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ムーンライト
2017年04月28日

T0021623p.jpg ちょっとしたハプニングに見舞われたものの、第89回アカデミー賞作品賞の栄冠に輝いた「ムーンライト」。
LGBTQを扱った映画での作品賞受賞は史上初。

それまでのいくつかの秀作はノミネートされてもなかなか受賞までには至らなかった。
あのアン・リー監督の「ブロークバック・マウンテン」でも最多8部門にノミネートされながら作品賞は逃している。
LGBTQというテーマに加えて、黒人だけのキャスト、監督、脚本家による作品が作品賞を受賞したのも史上初という、まさに歴史的マスターピース。

タレル・アルバン・マクレイニーが執筆した戯曲を原案として、長編2作目の監督となるバリー・ジェンキンスが映画化し、脚本も担当。
キャストはナオミ・ハリス以外は聞いてもピンと来ない無名の役者ばかりだが、名作が誕生する基盤は知名度やキャリアだけではないことは映画を愛する者には周知のこと。
取り分け本作では一人の主人公の三世代をそれぞれ三人のニューフェイスが演じており、複雑な内面を抱えたキャラクターに息を呑むような真実味を与えている。



【I:リトル】
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シャロン(アレックス・ヒバート)はマイアミのリバティシティで母親のポーラ(ナオミ・ハリス)と共に暮らしている。
引っ込み思案な彼は、学校では“リトル”というあだ名で呼ばれていじめられていた。
心を許せる唯一の友人といえばクラスメイトのケヴィン(ジェイデン・パイナー)ぐらいしかいない。

ある日、いじめられっ子に追われて麻薬地区の廃墟に見を隠していたところをフアン(マハーシャラ・アリ)という男に助けられる。
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キューバ人のフアンは、このマイアミでクラック・コカインの売人をしている。
独身だが、テレサ(ジャネール・モネイ)という恋人と共に自宅で暮らしている。

なかなか心を開かないシャロンフアンに何を聞かれてもまともに答えれなかったが、フアンの自宅で一泊しテレサと語りながらようやくフアンにも心を開いていく。
翌朝、フアンシャロンを自宅に送り届けたが、ポーラのつっけんどんな態度には引っかかりを覚えざるを得ない。
ヤクをやってるなと直感で気づいたフアンは、そういう母親と一緒にいるシャロンのことを気にかけずにはいられない。

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フアンを父の様に慕い、多くの時間を過ごすようになったシャロン
ある日、フアンシャロンに海で泳ぎを教えた後、静かに力強く語りかけた。

俺はキューバで生まれ育った。 キューバは黒人だらけだ。
俺がガキの頃、月が出るとよく外を駆けまわってたもんだ。
するとそれを見ていた老女がこう言うのさ。
“月あかりを浴びて走っていると、黒人が青く見える。 だからおまえをブルーと呼ぶ。”とな。
いいかシャロン。 自分の道は自分で決めろよ。
周りに決めさせるな。


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ある夜、ヤクの得意客の車がずっと道に停まっていることに気づいたフアンが車中を覗くと、客の男とシャロンの母親がコカインをキメていた。
フアンが思わずポーラに母親としての責任のような説教めいたことを口にするとポーラは逆上する。

あんたがあの子を育てるのかい?
あの子がいじめられる理由が分かる? あの子の歩き方を見たでしょ!
私はこれからもあんたの所からクスリを買い続けるからね!


翌朝、シャロンフアンの家を訪ねてくる。
「ママが嫌いだ」とポツリとつぶやく。
「俺もママが嫌いだったが今は恋しい。 そんなもんだ」
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尚もシャロンは問う。
「オカマってなに?」
「もしゲイであっても“Faggot”(オカマ)と呼ばせるな」
「ゲイって自分で分かるものなの?」

「多分な。 だが今すぐ分からなくていい」

「母さんにクスリを売ってるの?」
その場から立ち去っていくシャロンに何も言えずに、フアンはうなだれながら涙を流すしかなかった。

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この【第1章】だけでも十分に揺さぶられるものがある。
ヤクに溺れ、男を連れ込んでは息子の面倒などまるで見ない母親。
学校にいけば「オカマ」と言われていじめられる。
親しい友人は一人だけいるにはいるが、他の子供とはどこかが違う自分の孤独を受け止めてくれる安らぎは周りにない。

母親からも疎まれ、学校でも虐げられる自分は一体何者なのだろう? どういう生き方があるのだろう?と少年は身も心も迷い続ける。
想像できるだろうか。 まだ歳が十にも満たない子供が、自分はオカマなのかと他人に相談せねばならないという孤独の暗黒さを。

父親のような懐で受け止めてくれるフアンの言葉のひとつひとつがシャロンの心に本当に響くのはまだ先である。
月のあかりを受けて、ブラックではなくてブルーに輝くという、その瞬間とは?
自分で自分の道を決める、その道しるべとなるあかりが灯る時とは?


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フアンというキャラクターは悪い人間ではないが、キューバからやってきて売人をしている背景はなんだろうか。
シャロンに言い聞かせた「自分の道は自分で決めろ」は当然彼もそうしてきたからであるが、母親らしからぬポーラの醜悪さの中に自分の母親の面影を見たからかもしれない。
親に振り回されることから逃れ、キューバを捨てて、生きるために売人になったのだろう。
「俺もママを嫌いだったが、今は恋しい」

そんな彼はポーラにヤクを売っている。 それこそがシャロンを不幸にさせているのだと知り、自分の選んだ道が一人の少年をどん底に突き落としたことにフアンは自責の涙を流す。



【II:シャロン】
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高校生になったシャロン(アシュトン・サンダース)。
相変わらず学校でいじめられているが、特にテレル(パトリック・デシル)とそのグループからのいじめは執拗で、なにかと言えばオカマのネタだ。

 母のポーラは麻薬に溺れて、精神状態が不安定だ。
ヤク代を稼ぐために売春婦までやっている有り様で、息子に金の無心さえする。
 フアンは亡くなったが、今でもシャロンテレサの家に行っては食事の世話になっている。
「うちのルールは、愛と自信を持つことよ」

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ケヴィン(ジャレル・ジェローム)とは今も仲良しだが、次第に友人以上の感情を抱き始めているシャロン
ケヴィンシャロンのことを親しみを込めて「ブラック」と呼んだり、時には「ニガー」とも呼ぶ。
 
テレルから母親やテレサのことをひどく言われて傷ついたシャロンは夜のビーチへと出かけた。
そこへケヴィンが現れて、マリファナを吸いながら二人は人生の野望を語り合う。

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「なぜブラックって呼ぶ?」
「おまえの愛称さ」
「じゃあおまえは?」 「隣りに座ってハッパをすすめる奴さ」

「おまえは何に泣く?」 「泣き過ぎて自分が水滴になる」


月あかりの下でブルーに染まる二人は互いに触れ合い、やがてキスを交わし、ケヴィンシャロンに手淫をするのだった。

だがその翌日、事件が起きる。
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テレルケヴィンにゲームを持ちかける。 テレルが選んだ相手を倒れるまで殴るというバカげた度胸試しのようなものだが、ケヴィンテレルに逆らえない。
最初から標的はシャロンだった。
いやいやながらも、ケヴィンシャロンを殴ったが、シャロンは倒れようともしない。
「シャロン、頼むから倒れろ」ケヴィンに懇願されても彼は立ち尽くして何度も殴られるのだった。

やがて力尽き倒れてしまったシャロンを今度はテレルたちが囲んで足蹴にする。
警備員に救われたシャロンだったが、ソーシャルワーカーの面談では何も語らなかった。
相手の名前を言ったところで何の解決にもならないことを彼は知っていた。
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翌日登校したシャロンはまっすぐ教室に向かい、テレルを背後から椅子で殴りつけて昏倒させる。
逮捕された彼は、パトカーに乗せられる時、そばに立っていたケヴィンをじっと睨みつけるのだった。


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主人公の大きなターニングポイントとなる【第2章】。
シャロンを取り巻く環境は、子供時代の頃よりも悪化している。

母親は重度の麻薬依存症に陥っている。
クスリのせいで酩酊してる時は、「私の大切な子、私の宝もの」と優しい声でシャロンの頬を撫でるのだが、クスリが切れた時のキレっぷりは相当な重症だ。
クスリ代欲しさに、シャロンがテレサからもらった小遣いまで寄こせとわめき散らすほどに逆上し、母親の自分からは逃げれないようなことを口走った時から、シャロンの心には自分の道を決める決心が芽生えつつある。

学校でのいじめは陰湿さも加わり、自分がここまでされる仕打ちにシャロンは逆に自身を愛せなくなっている。
ケヴィンに殴られるままになっている姿から、それが垣間見える。


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シャロンにとって子供の頃から唯一心を開ける友人だったケヴィン。
彼への想いは月のあかりの下でハッキリとしたものになっていく。
暗闇の中で自分のことさえ見えなかったシャロンを今、ケヴィンという月光が照らしているのだった。

「泣き過ぎて、自分が水滴になりそうだ」
これは愛の告白でもある。
愛する相手に自分の悲しみを吐露する表現の、このあまりの美しさは、すべてをさらけ出そうとするシャロンの想いがはち切れんばかりに溢れている。
誰も愛してくれなかった、こんな自分を愛してくれるのか。 いや、愛してほしいと「ブラック」から「ブルー」になったシャロンは静かに心を開放していく。
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だが、あの事件はシャロンを月のあかりも届かぬ闇へと引き戻した。
戻らざるを得なかったのだ。
物心ついた時から理不尽な風にさらされてきた彼は、ここにきて目を背けてきた苦痛を自らの手で駆逐するために正面から対峙する道を選ぶ。

男らしさを問われる黒人社会に歩調を合わせるケヴィンに理解を示しつつも、恋情を抱く同じ相手から愛と暴力を受けたことでシャロンの中の何かが決壊したのだ。
誰かをこの先、愛することもないだろう。
真の自分を封じ込め、誰からも愛されなくてもかまわないから、何も恐れなくていい生き方を選ぶ。
シャロンが自分のことを否定する敵に暴力を向けたのは、その宣言でもある。


【III:ブラック】
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10年の歳月が過ぎ、シャロン(トレヴァンテ・ローズ)はマイアミからアトランタに引っ越していた。
彼は大きく変わっていた。
体を鍛え上げ、歯に金のグリルを装着し、身も心も武装したかのような、高校時代とは見ちがえるほどたくましくなっていた。
車はオールズモビルのカトラス・シュプリームを乗り回し、「ブラック」という通り名で今は亡きフアンと同じくヤクの売人として生計を立てている。

ある夜、ケヴィンから突然の電話がかかってくる。 テレサから番号を聞いたという。
今もマイアミにいるケヴィンは料理人としてダイナーで働いており、あの事件のことを謝罪したい、店を訪ねてきてほしいことを伝えられたシャロンは電話口で静かに涙する。
あの頃のすべてを忘れようとしていたのに・・・
その夜、シャロンは夢精する。

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翌日、シャロンはアトランタの麻薬厚生施設で暮らしている母ポーラを訪ねた。
麻薬の売人をしている息子を心配して諭す母に対して、シャロンは逆に非難の言葉とともに溜めていた思いを浴びせる。
ポーラは涙ながらに息子に許しを乞う。
「愛が必要な時に愛さなかったから、私のことは愛さなくていい。 でも、あんたを愛してるわ」
和解した母と息子は抱擁し、二人はようやく普通の親子に戻る。

母を見舞った帰りにシャロンはフロリダへ足を延ばす。
キューバ料理の店に入っていったシャロンは、いそいそと接客しているケヴィンを横目に一人カウンターに座っていた。
たくましく成長し、まともな職で汗を流しながら充実し切った風なケヴィンに易々と声をかけづらいものを感じながら、シャロンは見守っていたが、すぐにケヴィンは彼のことに気がつく。
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テーブル席に移り、ワインを飲み交わす二人だが、シャロンはなかなか言葉が出ない。
「うつむくクセは昔と変わってないな」

ケヴィンは結婚し、子供も作り、刑務所に入って、妻子とは別れている。
シャロンがヤクの売人をしていることには否定的で、一体なぜ自分を呼んだのかとシャロンは少しばかりイラつくのだった。
おもむろに立ちあがったケヴィンはジュークボックスに向かい、シャロンを思い出すきっかけになった曲をかける。
流れてきたのはバーバラ・ルイスが1963年に歌ったポップ・ナンバー、「ハロー・ストレンジャー」。
“あなたと再会できて嬉しい”と歌われる、この歌だけで二人の間に多くの言葉は必要なかった。

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二人は車に乗り込み、ケヴィンの家に向かい、あらためて語り合う。

「やりたいことは何もせず、周りに流されていた」
思うような道ではなかったが、自分の人生は幸せなものだったと打ち明けるケヴィン
「シャロン、おまえは何者だ」

「あの夜のことを今でもずっと覚えている。 あの時以来、俺に触れたのはおまえ一人だけだ。」

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十年の歳月を飛び越えて、さまよい続けるシャロンの魂が辿り着くべき場所に辿り着く、美しすぎる【第3章】。

ゲイであることを自分から否定するかのように、強靭な肉体とケバケバしい金のグリルをはめた歯という風体で周囲の者を遠ざけてきたシャロンは、フアンのあとを追うように麻薬の売人になっている。
母親の体と心を破壊した麻薬を商売にする道を歩んでいるのは本心から望んだことではないはずだが・・・。

愛することも愛されることも拒んだ彼が何者になるのか。
父親のような感情を抱いたフアンの人生をなぞることだけが残された道だった。

だが、ケヴィンとのあの夜のことを忘れてはいない。
ケヴィンからの電話を受けた夜に夢精したように、彼の魂はずっと求め続けていたのだ。

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ダイナーでシャロンとケヴィンが再会するシーンが魅力的だ。
お互いが秘めた想いをすり合わせたり、いなしたり。 それでも確実にひとつになろうとしている。
金歯のグリルをはずしてケヴィンの作った料理をシャロンが口にする、一種の「交わり」のシーンも実に官能的。

ケヴィンの家で、シャロンは心の鎧を脱ぎ捨てる。
自分が何者であるかを決める時が来たのだ。
あの夜のことを今も忘れず、以来誰にも体に触れられていない告白。
彼が自分自身を許した瞬間である。

再びあの日の夜のように寄り添う二人。
自分を愛し、人に愛される歓びの中で、ブラックだったシャロンの魂はブルーの輝きに包まれていた。
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この映画は登場人物のほとんどが饒舌ではない。
特に主人公のシャロンは滅多に胸の内を言葉にすることはない。
その分、時として口を突いて発するセリフが光を放つ訳だが、やはり黙して語る部分の多い映画だけに、人によっては少々伝わりにくさを感じるかもしれない。

それでも一人の人生の、3章構成でありながら2時間に満たないストーリーは、十分なほどの“声なき語り”で埋め尽くされている。
それだけに切り口となる子供時代のチャプターは大きなウェイトを占めているので、ここでいかにキャラクターの中に自分が入っていけるかが評価の分かれ目になる。
母親とフアン、そしてケヴィンという3人がキーパーソンとしてシャロンを取り囲み、彼の孤独とその後の歩みが描かれていく源がすべて【第1章】の中にある。
こうしてキャラクターと一体となって、移ろいゆくシャロンの人生を見届ける我々は、いかに愛と痛みが人生を決定づけていくかを知ることになる。

確かに、目新しい話ではないし、「私は黒人でもなければゲイでもないから理解が及ばない」という感想の人もおられるだろう。
しかし誰の人生にも、暗闇の中で方向を見失う時代がある。
その時、暗闇を照らす月光が射し、あなたが道を見つけるきっかけとなった“月”のような誰かの存在は必ずあったはずなのだ。
恋愛や友情、家族、仕事、人間関係などの中で、自分が一体どんな人間となって世の中を歩いていくのかを迷いつつ見つけてきた人生。
人生の手本となった母、救ってくれた学校の恩師、ふられた女、裏切った友人・・・・ 誰もかれもが私のムーンライト。

そして、この物語もしかり。
愛されることなく育った主人公が、人から眉をひそめられるセクシュアリティを抱える葛藤と共に人生を積み重ねて、自分の道を見出していくストーリーは人種や性指向関係なく、誰の胸にも響く、いや響いてほしいと願わずにはいられない。

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「賢人のお言葉」
 「わたしの存在そのものが質問なのだ。 その答えを知りたくて生きてるんだ」
 寺山修二
 
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ウィーナー 懲りない男の選挙ウォーズ
2017年04月23日

T0021680p.jpg世の中には、「こいつ、どうしようもねえな」という奴がいます。
この映画は、ある一人の"どうしようもねえ"男のドキュメンタリーであります。

人の性癖は色々ありますが、「セクスティング」というのを御存じでしょうか?
えっ?みんな知ってるの? 
あれでしょ? ケータイでいやらしいテキストメッセージや写真を男女間でやり取りするってやつ。
日本でも若者のあいだで静かに流行ってるですと?
けしからんのぉ! 乱れとるのぉ!

