2人は急接近したかに思えたが、ある日を境にマモルからの連絡が途絶えてしまう。
自分の何が悪かったのか? 悶々としながら失意のどん底に落ちるテルコだったが、ようやく自分をリセットして職探し。
と、思ったその矢先、再びマモルから連絡が。
どこまでも“自分系”のマモルに振り回されるテルコの凶暴で愛おしい片想いの行方は・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
どのキャラクターに感情移入できるかによって感想が変わってくるんだろうとは思いますが、それ以前にアッシはどうもモヤモヤしちゃいましてね。
ストーリーは別につまらなくはない。 面白いこともないが。
好きになれないキャラクターが多く、しかもリアルだから、なんかイラついてくる。
よくできてるけど、妙な映画じゃ。

テルコもマモルもキャラは不思議ちゃん。
「あんた、不思議ちゃんというよりブキミちゃんだよ」と言われるほどのテルコは特にアッシのダメなタイプ。 いい言い方すりゃ、それだけリアルなんですけどね。
そんでもって、話が進むにつれて徐々にキャラが崩れ出し、“あんたがそんなこと言う?”みたいなマトモなこと言いだして人にまで説教たれるようになる。
お~お~、どうしたどうした。 愛ってもんが分かりはじめたからか? ナカハラは自分そのものだって見えてきて自分が哀れになってきたか?

だから余計にな、葉子との関係を受け入れてたナカハラ君の言葉がリアルでストレート。 こいつ、ええ奴やわ・・・。
だから、あんな素敵な写真が撮れるんやろな。

おや・・・なんだかんだでこの映画、見入ってしまってますね。
というのも、役柄の好き嫌い関係なく、3人の女優の演技が素晴らしいなと見とれてしまった次第。
岸井ゆきの。 朝ドラでの覚醒はほんの序章。 これが本気の岸井ゆきのだ!
岸井とは「まんぷく」つながりである元乃木坂の深川麻衣も佇まいから一つの世界を作り出す、いい演技なんですわ。
そして、すみれさんの役を演じた、江口のりこ。 役柄を選ばない人だけど、こんな引き出しも持ってるのかと驚かせられました。
        


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「アガサ・クリスティ― ねじれた家」


ミステリーの女王アガサ・クリスティーは、長編、中短編、戯曲、別名義作品などをひっくるめて、250近くの著作を発表しており、29作品が映画化されています。
クリスティーは自伝の中で「自作の探偵小説の中で私が最も満足している二作は『ねじれた家』『無実はさいなむ』である」と記していまして、すでに『無実はさいなむ』は1984年に『ドーバー海峡殺人事件』として映画化されています。

そして、もうひとつの女史お気に入りの作品である『ねじれた家』が1949年発表から70年の歳月を経て遂に映画化が実現。
監督は「サラの鍵」のジル・パケ=ブレネール。
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若い頃に無一文で英国へ渡ってレストランとホテルの経営で大成功を収め、巨万の富を築いた“伝説の人物”アリスティド・レオニデスが亡くなった。
その孫娘のソフィア(ステファニー・マティーニ)は、かつての恋人である私立探偵チャールズ(マックス・アイアンズ)のもとを訪れ、誰かが祖父を殺したに違いないと打ち明ける。
チャールズはロンドン警視庁タヴァナー主任警部(テレンス・スタンプ)に、アリスティドの遺体から毒薬が検出されたと聞かされたのち、さっそくレオニデス家の大豪邸へと向かい、調査を始める。
そこでは3世代にわたる一族が暮らしており、巨額の遺産をめぐって、疑惑と嫉妬と敵意をぶつけ合っていた。

アリスティドの亡き前妻の姉で大伯母として一族を取り仕切るイーディス(グレン・クローズ)。 後妻とその愛人らしい家庭教師。 映画製作の資金が欲しい長男とその妻と娘ソフィア(依頼人)、長男と次女。 会社が倒産寸前の次男とその妻。 そして乳母。
強烈な個性を放つこの家庭の住人にはほぼ全員が主人を殺害する動機があった。
やがて、遺産を一族に平等に分配すると記した遺言書が無効であることが発覚したことからチャールズはようやく真相が見えてきたことを確信するのだが、彼の推理をあざ笑うかのように第二の殺人が起きる・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ポワロもミス・マープルも出てきませんが、原作の外交官の設定を私立探偵に変更。
古典的な犯人探しミステリーの醍醐味が存分に味わえる物語です。

容疑者候補の登場人物がやや多めで、誰の名前と誰の顔とで混乱しがちってのがこういう映画のパターンだと心づもりしておかねばなりません。
事前にパンフを買うことにしましてね。 ネタバレの文章が目に入らないように注意しながらページを2枚めくれば、思った通り相関図が載ってました。 この事前勉強は大いに役立ちましたね。

誰が犯人なのかを探偵と一緒になって推理しながら、実に楽しく鑑賞。
やっぱ面白いなあ、こういう「どうぞ皆さんも考えてみてください」みたいな挑戦的謎解きミステリーは。

アッシの推理は全然ハズレましたね。 その方がいいんだけどね。
まさかまさかの衝撃のオチに悶絶。 そう来るか! これぞアガサ・クリスティーですわな。
でも余韻も何にもなしで映画がプツンと終了しますね。 これって原作どおりなのかしら?
        


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「僕たちのラストステージ」

1920年代から40年代頃にかけて一世を風靡したローレル&ハーディというお笑いコンビがいました。
細身で皮肉屋のスタン・ローレルがボケ担当。 ふくよかで陽気なオリバー・ハーディがツッコミ。
多くのスターが苦労していたサイレントからトーキーへの移行時代の波を乗り切り、些細な争いが次第に大きな騒動に発展していくドタバタ劇で人気を博したコンビで、日本では「極楽コンビ」の名前で多くの主演コメディ映画が公開されています。 
正直、そんなに馴染みがありませんがね。

この映画は50年代のすっかり人気が凋落したローレル&ハーディの物語で、ともに人生を歩んできた二人の再起とコンビ愛を描いた感動作です。
ローレルにスティーヴ・クーガン、ハーディにはジョン・C・ライリーが扮しています。

1937年。 スタン・ローレルとオリバー・ハーディのコンビは観客からも批評家からも愛され、ハリウッドに君臨していた。
時は流れて1953年。 すっかり過去の人になってしまっていた二人は、イギリスでホールツアーを開始するが、すでに往時の人気はなく客席もガラガラ。
互いを笑わせ合いながら、イギリスをめぐる過酷なツアーを頑張って続けるうちに、やがて二人はファンを取り戻していく。
遂にはロンドンの大劇場での二週間公演も決まり、二人はそれぞれの妻をアメリカから呼ぶ。
だが、ある公演後のパーティーで、二人は大喧嘩になり、オリバーはコンビ解消を決め、スタンに「引退する」と告げるが・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
伝説のコンビの“アゲ期”ではなく“サゲ期”の方にフォーカスを当て、二人が衝突と和解を経て、それぞれの引き際と向き合うと共に、友情を確かめ合う物語。
人気者から少し落ち目になって、忙しくなくなった二人に、良くも悪くも余裕ができてしまい、相手の悪い所が余計に見えてしまうんでしょうね。
でも、その分、気がつかなかった相手のいい所も見えてくるわけで。
エピソードは数多くあるんでしょうが、ほとんど寄り道することなく、98分の尺を、二人の腐れ縁的な感情の交わし合いだけに使い通しています。

お気づきになられた方も多いともいますが、彼らが互いに不満をぶつけ合うケンカのシーンの息ピッタリなこと!
演出上のたまたまのことなのかも知れませんが、二人で長年がんばってきた積み重ねから来る“呼吸”がそうさせるのだろうなと思わせるシーンになっています。
最期のステージで踊る二人の姿ももちろん感動的ですが、ケンカのシーンにもアッシは妙に感動してしまいましたね。

スティーヴ・クーガン、ジョン・C・ライリーの役作りとコンビネーションの素晴らしさは、エンドクレジットに登場する実際のローレル&ハーディの昔の映像と見比べれば一目瞭然。
        


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「キングダム」

バカ売れしている原作漫画は読んだことないんですけど「アメトーーク!」で取り上げられていた回をたまたま見て、少し興味は持っておりました。
でも多分それがなければ、この映画を鑑賞するかどうかは微妙だったかも。
「アメトーーク!」の影響力恐るべし。