まあトラブルにならなきゃ、ご自由に楽しんでいただいてけっこうですが、この「セクスティング」で人生が狂った、いや、ひょっとしたら世界の運命さえも変えてしまったかもしれないという、そんな男の波瀾万丈に迫った"恥さらしドキュメンタリー"を御紹介しましょう。


その男、アンソニー・ウィーナー
日本人には「誰やねん?」な名前ですが、アメリカではベリーベリー有名な人です。
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ググったら、「アンソニー・ウェイナー」と出てきますが、ここでは便宜上、映画のタイトルにならって"ウィーナー"でいきたいと思います。
この方は元連邦下院議員。
そう。 元は政治家。 「元」というのは今はただの一般ピーポーだから。
察しの通り。 こいつが問題のセクスティング野郎。

アンソニー・ウィーナーは1964年ブルックリン生まれ。
ニューヨーク州立大学プラッツバーグ校を卒業後、政治に興味があった彼は民主党上院議員チャック・シューマーのもとで働き始めます。
1991年、働きぶりがシューマーに認められて、後押しもあってニューヨーク市議会議員選に立候補して初当選。
1998年には連邦下院議員に当選しました。
それ以降13年もの間、ウィーナーは民主党の下院議員として活躍するのですが、7期連続で当選していることから伺えるように、この人、かなりの人気者でした。
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とにかく弁が立つ。 というか超攻撃型の論客。
「言いたいことは言わせてもらうぞ」のスタンスでズバズバと共和党議員をぶった切る姿が大いに国民に受けたのでした。
「イエスかノーか、ハッキリしろ!反対なら反対、賛成なら賛成だ!簡単なことだろ!」
ヤジが飛ぶと。 「俺が今しゃべってるんだぞ。 アンタの時間じゃない。 順番を守れ!」

若くてルックスもいい。 トークも鋭い。
及び腰で波風を恐れるよなモゴモゴとしたしゃべり方をしない。
国民が一言政府に言ってやりたいようなことを、そのまま力強く代弁してくれる。
多くの人が期待を寄せ、「闘い方を知っている」と評されたウィーナー下院議員の人気はそれはそれは凄まじいものでした。

そんなウィーナーの人気は、実は奥さんにあやかってる面もあります。
彼の奥さんはフーマ・アベディンという方で、こちらもかなりの有名人。
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ヒラリー・クリントンが行くところ、常にそばにいる人で、アメリカ人ならば名前を知らずとも、顔も知らない人はまずいない女性です。
フーマ・アベディンは1976年、シカゴの出身。
ジョージ・ワシントン大学在学中の96年に、ホワイトハウスのインターンシップに応募し、ヒラリー・クリントンに採用されて以降、ヒラリーの側近中の側近として活躍しています。
人気という点ではヒラリーよりも彼女の方が勝っているといっても過言ではありません。

アンソニー・ウィーナーとは2010年に結婚。
イケイケの下院議員と美人次席補佐官。
理想のカップル。 そしてオバマ大統領に続く民主党の次世代のホープとして注目されていたウィーナーでしたが・・・・・

やらかしやがったぜ。
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2011年5月。
ウィーナーはTwitterに誤って自身のブリーフ1枚の下半身写真を投稿。 慌てて削除したもののスクリーンショットがあっという間に拡散・助さん・水戸の御老侯。
夕方のニュースはもうそれ一色。
有名人、それも政治家がシモの方でチョンボをやらかしたネタはみんな大好きなのは洋の東西を問いませんね。
想像以上の反響です。 セクスティングも浮気ですからね。

「こいつアホじゃねえのか」  「マジオワタwww\(^o^)/」  「サイテーだわ」  「ガキか、おまえは」  「それにしてもデカい。 通常時のサイズか?」  「CGじゃないの?」  「逝ってよし」

なんでこんな写真を自分で撮るの?と普通に考えると、ハハァ~ン・・・さてはセクスティングだな。 ここに結び付く訳ですね。
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次世代のリーダーから、瞬く間に「変なおじさん」に転落したウィーナー
インタビューでは「乗っ取られたかも・・・」と有りそうな言い訳をしてましたが、ブリーフの写真が逆にまずかった。
「あれはアンタのブリーフじゃないのかい?」
「それに関しましては、現在真相を究明しているところであります」 日本の政治のニュースでも年に一回は聞くような安い言い訳をする。
「おめえ、自分の履いてるブリーフも分かんねえのかよ」と突っ込まれたらどうしようもありません。

やがてそれ以降も、彼が過去に投稿した半裸写真が報道されるなど、ウィーナー一世一代の大ピンチ。
そして遂にウィーナーはそれらの写真がすべて自分が撮影して送ったものであることを認めました。
さらに3年間に渡って6人の女性に性的な写真を送っていたことも認め、記者会見では半ベソをかきながら謝罪したのでした。

「後悔しています。 でも辞任はしません」
辞めへんのかいと世間は突っ込む。


「辞めません」と言ったウィーナーに対して親方のオバマ大統領は・・・
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「私なら辞める。 ええ、辞めれますともさ。 イエス、アイキャンですよ。 なあミシェル、私がもしヒラリーとかナンシー・ペロンとかにモッコリ画像なんかを送りつけたらウケるだろうかね?」
「おまえ、アタマ沸いてんのか?」
「だそうだ。 女房もこう言ってるしな。 夫婦関係のためにも責任は取りたまえ。」


当時、共和党員で大統領選挙にいずれは出るんじゃないかと注目を浴びていたこの人も、ウィーナーに温かいアドバイスを送った。
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「ヘンタイ野郎に用は無い。 ニューヨークの恥さらしめ、とっとと政界から失せろ。 さもなきゃオマエの家にトマホーク59発ぶち込むぞ。 なあイヴァンカ、どう思う?」
「パパの好きなように。」
「ほおら聞いたか。 娘の許しも出たぞ。 おまえなど国外退去だ。 メキシコでもどこへでも行け。」


で、結局。
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「辞めます。」

辞めるんかい。
まあね。 タレントの浮気の一つや二つでよってたかって、そんなに怒るなよとは個人的には思いますが、政治家となると信頼感が商売道具みたいなもんですし、 一番大切にしなければならない家族を裏切る行為は、品がないという以上に汚らわしい醜悪さと受け取られても仕方がないんでしょうね。

なんといっても奥さんは人気者ですしね。 よくもまあ、あんないい奥さんを裏切ることができるもんだなという感情もアメリカ国民にはあったんでしょう。 当時、奥さんのお腹には赤ちゃんがいましたから益々ですよ。

奥さんの反応も絵に書いたように、ずーっとふくれっ面。
必要以上の会話をしていないような、家庭内氷河期ムード満々です。
その年の12月に息子のジョーダン君が誕生。
ウィーナーは議員辞職後はコンサルタントやコメンテーターとしてテレビなどにも出ていました。
いじられるのは相変わらずなんですが。

議員辞職から2年たった2013年。
アンソニー・ウィーナー、ニューヨーク市長選挙に立候補。
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彼にすれば政治家としての能力にはそれなりの自負があったんでしょう。
私的なことで失敗したけど、それまでは誰もが認めるカリスマ政治家だったわけだし。
男を立てるなら、やはり政治の道でリベンジしたいのは分かる。
「もう一度チャンスを与えてほしい」

あの騒動から2年経ったとはいっても、やっぱり世間というのは厳しいもんですな。
誰も過去のことなど水に流しちゃあくれません。
「正気かオマエ」  「マジオワタwww\(^o^)/」  「やめとけやめとけ」  「誰がおまえのような変態に投票するか」  「もうこれ以上恥をかくなって」  「いい根性してるわね」  「逝ってよし」

街頭で選挙活動に出れば、人々からの激励もあれば罵倒もされる。
ウィーナーはじっと耐え、ひたすら「その節は申し訳なかった」と繰り返し、そしてまたチョイと歩けばすぐさま報道陣に囲まれる。
もちろん、「どんな市政を目指してるのですか?」とか「どんな市長になりたいのですか?」という質問などされる訳はありません。
聞いてくることは、何かといえばセクスティングの話ばかり。
ウィーナーもうんざりです。

しかし、これは絶妙なケガの巧妙。
ニューヨーク市長選挙の立候補者の中でテレビカメラが一番集まるのは群を抜いてウィーナーがトップ。
他の候補者が嫉妬するぐらいに。
市長選挙の中身のことなどそっちのけで、一候補者の下半身のことを聞きたがってマスコミが群がる光景を見た一人の市民は「バカばっかりだな」と吐き捨てるのでした。

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彼が立候補することは市民の間ではおおむね否定的なのですが、もちろん指示してる人もいます。
「そんなことを言うんだったらビル・クリントンだってそうだろうよ」
「過去は過去。 誰にだってやり直すチャンスはある」
こういう意見も。 「奥さんのことが好きだし」 なるほど。

ウィーナーは移民やLGBTにも寛大な人で、そちらの人たちの指示が熱い。
もともと政治手腕には定評があった人ですし、過去に目をつぶればまともな人です。
そして良くも悪くもメディアに採り上げられてる量が多いので、コマーシャル効果も生まれます。
なんと・・・気がつけば、支持率がトップに!


実はこの映画、ウィーナーの元選挙スタッフだった映像作家ジョシュ・クリーグマンと、彼と一緒に仕事をしてきたエリース・スタインバーグが共同で監督をしているのですが、元々は一度失敗を犯した人が這い上がる名誉挽回のドキュメンタリーを撮ろうという主旨でスタートしたものです。
アンソニー・ウィーナーが逆風にもめげずにニューヨーク市長選挙を闘う姿をしっかりと映像に残そうという企画だったのですが、ところがこの映画の撮影中・・・・

この男、またやらかしやがったのよ。 いや、過去のことといえば過去なんですが。
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辞職した後のことですが、1年以上に渡ってSNSで"カルロス・デンジャー"という偽名を使って、当時22歳の女性に性的な写真送りつけるなどセクスティングを行っていたことが発覚したのであります。

どんだけ見せたいねん。
世間は騒然。
「マジオワタwww\(^o^)/」  「クソワロタwww(´∀`*)」  「またか」  「ダメだこりゃ」  「ビョーキだな、これは治らん」  「頼むから消えてちょうだい」  「逝ってよし、いや逆に生きろ」

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スタッフらと協議した結果、記者会見は早めにやった方がいいという事で、奥さんとのツーショットで会見。
殺到した報道陣を前に一体どんなことをしゃべるのか・・・・

市長選挙出馬前に、すでに奥さんにも話してあったのだと。
これは夫婦の問題なのだと。
フーマ・アベディンは言う。
「夫はひどい過ちを犯しましたが、これからも彼を支えます」

出馬も取りやめ、夫婦も離婚するんではないかという事もささやかれてましたが、奥さんまで出てきてのらりくらりとかわされて、報道陣には釈然としない妙な空気が残りました。

これまでウナギのぼりだった支持率もいっぺんに急降下。
選挙事務所に抗議電話は殺到するわ、遊説に行けば「アホ、バカ、カス、マヌケ」と言われ放題。
それでも、わずかながらに応援する声もあるのはひとえに奥さんのおかげ。
奥さんへの同情の念が、ウィーナーの選挙活動生命をつなげていました。

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どこに行っても報道陣が寄ってきて、あの質問ばっかり。
「住宅問題の政策についての質問は?」と逆質問しても、マスコミは「そんなもん知るか」であります。
そういうもんですよ。
正直勝ち目はないのに、出てくるだけ恥をかくようなもんです。
選挙から撤退した方が奥さんへの苦労もなくなるし、どうしてこうまで表に出たがるのでしょうか。

政治家の座に就いていた時の栄光があまりに忘れられないのか。
それとも「もっと自分をけなしてくれ」という究極のM行為なのか。

しかし、彼はある時を境にスタンスをガラッと変えます。
それまでは、そのことを聞かれるたびにヘーコラ頭を下げてたのですが、急に昔のアンソニー・ウィーナーに戻ったのです。
ヤケクソになったんでしょうな。 言いたいことを言わずして自分ではないと。
「もう守りに入るのは辞めた」

遊説先でも判を押したようにやじられますが、自分を支持するような有権者もバカではないかというヤジにはさすがにブチ切れます。
「私を否定してもいいが、支持者を否定するな」

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ニューヨークにはユダヤ教徒がたくさん住んでる地区が何ヶ所かありますが、ボローパークもそのひとつ。
そこへ遊説に来たウィーナーは、とあるスイーツ屋に入ってキャンペーンがてらに商品を美味しく頂いて愛想を振りまいておりました。
「いやあ、美味しかったよ、ここは最高だね。 じゃあ失礼しますよ、選挙ではよろしくね」と、店を出たタイミングで奥の方にいたおじさんが「よく人前で歩けるもんだな」みたいなことを言ったんですね。
しっかり聞こえてしまったウィーナーがキレて、衆人環視の中で一大バトルに発展。

「なんだ!? おい!もういっぺん言ってみろ。 相手が店の外に出てからしか言えないのか、この腰ヌケめ」
「あんたは恥さらしだ」
「おまえは自分が完璧な人間だとでも言うのか」
「俺はあんたみたいなことはしない」
「おまえは私の裁判官か? おまえがなんで決めるんだ? おまえが私のことを裁けとラビに教えられたのか?」
「自分の問題を解決したらどうだ。 選挙に出るのは間違いだ」
「おまえが俺を裁くな。 俺だっておまえを裁きはしない。」
「あんたは悪い見本だよ」
「それもおまえの判断か?」
「誰の目にも明らかだろ」
「俺はこのコミュニティのために努力してきたし、多くのことを与えたぞ」
「あんたは何もしていない。」
「おまえは何も知らないんだな。 その無知さが全国で放送されるぞ」
「あんたはサイテーだ」
「おまえこそサイテーだ、バ~カ!」