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「嘆かわしや、ああ嘆かわしやっ」
 「あっ、これはこれは王騎将軍ではないですか」
「原作を読んでいないという愚かなる所業。 その上、芸人のトーク番組を機として映画館に足を運ぶという不作法に及んだ、しがない町民よ。 そなたの申し開きを聞きましょ~う。 答えようによってはその首、ばっさりとハネるゆえに覚悟なされたし、ンフ」
 「そう言われてもなあ。 でも、映画を観に行ったのは本当ですし、興収にはキチンと貢献させていただきましたので」
「ならば感想を率直な言葉で述べていただきましょうかっ、ンフ」
 「思ってたより、話がシンプルでしたね。 ってか、予告編で話を全部説明しちゃってましたけど」
「つまらなかったと申されるおつもりですかなっ?」
 「いやいや、普通に面白かったですよ。 分かりやすかったし、立ったキャラクターも多くて楽しめましたね」
「そうですか。 私の機嫌が少し良くなりました、ンフフフ」
 「山の民って、弓矢くらっても平気なんですね。 頭、貫通してる奴もいましたよ」
「矢の一本や二本で痛いの痒いのと言う奴など春秋戦国時代にはおりませぬっ」
 「いや、いるでしょうよ」
「そなた。 そんな細かいことを気にしてたら天下の大将軍になれませんよっ」
 「別になる気なんかないです」
「出演者も良かったのではないですかっ?」
 「本郷奏多くんは素晴らしい悪役振りでしたね」
「そうですね、他にもいるでしょっ?」
 「左慈役の坂口拓もいい味でしたね」
「ンフフ、いやいや、他にまだまだいるでしょっ?」
 「長澤まさみの太ももに目が釘付け」
「そなた。 わざとですかっ!」
 「何をキレてらっしゃるのやら」
「大沢たかおを忘れてるようでは、どんなに頑張っても中華統一など夢のまた夢」
 「だから、そんなことしませんて。 でも、映画は大盛況。 既に260万人を動員してるんだとか。 続編製作の可能性も大ですね。 そしたら将軍、またもやガッポガッポですよ」
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「ンフ」

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平成のうちにこれ観ました Part1
2019年05月05日

祝・令和


ただ単に元号が変わっただけだとはいえ、一つの時代に区切りをつけて新しい時代をスタートさせるという、ある種のライフイベントが国全体を素晴らしくポジティブにしている。
季節的なタイミングも良く、世間のムードが実に心地いい。

状況が違うけれども、昭和から平成になる時はこんなんじゃなかったしね。
それを思えば、こういう祝賀ムードの中で過ごす今年のゴールデンウィークはまた違った格別感がある。

上皇陛下・上皇后陛下には、まずはゆっくりとご静養していただきたいです。
映画とかご覧になられるのかな?


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「記者たち  ~衝撃と畏怖の真実~」

2003年。 日本では平成15年。
アメリカは「イラクのサダム・フセインは大量破壊兵器を保有している」としてイラクに侵攻した。
作戦名は『衝撃と畏怖』。 そんなものはどうでもいいが、核兵器を大量に持っている超大国が、中東の小国に「おまえらヤバいブツ持っとるやろ」と難癖をつけ、何の攻撃もされていないのに軍事侵攻に踏み切ったという暴挙。 そっちの方が『衝撃と畏怖』ではないか?

問題はブッシュ政権が言い続けていたイラク戦争の開戦理由である「イラクが大量破壊兵器を隠し持っている」という主張は結局のところ情報の捏造であったことが判明し、アメリカや国連の信頼は地に堕ちたのだが、この暴走を国内メディアも後押ししてしまったという苦い背景がある。
大手のメディアが政府の広報に成り下がったかのように迎合し、何の疑問も挿むことなく政権の言い分だけを垂れ流した。
副大統領のチェイニーのマスコミの操り方が巧妙だったとはいっても、監視する立場のメディアが何の機能も果たせなかった当時のアメリカの悲しさたるや。

そんな中でたった一社だけ、「政府は間違ってるんじゃないか?」と疑問を投げかけ続けていた新聞社があった。
31紙の地方新聞を傘下に持つ「ナイト・リッダー」。  当紙の取材チームは早くからイラク戦争の大義に異を唱える報道をしていたが、もちろん周囲の理解はなかなか得られなかった。