YouTubeにも映像はあがってますが、2分程度とはいえ、オヤジ二人の罵り合いはなかなか面白い。
外で見ていたヤジ馬も「なんでいちいちカラむんだよ、あいつもバカだなあ」と笑ってましたが、そこには確かに昔の勇ましい頃のウィーナーの姿がありました。
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弱り目の時こそ強気にならなきゃいけないという一つの教訓でもありますね。
過ちへの反省はしなければなりませんが、"なんでオマエに言われにゃならんのだ"みたいな相手にはキレていいと思います。
おまえはアホだ。だからアレもするなコレもするなという、神様でもなければ裁く立場でもない者が過去をあげつらって「これからのこと」の判断を相手に押しつけるのはただの誹謗です。
「俺は怒ってるからアンタには投票しないよ」の自分の意思表示でいいじゃないかってことです。

ウィーナーはこの罵り合いの中で、何回も「おまえが俺のことを決めるな」と言ってますね。 しつこいぐらい連呼してますよ。
自分の人生ですからね。 自分で決めるのは当たり前。
家族でもないし友人でもない者がどうしても決めたけりゃ政治家になればいい、裁判官になればいい。
だから彼はやる。 結果は分かってても、俺は自分で自分を判断するんだという生き方を示した意志が、ニューヨーク市長選挙をあきらめない姿勢の中にあります。

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セクスティングの相手としてウィーナーのことを暴露した女性シドニー・レザーはマスコミと結託して、「奥さんと鉢合わせ!」みたいなことをやろうとする。
アホか、この女。 心が下品にもほどがあるぞ。 恥を知れ。

ウィーナー夫妻が彼女をまくシーンがなかなかの緊迫感。 「マクドナルド作戦」大成功。
「22歳の小娘から逃げ回って恥ずかしくないの?」
追っかけてるオマエが恥ずかしいんだ、バカ。


さて、選挙の結果は?というと、こればっかりはしょうがないよね。

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当初はウィーナーのカムバック・ストーリーとしてスタートしたドキュメンタリーも、"懲りない男"のドタバタ選挙劇という思いもよらぬ方向に。
本来なら中止になってもおかしくないのに、それでもカメラを回し続けることを拒む訳ではなく、修羅場と化した夫婦の姿さえも赤裸々に見せることを容認してるのが凄いですね。
なんで撮影を認めて映画の公開も許可したのか、その胸の内はウィーナー自身もそうハッキリとは語りません。
自分の悪い癖が治るかも・・・と思ったんでしょうか。
まあ2回ほど「二人きりにしてくれ」とカメラを切ってるところもあるにはあるんですが。

特に奥さんのムツーッとした表情。 そしてしょっちゅう腕を組んでます。 アメリカ人特有の「私、怒ってますけど」のポーズですね。
ウィーナーも大変だったでしょうが、奥さんも大変だったでしょうよ。
実際、ヒラリー・クリントンからは離婚を勧められてます。 まあ、あのオバチャンにしたら自分のイメージにも影響しますからね。
フーマ「自分の二人目の娘」と泣けるようなことを言ってましたが、この騒動に業を煮やして、「私を取るか彼を取るか」みたいな二択を迫るのはどうかしてますよ。 彼女のことを思ってかもしれませんがね。
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「私宛てにも、いやらしい写真を送れって言っといてちょうだいよ」
「え~っ」


この映画がアメリカで封切られたのは2016年の5月。
その3ヶ月後。 またしても・・・・
アンソニー・ウィーナー3度目のスキャンダル発覚。
それに尾ヒレが付いてきたのが、15歳の少女相手のセクスティングという衝撃の事件。
さすがに奥さん、別居しました。 (のちに離婚しましたが)

ところがこれで終わらなかったのが恐いところ。
未成年相手の事件ですので、FBIがウィーナーアベディン共有のパソコンを押収して捜査しだすのですが、そこにヒラリー・クリントンの自宅の私用メールサーバーが送受信したメッセージが何千通も含まれていることが発覚します。
それまでヒラリー氏優勢だったアメリカ大統領選挙の風向きを変えたと言われる例の「私用メール問題」です。

つまり・・・セクスティング中毒のこのバカたれが大人しくさえしていれば、今頃大統領はトランプさんではなく、ヒラリーさんだった可能性もある訳で。
一人の男のどうしようもねえ性癖が大国の方向性を変えてしまったという、喜劇のようでありながらこれは非常に怖ろしい事件です。 まあトランプさんになって良かったねと、後々言えればいいんですけどね。
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私的な問題を抱えながら、それを公的な立場でどうやって処理するのかという難題に取り組んでいく夫婦の姿。 これが滅多にお目にかかれない選挙戦の裏側と併せて、人のメンタルの不可解さも垣間見ることのできるユニーク極まりないドキュメンタリーです。


「賢人のお言葉」
 
「せいぜい自分に恥をかかせたらいいだろう。 恥をかかせたらいいだろう、私の魂よ。 自分を大事にする時などもうないのだ。 人の一生は短い。」
 マルクス・アウレリウス・アントニヌス

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他にもこれ観ました  4月編(上)
2017年04月19日

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「ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命」

史上最も有名なファーストレディとしてその名を残すジョン・F・ケネディ大統領夫人、ジャッキーことジャクリーン・ケネディ。
マリメッコやシャネルのファッションをジャッキー流に着こなすその姿は世界中の女性の憧れの的となりました。
一方では鬼級の浪費癖などを揶揄されたりと、常に派手なイメージが付きまとっていた彼女ですが、暗殺された夫の葬儀の際、そのイメージとはまるでかけ離れた毅然とした態度で葬儀を取り仕切る姿に世界中が驚かされました。
悲劇のさ中、ジャッキーはいかなる決意を持って夫の葬儀に臨んだのか。
この映画は暗殺から葬儀までの数日間のジャッキーに焦点を絞り、ファーストレディとしての責務を最後まで全うした一人の未亡人の信念の物語です。
監督は「NO」のパブロ・ラライン。 ナタリー・ポートマンがジャッキー役を好演。
アカデミー賞でも主演女優賞、作曲賞、衣装デザイン賞の3部門にノミネートされています。

ジャッキーがこだわったのは、夫の名を長く人々の記憶に刻むこと。
高い支持率を誇っていたとはいえ、大統領だった期間はわずか2年10ヶ月しかなかった夫のことなど世間はすぐに忘れてしまうのではないかということを案じたジャッキー。
そこで彼女は、今もなお偉大な大統領として人々が記憶するリンカーンと同じ葬儀にしようと考えます。
棺を運ぶ際に、ホワイトハウスからセント・マシューズ教会までの約2キロの道のりを馬車に先導されながら歩いていくというもの。
周りから危険だと反対されますが結局彼女はそれを押し切って実現させてしまうのですが。

ジャッキーという女性は芯の強さというよりも、「ファーストレディたるものとは」というプライドや使命感が凄い御方ですね。
ダラスからD.C.へ向かうエアフォースワンの機内で異様なムードの中、リンドン・ジョンソンへの大統領引き継ぎの宣誓に立ち合うジャッキーは飛び散った血がべっとりついたシャネルのスーツを着替えないんですね。
「彼ら(反ケネディ派)がやったことを見せつけてやるのよ!」
オヨヨと泣き崩れて取り乱すような弱みを見せてなるものかという気概は、夫は斃れてもこの私はまだ戦って見せるという大統領の伴侶以上の覚悟を示していますね。
ファーストレディ各ありきです。
「ファーストレディは公人か私人か?」という議論がつい最近ありましたけど、理屈はどうあれ公人という覚悟を持っていただきたいですね、首相夫人さん。
        

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「はじまりへの旅」

この家族、変なんですぅ。

現代社会に背を向けて、アメリカ西部の山奥で自給自足の生活を送るキャッシュ家。
父ベン(ヴィゴ・モーテンセン)と三男三女の6人の子。
資本主義社会をとことん嫌う父親は、子供たちをナイフ一本あれば生活できるほどのサバイバル技術を徹底的に叩きこむ。
上は18歳、下は7歳。 男の子はもちろん女の子も身体能力は大人のアスリートなみ。
もちろん学校には通わせない。
子供たちはおもっくそ難しい哲学書や「カラマーゾフの兄弟」などを読み漁り、6ヶ国語はしゃべれるし、合衆国憲法修正条項も暗唱できる。
12月7日にはノーム・チョムスキー(資本主義否定の言語学者)の誕生日を祝う。
家でゲームばっかりしてて学校行っても授業など聞いちゃいない、そこらのガキよりもよっぽどデキる子供たち。

しかし、本を読むだけでは学べないこともある。
コーラを知らない。 ナイキもアディダスも知らない。 「スタートレック」のこともチンプンカンプン。
年頃の長男は恋愛に興味を持ちだしても、やっと知り合ったばっかりの女の子に結婚を申し込んでドン引きされる。
次男も「僕らはちょっとおかしい」と静かに父親に反抗しだし、キャッシュ家も一つの転換点を迎えている。
そんな時、心の病を患い入院していた妻が亡くなったことを知るベン。
葬儀に行きたいという子供たちだが、実家に行けばソリの合わない義父との衝突は避けられない。
しかし、このままでは仏教徒だったママが土葬される。 落ち込む子供たちを励ますためにも“下界”へと降り立つ決心をしたベンだが・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最初はこの家族、スゲェな、このままでもやっていけるんじゃないかなとは思うんですけど、どんな分厚い本にも載っていない、違う世界のことを知ることで子供たちの自我がムクムクと起きあがってきます。
父親のやってることは洗脳に近いもんですし、「食べ物を救え!」とスーパーで泥棒してりゃ世話ありません。
自分の知らないことを知っている余所の子供と触れ合ったり、父親を罵倒する他の大人の言い分を耳にする子供たちと、予期せぬ事故をきっかけに迷いだす父親。
この妙な家族が多くの人や物に対して少しづつオープンになって成長していく姿が瑞々しいですね。
母親の願いを叶えて そして長男は旅立つ。 少し現実を受け入れて進化した家族は新たなるスタートを切る。
人が学ぶべきことは至る所に転がってるもんです。
        

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「グリーンルーム」

タイトルは『楽屋』という意味。
監督は「ブルー・リベンジ」のジェレミー・ソル二エ。
ブルーの次はグリーンだよ! 淡麗グリーンラベル(生)。
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笑えるほど売れなさ過ぎるパンクバンド「エイント・ライツ」。
たまに集まっては「無人島に連れていくバンドといえば?」という、どうでもいい話でそこそこ盛り上がる彼らに、ようやく待望のお仕事が舞い込んだ。
オレゴン州の人里離れた奥地。 本当にこんな場所にライブハウスがあるのか?というド田舎に本当にライブハウスがあったのだが、どうも客の雰囲気がクソ重たい。
それでも演奏を始めて、まあまあウケて、やれやれと楽屋へ戻った彼らはそこで殺人の現場を目撃してしまう。
座付きのハウスバンドがもめごとを起こしてメンバーを刺殺してしまったらしい。
ありゃ大変、おまわりさんにテレホンしなきゃと慌てふためく彼らに、スキンヘッドのコワモテの支配人さんは、ちょいと待ちなさい、そいつは困りますよと止める。
実はこのライブハウスはネオナチのたまり場。 支配人はそのボス。
反体制スタイルに憧れて、ちょっとイキりながらゴッコをやってるオッサンとは違う、けっこうマジな集団なのでポリス沙汰は困るのだ。
バンドメンバーたちは楽屋に幽閉されるが、どうやら目撃者である自分たちも消されるかもしれないと知って、逆に楽屋に籠城するという展開になる。
パンクス vs ネオナチ。 グリールームが真っ赤な血で染まる狂気の殺戮ライブ。 その結末は・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最近はこういう感じのバイオレンス映画に久しくお目にかかっていませんでしたので、次々出てくる肉体痛めつけ描写の新鮮なこと。
それもまあまあ見応えはありますが、何と言っても展開に意外性があるところも面白いです。
そこでコイツ死ぬの?とか、うまくいくはずが失敗!とか、けっこう意表を突かれます。
そんなに舞台が広範囲ではないシチュエーションなのに、チョコマカチョコマカと目まぐるしい話になっているところは上手いですね。
予備知識をほぼ入れてなかったので、ネオナチのボスがパトリック・スチュワートだと後から知って超驚き。
        

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「ハードコア」

登場人物がカメラを持って撮影しているというシチュエーションの主観映像、いわゆるPOVムービーは今やそんなに珍しくはありませんが、この映画の一人称視点の映像はひと味もふた味も違います。
従来のPOVは「手持ちのカメラ」という設定ですから、手ブレの表現とか、カメラを一ヶ所に置いたままの映像などもあるので、本当の主観とは言えません。
まあ、それはそれでいいのですが、こちらの本作はガチの主観の設定。
映画を観ている観客が主人公の視界を共有するという、全編にわたってシューティングゲームのような一人称視点で描かれている驚愕のアクションムービーなのです。
だからほとんどの画面の下から手が映り込みます。 それが「あなた」の手で、画面で繰り広げられている光景は「あなた」が今見ているものなのですよという感覚で楽しむ、超実験的な映画です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ヘンリー」という名で呼ばれるあなたは、何らかの事故で記憶を亡くし片手片足をも失い、両目も欠損。
何処かの研究機関に運ばれて腕と足をサイボーグ化されて目覚める。
両目も脳神経とコードでつながった"見える義眼"。
ただし発声機能のセットが遅れていて一言も話せないという状況。
そこへ謎の敵が現れて、「あなた」を改造した科学者の奥さんを拉致し、そして「あなた」も追われる身となる。
このほとんどノンストップの逃亡劇を「あなた」はその目で体験することになる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
GoProという特殊なアクションカメラを俳優の顔に固定して撮影された映像は始めから終りまでアクションの連続。
ヘンリー、つまり「あなた」がしゃべれないという設定にしてあるのが映画の世界へシンクロできる効果を高めていますね。
やたらに多いのは高い所から落ちるという映像で、この時ばかりはダミーの人形にカメラを取り付けて実際に落としているのだろうけど、これはこれで高い所から落ちたら人間はこんな光景を見ているのかというのが分かって興味深いですね。
ちょっとタマタマがキューッと上に上がりますが。

サイコキネシスを使う金髪のボスキャラや、しょっちゅう「あなた」に手を貸してくれるクローン人間のジミーが入り乱れて、しかも当人である「あなた」は記憶がないために自分の身に何が起きているのかがなかなか掴み辛い物語になっています。 まあ、そこは気にしなくてもいいかな。
絶えず何らかの音楽が流れていて、その使い方もうまい。
テンプテーションズもあればクイーンもあるよ。
どこからともなく現れた馬に乗せてもらい、「荒野の七人のテーマ」が流れた途端に振り落とされて馬が去っていくという、なんのこっちゃなシーンには笑いました。
        

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「午後8時の訪問者」

ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督の最新作。
助けを求めていた少女を見殺しにしてしまったのではと苦悩する若き女医が、少女の死の真相を探るサスペンス。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
郊外の小さな診療所の医師であるジェニー。
体調を崩した老齢の知人の医師から引き継いだ診療所だが、近々閉めて大病院での勤務に移る予定である。
ある日の夜、診療所のドアベルが鳴る。 だが時間は診療終了時間の午後8時を過ぎていた。
その日は病院の歓迎パーティーの予定があったジェニー。 ドアベルに応じようとする研修医のジュリアンに「なんでも患者に振り回されてはダメ」と叱責して制止する。
翌日、警察がやってきて、診療所の近くで身元不明の少女の死体が発見されたことを知らされる。
その少女は亡くなる直前に診療所のドアベルを鳴らしている姿が監視カメラに映っていた。
あの時、ドアを開けていれば少女を救えたのだろうか。 罪悪感に苛まれるジェニーは彼女の写真を持って、暇を見つけてはあちこちで少女の名前を訪ね歩く。
少しづつ真相に近づきながら、何者かの脅迫という危険にさらされようとも、ジェニーは頑なに少女の痕跡を追い続ける。
やがて辿り着く真実と共にジェニーは医師としてあるべき姿に目覚めていく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ダルデンヌ兄弟の映画ですから、事件の真相はさしてハリウッド的かつドラマチックな物ではありません。
一番主眼に置いているのはヒロインの医師としての成長でしょう。
大病院での勤務も決まっており、患者に振り回されるつもりはない、シビアなところもある医師だったジェニーが、自分に責任があるかもしれない一人の少女の死をきっかけに、自分の目指す道や、忘れかけていた本来の姿に気づいていく再生の話です。
何があったのかというよりも、ジェニーは少女が何者か、とりわけ名前をやたらに聞きたがります。
今となっては叶わないことですが、あの日に戻ってドアを開けて少女を招き入れてたら?というところからやり直したいのでしょう。
「患者に振り回されてはダメ」と言ってた本人が、振り回されてこそ医師のあるべき姿であるということに気づいていくのです。
ラストに老夫人の手を取ってゆっくりと歩調を合わせて診察室に入っていく後ろ姿がいいですね。
        

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「ストロングマン」

ギリシャ映画といえば巨匠テオ・アンゲロプロスですが、数年ほど前に不慮の事故で亡くなられまして、さてこれからのギリシャ映画の運命やいかにと思ってたら、へんてこな映画が登場しました。

エーゲ海でクルージングを楽しむ6人のオッサンたち。
ひょんなことから、"最高の男(ストロングマン)"は誰かを決めるゲームをしようということになる。
なにも全員でいっせいに飛びかかって殴り合おうとか、そんな腕っ節バトルロワイヤルではありません。
船がアテネに着港するまでの丸一日のあいだ。 各自がメモ帳を携帯して互いの一挙手一頭足を採点していくのです。
"いい男"の美点から外れているようなところがあればハイ減点。 "いいね"と思えば加点。
そうやって、最も高得点を残した者が勝者となる。
最初は冗談半分で楽しんでいたオッサンどもは次第にムキになり出してプライドの張り合いへと発展していくのですが・・・。

ストロングマンにふさわしきポイント。 たとえば・・・
トークがうまい  笑う時に歯を見せる  寝相がいい・イビキもかかない  いい下着を履いている  歯はマメに磨く  タバコは吸わない  血糖値・コレステロール値は常に正常  コーヒーはブラックで飲む  料理が得意  助けを呼ぶ声が聞こえたら一番に駆けつける  本棚を作れる  水切りが7回以上できる (水面に石を投げて何回跳ねるかっていう、あの遊び)  もちろん、アソコがでかい などなど。

互いにそういった点を褒め合えばいいのですが、相手のマイナス要素をネチネチ採点していくことの方が多いので、なんだかムードが段々重たくなっていくのです。
映画自体も、もっとハッチャケたコメディかと思いきや、まあまあ重ための話なんですよ。
自分のダメなところを思い知らされて、どんよりしながら突然自分磨きに精を出したりする奴もいたりして、最後はそこまでするのかというところまでいく。

そもそも、この6人って何者?って不思議に思いながら観てましたが。
一人だけ、「先生」と呼ばれているおじいちゃんみたいな人がいて、あとの5人は同年代の中年オヤジ。
船長、コック付きのクルーザーをチャーターするほど金を持ってる「先生」。 その娘を奥さんにもらった義理の息子もいる。 その娘の元カレもいる。 計算が得意でルービックキューブを高速で完成させる小石集めが趣味な引きこもり君(先生の娘婿の弟)もいる。 彼らとは関係のない仕事仲間の2人もいて、完全に親族同士ではない。 何の集まりなのか?
いや、それよりも。
ことの発端は、『人をナニかにたとえるゲーム』をしていて、「おまえはパンダだ」、「おまえはパイナップルだ」、「取り消せアホ。 自分が一番だと思うなよ」、「じゃあ決めようぜ」・・・という小学生のような言い合いから始まったのだ。

そんなストロングマン・レースをずっと観てると、いやいやいやいや・・・おまえらの誰が一番かはぶっちゃけ、どうでもええしな!って思いはじめるぐらい、妙に疲れてくる映画でしたな。
        

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「おとなの事情」

「ストロングマン」に続きまして、こちらも”なんでそんなゲームするの?”という映画。
友人の家の夕食会に集まった7人の男女。(3組の夫婦と男一人)
招待主、整形外科医のロッコ、カウンセラーの妻エヴァ。
法律事務所勤務のレレと妻のカルロッタ。
タクシードライバーのコジモと女医の妻ビアンカ。
バツイチの臨時教師ペッぺ(婚約者を連れてくるはずが風邪で欠席)

みなさん、会話にウイットがありますな。
男と女をWindowsとMacにたとえるならどっちかという話が面白かったですが、そのうち、ケータイが元で浮気がばれた知人の話題になった時、招待主の奥さんがゲームをすることを思いつくのです。
みんなお互い隠し事もなく何でも話せる間柄ならケータイを見られたってかまわないでしょ?とおっしゃる。
全員自分のスマホをテーブルの上に置き、メールが来たら全員に見せ合い、電話がかかってきたらスピーカーに切り替えて会話も聞かせるという、「それってゲームって言うか?」みたいな余興が始まるのですが・・・・・

もちろん、何事もなく済みました、僕らは互いに疾しいことのない夫婦&親友同士さ、アハハハハ・・・で終わる訳はありません。
少なくともゲスは4人います。 だもんで必然的に修羅場ラバンバになります。
なんでもないのに、内容によっては誤解されるような文面のメールが来たり、マジで「それアカンやつ!」な着信が来ちゃうのよね。
和気あいあいなムードはみるみるうちに疑心暗鬼のるつぼと化していき、もちろんゲスもバレ、前から溜めこんでいた不満が爆発したりして、もうお手上げ。
毎晩決まった時間に愛人から写メが来るレレは、ペッぺに「同じ機種だからスマホを交換してくれ」と頼むが、これが意外なトラブルを生む結果になるのです。
そして、風邪で来なかったペッぺの婚約者の正体と、出席できなかった本当の理由とは?
「ゲームに参加したのは、シリアルキラーの心理と同じ。 正体に気づいてほしいからだ」

登場人物の中では一番マシだったロッコさんは、「ケータイは余計なことまで知っている。 遊びで使っちゃいけない」って、まともなことをおっしゃいました。
よく世間でも、夫婦や恋人同士でもケータイを見せるか否かみたいなことを言いますけど、夫婦や恋人だからこそ見てはいけないと思いますがね。
        

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「T2 トレインスポッティング」

1996年に旋風を巻き起こしたダニー・ボイル監督の代表作「トレインスポッティング」の続編。
前作から20年。 もちろん、あのエディンバラのアホ・ジャンキー4人組もリアルにプラス20歳で再登場。
すっかりくたびれた中年オヤジの彼らは立派な紳士として生まれ変わり、マジメに働き、家族を大切にしながら幸せな生活を送って・・いる訳なぁぁぁ~い!!!!

レントン(ユアン・マクレガー)・・・前作のラストで金を持ち逃げしたヤクチュー1号は、アムステルダムに高跳び。  麻薬とは縁を切っていたが急性冠不全の手術を受けたばかり。 15年前に結婚した妻との仲は冷え切っていて、仕事も失ったのを機に20年振りにエディンバラに帰郷。

スパッド(ユエン・ブレムナー)・・・病的なヤクチュー2号。 寝グソ事件を乗り越えてゲイルと結婚して子供も設けたのにヤクと縁が切れずに別居。 自殺しようとしていたところをレントンに救われ、またも腐れ縁が始まる。

サイモン"シック・ボーイ"(ジョニー・リー・ミラー)・・・007オタクのズル賢いヤクチュー3号。 伯母から譲り受けた全く客の来ないパブの2階にサウナを増築することを計画中。 カノジョとツルんで、美人局で資金を稼いでいる相変わらずのロクデナシ。

べグビー(ロバート・カーライル)・・・ドラッグはやらないが、やたらにケンカをしたがる、タチの悪いファイト・ジャンキー。 酒場で人を殺してムショに入っていたが脱走。 20年前に金を持ち逃げしたレントンがエディンバラに帰ってきていることを知って復讐に燃える。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
年齢を重ねたからといって、人間そう易々と本質は変わらない。
結婚してガキができてたりという変化はあるけれど、ダメ人間を引きずりながら、選択肢の少なかった昔とは違う複雑な時代の変化というトレインに乗り遅れた4人。
レントンの実家の壁紙はそのままだけど、お母さんはひっそりと亡くなっていて、べグビーはアソコの元気がなくて、バイアグラとの出会いに歓喜する。
サイモンは陽的に、スパッドは陰的な方へとズレたまんま止まらない。
クラブで男を誘ってた女子中学生のダイアンなんかは弁護士になっている。

若くして死んだダチを想い、またもヘロインを打ちながら、どこへ向かいたいのかも分からないまま、やっぱりそこしか居場所がないというプラットホームで立ち尽くす。 そんな相変わらずな愛すべきクソッタレの愛すべきゴロツキぶりが愛おしい。

この映画を観るには、前作をDVDでおさらいするのが吉。
うちにはすっかりカバーが日焼けして、オレンジ色がくすんだDVDがあって、久しぶりにそれを観てから「T2」を観に行った。
前作のセルフオマージュもふんだんにあって楽しい。
車のボンネットにバン!と手をつく、あのシーンの再現や、やっぱりあるトイレのシーンは爆笑のシチュエーションで登場。
音楽は今さら言うこと無し。
前作では「銀河のアトミック」(カバーだけどね)が印象的だったブロンディーのナンバーがまたしても! 泣いた!
FGTHもベタだけど泣いた!

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わたしは、ダニエル・ブレイク
2017年04月15日

T0021555p.jpg世の中、生きていくには金がいる。
そのために仕事に就く。
そして得た収入で暮らす。
これが基本の生き方だが、誰の人生もそうスンナリといく訳ではない。

人によっては、よんどころない事情で仕事に就くのもままならないケースがあるのは珍しいことではない。
しかし収入がなければ大変なことになるし、そのために社会福祉というものがあるし、誰にだってそれを受ける権利はあるはずだ。

だが、相談にのる者が話を聞かなければ、開いているように見える門は最初から閉まってるも同然。
役人の胸先三寸で人の尊厳が軽んじられるという、福祉とは名ばかりの現実がある。
それに直面した人が戦える武器は、やはり「自分」という尊厳を見失わないことだ。


2014年の「ジミー、野を駆ける伝説」のあと、引退を表明していた巨匠ケン・ローチ。
しかし、「いや、ちょっとこれだけは言わせてくれ」と宣言を撤回してまで撮ったこの映画は、カンヌ国際映画祭にて巨匠に2度目のパルムドールをもたらせた。


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イギリスはニューカッスルに暮らす59歳の大工ダニエル・ブレイク
妻はすでに亡くなって一人暮らしの彼は、ある日職場で心臓発作を起こし、医者からはしばらく働くことを止められる。
国の援助を受けようとしたものの、あまりに複雑な制度と融通の利かない役人の対応にとことん翻弄されることになるダニエルはそんな時、シングルマザーのケイティと出会う。
二人の子供を抱えて仕事もなくて困っている彼女に手を差し伸べて助けてやろうとするダニエル
ケイティ母子との間に家族のような絆が芽生えるが、さらなる厳しい現実が彼らを待ち受けていた・・・・・



この映画を観て、理不尽な権力に敢然と声を上げるダニエル・ブレイクの姿に感動されたお客さんも多いでしょう。
アッシが観に行った映画館では上映終了後に拍手が起きましたよ。
ええそうでしょうとも。 わかります。 わかりますともさ。
ラストの手紙のところはガツンときましたよね。

しかしアッシはね。 はらわたが煮えくりかえってましたよ。
感動よりも、憤懣。
いや、映画がダメなんじゃない。 全然いいのだ。
何がムカつくかって、劇中に描かれている諸悪の根源そのものの「お役所様」の実体がアッシの堪忍袋を刺激したのだ。
感想のアンテナが違う方向を向いたまま、観終わったアッシは大魔神のような顔になっていた。
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イギリスの役所というのは、どこもあんな感じなのか?
いやあ、どうだろう。 日本はもっとマシだとは思うのだけど、この映画に出てくるニューカッスルの役人たちはふざけてるにもほどがある。
これは本当のことなのかと唖然とするしかない。
福祉を求める人を泥棒か何かと思ってるのだろうか。
どんなにマジメに生きてきても、人生はちょっとしたことで転落することもある。
キチンと税金を払ってきたのに、社会的弱者を"書類"のように扱えるその態度は何だ?
委託された民間業者だからとかいう理由は関係ない。
人の尊厳の意味も分からなくて、なぜ福祉の仕事をしているのか理解に苦しむ。



映画が始まると、しばらくは字幕だけが映るブラックスクリーンのままで、ダニエルと役所のコントのようなやりとりが展開される。
心臓を悪くして、国から雇用支援手当を受けているダニエルの継続審査の電話である。
「50メートル歩けますか?」 「帽子をかぶれるぐらい腕が上がりますか?」 「電話のボタンを押せますか?」 「ウンコを漏らしたことはありますか?」 「目覚まし時計のセットができますか?」
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なんじゃいそれは? 電話のボタンを押せるから電話しとるんじゃろが。 本人は心臓が悪いと言ってるだろうに。

ダニエルも笑ってテキトーに答えてれば賢いのかもしれないが、この人はそういう人なのだ。
引っかかることには黙ってられないタチで、ついつい食ってかかってしまうのである。
「なあ、あんた。 カルテを読めよ。 俺の悪いところは心臓だけだ。」 「質問に答えてください。」
「あんた医療専門家か?」 「委託業者ですけど。 とにかく質問に答えてください。」
「時間の無駄だろ。」 「答えていただかないと不利になりますよ。」
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おやおや。脅迫ですか。 マニュアル・モンスターを怒らせるとおっかないですな。

そうして数日後に届いた通知は、『就労可能 手当支給中止』。
心臓が悪いから仕事は医者に止められてるって言うとるだろうが。
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納得できないダニエルは役所に電話する。
『24時間対応』の窓口であるが、たいへん混みあってるらしく、電話の向こうで延々とビバルディの『四季』が流れている。 人の人生が秋冬真っ只中なのに“しばらくお待ちください”のBGMは『春』と来たもんだ。 アホか。

ケータイをスピーカーにしたりして、家事を片付けながらダニエルは待ち続ける。 この人も執念深いなあ。
ビバルディを聴き続けること、1時間48分。
お待たせいたしました。」 「サッカーの時間より長いぞ。」
せっかく繋がったのに「認定人から連絡します。」

これがイギリスという国の現状なのだろうか?
電話の相談事が途切れないのだ。 応対する職員の数も抑えてるのだろう。
それとも・・・電話に出る気がないのか?