傘下の新聞からは掲載を拒否され、記者たちは身内からも裏切り者呼ばわりされた。
それでも彼らは信じた正義と、不屈の記者魂で粘り強い取材を続け、政府の巨大な嘘を暴露していく。
この映画は「ナイト・リッダー」の記者ジョナサン・ランデー(ウディ・ハレルソン)とウォーレン・ストロベル(ジェームズ・マースデン)を中心に支局長ジョナサン・ウォルコット(ロブ・ライナー)、ジャーナリスト、ジョー・ギャロウェイ(トミー・リー・ジョーンズ)らの奮闘を描く社会派ドラマである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ドラマとしては今さら感もあってか、いかんせん押しが足りませんね。
主要人物の4人は健在で本作でもアドバイザーを務めているが、最後の方には結局本人たちが顔出しで喋るし、実際のニュース映像がやたらに多く出てくるので、それならばいっそのことドキュメンタリーを作っても良かったのではと思います。
若き黒人兵士のドラマも描くのなら描くでもっとガッツリやってればね。
        


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「バイス」

偶然にも「記者たち ~衝撃と畏怖の真実~」のあとに観ました。 面白い話ですな。
ジョージ・W・ブッシュ政権下の副大統領だったディック・チェイニーにスポットを当て、政界に入る前の大学時代から、やがては大統領を陰で操るフィクサーにのし上がっていく過程が毒っ毛たっぷりに描かれています。

「マネー・ショート 華麗なる大逆転」でリーマン・ショックの裏側をユニークな手法で暴いたアダム・マッケイ監督による社会派実録ドラマは「憎まれっ子ってのはこうやって世に憚るんですぜ」をこれまた実にユーモラスに描いています。
とはいえ、イラク戦争を扇動して多くの若者を戦地に追いやった張本人ですから笑えない話ではあるのですが。

クリスチャン・ベール演じるディック・チェイニーをはじめ、出てくる人物みな激似。
ジョージ・W・ブッシュ(サム・ロックウェル)
ドナルド・ラムズフェルド(スティーヴ・カレル)
コリン・パウエル(タイラー・ペリー)←こいつが一番ワロた
コンドリーザ・ライス(リサゲイ・ハミルトン)
リン・チェイニー(エイミー・アダムス)
ポール・ウォルフォウィッツ(エディ・マーサン)
ヘンリー・キッシンジャー(カーク・ボヴィル)
ここまでクオリティの高いモノマネショーをやってくれりゃ言うことなし。

抜け目がないというか、ある意味世渡り上手な政治家としては天賦の才能があったのでしょう。
若い頃から大酒飲みで、大学はロクに授業にも出ずに中退。 電気技師の時代には酩酊状態で車を運転して逮捕もされています。
そんな彼のケツを叩きまくるのは高校時代からのカノジョで後に夫人になるリン・アン・ヴィンセント。
普通ならとっくに愛想尽かしてもよさそうなものを、このお嬢さん、どえらい剣幕で叱咤しまくるんですな。

彼女の存在は大きいですね。
下院議員選挙出馬中に病気に倒れたディックに代わってマイクを握って演説して、勝利の女神となったリンの立役者振りを抜きにしてディック・チェイニーは語れません。
息子ブッシュを「残念な子」呼ばわりするなど、みんなが思ってても口に出さないことを平気で言うクソ度胸。 この奥様も相当のタマですぜ。

ニクソンの下で補佐官。 フォードの下で首席補佐官。 パパ・ブッシュの下で国防長官。 レーガンの下で共和党下院院内幹事。 そして息子ブッシュの下で副大統領。
うまくやる奴というのは、目立つことなどは二の次で、オイシイ所をしっかりと把握しており、行動を起こすのにもカンがいいのか絶妙のタイミングで動く。
そして、人の思考を錯覚させる独特の話法を持っています。 「オレは言っただけ、決めたのはオマエ」。
寝技、ハッタリなんでもござれでのし上がっていき、利権のために大統領を利用したチェイニーの剛腕繁盛記というべきこの映画は、彼の悪行を真っ向から断罪してるのではなく、「こんな奴だって政治をどうにでもできる」その怖さとチェイニーという男の生態をはぎ取った一種の「悪の図鑑」でもあります。
        


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「Noise」

秋葉原無差別殺傷事件は平成20年の6月のことだった。
この映画はその事件をモチーフに、絶望の中で生きる三者三様のドラマが繰り広げられる群像劇。
監督は松本優作という神戸出身の新鋭。 プロフィールを見てますと波瀾万丈あった方のようですが、それはともかく自身で脚本も執筆して企画から完成まで8年かけた本作は相当な力作です。

秋葉原無差別殺傷事件から10年近く。
事件で母親を殺されたをあと、地下アイドルとJKリフレをしながら母親の面影を追う桜田美沙(篠崎こころ)。
母と別れた父とは会話もなく、カレシともうまくいかず、やがて家を出て秋葉原をさまよう女子高生・山本里恵(安城うらら)。
母親の金銭トラブルに巻きこまれて人生が狂い、自分の勤め先にクレーム電話を入れて憂さを晴らすアルバイト配達員・大橋健(鈴木宏侑)。

重い・暗い・救い難いの三拍子。 絶望だけしか見えてこないような若者3人+オヤジ一人の魂の彷徨。
なんでも「社会が悪いんじゃ!」と言えばいいってもんではないですが、この映画に出てくる人種は世にゴマンといるわけで、その分、あの事件のようなことが起きる土壌はそこらへんにあるのです。
誰もが加害者になるかも知れんし、被害者になるかも知れません。
綱渡りの上で進んだり止まったりを繰り返しながらもがいているギリギリの感情がこちらの胸にもズ~ンとのしかかってきます。

大橋の勤め先の社長が「将来の夢はなんだ」と一人悦に入った顔で問いかける言葉の薄っぺらさ。
時に人は若者に対して夢やら希望やらを説くのですが、実際は人ひとりの人生が軽薄な社会においてはピッタリのエールなどないことを痛感させられます。

観ててしんどい映画ですが、あの事件の背景のことも含めて、色々考えさせられます。
結局なぁ・・・ 強くならにゃぁならんのよ。
        


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「ハンターキラー 潜航せよ」

潜水艦映画なんて久しぶり。

ロシア近郊で一隻の米海軍原子力潜水艦タンパ・ベイが消息を絶った。
捜索に向かったジョー・グラス艦長(ジェラルド・バトラー)率いる攻撃型原潜アーカンソーは、無残に沈没したタンパ・ベイの近くにロシアの原潜コーニクも沈んでるのを発見。
グラス艦長は副長の抗議を退け、コーニクのアンドロポフ艦長(ミカエル・ニクヴィスト)ら生存者たちを救出する。

同じ頃、ロシアに潜入していた米海軍特殊部隊(ネイビーシールズ)の偵察により、ロシアでクーデターが起きてザカリン大統領が監禁され、核戦争を引き起こしかねない陰謀が進行中だと判明。
未曾有の緊急事態を回避するため、アーカンソーと特殊部隊に「ロシア大統領救出」の命令が下る。

グラス艦長は機雷とソナー網だらけのロシア領海に侵入するため、アンドロポフに案内を頼むという危険な賭けに出るのだが・・・。
世界の運命を託された一隻の潜水艦は果たしてこの無謀なミッションを遂行できるのか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
個人的に思う潜水艦映画ベスト3は「クリムゾン・タイド」「U-571」「レッド・オクトーバーを追え!」
「潜水艦映画にハズレなし」と言われますが、本作も面白いですねえ。

いや、ツッコミどころがないことはないのですが、そんなの気にするだけ野暮に思えるくらいに構成がうまくできてまして、緊迫感を切らせない演出は「潜水艦映画」というコンテンツの有利さを差し引いても秀逸のデキです。
ドノヴァン・マーシュという馴染みのない監督さんですが、なかなかやりますねえ。

米艦長と露艦長の“信用駆け引き”が進行する、ひとつ密室状態での心理ドラマは見応えありますし、海だけでなく陸での作戦が展開するネービーシールズの命知らずのヤローどもの熱いドラマも加わった、“一粒で二度おいしい”アーモンド・グリコ的面白さ。

劇中一番のヒーローは、音を立ててはいけない状況で、床に落ちる寸前のスパナをナイスキャッチした水兵さんだったのでは。
あと、ゲイリー・オールドマンの使い方がもったいない!