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職安に行ったダニエル
一からアレコレ説明するが、求職者手当の申請をするように言われる。
それって、どうすれば?
「申し込みはオンラインのみです。」

最近は『オンラインのみでの受け付けとさせていただきます』がやたらに増えた。
これは役所にも限らず色んな所でそうだが、パソコン使えなきゃお呼びでない御時世なのだ。
スマホでネット見れるぐらいは常識だと思ったら困る。 できない人だっているのも当たり前だということを一番理解しないといけないのが役所というところではないのか。

ダニエルはパソコンは全くのド素人。
なんせ「マウスを動かして」と教えられても、「こうか?」とマウスを持ち上げてディスプレイの前でフワフワ動かすような人なのだ。
悪戦苦闘しながら手続きをしても、ことごとくエラーメッセージの連続。
ある親切な女性職員がオンライン申請を手伝ってあげたら、上司に呼ばれ、「前例を作ったら困る」と注意する。
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「困る」とはどういう意味だ。 困ってる人を助けたら困る奴がいるのなら呼んでこい、ボケ。
所詮は行政の下請け機関だから、出費を抑えることが第一だというぐらいの察しはつく。
切り捨てやすい人間にわざわざ手を貸して、出費がかさむことになったら雇用年金省から突き上げられる。それが面倒なのだ。
彼らが救いたいのは大臣の顔と自分の立場であって、職を探している人ではない。


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ダニエルと出会うことになるシングルマザーのケイティ
子供二人を抱えてるというのに、この若さで仕事がないというのも大変だ。
ダニエルが雇用支援手当の件で職安を訪れた時、彼女と職員がもめている場面に出くわす。

ロンドンから越して来たばっかりで、転入手続きをして求職者協定の締結をするために職安に来た。
慣れない場所で道に迷って、約束の時間に遅れてやってきてしまったケイティは給付金を受け取れないばかりか、遅刻が制裁の対象となり1ヶ月無収入になると告げられる。
そんなバカな話があるか。
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制裁だと? 寝言は北朝鮮に向かって言え。
遅刻したのが悪いと百歩譲ったとしてもだ。 彼女がおたくらに何か損害を与えるようなことをしたか?
社会的弱者を背後から蹴るような、このタチの悪い因縁のつけ方も、すべて出費を抑えるためなのだろう。
子供が見ている前で、母親を泥棒扱いするな。
坊やの顔を見てみろ。 「このハゲオヤジ、何ゆうとんねん」って顔しとるだろが。


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待ち合わせの席で一部始終を見ていたダニエル「もう見てられん!」とブチ切れる。
「この人が助けを求めてるのになぜ聞いてやれんのだ!」
ちょっとした騒ぎとなって、ダニエルケイティともども職安から追い出されてしまう。

今どき珍しい気質の、うるさ型オヤジである。
住んでるアパートの隣室の青年のマナーにもガツーンと言う。
「廊下に生ごみを出すんじゃねえ!」(実はこの青年とは仲がいい)
犬を散歩させて糞の後始末をしない不届き者のオッサンにも遠慮はしない。
「恥を知れ、この礼儀知らずめ!」

まちがってることは、いかなる時だろうとやり過ごすことなどできない人なのだ。
他人の事なら尚更こうして声を上げることができる人というのは現代ではめっきり珍しい存在になった。 と同時にそういう人が生きにくい時代になった。

職安での一件を機に、ダニエルケイティ母子との交流が始まる。
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ケイティはロンドンで、大家に雨漏りのする部屋の文句を言ったら追い出され、ホームレスの宿泊所で2年間を過ごしてきた。
役所から紹介された部屋は、トイレのタンクが壊れたままのボロアパート。
父親の違う二人の子供の面倒を見ながら、通信制の大学への復学を臨んでいるが、アルバイトさえ見つからず、電気代も払えない現状。
母親には心配かけまいと、なんとかうまくやってることを電話で伝えた後で虚しく肩を落とす。

ダニエルはトイレの水洗を修理したり、娘のデイジーに木彫りのモビールを作ってやったりするのだが。
ケイティは子供たちには最低限の食事はさせていたが、彼女は何もお腹に入れていない。 そうしないとやっていけないのだが、ダニエルは無論そんなことは知る由もない。
空腹というのは、人間の尊厳を奪うのに十分な苦しみであるのを象徴するシーンが出てくる。
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ボランティアが行っているフードバンクには長蛇の列ができている。
食料と日用品が支給される催しにケイティダニエルに付き添ってもらったのだが。
ようやく順番が回ってきて、手渡された缶詰に自分を見失ったケイティはその場で缶詰を開けて手づかみで貪り食いだすのだ。
あまりの空腹に耐えきれなかったのだ。
「みじめだわ。 こんな姿を母が見たら・・・。」
「君は何も悪くない。」ダニエルは優しく励ますしかない。

ケン・ローチ監督いわく、このシーンは実際にあった話をもとにしている。
フードバンクのスタッフが実際に目撃した光景なのだという。
「食べる」というのは人の生き方の基本中の基本。
人が飢える姿は痛ましいの一語に尽きる。

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ダニエルにとって唯一の収入源として頼れるのは求職者手当なのだが、再審査の結果はまたしても『就労可能』。
病気で働けないのにどうしろと?
手当を受け取るには働く気があることを示すための求職活動をすること。
履歴書を持って働き口を訪ね歩き回るぐらいのことをしないとダメなのだ。
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しつこいようだが、ダニエルは心臓が悪いっちゅうとんねん。
医者からはしばらくは仕事は無理やと言われとんねん。
働ける体やないっちゅうとんねん。
なんでそれが伝わらんのじゃ。



仕方なくダニエルは形ばかりの就職活動をする。
とある製材業者に履歴書を持ちこみ、「面接に来てくれ」という返事をもらった。
しかし、働けないのだ。
ダニエルは申し訳ない思いで事情を説明したものの、社長さんらしきオジサンは「おちょくってんのか」とキレる。
「せっかくいい人が見つかったと思ったのに、バカにするのもいいかげんにしろ。」

そりゃそうだ。
事情は理解できても、働く気がない奴に踊らされる仕打ちを受けたら心穏やかな訳がない。
ダニエルは嫌というほどの自己嫌悪に陥る。

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役所の者にとってはダニエルの『就労可能』という判定が絶対なのだな。 そこから全部がおかしくなっとるよな。
実際に働こうが働こまいが『仕事を探しました』という態度さえ見せれば金はあげるのだとよ。
エサを欲しけりゃ尻尾を振って見せろと。
そりゃしろと言われりゃするだろうよ。 でも福祉の意義など脇にどけて、経費節約に血道をあげるおたくらがそれでいいのか?
普通に仕事を持ってる奴がちょっと頭ひねりゃ、“副業”がてらに手当の不正受給し放題になるぜ。 どうするよ?
自分の身になって考えることができんのか? こんな変な矛盾があるか?


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一方ケイティはスーパーで生理用品を万引きしてしまい、警備員に見つかってしまう。
しかし哀れに思った支配人は見逃してくれ、警備員は「力になるから。」と電話番号を渡された。
この電話番号を頼るということは、いよいよ"そういう仕事"に手を出さねばならないことを意味しているのをケイティも分かっている。
しかし、娘のデイジーが学校で壊れた靴をバカにされていじめられていることを知った彼女は決断するしかなかった。
新しい靴などもちろん買う金などなく、底が剥がれても接着剤でくっつけた靴を娘に履かせている情けない自分が嫌でしょうがなかったのだ。

ケイティが体を売る仕事をし始めたことを知ったダニエルは辞めるように説得するが、「止めるならもう会わないわ。」と突き放されてしまう。
その日も職安に足を運んだダニエルは、職員との話もそこそこに突然席を立つ。
「手当はいらない。もうこんなことは辞める。 尊厳を失ったら終わりだ。」
外に飛び出したダニエルは怒りをそのまま突飛な行動としてぶつける。
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俺はダニエル・ブレイク
飢え死にする前に申し立て日を決めろ
電話もクソだがBGMを変えろ


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まず最初に言っとくがな。
万引きはいかんぞ。 建造物への落書きも器物損壊の犯罪だからな。
それよりも皮肉なことに、困ってる人を助けるはずの機関が何もせずに、庶民の人らが手を差し伸べるこの光景が全てを物語っているな。
スーパーの支配人さんは万引きをしたケイティを哀れんで目をつぶってくれた。 役所の手続きに遅刻したぐらいで制裁を科そうとする役人とはえらい違いだな。
売春の仕事を取り持った警備員さんも悪い人ではない。
仕事の内容はともかくも、「どうしても困るようだったら」と命綱を渡してくれたのだ。
一度貧困に落ちたら這い上がるのは容易ではないこの社会の厳しさは役人よりも庶民の方が十分知っている。 だからルールや倫理に縛られない人助けができるのだ。


ダニエルの落書きに沿道の人たちが拍手喝采を贈っている光景はみんな分かっているからだ。 役所が何もせんということをな。
書類と向かって仕事をするな。 人と向き合って考えて仕事に取り組め。


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感動もするが、正直なところ怒りの部分が大きいのは、この物語自体が何らかの進展を見せないまま終わってしまうからだ。
ダニエルにしてもケイティにしても、その他大勢の助けを必要としている人たちの問題は何も解決しないままなのである。
ネタバレになるが、ダニエルケイティの助言もあって再審査の決心をした矢先に心臓発作であっけなく世を去ってしまうのだから何の光もない。 ただ、問題を提起したまま。
内容にケチをつけてはいないよ。 これは"解決案"の映画ではなく、"告発"の映画だから。

とにかくイギリスのひどい現状をとにかく訴えたかったケン・ローチが、映画という形で社会の壁に殴り書きしてみせた熱いメッセージなのだ。
声を上げろと巨匠は言う。 名前ある人間ならそれ相応の扱いを求めるのは当然なのだから、壁の前でうなだれてあきらめるなと巨匠は叫んでいるのだ。

ラストでは、ダニエルが生前に書いた"履歴書"という形のメッセージをケイティが葬儀で読み上げる。
全文は記憶してないのであしからず。

わたしはお客様や顧客やサービス利用者ではない
怠け者でも、たかり屋でもない  乞食でもなければ泥棒でもない
わたしは国民保険者番号でもない  パソコンのエラー音でもない
わたしはダニエル・ブレイクだ
人間だ  犬ではない
わたしは権利を要求する  敬意を払ってもらいたい
わたしは、ダニエル・ブレイク
一人の市民だ  それ以上でもそれ以下でもない
ありがとうございました


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前首相のキャメロンが推し進めた緊縮財政がもたらしたのは弱者だけが損をする地獄のような格差社会である。
みんなで貧乏して経済を支えようじゃありませんかと言いつつ、あれも削減これも削減の政策は結局は最下層の人から切り捨てられていくのだ。

手や足が動くのなら『就労可能』と判断されてしまうダニエルのケースは映画の中だけの笑い事ではない。
障害者手当を大幅に削減し、給付の条件もハードルをグンと上げ、「指一本でも動かせるのなら働けよ」というのは大げさではないほど、英国の締め付け政策はけっこうムチャクチャらしい。
キャメロンさん、障害を持った息子さんを亡くされてますよね、この人。 なのに分からんの?

経費削減になるなら支援を求める人の手も振り払うこの国は果たしてメイ首相になってもおそらく変わらんし、EU離脱も一概に労働者に味方するとは思えない。
大丈夫か、イギリス?


なにも贅沢をさせてくれと言ってるのではない。
税金を払った人が正当な権利を行使し、困っている状況を是正したいだけだ。
それをハイエナのように見る役人に対して、一人の人間として見てくれと言っている。
誰もが自分の名を持つ一市民である。 これほどシンプルな分かりやすい尊厳はない。



「賢人のお言葉」
 
「貧しい人々のお世話をしている年月の間に、私は、彼らこそは人間の尊厳をよりよく理解している人たちだと思い知らされました。 もしも彼らが問題を持っているとすれば、それはお金がないという問題ではなくて、彼らが人間らしく扱われるべき権利と、彼らの持っている優しさが認められないという現実なのです。」
 マザー・テレサ

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キングコング:髑髏島の巨神
2017年04月10日

T0021512p.jpg日本の某所。
ある大金持ち一家の小学生の一人娘、岡根もち代は死ぬほど退屈していた。


 爺や~。 ねえ、爺やってばあ。
 お呼びでございますか、お嬢様。
 あっ、爺やったらどこに行ってたのよ。 さてはメイドさんとちちくりあってたんじゃないの?
 バレましたか。
 してたのかよ。
 冗談でございますよ。 それよりお嬢様、今日は学校はよろしいので?
 学校って気分じゃないの。
 気分とかではなくて。 お父様に叱られますよ。
 いいのいいの。 別に行きたくなきゃ行かなくていいってパパも言ってたし。
 しょうがない御方ですなぁ、旦那様も。
 それに学校行っても面白くないのよね。 友達とはあまり話が合わないし。
 そうなんですか。
 こないださぁ。 『花子ちゃんのパパって何してる人?』って聞いたら、『サラリーマン』って言ったから、『サラリーマンってどんな風に変身するの? 地球上で何分戦えるの?』って聞いたの。 そしたら花子ちゃん、まるでバルタン星人と道でバッタリ出会ったみたいな顔してアタシを見たのよね。
 そりゃ、そうでしょうな。
 やっぱアレかしら?サラリーマンって、サラリーマン・エースとかサラリーマン・タロウとかいるのかしら?
 お嬢様。 なおさら学校に行って勉強した方がよろしいかと。
 冗談よ、爺や。 上流階級ジョークってのが分からないかなぁ。
 そんなジョークを聞かせるために爺やを呼んだのでございますか?
 いや実はさぁ。 退屈で退屈で。 なんか面白いことないかなあって。
 バカ殿様のコントの最初のセリフみたいなことをおっしゃいますね。 ならばお嬢様。爺やと一緒に出かけましょうか。
 どっか連れてってくれるの?
 そうですな。 しいて申し上げるなら動物園とでも申しましょうか。
 動物園かぁ、そういや久しぶりね。 うん、行こう行こう。 で? どこの動物園?
 髑髏(ドクロ)島でございます。
 ああ、『お仕置きだべえ~』ってやつね。
 それはドクロベエでございます。 爺やが申してるのは“トウ”です。 島なのですよ。
 聞いたことないわね。
 最近NASAが発見した島なのですよ。 そこで調査隊が組まれることになってですね、それに同行しようかなと。
 なるほど。 天然のサファリパークってことか。 どんな動物がいるか、楽しみだわ。

 ではさっそく参りましょう。 現地集合ということですので。 自家用機でピュッと。

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 爺や、これは何の騒ぎ? えらく物々しいじゃないの。
 何がいるか分からない所ですからね。 人畜無害な生物ばかりとは限りませんので。 気にせずに参りましょう。
 ちょっと待って、爺や。 ロキがいるわ! また悪さしに来たのかしら。 ソーを呼ばなきゃ!
 落ち着いて下さい。 ロキはTシャツ着ませんし、ライフルも持ちませんよ。 彼は調査隊に雇われた元SASのエージェント、ジェームズ・コンラッド(トム・ヒドルストン)です。
 じゃあ、後ろにいる女の人はキャプテン・マーベルじゃなくて?
 彼女はメイソン・ウィーバー(ブリー・ラーソン)といって、記録係として加わったカメラマンですね。
 ややこしいわね。

 ややこしくはないと思いますが。

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 爺や! ニック・フューリーもいるわ。 なんなの、このマーベル色満載の状況は?
 お嬢様、よく御覧下さい。 彼がニック・フューリーならアイパッチをしてるでしょうに。 彼は調査隊の輸送を請け負っているアメリカ空軍第3攻撃ヘリ部隊の隊長、プレストン・パッカード大佐(サミュエル・L・ジャクソン)です。
 なんかすごいピリってるわね、この人。 なんか嫌なことでもあったのかしら?
 この島に来た途端にヘリが巨大なサルに叩き落とされて、部下をたくさん失ったそうです。 今、彼の頭の中は部下のカタキ打ちで一杯なのでございます。
 巨大なサルって何よ?

 それこそがここのメインの見もの。 のちほどのお楽しみでございます。

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 爺や! 出たわ! 未知の生物よ!
 お嬢様、それは人間ですよ。
 メフィラス星人かと思ったわよ。 レディの前でラーメンとかの汁もの食べたら引かれるわね、そのヒゲ。
 彼はハンク・マーロウ中尉(ジョン・C・ライリー)という元米軍人です。 太平洋戦争中に乗っていた戦闘機が髑髏島に墜落し、先住民のイーウィス族に救われて28年もの間、この島で暮らしていたのです。
 ちょっと待って爺や。 太平洋戦争から28年って、今は何年?
 1973年でございますが。
 爺や。 それだと今までの私たちの会話。設定上いろいろと都合が悪くない?
 そんなの気にしてたら、ブログなんか書けませんよ、お嬢様。 ワーハッハッハ。
 何がおかしいのよ。 ・・・ブログってなんのこと? まあアタシだって気にしないけど。


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 これよ! これこれ! こういうのが見たかったのよ!
 スケル・バッファローですね。 この島では比較的おとなしい生き物です。 驚かせなければ暴れたりはしません。
 コンセプトはアフリカバッファローね。 角の先が三つに分かれてるのがクールだわ。
 「バファローズ」と言わずに「バッファローズ」って言ったら、オリックス・ファンに怒られるって御存じですかな?
 それ、なんか関係あんの?


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 イヤーッ! クモは苦手なのよ。
 バンブー・スパイダーは、異常に長い脚を竹に擬態できるので竹林にまぎれるようにして獲物を待ち構えています。
 脚踏みして獲物を串刺しにしようだなんて、もはや人間はタコ焼き扱いね。
 いやむしろ、アユの塩焼きでしょう。 またはシシカバブ。
 どっちでもいいわよ。


hqdefault_20170409014316350.jpg 
 なんだかワケわかんなくなってきたわ。 こんなのギレルモ・デルトロの世界よね。
 ナナフシの仲間で、名前はスポア・マンティス。 朽ちた倒木に擬態するというアートのセンスを持った生き物ですね。
 シュールすぎるわ。 巨大な牛、巨大なクモ、巨大なナナフシ。 別にいいけど、もう少しさぁ、"デカくしましたシリーズ"から離れられないかなあ。

 わたくしに申されましてもねえ。 では、こういうのはいかがでございましょう。

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 いいんじゃな~い。 こういう怪獣っぽいのを見ないとこんなとこまで来た甲斐がないわ。
 スカル・クローラーと申しまして、数メートルほどの大きさなんですが、30メートルを超す親玉がおります。
 どう見ても温厚ではないわね。
 凶暴でございますよ。 人間のような小さな獲物は長く伸びる舌で捕食するんですね。 動きも案外に素早いので気をつけないといけませんよ。
 なんか空飛んでるけど、これって飛べるの?
 あれはまた別のモンスターです。 サイコ・バルチャーというプテラノドン系の翼竜です。 油断してたら空から来ますので、捕まったらアウトです。
 急にデンジャラスなムードが高まってきたわね。

 それではこの髑髏島の真打ちにご登場願いましょうか。

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 爺や、また"デカくしましたシリーズ"じゃないの。 巨大なサルってこれ?
 お嬢様、キングコングでございますよ。
 知ってるわよ。 映画とかで何回も観たし。 遠いところまで来たのにメインがこれかあ。
 喜んでいただけると思ったのに、まさかのリアクションですな。
 いやいや。 サルじゃん。 なんか火ぃ吹いたり、光線出したり、トランスフォームしたりするようなファンキーなモンスターとかを期待したんだけどなあ。
 動物園に行くって、最初にお断り申し上げましたが。
 そうよね。 まあいいわ。 キングコングの実物見るのも貴重な経験だし。 それよりさ、デカすぎない?

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 31.6メートルありますからねえ。
 同じ類人猿でしょ。 遺伝子的に有り得なくない?
 いやいやお嬢様。 古代の生き物はみんな不思議と大きいのですよ。
 でもナニ食って生活してるのかしら。 木の実とかそこらへんの小動物や魚をちょっと食ったって満腹にならないわよ。 この島だけで暮らせる? 食料全然足りないじゃん。
 あまり運動らしい運動をしないから小食で済むのでございましょう。
 確かに小さい島じゃジョギングにもならないし、筋トレになるような重さの物もないし。 いやあ、それにしたってねえ。 一日で人間の十数倍カロリー摂らなきゃいけないのよ。 無理でしょ。
 お嬢様。 そういうツッコミはどうかお控えくださいまし。
 ハイハイ。 なんだろうと現にこうして目の前にいるんだもんね。 これでいい?
 けっこうでございます。  それではお嬢様。 ここで爺やが過去のキングコングについて一口レクチャーさしあげましょう。
 いや別にいいわ。
 いいわじゃなくて、爺やがやりたいのですよ。

 テンション上がってるわねえ。

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 1933年の「キング・コング」でございます。 映像は人形を使ったストップモーション・アニメだったのですよ。
 当時なら精一杯でしょうね。
 それでもですね、公開当時、映画会社に「あんな生物が本当にいるのか」って電話が殺到したのですよ。
 それは凄いわね。
 円谷英二やレイ・ハリーハウゼンにも大きな影響を与えた名作です。 ヒロイン役のフェイ・レイという女優さんがやたらにキャーキャー叫ぶ人で、その後に出た映画も叫ぶ役ばっかりだったとか。

 絶叫女優のハシリって訳ね。

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 アニメじゃないの。
 昔やっておったのですよ。 爺やが子供の頃よく観ておりました。
 ずいぶんフレンドリーな表情のコングね。
 完全にヒーローという形で描かれておりましたね。 主題歌がいいんですよ。 「ウッホー、ウホウホ、ウッホッホッホー」で始まるんですがね。
 歌わなくていいわよ。
 ♪大きな山をひとまたぎ キング~コングがやってくる 恐くなんかないんだよ~♪
 だから歌わなくていいって。
 ♪キング~コングは友だちさ 火山も津波も恐竜も~ キ~ングコングにゃかなわない♪
 勘弁してったら。
 ♪戦えキ~ングコ~ング ぼくら~の王者~♪  ご清聴ありがとうございました。
 ご清聴してませんけど。


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 1962年に東宝が製作した「キングコング対ゴジラ」です。
 なんだか作り手の迷いが出てるのをヒシヒシと感じさせるコングだわね。
 これはですね、権利を持っているアメリカの製作会社があれこれ注文をつけたからなんですよ。 莫大な名称使用料を払ったにもかかわらず、特に顔はオリジナルと違うものにしろと要求されたもんで、何回も作り直したらしいですよ。
 それにしたって、近所のおじいちゃんみたいな顔した赤毛のコングってさぁ。
 それでもゴジラとの夢の対決の映画ですから、すごくヒットしたんですよ。


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 これも名作ですね。 1976年のジョン・ギラーミン監督作の「キングコング」です。 確か正月映画でしたね。
 やっぱり30年時代が進んだら、けっこうなクオリティね。
 当時はアニマトロニクスが話題になりましたが、実際はそんなに多くのシーンでは使われていないんですよ。 リック・ベイカーが着ぐるみ着て演じているのが大半だったとか。
 でも、CG使わずにやった部類なら全然いいデキよ。
 ヒロインのジェシカ・ラングのオッパイがポロッと出るシーンがありましてねえ。 今の時代ほどエロに対して免疫のなかった当時の青少年はそれもう喜んだのなんの。
 若かった頃の爺やも?
 ええもちろん。 パンツの中のマイ・キングコングがウッホウッホと元気に・・・

 だまれ。

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 2005年のピーター・ジャクソン監督の「キング・コング」です。
 これはアタシも観たわよ。 すっごい面白かったわ。
 期待されたほど興行成績は振るいませんでしたがね。 作品の評価自体は高いのですが。
 やっぱCGの凄さが抜きん出てたわよね。
 身長が7.6メートルとキングコング映画の中では最もチビなコングなんですよ。
 キングコングって正確な身長設定はないの?
 みんなマチマチなんでございますよ。 33年版は15.2メートルで、76年版は16.8メートル。 最も大きいのは「キングコング対ゴジラ」の45メートルです。

 こういうのもご紹介しておきましょう。

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 なんていうか、悪い夢を見てるような映画よね。
 イギリスで1976年に製作され、日本では四半世紀後の2002年に公開された「クイーン・コング」でございます。
 パロディ映画だからいいんだろうけど、それにしても想像を絶するヤッツケ仕事の映画だったわ。

 多分、大半はどこかの公園で撮影したんでしょうな。 微笑ましいというか、涙ぐましいというか。

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 これは1967年の東宝の「キングコングの逆襲」に登場したメカニコングでございます。
 顔がドンキーコング寄りって感じよね。
 ドンキーコングの方がずっとあとでございますがね。 でもこのビジュアルはアメリカ側のデザインとはいえ素晴らしいと思いますね。

 確かにね。 メカ怪獣の元祖としての影響力が大よね。


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 髑髏島のキングコングはパワーの誇示がこれでもかって感じよね。
 人間なんかホコリをサッと払うかのように叩き飛ばされますからね。 パッカード大佐をコブシでドーンと叩き潰すとこなんか、人間なんぞもはや虫みたいな扱いですな。
 でも相変わらず女性には優しいわね。
 フェミニストなんでしょうな。 それか、物凄いドスケベのどちらかでしょう。
 昔の映画からしてそうだけど、人間の女性を手で握ってつぶれない加減を、まるで最初から知っていたかのようだもの。 レディへの心遣いができてるのよ。

 男なんか容赦なく指一本でハジかれますからね。

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 スカル・クローラーの親玉である“スカル・デビル”との死闘がまたすごい迫力ですなぁ。
 案外強いじゃないの、このトカゲっぽいの。
 過去にコングの種族を食いまくって全滅させたほどですからのぉ。
 どちらも巨体なのに、よくこれだけチャカチャカ動き回れるもんだわね。 それに今度のコングは比較的知能が高いわね。
 道具を応用的に使うという概念は人間なみのようですね。

 オエ~ッ・・・最後の倒し方がキモいっ!

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 日も暮れてまいりましたので、そろそろ帰りましょうか、お嬢様。
 楽しかったわ、爺や。
 満足いただけて何よりでございます。
 花子ちゃんへのいい土産話ができたわ。 動物園に行ったら、大きなお猿さんが人間をつぶしたり、放り投げてたって話。 これなら花子ちゃんとも会話がはずみそうよ。
 お辞めになった方がよろしいかと思いますが、お嬢様。
 なんだったら今度はゴジラ見たいわよねえ。 ゴジラとキングコングが戦うところ。
 お嬢様、あと3年ほど辛抱なさいますと、それも御覧になれますよ。
 マジで?
 「Godzilla vs Kong 」。 2020年公開に向けて鋭意製作中でございます。

 なに、製作中って?

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・・・と、いう訳で。
この映画、2019年公開予定の「ゴジラ:キング・オブ・モンスターズ」というレジェンダリー・ピクチャーズの超目玉大作の前フリだということがエンドロール終了後のワンシーンで判明する。

「キングはコングだけではない」
髑髏島の洞窟の壁画に描かれてるゴジラ、キングギドラ、モスラ、ラドンらしき・・・いやいや、らしきじゃなくてズバリそうなんでしょうよ。

今回のキングコング映画が、従来の「美女と野獣」のコンセプトのようなストーリーではなく、髑髏島から舞台を移すことなく展開するモンスター・アクション・ムービーにしてあるのは、これから続いていくUSA版ゴジラ・サーガへの布石。


B級ギリギリのノリだけれど、こういうキングコングもいいのではないか。
一寸の虫にも五分の魂があるなら、一寸の人にも五分の魂があろうというもの。
しかし敵怪獣のみならず、お情け無用に人間をケチョンケチョンに殺戮するキングコングの姿。 あえて過去作を否定するかのように、人間と同じ扱いを拒んでのモンスターとしての矜持をみせたところがいさぎよい。

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「賢人のお言葉」
 
「いちばんの獣がいちばん賑やかなところに住んでいる。」
 バルタザール・グラシアン

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他にもこれ観ました  ~3月編(下)
2017年04月07日

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「ボヤージュ・オブ・タイム」

巨匠テレンス・マリックが自然と生命の讃歌を謳いあげた壮大な映像詩。
宇宙の誕生から人類の出現までを「プラネットアース」ばりの圧倒的なビジュアルで描き、私たちが今ここに存在する理由を求め、生命そのものの美しさや儚さを厳かに語りかける、テレンス・マリックの集大成と銘打たれた映像哲学大作なのであります。
以上。 おしまい。

「・・・・はぁ? だからどういう内容なの?」ですと?
アッシに聞くな!とキレても、「おまえ、感想記事書いてるんちゃうんかい!」とキレ返されそうですな。
なんせテレンス・マリックですから。 好きな人は超感動できると思いますよ。
でも「もうマリックさんはコリゴリだわ」と思ってる人が性懲りもなく観に行ったら、確実に落ちます。 爆睡できます。

言うなれば昔あった「NHKスペシャル 地球大進化46億年・人類の旅」みたいな映像がずーっと続きまして、ケイト・ブランシェットのゆったりとしたポエムのナレーションがかぶさってきます。
そこから何を読み取ればいいのかというと、巨匠が過去作から一貫して語ってきた「命」へのリスペクトなのであることには違いないのでありますが・・・。
ドラマではなくドキュメンタリーでもない。 「命が生まれてそして消え去っていくその儚さがもうたまらんやん。 命に囲まれて生きて死んでまた生まれてくる命が繋がり合う世界って素敵やん。」・・・と巨匠がしたためた絵と詩。 それがこの映画。

なんていうかねえ。 この巨匠の特に最近の作品って、予告編観たら、そこから想像したとおりの範囲で収まる内容で終わるんですよ。
トーンもテンポもいつもの調子で、哲学書を読まされてるかのような語り口なのは相変わらず。
映像がヤバいほどビュ~チフルなので退屈はしないけど、感動もしませんでしたな。
        