ミカエル・ニクヴィスト、亡くなってたのは知りませんでした。 合掌。
        

 
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「魂のゆくえ」

「タクシー・ドライバー」の脚本家でもあり、監督としても「アメリカン・ジゴロ」や「白い刻印」などを手掛けた名匠ポール・シュレイダー監督が構想50年をかけたヒューマンドラマ。
本年度アカデミー賞脚本賞ノミネート他、数々の賞に輝き、シュレイダー監督の最高傑作の呼び声も高い。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ニューヨークにある教会の牧師エルンスト・トラー(イーサン・ホーク)。
トラーの家系は代々従軍牧師だった。 彼の父親もそうだった。 そしてトラーの息子も先祖代々の伝統で軍に入隊し、半年後にイラクで死んだ。
妻とも離婚し、軍を辞めたトラーは今の教会のジェファーズ牧師(セドリック・カイルズ)に救われて、ここの牧師になったのだ。

トラーは礼拝に来ていた若い女性メアリー(アマンダ・セイフライド)から夫のマイケルと話をしてほしいと頼まれる。
環境活動家のマイケルは、メアリーにお腹の子供を産んでほしくないらしい。
温暖化が進んだ未来の地球で生まれ育つ子供が不憫でならないという。

「危機が押し寄せたら社会は耐えられない。 将来僕らの子が体験する、こんな世界に子供を産めますか?」

「君に生死の決定権が? 問題は赤ん坊じゃない。 ヤケになってるのは君だ」
トラーは戸惑いながらも答える。
「この子が生まれる絶望よりも、子を奪われる絶望とは比較にならない。 絶望を解決するのは勇気だ」
「神は許してくれますか?」
「わからない。 だが人は選択せねばならない」


もう一度会う約束をして別れたが、再度の面談を前にマイケルは自殺してしまう。
メアリーから呼び出されてトラーが向かった彼女の家のガレージから、マイケルが作ったと思われる自爆テロのためのベストが見つかっており、不穏な気持ちに苛まれていた矢先のことだった。

もう少し他の言い方があったかと悩むトラーは、ある日、教会に多額の寄付をしている企業バルク社のトップであるエドと面会する。
しかしそのバルク社は環境汚染の原因100社の4位に挙げられている企業だった。
環境活動家のマイケルの葬式に出ていたトラーエドは気に入らなかった。
「君は彼の相談に乗っていたのに彼は死んだ。 人のことをとやかく言う前に自分のことを見つめ直すべきではないか?」
トラーの中で信仰心が揺るぎ始めていた。

自身がガンに侵されていることを知ったトラーは預かっていた自爆ベストを持ち出し、ある決心をする。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
牧師というのが身近な存在であるアメリカ社会ならではの映画。
要するに、信仰と経済は別物である現実から生まれる欺瞞を問題視したテーマと言えるでしょう。
信仰の側にいながら信仰の無力を知り、魂の寄る辺さえ見失った男の孤独をえぐり出す心理サスペンスでもあります。

環境破壊に加担している企業からの献金で成り立っている教会などアメリカでは珍しくなく、この映画でもその背景が描かれています。
そのジレンマに苛まれる牧師のトラーは、将来の地球環境を憂いて妻の出産を躊躇しているマイケルを、牧師の立場で言えるだけの言葉でなんとか説得するのですが結局マイケルは自殺してしまいます。
従軍牧師の家系であるトラーは、自分の息子も家族代々の当然の義務のようにイラクに送ったあげく死なせてしまい、それが原因で妻は出て行ってしまい、その悔恨をずっとひきずっています。
そしてマイケルの自殺を引き金にして、信仰では人も自分も社会も救えないことに行き着いてしまったトラーの行動に胸がざわつきますが、ラストには少なからず希望が。
ただ、この終わり方はアッシの望んだものではなかったね。
        


366424_001.jpg
「荒野にて」

天涯孤独になった少年が殺処分が決まった競走馬と共に、自分の居場所を求めて旅に出る物語。
監督は「さざなみ」のアンドリュー・ヘイ。
主人公の少年を演じるのは「ゲティ家の身代金」で誘拐される富豪の息子を演じていたチャーリー・プラマー。

幼い頃に母が家を出て、転々と引っ越す父レイ(トラヴィス・フィメル)と二人暮らしの15歳のチャーリー・トンプソン(チャーリー・プラマー)は、家の近くの競馬場で厩舎のオーナー、デル(スティーヴ・ブシェミ)から競走馬リーン・オン・ピートの世話を頼まれる。
何気なく引き受けたチャーリーだったが、素直で飲み込みが早い彼はデルに気にいられ、遠征にも駆り出されるようになる。
だがある日、父が浮気相手の夫に襲われて亡くなってしまう。
さらにリーン・オン・ピートの殺処分が決まったと知り、チャーリーはトレーラーごとピートを盗み出し、居場所も定かではない伯母のマージー(アリソン・エリオット)の元へ向かうのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ママに捨てられた。 パパは死んじゃった。 僕はひとりぼっち。 施設なんかに入れられたくないよ~。 殺処分が決まったお馬ちゃんに思わず自分を重ねちゃうよ~。 よし、僕と一緒に逃げようね。 そしてマージー伯母さんを訪ね歩くんだー。 僕はたくましく生きていくんだー。

・・・・・・・という話ですが、映画ってのは、どれだけ人物に共感できるかってのも大事ですな。
そんでもってこの映画の主人公なんですが、まったく共感ゼロ。
「おまえ、ちょっとここに座れ」と説教の一つもかましてやりたくなった人はアッシだけじゃないでしょう。

おまえ、どれだけ多くの人に迷惑かけとんねん。
親のいない境遇はまた別の話じゃ。 競争馬を盗み出してどうすんねん。
どうせ殺処分やからっちゅう問題ちゃうねん。 しかもトレーラーも盗んだな。 厩舎の人の仕事はどうなると思っとるんじゃ。
色々と仕事を教えてくれたデルさんに対して、おまえそれはないぞ。
馬一頭引き連れて旅するって、ちゃんと考えあってのことか? 伯母さんの家まで行けたとしても「このかわいそうなお馬さんも一緒に面倒見てあげてよ~」って言うつもりやったんか? コワいコワい、この子コワいわ。

ガソリンは盗む。 地図は万引きする。 何やっとるんじゃ。
無銭飲食も何回やっとるねん。 自分はかわいそうな少年やから大目に見てくれよっていう態度をよくもそれだけ前面に出せるもんやな。 なりふりかまわんな。 警察への通報をあきらめてくれた、あの夫婦経営者に絶対あとでお金を払いに行けよ。 それも利子つけてな。
人の家に不法侵入して洗濯までしたな。 自分のためやったらホンマやりたい放題やな。

馬が事故死したんはおまえの責任やぞ。
衝突した車の運転手もイカレコレやぞ。 誰が弁償したと思う? 多分、デルさんやぞ。
死んだお馬さんのそばで「ごめんよ~ごめんよ~」って泣いたあとで、その場からバッくれるとはええ根性しとるのぉ。 どんだけ責任感ないんじゃ。
稼いだ金を盗もうとした放浪者の男をボコボコニした「暴行」は情状を汲もう。 それ以外はアウトじゃ。
自分一人の力で伯母さんの所まで辿りつけたと思うなよ。 どんだけの人が世話してくれて、どんだけの人に迷惑かけたんじゃ。
こんな子を引き取った伯母さんに同情するわ。

        


無題 hit 
「ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ」

ヒトラーとピカソがつかみ合いのケンカをする話ではありませんでしてね。
戦時中にナチスドイツが略奪したピカソやゴッホなどの絵画・美術品がたどった知られざる真実に迫るドキュメンタリーです。

ナチスドイツがヨーロッパで略奪した美術品の総数は600万点にものぼり、現在でも10万点が行方不明といわれています。
奪われた人たち、行方を追う人たちなどの証言を取り上げるとともに、ヒトラーとヘルマン・ゲーリング国家元帥が競うように美術品を漁りまくった狂騒ぶりも紹介。
スターリングラードの攻防でヘタを打って以来、冷や飯を食わされていたゲーリングが当て付けのつもりか、ヒトラーの目を盗んでまで独自に美術品の収集に熱をあげ、そんなゲーリングにフェルメールの贋作を描いてまんまと売りつける贋作家など、キツネとタヌキが跋扈していたこの激動の時代の裏側にあるバカバカしい一面が浮き彫りになります。

ヒトラーが自分の美の概念にそぐわない作品まで略奪し、「退廃芸術」と称してそればかりを集めて「さらし物」にする名目の美術展を開催したことや、持っていることを未だにひた隠して今日を送っているはずの者たちの心理など、芸術のコレクションという嗜好を今一度考えたくなります。

しかし、この映画・・・・ 退廃!いや、退屈!
97分という時間ですけど、この内容ではチョイ長い。
第一、ナチスの美術品略奪はみんな知ってますし、そんな説明はいいからと思わせられる部分が大半。
ドキュメンタリーとはいっても、もう少し映画として楽しめる工夫があっても良かったのでは。

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