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「哭声/コクソン」

一言で言うとコリアン・オカルト・ムービー。 韓国のこの手の恐怖映画ってのはまあまあ恐いですからねえ。
でも単純なオカルト映画ではないのですよ。
監督はナ・ホンジン。 あの「チェイサー」の監督さんですから、きっつい映画なんだろうなと覚悟してた通りに、いい意味で追い詰めてくれましたね。
本当に2時間半もあったのかと思うほど、緊張しっ放しで観てると時間はアッという間。
日本の國村準さんも出てまして、大鐘賞と並ぶ権威ある韓国映画祭のひとつである「青龍映画賞」において男優助演賞、人気スター賞の2冠を獲得する快挙を達成しています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
とある田舎の村で、村人が自分の家族を惨殺するという事件が連続して起きる。
どの事件の加害者も濁った眼をして、体中に湿疹ができており放心状態。
幻覚性の毒キノコが原因とされていたが、村人の間では、いつの頃からか山の中に住み着いた日本人らしい"よそ者"(國村準)が怪しいと噂していた。
村の警察官ジョング(クァク・ドウォン)は、事件を目撃したと言う謎の女と出会ったことから、例の"よそ者"の男の素性を調べ始める。
一方でジョングの幼い一人娘ヒョジンの体に湿疹ができ、熱を出して寝込んでいたが、やがてヒョジンは言葉遣いや行動がどんどん凶暴化していく。
ジョングは娘を救うために祈祷師を呼んで悪魔払いをしたり、"よそ者"が住んでいる家に直接乗り込んで正体を探ろうとするのだが・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これを観終わって、誰もが思うであろう、"結局あいつは何者?"という疑問のカオス。
何かに取り憑かれたらしい娘のために必死になる父親。 祈祷師にすがる。よそ者を殺そうとする。
やれやれと思ったら、また・・・・。
いつぞや会った謎の女が出てきて助言をするが、明らかにこの世のものではないので信じていいのやら。
インチキくさいように見えた祈祷師も、まあまあマジな奴だったが、最後の行動は何を意味するのか。
國村準演じる"よそ者"も善の顔を出したり悪の顔を出したりと行動自体に一貫性がなくて、正体については混乱するばかり。
ただラストでは國村さん、凄い姿に変身しますけど。

事件の真相や禍々しいモノの正体がハッキリと提示されないまま映画が終わるのですけど、アッシはあれこれ考えましたがどうしても辻褄の合わない点も出てきますねえ。
でもこの映画はそこなんでしょう。 目に見えているものが信じることのできない恐怖。
善悪の分からない恐怖に主人公がもがき苦しむクライマックスはとんでもない緊迫感です。
        

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「アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発」

ナチスドイツの親衛隊中佐だったアドルフ・アイヒマンが裁判にかけられ、「私はただ指示に従っただけだ」と繰り返したその姿に、「人は誰でも権威に服従してしまうのか?」という疑問が呈され、それを証明すべく行われたのがイェーツ大学の心理学助教授スタンレー・ミルグラム博士による『アイヒマン実験』。
これによって、「ごく普通の人でも一定の条件下では誰でも残虐行為をしてしまう」ということが立証されるのですが、周囲からは詐欺だ、非倫理的だと凄まじい非難を浴びました。
この映画はミルグラム博士が挑んだ人間心理の探求と倫理のジレンマにあがきながら我が道を歩き続けた異端の研究者の物語です。

『アイヒマン実験』はなんとなく知っている方もおられるでしょう。
簡単に説明しますと。 「教師役」が出した問題の答えをまちがえた「生徒役」にペナルティとして電流が流されるというもの。
~~~~~~~~~~~~
2人の被験者が呼ばれ、実験協力の謝礼を渡された後に、くじ引きで「教師」「生徒」という役割が充てられる。
2人はそれぞれ別室に別れる。 互いの姿は見えない。
実は、くじ引きはどれも「教師」と書かれており、先にくじを引いて必然的に「教師」となってしまった人が真の被験者。
「生徒」役になった人物は実はサクラ。
「教師」はまず「生徒」がこれから受けることになる電流の45ボルトのレベルをサンプルとして体験させられる。 まあまあピリッと来るらしい。

ここからが本番。
「教師」「生徒」に問題を出す。(記憶力が要求される、形容詞と名詞の組み合わせの4択問題)
「生徒」が答えをまちがったら「教師」は目の前の機械のスイッチを入れて「生徒」に電流の罰を与える。
スイッチは全部で30あり、左端が最小の15ボルトで右端が最大の450ボルトである。
「生徒」がまちがうごとに、「教師」は一段階ずつ強度の上がる電流スイッチを入れなければならない。
そのたびに、「教師」は壁の向こうの「生徒」の苦しむ声を聞かされる。
心配ご無用。 「生徒」は演技をしているだけなのだから。 電流なんて流されていない。

サクラの「生徒」は最初は正解したりまちがったりを適当にやっているが、途中から間違える頻度を多くし、電流が上がるごとに苦しむリアクションが大きくなる演技をする。 「痛い!」 「もういやだ!」 「やめてくれ!」
300ボルトまでいったら、壁を叩いてくる。 330ボルトぐらいまで行くと無反応になる。
「教師」は事前に45ボルトを体験しており、100とか200とかの電流の怖さが想像できるので、別室の「生徒」の様子が気がかりでならない。
後ろにいる係員を振りかえって中止を促しても、係員は「続けてください」とか「続けてくれなければいけない」「続けるべきです」などと繰り返し、結局、実験対象者の「教師」は困惑しながらも最後の450ボルトのスイッチを入れてしまうのである。

実験が終了し、ミルグラム博士から「なぜスイッチを入れたのか?」と聞かれた被験者は「続けろと言われたから」と答えるのだ。
この実験は40人に行われ、62.5%の25人が450ボルトのスイッチを入れ、300ボルトに達するまで辞めた被験者は一人もいなかったという。
様々な条件が複合しての状況とはいえ、人は容易くも命令の奴隷と化すということだ。

~~~~~~~~~~~~
そんなのズルいっちゃあズルいよね。
確かに、白衣を着て後ろで観察してる責任者が「続けろ」って言ってんなら、取り返しのつかないことにならない自信があるんだろうなと、こっちも安心するわけじゃないにせよ、スイッチ入れちゃうよね。 実験に協力するんだという責任もあるんだし。
この博士は他にもユニークな心理実験を数多くやってまして、それらの実験の数々が出てきて興味深いですが、この博士、よっぽど人嫌いだね。
ただ、この映画。 伝記物の物語としてはさほどの面白さは無いですね。 いろいろ深い描写はありますけど。
ミルグラム博士を演じたのは「マグニフィセント・セブン」のピーター・サースガードで、さすがのカメレオン俳優ぶりです。
後半、変なヒゲを生やした顔がおかしかったですが。
        

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「SING/シング」

ムーン劇場の支配人であるコアラのバスター・ムーンは、すっかり客足の途絶えた劇場を守るために歌唱コンテストをプロデュースする。
賞金は1000ドル。 しかしちょっとした手違いで100000ドルと印刷されたチラシが出回って参加者が殺到。
オーディションの結果、6名が選ばれる。
子育てに追われるブタのロジータ。
カレシと別れたばかりのパンクロッカー、ヤマアラシのアッシュ。
強盗稼業に明け暮れる父親と仲たがいしたゴリラのジョニー。
極度の引っ込み思案で、家族からプレッシャーを受けているゾウのミーナ。
ハイテンションなダンサー、ブタのグンター。
オレ様風を吹かせる自信家のジャズミュージシャン、ネズミのマイク。
自分の人生を変えるチャンスが来たと信じて劇場に集まった彼らは果たしてどんな歌声を披露するのか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ミニオンズ」や「ペット」などのイルミネーション・エンターテインメントが放つ新作アニメですが、これは楽ちぃ~ねえ。 早くも続編の製作が決定してますよ。
全編ミュージックに溢れかえり、ちょろっとワンフレーズだけしか流れない曲も入れたらザッと60曲以上。
洋楽に疎い人でも、「あっ、この歌知ってる」っていうのが必ず何曲かはあるはず。

滑り出しから「ゴールデンスランバー」を持ってくるか!
ニッキー・ミナージュの「アナコンダ」をちょっとだけ歌い踊ったウサギさんたち。 あれ、フルで見たかったですな。
崩壊してしまった劇場の瓦礫の上でミーナがレナード・コーエンの「ハレルヤ」を歌うシーンもジーンときましたねえ。
アッシュの歌う書き下ろし曲「セット・イット・オール・フリー」がカッコいい!素晴らしい!
スカーレット・ヨハンソンの歌唱がヤバい! 飛んでくるハリに刺されたい!
難しい歌ばっかり歌うミーナのスティービー・ワンダーの「くよくよするなよ!」も感動しましたね。
きゃりーぱみゅぱみゅまで聴けるとは!

気になるのは日本語吹き替え版ですけど。
違和感とか大丈夫ですかね? そんなに悪い評判は聞こえてきてないので良かったのかな?
        

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「パッセンジャー」

ジェニファー・ローレンス、クリス・プラット共演のSFヒューマンドラマ。
女子やヤロウがお一人様で観ても別にいいのですが、ご夫婦、恋人同士で鑑賞するにはうってつけのデートムービー。

宇宙船アヴァロン号は5000人の乗客と258人のクルーを乗せ、人類移住計画の目的地である惑星「ホームステッドII」を目指していた。
到着までは120年かかるので全員冬眠ポッドでオネンネ中。
ところが、その中の一つにエラーが生じ、目覚めてしまった男、ジム(クリス・プラット)。
まだ90年あるというのに、彼は一人ぼっちのまま船内で一生を終えなければならない。
あまりの孤独感に苛まれた彼は、他のポッドの中に見つけた一人の美しい女性に惹かれ、いけないと分かっていながらポッドを操作して彼女を目覚めさせてしまう。
女性は作家でジャーナリストのオーロラ(ジェニファー・ローレンス)。 もちろんジムはオーロラに本当のことは言わず、後ろめたい気持ちを抱えながら、共に船内で暮らし、やがて二人はラブラブに。
しかし、ジムがオーロラを故意に目覚めさせてしまった事実が彼女に知れてしまう。
二人の関係は最悪な状況になるが、さてお二人さんは仲直りできるのか・・・と、実は悠長なことは言ってられず、この宇宙船は大きな故障を発生させてた“沈みゆく船”だったのだ。
さあこの危機をどう乗り越えれるのか、という話であるが・・・・・。

それにしたって、ジムのやったことは極悪人の犯罪ですよ。
寂しい気持ちは分かるけど、一人の人生を破壊したこの男には最後までモヤモヤします。
オトコマエだから良かったかもしれんけど、これがもしも、パンチの利いたブサメンだったら女性は災難でっせ。

それと途中で甲板長のガス(ローレンス・フィッシュバーン)というオジサンが、これもポッドの故障で目覚めて出てくるくだりはあまりにもご都合的。
そりゃこの人が出てこんかったら、宇宙船の故障も気がつかなかっただろうし、修理のためのシステムへのアクセスもできんかっただろうしね。
で、この人、やることやったら、あとは用済みみたいにすぐ死んじゃうし。 この扱い・・・。
でもクライマックスはまずまず迫力もあり、ラストは意外に感動できたから、まあいいかね。

アンドロイドのバーテンダー、アーサー。  なんで秘密をペラペラしゃってしまうの? 使えねえ奴だ。

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The NET 網に囚われた男
2017年04月03日

T0021525p.jpg 近頃、政治情勢がゴチャゴチャしてるが、お隣の国も相変わらずである。


韓国ってのは、どうしてこうも大統領になった人が次々とインケツな運命に遭うのだろうか?
ここまできたら呪いだわね。
慰安婦像撤去してごらん。 呪いが解けるかもよ。

北朝鮮。 花火職人か、おまえらは。
もしも、またミサイル飛ばした時、誤って中国の方に飛んで行って落ちてくれんかな。
両国はどんなリアクションするだろうかね。
身内でも虫のように殺す豚ダルマ君はそもそも何がしたいんじゃ? どこを目指しとるんじゃ?


韓流のアウトロー、キム・ギドク監督の最新作は、韓国と北朝鮮の両国を舞台に描かれる一人の男の悲劇。
北朝鮮で漁師をしている男が、作業中に意図せず韓国側の領海に流されてしまったばっかりに、あまりに気の毒な運命にさらされるという、南北分断の闇の一面の物語。


無題 
男の名はキム・チョル(リュ・スンボム)。
北朝鮮の寒村で漁師をしながら妻子とともにつつましく暮らしている。
仕事柄か、海岸から近い場所にあるボロ家は最低限の家具と薄っぺらい布団があるだけの極貧とまではいかずとも、絵に書いたような質素な生活。
物静かで献身的な妻。 そして縫い目がほころびているクマのぬいぐるみを可愛がっている幼い娘。
そんな家族という財産を支えに、チョルはいつのように朝早くから網漁に出る。

家から一歩出れば『水素爆弾実験成功』などの国威発揚の看板がチラホラある。
しばらく歩けば監視所があり、そこに詰めている兵士たちとはすっかり顔なじみ。
「今日は風がきついから、あまり領海の近くには行くなよ。」と注意を受けてチョルはボートを出した。
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ところが。
網がエンジンに絡まってしまい、ボートは全く動かなくなってしまう。
焦るチョルだが、なすすべなくボートは韓国側の領海へとどんどん流されていく。
海に飛び込んで泳いで戻るしかないが、チョルにとってボートを捨てることは生活の糧を失うことを意味する。

双眼鏡で様子を見ていた監視所の兵士もこの異変に気づく。
脱北か? いや、助けを求めている素振りからしてどうもボートが故障したようだ。
しかし、このままだったら・・・と監視所は騒然とする。
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海を区切っているブイを越えたら最悪だ。
監視所では苦渋の決断をするしかない。
領海を越える前に射殺する・・・
しかし、ライフルを構えた兵士が躊躇している間にボートは遂に韓国の領海へと入ってしまった。


一隻のボートが北側から領海を越えて、こっちに進んできているのを韓国側の監視所も確認する。
男が一人乗っているだけで武器も持っていないようだ。 脱北なのか?
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韓国側に流されたチョルは、岸辺に先回りしていた韓国軍兵士によって拘束される。
大変なことになったことを悟るチョルには、南側が北の人間をこれからどうするのか予想もつかない。
車に乗せられた彼にできることは、目をつぶることだけ。
なぜ目をあけないのかと問われた彼は答える。
「北に帰るまでは何も見ません。」

高層建築物が林立している都会を臨むハイウェイを走る車の中で、頑なに資本主義社会の姿が目に入ることを拒絶するチョル
結局彼は警察当局の建物の中に入るまで、ずっと目をつぶったままで通す。

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ボートが故障してしまったのですか、ああそうですか、じゃあ気をつけてお帰り下さいと行くはずもなく、チョルは警察の執拗な取り調べを受ける。
裸にさせられて身体検査が済んだと思ったら、着ていた服は全部捨てられていた。
代わりにアンダーアーマーのジャージを、「今まで着ていたモノよりは断然着心地がいいだろ?」と言わんばかりにあてがわれる。

取調官(キム・ヨンミン)はハナからチョルをスパイだと疑ってかかり、チョルがどんなに潔白を訴えても聞く耳を持たない。
「嘘をつくな。おまえはスパイだろ。」
「本当です。 私はただの漁師です。」
「おまえも頑固だな。 そういうところがますます怪しい。」
「何度言ったら信じてもらえるんですか。」
「本当のことをしゃべるまでだ。」


取調官は朝鮮戦争で家族を失っている。
北側には並々ならぬ敵意を抱いており、チョルという男がたとえ無害な一般人であっても黙って帰す気はない。
どんな証拠でもでっちあげて、彼をスパイに仕立てた上で、思う存分意趣返しをしたいのだ。

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取調室のそんな様子をマジックミラー越しに見ている警護官のジヌ(イ・ウォングン)は、取調官のあまりに強引なやり方に憤慨し、同時にチョルの無実を信じるようになる。
家族の元に帰りたいと言うチョルのために、ジヌ取調官に抗議しても逆ギレされ、上司にもチョルがスパイでないことを訴えても歯切れが悪い。

そんな時、チョルジヌらと共に署内を移動中、自分と同じようにアンダーアーマーのジャージを着せられた男とすれ違う。
彼もどうやらスパイ容疑で捕まっている同志であって、捜査官に脇をガードされていたが、突然男が暴れ出してチョルに駆け寄る。
ソウルにある腸詰のスープ屋で働いている娘に伝言を伝えてほしいと言う。
「5月のツツジは7本。3本は鹿に。2本は・・・・」
そう告げた男は舌を噛み切って自殺してしまった。

何の暗号なのかはチョルには分からない。 自殺してしまった男が本当にスパイなのかはともかくも、自分がこのまま韓国に留まるのだろうと変な期待をされてるのがショックだった。
もう北には帰れないのか。 「亡命します。」と言わない限りは自由になれるはずもなく、ソウルの誰かさんへの伝言などできる訳がないのだから。
だがその機会はすぐに訪れることになるのだが。

그물8 p
取り調べは日に日に苛烈さを増していく。
「そんなにスパイが必要なのか? 何人でっち上げたんだ?」
何がなんでもチョルをスパイにしたい意思を曲げない取調官の暴力的行為に対してチョルの体は自然に動いていた。
二人の男をチョルはあっという間になぎ倒してしまったのだ。

すぐさま取り押さえられたチョルは、元は『特殊第8軍団』に所属していたことを自白する。
【特殊第8軍団】※ ※ ※ 北朝鮮の特殊作戦部隊『軽歩兵教導指導局(TUGB)』の以前の名称。 工作員の数がおよそ18万人とも言われる破壊活動専門の機関である。

「そら見ろ。 やっぱりこいつはスパイだ。」
今は所属していない「元」であるが、取調官にとっては危険な男である。 その気になったらこいつは何をしでかすか分からないぞと。
チョルの隠された一面にジヌも少なからず動揺する。

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やがて警察上層部の意向でチョルはソウルの街まで連れて行かれる。
なんとしてでも彼を韓国に亡命させたいのだ。 取調官は不満を露わにするが。
しかし、チョルをスパイということにして投獄して終わらせるよりは、韓国社会の暮らしに惹かれて寝返ったという人物を公にさらす方が「国対国」のプロパガンダ戦争という観点では「勝ち」になる。
政府的にはその方がいいのだ。
「独裁国家に帰す訳には行かん。 彼が心変わりせずに北に帰ったら我々の負けだ。」

車で出発し、ソウルの繁華街のド真ん中に置き去りにされても、チョルはずっと目を閉じたままでその場から動こうとしない。
だが通行人にぶつかって転倒したはずみで目を開けてしまったチョルが見たもの・・・。
建物はどれも高く、カラフルな看板があちこちにあり、北ではまず買えないような高級服や貴金属を売ってる店もあれば、どんな味がするのか見当もつかないようなメニューのある飲食店が並んでいる。

街行く人々は誰もかれもが栄養満点なのか元気があり、きれいな服を着て楽しそうに歩いている。
自分の国ではまずあり得ないような光景に唖然としながら、チョルはソウルの街をさまよう。
だが、いいところばかりではない。
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まだ使えるようなパソコンが道端にポイと捨てられてあったり、繁華街の裏に足を踏み入れると一人の女性が男に暴力を振るわれていた。
彼女は家族を養い、弟を大学に行かせるために体を売っているのだと言う。
「もう死にたい。」などとつぶやく。
自由の国のはずではないのか? なぜ死にたがるのだ?
経済的繁栄の陰に隠された負の部分だった。
チョルは彼女の肩にそっとジャージの上着を着せてやる。

そして伝言を頼まれていたことを思い出し、自分をこっそり監視しているであろう捜査員たちを撒いてまで腸詰のスープ屋を探しあてたチョルは、男の娘らしい女に例の伝言を伝えた。
女は何かを悟ったように店を出ていく。 それだけだったが、このチョルの行動が余計な疑惑を招いてしまうことになるのだが。

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監視の捜査員たちにジヌも加わっており、突然チョルが姿をくらましたことに現場は騒然となるが、チョルのことを信じようとするジヌはずっと待ち続ける。
やがてチョルは戻ってきた。
「魚は一度網にかかったら終わり。」
どうせ行くあてはないどころか、むしろこの国には魅力などない。
自分のことを信じてくれている、お人好しにもほどがある一人の男の姿をそっと見たチョルはもう一度帰国の希望を信じてみようと思ったのだ。

街を一日中さまよった感想を聞かれたチョルは正直に答えた。
「この国では、なぜまだ使える物や食べ物を捨てるのですか? 男が女の人を殴っているのも見ました。 私の国では有り得ない。 物を粗末にしたり、女の人に暴力など振るわない。 物より家族が大事です。」

그물8    
署内で自殺した男が託した伝言をチョルがソウルで女に伝えたこともバレていた。
疾しいことがあればノコノコと戻ってきたりはしないとチョルが言っても取調官の暴走は止まらない。
私怨のためにやってることと周りに思われていようが、北のスパイをムショにぶち込むことが人生の全てであるかのように取調官はもう手段を選ばない。

亡命もしない。 さりとてスパイ容疑を否認し続ける。 そんな態度に業を煮やした上司のお墨付きもあって取調官は一線を越える。
自分とチョルの二人きりになった取調室の鍵をかけ、中の様子も分からないようにした取調官は傍らにある灰皿を手につかんだ・・・・


考える気力も萎えたチョル取調官「スパイだと認めれば罪には問わない。 北に帰すことを約束する。」という口車に乗せられて自白の書類に署名してしまう。
騙された知ってもあとの祭りだったが、事態は思わぬ方向に急転する。
チョルがソウル市内をさまよってる姿を一般人が撮影した映像がマスコミに漏れてニュースで大々的に報道されたのだ。
北朝鮮側は、チョルという漁師がボートのアクシデントで韓国に流されていったことを当然把握している。
北側が用意した、夫の帰りを待ちわびて訴える妻子の映像も流されており、ここぞとばかりに、スパイでもない一般人を南側が不当に拘束していると北朝鮮は激しく非難した。
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韓国にとっては、衝突を引き起こしてまでチョルを拘束する理由は無い。
亡命を押し付けようとするこちらの非も明らか。
取調官の過去のスパイでっち上げの証拠も出てきて、大きな問題になることを恐れた韓国当局はチョルを北に帰すことを決めた。
 
ジヌは娘さんにと、クマのぬいぐるみをプレゼント。 ボタンを押すとしゃべるクマだ。
そして「バレないように。」と餞別のつもりで米ドル紙幣をいくらか持たせた。
北朝鮮内では米ドルはつい最近まで流通していたが今は一応は違法。 それでも自国通貨が信用されていないので未だ堂々と使用できるところも多くあって当局も黙認している状態。
闇で使えばレートは数十倍に跳ね上がる非常に価値のある通貨なのだ。
それをチョルはある“場所”に隠して、遂に修理されたボートで韓国をあとにする。

着せられたジャージを脱ぎすてて、共和国旗を腰に巻きつけたチョル「共和国マンセー!」を連呼するのだった。

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やっと北朝鮮に帰れたね、良かったねえ・・・で終わる話ではない。
南北に分断されて、互いに相手を信じない二つの国の根深い闇は生易しいものではないのだ。

ボートが北朝鮮に辿り着けばお祭り騒ぎのような盛大な出迎えがチョルを待っていた。
外国向けのニュースで流すのか、テレビ局の人間も来てカメラを回している。
まるで傀儡政権に屈しなかった英雄のような扱いだが、その出迎えの人たちの中には妻と娘の姿がないのがチョルには気がかりだった。

車に乗せられて、妻子の待つ自宅に直行・・・ではなく、そのまま人民保安省に連れてこられたチョル
型どおりに労をねぎらわれたものの、その直後に入った狭い部屋の中で、またしてもデジャヴのような悪夢がチョルを待っていたのだ。
그물11 
また取り調べである。
当局の者にすれば、亡命をしなかったことなど当然のことであって、向こうで何を見て何を聞いたのか、思想が揺らいではいないかというのが一番の問題なのだ。
そもそも南が簡単に帰す訳がない。
スパイになる裏取引をしたのかもしれないし、そこまでいかなくとも何かおかしなことを吹きこまれていて、自国の思想に疑いを持ったままで帰って来たのなら見過ごすわけにはいかない。

チョルは何を見聞きしても忠誠は微塵も揺らがなっかたし、今もその気持ちに変わりはないことを、時に立ちあがっては「共和国マンセー!」と叫んで必死にアピールする。

だが一度疑われたら簡単ではない。
ジヌからもらったクマのぬいぐるみを隠すように持っていたのも良くなかった。
もはや当局にとってはチョルは英雄ではなく反逆思想の容疑者でしかない。
なぜボートを捨てて泳いで戻ろうとしなかったのか?
向こうの社会を見てうらやましいと思っただろ?
ほんのちょっとでも亡命のことが頭をよぎったんじゃないのか?


向こうでどういう風に過ごしたかを時間単位で事細かく文章を書くように要求されるチョル
そして書いても書いても些細な表現に難癖をつけられては、また最初から書き直しを命じられる。
これさえ書けば家族の元に帰れると信じてチョルは拷問のような作文を続ける。


腹の痛みに耐えきれず、トイレに行かせてもらい、胃袋の中に隠したビニール袋入りのモノを出したチョルだが、当局の人間はお見通しだった。
ジヌからもらった米ドル紙幣は没収される。
このことでおそらく裏切り者として扱われる自分にはこの先どんな運命が待っているのだろうかとチョルは絶望する。
しかし、米ドル紙幣をそのまま着服した当局の人間は、これまでのことなどどうでもよかったかのようにチョルを自由の身にする。

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ようやく我が家に帰ってきたものの妻の態度は今まで通り普通だ。
新しいクマのぬいぐるみをもらった娘は嬉しそうだが。

その夜。
チョルは妻を抱こうとする。 だが、勃たなかった・・・。 トラウマかどうかは分からないがそれよりも・・・
妻の肩や背中には何かで叩かれたかのような傷がたくさんあった。
( 「私の国では男は女の人に暴力を振るいません」 )・・・・今となってはバカバカしい世迷言を言っていたものだと虚しさだけがつのる。

どこの国も同じだ。
人を疑い、だまして、心を引き裂き、尊厳を奪って、あとはポイと捨てる。
人は国家思想という小さな池の中で泳いでいる魚のようなものだ。
網にかかって囚われ、今までとは違う風景の水槽の中で、食べたことのない餌を与えられながら生きていくことを強いられて決して池には戻されない。
食べられて死んだ方がマシだが、奇しくも池に帰された男にとって、そこの水はもう昔の水ではなくなっていた。

 
翌朝、いつものように起床したチョルは海へと向かう。
監視所の兵士たちはチョルに漁をする許可が取り消されていることを告げる。

「知るか。 撃ちたきゃ撃て。」
チョルはボートに乗り込んで海へ出ていくが・・・・・
그물12

笑いごとではないが笑い話のような悲劇である。
ともかくも南北に分断されて尚もツノ突き合わせている、一つで二つの国家の間に深く根を下ろした感情そのものが物語の主役のようなものである。

一つ間違えば戦争しかねないほどの一度壊れた国家関係はちょっとやそっとのことでは修復しない。
どちらも相手のことを信じることなどできず、常に疑って疑って疑いまくる。
南の者は北を絶対信じない。 北の者も南を絶対信じない。
相手を疑ってこそアイデンティティが保てると信じてるかのように、互いの価値観の視点から外に出ようとしない。
そんな両国の間で、本作品のように起きても不思議ではないアクシデントによって猜疑心の渦に呑み込まれていく一人の男。
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スパイでもなんでもない、ただの漁師であって、予想外の災難で国境を越えてしまっただけなのだが、それをいくら訴えても取り調べに当たった男は信じない。
取調官は個人的な私怨があるが、それよりも北朝鮮の人間はどいつもこいつも危険人物であって問答無用で牢に繋いでおけよという考えこそが韓国人としての本懐のように思っている節がある。
北の者に善人などいないと信じることが彼のアイデンティティになってしまっている。
チョルが無害な庶民である事実はどうでもよくて、「相手が北朝鮮という国」だということが使命感の理由なのだ。

警察の上層部の男は国のメンツがかかっていることもあって、チョルを亡命させることに固執する。
どうせ浮浪者のような貧しい生活をしてきて国に不満を抱いているに決まっている・・・ ソウルの繁栄を見せたらコロッと思想を変えるだろう・・・ 北朝鮮の庶民はみんな"亡命希望者"にちがいない・・・ 意地を張っているのも洗脳されているからだ・・・
この気の毒な男を改心させれば対南情勢は心理的に優位に立てると踏んだからには、いくらチョルが家族の元に帰りたいと訴えても、そんな純粋な人間性さえ「北朝鮮人だから」という理由で疑っているのだ。
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人間、誰からも信じてもらえない状況というのは本当に苦しいものだ。
あまつさえ、チョルは自分の国に帰っても疑われることになる。

「ボートを捨てて泳いで引き返すことはできたはずだろ?」と、韓国でも北朝鮮でも同じ質問を受ける。
ボートは家族の命をつなぐ物。 もう捨てれる物などない困窮の暮らしをしていることさえも心に留めてくれない。

「魚は網にかかったら終わり。」チョルが嘆くように、韓国でも北朝鮮でも「疑われる者」として彼は居場所を失ってしまう。
そして疑いで始まり疑いで終わる南北の対立という駆け引きや心理戦争のコマとして使い捨てられた彼が自暴自棄になり、このあと家族がどうなるかさえも深く考えずに取った行動は目も当てられない悲劇として幕を閉じる。
ただし、あのままボートがまた韓国側へと流された時、大変なニュースとなる可能性を悟っての覚悟の行動ならば、それはそれで凄まじい決心ではあるが、やはりやり切れない悲劇である。

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そんな中でもチョルを信じる人間として、警護官を勤めるジヌという青年の存在は救われる気持ちにもなるが、彼は最後の最後に間違いを起こす。
チョルが北朝鮮に帰れることになって、彼はチョルに米ドル紙幣と娘への贈り物として新しいクマのぬいぐるみを持たせるのだ。
一時の間でも韓国で過ごした男のことなど北朝鮮という国が易々と信用するはずがないということに頭が働かなかったというのもそうだが、彼もやはりチョルのことを貧しい生活をしている可哀そうな北の人という目で見ていたことが分かる。
善意のつもりだったのは理解できるが、チョルという家族思いの男の、金銭やモノに固執しない人間性の本質を汲みとれずに悲劇の原因を間接的に招いてしまうことになる。


南北朝鮮の問題に限らず、他の国でも、我々の身近な人間関係でも、一旦こびりついた偏見や錯誤は相手が何を訴えようとも疑念しか生まれない。
疑うことは簡単だが、それだけに恐いものがあるし、信じることの難しさも痛感する。
キム・ギドクの監督作品としては珍しく暴力性や毒性もないが、非常にストレートなメッセージを放つソーシャル・サスペンスである。

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「賢人のお言葉」
 
「誤りがあるところには真理を。 疑いがあるところには信頼を。 そして絶望があるところには希望をもたらすことができますように。」
 マーガレット・サッチャー

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